「子供の時期から見た人類進化」 1

日本人類学会 進化人類学分科会 第 34 回シンポジウム
「子供の時期から見た人類進化」
日時: 2015 年 5 月 16 日 (土) 13:00〜17:30
場所: 京都大学 理学研究科セミナーハウス (吉田キャンパス北部構内)
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/access/campus/yoshida/map6r_n.html
対象: 申し込み無しでどなたでも参加いただけます (懇親会は申し込み必要)
オーガナイザー: 蔦谷 匠 (京都大学大学院理学研究科、日本学術振興会)
<プログラム>
12:00 開場 (持ち込んだ昼食を会場内で召し上がっていただけます)
13:00 シンポジウム趣旨説明 (京都大学大学院: 蔦谷 匠)
13:15 未成年人骨の生物考古学的研究 (長岡 朋人: 聖マリアンナ医科大学)
14:00 抱っこ具を用いた母子の抱きのふるまい (園田 正世: 東京大学大学院)
14:45 休憩
15:00 狩猟採集社会の子どもの生活と学習 (寺嶋 秀明: 神戸学院大学)
15:45 ゴリラの母-子、非母-子関係からヒトの協同育児の進化を考える (竹ノ下 祐二: 中部学院
大学)
16:30 休憩
16:45 総合討論
17:30 終了
18:00 同会場で懇親会 (以下参照)
<懇親会への参加申し込み>
シンポジウム終了後に同じ会場 (理学研究科セミナーハウス) で懇親会を開催します。懇親会
参加希望者は、5 月 11 日 (月) までに蔦谷匠<[email protected]> までお知らせく
ださい。懇親会参加費はひとりあたり 3000 円です。
<シンポジウム全般に関する問い合わせ先>
蔦谷 匠 (京都大学大学院・理学研究科)
[email protected]
<Web サイト>
分科会: http://anthro.zool.kyoto-u.ac.jp/evo_anth/evo_anth/sympo.html#34th
Facebook: https://www.facebook.com/events/898295516898676/
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<シンポジウム趣旨>
ヒトを含む霊長類の子供は、養育者に完全に依存する乳幼児期からその人生をはじめ、心身
の発達や性成熟を経て大人に成長していく。比較的大きな脳を持ち、少産少死のゆっくりした生
活史を特徴とする霊長類では、特に、離乳が終わり繁殖を開始するまでの「子供の時期」が長い。
この時期は、大人個体との競合を避けながら、将来の生存や繁殖のための学習をする期間である
と位置づけられることが多い。そのため、「子供の時期」は大人の時期に従属するものとみなさ
れがちで、それ自体が研究の対象となることはあまり多くなかった。しかし、子供も大人と同じ
く社会や家計を構成するメンバーであり、子供と大人のどこがどのように違うのか、あるいは同
じなのか、そしてそうした子供の特徴が社会や家計のあり方にどのような影響を与えるか、とい
う点も重要な研究課題である。これまでの研究の集積や近年盛んになってきた研究により、大人
より劣って受動的に影響を受けるだけの存在では決してない子供の特徴が、だんだん明らかに
なっている。
本シンポジウムでは、人類進化、古人骨、霊長類、文化人類学、近現代における「子供の時
期」について、子供に見られる特徴と、それが大人個体を含む社会のなかでどのように位置づけ
られるかを報告してもらう。それらの知見をふまえて、子供という存在が、ヒトを含む霊長類の
社会や行動や生活史の進化にどのように影響を与えてきたのか、議論したい。
<発表要旨>
(1) 未成年人骨の生物考古学的研究
長岡 朋人 (聖マリアンナ医科大学)
古人骨は過去の人々の姿かたちや系譜を明らかにするだけではなく、時には骨病変やカット
マーク等、生老病死の痕跡を残すことがある。生物考古学には、文字記録からのアプローチが不
可能であった過去の人類集団を研究対象に含めながら、古人骨に残された生死の痕跡をつなぎ、
ライフヒストリーの復元ができる利点がある。また、過去に生きた人々の人体そのものを対象に
するため、現代医学の水準から骨病変の診断や考察が可能である。しかし、これまでの古人骨研
究は系譜論・起源論に偏重し、また人口構造や生活痕の分析手法の限界も重なり、過去の人類集
団のライフヒストリーを十分に解明するには至っていない。さらに、古人骨の人口現象を研究対
象とする古人口学ですら、主に成人を対象とし、未成年に関してはほとんど未着手である。それ
は、未成年の骨が脆く、残存しにくいこと、未成年の骨が成人とは別に埋葬されるケースが多い
こと、未成年の骨に対する研究者の関心が薄かったことが関係する。しかし、文献に基づく歴史
人口学では、近代以前の社会では子どもの死亡率は高く平均寿命を左右するほどであったという。
当然、古人骨に基づくライフヒストリー研究でも未成年人骨の情報が持つ価値は高いはずである。
本研究は、日本国内の考古遺跡から出土した未成人骨を資料にした生物考古学的研究を紹介する。
(2) 抱っこ具を用いた母子の抱きのふるまい
園田 正世 (東京大学大学院学際情報学府)
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乳幼児を抱いたりおぶったりして育てることは哺乳とならんでヒトが行ってきた基本的な育児
行為であると考えられる。絵巻物などにより日本では乳幼児をおぶう習慣があったことが見てと
れるが、胸の前で一定時間抱くようになったのはごく近年のことである。おぶうための専用具が
売り出されたのは 80 年ほど前からであり、それ以前は身近にある衣服を流用していた。諸外国
の母子は環境や体型の違いから、抱いたりおぶうための道具や状態が日本人が行うものとは異
なっており、それぞれがその土地で入手しやすいものを道具として用いていたようである。
現代の日本に暮らす私たちは子育てにおいて抱っこ具を用いて乳幼児を抱いたりおぶったりし
ている。流通のグローバル化によって海外製の抱っこ具も国内で流通しており、多くの養育者が
様々な道具を利用している。
これまでの抱きの研究では道具の分類や歴史などの研究や抱っこ具とダミー人形を用いた抱
き姿勢の研究などがあるが、抱っこ具を使った母子のふるまいの違いに注目したものはほとんど
ない。人は環境から情報をピックアップして知覚しながら行為を続けているが、抱き合う母子の
場合はお互いの身体や用いた抱っこ具も入れ子になった環境となり、それらを知覚しながらふる
まっているといえる。
本研究では母子の抱きのなかにみられるコミュニケーションに、道具がどのような影響を与
えているかを観察データから明らかにすることを目的に、初めて子育てをしている母と生後2カ
月児 10 組を対象に実験をおこなった。ここから得られたデータをもとに、改めて抱きが母子の
ふるまいにどう影響を与えるかを議論する。
(3) 狩猟採集社会の子どもの生活と学習
寺嶋 秀明 (神戸学院大学)
これまでの文化人類学、生態人類学的研究では子どもの生活はあまり本格的な調査対象とし
て取り上げられてこなかった。子どもは大人に養育され、教育され、やがて一人前になるべき存
在、すなわち「社会化(ソーシャライゼーション)」の対象にすぎないという見方が主流であっ
たからである。子どもの主体性や行動力などは、無視はされないとしても、後回しという扱いで
あった。しかし近年では子どもの発達や行動自体に注目した研究が盛んになってきている。その
結果、子どもはたんに大人からのケアの対象であるばかりではなく、主体的な行動を通してさま
ざまな技能や知識を習得し、時には生計にもかなり貢献していることが明らかになってきた。今
回の発表では、とくに狩猟採集社会子どもの日常行動と学習について、進化史的なパースペク
ティブを交えて紹介したい。
近代社会では教育は国家の基盤であり、ごく当然のこととして教育が人間をつくると信じて
いる。しかし、狩猟採集社会にかぎらず多くの伝統的社会では、教育はほとんど親の関心事では
ない。親は何も教えずとも子どもは「自然に」必要なことを習得して大人になると考えられてい
る。本発表では、そういった社会における子どもの学習の仕組みについて紹介する。結論として
は、狩猟採集社会においても「教える」「教わる」という相互交渉はたしかに存在するが、それ
は近代の学校イメージの「教え込む」教育ではなく、日々の生活の中に埋め込まれた形で、子ど
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も主導の学習として行われているのである。そして、そういった学習こそが狩猟採集民の適応的
な行動を作り上げていることを論じてみる。
(4) ゴリラの母-子、非母-子関係からヒトの協同育児の進化を考える
竹ノ下 祐二 (中部学院大学教育学部)
協同育児は、人類を他のヒト科類人猿と隔てる社会的特徴の一つである。同時に、人類の他
の諸特徴の進化の基盤をなす重要な性質であるとされる。私は、人類社会における協同育児の進
化を解明する目的で、野生・飼育ゴリラのアカンボウの社会的発達の過程を研究している。とく
に、従来の霊長類の発達研究では見過ごされがちだった、母親以外の個体との関わりに注目して
いる。本発表では、主に名古屋市東山動物園でのゴリラ乳児と母親、非母との社会交渉の観察か
ら、ヒトの協同育児の進化を考えてみたい。
ゴリラは核オスを中心とした複数のメスとコドモたちからなる集団を形成する。したがって、
ゴリラのアカンボウは母親、父親、兄妹、異母兄弟とその母親である血縁のないメスたちなど、
多様な個体に囲まれて育つ。集団のメンバーはヒトのように育児において協力 (cooperation) は
しないが、多くの個体が積極的にアカンボウの発達に協調的 (collaborative) に関与する。
これまでの観察から、ゴリラのアカンボウは発達のごく初期から、集団内の多様な個体と社
会交渉を行うことがわかってきた。社会交渉は、はじめ、母親以外の個体による誘いかけにアカ
ンボウが応じる形で始まっていたが、月齢が進むにつれアカンボウからの誘いかけも増加した。
いずれにせよ、社会交渉はアカンボウ自身の自発的参加を前提としていた。こうした非母-子間の
社会交渉は、アカンボウの身体的・社会的発達をうながすのみならず、母子関係の発達にも影響
していると考えられる。
母親はアカンボウと他個体の社会交渉をほぼ常時モニタリングし、状況に応じて交渉を黙認
したり干渉して遮ったりする。ゴリラにおいて、母親の“役割”は primary caregiver(世話する
者)から、子どもの育ちに関与する個体やその関わりかたを調整する facilitator(世話をやく
者)へと変容している。この変化を、ヒトにおける協同育児の進化の前適応と考えられないだろ
うか。
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