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 ■ レポート
「トライセクター・コラボレーションで実現する CSV」
CSV 開発機構、クレアン、エコッツェリア協会共催セミナー〈7/10(金)於 3 × 3Labo〉
行政、公共、民間のトライセクター
7 月 10 日、CSV(Creating Shared Value) の 世 界 の 潮 流 と、
国内の最前線の動きを探るセミナーが開催されました。かねて
CSV の動きでは、行政、NPO などの非営利セクター、そして企
業の連携が重要であると指摘されてきましたが、世界的にもその
方向は加速しつつあります。このような行政、公共(社会)
、民
間三者の連携は トライセクター と呼ばれますが、今回のセミ
ナーも「トライセクター・コラボレーションで実現する CSV」と
題し、三者の連携と CSV の未来を占う内容で行われました。
このセミナーは、CSV 開発機構、株式会社クレアン、エコッツェ
リア協会三者による共同企画によるもの。それぞれが得意とする
セクターに呼びかけたために、企業、行政、NPO など多くの領
人は多いだろう。しかし、CSV はコ
域からの参加者が集まりました。
ンセプトであり思考のフレームワー
CSV、世界の潮流
セッション第一部は CSV 開発機構の副理事長の水上武彦氏が
ク。そして進化していくもの。何よ
りも 戦略的 でもある。そこが日本
の企業に足りないところではないか」
講演を行いました。氏はクレアンでは CSV コンサルタント、エ
と 話 し、 世 界 的 な ト レ ン ド と し て、
コッツェリア協会では「環境経営サロン」の 師範代 を務め
「コーポレート戦略」
「投資家の変化」
ています。講演では 5 月にニューヨークで開催された「Shared
「コラボレーション」という 3 つのポ
Value Leadership Summit 2015」の講演内容を基に、世界におけ
る CSV の潮流、トレンドについて解説しました。
サミットは CSV 元年と言われる 2011 年から開催されているも
ので、
「初回の参加者は 50 名、2 回目は 100 名、3 回目は 200 名、
水上氏
イントを提示しました。
コーポレート戦略、投資家の変化
水上氏によると、SV(Shared Value)は、企業のコーポレート
4 回目で 400 名と倍々で成長してきた世界的な会議」です。
「政
戦略において高い比重を占めるようになりつつあるそうです。そ
府、NGO、財団などさまざまなステークホルダーが参加してい
もそも戦略とは「ユニークネス、すなわち差別化のためのディシ
るのが特徴」で、今年は「アメリカのほかは、オーストラリアか
ジョンの集合体」
。企業は競争優位確立のために、ユニークな価
ら多数の企業、韓国からはサムスンやヒュンダイなど主要な財閥
値を創造することが求められます。その競争優位確立のために、
からトップに近い人間が多く参加していたのが目立った」そうで
SV の概念を取り入れる企業が増えているというのです。
す。日本からは「CSV 開発機構のほか、カルビー、米トヨタから
「これまで企業経営のメーンストリームは株主利益を優先するこ
5 名程度」の参加者に留まり、
「影が薄いかな」と水上氏。これは、
とだったが、SV によって思考が広がり、社会価値の追求が企業
CSV の基本的な考え方である「社会のための事業、企業」という
の差別化につながり、競争優位につながると考えられるように
考え方が、日本では企業文化として広く定着しているためです。
なった」と水上氏。また、
「株主優先の戦略ではトレンドの変化
「マイケル・ポーターに言われなくても、という感覚を持つ日本
に弱いが、SV は社会の動きに沿っているために、持続性が極め
Shared Value Leadership Summit 2015 の
会場の様子(左)と、サミットで講演する M. ポー
ター (上)
(ともに Shared Value Initiative のサイトより)
て高く、いつまでも成長を続けることができる」とする企業も増
えているとのこと。水上氏はダノンなどの有名企業が舵を大きく
切っている例を挙げ、「コーポレートポート戦略に基づいて企業
ポートフォリオを書きかえる企業も増えている」と語りました。
そして、こうした変化は投資家側にも及んでいます。「ショー
トターミニズム(短期利益追求型)から 社会的価値に関心の高
い企業のほうが利益を上げている と考える投資家が増えてきて
いる」
。これが 2 番目のポイントです。
投資におけるマインドの変化は「SRI(社会責任投資)
」から、
「ESG(環境、社会、ガバナンス)投資」、「インパクト・インベ
ストメント」とさまざまな変遷からうかがえますが、いずれも「モ
ラル的な発想から生まれたもの」で「特別な企業に投資する、と
いうニュアンスが強かった」のだといいます。しかし、これが「普
通の企業の、投資の枠組みにまで及ぶようになった」のが SV 投
資なのです。
「現在はさまざまな研究が進み、ESG 評価の高い企業が株主利益
も高く出している傾向があることが分かっている。因果関係とま
ではいかないが、相関性があることは間違いない。投資家も、SV
を戦略的に導入している企業を選ぶ傾向が強いようだ」
トライセクター・コラボレーションへ
Shared Value Leadership Summit 2015 のスポンサーもまた多様なセクションから集まった
(Shared Value Initiative のサイトより)
ことで、どれだけ病気が減るか、子どもの死亡率がどれだけ下が
るかなどを、きちんと伝えなければ、水を買おうとはしないだろ
う」ということです。
課題ももちろんあります。企業が途上国でソーシャルビジネス
を展開するには非営利セクターのパートナーが絶対に必要ではあ
りますが、そのタッグには「相互理解がもっと必要」です。「今、
社会課題を解決する能力、効率性、ノウハウをもっとも持ってい
もうひとつのポイントは、今回のセミナータイトルでもある「コ
るのは民間企業だが、同時にそこには株主に対して価値を出さな
ラボレーション」です。水上氏は「企業、NGO、政府の三者によ
ければならないという仕組みも伴う。企業側は途上国の現状を
るトライセクター・コラボレーションは、特に開発途上国におい
もっと理解しなければならないのはもちろんだが、NGO 側も企
てはスタンダードになりつつある」とし、途上国におけるチャン
業の論理を理解する必要があるだろう」
。
ネル作り、エンドユーザーへの流通などが、地域で展開する非営
新たな社会価値を生み出すということは、時として新たなイン
利セクターの活動があってこそ実現している例を紹介。また、途
フラ、チャンネル、ルール、そして市場を作り出すということ側
上国においては特に意識改革、市場構築のための啓蒙活動・教育
面もあります。
「政府は規制するばかりではなく、インセンティ
活動も重要で、そこでも NGO の活動が期待されていると話しま
ブを付与するなど、プラス方向の対応をする必要も今後重要にな
した。
る」と水上氏。今後はさらにこの三者によるトライセクター・コ
「例えば衛生的な水を届ける活動に対して、衛生的な水を使う
P
ラボレーションが重要になると締めくくりました。
ANEL DISCUSSION
後半はパネラーを招いてのパネルディスカッションです。登壇
中尾氏は今回唯一の民間セクターからの登壇者です。味の素は
したのは、内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局次長の若
2003 年から CSR 事業を立ち上げ、2007 年から加速、2009 年
井英二氏、味の素株式会社 CSR 部専任部長の中尾洋三氏、
日本フィ
の起業 100 周年に当たっては、
3 つの社会課題「地球持続性」
「食
ランソロピー協会理事長の高橋陽子氏、国際協力 NGO センター
資源」
「健康な生活」を掲げ、その解決に取り組んでいくことを
(JANIC)事務局次長の富野岳士氏の 4 氏。政府、民間、非営利
明らかにしています。一貫してその陣頭指揮を執ってきたのが中
セクターを代表する面々が一堂に会した格好です。
まず各人から自己紹介を兼ねてそれぞれの活動の紹介がありま
した。
尾氏です。氏は 2009 年にスタートした
「ガーナ栄養改善プロジェ
クト」の活動が、JICA、ガーナ政府、ガーナ大学、現地で活動す
る国際的 NGO など、さまざまなセクターの 10 以上の団体・企
若井氏は、経産省で地域経済の活性化事業に取り組んできた実
業が一丸となって取り組んでいる事例を紹介。
「現在もなおテス
績を買われ、地方創生事業に抜擢。「まち・ひと。しごと創生法」
トフェーズで、大変なところもいっぱいだが、一社ではできない
の主眼が「人口減少の歯止めと、東京圏への比人口の過剰な集中
取り組みだった」と振り返ります。
を是正する」ことにあり、
「これまでの地方 再生 とは違う、新
しい構造が必要。それが 創生 」であると説明。そして、その
公
共 が求めるコラボ
ためには NPO、NGO はもちろん、企業の積極的な関与が必要だ
日本フィランソロピー協会は「健全な民主主義の育成」を目的
と話し、「地球規模でのアプローチも重要だが、国内の課題にも
に 1991 年に発足した公益社団法人。フィランソロピーの概念が
チャレンジしていただきたい」と訴えました。
浸透することで、企業の経済活動の健全さも担保されますが、一
方でポーズだけの 安直な社会貢献 も多いのだそう。高橋氏は
2003 年に設置した「日本フィランソロピー大賞」が、賞の対象
を「本業を生かした社会貢献」から 2010 年に「経営指針として
行う社会貢献」へとスタンスを踏みかえた例を示し、「営業の人、
経営者の人こそがコミットしなければ、骨のある社会貢献はでき
ない」と説明。協会が関与している大手企業の CSV 活動が「当
初より進化はしたが、混沌も深まっている。しかし、それは経営
陣が本気だからこその現象。社内の部署間での葛藤や軋轢も多い
が、そこから逃げずに取り組むことで本当の CSV になる」とこ
内閣府 ・ 若井氏
味の素 ・ 中尾氏
日本フィランソロピー協会 ・ 高橋氏
国際協力 NGO センター ・ 富野氏
れからの CSV のあり方を示しました。
富野氏は、JANIC が行う NGO 支援活動には、「声を集めて政
策提言する」ことと、「NGO 同市をネットワーク化、活性化を図
る」ことの 2 つがあり、近年は後者に力を入れていると説明。特
に「国内に 500 団体ある NGO 同士のみならず、他のセクターと
つなぐことが大きな目標のひとつ」であると話しました。これ
は、2013 年に出された 3 カ年計画の事業方針にも明示されてお
り、行政、民間企業などさまざまなステークホルダーが集まる場
を作り、交流を促進していくとしています。「NGO と日本の企業
は出会う場が少ない。まずは顔の見える信頼関係を醸成するとこ
「経営陣の関与と、企業と NGO 間の人材交流が重要ではないか。
ろから始め、対峙型ではない企業と NGO の協力関係を構築した
顔の見える関係を作ることはもとより、民間− NGO 間で相互に
い」と語りました。
出向するようなことも必要だろう」と富野氏。
トライセクター・コラボレーションの課題
水上氏のファシリテーションで行われたパネルディスカッ
ションでは、非常に示唆に富んだ意見交換が行われました。
高橋氏は、日本企業・社会の現状を「タコツボ化社会」である
と鋭く指摘しています。企業に一旦入ってしまうと「さまざまな
価値観と触れ合う機会がない」
。また、欧米に比べてボランタリ
ズム、シチズンシップに欠けるのも日本の特徴で「日本従来の枠
トライセクター・コラボの困難点について問われた中尾氏は、
組みの中で欧米型の CSV をやろうとしても無理があるのでは
「政府や非営利セクターは利用されるのではないかという不信感」
ないか。今、 イノベーション難民 というのがいるが、社内で
があり、ともすれば「企業側が NGO を下請け扱いしてしまう」
CSV に取り組めずに難民化している人もいるのではないか」と投
などの問題もあったと話しています。また「共通の目的」を持ち、
げかけました。
「相互理解」することが絶対に必要なのですが、同時に「目標は
こうした議論を受けて若井氏は「地方創生で成功する秘訣は『若
ひとつでも、それは立体的で違う角度から見ると違うものにも見
者、よそ者、馬鹿者』というが、多様な人材を吸収するプラット
える。そこを理解しなければ先に進まない」と指摘。
フォームが必要だ。地方行政にうまく企業からの人材が登用され、
民 間 と 非 営 利 セ ク タ ー の 壁 は 大 き な 課 題 の ひ と つ で、
化学反応が起こることを期待したい」とする一方で、
「行政は公
JANIC の富野氏は大手メーカーから JANIC に移籍したために、そ
共サービスであるがゆえの『公平で』
『文句が出ないように』『内
の壁がよりクリアに見えています。水上氏からの振りに応えて、
部で決めて知らしむべからず』という文化もある。より強い危機
感を持って取り組なければ早晩行き詰ま
るだろう」と行政側に向けての苦言も呈
しました。
CSV を考え直す機会に
会場を交えての質疑応答でも非常に熱
のこもった意見交換が行われました。
「社
内では、主に監査役などが CSV をリス
ク視する傾向にあるように思う。そうし
た勢力とどう向き合うか」という質問に
対して、中尾氏は「そこは対立関係に位
置付けていない」とすっぱり。「守りの
CSR ならまだしも、攻めの CSR において
は、長期的に考えて財務にどう落ちるの
かを説明しなければならないのは当然の
こと。そのストーリーを作るのが CSR 担
当者ではないか」と厳しい意見。また、ストーリーを作るうえで
は、味の素が外務省や JICA と連携を取り、社内を納得させた例
を挙げて「外部の力をうまく利用すると良い」とアドバイスして
います。
また、「ボランタリズムに欠けるというが、日本には独特の良
い考え方もあるだろう」という意見について、高橋氏が「CSV を
やるなら、そのようなバックボーンがなければチープなものにな
るという指摘であった」とし、「日本本来の社会貢献思想はもち
ろんあり、それは創業理念や社史を丹念に読み返すことできちん
と見えてくるはず。そこから日本の CSR を未来に向けて再構築
できることは間違いない」と話しました。
このほかにも多くの質問が出され、パネラーとの応答が繰り広
げられ、参加者は改めて CSV、CSR について思いを巡らし、考え
直すことができたようでした。
未来の SV に向けて
CSV の概念も広く浸透しつつあり、CSR 同様に CSV 専門のセ
クションを立ち上げて取り組みを始めている企業も少なくありま
せん。一方で、本当にビジネスベースで社会貢献できている CSV
の例が少ないのもまた事実です。一社のみで取り組むことの難し
さは言を改めるまでもなく、誰もが実感していることではあるで
しょう。しかし、今回のセッションで「トライセクター・コラボ
レーション」が世界の潮流であり、日本でもそのコンテクストで
行われている事例が多いことを初めて知った人も多かったのでは
ないでしょうか。参加者も、ただ参加しただけではなく、持ち帰
ることのできるものがたくさんある、実り多いセッションであっ
たに違いありません。
味の素ガーナ栄養改善プロジェクトには、 これだけのセクターが関与している (味の素のサ
イトより)