審査結果要旨

論文審査の要旨および担当者
学位申請者
学位論文題目
担当者
塚田
竜 介 ( 4DV11002
獣医寄生虫学)
Encephalitozoonの 感 染 経 路 に 関 す る 研 究
主査
北里大学教授
伊藤
直之
副査
北里大学教授
宝達
勉
副査
北里大学准教授
岡村
雅史
論文審査の要旨
Encephalitozoon s pp. が 属 す る 偏 性 細 胞 内 寄 生 性 の 微 胞 子 虫 類 は 、
144 属 1, 200 種 以 上 存 在 し 、 そ の 地 理 的 分 布 は 世 界 各 地 に 及 ん で い る 。
ヒトでは免疫不全患者や臓器移植患者などで、発熱、下痢、腎不全など
の臨床症状を示し、動物由来感染症の病原体としても注目されている。
ネ コ の Encephalitozoon 症 は 稀 で あ る と 言 わ れ て い る が 、 発 症 す る と 腎
不全、白内障などの臨床症状を示す。しかし、野ネズミ類における
Encephalitozoon
症 の 病 態 は 不 明 で あ る 。 我 が 国 に お け る
Encephalitozoon 感 染 の 報 告 は 、 ウ サ ギ 、 イ ヌ 、 サ ル の 血 清 学 的 調 査 が
行われている。ヒトへの感染経路は、愛玩動物として飼育されるウサギ
お よ び イ ヌ の 糞 便 や 尿 を 介 し て 環 境 中 に 放 出 さ れ た s pore を 摂 取 す る こ
と で 感 染 す る と 推 察 さ れ て い た 。 し か し 、 近 年 、 飼 育 ネ コ か ら H IV 患 者
で あ る 飼 い 主 へ Encephalitozoon 感 染 が 疑 わ れ た 事 例 が 報 告 さ れ た 。 我
が国においてもネコは、ヒトと接触する機会が多く飼育頭数も多い。ま
た、ネコに捕食される野ネズミ類において、海外では野生動物における
レ ゼ ル ボ ア と し て 重 要 な 役 割 を 果 た し て い る と 報 告 さ れ て い る 。そ こ で 、
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我 が 国 に お け る Encephalitozoon 感 染 の 未 報 告 宿 主 で あ る 、 ネ コ お よ び
野ネズミ類の疫学調査を行う事は、その感染状況や感染経路の推測を可
能にし、予防対策を構築するために重要であると考えた。以上のことか
ら 、 本 研 究 に お い て 、 我 が 国 の ネ コ に お け る Encephalitozoon 感 染 の 血
清学的調査を行い、感染状況の把握、性別および飼育環境の違いが感染
率に与える影響について比較検討するとともに、野ネズミ類の分子疫学
調査を行う事により自然界におけるレゼルボアとなる可能性について評
価した。
第Ⅰ章では、我が国において新たな宿主同定のため、ウサギ、イヌと
ともに愛玩動物として飼育頭数が多く、ヒトとの関係が深いネコにおけ
る E. cuniculi 感 染 の 血 清 学 的 調 査 を 行 い 、 感 染 状 況 、 性 別 お よ び 飼 育
環 境 と の 関 連 に つ い て 検 討 を 行 な っ た 。さ ら に 、 E. cuniculi の ネ コ へ の
感染経路解明の一助とするため、感染経路が明らかになっている感染症
と の 複 合 感 染 を 調 査 す る こ と で 、 Encephalitozoon 感 染 経 路 に つ い て 検
討 し た 。そ こ で 、ネ コ 同 士 の 接 触 に よ っ て 感 染 す る FCoV、 FeLV、FIV
お よ び ネ ズ ミ 類 の 捕 食 に よ り 感 染 す る T. gondii の 血 清 学 的 調 査 を 行 っ
た 。 ネ コ 300 検 体 の 血 清 を 用 い て 、 G ST 融 合 Polar Tube Protein − 2 組
換 え タ ン パ ク 質 を 抗 原 と し て ELISA を 実 施 し た と こ ろ 、 300 検 体 中 19
検 体( 6. 3% )に お い て E. cuniculi 抗 体 陽 性 で あ っ た 。性 別 で は オ ス 6. 2%
( 6/ 97)、 メ ス 6. 4 % ( 13/ 203 ) が 陽 性 で あ っ た 。 飼 育 環 境 に つ い て は 、
飼い主がいないネコをノラネコと分類し、食事を与えられ屋内外を自由
に出入りするネコを飼いネコと分類して陽性率を比較検討した。ノラネ
コ と 飼 い ネ コ で は 、 そ れ ぞ れ 9. 0% ( 12/134 )、 4. 2% ( 7/ 166 ) が 陽 性 で
あ っ た 。性 別 お よ び 飼 育 環 境 に よ る 陽 性 率 の 有 意 な 差 は な か っ た 。ま た 、
T. gondii 抗 体 保 有 状 況 を 調 査 し た と こ ろ 、 20. 0% ( 61/ 305 ) が 陽 性 で あ
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っ た 。FCoV 抗 体 陽 性 は 23. 4%( 71/ 300 )、FeLV 抗 原 陽 性 は 2. 4%( 7/ 297 )、
FIV 抗 体 陽 性 は 10. 4 % ( 31/ 297) で あ っ た 。 E. cuniculi 陽 性 の 19 検 体
の う ち 、 FeLV と の 複 合 感 染 は 0 検 体 、 FIV と は 3 検 体 で 陽 性 を 示 し た 。
FeLV お よ び FIV と 複 合 感 染 を 示 す 割 合 が 少 な か っ た こ と か ら 、 ケ ン カ
等 に よ る ネ コ 同 士 の 感 染 の 可 能 性 は 低 い こ と が 予 想 さ れ た 。 E. cuniculi
と 複 合 感 染 を 示 し た 9 検 体 中 7 検 体 で T. gondii に 陽 性 を 示 し た 。 こ の
こ と か ら 、 屋 外 で E. cuniculi に 感 染 す る ネ コ は 、 T. gondii と 類 似 し た
感染経路も持つと考えられ、その媒介に野ネズミ類が重要な役割を果た
していることが示唆された。
第 Ⅱ 章 で は 、我 が 国 の 野 ネ ズ ミ 類 に お け る Encephalitozoon s pp. の 分
子疫学調査を実施し、自然界においてレゼルボアとなる可能性について
検 討 し た 。捕 獲 し た 野 ネ ズ ミ 類 180 検 体 の 脳 や 内 臓 か ら Nested - PCR を
用 い て Encephalitozoon 特 異 的 D NA を 検 出 し た 。 Nes ted - PCR で
Encephalitozoon 陽 性 を 示 し た の は 23. 9%( 43 検 体 ) で あ っ た 。 陽 性 を
示 し た 全 て の 検 体 に つ い て 遺 伝 子 配 列 を 決 定 し た と こ ろ 、 E. cuniculi
( type Ⅰ で 14 検 体 お よ び type Ⅲ で 6 検 体 )、 E. hellem で 18 検 体 、 E.
intenstinalis で 6 検 体 で あ っ た 。 う ち 、 1 検 体 で E. cuniculi type Ⅰ と
E. hellem の 複 合 感 染 が あ っ た 。さ ら に 、 Encephalitozoon
の好適寄生
部位とされる脳および腎臓を用いた寄生部位の比較検討を行なったとこ
ろ 、 E. cuniculi type Ⅰ は 脳 で 9 検 体 、 腎 臓 で 1 検 体 が 検 出 さ れ た 。 E.
cuniculi type Ⅲ は 脳 で 5 検 体 、 腎 臓 で 1 検 体 で あ り 、 う ち 1 検 体 は 脳 と
腎 臓 か ら 検 出 さ れ た 。 こ の 事 か ら 、 野 ネ ズ ミ 類 に お け る E. cuniculi の
好 適 寄 生 部 位 は 脳 で あ る と 考 え ら れ た 。ま た 、E. hellem は 脳 で 5 検 体 、
腎 臓 で 8 検 体 、 E. intenstinalis は 脳 で 1 検 体 、 腎 臓 で 3 検 体 検 出 さ れ
た 。野 ネ ズ ミ 類 の 種 類 別 に 見 る と 、げ っ 歯 目 の ア カ ネ ズ ミ 、ヒ メ ネ ズ ミ 、
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ハタネズミおよびモグラ目のヒミズ、ジネズミで感染が確認された。本
結 果 に よ り 、 我 が 国 の 野 ネ ズ ミ 類 か ら 初 め て Encephalitozoon 感 染 状 況
が 明 ら か と な り 、モ グ ラ 目 の ヒ ミ ズ 、ジ ネ ズ ミ は 新 た な Encephalitozoon
の 宿 主 で あ る 事 が 示 さ れ た 。こ の こ と は 、野 ネ ズ ミ 類 が 環 境 中 に s pore を
排出して汚染を拡大する要因となっている可能性が強く示唆され、ヒト
やネコなどへの感染源となりうる事が示された。さらに、野ネズミ類を
捕食する野生動物も多数存在していると考えられることから、他の宿主
への感染やその分布領域も広範囲に及んでいる可能性が示された。
本 研 究 に よ っ て 、 E. cuniculi が T. gondii と 類 似 し た 感 染 経 路 を も つ
こ と が 推 測 さ れ 、 野 ネ ズ ミ 類 が 環 境 中 に s pore を 排 出 し 、 ヒ ト や ネ コ 、
野 生 動 物 へ の Encephalitozoon 感 染 拡 大 に 重 要 な 役 割 を 果 た し て い る こ
とが示唆された。今後、さらに各種動物での発生状況や分布状況、ヒト
や動物種間での感染の可能性を調査することで、我が国における
Encephalitozoon 症 の 疫 学 や 病 態 の さ ら な る 解 明 に な る こ と が 期 待 さ れ
る。
以上のごとく、本研究結果は類似する先行研究の無い極めて独創性に
富むものであり、最終試験の成績と併せて、博士(獣医学)の学位を授
与することを適当と認める。
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