日本の労働法制と非正規労働撤廃の課題 脇田 滋(龍谷大学) 1.非正規労働の過酷な状況 ①不安定な雇用 ②差別待遇 有期雇用 半年後、数ヶ月後の雇用・生活が不明 正規雇用と同じ仕事をしていても数分の一の賃金、手当、福利厚生上の大き な差別 格差・差別を拡大する社会保険(健保、厚生年金) ③無権利 労働基準法などの労働法上の権利を行使することができない ④孤立 労働組合が正社員・企業別組織で非正規雇用を組織しない 正社員になる可能性だけを示される「義務だけ正社員」も 2.日本的雇用慣行(=正社員雇用慣行)の特徴 1960年代以降に形成された正社員雇用 +面:新卒者を定年まで長期雇用。職場での教育訓練。年功賃金。企業独自の福利厚生。 -面:企業間格差を容認。企業別正社員労使関係・労働組合。 男性片働きモデル。女性差別(女性は結婚・出産で退職) 欧米の職務給に基づく、企業横断的労働慣行とは異質。 1960年代までは、経営者、政府は職務給を主張。 むしろ、労働組合が、日本的雇用慣行の支持者。 3.日本的雇用慣行の裏返しとしての日本的非正規雇用 ○パートタイム雇用=家計補助的労働と決めつけた女性差別的雇用、若年者のアルバイト拡 大も同じ性格を有する。世帯に正社員雇用労働者(男性、夫や父親)がいて、その主たる収入を 補完する低賃金。非課税上限103万円、社会保険の被扶養者認定基準103万円の範囲内で働 く自立不能賃金を拡大した。 ○派遣労働=1985 年労働者派遣法で一挙に拡大。フルタイムの非正規雇用の受け皿、経営者 が正規雇用として雇わないでも済むと考えた「外部委託業務」 (女性が多く担当する事務職、ビル 管理など現業部門、情報サービスなど)を「専門業務」と偽って拡大した。いつでも企業が必要 なときに利用し、使用者の責任をとらずに済み、雇用調整(痛みのない解雇)が可能な労働力。 労働者派遣法さえ守らない違法派遣=偽装請負が、製造業務など派遣禁止業務で急速に拡大した。 その背景には、労働行政は取り締まらず、多くの企業内正社員組合は摘発しなかったという事情 がある。 ○有期雇用=期間を定めた労働契約に基づく雇用。すべての非正規雇用に共通する形態。実 際には、業務が恒常的であるのに、労働者にだけ契約期間を押しつけるもので、事実上、契約期 間満了による解雇が付いた、解雇付き雇用。法的な規制はほとんどなし。労働者の不安定な雇用 上の地位を生み出す最大の原因。日本では、古くから臨時工、期間工などがあったが、サービス 業では、1985 年の労働者派遣法で「登録型労働者派遣」が認められ、同様な働き方をする直接雇 用の労働者に有期雇用が広がった。 ○個人請負=実態は労働者と同様な働き方をしているのに、契約は委託契約や請負契約にさ れ、労働法、社会保険法の適用をすべて排除される就労形態。使用者が、法的責任や労働組合か らの圧力を回避することができる最悪の脱法形態。労働基準法、労働組合法では、契約形式では なく、就労の実態に基づいて「労働者性」を認めることになっているが、労働者が合意したとい う形式になるので、実際上、争うのに困難を伴う。運転手、芸能員、家内労働など、会社、工場 外で働く事業場外労働に多い。 こうした非正規雇用は、各国でも見られるが、日本では労働組合が、最近まで、こうした非 正規雇用労働者を本格的に組織してこなかった。その現状は、現在も基本的に続いている。その ため、問題の解決が困難となっている。非正規雇用そのものが、労働者の団結権実現に対する妨 害という本質を持っていることを直視する必要がある。 4.経営者・政府が推進し、協調的労組が容認してきた非正規雇用 こうした非正規雇用は、自然発生したものではない。 日本では、とくに、日本型雇用の裏返しという特徴もあって、最初は、日本型雇用を前提に したパートタイム雇用が広がり、1990年以降は、経営側は、日本型雇用そのものを非正規雇 用に置き換えるという戦略を示して、大規模に、非正規雇用を拡大しようとしている。政府も、 経営側の圧力に屈して、労働法の規制緩和政策を採り続けてきた。 ◎1960年~1970年代 ○日本的雇用慣行の形成・確立 日本的男性正社員組合の一般化 ○パートタイム雇用の拡大 低賃金・雇用調整可能労働力 ◎1980年代 ○労働組合運動の権力的弾圧=官公労働組合弾圧 国家的不当労働行為 ○日本的雇用の「例外」としてフルタイム非正規導入 労働者派遣法=「トロイの木馬」 民間企業での労働組合の弱体化 ○男女差別雇用の制度化 1980 年 社会保険加入「4分の3要件」 1985 年 国民年金制度改革 第 3 号被保険者の導入 ◎1990年代 ○集団的労働関係の終焉 大規模なストライキの消滅 ○経営者が日本的雇用の見直しへ 95年 日本経営者連盟「新時代の日本的経営」 雇用三分化による非正規雇用の活用 ◎2000年代 ○新自由主義の台頭 「労働ビッグ・バン」 労働関連法規制の全面見直し 労働者派遣法のネガティブリスト化 ホワイトカラー・エグゼンプション 5.2009 年政権交代:非正規雇用撤廃への期待と裏切り 2006 年頃から、「フリーター漂流」 男性非正規労働者の増大 ワーキング・プアの顕在化 2008 年秋 リーマン・ショック 30万人の非正規労働者の解雇 労働者派遣法改正の気運高まる 2009 年 6 月 野党3党の労働者派遣法改正法案 2009 年 9 月 政権交代 2009 年 12 月 松下 PDP 事件 最高裁判決 労働政策審議会 骨抜き派遣法改正案 →2010 年 3 月 政府案へ 2011 年 11 月 民主党、自民党、公明党3党派遣法改正案 政府案から大きく後退 →2012 年 3 月 成立 2012 年 労働契約法改正 有期雇用規制 →5年までの期間 5年で無期へ クーリング期間 差別是正は不明確 6.日本的非正規雇用撤廃の課題 (1)非正規労働問題を社会的争点に 「公論化」 経営者=日本的正社員雇用の破壊へ 労働組合=多くが、正社員を基盤とする発想・運動に拘泥 政府=経営者、労働組合の圧力で、非正規問題を回避 (2)非正規労働撤廃への運動・法的課題 ○雇用の不安定化=>使用事由制限へ ○差別的条件=>差別是正、均等待遇 ○無権利=>実効的な権利実現の仕組み ○孤立=>非正規労働者をも代表する新たな組合へ 「日本的雇用」に基づく企業別正社員組合ではなく、 欧米的な職務基準に基づく賃金体系と労働組合へ
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