2.3 東電に交付された資金は本当に東電が返済しているのか?

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2.3.
東 電 に交 付 された資 金 は本 当 に東 電 が返 済 しているのか?
本 章 の第 1 節 では、
① 原 発 事 故 で生 じた損 害 賠 償 負 担 を 5 兆 円 、廃 炉 負 担 を 5 兆 円 と仮 置
きすると、東 電 に 8.4 兆 円 の超 過 債 務 が生 じること、
② 8.4 兆 円 の超 過 債 務 は、東 電 を含 めた電 力 会 社 の将 来 収 益 をすべて
費 やしても返 済 できない規 模 であること、
③ 社 債 保 有 者 や取 引 銀 行 などの東 電 債 権 者 が 8.4 兆 円 の超 過 債 務 部
分 を負 担 しないのであれば、国 (納 税 者 )や全 国 の電 力 利 用 者 が引 き受
けざるをえないこと、
を明 らかにしてきた。
一 方 、第 2 節 では、実 際 の原 賠 機 構 の仕 組 みにおいて、原 賠 機 構 ではなく、
エネルギー特 会 原 賠 勘 定 が超 過 債 務 をカバーするための借 入 を行 っていること
を指 摘 してきた。すなわち、エネルギー特 会 原 賠 勘 定 が抱 えている負 債 は、原
賠 機 構 や東 電 にとって簿 外 債 務 となっている。
政 府 は「東 電 が損 害 賠 償 を負 担 している」という建 前 を保 たなければならな
い事 情 から、東 電 をはじめとした電 力 会 社 が一 般 負 担 金 や特 別 負 担 金 で毎
年 原 賠 機 構 に返 済 していく体 裁 をとっている。しかし、毎 年 の返 済 額 や返 済 期
間 が特 定 されておらず、エネルギー特 会 原 賠 勘 定 の借 入 金 利 は政 府 が一 般
会 計 から負 担 している。そうしたことを踏 まえると、東 電 が負 債 を返 済 していると
はまったくいえない。また、一 般 負 担 金 の原 資 は、電 力 会 社 の収 益 でなく、上
乗 せされた電 力 料 金 からの収 入 である。
本 節 では、会 計 検 査 院 (2015-2)の試 算 に基 づきながら、現 行 の原 賠 機
構 の枠 組 みの中 で東 電 に交 付 された資 金 のうち、東 電 、国 (究 極 的 には納 税
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者 )、全 国 の電 力 利 用 者 がそれぞれどの程 度 負 担 していくのかを検 討 していく。
第 2 節 で詳 しく議 論 してきたように、政 府 が原 賠 機 構 に発 行 した交 付 国 債 9
兆 円 の償 還 原 資 を民 間 銀 行 から借 り入 れているエネルギー特 別 特 会 原 賠 勘
定 に対 しては、①国 の一 般 会 計 、②電 力 料 金 の値 上 げ、③東 電 の収 益 、④
原 賠 機 構 が保 有 する東 電 株 の売 却 益 の 4 つのソースから元 利 返 済 がなされて
いる。
その中 で①については、国 が一 般 会 計 から毎 年 350 億 円 程 度 をエネルギー
特 会 の電 源 促 進 勘 定 に繰 り入 れ、中 間 貯 蔵 施 設 の建 築 費 相 当 する 1.1 兆
円 交 付 国 債 を償 還 していくことが想 定 されている。また、国 は、エネルギー特 会
の原 賠 勘 定 が民 間 金 融 機 関 から借 入 にかかる支 払 利 息 も、一 般 会 計 から負
担 していく。
②については、東 電 をはじめとした電 力 会 社 は、毎 年 1630 億 円 程 度 (東 電
分 が 567 億 円 程 度 )を電 力 料 金 に転 嫁 し、その資 金 で一 般 負 担 金 を原 賠 機
構 に支 払 っていく。③については、東 電 が毎 年 の収 益 の中 から 500 億 円 程 度 の
特 別 負 担 金 を原 賠 機 構 に支 払 っていく。一 般 負 担 金 と特 別 負 担 金 は、そこ
から原 賠 機 構 の運 営 経 費 (年 30 億 円 程 度 )が差 し引 かれた上 で、国 庫 に納
付 される。
最 後 に④については、原 賠 機 構 は、自 らが保 有 する東 電 株 を一 株 300 円 で
33.3 億 株 取 得 したが、一 株 1050 円 まで値 上 がり、売 却 益 が 2.5 兆 円 に達 す
ると見 込 み((1050 円 -300 円 )×33.3 億 株 )、その売 却 益 を除 染 費 用 に相 当
する交 付 国 債 償 還 原 資 に充 当 することを予 定 している
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。
会 計 検 査 院 (2015-2)の試 算 では、以 上 の見 込 みの下 で、2015 年 度 から
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原 賠 機 構 は、2020 年 代 初 頭 の東 電 による自 己 株 式 消 却 と一 定 の株 価 を
前 提 として、2020 年 代 半 ばに保 有 株 式 の市 場 売 却 を開 始 し、2030 年 代 の
前 半 に特 別 負 担 金 の納 付 終 了 が見 通 される場 合 には、その時 点 までに機 構
が保 有 するすべての株 式 を売 却 することを予 定 している。
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2039 年 度 までの 25 年 間 で 9 兆 円 の交 付 国 債 償 還 原 資 が返 済 されるとしてい
る。
その負 担 内 訳 は、
① 国 の一 般 会 計 がエネルギー特 会 の電 源 促 進 勘 定 に計 8643 億 円 を、原
賠 勘 定 に支 払 利 息 相 当 分 1127 億 円 をそれぞれ繰 り入 れる、
② 東 電 をはじめとした電 力 会 社 は、電 力 料 金 値 上 げによって計 4 兆 3634
億 円 (東 電 分 が1兆 5225 億 円 )を一 般 負 担 金 の形 で原 賠 機 構 に支 払
う、
③ 東 電 は、自 らの収 益 の中 から計 1 兆 2721 億 円 を特 別 負 担 金 の形 で原
賠 機 構 に支 払 う、
④ 原 賠 機 構 は、東 電 株 の売 却 益 2.5 兆 円 を国 庫 に納 付 する、
となっている。
まとめてみると、会 計 検 査 院 (2015-2)の試 算 では、支 払 利 息 を含 めた 9.1
兆 円 の交 付 国 債 の償 還 について、2015 年 度 から 25 年 間 をかけて、国 の一 般
会 計 が 1.0 兆 円 を、電 力 利 用 者 が 4.4 兆 円 、東 電 (東 電 株 主 )が 1.3 兆 円
を、原 賠 機 構 が 2.5 兆 円 をそれぞれ負 担 することになる。
すなわち、会 計 検 査 院 (2015-2)の試 算 を前 提 とすると、支 払 利 息 を含 め
た 9.1 兆 円 の返 済 のうち、東 電 の株 主 が負 担 するのは 14%にすぎないことになる。
一 方 、国 (納 税 者 )は一 般 会 計 を通 じて 11%を負 担 し、全 国 の電 力 利 用 者 は
実 に 48%を負 担 することになる。
しかし、会 計 検 査 院 (2015-2)の④に関 する試 算 は、あまりに楽 観 的 である。
会 計 検 査 院 の試 算 では、東 電 売 却 益 が 2.5 兆 円 に達 するという原 賠 機 構 の
想 定 がそのまま用 いられている。原 賠 機 構 の想 定 するケースでは、東 電 株 価 が
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取 得 価 格 300 円 から 1,050 円 まで上 昇 し、原 賠 機 構 が保 有 する東 電 株 の時
価 総 額 が 3.5 兆 円 に達 しなければならない((1,050 円 -300 円 )×33.3 億 株
=3.5 兆 円 )。
原 賠 機 構 は東 電 発 行 済 み株 の 3 分 の 2 超 (正 確 には、約 68%)を保 有 する
ことが予 定 されているので
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、原 賠 機 構 の想 定 では、東 電 の株 式 時 価 総 額
が 5 兆 円 強 (3.5÷0.68)に達 しなければならない。将 来 収 益 の中 から 25 年 間 で
計 1.3 兆 円 の特 別 負 担 金 を捻 出 せざるをえないのにもかかわらず、そのような水
準 の株 価 が実 現 するとは想 像 しにくい。
ここで、若 干 強 い仮 定 を置 きながら、東 電 の株 価 が長 期 的 にどの程 度 の水
準 に落 ち着 くのか計 算 してみよう。なお、以 下 の計 算 では、割 引 はいっさい考 え
ないものとする。
2011 年 3 月 11 日 に大 津 波 が到 来 する直 前 の東 電 株 終 値 は、2,197 円 で
あった。当 時 の発 行 済 み株 式 数 は約 16 億 株 であったので、東 電 の時 価 総 額
は約 3.5 兆 円 だったことになる。一 方 、東 電 は、2011 年 3 月 から 2015 年 3 月
までの間 に災 害 特 別 損 失 を約 1.1 兆 円 支 払 った。また、東 電 は、向 こう 25 年
間 に収 益 から約 1.3 兆 円 を支 払 うことが予 定 されている。
すなわち、原 発 事 故 直 前 の企 業 価 値 が 3.5 兆 円 であった東 電 は、原 発 事
故 関 連 の支 出 に 1.1 兆 円 をすでに支 払 い、損 害 賠 償 関 連 の支 出 として原 賠
機 構 に 1.3 兆 円 を支 払 うことを予 定 している。一 方 、2012 年 7 月 には、賠 機 構
から 1 兆 円 の出 資 を受 けた。したがって、東 電 の企 業 価 値 は、2.1 兆 円 (3.5 兆
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原 賠 機 構 は、2012 年 7 月 31 日 に議 決 権 付 優 先 株 式 16 億 株 に 3200
億 円 (1 株 当 たり払 込 金 額 が 200 円 )、議 決 権 無 優 先 株 式 3 億 4 千 株 に
6800 億 円 (1 株 当 たり払 込 金 額 が 2000 円 )、合 わせて 1 兆 円 を東 電 に対 し
て払 い込 んだ。その際 の原 賠 機 構 と東 電 の間 の取 り決 めで、株 価 上 限 300 円
で優 先 株 を普 通 株 に転 換 できると定 められた。すなわち、原 賠 機 構 が保 有 する
優 先 株 を普 通 株 に転 換 すると、少 なくとも約 33.3 億 株 (1 兆 円 ÷300 円 )を取
得 することになる。優 先 株 発 行 前 の発 行 済 み株 式 数 は約 16 億 株 であったので、
原 賠 機 構 は、優 先 株 から普 通 株 への転 換 後 は 3 分 の 2 以 上 の株 式 を取 得 す
ることになる(33.3 億 株 ÷(33.3 億 株 +16 億 株 ))。
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円 -1.1 兆 円 -1.3 兆 円 +1 兆 円 )と推 定 される。
一 方 、原 賠 機 構 が保 有 優 先 株 をすべて普 通 株 に転 換 すると発 行 済 み株
式 総 数 は、約 49.3 億 株 に達 するので、1 株 当 たりの企 業 価 値 は、約 430 円
(2.1 兆 円 ÷49.3 億 株 )となる。こうして計 算 された 1 株 当 たり企 業 価 値 が、東
電 株 価 の理 論 値 である。ちなみに、2014 年 4 月 23 日 時 点 の東 電 株 価 は 485
円 であった。
仮 に、東 電 株 価 が 430 円 であると、原 賠 機 構 の売 却 益 は、原 賠 機 構 が目
論 んでいる 2.5 兆 円 から 0.4 兆 円 へと大 幅 に減 少 する((430 円 -300 円 )×
33.3 億 株 =0.4 兆 円 )。国 は、何 らかの形 で(たとえば、エネルギー特 別 特 会 に
新 たな勘 定 を設 けることによって)、東 電 株 の売 却 益 の 2.1 兆 円 減 少 分 を手
当 てする必 要 が生 じる。その場 合 、国 の負 担 は、1 兆 円 から 3.1 兆 円 に増 大 し、
元 利 合 計 9.1 兆 円 の 34%を占 めることになる。国 (納 税 者 )と全 国 の電 力 利 用
者 の負 担 を合 わせると、実 に 82%に達 することになる。
ここで、現 行 の原 賠 機 構 の枠 組 みでは、損 害 賠 償 と除 染 費 用 (中 間 貯 蔵
施 設 建 設 費 を含 める)だけがカバーされていることに注 意 をしてほしい。もし、将
来 、さらに廃 炉 費 用 も原 賠 機 構 の交 付 対 象 に含 まれるとなると、電 力 利 用 者
や国 の負 担 は、いっそう増 大 するであろう。
こうして見 てくると、「東 電 が原 賠 機 構 を通 じて自 らに交 付 された資 金 を返 済
している」という建 前 が、原 賠 機 構 の実 態 から大 きくかけ離 れていることは明 らか
であろう。
むしろ、原 賠 機 構 の実 態 を見 ると、原 賠 法 の 3 条 但 し書 きの内 実 、すなわち、
「『異 常 に巨 大 な天 災 地 変 』による原 子 力 損 害 は電 力 事 業 者 が免 責 される」
という趣 旨 が実 質 的 にはある程 度 適 用 されて、東 電 の損 害 賠 償 負 担 が限 定
されるとともに、東 電 債 権 者 の負 担 が免 責 されてきたと解 釈 した方 が自 然 であ
ろう。
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そのように考 えれば、原 賠 機 構 を暗 黙 に支 えてきたのが、「大 津 波 は『想 定
外 』であり、防 ぎようがなかった」という社 会 的 了 解 があったことは間 違 いないであ
ろう。こうした暗 黙 の社 会 的 了 解 については、第 7 章 と第 10 章 で再 び検 討 して
いこうと考 えている。
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