「かわらばん」第1号 - 一票で変える女たちの会

一票で変える女たちの会
かわらばん
第 1 号 2015 年 10 月 21 日
「一票で変える女たちの会」キックオ
フ集会記録から (二〇一五年八月九日)
講演
立憲主義とは
〜選挙をつかう〜
青井未帆さん
(学習院大学大学院教授)
本日は、立憲主義と選挙、特に婦
人参政権運動について、女性にとっ
ての一票という観点からお話をした
いと思います。
たのではないか。これについては「一
人一票」に関わっていらっしゃる弁
て、私たちと政治を取り結ぶ結節点
的に見ても興味深い瞬間でありまし
の人を政治家にする。これは憲法学
団」という国家機関になって、ただ
す。選挙のとき、私たちは「選挙人
るただの人を公人にする機会なので
が面白いのかというと、これは単な
選挙というのはいろいろな意味で
難しく、しかし面白いものです。何
律だということにはなりません。な
もちろん、国会を通ったから終わ
り、ではない。国会で通ったから法
ています。
聞かずに国会で法制化されようとし
保法制案がもちあがり、国民の声を
なった、まさにそのときに今回の安
来るということを自覚するように
て私たちが政治に参加することが出
はじめに
になるわけです。ただし、重要だと
ぜならば、それが正しくないもので
護士の方のご尽力に、深く敬意を表
は 分 か っ て い て も、「 私 が 一 票 投 じ
あるならば正しくない、正当性とい
これに対する最高裁の判断がだんだ
しかしここ数年、一票の格差を巡
る 裁 判 が 選 挙 の た び に 起 こ さ れ て、
ちです。
ないかな?」というふうに思われが
訴訟が促してくれた、この自覚を最
あ る と い う 自 覚 を、「 一 人 一 票 」 の
加して人を政治家にするという力が
う公論を起こしていかねばなりませ
うものは生まれないのです。そうい
したいと思います。この問題によっ
たところで、何も変わらないんじゃ
ん変わってきています。このことに
初に確認したいと思います。
つい先日、朝日新聞のジョン・ダ
ワー氏のインタビュー記事に、吉田
婦人参政権七〇年の意味
ん。私たちには選挙権が、選挙に参
よ っ て 私 た ち は、「 あ あ、 一 票 っ て
すごい力があるんだ」と、深く自覚
するようになりました。どこに住ん
同じ重さ、同じ価値の一票で政治に
茂がジョン・ダレスから憲法改正せ
でいるかによって票の価値が違うの
参加出来なくちゃいけない、という
よと迫られた時に言った言葉が引用
はおかしい、どこに住んでいようと
認識を私たちは自分のものにしてき
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一票で変える女たちの会 かわらばん 第1号 2015 年 10 月 25 日
に反対が多いんです。私はこれには
と、どの統計でも女性の方が圧倒的
に賛成か反対かについて統計を取る
みたいですね。実際に今、安保法制
はずがない、このことを深く心に刻
言ったそうです。日本の女性が許す
はあなた方が与えたんですよ」そう
な い 」 と 言 っ た ん で す ね。
「選挙権
「そんなの日本の女性が許すわけが
終的には戦争遂行国家の中に組み込
のです。ただ、婦人参政権運動は最
婦選運動という形で行ってきていた
で は な く、 そ の 前 か ら 参 政 権 運 動、
ん。七〇年前に与えてもらったもの
れたそうですが、そうではありませ
があった」というようなことを言わ
本の女性は目覚めたら枕元に選挙権
直後にアメリカのある女性から「日
に参政権を要求してきました。終戦
憲法よりも前から、民権運動ととも
る結節点である選挙だと思います。
えていくのは、やはり政治に参加す
ピンチですが、これをチャンスに変
でしょうか。今、いろいろな意味で
加の力を蓄えてきているのではない
ら自分たちの持っている政治への参
にいるでしょうか。試行錯誤しなが
七〇年間、今私たちはどういう時点
日使わなくてはならないのかという
ます。ふだんの生活の中で憲法を毎
おかげで、一定程度自由は確立され
憲法がなくても、例えば民法とか
商法とか刑法など様々な法律がある
頼りになるのが憲法なのです。
ばならないはずです。そういう時に
ならない、できる限り自由でなけれ
うしても不正義が生じて既存の法律
を使っても助けられない、そういう
後 で「 そ れ は お か し い で は な い か 」
女性議員候補のうち三九名が議員に
すが、この時に立候補した七九名の
七八%でした。女性の方が低いので
率 は 六 六・九 七 %、 男 性 の 投 票 率 は
を選んだ総選挙の際の女性の投票
い う こ と も 周 知 の 事 実 で す。 議 員
さて、日本国憲法が作られるとい
う、 そ の 制 定 議 会 に 女 性 が い た と
ります。
のことにも、よく注意する必要があ
政治的に利用されやすいのです。そ
の生活を見れば、自由でもなく、平
実と規範は違います。私たちの実際
こに重要性があります。たしかに現
うあるべきだという規範を作る、そ
自由のためになるように、憲法はそ
が、最終的には何らかの形で人々の
それとは関係ない仕事もしています
うものは存在しているのです。国は
自由をよりよく守るために国家とい
せん。しかしながら憲法上は国民の
言っても実感がわかないかもしれま
にある、個人のために国がある、と
における平等について謳っている条
書いてあります。二四条は家庭生活
「個人の尊厳」については二四条に
重されることの根本にあるはずの
「 個 人 の 尊 重 」 を 日 本 国 憲 法 は
一三条で謳っていますが、個人が尊
せん。
だ」と声を上げ続けなければなりま
努 力 」 に よ っ て「 守 っ て い く べ き
にくいのです。だからこそ「不断の
自由ということは自然には達成され
え方です。個人の尊重とか、平等・
はいけないのだという立憲主義の考
と言えるための武器が、まさにこの
時にこそ憲法が役に立つ。最後の最
国が何のためにあるのか?何をす
るものなのか?
憲法です。政治は憲法に従わなくて
な っ て い ま す。 こ れ は ま さ に、 婦
等でもない。けれども同じ人間とし
文 で す ね。「 個 人 の 尊 厳 」 が 二 四 条
されていました。
吉田茂はそのとき、
十二分に意味があると思います。
す。女性はマイノリティ集団として
と、そうではありません。でも、ど
吉 田 茂 が「 あ な た 方 が 与 え た ん
じゃないですか」と言った婦人参政
日本で一番大きいのですが、それ故
私たちは生まれた時には基本的に
既に国があるので、国は国民のため
国はだれのためにある?
権について少しふり返ります。ご承
に団結すると強い一方で、その力は
があります。市川房枝さん等を中心
選、参政権運動が戦前からあったこ
て生まれたからには平等でなくては
まれていったということも事実で
知の通り、わが国において長い歴史
とした婦選運動、これは大日本帝国
との積み重ねだと思います。その後
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て命を差し出す子どもを作るという
戦中のある時期、女性は、兵士とし
個人の尊厳など生まれません。
戦前、
の 生 活 が 不 平 等 で 不 自 由 だ っ た ら、
を規定していると思います。私たち
にあるというのは日本国憲法の性格
いうことを強調したいと思います。
尊重を確立する方向でしかない、と
になる。もっと個人の尊厳、個人の
の積極的な平和を求めると違う方向
る女性政策がとられている中で、こ
い。女性が輝け、と何か間違ってい
言葉を軽々しく使ってもらいたくな
民主主義の論理と、先ほど話した
長いスパンで考えるべき立憲主義の
律になります。
の二以上でもう一回可決されると法
したとしても、衆議院に戻って三分
す。今回の法案も参議院が仮に否決
義的に、多数決の論理で決められま
この一点で一致しているからでしょ
ま り に も 簡 単 に 壊 そ う と し て い る、
できた立憲主義、立憲民主主義をあ
とです。それは、私たちが引き継い
形での結束は未だかつてなかったこ
な残酷なことはありません。だから
えることで安定性が確保されるとい
論理とは位相が違います。位相を変
なことであると言えます。
か、が疑われる事態は相当に危機的
いう意識がそもそも政治家にあるの
う。憲法に従わなくてはならないと
ことを国から求められました。こん
こそ吉田茂は
「女性は絶対反対する」 「政治を憲法に従わせる」立憲主義
なければならない価値を守れるよう
うのは、面白い知恵です。別のリズ
立憲主義とは何かというと、これ
は多義的で難しい問題です。よく言
にする知恵、これが立憲民主主義で
政治家に「憲法に従わなければな
らない」という意識をどうやったら
と言った。このことは、家庭という
るかというコアのところに触れるこ
われる言い方としては、政治を憲法
す。安倍政権は長いリズムで考える
持ってもらえるのか。簡単ではあり
気がしてなりません。でもそこが一
権力を分割する、そしてそれぞれの
い人権がよりよく保障されるために
うとしています。マグナカルタから
で本当は決められないことを決めよ
あえてゴチャゴチャにして、多数決
ければただの人だからです。選挙と
ません。なぜなら、選挙で当選しな
させる契機になることは間違いあり
ませんが、選挙がこの意識を内面化
選 挙
とだから意味があるのです。今の安
に従わせる、これが一番コアにある
ことと、短いリズムで考えることを
番重要で、個人の尊厳という言葉が
権力ができる限界を定めているのが
八〇〇年かけて作ってきた知恵を冒
いうのは、私たちが国家機関として
ムを合わせることで中長期的に守ら
倍政権はこのことを実感をもって認
ことです。国家が侵すことのできな
憲法二四条に書かれている意味を改
憲法です。ですから簡単には変えて
涜するものと言えます。
ものをどう作るか、個人がどう生き
識していないのではないか、という
めて想起したいと思います。
はいけないものです。一世代を超え
における不平等など構造的に存在し
ガルトゥングは、家族や地域や社会
も、
少し触れます。平和学者ヨハン・
ちなみに最近安倍首相がよく使う
積極的平和主義という言葉について
たら大変ですし、予算作成もその執
出す日が何曜日か決まっていなかっ
ならないことが溢れている。ゴミを
日々の生活というのは決めなければ
を定めている法です。これに対して、
法制反対」と言っています。これら
調査によっても九割近い人が「安保
はかなり大きい数です。いろいろな
元々少ない憲法学者の中の一三八人
今、 憲 法 学 者 一 三 八 人 が 安 保 法
制 に 反 対 す る 声 明 を 出 し て い ま す。
るというのは、公的な天下国家のこ
初はないと思われました。政治をす
ないかもしれません。少なくとも最
私的なものが入る余地は基本的には
こ と な の で、 こ れ は 公 的 な も の で、
国家機関が、人を公人にするという
が選挙人団を作って選挙人団という
の選挙人団になることです。私たち
ている不平等をなくすことこそが平
行も期限がある。そこで次善の策で
の人は支持政党があるわけではな
とを考えられるに足る、それなりの
るような長いスパンで、そのあり方
和である、という意味で積極的平和
あっても、仕方なくても多数決で決
く、言わばバラバラです。こういう
主義と言いました。
めなくてはならない。法律は民主主
ですから、積極的平和主義という
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一票で変える女たちの会 かわらばん 第1号 2015 年 10 月 25 日
保障されなくてはならないし、また
選挙は公的なものではあるけれど
も、私が選挙で一票を投じることは
た。
の中で選挙権の性格が変わりまし
て、運動は広げられてきました。そ
権宣言が出された頃にはや出てき
の参政権を求める動きもフランス人
張により普通選挙が求められ、女性
ました。その後、デモクラシーの伸
のも今のような考えを前提にしてい
フランス革命当時は制限選挙だった
ことを考えられない、
とされました。
教養や財産がある人でないと国家の
権 に つ い て 判 断 し て い ま せ ん。「 選
訟を起こしましたが、最高裁は選挙
のになくなったのはおかしい」と訴
しい。郵便投票という制度があった
権を持っていても使えないのはおか
足が悪く投票に行けない人が「選挙
和六〇年には、選挙の葉書は届くが
選挙権の理解について、最高裁も
ある時点で変わってきています。昭
用しようではありませんか。
れているので、このことを最大限活
するという選挙理解が今日ではとら
えて、他ならぬ「私」が政治に参加
す。選挙人団の一員ということを超
機会は選挙が一番大きいと思いま
的達成のために何でもやっていいと
して政策が考えられます。しかし目
です。目的を達成するための手段と
政治は何かの目的をもって、その
目的を実現するために行われるもの
おわりに
す。
ひ知っておいて頂きたいと思いま
ようになっているということは、ぜ
ルなものとして最高裁自身も捉える
そういうことを超えて、もっとリア
選挙権というものが単に選挙人名
簿 に 登 載 さ れ て い る か ら い い と か、
ネットでご覧になる方も、ぜひ印
刷してご友人・知人の方に紹介して
には印刷版をお届けしています。
*ネットやメールを利用されない方
です。それを活用していきましょう。
ことの持っている力はすごく大きい
でしょう。私たちが政治に参加する
分たちでも知らなかったことの一つ
どまでに力を持っていることは、自
でピンチになっていますが、これほ
な い、
「私」の声が政治に反映され
名前が登載されているというだけで
私たちが参政権を持って七〇年経
ちました。これは単に選挙人名簿に
限りなく近づいています。
るということの保障へと、選挙権は
という一人の個人が実際に投票でき
ければならないというように、
「私」
いないということなので、少し性格
は在外居住者が選挙人名簿に載って
に決定的なのは在外投票です。これ
投票権の侵害だと認めました。さら
投票権があるのに行使できないのは
が 起 こ し た 裁 判 で、 下 級 審 で す が、
ろうと思います。その後ALS患者
はないか」という理解があったのだ
それで選挙権は保障されているので
挙人名簿に登載されているのだから
い私たちが、どうやって不断の努力
す。特に実際の政治に直接関わらな
かは私たちの努力にかかっていま
せん。法の支配を実現できるかどう
るだけでは政治を縛ることはできま
ですが、法の支配、立憲主義と唱え
を縛るということは、私たちの知恵
す。それが法です。法によって政治
コントロールされる必要がありま
東 京 ボ ラ ン テ ィ ア・ 市 民 活 動 セ ン
郵便の場合 〒 162-0823
東京都新宿区神楽河岸1の1
[email protected]
投稿先:
本について一二〇〇字〜一六〇〇字)
意見、なんでもお寄せください。
(一
選挙や地域の政治の動き、情報、ご
★投稿大歓迎! 本や映画の紹介、地域での活動報告、
いうように流れやすいので、「目的 — ください。
手段」というのは別の思考によって
『一票で変える女たちの会」かわら版
るというところまで私は行動でき
が違いますが、選挙権を行使できな
をすることができるかと言えば、そ
4
せん。私たちは今回いろいろな意味
その一票の重みも他の人と同じでな
る、憲法が保障するものを使わなけ
い状態が争われました。これについ
れは選挙に他ならないし、また表現
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ればならない、ということです。政
て平成一七年最高裁判決は、非常に
の自由を最大限使うことに他なりま
治は憲法に縛られなくてはならない
明確に違憲であるとしました。
ター メールボックス
: 03-5684-1412
FAX
ということを政治家にわかって頂く
No.