49-59 - CAJLE – Canadian Association for Japanese Language

2015 CAJLE Annual Conference Proceedings 学習者の「聞き方」に潜む不自然さ
ー母語話者による学習者の聞き手行動の評価からわかることー
WHAT MAKES LEARNERS’ LISTENER BEHAVIOR UNNATURAL?: NATIVE
SPEAKERS’ ASSESSMENT ON THE LEARNERS’ LISTENER RESPONSES
半沢千絵美, 横浜国立大学
Chiemi Hanzawa, Yokohama National University
1. はじめに
日本語上級者といわれる学習者でも、適切な相づちが打てないことで日本語能
力が過小評価されてしまうことがある一方で、初級の学習者であっても、相づち
が適切に打てると日本語能力が高いと認識される場合がある。これらは聞き手行
動である相づちが日本語のコミュニケーションにおいて重要な役割を果たしてい
ることを示唆している。 学習者の相づちの使用に関してはこれまで頻度、種類、機能など様々な点から
分析がなされているが、学習者の相づちのどこに問題点があるのかははっきりと
わかっていない。その原因としては相づちの使用には個人差があること、相づち
の定義が統一されていないこと、学習者の母語別・日本語レベル別の十分なデー
タが集められていないことなどがあげられる。これらの問題点は今後研究を増や
すことで改善されていくと思われるが、学習者の相づちの産出データを分析し、
母語話者と学習者の違いのみに着目した研究には限界がある。なぜなら相づちを
含む聞き手行動が他者からどう評価されるかを分析しなければ、学習者の聞き手
行動の問題の出処は解明されないからである。
そこで、本研究では学習者の聞き手行動が母語話者にどのように評価されるの
か、3 名の母語話者の評価をもとに予備調査を行った。本研究では言語行動であ
る相づちと非言語行動である頷き両方を聞き手行動を構成する重要な要素とみな
し、分析の対象とした。
視聴材料としたのは母語話者と学習者のペア 14 組それぞれの自由会話 8 分と
物語伝達 1〜2 分をビデオ録画したものである。評価者である母語話者 3 名には
ビデオを見ながら学習者の聞き手行動を評価し、違和感を感じた箇所を理由とと
もに報告してもらった。本発表では評価者から報告のあった 79 箇所を分類、学
習者の聞き手行動の不自然さの原因を考察する。
2. 先行研究
これまで聞き手行動の評価に関してはほとんど研究が行われていないが、日
本語母語話者の日本語の聞き手行動に関する研究に川名(1986)が、英語の聞
き手行動に関する研究に White(1989)がある。
川名(1986)は日本人同士の会話において、相づちと頷きの頻度が相手に与
える印象に影響するかを調査した。物語伝達のタスクを与えられた話し手が、
相づちと頷きを意図的に多く使用した聞き手と意図的に少なく使用した聞き手
それぞれに物語を伝えた。その結果、話し手は相づちと頷きを意図的に多く使
49 2015 CAJLE Annual Conference Proceedings 用した聞き手のほうを感情的・社会的魅力が高いと評価した。さらには、聞き
手自身も相づちと頷きを多く使用した際の会話相手のほうを感情的・社会的魅
力が高いと評価したことがわかった。つまり、相づちや頷きが多いことが会話
相手に好印象を与える要因となるということである。
White(1989)は日本人とアメリカ人英語話者が英語で会話をしている際の
backchannel の使用を分析、アメリカ人英語話者は backchannel を多用する日本人
に対して「理解を示している」「我慢強い」「丁寧だ」「魅力的だ」といった
ポジティブな評価をしていたと報告した。
これらの研究から相づちや頷きの使用は相手に好印象を与えることが伺える
が、個々の相づちや頷きはどう相手に評価されるのだろうか。
個々の相づちに焦点をあてて分析をしているものには石田(2005)がある。
石田は母語話者同士の会話に現れた相づち「ええ」を母語話者 11 名と学習者 14
名に評価してもらい、2つのグループに認識の差があるかを調査した。その結
果、母語話者グループは「ええ」について「聞いている」ことを示す相づちで
あると認識していたのに対し、学習者グループは「同意」を表していると認識
していたことがわかった。この違いは、学習者の相づち使用の実態を考える上
で興味深いものである。学習者が「同意」を表すと思い使用している相づちが、
実は母語話者にはそう理解されていないのであれば、コミュニケーションにお
いて誤解が生まれる可能性があるからである。
相づちとして使用される表現はその多くが「はい」「うん」「ええ」「そう
ですか」「そうですね」など初級文法項目を学習し終えた学習者にとっては難
しいものではない。しかし、それらが適切に使用されなければコミュニケーシ
ョンに問題を生じさせてしまう可能性があり、学習者自身もそのことを認識し
ている必要がある。本研究は日本語母語話者に学習者の聞き手行動を評価して
もらうことで、適切に使用されていないと思われる相づちや頷きの傾向を分析
するのが目的である。
3. 調査概要
3.1 視聴材料
聞き手行動を評価する視聴材料として使用したのは 14 組の母語話者と学習者
ペアの自由会話(8 分)と物語伝達(1-2 分)のビデオ録画である。これは
Hanzawa(2012)で録画されたものを利用した。合計 14 組のペアを構成してい
る母語話者 14 名と学習者 14 名はいずれも初対面同士で、全員女性の大学生また
は大学院生である。学習者全員の母語は英語で、日本語のレベルは Simple
Performance Oriented Test(小林 2005)の結果と在籍する日本語クラスのレベル
等から総合的に判断をして中級レベルだと判定した。どの学習者も初対面の母語
話者と会話が停止するようなコミュニケーションの問題を起こさずに 10 分程度
の自由会話を進めることができるレベルである。会話の録画は 14 組中 4 組はア
メリカ中西部の大学で行われたが、残りは日本で行われたものである。
50 2015 CAJLE Annual Conference Proceedings 初対面である参加者同士には「お互いを知るために自由に話してください」と
いう指示を出し、10 分間自由に話してもらった。その会話の冒頭 2 分を除く 8
分を「自由会話」とした。続いて、旅行中の体験談を一つ思い出してもらい、そ
れを相手に伝えるというタスクを実施、母語話者が学習者に自身の体験談を伝え
ているものを「物語伝達」とした。自由会話と物語伝達は全て録画・録音され、
全ての発話と聞き手の頷きが文字化された。
本研究において相づちとは「話し手(会話の主導権を握っていると考えられる
人物)の発話に対して産出された聞き手(話し手以外の人物)による発話」で、
「はい」「うん」「そうですか」「なるほど」「へえ」のほか、「すごい」や
「大変でしたね」など相手の発話内容へのコメントも含めた。頷きは Maynard
(1989)の定義を参考にして「頭の縦の動きで、最低1回は頭を下方に動かし、
すぐにそれを元の位置に戻す動き」と定義した。頷きを伴う相づちは何らかの言
語表現を含むため、非言語行動である頷きのみの動作とは分けて分析し、頷きを
伴う相づちは相づちに分類した。
以下の表1は各ペアの自由会話と物語伝達の長さと相づち数と頷き数の平均を
求めたものである。自由会話と物語伝達に現れた相づちと頷きの総数はそれぞれ
811 と 475 で、合計 1286 になった。
表 1 各ペアの自由会話と物語伝達の長さ、相づち数、頷き数の平均
長さ(平均) 相づち数(平均) 頷き数(平均)
自由会話 8 分
43.4 回
17.8 回
物語伝達 1 分 51 秒
14.6 回
16.1 回
合計 14 組分の自由会話と物語伝達の動画ファイルのほか、会話を文字化した
資料を視聴材料として準備した。評価者が探しやすいように文字化資料中の相づ
ちは赤、頷きは青で示した。
3.2 評価者と評価手順
上記の視聴材料を評価者として視聴したのは 3 名の日本語母語話者である。3
名はいずれも関東圏在住の女性で、日本語学または日本語教育を専攻する大学4
年生というのが共通点である。日本語教育を専攻している評価者でも日本語教授
経験はなかったため、留学生の日本語に対してはいわゆる一般的な日本人の感覚
を持っていると判断した。
評価の手順は以下の通りである。3 名の評価者には自由会話と物語伝達の 14
本ずつの動画ファイルと文字化資料を渡し、「日本語学習者に注目しながらビデ
オ見ること」と、ビデオを見ながら「日本語学習者の相づちまたは頷きが日本人
のものとは違うと直感的に感じた際にスクリプトから相づちと頷きを探し、丸で
囲んだ上、そう感じた理由を書く」という指示を与えた。理由については自由に
書いて構わないと指示をしたが、考える手がかりとなるように選択肢として以下
の5つを準備した。
51 2015 CAJLE Annual Conference Proceedings a. タイミングはいいが、日本人は普通使わない相づちを使っている。
→あなたなら何を使いますか。
b. 日本人は普通このタイミングでは相づちやうなずきを使わないと思う。
→どこで使えばよかったですか。
c. この相づちは丁寧ではないと思う。
d. 他の理由
e. 理由はよく分からないが、なんとなく。
その他の指示として必ず一人でビデオを視聴し他の人に相談はしないこと、ま
た 14 本の自由会話と物語伝達の動画を連続して視聴するのではなく、4日間以
上で全てを視聴するように指示した。これは他者と相談することによって直感的
判断ができなくなること、そして、ビデオの視聴を連続して行うことによる疲労
と判断力の低下を避けるためである。
4. 分析結果
自由会話と物語伝達の中で使用されていた合計 1286 の相づちと頷きのうち、
19 が 3 名全員に、60 が 3 名中 2 名によって「日本人のものとは違う」と評価さ
れた。したがって、合計 79 の相づちまたは頷きが 2 名以上によって違和感を感
じると指摘されたことになる。このうち頷きに対してコメントが得られたのは 1
箇所だけだった。以下、指摘を受けた 79 の相づちまたは頷きの使用にどのよう
な傾向があるかみていきたい。
表 2 は 3 名の評価者に違和感があると指摘された相づちと頷きの問題点を推測
しまとめたものである。推測は評価者が選択した理由や自由記述の理由、そして
評価者の提案した代替案をもとにした。
なお、「日本人同士の会話には現れなかった相づち」の判断は、視聴材料とし
て録画した母語話者と学習者の自由会話と物語伝達と同じ手順を経て得られた母
語話者同士の会話に現れた相づちを基準とした(Hanzawa 2012)。また、「丁
寧さに問題がある」については、丁寧さのみに問題があると判断されたものを指
し、他の問題と重複している場合は該当する他の問題点として扱っている。
表中の数字は参考のためのものであり、問題の深刻さを比較するためのもので
はない。これは 3 名の評価者のみによる判定のためという理由と、問題点によっ
ては同一の学習者が産出した異なる相づちにコメントがされているため単純には
比較できないからである。以下、それぞれの問題点について考察する。
4.1 問題点1:日本人同士の会話には現れなかった相づちの使用
同じ文脈の母語話者同士の会話には現れなかったため評価者に違和感を感じさ
せたと考えられるものには英語の聞き手反応とわかる系の相づちの使用があった。
52 2015 CAJLE Annual Conference Proceedings 英語の聞き手反応は ‘Oh My Gosh’と ‘OK’を使用しているのが 1 件ずつのほか、
驚きや理解を ‘Oh’を用いて表しているケースがみられた。
わかる系の相づちの使用というのは「そう、わかった」「はい、わかりました」
「ああ、わかりました」など「わかる」の過去形を用いたものである。以下の例
1 が使用例の 1 つである。例中の NS は母語話者の発話、NNS は学習者の発話を
示す。
表 2 評価者 3 名による指摘から推測した学習者の相づち・頷きの問題点
問題点
2 名の意
見が一
致
7
3 名の意
見が一
致
1
1. 日本人同士の
会話には現れ
なかった相づ
ちの使用
1-1.
英語を使用している。
1-2.
「わかりました」などわかる系相づちを
使用している。
5
0
2. 談話の流れに
合わない相づ
ち・頷きの使用
2-1.
意味的な区切れで継続を促す相づち
または頷きを使用している。
7
2
2-2.
意味的な区切れではないところで「そう
ですか」などそう系の相づちを使用して
いる。
2
3
2-3.
聞き手のコメント(形容詞)の選択
が適切ではない。
7
0
2-4.
その他談話の流れに合わない相づち
を使用している。
15
11
3-1.
意味的な区切れで相づちも頷きも使わ
れていない。
2
1
3-2.
相づちまたは頷きが使われていない時
間が長いと感じられる。
2
0
13
1
60
19
3. 相づちまたは
頷きの欠如
4. 丁寧さの問題
会話全体の丁寧さを考慮すると、相づちが
丁寧ではない。 合計
(例 1)物語伝達#11
NS : 味が薄いっていう感じで、不思議な味がしました
NNS:
ああ、そうですねはいはい わかりました
53 2015 CAJLE Annual Conference Proceedings これは物語伝達において母語話者がドラゴンフルーツの描写をしている場面で、
「不思議な味がしました」という発話の直後に、学習者は「わかりました」と相
手の発話を理解したことを示している。この「わかりました」に対して一人の評
価者は「そうなんですね」が、もう一人は「へえ」または「そうなんですね」が
適切ではないかと提案している。
「わかります」「わかる」という相づちは母語話者同士の会話にも現れていた
が、過去形になったものは使用例がなかった。母語話者が「わかります」や「わ
かる」を使用するのは相手に共感するためであり、理解を示すには「わかりまし
た」ではなく、評価者に提案された「そうなんですね」や「へえ」といった相づ
ちが好まれる傾向があるようである。指示を聞く際など、母語話者同士でも「わ
かりました」と相づちを打ちながら相手の話を聞く場面は存在するが、初対面同
士の自由会話または物語伝達には現れにくい相づちであるため、このような評価
が得られたと考えられる。
4.2 問題点 2:談話の流れに合わない相づち・頷きの使用
相づち・頷きの表現自体には問題がないが、相づちまたは頷きが談話の流れに
合っていない場合を「談話の流れに合わない相づち・頷きを使用」に分類し、表
2 にあるように 4 つに分類をした。
まず問題となったのは、意味的な区切れで「うん」や「はい」など、継続を促
す相づちが使用されている場合である。意味的な区切れとは書き言葉では文末に
あたる表現のことを指すが、会話中は必ずしも文として成り立っているわけでは
ないことから意味的な区切れと表現する。以下の例は「あはい」の使用が評価者
によって指摘を受けた例である。例中の HH は頷きが 2 回連続して打たれたこと
を示す。
(例 2)自由会話#13
NS:
わたしの日本人の友達がいま、weavingのクラスをとってます
NNS: HH あはい
自由会話の中で学習者が織物(weaving)の授業をとっていることがわかると、
母語話者は自分の日本人の友人も同じクラスをとっている事実を「わたしの」か
ら「とってます」という発話で共有した。その際、学習者は途中で 2 回頷き、
「とってます」と同時に「あはい」と相づちを打っている。この「あはい」に対
して 3 名の評価者はいずれも「そうですか」または「ああそうですか」のほうが
適しているとコメントしていた。
「あはい」という相づちで相手の発話内容を理解したことを示すことはできる
が、この場合は母語話者の新情報に驚きや興味を表す「そうですか」や「ああそ
うですか」のほうが談話の流れに合っているというのが評価者の判断理由ではな
いだろうか。「あはい」だけでは相手の話に興味を持っておらず、話を発展させ
ようとする意思がないという印象を与えた可能性がある。
以下の例 3 は 79 箇所のうち唯一指摘を受けた頷きの例である。
54 2015 CAJLE Annual Conference Proceedings (例 3)物語伝達#13
NS:
目的地たどりつかなくて、
NNS: HH NS:
三回ぐらい同じところをまわったりして
NNS: H NS:
で、朝から晩まで3回も4回も迷っちゃったんで
NNS: [笑い] これは母語話者が道に迷ったときの経験を学習者に話している場面で、母語話
者の状況説明に対して学習者は頷きと笑いのみで応答している。これに対して 2
名の評価者が「まわったりして」のあとの頷きに違和感を感じたと報告している。
一人の評価者が「ええそうなんですか」を代替案として提案していたことから、
意味的な区切れで頷きだけで反応するのは相手の発話内容に対して興味や共感を
表すのに十分ではない可能性があることがわかる。
一方、逆にそう系の相づちが意味的な句切れではないところで使用されること
についても評価者から指摘があった。例 4 は発話が続いている時に産出された
「そうですね」の例である。
(例 4)自由会話#16
NS:
そう、テーブルに、布団みたなのをかぶせて、
NNS: はい HH そうですね NS:
あれが最高ですよ
NNS: あそうです 母語話者が学習者にコタツについて説明している部分であるが、説明途中の
「かぶせて」のあとに学習者は「そうですね」と相づちを打っている。学習者は
コタツが何かすでに知っていたことから共感を表す「そうですね」を使用したと
考えられるが、3 人の評価者はこの「そうですね」の代わりに「はい」または
「はいはい」を使用したほうがよかったとコメントをした。これはまだ発話が続
いている時点で「そうですね」という相づちを使用することで相手の話に割り込
んでいるように感じられたからかもしれない。同様に意味的な区切れではない箇
所で「ああそうですか」「あそうですね」を使った箇所も評価者から指摘を受け
ていた。
代表的な相づちには「はい」「ああ」「へえ」「そうですか」などがあるが、
相手の発話に対する聞き手の発話であることから「すごいですね」や「おもしろ
いですね」といった具体的に自分の感情を伝える形容詞も本研究では相づちとみ
なした。その際に重要となるのが形容詞の選択であることが評価者のコメントか
ら明らかになった。
以下は母語話者が旅行中の友人の経験について学習者に伝えている場面である
が、2 名の評価者が学習者の使用した「怖いですね」という形容詞に違和感があ
55 2015 CAJLE Annual Conference Proceedings ると指摘、それぞれ「怖いは変」「大変でしたね(のほうがいい)」とコメント
している。
(例 5)物語伝達#10
NS:
で、その海に友達が落ちちゃって、
NNS:
[笑い]
NS:
ビショビショなって寒かったんですけど、
で、雪も降ってるし大変だったのが思い出です
NNS: 怖いですね
以上 3 つのパターンを紹介したが、談話の流れに合わない相づち・頷きの使用
には一定のパターンが見られないものも存在した。例えば、「そうですか」と相
づちを打つべきところ「そうですね」や「そうなんです」を使用している、感情
を表す形容詞を用いたほうが適切な箇所で「そうですか」や「はい」と相づちを
打っている、「いえ」や「いや」で相手の発話を否定すべきところを「ええ」と
相づちを打っている、相手の発話を理解したことを「ああはい」や「はい」で伝
えるべきところを「そうそう」とそう系の丁寧さに欠ける相づちを使用している、
などが評価者によって指摘された。
4.3 問題 3:相づちまたは頷きの欠如
相づちまたは頷きがなかったことに対してコメントがあったものを「相づちま
たは頷きの欠如」と分類した。これは評価者の「○○のあとに何かあったほうが
いい」や「頷いたほうがいい」などのコメントをもとにした。
この問題点を大きく二つに分けると、意味的な区切れがあるところで相づちも
頷きもなかったケースと、一定の間相づちも頷きも使用されなかったため指摘を
受けたケースがあった。以下は前者の例である。
(例 6)物語伝達#10
NS:
で、2月で大雪が降ってきて、バスの中に15時間いたんです
NNS: H H
HHHHHHH
NS:
で、その後にえっと、お墓参りに行ったんですけど、
学習者は母語話者が説明する大雪の時の出来事について、頷きながら反応は示
しているが、「15時間いたんです」という意味的な句切れでは何も反応を示し
ていない。これに対しては 3 名全員が「です」のあとに何か相づちを入れたほう
がいいとコメントしており、意味的なまとまり、特にこの例のように相手に共感
や驚きの反応を期待しているであろう箇所では相づちを打つことが望ましいとい
うことが示唆された。
以下は一定の間相づちも頷きもないことが評価者に指摘された例である。
(例 7)物語伝達#4
56 2015 CAJLE Annual Conference Proceedings NS:
いろんなその学校で計画を立てて、じゃあこことここにって言って、
行ったんですよ
で、そしたらあの歩いてたんですけど、私がナビゲーションで、
NNS:
H
これは母語話者が旅行中道に迷った経験を学習者に伝える際に状況説明をして
いる部分であるが、「いろんな」から「ナビゲーション」まで学習者による相づ
ちも頷きもなく、学習者はただ会話相手を見つめるだけであった。この部分は 2
名の評価者によって相づちまたは頷きが少ないと指摘された。Hanzawa(2012)
では話し手の拍数を基準とした聞き手の相づちと頷きの頻度が算出されているが、
母語話者同士の物語伝達において話し手の発話 100 拍あたり最低でも 5.4 回の相
づちまたは頷きが使われていたいう結果が報告されている。例 7 の母語話者の発
話は合計 67 拍であることから、ここでは 3 回程度の相づちまたは頷きが期待さ
れていることが推測でき、1 回の頷きが少ないと指摘されるのは妥当である。
4.4 問題点 4:丁寧さの問題
評価者が感じた違和感は丁寧さの問題に由来するものも少なくなかった。談話
の流れに合っていない相づちの中には丁寧さの問題が重複して起こっているもの
もあったが、談話の流れには合っているものの丁寧さのみに問題があると考えら
れるケースをここに分類した。
(例 7)自由会話#12
NS: 私いるので、ぜひ、はい、教えてください、来るときは
NNS: H
あ うん H はい うん
この例では学習者が相手の発話に対して頷きと相づちを用いて反応を示してい
るが、「はい」とともに「うん」という相づちを使用しており、評価者 2 名によ
って丁寧さに問題があると指摘されている箇所である。母語話者が「ください」
と敬体を使用しているにもかかわらず「うん」という相づち使用があったため丁
寧ではないと評価者に感じさせたと思われる。丁寧さの問題に分類された 14 の
相づちのうち 13 は同一の学習者の使用する「うん」についての指摘で、残り 1
件は他の学習者による「そうそう」の使用についてであった。
5. まとめと考察
本研究は評価者が 3 名のみと少数のため量的な分析はできないが、評価データ
から日本語母語話者が違和感を感じる学習者の聞き手行動を大きく 4 つに分類す
ることができた。これまで母語話者と学習者の相づちの違いに関しては、相づち
の頻度が注目されがちであったが、実際に学習者の聞き手行動を母語話者に評価
してもらったところ、相づちや頷きの欠如よりも文脈に適した相づちまたは頷き
が使用されているかどうかが指摘として多くあげられた。しかし、欠如している
ものはよほどの違和感がない限り指摘の対象とはなりにくい可能性もあり、頻度
57 2015 CAJLE Annual Conference Proceedings の問題に着目して評価者の意見を求めるのであれば調査方法を再考する必要があ
る。
学習者が母語話者に違和感を感じさせる相づちの選択をしてしまう主な原因に
はまず個々の相づちの意味や機能をきちんと理解できていないことがあげられる
が、原因はそれだけではない。個々の相づちの意味や機能を理解していたとして
も、相手の発話をきちんと理解していなかったため文脈とは合わない相づちを使
用してしまった可能性や、相手の発話内容を理解しながらでは瞬時に適切な相づ
ちで反応できなかったという運用の問題も考慮すべきである。
個々の相づちの意味や機能を正しく理解はしているが運用に問題があるという
場合は会話の経験を積むことによって状況は改善されるかもしれないが、そうで
はない場合は自らが使用している相づちが母語話者に違和感を感じさせているこ
とに気がつく必要がある。「そうですか」と言うべきところを「そうですね」と
言ってしまった場合は、学習者が語彙の選択を間違えただけだと相手に察しても
らえる可能性があるが、「そうですか」と言うべきところで「はい」や「ええ」
だけの反応を示すことはその話に興味を持っていない、相手に共感していないと
いった印象を与える可能性もあり、コミュニケーションの問題にも発展しかねな
い。学習者には感情を表す相づちが少ないという結果(Mukai 1999)もあること
から、意味的な区切れのあるところでは相手の話に理解を示す、共感する、驚く
などの感情を表す相づちが使えるよう指導していく必要がある。丁寧さに関する
問題も同様で、発話自体は丁寧でも、「うん」「うんうん」「そうそう」といっ
た相づちを使用することが、学習者の印象に影響する可能性がある。
また、「すごいですね」「大変ですね」など評価を表す形容詞を使用した場合
は形容詞の選択によって学習者が母語話者にどのような態度を示しているかが評
価されてしまうため、学習者が聞き手としてコメントする際の語彙が増えるよう
指導や練習をしていかなければいけない。
相づちの種類や機能を体系的に教えることも可能であり、それは大切ではある
が、文脈にあった相づちを身につけさせるには、母語話者同士の会話で使われて
いる相づちを分析させたり、学習者自身が使用した相づちの自己分析をさせるの
も有用な教授方法だと考える。
相づちや頷きに対する母語話者の評価を知ることは学習者の不自然な聞き手行
動の要因を探ることができるだけではなく、聞き手行動が母語話者に与えるプラ
ス/マイナスの印象がどのように形成されるのかを知る手掛りにもなる。今後は
第三者の評価者を増やし違和感の程度差を検証することや、会話の相手が実際に
感じた印象の分析を組み合わせることで学習者の聞き手行動の問題点の所在を明
らかにしたい。
参考文献
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