アブストラクト - ヒューマンサイエンス振興財団

平成 26 年度厚生労働科学研究委託費 創薬基盤推進研究事業
第 45 回ヒューマンサイエンス総合研究セミナー
がんの多様性に応じた研究・治療
―創薬のパラダイムシフトー
平成 27 月 1 月 13 日(火)
砂防会館別館 1 階
シェーンバッハ・サボー
主催:公益財団法人 ヒューマンサイエンス振興財団
平成 26 年度厚生労働科学研究委託費
創薬基盤推進研究事業
第 45 回ヒューマンサイエンス総合研究セミナー
セミナーとは:官民共同研究を推進するマッチングの環境整備として行います。具体的に
は政策的に取り組むべき疾患やアンメットメディカルニーズの高い疾患等
に関して、創薬の可能性と課題を中心に企画・実施するものです。
テーマ案:がんの多様性に応じた研究・治療―創薬のパラダイムシフト―
開催日時:平成 27 年 1 月 13 日(火) 9:50~17:20 予定
会
場: 砂防会館別館1階 シェーンバッハ・サボー(東京 平河町)
参加費:無料
定
員:250 名程度(製薬企業等の研究、研究企画等の方が主な参加者)
主 催:公益財団法人ヒューマンサイエンス振興財団
司 会:Integrated Development Associates 萩本 浩司、第一三共 曽我
恒彦、
味の素製薬 村田 正弘
プログラム最終案 141112
9:50~9:55 開会挨拶 公益財団法人ヒューマンサイエンス振興財団理事長 髙柳 輝夫
9:55~10:00 お願い事項等 Integrated Development Associates
クリニカルプログラムディレクター 萩本 浩司
【第一部】免疫療法(チェックポイント阻害剤と CAR 療法)
10:00~10:40 標準治療となりつつある癌免疫療法の世界的動向
東京大学医科学研究所 先端医療研究センター臓器細胞工学分野/附属病院外科
教授
田原 秀晃
10:40~11:05 抗 PD-1 抗体ニボルマブ~創製の経緯と今後の展開~
小野薬品工業株式会社筑波研究所 オンコロジー研究部
第二研究室長 吉田 隆雄
11:05~11:40 難治性小児がんに対するトランスポゾン遺伝子改変 CAR-T 細胞療法の開発
信州大学医学部附属病院 小児科 講師 中沢 洋三
11:40~12:05 遺伝子導入 T 細胞療法の現状と今後の展望
タカラバイオ株式会社プロジェクト推進部 部長 木村 正伸
12:05~13:15
昼 食
【第二部】分子標的薬
13:15~13:55 分子標的薬の個別化に向けて
(独)国立がん研究センター 早期・探索臨床研究センター
トランスレーショナルリサーチ分野長 土原 一哉
13:55~14:30 がん融合遺伝子の発見と診断法の開発
(公財)がん研究会がん研究所 分子標的病理プロジェクト
プロジェクトリーダー 竹内 賢吾
14:30~14:50 休
憩
【第三部】がん幹細胞
14:50~15:30 がん幹細胞を標的とした治療戦略
慶應義塾大学医学部 先端医科学研究所
遺伝子制御研究部門 教授 佐谷 秀行
15:30~16:05 次世代プロテオミクスを用いたがん特性の解明
九州大学 生体防御医学研究所分子医科学分野
ヒトプロテオーム研究センター
主幹教授・センター長 中山 敬一
【第四部】がん代謝
16:05~16:45 代謝異常とがん
(独)国立がん研究センター研究所
造血器腫瘍研究分野 分野長
北林 一生
16:45~17:20 細胞老化の発がん制御における役割
(公財)がん研究会がん研究所 がん生物部 部長 原 英二
標準治療となりつつある癌免疫療法の世界的動向
東京大学医科学研究所附属病院外科
先端医療研究センター臓器細胞工学分野
教授
田原 秀晃
患者自身が元来有している免疫機構を積極的に利用して癌を治療しようとす
る免疫治療法は、遠隔転移を含めた病巣を治療し得る手法として有望視され、
免疫学基礎研究の進歩とともに様々な治療法が考案されて来た。しかし、その
有効性や有用性が科学的臨床試験により検証され証明されたものはほとんど無
かった。
その状況が、樹状細胞と T 細胞の相互関係を中心とした基礎免疫学研究の成
果を基盤とした治療法の開発により、最近劇的に変化しつつある。
その契機となったのは、2010 年に発表された抗 CTLA-4 抗体を用いた治療の
第 III 相臨床試験結果であり (1)、それを基に、米国 FDA(Food and Drug
Administration)は、本治療が再発進行悪性黒色腫に対する有効な治療法である
と承認した。この抗 CTLA-4 抗体は、癌細胞を直接攻撃する既存の抗体医薬と
は異なり、癌患者の免疫抑制機序を解除し癌細胞に対する有効な免疫反応を惹
起することにより癌細胞を攻撃する「チェックポイント阻害薬」の一つである。
既存の治療法と対等の評価方法で比較検討され、その効果の優位性が客観的に
確認された癌免疫療法が登場したことにより、癌免疫療法が標準的治療法の仲
間入りをしたことになる。
そして、2012 年には、新たなチェックポイント阻害薬である PD-1 機構阻害薬
(抗 PD-1 抗体および抗 PD-L1 抗体)に関して、悪性黒色腫、腎細胞癌、そして
非小細胞肺癌における有望な第一相試験の成績が報告された(2)。この抗 PD-1
機構阻害薬は、副作用が比較的軽微であり、複数の癌種にて明確な抗腫瘍効果
を発揮することから大きな注目を集め開発が急速に進んだ。我々も、再発進行
悪性黒色腫に対する抗 PD-1 抗体(Nivormab)の第 2 相試験を、世界に先駆けて
本邦にて開始した。その結果を受け、2014 年には、日本において、世界で初め
ての承認薬となった。現在では、悪性黒色腫以外での様々な癌種に関する開発
が活発に進められている。
また、遺伝子細胞療法の分野においても大きな進歩が見られつつある。2011
年には遺伝子導入により CD19 と補助刺激分子からなる Chimeric Antigen
Receptor を発現するように改変された T 細胞(CAR-T 細胞)を用いた治療法が、
慢性リンパ性白血病に対しきわめて高い奏功率を示すことが発表された(3)。そ
の劇的な効果と、製薬企業の参入により、一時期停滞気味であったこの分野に
おいても開発が進みつつある。
これらの事例は、癌免疫療法の開発がこれまでの混迷期を脱する契機となる
と考えられ、より多くの企業の参入が見込まれている。また、免疫学研究の面
から見ても、実際の患者から得られた腫瘍免疫反応に関する貴重な情報を基に
今後の免疫療法の方向性を考えることが可能となっている。
本講演では、以上に述べたような最近の癌免疫療法に関する世界的動向を論
じると共に、我々の進めた抗 PD-1 抗体の第 2 相臨床治験の情報や、樹状細胞の
抗原獲得機構を利用した新規免疫療法の開発についても紹介したい。
参考文献
1.
Hodi FS, et al. Improved Survival with Ipilimumab in Patients with Metastatic
Melanoma. The New England Journal of Medicine 363:711-23, 2010.
2. Topalian SL, et al.Safety, Activity, and Immune Correlates of Anti–PD-1 Antibody
in Cancer. N Engl J Med; 366:2443-2454, 2012.
3.
Porter DL1, Levine BL, Kalos M, Bagg A, June CH. Chimeric antigen
receptor-modified T cells in chronic lymphoid leukemia. N Engl J Med. 365:725-33.
2011.
抗 PD-1 抗体ニボルマブ ~創薬の経緯と今後の展開~
小野薬品工業株式会社 オンコロジー研究部 第二研究室 室長
吉田 隆雄
PD-1(Programmed cell death-1)は,1992 年に京都大学医学部本庶研究室において T
細胞の細胞死誘導時に発現が増強される遺伝子産物として単離・同定された 1).PD-1 は,
活性化したリンパ球及び骨髄系細胞に発現し,抗原提示細胞に発現する PD-1 リガンド
(PD-L1[別名:B7-H1]及び PD-L2[別名:B7-DC])と結合することで,リンパ球に抑
制性シグナルを伝達してリンパ球の活性化状態を負に調節する受容体であり,同様の役割
を担う CTLA-4 などと共に免疫チェックポイント分子と呼ばれている.PD-1 を欠損させた
各種系統のマウスでは,各々の遺伝的背景に応じて異なる自己免疫疾患関連症状を呈する
ことから,PD-1 は末梢トランスに深く関与する分子と考えられている 2).
PD-L1 は,抗原提示細胞以外にも一部の正常組織や複数の腫瘍組織において発現してい
る.ヒトの悪性黒色腫,卵巣がん,食道がん,腎細胞がん,膵臓がんなどの様々ながん腫
において,切除した腫瘍組織における PD-L1 の発現と術後の生存期間との間に負の相関関
係があることが報告されている 3).また,腫瘍組織において PD-L1 は腫瘍浸潤 T 細胞が産
生する IFN-γによって発現が誘導される事が知られている 4).PD-L1 を強制的発現させた
マウス肥満細胞腫株 P815 は,
抗原特異的 CD8 陽性 T 細胞の細胞傷害活性を減弱させるが,
抗 PD-L1 抗体で PD-1 と PD-L1 との結合を阻害するとその細胞傷害活性は回復した 5).ま
た,
マウス大腸がん細胞株 MC38 胆がんマウスでは,
抗 PD-1 抗体は腫瘍増殖を抑制した 6).
これらの知見より,がん細胞ががんに対する免疫を回避する機序の一つとして,PD-1/PD-1
リガンド経路が関与していることが示唆され,PD-1 と PD-1 リガンドとの結合を阻害する
薬剤ががんの新たな治療薬になり得るものと考えられた.
ニボルマブ(ONO-4538/BMS-936558)は,小野薬品工業株式会社と米国メダレックス
社(現ブリストル・マイヤーズ スクイブ(BMS)社)と共同研究を実施し,メダレック
ス社が有するヒト型抗体作製技術(UltiMAb®)により作製したヒト PD-1 に対するヒト型
モノクローナル IgG4 抗体である.種々の非臨床薬理試験より,ニボルマブは PD-1 と PD-1
のリガンドである PD-L1 及び PD-L2 との結合を阻害することで,PD-1 を介する抑制性シ
グナルを遮断し,抗原特異的な T 細胞の増殖・サイトカインの産生・細胞傷害顆粒の放出
などの採用を増強することによって腫瘍細胞に対する免疫反応を亢進し,抗腫瘍効果を示
すと考えられた 7)8).なお,ニボルマブは PD-1 を発現する活性化ヒト T 細胞に対する抗体
依存性細胞傷害(ADCC)作用及び補体依存性細胞傷害(CDC)作用を示さなかった.
ニボルマブの臨床試験は,2006 年より米国において第Ⅰ相単回投与試験を開始し,2008
年より実施した日本第Ⅰ相試験及び米国第Ⅰ相反復投与試験では,複数の固形がん腫で奏
功が認められた.米国第Ⅰ相反復投与試験を拡大した結果,悪性黒色腫,腎細胞がん及び
非小細胞肺がんに対するニボルマブの有効性が示唆された 9).日本においては,2011 年よ
り開始した悪性黒色腫を対象とした第Ⅱ相試験で良好な結果が得られ 10),2013 年 12 月に
ニボルマブの製造販売承認申請を行った.当局の迅速な審査体制により,申請から約 6 ヶ
月後の 2014 年 7 月に「根治切除不能な悪性黒色腫」を効能・効果とするニボルマブの製造
販売承認を世界に先駆けて取得し,2014 年 9 月に世界初の抗 PD-1 抗体として日本で上市
された.
現在,他のがん腫に対するニボルマブの有効性及び安全性を評価するため,国内外にお
いて悪性黒色腫,非小細胞肺がん,腎細胞がん,胃がん,頭頸部がん及び膠芽腫を対象と
した検証試験を実施中である.また,これらの試験成績に基づき,BMS 社が米国では悪性
黒色腫を対象とした承認申請を,欧州では悪性黒色腫及び非小細胞肺がんを対象とした承
認申請をそれぞれ行っている.ニボルマブは著効例に持続的な抗腫瘍効果を示す一方で無
効例も存在していることから,ニボルマブのバイオマーカーや併用薬剤の探索等について
は,更に検討していく必要があると考えている.
参考文献
1) Ishida Y, Agata Y, Shibahara K, Honjo, T. EMBO J. 1992;11:3887-95.
2) Okazaki T, Chikuma S, Iwai Y, Fagarasan S, Honjo T. Nat Immunol. 2013; 14:
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3) Zou W, Chen L. Nat Rev Immunol. 2008;8:467-77.
4) Taube JM, Anders RA, Young GD, Xu H, Sharma R, McMiller TL, et al. Sci Transl
Med. 2012;4:127ra37.
5) Iwai Y, Ishida M, Tanaka Y, Okazaki T, Honjo T, Minato N. Proc Natl Acad Sci USA.
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6) Korman A, Chen B, Wang C, Wu L, Cardarelli P, Selby M. J Immunol. 2007; 178:
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7) Wang C, Thudium KB, Ham M, Wang XT, Huang H, Feingersh D, et al, Cancer
Immunol Res. 2014;2:846-56.
8) Wong RM, Scotland RR, Lau RL, Wang C, Korman AJ, Kast WM, et al, Int
Immunol. 2007;19:1223-34.
9) Topalian SL, Hodi FS, Brahmer JR, Gettinger SN, Smith DC, McDermott DF, et al,
N Engl J Med 2012;366:2443-54.
10) Kiyohara Y, Tahara H, Uhara H, Moroi Y, Yamazaki N, Annals of Oncology 2014,
25:iv374-iv393.
難治性小児がんに対するトランスポゾン遺伝子改変
CAR-T 細胞療法の開発
信州大学医学部附属病院小児科・講師
中沢 洋三
がんに対する T 細胞療法では、腫瘍免疫回避機構の打破が成否の鍵を握る。がん抗原は
一般的に、ウイルス抗原や同種抗原よりも免疫原性が低い、胎生期に発現していた抗原で
あれば T 細胞に対する免疫寛容を獲得している、がん細胞の生存・増殖に必須の抗原でな
ければがん細胞はその発現を低下・消失できるなどの特徴がある。また、がん細胞は HLA
分子や共刺激分子の発現を低下・消失させることにより T 細胞の免疫応答を阻止しうる。
これらの腫瘍免疫回避機構に打ち勝つための工夫として、イスラエルの Schindler 博士ら
によって、人工 T 細胞受容体(T-body、後にキメラ抗原受容体 chimeric antigen receptor;
CAR と命名)を用いた遺伝子改変 T 細胞療法が考案された。
CAR は、抗原特異的なモノクローナル抗体可変領域の軽鎖(VL)と重鎖(VH)を直列に結
合させた単鎖抗体(scFv)を N 末端側に、T 細胞受容体(TCR)ζ鎖を C 末端側に持つキメ
ラ蛋白の総称である。CAR を発現させた T 細胞は、scFv 領域で特異抗原を認識した後、そ
の認識シグナルを引き続きのζ鎖を通じて T 細胞内に伝達する(第一世代 CAR)
。さらに、T
細胞の活性化を増強するために、scFv とζ鎖の間に共刺激分子(CD28、4-1BB、OX40)のう
ちの 1 つ、あるいは 2 つを組み込まれた CAR は各々第二世代、第三世代 CAR と呼ばれる。
CAR-T 細胞療法の利点として、標的抗原の免疫原性や免疫寛容に依存しない、HLA 非拘束
性に作用する、生体内の T 細胞が免疫応答しない糖鎖も標的にできる、抗体療法よりも抗
腫瘍活性が高いことなどが挙げられる。さらに、経静脈的に投与された CAR-T 細胞の髄液
移行が確認されており、中枢神経腫瘍への応用も期待されている。一方、on-target 効果と
してのサイトカイン放出症候群はしばしば重篤化する。
これまでに、米国を中心に 40 以上の CAR-T 細胞療法の臨床試験が計画・実施され、その
半数以上を CD19 特異的 CAR-T 細胞療法が占める。再発・治療不応性 B 細胞性リンパ腫・白
血病に対する CD19 特異的 CAR-T 細胞療法においては、その劇的な臨床効果が複数のグルー
プから報告されており、大手製薬企業やベンチャー企業との共同開発が進められている。
一方、国内では 2014 年 12 月現在 1 例も臨床実施されていない。
米国のほぼすべての臨床試験で、T 細胞への CAR 遺伝子の導入にレトロウイルスあるいは
レンチウイルスベクターが用いられている。我々は、CAR-T 細胞療法の費用対効果・時間対
効果の改善および安全性の向上を目的に、非ウイルス遺伝子改変技術 piggyBac トランスポ
ゾン法による T 細胞の遺伝子改変の開発を行い(Nakazawa Y, et al. 2009; Galvan DL,
、
Nakazawa Y, et al. 2009; Saha S, Nakazawa Y, et al. 2012; Nakazawa Y, et al. 2013)
piggyBac 遺伝子改変 CAR-T 細胞が in vitro およびマウスモデルにおいて十分な抗腫瘍効果
を発揮することを確認している(Nakazawa Y, et al. 2011; Huye LE, Nakazawa Y, et al.
2011; Saito S, Nakazawa Y, et al. 2014)。
現在、我々は名古屋大学医学部附属病院における小児急性リンパ性白血病に対する CD19
特異的 CAR-T 細胞療法の臨床試験の準備を進めている(厚生労働省革新的がん医療実用化
研究事業)
。また、神経芽腫、骨肉腫、ユーイング肉腫などの難治性小児がんに対する CAR-T
細胞療法の開発にも取り組んでいる。
本セミナーでは、CAR-T 細胞療法および piggyBac 遺伝子改変法について概説したい。
参考文献
1. Saito S, Nakazawa Y, et al. Anti-leukemic potency of piggyBac-mediated
CD19-specific T cells against refractory Philadelphia chromosome-positive
acute lymphoblastic leukemia. Cytotherapy. 2014;16:1257-69.
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piggyBac-modified human T lymphocytes. J Immunother. 2013;36:3-10.
3. Saha S, Nakazawa Y, et al. piggyBac Transposon System Modification of
Primary Human T Cells. J Vis Exp. 2012;(69).
4. Nakazawa Y, et al. PiggyBac-Mediated Cancer Immunotherapy Using
EBV-Specific Cytotoxic T-Cells Expressing HER2-specific chimeric antigen
receptor. Mol Ther. 2011;19:2133-43.
5. Huye LE, Nakazawa Y, et al. Combining mTor Inhibitors With
Rapamycin-resistant T Cells: A Two-pronged Approach to Tumor
Elimination. Mol Ther. 2011;19:2239-48.
6. Galvan DL, Nakazawa Y, et al. Genome-wide mapping of PiggyBac transposon
integrations in primary human T cells. J Immunother. 2009;32:837-44.
Nakazawa Y, et al. Optimization of the PiggyBac transposon system for the sustained genetic
modification of human T lymphocytes. J Immunother. 2009;32:826-36.
遺伝子導入 T 細胞療法の現状と今後の展望
タカラバイオ株式会社 プロジェクト推進部
木村 正伸
部長
遺伝子導入 T 細胞療法としては、1)様々な腫瘍抗原に対する T 細胞受容体(T
Cell Receptor:TCR)の遺伝子を導入した TCR 細胞療法、2)抗体を T 細胞受容
体に結合させた chimeric antigenic receptor(CAR)の遺伝子を導入した CAR
細胞療法の二つがある。TCR 細胞療法では HLA タイプに拘束される一方で、
CAR は HLA タイプに関係なく効果が期待される利点があるとされている。
TCR 細胞療法ではこれまでにいくつかの腫瘍抗原が用いられてきているが、
特に癌-精抗原である NY-ESO-1 を用いた治験では良好な成績が報告されている。
本邦では MAGE-A4 を用いて三重大学を中心とした臨床研究が行われ、現在医
師主導治験が進行中である。また WT-1 を用いた臨床研究が進行中である。一
方 NY-ESO-1 に対する TCR の治験が計画されている。
CAR 細胞療法では、これまでのところ CD19 CAR に関しては良好な臨床成
績が報告されているが、CD19 以外の抗体での報告はされていない。特に急性リ
ンパ性白血病では非常に良好な臨床成績が報告されている。
本邦においては自治医大において非ホジキンリンパ腫を対象とした臨床研究
が実施されている。
現在のところ TCR 細胞療法、CAR 細胞療法とも患者の自家細胞を使用して
いるため様々な課題がある。本発表においては上記の臨床成績を紹介するとと
もに、どのような課題があるのかを紹介したい。
分子標的薬の個別化に向けて
(独)国立がん研究センター 早期・探索臨床研究センター TR 分野長
土原
一哉
次世代シークエンサーの登場により個々の症例の詳細ながんゲノム情報が入手可能とな
った。一方、分子標的療法の進展に伴い治療効果予測に用いられるゲノムバイオマーカー
の数は増加しており、マルチプレックスゲノム診断の必要性は高まっている。次世代遺伝
子検査の実用化には解析方法の妥当性に加えて検体、データ、レポーティングの適切な管
理法を明らかにしておかなければならない。国立がん研究センター早期・探索臨床研究セ
ンター、東病院では ABC study(切除不能・進行・再発固形がんに対するがん関連遺伝子
変異のプロファイリングと分子標的薬耐性機構の解明のための網羅的体細胞変異検索)に
よって近未来の遺伝子診断の実施可能性を検証してきた。今後さらに薬事承認をめざした
診断キットの開発、ゲノムリテラシーに関する医療従事者の教育、臨床の現場で得られる
臨床、ゲノム情報をビッグデータとして今後の治療・診断開発に役立てる枠組みを作って
いくことが重要である。またこれまでの組織学的な分類をこえて、臨床例に認められる多
様な生物学的な特徴を反映するがん細胞株、ゼノグラフトなど非臨床研究のリソースの整
備も必要である。
新規治療薬の適切な対象集団はバイオマーカーによる層別化により希少フラクション化
することが免れない。全国に散らばる対象症例を効率よく発見することは治療開発、さら
に実地診療への応用における鍵になる。国立がん研究センターでは本年より全国の医療機
関、製薬企業と協力し全国規模で数千例の症例を集積し 100 種以上のがん関連遺伝子の変
異、構造異常を中央診断する取り組み「SCRUM-Japan」を実施する。このプロジェクト
がゲノムバイオマーカーに限らず今後の生物学的知見に基づく新たながんの治療開発を推
進する基盤となることを期待している。
がんの融合遺伝子の発見と診断法の開発
がん研究会がん研究所 分子標的病理プロジェクト
竹内 賢吾
プロジェクトリーダー
これまで,EML4-ALK 肺癌診断法(multiplex RT-PCR1, FISH および iAEP 免疫染
色法2)の開発を通じ,肺癌における KIF5B-ALK2,KLC1-ALK3,HIP1-ALK4,
リンパ腫における SQSTM1-ALK5,RANBP2-ALK6,炎症性筋線維芽細胞腫にお
ける PPFIBP1-ALK7,および腎癌における TPM3-ALK, EML4-ALK8の新規同定に
携わってきた.開発した診断法の実用化として,multiplex RT-PCR 法は検査会社
の受託項目となっている.iAEP 免疫染色法はキット化後 ALK 阻害剤 alectinib
の治験に採用され9,2014 年に承認販売,その判定基準である iScore10とともに
使用されている.
ALK 融合診断法の開発とそれらを用いた新規 ALK 融合同定の経験に基づき
興された融合遺伝子探索プロジェクト Project Fusion において,種々の固形癌に
おけるキナーゼ融合探索を進めてきた.探索システムは 2 ステップからなって
いる.すなわち,(1)フォルマリン固定・パラフィン包埋検体の組織マイクロ
アレイ(TMA)を使用して遺伝子再構成陽性候補症例を病理組織学的にスクリ
ーニングし,(2)陽性候補症例の凍結保存検体をもちいて融合遺伝子を同定す
る,というものである.このシステムにより,肺癌に関しては ROS1 融合 4 種,
RET 融合 2 種を新規同定し11,大腸癌,婦人科癌などでも新規融合を同定してい
る.
FISH スクリーニング陽性の症例には,その凍結保存検体を用い RACE 法また
は inverse RT-PCR 法を行ってきた.その産物をサブクローニング後,20 クロー
ンほどをシークエンスし融合相手の同定が行われる.プロジェクトの拡充につ
れスクリーニング陽性症例が増えてくると,RACE 法または inverse RT-PCR 法い
ずれも有効でないものが見られてきた.この場合,FISH 法による偽陽性だった
のか(生物学的に意味のない切断が当該遺伝子に生じていたなど.これは FISH
プローブを変えてみることでわかる),それとも何らかの技術上の理由(RACE
法または inverse RT-PCR 法の特異性が低く目的の産物以外のノイズが高いなど)
で融合相手の同定に至らないのかが不明となる.すなわち,どこで当該候補症
例の second step を打ち切るべきかが判断できず,second step が全探索システム
のボトルネックになった.これを克服するために,現在は second step に次世代
シークエンサーMiSeq をもちいた kinome-centered RNA-seq を導入している.
文献
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Takeuchi K, Choi YL, Soda M, Inamura K, Togashi Y, Hatano S, Enomoto M,
Takada S, Yamashita Y, Satoh Y, Okumura S, Nakagawa K, Ishikawa Y, Mano H. Multiplex
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Takeuchi K, Choi YL, Togashi Y, Soda M, Hatano S, Inamura K, Takada S, Ueno T,
Yamashita Y, Satoh Y, Okumura S, Nakagawa K, Ishikawa Y, Mano H. KIF5B-ALK, a novel
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Kim J, Choi YL. HIP1-ALK, a novel fusion protein identified in lung adenocarcinoma. J
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Takeuchi K, Soda M, Togashi Y, Ota Y, Sekiguchi Y, Hatano S, Asaka R, Noguchi M,
Mano H. Identification of a novel fusion, SQSTM1-ALK, in ALK-positive large B-cell
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ALK positive diffuse large B-cell lymphoma. Hematol Oncol. 2014;32:221-224.
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Takeuchi K, Soda M, Togashi Y, Sugawara E, Hatano S, Asaka R, Okumura S,
Nakagawa K, Mano H, Ishikawa Y. Pulmonary inflammatory myofibroblastic tumor
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Takamochi K, Takeuchi K, Hayashi T, Oh S, Suzuki K. A rational diagnostic
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study of surgically treated Japanese patients. PLoS One. 2013;8:e69794.
11.
Takeuchi K, Soda M, Togashi Y, Suzuki R, Sakata S, Hatano S, Asaka R,
Hamanaka W, Ninomiya H, Uehara H, Lim Choi Y, Satoh Y, Okumura S, Nakagawa K,
Mano H, Ishikawa Y. RET, ROS1 and ALK fusions in lung cancer. Nat Med.
2012;18:378-381.
がん幹細胞を標的とした治療戦略
慶應義塾大学医学部先端医科学研究所 遺伝子制御研究部門
佐谷 秀行
教授
がん組織は、自己複製能を持ち半永久的に子孫細胞を作り続けることのできる細胞(が
ん幹細胞)と、最終的には分化や老化を起して増殖能を失う大多数のがん細胞の二群から
構成されており、正常組織に類似した階層性構造を持つ。更に、がん幹細胞は既存の治療
に抵抗性を示すことから、これらの細胞を破壊することががんの根治を目指すためには必
須である。
私達は上皮性腫瘍のがん幹細胞マーカーとして知られている CD44 のバリアントアイソ
フォーム(CD44v)が、細胞膜においてシスチントランスポーターのサブユニットである
xCT と結合し、細胞内のシステイン量を高め、グルタチオンの生成を促進することで、が
ん細胞の活性酸素種の蓄積を抑制していることを見出した。したがって、CD44v 発現腫瘍
細胞はシステイン依存性が高く、抗がん剤など活性酸素を上昇させる治療には抵抗性を示
すが、逆にシスチントランスポーター抑制には感受性が高いことが分かった。潰瘍性大腸
炎、関節リウマチの薬剤として古くから使用されているスルファサラジン(SSZ)にシスチ
ントランスポーター阻害活性があることが分かったので、基礎及び前臨床研究の結果に基
づき、SSZ を用いた第一相臨床研究を開始した。また、同じ概念で CD44v 陽性細胞におい
て特異的に活性酸素種を上昇させる薬剤のスクリーニングを行い、SSZ とは異なった機序
で CD44v 陽性細胞を抑制できる既存薬を取得することができた。本講演では、がん幹細胞
におけるレドックス制御機構について解説し、それを標的にする治療の意義と問題点につ
いて議論したい。
参考文献
1)
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2)
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3)
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5)
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6)
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Res 73: 1855-1866, 2013
7)
Tsugawa H, et al.: Reactive oxygen species-induced autophagic degradation of
Helicobacter pylori CagA is specifically suppressed in cancer stem-like cells. Cell Host
& Microbe 12: 764-777, 2012
次世代プロテオミクスを用いたがん特性の解明
九州大学
生体防御医学研究所・分子医科学分野 ヒトプロテオーム研究セン
ター
主幹教授・センター長
中山 敬一
ヒトゲノム計画が終了してほぼ 10 年が経とうとしているが、生命の基本作動
原理には本質的に未解明の部分が多く残されている。それは細胞活動の実行部
隊がタンパク質であるからである。生命というネットワークシステムを理解す
る上で、タンパク質の時間・空間・量という網羅的情報がない限り、個々のノ
ードが複雑に連結するネットワークを理解することは不可能であろう。そこで
われわれはヒト全タンパク質の絶対定量という夢のプロジェクト(ヒトプロテ
オーム計画)に挑戦している。また全てのタンパク質を絶対定量することによ
って、精密な数理科学的な解析の導入を目指している。
われわれは 16 台の質量分析計を導入し、プロテオーム計測の飛躍的なスルー
プット拡大に努めている。同時にヒトの全リコンビナントタンパク質 25,000 種
を試験管内で合成し、この情報を基に高速 MRM で短時間に多数のタンパク質の
絶対定量を可能にする技術(in vitro proteome-assisted MRM for Protein
Absolute QuanTification: iMPAQT)という方法を発明した(特許第 5468073 号)。
この iMPAQT 法は、抗体を使用せずに数万種類のタンパク質を超高感度で絶対定
量することが可能である。この iMPAQT 法を用いて多くのタンパク質の絶対定量
を行った。特に正常細胞とがん細胞について、その代謝状態の変化をもたらす
キー酵素を探索した。
約 90 年前にドイツの生理学者 Otto Warburg によって発見されたがんにおけ
る代謝シフト「ワールブルグ効果」は、がん細胞が好気的条件下においても嫌
気的代謝を行うという一見奇妙な振る舞いをする現象であるが、多くのがん細
胞がこの戦略を採る理由は現在でも明らかではない。われわれはワールブルグ
効果の本質を解明するため、iMPAQT 法によって正常細胞とがん細胞において、
全ての代謝酵素(約 1000 種類)および代謝産物を絶対定量し、システム生物学
的手法を取り入れながら、ワールブルグ効果のキー酵素を同定した。この結果、
がんにおける代謝シフトは、カーボンソース利用をエネルギー産生から高分子
化合物合成へリモデリングする適応戦略であることが明らかとなった。今後は
iMPAQT 法によって多くの分野の研究を革新的に進歩させると同時に、臨床検査
への応用やバイオマーカー探索など、医学生物学に長足の進歩をもたらすこと
が期待される。
このように正常と疾患におけるネットワーク構造の差異が明らかになれば、
疾患ネットワークにおけるハブ分子を突き止め、それを標的とした創薬が可能
になる。われわれはこの考え方を「ネットワーク標的創薬」を呼び、従来の分
子標的創薬とは一線を画して考えている。ネットワーク標的創薬を可能にする
ためには、精密な定量計測と高度な情報数理科学の連携が必要であり、現在上
記のがんにおける代謝シフトをパイロットケースとして実証研究を進めている。
【参考文献:過去 5 年間のみ】
1) Yumimoto K., et al. J. Clin. Invest., in press. (2015).
2) Matsumoto A., et al. Blood, 123: 3429-39 (2014).
3) Takeishi S., et al. Cancer Cell, 23: 347-61 (2013).
4) Hirano A., et al. Cell, 152: 1106-18 (2013).
5) Saita S., et al. Nature Commun., 4: 1410 (2013).
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7) Matsumoto A., et al. Cell Stem Cell, 9: 262-71 (2011).
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9) Katagiri K., et al. Immunity, 34: 24-38 (2011).
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14) Nishiyama M., et al. Nature Cell Biol., 11: 172-82 (2009).
代謝異常とがん
国立がん研究センター研究所 造血器腫瘍研究分野 分野長
北林 一生
イソクエン酸デヒドロゲナーゼ IDH1/2 遺伝子は、脳腫瘍・急性骨髄性白血病・骨髄異形成
症候群・胆管がん・軟骨肉腫・骨肉腫・骨巨細胞腫・血管免疫芽球性 T 細胞リンパ腫など
様々ながんにおいて高頻度に変異が見られる。野生型 IDH はイソクエン酸をαケトグルタ
ル酸(KG)に変換するが、変異型 IDH は野生型と異なり、KG を2ハイドロキシグル
タル酸(2HG)に変換する活性を持つ。KG はハイドロキシメチル化誘導する TET 等の
KG依存的な酵素を阻害する一方で、変異型 IDH が産生する 2-HG は aKG と拮抗的にこ
れらの酵素を阻害する。変異型 IDH の活性はがん特異的であり、変異型 IDH は副作用を
回避出来る理想的な治療標的である。
急性骨髄性白血病においては IDH の変異は、NPM の変異を含む複数の変異と同時に見
られることが多く、複数の遺伝子変異の蓄積ががん幹細胞の成立には必要であることを示
唆している。我々は、急性骨髄性白血病で高頻度に重複した変異が見られる4つの変異遺
伝子(NPM, IDH1/2, DNMT3A, FLT3)をマウス骨髄細胞に導入することにより、変異型
IDH 遺伝子を有する急性骨髄性白血病モデルマウスを独自に作製した。白血病患者では、
IDH 変異は白血病細胞だけでなくリンパ球など他の正常細胞にも見られる一方で、NPM の
変異は白血病細胞特異的であることが報告されていることから、IDH 変異は造血幹細胞ま
たはそれに近い未分化な細胞で生じ、NPM 変異はがん発症の後期で生じていると考えられ
る。
変異型 IDH を有する急性骨髄性白血病モデルマウスを用いて、発症後に変異型 IDH を
欠損させると、2HG の産生を抑制され、白血病幹細胞の分化が誘導されて、白血病の発症
が抑制されることを証明した。
この結果は変異型 IDH の発現が白血病の維持に必須であり、
変異型 IDH が有望な治療標的であることを示している。我々は第一三共と共同で変異型
IDH1 特異的阻害剤を開発し、これを白血病モデルに投与したところ白血病の発症が抑制さ
れることを確認した。現在、臨床試験に向けた準備を進めている。
変異型 IDH を有する急性骨髄性白血病では、いくつかの細胞分化関連因子の発現低下と
それらの遺伝子領域の 5-ハイドロキシメチル化の低下が見られ、これらの低下は変異型
IDH の欠損により回復した。この結果は、正常細胞では TET による 5-ハイドロキシメチル
化を介してこれらの遺伝子の発現を活性化しているが、白血病細胞では変異型 IDH が 2HG
の産生を介して TET を阻害することにより 5-ハイドロキシメチル化及び発現を抑制してい
るものと考えられる。
本講演では、がん幹細胞の成立と維持における IDH 変異の役割と変異型 IDH を標的と
した治療法開発の現状について報告す
細胞老化の発がん制御における役割
公益財団法人 がん研究会 がん研究所 がん生物部・部長
原
英二
哺乳動物の正常細胞は複数の細胞周期チェックポイントで常に異常の有無を確
認しながら細胞分裂を繰り返している。もし細胞に過度な DNA 損傷のような修
復不可能な異常が生じると、細胞老化を起こして異常細胞の増殖が不可逆的に
停止するか、又はアポトーシスを起こして細胞が死滅することが知られている 1)。
このため、古くから細胞老化とアポトーシスは異常細胞の増殖を防ぐ重要なが
ん抑制機構として働いていると考えられてきた。しかし、アポトーシスとは異
なり、細胞老化を起こしても細胞が直ぐに死滅するわけではないため、細胞老
化を起こした細胞(老化細胞)は生体内に長期間存在し続け、加齢や肥満と伴
に体内に蓄積して行くことが明らかになってきている
2, 3 4)
。一方、我々は老化
細胞では染色体の不安定性が亢進しており、がん化しやすい危険な状態にある
ことを見出している 5)。また、老化細胞の細胞内代謝は非常に活発であり、炎症
や発がんを促進する作用のある様々な分泌性タンパク質を高発現する
Senescence-associated secretory phenotype (SASP)と呼ばれる現象を起こしている
ことも明らかになってきている 6)。このため、細胞老化は初期にはがん抑制機構
として働くが、加齢や肥満により体内に老化細胞が蓄積し過ぎると、老化細胞
自身ががん化する危険性だけでなく老化細胞から分泌される SASP 因子によっ
て周囲の組織が炎症や発がんを引き起こす危険性があると考えられる 2)。本講演
では細胞老化の発がん制御に関する 2 面性について概説し、なぜ加齢や肥満に
伴いがんの発症率が上昇するのかについて考察すると同時に癌予防に向けた分
子標的の探索の可能性 7) についても紹介する。
参考文献:
1. Imai, Y., Takahashi, A., Hanyuu, A., Hori, S., Sato, S., Naka, K., Hirao, A., Ohtani, N. and *Hara,
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Mitogenic signalling and the p16INK4a-Rb pathway cooperate to enforce irreversible cellular
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6. Takahashi, A., Imai, Y., Yamakoshi, K., Kuninaka, S., Ohtani, N., Yoshimoto, S., Hori, S.,
Tachibana, M., Anderton, E., Takeuchi, T., Shinkai, Y., Peters, G., Saya, H. and *Hara E.
DNA damage signaling triggers degradation of histone methyltransferases through APC/CCdh1 in
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Molecular Cell 45: 123-131. (2012)
7. Outlook (Liver cancer) - The bacterial tightrope.
Nature 516 No.7529 Suppl., S14-S16 (2014)
情報提供調査班
がんセミナー
ワーキンググループ
情報提供調査班リーダー
第一三共株式会社
藤原 俊彦
ワーキンググループ長
味の素製薬株式会社
村田 正弘
副ワーキンググループ長
第一三共株式会社
曽我 恒彦
株式会社 Integrated Development Associates
萩本 浩司
ワーキンググループ委員
大鵬薬品工業株式会社
生澤
公一
MSD 株式会社
永木
淳一
化学及血清療法研究所
来海
和彦
帝人ファーマ株式会社
木村
剛
(公財)静岡県産業振興財団
佐々木
康夫
日本臓器製薬株式会社
佐藤
拓也
大塚製薬株式会社
辻 賢悟
ゼリア新薬工業株式会社
長澤
正明
第一三共株式会社
藤原
俊彦