氏名:福村圭介 学籍番号:47146337 所属分野:分子認識化学

氏名:福村圭介
学籍番号:47146337
所属分野:分子認識化学分野
出題分野:資源生物創成学分野(宇垣正志先生)
課題:植物ウイルスは媒介昆虫あるいは植物の性質をどのように改変すれば生き
残りやすいだろうか。既存の知見にとらわれず論じよ。
ウイルスとは、遺伝子である DNA や RNA といった核酸分子やそれを保護す
るコートタンパク質からなる分子集合体であり(1)、宿主となる生物がいなけれ
ばウイルス自身では自己増殖することができず、それ自体は生物ではないと見
なされている。ウイルスは、宿主となる生物を利用することで初めて自らを複
製し増殖することができるのである。ここで、植物ウイルスの新たな生存戦略
について考察するにあたり、自然界においてウイルスのように他の生物を利用
している生物について考えてみようと思う。
自然界には、利己的で暴力的ともとれる生き方が存在する。それが他の生物
から栄養を収奪する「寄生」である。寄生者の中には、驚くべきことに、宿主
を自分の都合の良いように操作して生き延びていく生物も存在する。宿主を操
る典型的な例として、カイツブリ二殖条虫という寄生虫を紹介する(2)。まず、
水鳥の糞と共に水中に出たカイツブリ二殖条虫の卵は水中で孵化し、その幼虫
は第一中間宿主としてケンミジンコに寄生し、遊泳力を落とす。遊泳力が落ち
たケンミジンコは、第二中間宿主である魚類から逃避する力が落ち、魚類に食
べられることが多くなる。つまり、第一中間宿主に寄生していた幼虫は、効率
よく第二中間宿主に移行できることになる。さらに、魚類に移行した幼虫は寄
生した魚を操り、動きを遅くし、水面近くを泳がせることにより、終宿主であ
る水鳥による捕食を容易なものとする。このように寄生虫の中には、宿主を操
作することで自らの生存の確率を高めているものが数多く知られている。
さて、ここで植物ウイルスの新たな生存戦略について考えてみよう。自然界
では、カイツブリ二殖条虫のように、宿主に寄生し操作する生存戦略をとる生
物が数多くいる以上、この手段は生物の生存戦略としては有効であると言える。
植物ウイルスは、植物から植物へと感染を拡げる際、自分自身を媒介してくれ
る中間的な生物を必要とする。そこで、多くの寄生者がとる生存戦略と同様、
その生物の行動を操ることができるのならば、より多く拡散し、生き残ること
ができるのではないだろうか。通常、植物ウイルスは、昆虫が植物の篩管液を
吸う際に昆虫体内に取り込まれ、その媒介昆虫が次の植物を吸汁する際に唾液
と共にその植物に侵入し、感染する(3)。このサイクルが問題なく進行すれば植
物ウイルスは半永久的に増え続けていくように思えるが、媒介者が動物である
以上ここにはいくつかの制限要因がある。まず、ひとつめは媒介昆虫の摂食時
間の問題である。ショウジョウバエでは Gr43a と呼ばれる味覚受容体が脳でも
発現しており、体液中のフルクトースの濃度に反応し、摂食行動の促進と抑制
を制御していることが明らかになっている(4)。これらの機構により、媒介昆虫
は、ウイルス媒介に充分な量のウイルスを体内に取り込んだ後も、体液中の栄
養素の濃度がある閾値に達するまでは、長時間篩管液を吸い続けるであろう。
ふたつめは、媒介昆虫の移動性の問題である。基本的に昆虫は安全な餌を見つ
けたら摂食行動が終わるまではその場にとどまり食べ続ける。ひとつの場所に
長時間とどまり続けることにより、媒介昆虫が訪れる植物の数は限定され、植
物ウイルスの感染の範囲は限られたものとなる。これらの制限要因により、媒
介昆虫が感染させることのできる植物の数は個体が生きている期間に対して限
られたものになるのである。
しかし、私はこの昆虫の摂食行動の制御を狂わせることによってこれらの制
限要因を除き、植物ウイルスの繁栄にとってより有利な状況へと改変できる生
存戦略があり得ると考える。植物ウイルスには、媒介昆虫の細胞内でウイルス
遺伝子を発現するものが存在する。それらウイルスが、媒介昆虫に取り込まれ
たのち、媒介昆虫の栄養センサーあるいは中枢神経を操作し、
「摂食を止める体
内栄養素濃度の閾値を正常より低くする」ことができたとしてみよう。すると
植物ウイルスに感染した媒介昆虫は感染していない個体に比べ、一度の摂食行
動に費やす時間が短くなり、さらには摂取できる栄養分も少なくなると考えら
れる。一度に摂取できる栄養分が少なくなることにより、次回の摂食行動を誘
起されるまでの時間が短くなり、結果として摂食行動を起こす回数が増えるで
あろう。つまり、単純に考えると感染した個体は感染していない個体に比べ、
摂食行動を起こす回数自体が増え、さらにはひとつの場所に留まる時間も短く
なるため、植物ウイルスのより広範囲への伝搬へと繋がるであろう。このよう
に、もし植物ウイルスが媒介昆虫の摂食行動を操ることができるのであれば、
植物ウイルスはより広範囲へ、短い時間で感染することができるため、生き残
りやすくなるであろうと考えられる。
参考文献
(1)東京大学生命科学教科書編集委員会 (2007) 理系総合のための生命科学
分
子・細胞・個体から知る“生命”のしくみ, 羊土社
(2)長澤和也 (2004) フィールドの寄生虫学 水族寄生虫学の最前線, 東海大学出
版界
(3) Uzest M, Gargani D, Drucker M, Hébrard E, Garzo E, Candresse T,
Fereres A, Blanc S (2007) A protein key to plant virus transmission at the
tip of the insect vector stylet. Proc Natl Acad USA 104(46):17959-64
(4) Miyamoto T, Slone J, Song X, Amrein H (2012) A fructose receptor
functions as a nutrient sensor in the Drosophila brain. Cell 151(5):1113-25