サンプル

シナプス間隙
synaptic cleft(図 3)
上述したように,ニューロン間の情報交換はわずか 20 〜 35nm のシナプス間隙(軸索と樹状突
起の間)を通じて行われます。末梢神経の化学伝達物質には,ノルアドレナリン* 1 とアセチルコ
A
神経系の概観
リン* 2 があります。また,中枢神経の化学伝達物質としてはこの 2 つのほかに,ドパミン,セロ
トニン,ヒスタミン,グルタミン酸,GABA(γ - アミノ酸)など多くの物質があります(表 1)。
図3
シナプス間隙の仕組み
シナプス前部
Ranvier絞輪
髄鞘
拡大
軸索
シナプス間隙
化学伝達物質
神経細胞体
受容体
樹状突起
シナプス後部
表 1 神経伝達物質
機能
伝達物質
興奮性伝達
ドパミン,グルタミン酸
抑制性伝達
GABA,グリシン
興奮性 - 抑制性伝達
セロトニン,ノルアドレナリン,アセチルコリン
参考
シナプスの可塑性
他の細胞とは異なり,神経細胞は出生後は分化増殖はしないと考えられていました。しか
し,近年,海馬(☞ p.10)と側脳室周囲(☞ p.22)で神経幹細胞 neural stem cell の存在が
確認され,神経細胞も分化増殖することが明らかになりました。ただし,ヒトの知能が発達す
るのは神経細胞が増えるからではありません。現在でもその詳細は不明ですが,シナプスの
可塑性という概念でヒトの知能の発達が説明されています。可塑性とは“力を加えると変形
し,力を取り去っても元に戻らない”ことです。つまり,学習や感覚などの体験によってシナ
プスが変形し,その変形が保たれることによって知能が発達すると考えられているのです。
* ノルアドレナリン noradrenaline
交感神経の節後神経から分泌される化学伝達物質で,カテコールアミン catecholamine の 1 つです。
* 2 アセチルコリン acetylcholine(ACh)
交感神経および副交感神経の節前ニューロンから節後ニューロンに向けて,および副交感神経の節後ニューロン
から標的細胞に向けて,放出される化学伝達物質です。
4
総 論
3 神経細胞の鞘
シュワン
さや
軸索(神経線維)は,絶縁体の働きをする髄鞘と Schwann 鞘の 2 つの鞘で覆われています。
髄 鞘
myeline sheath
神経系の概観
A
ミエリン* 1 からできているのでミエリン鞘とも呼ばれます。
末梢神経では,Schwann 細胞* 2 が自分の薄い細胞膜を軸索の周囲にぐるぐると巻きつけて髄
鞘を形成しています。そして,中枢神
経 で は 乏 突 起 膠 細 胞 oligodendroglia
図4
髄鞘(ミエリン鞘)
という複数(乏しい数)の突起をもっ
たグリア細胞(☞ p.6)がミエリンの
形成を担当します。この乏突起膠細胞
乏突起膠細胞
も神経細胞の軸索にぐるぐる巻きつい
て髄鞘を形成しています(図 4)。
末梢神経では 1 つの Schwann 細胞
髄鞘
が髄鞘の 1 分節を形成するのに対し,
ランヴィエ絞輪
中枢神経では 1 つの乏突起膠細胞が複
数の髄鞘の 1 分節を形成します。
有髄神経
medullated nerve
と無髄神経
unmedullated nerve
Schwann 細胞や乏突起膠細胞の細胞膜で覆われた神経線維が有髄神経(図 5)で,髄鞘を持っ
ていない神経線維が無髄神経(p.6 図 6)です。この無髄神経には,Schwann 細胞が 1 列に並ん
図5
有髄神経
Schwann細胞の
細胞膜
有髄神経は
ロールケーキに
似ている!
軸索
Schwann細胞の核
Schwann細胞
* 1 ミエリン myeline
約 80%を占める脂質(コレステロール,リン脂質,スフィンゴリピド,ホスファチドから構成される脂質)と,
約 20%のタンパク質から構成される複合体。
* 2 Schwann 細胞
後述する末梢神経における支持細胞(グリア細胞)です。
第 1 章 脳神経の構造
5
ホムンクルスは,身体の各
部位の機能が大脳のどこに
対応しているかを表したも
ので,身体各部位の大きさ
を脳地図上での大きさに置
き換えた模型です。
B
図 16 感覚野のホムンクルスHomunculus
腰
体幹
腕
手
足
一次体性感覚野
顔
大 脳
Rolando溝
歯
舌
喉頭
頭頂連合野
頭頂連合野は上頭頂小葉と下頭頂小葉からなり,後者はさらに縁上回と角回に分かれます。頭
頂連合野にはさまざまの感覚情報が入力され,ここでそれらを統合処理し,意味づけがなされま
す。大まかにいうと,上頭頂小葉は空間的認知(見えた物が,実際にどこにあるのかを把握する)
を担当し,縁上回と角回は意思の諸情報の結合(体性感覚野,聴覚野,視覚野の真ん中にある)
に関与しています。したがって,頭頂連合野が障害されると,さまざまな失認(☞ p.113)や失
行(☞ p.111)を来します。
6 大脳基底核
basal ganglia,内包 internal capsule
EP
ST
◦大脳基底核が障害されると,随意運動の遂行が困難になる
◦内包後脚は錐体路の通り道
構 造
大脳基底核は,線条体 striatum,淡蒼球 globus pallidus,黒質 substantia nigra,視床下核 subルイ
thalamic nucleus(Luys 体)の 4 つから構成されます(p.15 図 17)。
線条体は,その間を後述する内包が走るため,尾状核 caudate nucleus と被殻 putamen に分かれ
ています。また,被殻と淡蒼球を合わせると凸レンズ状に見えるので,これをレンズ核 lentiform
nucleus と呼びます。
次に内包ですが,核(神経細胞体)ではなく,神経線維の集合体です。つまり,神経線維も集
まって走行した方が,スペースは少なくてすむということです。この内包は前脚と後脚に分かれ
ますが,前脚は視床と前頭葉を結ぶ線維,後脚は錐体路や側頭葉・頭頂葉・後頭葉と脳幹を結ぶ
線維が走行しています。
14
総 論
図 17 大脳基底核
大 脳
B
〈水平断〉
大脳基底核
側脳室
尾状核
内包前脚
線条体
内包膝
内包後脚
視床
第三脳室
被殻
〈冠状断〉
側脳室
視床
レンズ核
淡蒼球
第三脳室
視床下核
黒質
機 能
大脳基底核は,大脳皮質の運動などをコントロールしています。前述のように,運動機能を司っ
ているのは前頭葉の運動野に発する神経(錐体路)ですが,これだけでは指を動かすことはでき
ても,どのタイミングでどの程度の運動をするかといった細かいコントロールはできません。つ
まり,前頭葉運動野に発する神経だけでは,ピアノを弾くことも,靴ひもを結ぶこともできませ
ん。これを可能にするのが大脳基底核の役割です。したがって,大脳基底核が障害されれば,随
意運動の遂行は困難(随意運動の開始に手間取ったり,余分な運動が加わったりが生じたりする)
になります。
また,大脳基底核は大脳皮質のかなり広い領域から入力情報を受け入れており,これを処理し
て,大脳皮質(主として前頭葉)に送り返すというルートをもっています(これを大脳皮質・大
脳基底核ループ cortico-basal ganglia loop と呼ぶ)。
近年では,大脳基底核は運動のコントロールのみならず,運動の学習にも関与すると考えられ
るようになり,学習によって取得した最も効率的な運動を選択する役割を担っている可能性があ
ります。
第 1 章 脳神経の構造
15
パチーや脳動静脈奇形の頻度が比較的高いのが本症の特徴です。
3 脳血管障害の画像診断
脳血管障害を疑ったら,まず行うべきなのは CT です。もちろん,MRI で脳内出血を診
B
断することも可能ですが,緊急 MRI をできる施設は少ないこと,MRI は CT よりも時間が
脳内出血
かかることを考慮すれば,やはり第一選択は CT になります。
EP
ST
脳内出血は発症直後から CT で白く写る
CT の特徴
ヘモグロビンの CT 値が高い(X 線を吸収しやすい)ため,出血部位は発症直後から高吸収域
を呈して白く写ります。したがって,これを見逃すことはあり得ません(図 4 〜図 7)。なお,発
症後数時間は血腫が増大することがあるので,必要があれば再度撮影します。
亜急性期(翌週くらい)になると,次第にヘモグロビンが分解されるので,CT 値は低下して
徐々に白さが失われます。慢性期(4 週以降)になると,血腫が完全に吸収されて組織が瘢痕化
するので,逆に低吸収域として黒く写るようになります。
図
4 被殻出血急性期の頭部単純CT
図 5 視床出血急性期の頭部単純CT
出血部位(高吸収域)
146
各 論
出血部位(高吸収域)
図
6 橋出血急性期の頭部単純CT
図7
小脳出血急性期の頭部単純CT
脳内出血
B
出血部位(高吸収域)
出血部位(高吸収域)
4 脳内出血の治療
急性期の非手術的治療
EP
ST
降圧療法は慎重に行う,脳浮腫にはグリセロール静注
血圧管理
本症の多くは基礎疾患として高血圧があるうえ,血管の破綻という緊急事態に直面した交感神
経が興奮するので,来院時にはしばしば重度の高血圧を呈しています。しかし,血管が破綻した
状況では脳血流の自動調節能は機能不全に陥っています。
したがって,ここで急激な降圧を試みると,血圧が低下し過ぎてしまうおそれがあります。こ
のために,収縮期血圧を 180mmHg 未満,平均血圧を 130mmHg 未満に維持することを目標に
降圧療法を行います。
脳浮腫の予防と改善
出血時には,血液脳関門の破綻により毛細血管透過性が亢進し,血管内の水分が間質中に漏出
していきます。さらに酸素不足に陥った神経細胞は ATP *を産生できず,Na+ の汲み出しに障
害を来します。すると,細胞内に貯留した Na+ が水分を引きつけ,神経細胞は浮腫(脳浮腫)
を呈します。
脳浮腫を起こせば,頭蓋内圧は容易に亢進し,致命的な脳ヘルニアを起こす危険があります。
* ATP
adenosine triphosphate(アデノシン三リン酸)の略語。生体内でエネルギーを保存したり,取り出したりするこ
とに関与する中心的なプリンヌクレオチドです。物質の合成に際しては,ATP が加水分解されるときに放出される
エネルギーが用いられます。
第 1 章 脳血管障害
147
囲によって虚血が一挙に広がる危険があります。そこで,末梢組織が血流を得やすくするのが本
法です。
3 解離性脳動脈瘤
cerebral dissecting aneurysm
大半が椎骨動脈系に生じ,男性に多く,好発年齢は 40 〜 50 歳代となっています。本症の約
60%にくも膜下出血を来しますが,約 30%は脳梗塞で発症します。後者は解離部分がそこから
分岐する動脈の血流を阻害するためです。
脳血管撮影では,解離によって拡大した血管がその周囲の狭窄した血管と対称をなし,pearl and
D
string sign(真珠とそれを通す糸)と呼ばれます(図 17)
。なお,解離によって瘤を作らない
脳梗塞
ケースもあります。MRI 軸位断では,解離部位に真腔と三日月状の偽腔が確認できます(図 18)。
図 17 解離性脳動脈瘤の椎骨動脈造影像
図 18 解離性脳動脈瘤の頭部MRI
脳底動脈
後下小脳動脈
pearl and string sign を
示す解離性脳動脈瘤
椎骨動脈
真腔
偽腔
D 脳梗塞
cerebral infarction
1 脳梗塞の分類
詰まり方による分類
脳梗塞は,脳血管が詰まることによって生じますが,その詰まり方によって脳血栓 cerebral
thrombosis,脳塞栓 cerebral embolism,血行力学的脳梗塞 hemodynamic cerebral infarction に
分類されます(p.157 図 19)。
156
各 論
図 19 脳梗塞の3つの病態
アテローム硬化
脳血栓
アテローム硬化
脳塞栓
血行力学的脳梗塞
脳血栓は,アテローム硬化*で狭くなった血管に血小板が付着し,ここで血液凝固反応によっ
D
て凝血塊が生成され,遠位の血行が遮断される病態です。脳塞栓では,何らかの理由で生じた凝
脳梗塞
血塊が血流に乗って跳び,末梢の動脈にすっぽりとはまり込むことによって生じます。凝血塊
は,心臓や頸動脈などで生じた血栓がほとんどです。血行力学的脳梗塞は,近位の動脈にアテ
ローム硬化などに起因する高度の狭窄があり,ここに血圧低下や脱水が加わって血液が濃縮し,
結果的に末梢の動脈が虚血に陥った病態です。
臨床病型による分類
実際には,上述した分類よりも危険因子や急性期治療に直結する臨床病型(アテローム血栓性
脳梗塞,ラクナ梗塞,心原性脳塞栓症)の方が広く用いられています(図 20)。
図 20 脳梗塞の3つの病態
細い血管
血栓
ラクナ梗塞
ラクナ lacunar は,
“小さな空洞”を意味
するラテン語 lacuna
が語源です。
アテローム血栓性脳梗塞
血栓
心原性脳塞栓症
血栓
* アテローム硬化 atherosclerosis
じゅくじょう
動脈壁にムコ多糖類や脂質が沈着することによって隆起病変が生じ,血管内腔が狭くなった状態です。粥状硬化
とも呼ばれます。
第 1 章 脳血管障害
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