肝性脳症急性期に対するラクツロース以外の有用な治療は? 〜エチレン

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肝性脳症急性期に対するラクツロース以外の有用な治療は?
~エチレングリコールとの効果の比較~
Lactulose vs Polyethylene Glycol 3350-‐‑‒Electrolyte Solution
for Treatment of Overt Hepatic Encephalopathy
The HELP Randomized Clinical Trial
JAMA Internal Medicine 2014
September 2015
藤田保健衛生大学病院・救急総合内科 担当者 竹内 元規
監修 寺澤 晃彦
症例)68歳男性 主訴)自宅で意識がない状態で倒れていた(救急搬送)
現病歴)
アルコール性肝硬変があり、肝性脳症で入退院を繰り返している患者
独居であるが、2~3日毎に知人が様子を確認するため自宅を訪れる
2日前からやや体調が悪化しているようであった
当日も訪問すると自室の居間で意識がない状態で倒れていた
自宅内は非常に蒸し暑い状態で、失禁している状態であった
PMH)アルコール性肝硬変(Child-‐‑‒Pugh Grade: C)
MED) アミノレバンEN配合散 3包 分3 ラクツロース末・P 36g 分3 搬送時バイタル) 意識レベル:GCS (2-2-4)
BP108/75 HR120回/分 SpO2 98% (RA) BT 36.7度
身体所見)
口腔内・腋窩の乾燥著明 羽ばたき振戦あり
指示は入らないが四肢の明らかな麻痺はなさそう
腹水貯留を疑う腹部膨隆あり 直腸診は異常なし
診断:肝性脳症による意識障害
頭部CTや採血・尿検査などの所見から意識障害を鑑別した その他の原因を積極的に疑い所見は認めず、脱水・便秘が誘因となった 肝性脳症が最も考えられた
経過) 点滴による脱水補正、分岐鎖アミノ酸輸液製剤の点滴投与とラクツロースの 経鼻胃管からの投与を行い、3日後には通常の意識レベルまで改善 リハビリ・食事栄養療法の指導を受け、10日間で自宅退院となった
疑問
肝性脳症の治療
→ 増悪因子の治療とラクツロースが原則
+最近は非吸収性抗菌薬を使用することもある
研修医時代にも習ったお決まりメニューだが、何か新しい治療方法は?
※肝性脳症の診断と治療に関しては2015/4/2更新のClinical Questionのスライドがオススメ(東京医療センター作成)
Clinical Question
肝性脳症急性期に対するラクツロース以外の有用な治療は?
EBMの実践 5 steps
Step1 疑問の定式化(PICO)
Step2 論文の検索
Step3 論文の批判的吟味
Step4 症例への適用
Step5 Step1-‐‑‒4の見直し
EBMの実践 5 steps
☆Step1 疑問の定式化(PICO)
Step2 論文の検索
Step3 論文の批判的吟味
Step4 症例への適用
Step5 Step1-‐‑‒4の見直し
STEP1 問題の定式化
P 急性期治療が必要な肝性脳症患者
I 新規治療薬 C 標準治療薬(ラクツロース, 非吸収性抗菌薬など) O 死亡率の減少 EBMの実践 5 steps
Step1 疑問の定式化(PICO)
☆Step2 論文の検索
Step3 論文の批判的吟味
Step4 症例への適用
Step5 Step1-‐‑‒4の見直し
まずはUTDを調べてみた
“Hepatic encephalopathy” で検索
増悪因子の治療とラクツロース、 非吸収性抗菌薬などの 従来どおりの治療法が記載されている
“ポリエチレングリコールが研究中で効果がありそう” との記載
リファランスを“まご引き“してみた
RCTで標準治療(ラクツロース)との比較!
→ なかなか良さそう
PubMedも検索してみることにした
PubMedで検索
①(検索語)+②(RCTのみ)+③(出版期間)で検索
①
②
③
36文献がヒット、非吸収性抗菌薬関連のものが多かった UTDで気になった文献は目新しく興味を惹かれた
文献を決定
論文の背景
ラクツロース (beta-‐‑‒1,4-‐‑‒galactosido-‐‑‒fructose) は数十年に渡って肝性脳症の 急性期治療の標準治療薬である Cochrane Database Syst Rev. 2004;(2):CD003044.
1966年にラクツロースの効果が報告されてから肝性脳症の治療として 広く使用されるようになったが、緩下薬の効果を比較した研究は数少ない N Engl J Med. 1969;281(8):408-‐‑‒412.
Polyethylene glycol 3350–electrolyte solution (PEG)は安全なため、
よく使われる薬剤で、下剤としての効果も高い
この研究の目的は肝性脳症急性期治療にPEGがラクツロースよりも有用であるとの仮説 から、PEGが肝性脳症の付加的な治療手段として有用であるかを調べることである
論文のPICO
P 肝性脳症で入院した50人の成人肝硬変患者 I 発症初日のみ代替療法としてのポリエチレン グリコールの経口もしくは経鼻胃管投与 C 発症初日の標準治療薬としてのラクツロースの経口 もしくは経鼻胃管、経直腸投与 O 介入24時間時点でHESA1Grade以上の改善 Patient : inclusion criteria
肝性脳症の定義:典型的な症状を伴った意識変容と、その明らかな原因を欠いているもの Parkland Memorial Hospitalの救急部門から入院になり、 肝硬変と意識変容がある患者 ・18歳から80歳 ・肝硬変の診断(原因は問わない) ・肝性脳症の程度は問わない ・法的な代理人により同意 Patient : exclusion criteria
・急性肝炎 ・慢性肝疾患を基礎としない意識変容を伴った凝固異常(INR>1.5)
・肝性脳症よりも他の原因が疑われる ・非吸収性抗菌薬による最近7日以内の治療歴 ・同意の以前に1回以上のラクツロースを投与されている ・同意できる法的な代理人がいない ・法的な代理人による拒否 ・血管作動薬が必要な血行動態不良 ・妊娠 ・刑務所服役中 Intervention
発症初日に代替療法として投与する ポリエチレングリコール4Lのを経口もしくは
経鼻胃管から4時間かけて単回投与
Comparison
発症初日に標準治療薬として投与する ラクツロース20〜30gを経口もしくは経鼻胃管 から投与(24時間で3回以上投与) 経口投与ができないもしくは不十分な場合は 200gの経直腸的投与 投与経路は担当医によって判断
介入後24時間以降は両群ともに標準治療薬のラクツロースの投与が許可される
Primary outcome
介入後24時間時点でHESA1Grade以上の改善 hepatic encephalopathy scoring algorithm (HESA) Grade
Am J Gastroenterol. 2009 Jun;104(6):1392-‐‑‒400
統計学的分析方法
設定 奏効率 ラクツロース: 0.55 PEG: 0.90
α level: 0.05 β level: 0.2 (power: 0.8)
必要なサンプルサイズ → 計48例(各群24例)
倫理的配慮
HELP studyはUniversity of Texas SouthwesternMedical Centerの倫理委員会とParkland Health and Hospital Systemに
承認を得た
すべての患者インフォームドコンセントは研究の参加に先立って法的
な代理人より取られた
→ 倫理的な配慮あり
EBMの実践 5 steps
Step1 疑問の定式化(PICO)
Step2 論文の検索
☆Step3 論文の批判的吟味
Step4 症例への適用
Step5 Step1-‐‑‒4の見直し
PICOの解釈まででの問題点
P シングルセンターの研究である
I・C ・投与経路やラクツロースの投与量が担当医の判断に委ねられている ・介入後24時間以降のPEG群の治療は自由 ・Co-‐‑‒intervention(比較試験以外の治療(非吸収性抗菌薬やBCAA点滴など)) のデータがない → 結果に及ぼす影響が評価できない
O 24時間後の1Grade以上の改善が治療効果を判定する上で適切な指標であるとは 考えにくい
→ このアウトカムは本研究のプライマリーアウトカムとして適切であるかは
非常に疑問がある 結果は妥当か
①介入群と対照群は同じ予後で開始したか ・患者はランダム割付されていたか ・ランダム割付は隠蔽化されていたか ・既知の予後因子は群間で似ていたか ②研究の進行とともに予後のバランスは維持されたか ・研究はどの程度盲検化されていたか ③研究完了時点で、両群は予後のバランスがとれていたか ・追跡は完了しているか ・患者はIntention to treat解析されたか
・試験は早期中止されたか ④サンプルサイズは十分か
①介入群と対照群は同じ予後で開始したか ・患者はランダム割付されていたか ・ランダム割付は隠蔽化されていたか ②研究の進行とともに予後のバランスは維持されたか ・研究はどの程度盲検化されていたか 封筒法によりランダム割付されている (オープン試験であり、盲検化はされていない) 封筒は不透明で中にはコンピューター生成の番号と割付が記載 → ランダム割付は隠蔽化されているようだが・・・
「ランダム割付の隠蔽化をおこなった」という記載にもかかわらず、 デザイン上、「ランダム割付の隠蔽化」が保証されにくい状況であり、 結果的に選択バイアスの非常に生じやすい試験である ・盲検化されていないので、研究者にはこれまでの患者の治療の割付が知れて
いる ・ブロックランダム化 (block randomization) の採用によって、治療の割付を
知るものに、次の治療の予想が容易な状況が起こりやすい 「オープン試験+ブロックランダム化」の欠点は参加者の割付が予測可能になり
やすく、結果的に折角おこなった「ランダム割付の隠蔽化」が保証されにくくなる ゆえに、(特に研究者に邪悪な意図がある場合)選択バイアスが生じやすい
(特に研究者に邪悪な意図がある場合) Co-­‐interven@on(非吸収性抗菌薬やBCAA点滴など)に偏りがある可能性もある しかし、 Co-­‐interven@on の規定も報告も詳細がない ↓ コンタミネーションの可能性 ①介入群と対照群は同じ予後で開始したか ・既知の予後因子は群間で似ていたか → 患者背景はほぼ同等 [BUNはPEG群で高かった(P=0.03)]
③研究完了時点で、両群は予後のバランスがとれていたか ・追跡は完了しているか ・患者はIntention to treat解析されたか
・試験は早期中止されたか PEG群: 1名はPEGの投与ができなかった (ラクツロースを投与) 2名は拒否と早期退院で脱落
追跡は完了 試験の早期中止なし 「ITT解析をした」と記載はあるが・・・ 実際に報告されたアウトカムについては ITT解析がされていないものもある
除外例が136人にと非常に多いため
結果の一般化に懸念がある
④サンプルサイズは十分か
プライマリアウトカムに関しては理論上は目標の設定患者数は満たされている 設定の根拠となるデータの 信頼性については不明 結果は何か?
PEG群: 23名中の10名(43%)で1Grade改善; 9名(39%)で2Grade改善; 1名(4%)で3Grade改善 2名(9%)で改善なし 10名(43%)がスコア0となった
ラクツロース群: 25名中9名(36%)で1Grade改善; 3名(12%)は2Grade改善; 1名(4%)は3Grade改善 12名(48%)は改善なし 2名(8%)がスコアが0となった
PEG群は有意に24時間後のスコアがラクツロース群よりも低かった (0.9 [1.0] vs 1.6 [0.9]; P = .002) ただし、介入前値の影響が考慮されていない介入後値のみの差の検定で(信頼
区間も記載ない) さらに、スコア変化自体はプライマリアウトカムではない (有意差がでた事後解析か?との疑念が生じる)
Resolutionの定義: HESA Grade0への改善・退院・死亡・1Grade以上の改善後Grade1以下で2日間とどまる
肝性脳症改善(resolution)の中央値(50%になった時間)は PEG群で1日、ラクツロース群で2日であった (P = .01)
なぜか中央値の差の検定のみ実施(信頼区間も記載ない) 生存曲線自体の差の解析(ログランク検定など)はどうだったか不明
プライマリアウトカムとは違う指標(有意差がでた事後解析か?との疑念が生じる) プライマリアウトカムは介入後24時間時点でHESA1Grade以上の改善であった 報告がなかったので計算してみると・・・
24時間で1Grade以上の改善
合計
あり
なし
PEG群
21
4
25
ラクツロース群
13
12
25
34
16
50
PEG群の奏効率=0.84; ラクツロース群の奏効率=0.52 RR=0.62 (95% CI, 0.28-1.30); P= 0.18 (両側検定) ARR=0.32 (95% CI, -­‐0.14-0.78) 結局この研究で設定されているプライマリーアウトカムには有意差を認めなかった *NNTは有意差が出ていないため算出していない
その他の興味あるアウトカムについて
全死亡:3名 PEG群1名 → PEG治療を終了した後に腹腔内出血で死亡(死亡時期不明) ラクツロース群2名 → 緩和医療に移った後に心肺停止
→ 全例とも介入との明らかな因果関係は不明 副作用 ラクツロース群 → 腹満感が有意に多かった PEG群 → 下痢が有意に多かった → 上記以外は2群の治療の忍容性は同等だった
さらに・・・
プライマリアウトカムは介入後24時間時点でHESA1Grade以上の改善であった でもやはり適切なプライマリーアウトカムは全死亡と考え ITT解析であえて統計学的検討をしてみると・・・ (プライマリーアウトカムとして設定されていないのでパワー不足ではあるが)
転帰
合計
死亡
生存
PEG群
1
24
25
ラクツロース群
2
23
25
3
47
50
PEG群の死亡率=0.04; ラクツロース群の死亡率=0.08 RR=0.50 (95% CI, 0.008-9.604); P= 0.63 (両側検定) 結果のまとめ
・プライマリーアウトカムの設定に疑問がある ・プライマリーアウトカムは検討されず、別の有意な結果のみが報告された可能性がある ・プライマリーアウトカムを論文中の情報から計算すると有意差は認めなかった ・評価されたアウトカムも解析・検定方法に問題があることが分かった ・副作用に関しては、ラクツロース群で腹満感、PEG群で下痢が有意に多かった ・死亡例に関しては、介入との明らかな因果関係ははっきりしない ・有害事象は統計学的分析に十分なサンプル数を満たしているとは考えにくい EBMの実践 5 steps
Step1 疑問の定式化(PICO)
Step2 論文の検索
Step3 論文の批判的吟味
☆Step4 症例への適用
Step5 Step1-‐‑‒4の見直し
論文結果の患者への適用の吟味
結果を患者のケアにどのように適用できるか
①研究患者は自身の診療における患者と似ていたか
②患者にとって重要なアウトカムはすべて考慮されたか
③見込まれる治療の利益は、考えられる害やコストに見合うか
①研究患者は自身の診療における患者と似ていたか
今回の症例は本研究のinclusion criteriaを満たし、exclusion criteriaに該当しない
本研究の患者特性との比較では人種の違いで相違はあるが、 その他の大きな相違はなさそうである しかし、非吸収性抗菌薬の使用やBCAA製剤輸液など 日常診療で通常行われている標準療法がどれほど実施されていたか 不明な状況での結果である ↓ Real-‐‑‒worldでの適応性には大きな懸念がありそう
②患者にとって重要なアウトカムはすべて考慮されたか
今回のプライマリアウトカム(介入後24時間時点でHESA1Grade以上の改善)は
明らかに所謂「中間アウトカム」である これが臨床的に重要なアウトカムであるかは疑問がある 患者にとってより重要なアウトカムは以下が考えられる ・死亡 ・“resolu@on”に関しては、改善による治療期間・入院期間の短縮 ・副作用については、下痢や腹痛・腹満感の軽減など ③見込まれる治療の利益は、考えられる害やコストに見合うか
ポリエチレングリコールの副作用やコストの面を考慮した場合、 投与に特に大きな問題はないと考えられる 日本で使用できるポリエチレングリコールとしてはニフレック®が有名であるが 標準的な使用法で4L投与しても、同等薬で1000円~2000円である ラクツロースであれば、1回に30g、4日回の投与で1000円程度となる EBMの実践 5 steps
Step1 疑問の定式化(PICO)
Step2 論文の検索
Step3 論文の批判的吟味
Step4 症例への適用
☆Step5 Step1-‐‑‒4の見直し
STEP1〜~4の見直し STEP1 問題の定式化 肝性脳症の急性期治療におけるポリエチレングリコールの有用性を
標準薬と比較することで評価することにした
STEP2 論文の検索 PubMed・UpToDateを用いて短時間で検索できた
STEP3 論文の批判的吟味 プライマリーアウトカムの設定、介入方法に曖昧さがあること、 選択バイアスの生じる可能性に問題があることが分かり、結果の把握
に注意が必要な研究であると考えられた 実際、プライマリーアウトカムは検討されておらず、(事後的に実施し
た?)別の有意な(臨床的な重要度も不明な)結果のみが報告された
可能性がある さらに研究が実施された状況は日常診療で通常に行われている治療
に関して不明な要素が多い STEP4 情報の患者への適応 批判的吟味から、外的妥当性の判断には慎重を要する
まとめ
・ 本研究では肝性脳症の急性期治療において、ポリエチレングリコールは 標準治療薬の1つであるラクツロースと比較して有用性が高いことが示された ・ 現時点で日本での肝性脳症への治療適応は認められていないが、 ポリエチレングリコールは副作用も少なく、コストも高い薬剤ではないため、 ラクツロースの効果が思わしくない患者には代替薬として有用な可能性がある ・ しかし、今回の研究デザインには複数の問題点があり、質の向上を図った上で 更なる研究が必要であると考えられる