結晶生成-イオン架橋による複合ハイドロゲルの開発

栃木県産業技術センター 研究報告 No.12(2015)
経常研究
結晶生成-イオン架橋による複合ハイドロゲルの開発
小林 愛雲*
太田 英佑*
大和 弘之*
Development of Starch-Carboxymethylcellulose (CMC) Composite Hydrogel
Azumi KOBAYASHI, Eisuke OTA and Hiroyuki YAMATO
結晶生成とイオン架橋を用いることで,デンプン/カルボキシメチルセルロース(CMC)複合ハイドロゲ
ルの調製を行った。ポリマーの種類や濃度,加熱温度等を検討することにより,ゲルの調製条件を明らかに
することができた。CMC 濃度が高いほど,得られるゲルの膨潤度は増加した。CMC 濃度が低いほど,またゲ
ル調製時の加熱温度が高いほど,ゲルの水中安定性は高いことが確認された。加熱温度 90℃で調製した 23
wt%サツマイモデンプン/2 wt% CMC ゲル及び 23 wt%バレイショデンプン/2 wt% CMC ゲルは,生理食塩水中
においても安定であり,また生理食塩水を吸収可能であることが明らかとなった。
Key words: 複合ゲル,デンプン,カルボキシメチルセルロース,イオン架橋,創傷被覆材
1
はじめに
的に含水率(膨潤度)が低く,単独では医療材料,特に
高分子網目構造の中に水を保持しているハイドロゲ
ルは,紙おむつ用吸収体やソフトコンタクトレンズ,植
創傷被覆材等の吸水性が要求される材料としては適さ
ない。
物用保水材等として,身近な所で利用されている。ハイ
そこで,膨潤度を向上させる方法として,このゲルに
ドロゲルは生体に近い構造を有するため医療材料に適
高膨潤度ゲルを複合化することを検討した。高膨潤度ゲ
しており,更なる利用が期待されている。
ルの例としては,食品や医薬品として利用されており,
医療用ハイドロゲルとして実用化されている例とし
生体への安全性が高いカルボキシメチルセルロース
ては,傷口から滲み出る液(滲出液)を保持し,傷口を
(CMC)を金属イオンで架橋したイオン架橋ハイドロゲ
湿潤状態にすることで治癒を促進するハイドロゲル型
ルがある。一般的に CMC イオン架橋ハイドロゲルは水中
創傷被覆材がある。ハイドロゲル型創傷被覆材として用
における安定性が低く,単独での使用は困難であるが,
いられているゲルの例としては,ポリビニルアルコール
水中安定性の高いデンプンゲル等と複合化させること
(PVA)を電子線照射により架橋することで製造した PVA
で,デンプンゲルの膨潤度を向上させることができると
ハイドロゲルが挙げられる。この電子線照射架橋は,細
期待される。本研究では,デンプンと CMC から結晶生成
胞毒性を有する架橋剤を使用せずに,安定なゲルを調製
とイオン架橋により,創傷被覆材としての利用を志向し
できる方法として注目されている。しかし,この架橋に
た複合ハイドロゲルの調製を行ったので報告する。
必要な電子線照射設備は高額であり,またその取り扱い
には資格が必要である。そのため,電子線照射架橋ゲル
2
は他の架橋法で調製されたゲルよりも高額であり,それ
2.1
ほど実用化されていない。ハイドロゲル型創傷被覆材に
2.1.1
ついても,その価格が高いことが,治癒に時間がかかる
褥創等の治療への利用を困難にしている
1)
。
研究の方法
ハイドロゲルの調製
デンプンゲルの調製
試料瓶にデンプン 1.0 g,蒸留水 3.0 g を量り採り,
攪拌することで 25 wt%デンプン水溶液を調製した。この
電子線照射架橋以外に,架橋剤を使用せず安定なゲル
水溶液を塗料皿に流し込み,所定温度(80,90℃)の湯
を調製する方法しては,デンプンや PVA 水溶液等を加熱
浴で 1.5 分間加熱した後,直ちに 4℃の水浴に移し 30
-冷却することで,ポリマー鎖間に架橋点となる結晶を
分間冷却した。ここに蒸留水 2 mL を添加し,室温で 24
生成させる方法がある。この結晶生成による架橋には,
時間静置した。調製したゲルは型から取り出した後,直
特別な製造設備が不要であり,取り扱いが容易という特
ちに 10 × 10 mm にカッターで切断した。これを蒸留水
徴がある。しかし,この架橋法で調製したゲルは,一般
に浸漬することで洗浄し,未反応物及びゾル成分を除去
*
した。なお,用いたデンプンはコムギデンプン(和光純
栃木県産業技術センター
材料技術部
- 87 -
栃木県産業技術センター 研究報告 No.12(2015)
薬工業(株)製,和光一級),サツマイモデンプン(和光
であることから,1週間とした。
純薬工業(株)製,化学用),バレイショデンプン(和光
純薬工業(株)製,和光一級),とうもろこしデンプン(和
光純薬工業(株)製,試薬特級)である。
2.1.2
3
3.1
デンプン/CMC ゲルの調製
結果及び考察
デンプンゲル・デンプン/CMC ゲルの調製
加熱温度 80℃または 90℃で調製したデンプンゲル及
総ポリマー濃度 25 wt%となるように,所定量のデンプ
びデンプン/CMC ゲルの形成可否をそれぞれ表 1,2 に示
ン及び 2, 4, 6 wt% CMC(ナトリウム塩:Acros Organics
す。また,得られたゲルの例を図 1 に示す。得られたゲ
製,Mw = 250,000
DS = 0.9)を蒸留水に分散させ,加
ルは白色または半透明であった。今回検討したすべての
熱-冷却した後,塩化カルシウム(CaCl2:関東化学(株)
条件において,ゲル形成が認められた。コムギデンプン
製,特級)水溶液を添加することで,デンプン/CMC ゲ
/0 wt% CMC においては,加熱温度 80℃ではゾルとゲル
ルを得た。具体的な方法を次に示す。
の混合物が得られたが,90℃ではゲルのみが得られ,ゾ
総ポリマー重量 1.0 g となるように,試料瓶に所定量
ルは認められなかった。これは,デンプンの糊化温度が
のデンプン(0.92, 0.84, 0.76 g),CMC(0.08, 0.16,
影響していると推察される。デンプン粒子は,アミロー
0.24 g),蒸留水 3.0 g を量り採り,攪拌した。この水
スとアミロペクチンからなり,水の存在下で加熱すると
溶液を塗料皿に流し込み,所定温度(80,90℃)の湯浴
次第に膨潤,崩壊して内部のアミロースとアミロペクチ
で 1.5 分間加熱した後,直ちに 4℃の水浴に移し 30 分間
ン(デンプン鎖)が溶出する(糊化)。この糊化デンプ
冷却した。ここに 20 wt% CaCl2 水溶液 2 mL を添加し,
ンのペースト(糊液)は,冷却すると溶出したデンプン
室温で 24 時間反応させた。調製したゲルは型から取り
鎖同士が架橋点を形成し,ゲル化する
出した後,直ちに 10 × 10 mm にカッターで切断した。
糊化開始温度はゲル化開始温度といえる。6 wt%デンプ
これを蒸留水に浸漬することで洗浄し,未反応物及びゾ
ン水溶液の糊化開始温度は,コムギ(76.7℃),とうも
2, 3)
。したがって,
ル成分を除去した。また,同様の手法により,添加する
CaCl2 水溶液濃度を 0, 10 wt% としたときのサツマイモ
表1 デンプン/CMCゲルの形成可否(加熱温度80℃)
CMC濃度 / wt%
デンプン,バレイショデンプン/2 wt% CMC ゲルを調製
0
2
4
6
コムギ
▲
○
△
△
蒸留水(室温)に 24 時間浸漬したゲル(10×10 mm)
サツマイモ
○
○
△
△
の表面の水滴をふき取り,電子天秤で重量 (湿重量 :
バレイショ
○
○
△
△
とうもろこし
○
○
△
△
した。
2.2
膨潤度測定
Wwet) を測定した。そのゲルを 60℃の送風定温乾燥器中
で予備加熱した後,105℃の送風定温乾燥器中で 24 時間
※)○ : ゲル化 △ : ゲル化(強度 弱) ▲ : 一部ゲル化
程度加熱乾燥した。乾燥重量 (Wdry ) を求め,次式で定
義されるゲルの膨潤度 Q を算出した。
表2 デンプン/CMCゲルの形成可否(加熱温度90℃)
Q = Wwet / Wdry
2.3
CMC濃度 / wt%
生理食塩水の吸水率測定
2
4
6
生理食塩水(0.9 w/v 塩化ナトリウム(和光純薬工業
コムギ
○
○
△
△
(株)製,試薬特級)水溶液)に室温で 24 時間浸漬した
サツマイモ
○
○
△
△
バレイショ
○
○
△
△
とうもろこし
○
○
△
△
ゲル(10×10 mm)の表面の水滴をふき取り,電子天秤
で重量 (湿重量 : W’ wet) を測定した。そのゲルを 60℃
の送風定温乾燥器で予備加熱した後,105℃の送風定温
乾燥器中で 24 時間程度加熱乾燥した。乾燥重量 (W’ dry )
を求め,生理食塩水の吸水率 S を次式により算出した。
S = W’ wet / W’ dry
2.4
水中・生理食塩水中における安定性評価
調製したゲル(10×10 mm)1 枚を蒸留水または生理食
塩水 50 mL に室温で 1 週間浸漬した。浸漬前後のゲルの
形状変化を目視により観察した。なお,浸漬期間は市販
のハイドロゲル型創傷被覆材の連続使用期間が約 1 週間
- 88 -
0
※)○ : ゲル化 △ : ゲル化(強度 弱)
栃木県産業技術センター 研究報告 No.12(2015)
ろこし(73.5℃),サツマイモ(68.0℃),バレイショ
(63.5℃)の順に高い
4)
3.3
生理食塩水中におけるゲルの安定性
。このことから,今回の実験に
高い水中安定性を有することが確認されたサツマイ
おいて,サツマイモ,バレイショ,とうもろこしデンプ
モデンプン/2 wt% CMC ゲル及びバレイショデンプン/2
ン水溶液は加熱温度 80℃でゲル形成可能な温度に達し
wt% CMC ゲル(加熱温度 90℃)について,擬似体液とし
たが,コムギデンプン水溶液は達せず,90℃にすること
て生理食塩水を用い,その吸水率の測定と生理食塩水中
でゲル化に必要な温度に達したと推察される。
における安定性を評価した。
加熱温度 80℃または 90℃調製したデンプンゲル及び
生理食塩水吸水率の測定結果を図 5 に示す。いずれの
デンプン/CMC ゲルの膨潤度測定結果を図 2,3 に示す。
今回の実験で調製したすべてのゲルにおいて,CMC 濃度
膨潤度 Q
の増加に伴い,膨潤度の増加が認められた。
本実験で調製したゲルの水中における安定性を評価
するため,ゲルを蒸留水に 1 週間浸漬し,浸漬前後の形
25
コムギ
20
バレイショ
とうもろこし
15
10
状を観察した結果を表 3,4 に示す。加熱温度 80℃で調
5
製したデンプンゲルにおいては,蒸留水浸漬前後で明ら
0
かな形状変化は認められず,高い安定性を示した。加熱
温度 90℃で調製した場合は,デンプンゲルの他,サツマ
サツマイモ
-2
0
2
4
6
CMC濃度 [wt%]
8
図2 デンプン/CMCゲルの膨潤度
(加熱温度80℃)
イモデンプン/2 wt% CMC ゲル及びバレイショデンプン
/2 wt% CMC ゲルも高い安定性を示し,加熱温度の上昇
によりゲルの安定性が向上することが認められた。これ
プンの糊化が進み,溶出するデンプン鎖が増えたためと
20
バレイショ
膨潤度 Q
25
コムギ
は,加熱温度の上昇により,ゲルの大部分を占めるデン
推察される。このデンプン鎖は急冷されることで隣接す
るデンプン鎖と結晶を形成し架橋されるため,加熱温度
が高いほどゲルは架橋され,安定化したと考えられる。
とうもろこし
15
10
5
また,いずれの加熱温度においても,CMC 濃度の増加に
0
伴い,得られるゲルの安定性は低下した。これは,デン
プンゲルの形成に必要なデンプン鎖間の結晶化が CMC に
-2
0
2
4
6
CMC濃度 [wt%]
8
図3 デンプン/CMCゲルの膨潤度
(加熱温度90℃)
より阻害されたためと推察される。
3.2
サツマイモ
デンプン/CMC ゲルにおけるイオン架橋の効果
高い水中安定性を有することが確認されたサツマイ
モデンプン/2 wt% CMC ゲル及びバレイショデンプン/2
表3
デンプン/CMCゲルの水中安定性(加熱温度80℃)
CMC濃度 / wt%
wt% CMC ゲル(加熱温度 90℃)について,CaCl2 水溶液
0
2
4
6
濃度を 0, 10, 20 wt%としたときのゲルの形成可否を調
コムギ
◎
△
×
×
査した。その結果,すべての条件においてゲル形成が認
サツマイモ
◎
○
△
×
められた。得られたゲルを蒸留水に 1 週間浸漬した際の
バレイショ
◎
○
×
×
とうもろこし
◎
△
×
×
形状変化を観察したところ,いずれのゲルにおいても明
らかな形状変化は認められず,高い安定性を有している
※)◎ : 変化なし ○ : 一部崩壊 △ : 一部形状保持 × : 崩壊
ことが確認された。
これらのゲルの膨潤度の測定結果を図 4 に示す。CaCl2
表4 デンプン/CMCゲルの水中安定性(加熱温度90℃)
水溶液濃度の増加に伴い,膨潤度は増加した。このこと
CMC濃度 / wt%
0
2
4
6
に含まれる CMC 量が増大することが推察される。このこ
コムギ
◎
○
×
×
とは,カルシウムイオン(Ca2+ )により,CMC が架橋さ
サツマイモ
◎
◎
△
△
れていることを示しており,デンプン/CMC 複合ハイド
バレイショ
◎
◎
△
×
とうもろこし
◎
○
△
×
から,CaCl2 水溶液濃度の増加に伴いゲルのポリマー鎖
ロゲルが調製できたことを示唆している。
※)◎ : 変化なし ○ : 一部崩壊 △ : 一部形状保持 × : 崩壊
- 89 -
栃木県産業技術センター 研究報告 No.12(2015)
wt%)水溶液を 80℃または 90℃で加熱後 4℃に急
膨潤度 Q
15
冷することで,デンプンゲル及びデンプン/CMC
ゲルを調製できた。
10
(2)今回調製したゲルにおいて,CMC 濃度の増加に伴
い,膨潤度は増加した。
5
サツマイモ
(3)CMC 濃度が低いほど,またゲル調製時の加熱温度
バレイショ
0
-10
が高いほどゲルの水中安定性は高くなった。
0
10
20
30
CaCl2水溶液濃度 [wt%]
(4)サツマイモデンプン/2 wt% CMC ゲル,バレイシ
ョデンプン/2 wt% CMC ゲル(加熱温度 90℃)に
図4 デンプン/2 wt% CMCゲルの膨潤度
(加熱温度90℃)
おいて,CaCl2 水溶液濃度の増加に伴い,膨潤度
は増加した。
(5)サツマイモデンプン/2 wt% CMC ゲル,バレイシ
吸水率 S
15
ョデンプン/2 wt% CMC ゲル(加熱温度 90℃)は,
生理食塩水中においても安定であり,また生理食
10
塩水を吸収可能であることが明らかとなった。
5
本研究で検討した調製法により,デンプン/CMC 複合
サツマイモ
ハイドロゲルを調製できた。今後は,創傷被覆材をは
バレイショ
0
-10
じめとする様々な医療材料としての実用化に向けて,
0
10
20
30
CaCl2水溶液濃度 [wt%]
今回調製したゲルへの抗菌性付与等について検討する
予定である。
図5 デンプン/2 wt% CMCゲルの生理食塩水吸水率
(加熱温度90℃)
謝
辞
ゲルも吸水率 5.5 以上であり,生理食塩水を吸収するこ
本研究を実施するにあたり多大なる支援をいただい
とが確認された。また,これらのゲルを生理食塩水に 1
た宇都宮大学大学院 工学研究科 学際先端システム学
週間浸漬した際の形状変化を観察したところ,いずれの
専攻
加藤紀弘教授に,心より感謝いたします。
ゲルにおいても明らかな形状変化は認められず,高い安
参考文献
定性を有していることが確認された。
1) 中條俊夫: ケアマネジメント,19( 8),38-39( 2008)
4
2) 平島円,高橋亮,西成勝好: 日本調理科学会誌,
おわりに
40(4),249-256(2007)
結晶生成とイオン架橋を用いることで,デンプン/カ
ルボキシメチルセルロース(CMC)複合ハイドロゲルの
3) 佐藤清隆,上野聡,三浦靖: 応用物理,62(4),
368-376(1993)
調製を行った。その結果,以下の知見を得た。
(1)デンプン(コムギ,サツマイモ,バレイショ,と
4) 青木三恵子
うもろこし)/0~6 wt% CMC(総ポリマー濃度 25
- 90 -
編: "調理学",化学同人,(2006)