経済学特殊講義 (中級ミクロ経済学)(2015 年度) 教授 清水大昌 第 9 回 2015 年 11 月 30 日 [email protected] http://www-cc.gakushuin.ac.jp/˜20060015/lecture/int-micro2015.html 今回はワルラス均衡、厚生経済学の基本定理、そして公共財についてご紹介します。 純粋交換経済とエッジワースの箱 • 純粋交換経済:生産は行われず、各消費者は初期保有を持ち、それらを市場で交換することに よって経済が成り立つ状況。一般均衡分析の一つの基本的な設定。 • 経済主体 (ここでは2人の消費者) がある量の財を最初に保有する。それを初期保有量という。 消費者同士はそれぞれの初期保有量からある財を相手に渡し、別の財を受け取ることにより、 自分の効用 (満足度) を高めようとする。 • 交換することは全ての取引の基本。労働サービスや生産活動でさえ交換と解釈することが可能。 • エッジワースの箱:消費者が2人のモデルで、2つの財があるときに、それぞれの初期保有量 の総量を縦と横の長さとして採った長方形の図。この箱の中のどの点も可能な資源配分になっ ているし、逆にどの可能な資源配分も箱の中のどこかの点に対応している。よって、2 消費者 間の交換を一つの図で表せる。 一般均衡理論:純粋交換経済での市場均衡 • 基本的に消費者理論の図を 2 人のプレーヤーそれぞれについて描くこととなる。(片方は 180 度 回転し、予算制約線は一致する。) • Aさんの財 x についての初期保有量を x̄A , 財 y についての初期保有量を ȳA , 財 x の価格を px , 財 y の価格を py とすると、Aさんが持っている収入 (資産) は px x̄A + py ȳA で与えられる。 • 予算制約線:初期保有の点を通り、傾きが −(px /py ) となる直線。 • Aさんの財 x の需要量を xA , 財 y の需要量を yA とすれば、A さんの予算制約式は px xA + py yA = px x̄A + py ȳA となる。 • ここで px と py は外生変数だが、結局のところ相対価格 px /py ≡ p のみが重要となる。つまり 予算制約式を変形すると pxA + yA = px̄A + ȳA と書けるからである。 • 予算制約式は pA (xA − x̄A ) = pB (ȳA − yA ) とも書き換えられる。市場で y 財を売って、x 財を 買っている状態である。 1 予算制約とワルラスの法則 • ワルラスの法則:n 個の財が存在するとき、n − 1 の財の市場が均衡すれば、残りの 1 個も均衡 する。 • 理由は予算制約。全体としての予算は初期保有なので、全ての市場を考えれば、使うお金の額 と持っている額は釣り合っている。そこで、他の市場で支出と収入が釣り合っていれば、最後 の市場でも釣り合っていることとなる。 • 2 財の場合のワルラスの法則の証明: A さんの予算制約: px xA + py yA = px x̄A + py ȳA (1) B さんの予算制約: px xB + py yB = px x̄B + py ȳB (2) りんごの市場の需給均衡条件: xA + xB = x̄A + x̄B (3) となる。(1) と (2) をそれぞれ足し、(3) を代入して両辺から py を割ると yA + yB = YA + YB が導出される。これはみかん市場の需給均衡条件と一致する。よって、予算制約が満たされて いて、片方の財の需給が均衡すると、もう一つの財の需給が均衡されることが分かった。 • また、次の内容もワルラスの法則と呼ばれることがある: 財 xi , i ∈ [1, n]、消費者 j ∈ [1, m] の場合、xji を消費者 j の財 i に関する需要量、x̄ji をその初期 保有とおく。また、x̂ji ≡ xji − x̄ji をその超過需要とする。その場合、全ての消費者の予算制約 を足し合わせると次の式になる。 n [ ∑ pi x̂ji ] =0 (4) i=1 この式がすべての消費者 j について成り立ち、また x̂ji (p1 , p2 , · · · , pn ) ≤ 0、つまり各財が均 衡しているか超過供給になっているような、均衡価格ベクトル (p∗1 , p∗2 , · · · , p∗n ) が存在する。 • この(存在)証明はブラウワーの不動点定理を使って証明する。この授業では割愛する。 • 各財の超過需要と価格が非正であるため、(4) 式が成り立つためには、正の価格を持つ財につ いては超過需要 (供給) は 0 となる必要がある。 市場均衡とパレート効率性 • ワルラスの法則が成り立っている場合、市場均衡(ワルラス均衡)が成立している。 • エッジワースの箱で描くと、予算制約線の価格 (の傾き、つまり相対価格) がうまく調整され、 予算制約線と 2 人の無差別曲線がすべて同じ点で接している必要がある。 • 予算制約線と無差別曲線が接する話は消費者理論と同じ。無差別曲線同士が接するのは、そう しないとパレート改善が出来てしまうから。 2 • つまり、市場均衡はパレート効率的であること が分かる。 練習問題 2人2財の純粋交換経済を考える。消費者 A の初期保有は (x̄A , ȳA ) = (30, 0) であり、消費者 B の 初期保有は (x̄B , ȳB ) = (10, 20) である。それぞれの効用関数は UA = xA yA , UB = xB yB とする。こ こで xi ならびに yi は消費者 i にとってのその財の最終消費量を表す。価格比 PX /PY を p と置く。 (1) この設定におけるエッジワースの箱グラフと初期保有点 H を描け。 (2) 消費者 A と B の予算制約式を、初期保有の値を代入し、価格比 p を用いて書け。 (3) 価格比 p は 1 であるとする。この場合の消費者 A の最適消費量 (x∗A , yA∗ )、ならびに消費者 B ∗ の最適消費量 (x∗B , yB ) を求めよ。市場全体での超過需要、超過供給に関して考察し、市場均衡にお ける価格比 p は 1 より大きいか小さいか予想せよ。 (4) 市場均衡における価格比 p∗ 、最終消費量 x∗A , yA∗ , x∗B , yB∗ をそれぞれ求めよ。 厚生経済学の基本定理 • 厚生経済学の第一基本定理:市場均衡はパレート効率的である。 – 相対価格調整メカニズムが働き、2 人の無差別曲線が接するようにすることにより、効率 性が達成されている。 – 完全競争、市場の失敗がない、完全情報などの条件は必要。 • 厚生経済学の第二基本定理:パレート効率的な配分は市場均衡として達成することが可能で ある。 – 所得再分配に経済主体が合意していれば、市場の規制なしに市場メカニズムによって望ま しい配分に到達できる。 • これらにより、完全競争時では市場に任せることで良い結果がもたらされることが分かる。た だ、その際の仮定が厳しい。 • 定理のために必要な仮定は (1) プライステーカー (2) 完全情報 (3) 財の同質性 (4) 取引費用が 掛からないこと。(5) 外部性がないこと (6) 財が公共財の性質を持たないこと。市場の失敗が起 こってしまうからである。 • 現実的にはこれらの仮定が成立しない際には、どのようにどのくらい結果が変わるかを理論的、 実証的に分析して、企業行動の決定や政策提言の際にあてはめる必要がある。 3 市場の失敗 • 市場に任せておくと良いことも多いが、社会的に望ましい状況と乖離してしまうことがある。 これを 市場の失敗 と呼ぶ。 • 上記と対応させると、(1) 産業が独占、もしくは寡占状態である場合、(2) 情報が完全ではな い、もしくは情報の非対称性がある場合、(3) 財が差別化されている場合、(4) 取引費用が多々 掛かる場合、(5) 市場に参加する行動 (消費、生産) に外部性が存在する場合、(6) 財が公共財 の性質を持つ場合には、市場の失敗が起こりうる。 • これを調整するために政府が補助金や税金で介入するべきという論調がある。ピグー税を掛け ることにより、環境汚染を出すインセンティブを減らし、環境を良くするのも一つの例である。 • ピグー税のような環境税は比較的害がないが(環境汚染を減らすのが良いことは分かっている ので)、実際にどのくらいのピグー税を掛ければよいかは需要曲線と供給曲線を計量的に推計 する必要があるが、難しい。また、政府は情報の非対称性により情報量が少ないのに、そのよ うな税を掛けて問題ないのかという考え方もある。市場の失敗より政府の失敗の方が怖いと言 えるだろう。 公共財について • 公共財 とは、公共的な財のこと、ではあるが、経済学では (1) 消費が排除不可能 (非排除性) で、 (2) 消費の競合性がない (非競合性)、という二つの性質を満たしている財のことを言う。 • (1) 消費の排除可能性 とは、対価を払わない人には消費をさせなくできるということ。 • (2) 消費の競合性 とは、ある人が消費をすると、別の人が消費できる量が減るということ。 • 消費が排除不可能で、競合的ではない財のことを 純粋公共財 という。例として、外交、警察、 その他行政サービス、テレビの一般放送、法律など。 • 公共財と言えば純粋公共財のことだけを扱うこともあるが、上の二つのうち片方のみの性質を 満たしている 準公共財 もある。 – 排除は可能であるが消費の競合性がない財のことを クラブ財 という。例としてケーブル テレビ、ゴルフ場やジムの会員権。 – 一方、排除は不可能で、消費が競合する財のことを 混雑財 という。駅前の広場、公園、一 般道路、図書館。 • 財が公共財的であるか私的財的であるかどうかは、白と黒、0-1 の問題ではなく、程度問題。 • インフラであるから公共財であるかというのは少々違う。たとえば高速道路は?電波は?病院? 4 公共財の最適供給 • 消費者が n 人、xi を各個人 i の私的財 (1 つにまとめる) の消費量、y を公共財の供給量とする。 各個人 i の効用関数を ui (xi , y)、所得を mi とする。私的財の価格を 1、公共財の価格を p とす る。すると政府の予算制約は n ∑ (mi − xi ) = py i=1 となる。mi − xi は各個人から徴収する税であり、py は公共財に政府が支出する額となる。 ∑ • 政府はこの予算制約のもとで人々の効用の加重平均 ni=1 αi ui (xi , y) を最大化する。ここで αi は各自の比重で、合計すると 1 となる。 • 加重平均が最大化されていたら、パレート効率性は満たされている。 • ラグランジュ乗数法で解くと L = n ∑ n ∑ αi ui (xi , y) + λ( (mi − xi ) − py), i=1 i=1 ∂ui ∂L = αi −λ=0 ∂xi ∂xi n ∑ ∂L ∂ui = αi − λp = 0 ∂y ∂y i=1 が得られる。2 つ目の式を αi について解き、3 つ目の式に代入すると n [ ∑ ∂ui ∂ui ] / =p ∂y ∂xi i=1 が得られる。これをサミュエルソン条件と呼ぶ。 • サミュエルソン条件の左辺は、各個人の (公共財と私的財の) 限界代替率の和を表している。一 方右辺は公共財の価格である。私的財の場合には限界代替率が価格(比)と一致するが、ここ では全ての個人の「評価額」の和が社会全体の公共財の評価額となり、それが公共財の価格と 一致するのである。 • 効用関数が全ての人について同じならば、人数 n が多いほど左辺が大きくなるため、価格 p と 等しくするために公共財の供給量は多くなる。 リンダール均衡 • それでは、公共財の費用の負担をどのように決めればよいかについて考えよう。政府が各個人 の負担率を ti と提案するとする。すると各個人 i は公共財に pti y の負担をすることになるので、 私的財の消費量は xi = mi − pti y となる。 5 • 各個人が効用最大化をするとラグランジュ乗数法で解くと J = ui (xi , y) + λ(mi − xi − pti y), ∂J ∂ui = −λ=0 ∂xi ∂xi ∂J ∂ui = − λpti = 0 ∂y ∂y ∂ui ∂ui ⇐⇒ / = pti ∂y ∂xi n [ ∑ ∂ui ∂ui ] ⇐⇒ / =p ∂y ∂x i i=1 (5) (6) となる。 • (6) はサミュエルソン条件と一致する。 • (5) が成り立っているような y の水準が欲しいと各個人が政府に申告する。 もしすべての人の希望が成り立てばそこで公共財の供給量が決まる。 もし一致しなければ、政府は多い供給量を希望した人の負担率 ti を引き上げ、少ない希望をし た人の負担率を引き下げるような再提案を行う。 • 限界代替率逓減を仮定すると、負担率が上がると希望する公共財供給量が減るので、このよう な調整を続ければ各自の希望が近づいていき均衡となる。 • このように得られる均衡をリンダール均衡と呼ぶ。 • リンダール均衡には問題点がある。公共財や準公共財は市場によって最適な水準を達成できな い。例えば、町内会で駐車場を設置するかを議論するとしよう。設置に賛成した人が工事費用 を負担する必要があるとすると、実際には賛成でも虚偽の申告をして支払わず、最終的には非 排除性から利用は可能になる。これをフリーライダー (ただ乗り) 問題という。全員がそう考 え、結局駐車場が作られなくなる恐れすらある。←囚人のジレンマ。 • これは公共財についての (限界) 評価が本人しかわからず、情報の非対称性があり、過少申告を する誘因が存在するということである。 • このような虚偽の申告を起こさせないようにするにはどうすれば良いだろうか?この授業では 扱わないが、メカニズムデザインというゲーム理論の分野で扱うことができる。(ゲーム理論 (上級 I) で扱う予定。) 次回の予定 部分均衡分析を定式化します。 6
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