パリ通信 最新号

ト
ピ
ア
Bestopia
< 2015 年 10 月 >
古賀 順子
マドレーヌ寺院で被災者支援の書道展
10 月に入ると、パリも日一日と陽が短くなります。
月末の最終日曜日、冬時間に移行すれば、年末年始も
近くなることを実感します。
秋の気配も深まる中、10 月 19 日から 26 日の日程
で、マドレーヌ寺院にて「書道展」が開催されていま
す。書道家塚口裕子さん主催で、2011 年 3 月 11 日東
日本大震災で被災された方々へのチャリティー展覧会
です。書の販売を義援金として、漁船を贈るという明
確な目的があります。時間が経つにつれ、被災地への
思いもだんだん薄れています。震災直後は活発に行わ
れていた復興支援も、
一つ一つ姿を消しつつあります。
復興にはまだまだ時間も費用も必要で、被災者の方々
を忘れずに支援を続けておられるのは、とても有難い
ことだと思います。
今回の書道展のメインテーマになっているのは、芳
村思風「感性哲学」
。生きるとは、愛するとは何かを、
人の感性を基に考え直す試みです。理性によって司ら
れてきた宇宙観の行き詰りに、新たな突破口を開く主
張だと思います。
フランスにおいても、今年 1 月 7 日シャルリー・エ
ブド社襲撃テロ事件が起こって以来、現代社会のあり
方に様々な疑問が投げかけられています。
キリスト教、
ユダヤ教、イスラム教が共存するフランス社会で、何
を目指して生きていくべきか、皆が実感している問題
です。様々な考え方、文化、宗教、価値観が混在して
いるフランス社会にあって、平和共存は簡単なことで
はありません。
フランス 18 世紀の啓蒙思想家で、百科全書派とし
て知られるディドロ(Denis Diderot 1713-1784) の
『寛容について』(Sur la tolérance) が、今多くの人々
に読まれています。ディドロ、ルソー、ヴォルテール
といった啓蒙思想家たちが擁護したのが「寛容(トレラ
ンス)」という概念でした。18 世紀フランスと 21 世紀
の国際社会では、政治・経済・思想のあり方は違いま
すが、異なる宗教、人種、価値観を共存させるために、
「寛容」という考え方が大きな役割を持つことになる
のではないでしょうか。
音楽の分野においても、
「寛容」がクローズアップさ
「 パリ通信 46号 」
http://jkoga.com/
平 成 二 十 七 年十 月
ス
第四十六号
ベ
れています。10 月 10 日から 20 日まで (全 5 回)、ヘ
ンデル(Georg Friedrich Heandel 1685-1759) のオラ
トリオ『テオドラ』(1750 年) が、シャンゼリゼ劇場
で上演中です。ヘンデル晩年の作品で、最後の十年は
オラトリオ形式を選び、宗教を題材にした悲劇『テオ
ドラ』は、ヘンデルが辿り着いた終着点と言えます。
バロック音楽の大家ウイリアム・クリスティー指揮、
キリスト教に改宗したシリアの王女テオドラはキャサ
リン・ワトソン(ソプラノ)、テオドラを愛し、共に殉
死する恋人役ダイディムス(キリスト教に改宗したロ
ーマ百人隊長)を歌うのは、現在フランスで人気絶大の
コントル・テノール、フィリップ・ジャルースキー。
人の徳とは、信仰とは何かを、美しいバロック音楽の
力で感じさせてくれます。
人が生きていく中で、様々な困難、不幸、苦しみ、
悲しみを浄化してくれる芸術の存在はとても大きいと
思います。書道展で紹介されている詩を引用します。
仮設避難所の生活から生まれた詩です。
詩集「なんじょすっぺ」
福島からのメッセージより (藤島 昌治)
「伝言」
この苦しさを
この悲しみを
伝える術がボクにはない
この悲しみを
鋭く切り取る
カメラ越しの眼もなく
はげましや
なぐさめの
歌が歌える訳でもない
現実を写し取る
絵が描ける訳でもなく
心を揺さぶる言葉も持たない
それでもボクは
書かずにはいられない
言わずにはいられない
ここがどんなに辛くて
苦しいものか
伝えずにはいられない
―― 平成 27 年 10 月 パリ通信 46 号 ――