脈を診よう! ― 心房細動をみつける

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東京都医師会雑誌
「脈を診よう!
スコープ
― 心房細動をみつける ―」
東京都医師会副会長 近 藤 太 郎
はじめに
平成 21 年 3 月に東京都で脳卒中救急医療体制がスタートし、脳卒中発症が疑われる患者
さんは、119 番コールで 365 日 24 時間、しかるべき近くの東京都脳卒中急性期医療機関に
搬送されるようになった。脳卒中に対する治療が発症早期に速やかに行われることで、全般
としての予後が改善している一方で、高齢化が進む中、心房細動による心原性脳塞栓への対
応が重要となってきた。
脈拍を診ることで心房細動を見出し、抗凝固剤の使用により心原性脳塞栓を予防するこ
とで、結果として高齢者の健康寿命を延ばすことになると考える。
要介護となる主な原因疾患
表1に示すように、厚生労働省の国民生活基礎調査(平成 25 年)によると、要介護者の
21.7%が脳卒中を主な原因として第1位を占め、認知症が 21.4%で第2位となっている。要
介護4、要介護5では、脳卒中が3分の1を占めていることがわかる。認知症もアルツハイ
マー病と脳血管性認知症が主な2つであること、たとえアルツハイマー病であっても、脳虚
血による脳血流低下などの影響を受けることが多い。片麻痺があれば骨折・転倒を起こしや
すいなどを考慮すると、これからの時代に脳卒中対策により力を入れなければならないこ
とは明らかである。
表1
要介護度別にみた介護が必要となった主な原因(上位3位)
(出典:厚生労働省「国民生活基礎調査」平成 25 年)
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平均寿命と健康寿命の差(図)
日常生活に制限のない期間を健康寿命という。女性では平均寿命 86.30 歳に対して健康
寿命 73.62 歳でその差は 12.68 年。男性では平均寿命 79.55 歳に対して健康寿命 70.42 歳
でその差は 9.13 年。すなわち、平均寿命が世界一である一方で、支援や介護が必要とされ
る年数が長いことが指摘されている。
脳卒中を減らすこと、脳卒中後遺症の程度を軽くすることができれば、高齢者の健康寿命
を延ばすことができるだろうと考えられる。
図
平均寿命と健康寿命の差
脳卒中の危険因子について
脳卒中の危険因子は、① 高血圧、② 糖尿病、③ 脂質異常症、④ 心房細動、⑤ 喫煙、
⑥ 飲酒、⑦ 肥満、⑧ 少ない身体活動 が挙げられる。禁煙と節酒、運動に取り組むなど生
活習慣を是正することで修正は可能である因子がほとんどだが、④ 心房細動 については、
わかり次第、医療的に介入すべき危険因子である。脳卒中で入院したことにより、高血圧、
糖尿病、心房細動があることがわかることも指摘されている。しかし食事療法、運動療法で
は対応できず、知らないうちに心臓の中に血栓を生じてしまう心房細動については、脳卒中
の発症予防、再発予防ともに抗凝固療法を行うことが望まれる。
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心原性脳塞栓の症状は重い
「脳卒中データバンク 2015」によると、心原性脳塞栓症(n=20,134)での神経症状発症
頻度は、片麻痺(52.8%)、失語(35.5%)、意識障害(31.4%)、半側無視(31.1%)であり、
入院時神経症状の重症度が高い症例が多い。院内死亡率は 11.66%であり、脳梗塞臨床病型
別でアテローム血栓性梗塞・塞栓(3.75%)、ラクナ梗塞(0.60%)と比較して優位に高い
ことも特徴である。
2009 年~2013 年 3 月の虚血性脳卒中病型頻度では、心原性脳塞栓の頻度は 28%である。
とくに女性での頻度は 32%と近年増加が見られ、発症者の高齢化が影響していることと考
えられる。
心原性脳塞栓を起こしてしまうと、医療、介護ともに必要度が大きくなり、自立した生活
に支障をきたすこととなる。
脳梗塞発症前の抗血栓療法の現状
「脳卒中データバンク 2015」によると(表2)、一過性心房細動で、発症前に抗凝固薬の
使用は 14.4%、抗凝固薬+抗血小板薬と合計して 18.4%であった。持続性心房細動ではそ
れぞれ 25.9%、32.0%であった。CHADS2 スコアを 1 つ以上有する場合、抗凝固療法が薦
められるが、その使用は 17.1%、抗血小板薬との合計でも 21.1%であった。脳梗塞の一次予
防での抗凝固療法はまだまだ進んでいないのが現状である。
表2
発症前抗血栓療法の頻度
心房細動をみつける
さて、心房細動をみつけることは、「脈を診る」ことから始まる。規則正しい脈が、とき
どき飛ぶということではなく、全くもって不規則に脈を打つとき、絶対性不整脈という。心
房細動を呈していることが考えられる。心房細動有病率は年齢とともに高くなり、わが国で
は 70 歳代男性で 30 人に 1 人、同女性で 100 人に 1 人、80 歳代男性で 20 人に 1 人、同女
性で 50 人に 1 人と言われている。
特定健診や後期高齢者の健診において、血圧の記入欄はあっても、脈拍の記入欄はない。
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自動血圧計が普及し、健康診断や日常診療の中で血圧と脈拍数が印字された紙片を見るだ
けにはなっていないだろうか? 医療者が受診者の脈拍を触診することは言うまでもなく
重要である。動悸や息切れなどの症状をあらわすこともあるが、症状がみられない場合もあ
りうる。
一過性心房細動の場合、たとえ症状として動悸を自覚するとしても、脈を自己チェックし
ない限り、脈の乱れはわからない。心房細動を早くみつけるためにも、自分の脈拍を自分で
確認することが大切である。健康づくりの一環として、血圧だけでなく脈拍の自己測定を啓
発していく必要がある。
脈拍の触診や自己チェックで心房細動が疑われる場合、心電図検査をはじめ、ホルター心
電図など、循環器系の検査を行い、抗凝固療法につなげたい。
啓発活動そしてこれからに向けて
日本脳卒中協会では、
「心房細動による脳卒中を予防するプロジェクト」に取り組み、平
成 14 年 5 月、平成 15 年 3 月にそれぞれ「脳卒中予防への提言
―心原性脳塞栓症の制圧
を目指して―」の初版、第二版を公表している。
また、同協会は日本不整脈学会とともに「脈の日(3 月 9 日)」から1週間を「心房細動
週間」とすることを提唱している。
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これからの超高齢社会において、健康寿命を延伸するためにも、心房細動による心原性脳
塞栓を予防していくことは重要な取り組みと考える。東京都医師会としても、東京都福祉保
健局と協調し、市民への啓発、医療者への啓発、そして医療の早期介入をしていかなければ
ならない。皆様の協力をお願いする。
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参考となる文献およびサイト
脳卒中治療ガイドライン 2015(編集:日本脳卒中学会
平成 27 年 6 月 25 日
脳卒中ガイドライン委員会)
協和企画発行
脳卒中データバンク 2015(小林祥泰 編集)
平成 27 年 2 月 28 日
日本脳卒中協会
脳卒中を予防するプロジェクト
脳卒中予防への提言
平成 26 年 5 月
中山書店発行
http://task-af.jp/
から
―心原性脳塞栓症の征圧を目指すために― 初版
「心房細動による脳卒中を予防するプロジェクト」実行委員会
http://task-af.jp/wp/wp-content/uploads/2014/07/20140701.pdf
脳卒中予防への提言
―心原性脳塞栓症の征圧を目指して― 第二版
平成 27 年 3 月 「心房細動による脳卒中を予防するプロジェクト」実行委員会
http://task-af.jp/wp/wp-content/uploads/2015/03/20150320.pdf
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