新生ストラテジーノート 第 199 号 2015 年 10 月 7 日 調査部長 江川 由紀雄 [email protected] (03) 6880-6035 証券化優遇策の具体化と日本への導入に際して気になること 規制強化ではないが、規制強化のように対応してしまう可能性を危惧 証券化取引による資金・信用仲介の役割を再評価し、証券化市場を再活性化させることを意図 し た 政 策 が 欧 州 で 相 次 い で 具 体 化 し て い る 。 そ の ひ と つ が 、 欧 州 委 員 会 ( European Commission ) に よ る 証 券 化 商 品 に つ い て 規 制 上 優 遇 す る 対 象 と な る “ STS ” (simple, transparent and standardised) 要件を定め、銀行の自己資本比率規制規則を改正しようとす る動きである。これとほぼ連動する形で、バーゼル銀行監督委員会で同様の検討が進んでいる。 こちらは、バーゼル委と証券監督者国際機構(IOSCO)に横断的に設置されている共同タスクフォ ースが 2015 年 7 月に公表した “STC” (simple, transparent and comparable)要件をバー ゼル合意の第1の柱における証券化商品の資本賦課規則へ盛り込む検討である。 欧州委員会が 9 月 30 日付で資本市場同盟に関するアクションプランと関連する 2 つの法令改 正案を公表した際のプレスリリース等 1では、米国の証券化商品は高水準の累積デフォルトを記 録したものの、EU の証券化商品はほとんどデフォルトしていないことをグラフや具体的な数値を 用いて示している。推測するに、極端に劣悪なパフォーマンスを示した米国産の証券化商品のデ フォルト実績を加味して考案された資本賦課ルールは、そのまま欧州連合(EU)産の証券化商品 にあてはめると、保守的に過ぎるというニュアンスも込められているのであろう。 欧州発の動きではあるが、バーゼル委が同様のルール見直しを行うことによって、近い将来、 日本にも “STC” が上陸することになろう。日本への導入に際して、筆者が気になっていることを 本稿に記しておく。 解釈が悩ましい抽象的で簡潔な文言で規定される STC 要件 バーゼル委と IOSCO が共同で策定し公表した “STC” 要件は、いずれも極めて簡潔な文章で 記述されており、 “material”, “substantial”, “for a period long enough”, “sufficient” 等、 ことばとしては簡潔だが、抽象的で漠然とした定義を与えられていない文言が多数用いられてい るため、戸惑うであろう箇所が多々ある。日本への導入に際しては、こうした漠然とした英文で合 1 European Commission のウェブサイト http://ec.europa.eu/finance/securities/securitisation/index_en.htm#150930 1 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 意された文言が、まずは、金融庁告示等の形で日本語化されることになる。英文を日本文に置き 換える段階で、ニュアンスや意味合いが変わってしまうことに留意せねばならない一方で、もとも と漠然とした英文は、そのままでは、具体的な外形基準や数量基準を伴う日本語にはなり得ない。 結局のところ、抽象的な文言で表現された「要件」に適合するかしないかについて、誰が適否を判 定することになるにせよ、ある程度、文言の運用基準を定めて、解釈する必要が生じる。 以下、バーゼル委と IOSCO が 2015 年 7 月 23 日付で公表した “Criteria for identifying simple, transparent and comparable securitisations” (「シンプルで透明で比較可能な証 券化商品を特定するための要件」) 2(”STC” 要件)を眺めながら読んで欲しい。極めて平易で簡 潔な英文で記述された短い文書である。個々の要件についても、少ない語数の単語で簡潔に表 現されている。英語版のみが公表されており、和訳は(筆者の知る限り)存在しない。 たとえば、STC の 2 番目の要件 “Asset performance history” (資産の過去のパフォーマン ス履歴)では、「投資家にとって意味のある評価が十分に可能な期間にわたる」(for a period long enough to permit meaningful evaluation by investors)過去データの提供を求めて いるが、その期間(a period long enough)とは、3 年で良いのだろうか、最低でも 5 年は必要な のだろうか、それとも、7 年なのだろうか。また、STC の 7 番目の要件 “Redemption cash flows” (元本償還のキャッシュフロー)には、裏付資産となる金銭債権が「短期間のうちにリファイナンス を必要とするものではない」(do not need to be refinanced over a short period of time)と あるが、裏付資産が元本一括返済型(または分割返済であっても満期に大きなバルーンが残る 形)のノンリコースローン等であれば、それらの満期がどの程度集中していればこの文言に抵触し、 不適格となるのだろうか。「短期間のうちに」(over a short period of time)は、1 年以内を意味 するのだろうか、2 年以内を意味するのだろうか、はたまた、6 か月以内を意味するのだろうか。 何らかの基準を持っていなければ、適否の判定が難しい。こうした表現が随所に見られるため、ど のような形になるか現時点では予想が付かないものの、いずれ、日本国内で、誰かが、解釈運用 の指針を策定しようとするであろう。 何が STC 要件に適合するかよりも、まずは、何が適合しないかを考えてみる 抽象的で漠然とした文言を前にして、 “a period long enough” は 60 か月以上を意味し、 59 か月では不適格であるとか、 “over a short period of time” は満期が 12 か月以内の期 2 BCBS and IOSCO, Criteria for identifying simple, transparent and comparable securitisations, 23 July 2015 http://www.bis.org/bcbs/publ/d332.htm 2 2 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 間に分布していることを意味するとか、そういう具体的制限的な解釈基準を次々と作ろうとする前 に、一歩下がって、考えてみたいことがある。それは、STC 要件の背後に隠れている意図や思想 である。 何が STC を満たすのかという観点で STC 要件を規定する文言を読むと、文言が余りに抽象的 に過ぎて、混乱するかもしれない。逆に、何が明らかに STC 要件を満たせないように文言が組み 立てられているかを考えてみれば、これは、比較的明らかである。たとえば、4 番目の要件 “Consistency of underwriting” (一貫した与信審査基準)や、12 番目の要件 “Alignment of interest” (動機の整列)は、高度に抽象的で解釈の幅がある文言で表現されているため、何 が(具体的に、どのような証券化商品が)要件を充足するのかを判定するのは(ある程度具体的 な 解 釈 運 用 基 準 を 持 た な い 限 り ) 難 し い が 、 か つ て ア メ リ カ で 見 ら れ た 「 OTD モ デ ル 」 (originate-to-distribute model)に基づく住宅ローンの貸出、貸し出した住宅ローン債権の転 売と証券化の事例を排除しようとしていることは明らかである。要件の 9 番目、 “Payment priorities and observability” (支払順位の優先順位と観測可能性)では、かつてのアメリカの RMBS や CLO によく見られた、ターボメザニン(一定条件下で、優先トランシェよりもメザニン・劣後 トランシェを先に償還するような元本償還方法)等の変則的なキャッシュフローウォーターフォール を採用するものを不適格にしようとしていることは疑いの余地がない。 そのように、どのような証券化商品が明らかに STC 要件を充足できないかを考えてみれば、概 ね、サブプライム問題に関連して批判の対象になったような商品(アメリカの RMBS、シンセティッ ク CDO 等)を不適格にしようとして考案されたものであろうことが想像できる。 そのうえで、改めて、バーゼル委・IOSCO が定めた 14 の STC 要件の文言全体を見回してみる と、ほとんどが常識的なことを書いてあることに気づくことができる。まっとうな証券化商品であれ ば、自然体で充足できるであろう特性を、抽象的な文章で表現したというのが考案者の意図であ ろう。それにもかかわらず、STC 基準は、高い理念に基づく規範であり、現状では一部の「優秀な」 証券化商品しか適合できない筈の「目指すべき目標」と考えて、厳格かつ制限的に解釈してしまう 可能性はないだろうか。立案者が規制強化とは考えていないルール策定を、被規制機関があた かも規制強化への対応のように解釈運用してしまうことを筆者は危惧している。なお、本稿で述べ た意見は、筆者の私見に過ぎない。 (調査部長 江川 由紀雄) 3 3 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 4 名称 :新生証券株式会社(Shinsei Securities Co., Ltd.) 金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第95号 所在地 :〒103-0022 東京都中央区日本橋室町二丁目4番3号 日本橋室町野村ビル Tel : 03-6880-6000(代表) 加入協会 :日本証券業協会 一般社団法人金融先物取引業協会 一般社団法人日本投資顧問業協会 一般社団法人第二種金融商品取引業協会 資本金 :87.5 億円 主な事業 :金融商品取引業 4 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 5 本書に含まれる情報は、新生証券株式会社(以下、弊社)が信頼できると考える情報源より取得されたものですが、弊社 はその正確さについて意見を表明し、または保証するものではありません。情報は不完全または省略されたものである ことがあります。本書は、有価証券の購入、売却その他の取引を推奨し、または勧誘するものではありません。本書は、 特定の商品やサービスの勧誘・提供を行う目的で作成されたものではありません。本書で言及されている投資手法や取 引については、所定の手数料や諸経費等をご負担いただく場合があります。また、これらの投資手法や取引について は、金融市場や経済環境の変化もしくは価格の変動等により、損失が生じるおそれがあります。本書に含まれる予想及 び意見は、本書作成時における弊社の判断に基づくものであり、予告なしに変更されることがあります。弊社またはその 関連会社は、本書で取り扱われている有価証券またはその派生証券を自己勘定で保有し、または自己勘定で取引する ことがあります。弊社は、法律で許容される範囲において、本書の発表前に、そこに含まれる情報に基づいて取引を行う ことがあります。弊社は本書の内容に依拠して読者が取った行動の結果に対し責任を負うものではありません。本書は 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