牡蠣抽出物の胃液分泌能

Trace Nutrients Research 24 : 56 − 58(2007)
牡蠣抽出物の胃液分泌能
五十嵐 香 織 1)
,金 山 洋 介 1)
,本 村 信 治 1)
,松 田 芳 和 2)
,榎 本 秀 一 1)
(1)理化学研究所*,2)日本クリニック株式会社**)
Effects of the Oyster Extract on the Gastric Secretion in Rats
Kaori IGARASHI1)
, Yosuke KANAYAMA1)
, Shinji MOTOMURA1)
,
Yoshikazu MATSUDA2)and Shuichi ENOMOTO1)
1)
Institute of Physical and Chemical Research (RIKEN), 2)Japan Clinic Co., Ltd.
Summary
Digestion is the process in which the bulk of ingested nutrients are broken down to oligomers or monomers in the
mouth, stomach and intestine before they are absorbed and made available to all the cells of the body. Gastric juice
is characterized by the presence of HCl, pepsin, mucus and an intrinsic factor. It is well established that the secretion of gastric juice is promoted by a type of amino acid and peptide. Oyster is a shellfish classified as Pelecypoda
and is a nutritious food containing a great deal of zinc and taurine. Taurine has been reported to reduce myocardial
damage and to have a beneficial effect on blood glucose and lipid levels. Thus, we investigated the effect of oyster
extract on the gastric secretion in rats. Pylorus-ligated rats were sacrificed 6 h after the administration of oyster
extract or taurine, and the gastric juice was collected and analyzed for volume, pH, acidity and pepsin activity. The
results indicate that oyster extract may decrease pepsin activity and pepsin output; however, oyster extract significantly raised the acidity. Furthermore, it is suggested that the composition of oyster extract, excluding the taurine,
may promote the secretion of HCl and organic acid because oyster extract more significantly raised acidity than
taurine.
消化とは,摂取した食物を消化管内で吸収できる小分子の物質に変える働きであり,消化において,消化管の運動,
消化液の生成,分泌およびその作用,腸粘膜における物質輸送は重要な要素である。
胃における消化は,食道から送り込まれた食塊を体温にまで温め,胃液含有物質により均質な液状に近い消化粥に変
1)
化させ,少量ずつ規則的に十二指腸へ送りこむことにより行われる 。胃液は,胃の外分泌腺から分泌される種々の有
2)
機物質と無機電解質を含む液体であり,生理的に重要なのは,酸,ペプシン,粘液および内因子である 。胃液の分泌
3)
は,ある種のアミノ酸およびペプチドにより促進されることが知られており ,摂取する食物の含有成分が胃液分泌物
やその量に影響をおよぼすことが推測される。
牡蠣は軟体動物斧足類に属する貝であり,必須微量元素のひとつである亜鉛などのミネラルを多く含む栄養食品とし
て知られている。また,牡蠣は,心筋保護作用,血糖および血中コレステロール低下作用などを有する含硫アミノ酸で
あるタウリンを多く含んでいる
4, 5)
。
そこで,我々は,牡蠣抽出物およびタウリンが胃液の分泌に及ぼす影響を検討するため,ラットを用いて胃液分泌実
験を行った。
**所在地:埼玉県和光市広沢 2−1(〒 351−0198)
**所在地:京都府京都市右京区太秦開日町 10−1(〒 616−8555)
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方 法
動物は,8週齢 Wistar系雄性ラットを用いた。ラットの体重は 209± 1.0 gであり,各群 5匹とした。絶食後,エーテ
6)
ル麻酔下で開腹して幽門部を固く縛り,直ちに閉腹した 。その後,生理食塩水,牡蠣抽出物(日本クリニック株式会
社製),タウリンをラットにゾンデにより経口投与した。牡蠣抽出物中のタウリン含有量は,5.4 g/100 g であり,投与
溶液は,牡蠣抽出物 138 mg を蒸留水で 0.5 mLに調整したものとした。タウリンは,牡蠣抽出物溶液中タウリン含有量
に相当する量を蒸留水で 0.5 mL に調整した。試料投与6時間後にラットを解剖して胃を摘出し,内容物を採取して胃液
量,ペプシン活性,ペプシン分泌量,酸度および pH を測定した。ペプシン活性の測定には Anson-Mirsky 変法,胃液
7)
酸度の測定には滴定酸度測定法を用いた 。
結果および考察
生理食塩水,タウリンまたは牡蠣抽出物溶液を投与した場合におけるペプシン活性,ペプシン分泌量,胃液分泌量,
酸度,pH をTable 1 に示した。
タウリンを投与した群は,ペプシン活性がコントロール群に比べ有意に低値を示した。ペプシン分泌量,胃液分泌量
および pH ではコントロール群に比べ低い傾向にあったが,有意な差は認められなかった。タウリン投与群の酸度は有
意な差は認められなかったが,コントロール群に比べ高い傾向が認められた。これらのことから,タウリンは,ペプシ
ン活性を低下させ,分泌量を低下させる可能性が示唆された。
牡蠣抽出物を投与した群におけるペプシン活性およびペプシン分泌量は,コントロール群およびタウリン投与群と比
較し有意に低値を示した。胃液分泌量および pH は,牡蠣抽出物投与群がコントロール群およびタウリン投与群に比べ
低値であったが,有意な差は認められなかった。一方,牡蠣抽出物を投与した群における酸度は,コントロール群およ
びタウリン投与群と比較し有意に高値を示した。これらのことから,牡蠣抽出物は,タウリンに比べペプシン活性およ
びペプシン分泌量を低下させるが,酸度を上昇させることが示唆された。
本実験の結果から,タウリンは,ペプシン活性およびペプシン分泌量を低下させる傾向が認められた。一方,牡蠣抽
出物は,ペプシン活性およびペプシン分泌量を抑制するが,胃液酸度を上昇させる可能性が示唆された。
胃酸は,胃液に含まれるタンパク質分解酵素であるペプシンの活性や作用を促進することにより間接的に消化に影響
を及ぼす。牡蠣抽出物は,酸度を上昇させるにもかかわらずペプシンの活性および分泌量を低下させているが,消化に
2)
おけるペプシンの作用が膵液の消化酵素により完全に代用されることから ,牡蠣抽出物投与によるペプシン活性およ
び分泌量の低下は,消化に顕著な影響を及ぼさないことが推測された。本郷らは,胃酸分泌は,むしろ,膵外分泌機能
2)
を高める上で重要であると報告している 。胃酸は,十二指腸に到達すると粘膜の内分泌腺細胞を刺激し,セクレチン
やコレシストキニンを分泌させる
2, 8)
。セクレチンは,膵臓の導管細胞に作用して,Na+,HCO3 −の分泌を促進し,膵
2)
8)
臓から分泌される消化酵素の活性を高める 。また,コレシストキニンは,セクレチンの作用を増強する 。本実験で
は,牡蠣抽出物投与時における膵液分泌の変化について検討は行っていないが,牡蠣抽出物が,上記の機構により膵液
に含有される酵素活性を高める可能性が推測された。
また,牡蠣抽出物の酸度上昇作用は,タウリンに比べ顕著であったことから,牡蠣抽出物に含有されるタウリン以外
Table 1 Pepsin activity, pepsin output, volume, acidity and pH in the control, oyster extract- and
taurine-administered rats
Pepsin activity
(µ g/mL/min)
Control
Oyster Extract
Taurine
a
1085 ± 149
c
311 ± 65
b
725 ± 48
Values are means ± SE (n = 5).
a,b,c
Pepsin output
(trypsine µ g)
a
4079 ± 1531
b
992 ± 290
a
2233 ± 570
Volume
(mL)
3.4 ± 0.9
3.1 ± 0.3
3.2 ± 0.9
Acidity
(mEq/L)
pH
b
38.4 ± 15.3
a
119.4 ± 6.5
b
49.0 ± 12.5
4.2 ± 0.8
3.6 ± 0.1
3.8 ± 0.5
Values with different superscript letters are significantly different (p < 0.05).
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のアミノ酸またはペプチド等の影響である可能性が示唆された。Cieszkowskiらは,ポリペプチドおよび必須アミノ酸
9)
は胃酸分泌刺激物質であると報告している 。また,非必須アミノ酸であるアラニンは酸分泌を増加させるという報告
10)
もある 。本実験に用いた牡蠣抽出物には,必須アミノ酸,および比較的多くのアラニンが含まれることから,これら
のアミノ酸の影響により,牡蠣抽出物投与時の酸度が上昇したと考えられた。
参考文献
1)細谷憲政,武藤泰敏(2002)消化・吸収,第一出版,東京:pp. 50.
2)本郷利憲,廣重 力,豊田順一(2005)標準生理学,医学書院,東京:pp. 690−691.
3)細谷憲政,武藤泰敏(2002)消化・吸収,第一出版,東京:pp. 197.
4)Ueno T, Iguro Y, Yotsumoto G, Fukumoto Y, Nakamura K, Miyamoto TA, Sakata R(2007)Taurine at early
reperfusion significantly reduces myocardial damage and preserves cardiac function in the isolated rat heart.
Resuscitation 73
(2):287−295.
5)Tas S, Sarandol E, Ayvalik SZ, Serdar Z, Dirican M(2007)Vanadyl sulfate, taurine, and combined vanadyl sulfate and taurine treatments in diabetic rats: effects on the oxidative and antioxidative systems. Arch Med Res
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6)Okabe S, Kunimi H(1981)Effects of N-acetyl-L-carnosine aluminum(CL-1700)on various acute gastric lesions
and gastric secretion in rats. Japan J Pharmacol 31: 941−950.
7)金井 泉,金井正光(1993)臨床検査法提要. 金原出版,東京:pp. 1313−1321.
8)細谷憲政,武藤泰敏(2002)消化・吸収,第一出版,東京:pp. 202−203.
9)M Cieszkowski, SJ Konturek, W Obtulowicz, J Tasler(1974)Chemical stimulatory mechanism in gastric secretion. J Physiol 246: 143−157.
10)Ando M, Moriga M, Uchino H(1981)Effect of topical application of amino acids on gastric pepsin secretion in
the rat. Gastroenterologia Japonica 16(2):100−109.
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