Denki Rengo NAVI 電機連合NAVI 労働組合活動を支援する政策・研究情報誌 2014年春号 (2014年5月7日発行 CONTENTS 通巻52号) 今月の論点 「人」が持っている無限の可能性を引き出そう 電機連合 特 集 2 副中央執行委員長 野中 孝泰 世界の技術者(上) 1日本の技術者・世界の技術者 同志社大学 技術・企業・国際競争力研究センター長・教授 中田 喜文 10 2フランスの技術者―エンジニアと中堅技術者― 早稲田大学名誉教授、フランス国立科学研究センター客員研究員 鈴木 宏昌 15 3主要国の研究開発戦略と日本の課題 ~激化する競争環境を乗り越えるために~ 独立行政法人科学技術振興機構 22 羅 研究開発戦略センター 岡山 純子 針 盤 若年女性と貧困 東京学芸大学人文社会学系准教授 27 山口 恵子 エッセイ 大震災からの復興 さいとう製菓株式会社 30 株式会社 鴎の玉子 代表取締役 齊藤 俊明 先読み情報 「1%春闘」で「経済の好循環」になるか? グローバル産業雇用総合研究所 ISSN 1342-3924 所長 小林 良暢 論 点 「人」が持っている無限の可能性を引き出そう 電機連合 はじめに 副中央執行委員長 野中 孝泰 強い危機感 東日本大震災から3年が過ぎた。復興はまだ では、それを実現する「人」の現状はどうか。 まだ。震災を風化させてはならない。復興に対 電機総研が行った『若者層からみた電機産業の し、日本の成長に対し、電機産業として貢献で 魅力研究会アンケート調査』 (2011年実施)で日 きることは多くあると思う。 本の電機業界に対するイメージを若年層組合員 そこで今回の論点では、日本の成長を牽引す に聞いたところ、技術力の高さや製品・サービ る電機・電子・情報技術について、どうあるべ スの質など、業界としての技術面の対応は評価 きかを皆さんと考えたいと思う。 されていたが、ワーク・ライフ・バランスの実 現や給与水準、雇用の安定といった組合員の生 20世紀の予言 活に直結する課題への対応や、人材の育成・確 報知新聞が1901年(明治34年)1月2日、3日 保への評価は厳しいものであった。人を大事に 付けの紙上で、20世紀中に実現すると思われる するイメージは薄いと受け止めている現状に強 23項目の事柄を予言として発表した。実現した い危機感を抱いている。 主な技術は、「無線電信及び電話」「遠距離の写 一方、労働調査協議会が行なった『定年後の 真」 「7日間で世界一周」 「暑寒知らず」 「写真電 仕事と生活に関する調査』 (2010年実施)での電 話」「電気の世界」「自動車の世界」などなど。 機組合員の回答からは、高年齢者が定年後の再 何の事だろうと考えるだけでも楽しいと思う 雇用を通じて「定年前の経験や能力を活かせる」 人もいれば、現代社会ではあまりにも当たり前 ことを重視していることがわかった。若年層の 過ぎて感動がない人もいることだろう。そこで、 人材育成にベテランを活かすことも大切な視点 新聞が予言を発表した1901年の日本がどういう であるが、ここ数年続いている構造改革で、若 時代だったのかを調べてみると、裸足禁止令が 手、ベテランを問わず貴重な人材が流出してい 施行された年であり、ビールの大瓶は19銭で売 ることにも危惧をしている。 られていたようだ。当時の感覚からすると、こ の予言は「まさか?!」であったに違いない。 当時の人がいれば、「まさか?!」を実現する 「人」の力に改めて驚いていることだろう。 むすび 2014闘争では6年ぶりの賃金水準改善の回答 を得た。デフレ脱却と経済の好循環に向けた所 得の向上を一過性で終わらせてはならない。し 100年後の未来予測 かしそのためには電機産業の成長を確かなもの 未来予測研究会が2007年10月に、100年後の未 とし、日本経済の成長に貢献しなければならな 来技術や社会を20項目にわたり予測した本を出 い。私達の持っている知識と知恵を出し合い、 版している。 「先進国の平均寿命は100歳超」 「地 新しい技術、新しい産業の創出を急がねばなら 球温暖化現象の継続」 「 気候変動や自然災害が予 ない。もっともそれは、単に利便性を追求する 測可能に」 「海洋都市の建設」 「火星移住」 「核融 ものではなく、心豊かな社会・文化の発展につ 合技術によるエネルギー」 「 ナノテクによる新材 ながるものであるべきだし、地球環境にやさし 料開発」「癌は遺伝子レベルで予防・治療」「量 いものでなければならない。 子テレポート」 「ハウスロボット」などが予測さ 「無から有を生み出す」のも「有から有を生 れている。この中の幾つかはすでに実現してお み出す」のも全ては「人」であり、その「知」 り、今後も、その実現に電機産業の技術が貢献 である。 「人」が持っている無限の可能性を引き していくことは間違いはないだろう。 出すことに、労働組合としてもっともっと真剣 に向き合わなければならないと思う。 最近、研究・技術者の世界が何かとかまびすしい。 研究・開発の世界もスピードが求められているからであろう。前人未到の分野にい ち早く着手し、かつ、人類にとって役に立つ発見をすることこそが莫大な富を生み、 そしてその分野に君臨することになる。だからこそ、誰もが一番のりを狙っている。 ただ、技術者が富と名声だけを第一に考え研究・開発を行っているのだとしたらそ れは悲しいことである。技術は人類の役に立ってこそ、その意味があると言っても過 言ではないと思うからである。 研究・開発の専門知識だけではない「人間教育」。これが今一番足りないのかもしれ ない。 研究・技術者には、もう一度初心に戻り、謙虚な気持ちで研究・開発を行ってほし いものである。そのためにも、彼ら・彼女らが将来に向かって日本を牽引していると いう自負心を持てる環境の整備が急務となっている。 今号では、技術者を取り巻く環境に詳しい有識者達に様々な課題と対応について語 ってもらった。 日本の技術者・世界の技術者 同志社大学 技術・企業・国際競争力研究センター長・教授 1.はじめに 中田 喜文 て、技術者は身近な存在であっても、日本全体 の労働者の中では、技術者は極めて小さな集団 日本の科学技術を担う人材に社会の注目が集 である。この事実は、日本が「ものづくりの国」 まっている。科学技術研究における倫理はどう と一般に思われていることからすると、意外な あるべきか。科学技術は、人間に真の安全と快 事実である。表1に、主要5か国における就業 適さを提供できるのだろうか。日本は科学技術 者に占める専門職人材の割合を、高い国から順 開発に、どれだけ国民の税金を投入すべきだろ に示した。ここで用いる専門職とは、 世界共通の うか。これらの疑問は、科学技術の開発に携わ る当事者のみならず、今や国民の疑問となって 表1 就業者に占める専門職人材 (2007年) いる。しかし、これら疑問に答えるには、先ず フランス ドイツ 英国 米国 日本 はこの科学技術活動の当事者である、研究者そ して技術者がどの様に科学と技術研究を行い、 その成果をどの様に社会に還元しようとしてい るのか、また、その行動とその背景にあるモティ ベーションは何なのか、これらを我々は、理解 割合(%) 26.9% 23.0% 19.1% 12.9% 7.8% 資料出所:中田・宮崎(2009) する必要がある。 この小稿では、本誌の読者に関係の深い日本 職種分類であり、科学技術人材を中心に、弁護 の技術者について、彼らの労働力としての特徴、 士や会計士等の専門職も含む、科学技術人材よ 仕事と職場の現状、そしてそれらへの思い、さ りは、少し広い概念である。しかし、これらは、 らには彼らの仕事がどの様に報われているかを、 上記5か国を対象とする、利用可能な数少ない 世界の技術者と比較する形でレポートしよう。 統計の1つである。この数値を見る限り、これ ら5か国の中では、日本の専門職比率は、最も 2.日本の技術者: 高いフランスの3分の1以下の低さである。こ 世界の技術者と比較すると の低さからは、日本は「ものづくり大国」のイ メージとは対極の「科学技術者小国」であるこ (1) 労働力としての特徴 とが確認される。しかし、国によってその産業 ①低い労働者に占める割合 構造は大きく異なる。当然、科学者や技術者を 日本の技術者について、先ずはマクロな視点 より多く雇用する産業が大きい国では、全就業 からその特徴を見てみよう。読者の方々にとっ 者に占める科学・技術人材割合も高まる。そこ - 2- 電機連合NAVI №52(2014年春号) で、表1の中では日本の次に「科学技術者小国」 をさらに高めるために、日米製造業の2大業種 である米国の状況と比べ、日本のさらなる「科 である、輸送用器具及び電機器具産業を比較し 学技術者小国」ぶりを、より詳細なデータを用 た。これでも、米国の24.9%、15.1%に対し、 いて確認してみよう。幸い日米間では、科学技 日本の比率はそれらのほぼ2分の1であること 術人材をより正確に定義した、比較可能な統計 が確認できる。やはり、日本では、世界屈指の が存在する。その統計が表2である。全産業平 科学技術人材小国と断定して良いようだ。 均でみると日本の科学技術人材比率は4.2%に ところで、なぜ日本の職場には、科学技術人 対し、米国は5.1%と、やはり日本が米国より低 材がこれほど少ないのだろう?1つの理由は、 い。とは言え、日米間格差は表1の結果より大 表2の数字に示されている。日本は米国と比べ、 きく縮まる。しかし、表1と比べさらに低い日 とりわけ研究者の数が少ない。製造業全体の数 本の科学技術人材比率は、日本において科学技 字でみれば、日本の技術者比率は米国の半分強 術人材がいかに少数者であるか、改めて確認す に対し、研究者比率は、米国の4分の1である。 るものである。 より詳細な産業分類で比べても同様である。つ 次に、産業別に比率を比べてみよう。個別産 まり、日本は基礎的な研究に専従する人材はほ 業においても、日米間に大きな比率の差が存在 ぼ皆無で、製品や生産設備の開発、あるいは製 することが歴然だ。先ず、大括りの産業分類で 造管理には、人数を絞って限定的に人材を投入 ある製造業でみると、米国の10.1%に対し、日 し、その結果、国際的にみれば、より少ない科 本はその約半分の5.4%である。このように、産 学技術人材で研究から開発までを進めているの 業別に対象を限定しても、日本における科学技 が日本の製造業の特徴と言えよう。 術人材比率の低さは確認できる。対象の類似性 表2 科学・技術人材の構成比率:日米比較 (2000年) 男女計 科学技術人材 (%) 科学技術人材 (人) 研究者 技術者 2,676,227 4.2% 0.2% 4.0% 6,492,790 5.1% 1.0% 4.1% 米国 657,603 5.4% 0.3% 5.1% 製造業 日本 1,805,927 10.1% 1.2% 8.9% 米国 日本 240,560 11.6% 0.2% 11.3% 電気機械器具製造業 603,968 24.9% 1.7% 23.2% 米国 日本 79,020 7.7% 0.2% 7.5% 輸送用機械器具製造業 353,264 15.1% 0.9% 14.1% 米国 注)産業・職種分類は日本のものを基準としている/R&Dは技術者と自然科学研究者の合計である。 資料出所:中田・宮崎(2011) 全産業 日本 ②同一企業に長く留まる日本の科学技術者 企業間を移動せず、同一企業での定着性が高い もう一つのマクロ的に見た日本の技術者の特 ことを意味する。表3に、Nohara(2014)から作 徴は、長勤続者の多さである。このことは、他 成した欧州4か国と比較した日本の技術者の勤 の条件が同じと仮定すると、日本の技術者が、 続年数分布を示した。先ず2年未満の短勤続技 電機連合NAVI №52(2014年春号) - 3- 術者割合は、比較5か国の中で、日本が最も低 ける技術者が、3人に1人以上いるのも日本で、 く1割にも満たず、2番目に低いフランスと比 10年以上19年未満層を加えた、10年以上同一企 べても、その2分の1である。過去2年以内に 業に勤める長勤続技術者は、日本では3人中2 転職した技術者は、10人に1人もいないのが日 人も存在する。他方、英国、デンマークでは、 本である。また、20年以上も同一企業に勤め続 20年以上勤続の技術者は、10%にも満たない。 表3 技術者の勤続年数分布比較 デンマーク 2年未満 49.1 2~9年 19.2 10~19年 23.4 20年 以 上 9.3 計 100 資料出所:Nohara(2014) 英国 33.5 43.6 20.6 2.3 100 ベルギー 25.5 16.9 37.6 20.0 100 (%) フランス 20.1 28.7 23.3 27.8 100 日本 9.9 27.4 28.5 35.2 100 このように、今日まで日本企業で働く技術者 に電機連合組合員技術者と昨年フィンランド技 は、1企業の中で技術者としてのプロフェッ 術者協会(TEK)員を対象に行ったアンケート ショナルキャリアの大半を過ごすのが一般的で 調査の結果を使い、両国技術者について比較統 あった。プロフェショナルは、その専門性ゆえ、 計を示しながら、彼らの思いの特徴を考えてみ 組織への帰属意識は弱く、その時その時に、能 よう。 力を最も発揮でき、且つ評価される職場に移動 先ずは、彼らの働き方を規定する、勤務形態 しながら、キャリアを構築し、組織よりもその から見てみよう。ただし、この表の結果を正し 専門家集団に帰属を感じると言われている。そ く解釈するには、両国の労働法制の差異を先ず のイメージとは対極のキャリアを、日本の技術 理解する必要がある。フィンランドでは、技術 者が今日まで歩んできたことを、表3は示して 者のような専門職ホワイトカラーについては、 いる。その点では、技術者の3人の内2人が勤 超過労働時間に対する法規制は存在しない。そ 続10年未満のデンマークや英国の技術者は、上 れ故、裁量労働と言う概念も存在しない。 記プロフェッショナル像に近いキャリアを実現 表4から見える日本の技術者の勤務形態の特 徴は、常昼勤務制度とフレックス制度の2つに、 している。 ほぼ折半されることである。他方、フィンラン (2) 仕事と職場の現状と思い ドにおいては、大半がフレックス制である。日 柔軟性の無い固い勤務時間、高負荷労働、低い 本の技術者は、ブルーカラー労働者と同一の勤 仕事満足、良い人間関係 務時間規制の対象であり、一つの企業の中で一 では、日本の技術者は、彼らの働き方、仕事 元的に時間管理され、結果として労働時間を柔 とその負荷、さらには職場に対してどのような 軟に調整できるフレックス制の普及率が低いこ 思いを持っているのだろう。ここでは、2008年 とが推察できる。 表4 フィンランド 日本 男 女 男女計 勤務形態:日本とフィンランド 常昼勤務 21.7 19.0 40.5 フレックス 73.9 71.1 42.3 裁量労働 N.A. N.A. 16.4 短時間勤務 1.7 6.5 0.2 資料出所:電機連合(2008),Kantora(2014) - 4- 電機連合NAVI №52(2014年春号) その他 2.7 3.5 0.4 そしてこの日本の科学技術人材に対する労働 質に対して納得できない技術者が、61.4%と如 時間管理の特徴は、強い時間制約の中で専門性 何に多いかを如実に示している。他方フィンラ の高い仕事を柔軟に遂行する、と言う困難な働 ンドでは、そのようなストレスを感じる技術者 き方を日本の科学技術者に課すことになる。表 は、女性で25.3%、男性では17.9%と少数者で 5は、そのジレンマの実態である。この表は、 ある。 日本において、日常的に時間に追われ、仕事の 表5 時間に追われ納得できる仕事が出来ない:日本とフィンランド 当てはまる フィンランド 日本 男 女 男女計 3.0 4.4 16.3 やや当てはま る あまり当ては まらない 当てはまらな い 14.9 20.9 45.1 61.3 61.1 33.3 20.8 13.6 4.6 資料出所:表4と同様。 資 では、そのような時間と仕事の葛藤から来る 可能性がある。先ず、 「今の仕事に満足している ストレスは、彼らの仕事満足感にどのような影 か」との問いへの肯定的な回答は、日本におい 響を与えているのであろうか。表6に、その回 ても過半は超えてはいるものの、フィンランド 答を示した。ただし、同一の質問が両国で問わ の75%と比べると、日本における技術者の満足 れたものの、回答の選択肢に微妙な差異がある 度の低さは明白である。そして、この結果は、 点に留意する必要がある。日本の技術者に用い フィンランドにおける「どちらでもない。」を選 られた質問票には、「どちらでもない。」の選択 択した層を「あまり当てはまらない。 」グループ 肢が無かった結果、 「やや当てはまる。」及び「あ に振り分けたとしても、変わらない。 まり当てはまらない。」 の選択率が上昇している 表6 仕事と職場の満足度 当てはまる A) 今の仕事に満足している フィンランド B) 仕事を一緒にする仲間に 日本 恵まれている A) 今の仕事に満足している B) 仕事を一緒にする仲間に 恵まれている 日本とフィンランド やや当てはまる あまり当てはま 当てはまらない どちらでもない らない 14.4 7.0 2.4 21.4 53.6 32.8 42.7 6.4 1.8 14.8 8.3 45.5 35.9 9.7 N.A. 28.4 53.7 14.8 2.7 N.A. 資料出所:表4と同様。 その一方で、日本の職場に対する満足度は、 (3) 低い日本の技術者の賃金 フィンランドと比べても遜色がない。日本人技 では、日本の技術者の労働条件、とりわけ給 術者の8割が、職場の人間関係に肯定的な意見 与の水準は、世界の技術者と比べ、どのあたり を持っている。人間関係を大切にする日本人の に位置づけられるのだろう。ここでは、比較対 イメージとも呼応する結果と取れそうではある 象を新興工業国も含め、その特徴を明らかにし が、フィンランドの技術者もほぼ同水準の高さ よう。そのため、比較可能なデータが2005年と で、職場の人間関係を肯定的に評価しているこ 若干古いものとなるが、結果的に2005年の時点 とから、技術者に共通の特性かもしれない。 で、日本の技術者の給与水準が、これら新興国 電機連合NAVI №52(2014年春号) - 5- の水準にすでにキャッチアップされていたこと 較すれば、日本のプログラマーの給与水準は、 を知ることができる。 米国、ドイツ、シンガポール、韓国の水準にも 先にも述べた通り、多くの国を対象に、特定 届いていない。 職種について、比較可能な給与データを収集す 以上2つの技術職の給与の国際的な低さに加 るのは容易な作業ではない。ここで用いる表7 え、追記すべき日本の技術者給与の特徴は、ブ についても、様々な制約があるデータであるこ ルーカラー職給与との格差の小ささである。表 とを断っておく。 7の右列に、各国における機械組立工給与に対 先ず、技術者の定義・対象であるが、日本以 する技師給与比率を示した。日本では、その比 外の6か国では、化学技師であり、日本の場合 率が1.18と、技師給与は、機械組立工給与を2 は、技術士である。購買力平価で評価した2005 割弱上回る程度である。 しかし、他国を見ると、 年の日本の技術者の給与は、米国の約半額、ド 技師給与は例外無く、機械組立工給与を大きく イツ・シンガポールより低く、韓国の給与をか 上回り、格差の最も小さい中国ですら、技師給 ろうじて5%上回る程度の水準である。また、 与は機械組立工より8割も高い。 ICT系の技術職であるプログラマーの給与で比 表7 4職種の賃金を用いた賃金水準の国際比較 月間給与購買力平価に基づく指数:日本のプログラマーを100とする (2005年) (化学)技師 化学分析員 機械組立工 プログラマー 技師/機械組 立工 120 230 171 129 114 71 18 119 126 145 96 102 35 11 102 90 86 39 61 16 10 100 189 119 107 117 36 16 1. 18 2. 56 1. 99 3. 31 1. 87 4. 44 1. 80 日本 アメリカ ドイツ シンガポール 韓国 タイ 中国 資料出所:中田(2014) これらの議論から日本の技術者の給与の特徴 次節ではその様な組織内外での環境変化が、技 は、その低さと断定できよう。日本の技術者の 術者の心にどのような変化を起こしているかを 給与水準は、国際的に見ても、国内のブルーカ 見てみよう。 ラー職種と比べても低い水準にある。 2章の冒頭において、日本の技術者のマクロ 的な視点から見た特徴として、労働力人口に占 3.日本の技術者:過去・現在・未来 める割合の低さを、国際的な比較データを用い て示した。この比率が、今着実に上昇している。 (1) 変化する職場環境 図1に製造業および製造業を代表する2業種で 科学技術人材ニーズの高まり ある電気機器製造業と自動車製造業における科 上記のような特徴を持つ日本の技術者ではあ 学技術人材比率(研究者+技術者比率)の経年変 るが、今彼らを取り巻く環境は大きく変化して 化を示した。科学技術人材比率が、製造業のみ いる。以下この節では、その変化をマクロ状況 ならず、電機・自動車の2業種においても着実 での変化、ミクロ環境における変化の順で見、 に上昇していることが比率の上昇トレンドから - 6- 電機連合NAVI №52(2014年春号) わかる。この傾向から今後は、これら製造業に れることが、推察できる。 おいて、科学技術人材が、今まで以上に求めら 製造業での科技系人材比率の推移 :1985-2005年 図1 図1 製造業での科技系人材比率の推移 :1985-2005 年 14% 12% 10% 8% 6% 4% 2% 0% 1985 1990 1995 2000 製造業 電機 2005 2010 自動車系 資料出所:総務省統計局『国勢調査』各年 の割合が、年齢が上がると共に急速に低下し、 技術者労働市場の流動化 また、前章では日本の技術者の第二の特徴と 40歳代で最も低くなり、その低い比率が50代ま して雇用の安定性を取り上げた。この特徴が今、 で持続されるパターンを示している。しかし、 変わり始めている。図2は、技術者が各年齢層 1997年の比率と比べると、2007年の比率は、明 においてどの程度転職を行っているか、その割 らかに上方移動している。また、この上方移動 合を示す図である。具体的には、1997年と2007 は、すべての年齢層で起こっている。このこと 年のデータを用いて、それぞれの年において、 から、1997年から2007年の10年間で、技術者の 過去1年に転入職した技術者の割合を、年齢別 転入職が、すべての年齢層で活発化しているこ にプロットした。1997年の比率が点線、2007年 とがわかる。つまり、この10年間で技術者の労 の比率は実線である。どちらの年も、転入職者 働市場が流動化したのである。 図2 年齢別に見た技術者における1年未満の転入職者比率:1997年vs 年齢別に見た技術者における1年未満の転入職者比率:1997年vs 2007年 図2 2007年 0.16 技術者(2007年) 0.14 技術者(1997年) 0.12 0.1 0.08 0.06 0.04 0.02 0 25-29歳 30-34歳 35-39歳 40-44歳 45-49歳 50-54歳 55-59歳 資料出所:前出、中田・宮崎(2011) 電機連合NAVI №52(2014年春号) - 7- まりも、技術者の外部労働市場の発達を後押し 技術者に対する人材マネジメントの変化 上に述べたマクロの変化である流動化は、個 する要因である。そして、これらの企業の採用 別企業内で実践されている、技術者に対する人 方針の変化は、賃金・評価制度の変更によって、 材マネジメントの変化と呼応するものである。 その実効性が担保されている。1つには、年功 表8に、2008年に、過去5年間の技術者に対す 賃金を生み出す定期昇給制度の解体の流れであ る人材マネジメントの変化について尋ねた結果 る。表からは、3分の1強の企業が、定期昇給 を示した。日本企業が、中途採用を近年強めて 制度を弱体化させ始めていることが確認できる。 いることは、この表から明白である。中途採用 年功賃金制度の弱体化は、個人の成果・業績評 を強めた企業の割合は、 「強まった」 「やや強まっ 価の強まりにより、さらに加速される。実際、 た」を合計すると、82.5%と極めて高い。さら 表8は、約半数の企業が、基本給における個人 に表からうかがえる外部人材の活用の近年の高 成果と業績評価を強めていることを示している。 表8 過去5年間の人材マネジメントの変化 強まった やや強まっ た ほとんど変わ らない やや弱まっ た 弱まった 無回答 中途採用 31.7 50.8 15.9 ・・・ ・・・ 1.6 外部人材の活用 9.5 47.6 41.3 ・・・ ・・・ 1.6 定期昇給 3.2 4.8 44.4 20.6 15.9 11.1 個人の成果・業績評価 19.0 25.4 44.4 4.8 1.6 4.8 資料出所:電機連合『調査時報』No.374,2008年 である。そしてこの業務量負荷の増大は、仕事 (2) 変わる職場と仕事への思い 前節で述べた成果主義的な人材マネジメント へのシフトは、企業マネジメントの効率化と競 の質の低下を招き、過半の技術者は、納得でき る仕事が出来ないと感じている。 争力強化の流れの中で起こった。それ故、この 第二の負の効果は、仕事の質を担保する技術 ような変化は、一人一人の技術者の日々の働き と知識の習得に現れている。表9は、7割以上 方にも、彼らの職場のあり方にも大きなインパ の技術者が、業務に追われ十分な指導を受けら クトを与え、変化を起こしている。表9は、そ れないと感じていることを示す。この不満は、 の変化を示す。 今の仕事の質のみならず、負の教育投資となっ 先ず仕事の変化としては、業務量負荷の増大 表9 仕事への思い、組織への思い 当てはまる 過重な業 務量 余裕の無 い組織 A) 時間に追われ納得で きる仕事が出来ない B) 業務に追われ十分な 指導を受けれない A) 職場に人を育成する 雰囲気が無くなった B) 会社は技術者間の交 流や情報共有に積極的 て未来の仕事の質にもマイナスの影響を与える やや当てはま あまり当ては 当てはまらな る まらない い 16.3 45.1 33.3 4.6 0.8 21.2 51.8 22.0 4.2 0.8 22.1 39.1 31.1 7.1 0.6 5.4 32.7 48.0 13.2 0.7 資料出所:表4と同様。 - 8- 無回答 電機連合NAVI №52(2014年春号) その高い社会的評価と企業による処遇は、それ ことだろう。 このような個々の技術者が経験している仕事 に見合う技術と知識の質の維持と向上に対する、 の変化は、職場の変化とも連動する。職場には 技術者のたゆまぬ努力とそれを支える社会シス 若手技術者を育成する雰囲気が消えつつある。 テムによって、担保され、維持されていた。 2008年の時点でも、既に6割を超える職場で、 今、ひるがえって日本の現状は、このような そのような雰囲気が消えたと認識されている。 世界とは対極ともいえる状況にある。日本にお 職場の変化は、育成の問題だけではない。6 ける低い社会的評価と処遇は、今に始まったも 割強の職場で、職場を活性化し、そのイノベー のではない。しかし、技術者の今と未来の仕事 ション力にプラス効果を持つ人的・知的交流に の質を担保してきた日本の職場の教育機能は、 ついても消極的になっている。職場が内向き志 機能障害を起こし、今、生まれ始めている新た 向を強めているのである。 な産業の足かせとなりつつある。 少子高齢化の進展の中で、地球にやさしい社 (3) 明日のあるべき姿に向けて ここ数年機会があり、各国の技術者の現状と 会へ移行するためにも、更なるイノベーション 課題、さらにはそれらの課題に対する政策的対 力が求められる今、日々加速する社会と経済の 応について学んだ。それらの中で、最も印象深 グローバル化の中で、日本が豊かな国であり続 く私の記憶に残ったことは、新興工業国か先進 けるためにも、今までにも増して日本は、科学 諸国かにかかわらず、技術者が、広く社会の中 技術者の力を必要としている。この高まるニー でも、また職場においても、評価され、大切に ズを追い風に、彼らの能力と仕事にふさわしい されている事実である。そしてその評価は、一 社会の評価と処遇の実現が、今強く求められて 義的には他の職種と比べたより良い労働条件と いる。 高い処遇によって実態化されている。同時に、 <引用文献> 総務省統計局、『国勢調査』各年 電機連合、『調査時報』No.374,2008年 中田喜文・宮崎悟,「日本の技術者‐その働きぶりと処遇」中田喜文・電機総研編集『高付加価値エン ジニアが育つ‐技術者の能力開発とキャリア形成』日本評論社、2009 年、pp.21-42. 中田喜文・宮崎悟、「日本の技術者‐技術者を取り巻く環境にどの様な変化が起こり、その中で彼らは どの様に変わったのか」 『日本労働研究雑誌』No.606, 2011 年 1 月号,pp.30-41. 中田喜文、「変化する世界の賃金を考察する」『JCM』,No.307,2014 年春号、pp.5-10. Kantola, Ismo, “How are the Finnish Engineers satisfied with their jobs?”, The 3rd Workshop on the Comparative Research of Engineers, Kyoto, Feb. 28th ,2014. Nohara, Hiroatsu, ”Wage career as incentive mechanism and innovation spaces: International Comparative analysis”, The 3rd Workshop on the Comparative Research of Engineers, Kyoto, Feb. 28th ,2014. 電機連合NAVI №52(2014年春号) - 9- フランスの技術者 -エンジニアと中堅技術者- 早稲田大学名誉教授、フランス国立科学研究センター客員研究員 1.優秀なトップの技術者(エンジニア) と薄い中間技術者 鈴木 宏昌 うな改革の試みは、実際には多くの抵抗と障害 に遭遇する。 まず、教育制度の改革は、政治家、教育専門 フランスは現在でも技術大国であり、航空機 家、影響力の強い教員組合などが絡み、なかな 産業、原子力産業、環境産業、薬品、あるいは か進まない。また、職業教育を教育の中に取り 金融・保険業において強い競争力があり、世界 込むことも試みられたが、どうしても職業コー 的なグローバル企業を数多く持っている。これ スを成績の悪い生徒の集団と見る社会的意識を に対し、大衆消費財あるいは機械などの資本財 変えることが難しかった。企業側は、現場から の分野は、自動車と食品産業を除くと、活力を かけ離れた職業教育に不信感を持ち、新設の職 欠き、隣国ドイツに大きく遅れをとっている。 業教育の資格を低く評価する傾向が続いた。半 EU統合が始まる1960年代から、フランスの 世紀を経た今日、教育制度は大きく変わった。 リーダーたちは、絶えずドイツとの競争を意識 その昔、一握りの人にしか与えられなかったバ し、多くの議論がなされてきた。 カロレア(中等教育終了資格)は、現在では18 人的資源の分野では、中堅技術者と技能労働 -19歳の世代の7割の生徒が取得するまでに 者の質がドイツに大きく遅れをとっていると指 なっている。技術教育に関しても、この間、職 摘されていた。すなわち、ドイツが伝統的な職 業バカロレアの新設、短期専門大学コースの普 業訓練制度(デュアル・システム)により、現 及など、大きな改革がなされた。とは言え、グ 場の中核になる中堅技術者を産学協同で育成す ローバル競争下の技術者の育成という観点から るのに対し、フランスは教育と経済界との距離 から見ると、まだまだ満足な成果をあげている が大きく、教育関係者には、企業が要求する人 とは言い難い。この稿では、複雑なフランスの 材を育成するという意識が欠けていた。しかし、 教育制度の中で、エンジニアの育成コース、中 トップの技術者の育成に関しては、フランス革 堅技術者の育成コースを紹介し、残された紙幅 命以来の伝統を持つグランゼコール(専門大学) の中で、フランス企業の競争力問題に触れたい。 というエンジニア育成制度が機能し、優秀なエ ンジニア層が形成されていた。その一方、生産 2.フランスのエンジニア 現場を担当する中間技術者となると、いわゆる たたき上げの熟練労働者に任されていたので、 フランスは伝統的に学歴社会である。主に学 いかにして中堅技術者を養成するかはフランス 歴により職業が決まり、その人の社会階層の位 の大きな政策課題であった。ところが、このよ 置づけがなされる。フランス企業は、 慣習的に、 -10- 電機連合NAVI №52(2014年春号) 産業別労働協約に盛られている職業階層の序列 としていたのに対し、多くの専門大学は防衛省、 を採用している;まず、カードルと呼ばれる管 工業省、建設省、郵政省などの管轄で、もとも 理・専門職層があり、その後、現場の技術者(一 と各省の幹部技術者の養成を目指していた。そ 般的にテクニシアンと呼ばれる)、 そして現場の のため、選考システムもカリキュラムなども普 職長、熟練労働者(いくつものレベルあり)、そ 通大学とはまったく異なり、厳しい選抜により して非熟練労働者と区分される。この序列に応 優秀な技術者を育成してきた。一方、普通大学 じて、賃金やキャリア・ルートが決まる。企業 は、入学時に選抜をせず、バカロレア取得者は の採用も原則的に職業階層ごとに行われる。企 自動的に入学できる原則を保持している(教育 業内の内部昇進制度もあるが、その範囲は限ら を権利と見る伝統)。普通大学は、1960年代後半 れている。 から猛烈にその数を増やし、現在では、全国に カードル層とは、学歴の高い専門職、管理職 70大学が存在する(その昔、ソルボンヌ大学と に適用する分類で、労働時間管理で縛られる労 して1つだったパリ大学は、今日では13の大学 働者とは別に、自己の裁量で仕事ができる人を に分割されている)。学生数は、普通大学(専門 意味する(もともとは、戦後、独自の老齢年金 短期大学を含む)が約140万人に対し、エンジニ 基金を設立したことによりカードルが成立し ア養成の専門大学は学生数が約9万人で、その た)。フランスの特徴は、トップのカードル層と 卒業生は3万人弱でしかない(2011-12年)。つ その他職層で大きな格差があることにある。一 まり、グランゼコールは少数精鋭主義なのに対 般的に、現場の職長やテクニシアンの賃金は非 し、普通大学は、高等教育大衆化の受け皿になっ 熟練労働者の賃金(最低賃金に張り付く)の1.5 ている。なお、専門大学は、もともと技術系の 倍程度だが、カードルの賃金は2倍以上から始 専門校が大半であったが、近年に、ビジネス系 まり高給の経営トップ層までと広がりが大きい の大学(HEC,ESSEC)やパリ政治学院なども (2010年における月平均賃金は、生産労働者 グランゼコールの仲間入りをした。 1,508ユーロ、中間職層(テクニシアンが含まれ さて、技術系の専門大学は、現在では、約200 る)2,144ユーロ、カードル3,963ユーロ)。エン 校が公認され、中にはいくつかの大学の理工学 ジニアは当然カードル層の中核を形成する。フ コースも入っている。しかし、なんと言っても ランスのエンジニアは、わが国とは異なり、か 社会的な名声が高いのは伝統校で、中には、ポ なり厳密な職業資格である。医師や弁護士のよ リテクニック、土木技術専門学校、パリ鉱山技 うに国家資格で縛られるものではないが、第二 術専門学校などで、いずれも、フランス革命期 次大戦以前から、エンジニア資格認定の全国協 から続いている。これらの有名校は、その厳し 会があり、この協会に認定された専門大学のみ い入試試験でも知られている。一般的に、難し がエンジニアの資格を与えることができる。 いとされる数理系のバカロレアを取得した優秀 専門大学は、普通大学とはまったく異なる教 な学生が、高等数学を2、3年間準備コースで 育制度で、そのため、フランスの高等教育は二 学んだ後に、専門大学の入試を受ける。専門大 重構造になっていると言われている。普通大学 学の入学の定員は少なく抑えられている(たと (すべて国立大学)は教育省の管轄にあり、伝 えば、ポリテクニックの入学定員は510名)ので、 統的に、研究者の育成、知識の向上を主な目標 競争は激烈となる。名門校を卒業したエリー 電機連合NAVI №52(2014年春号) -11- ト・エンジニアは最初から幹部候補として特別 ることを意味する。 扱いとなる。彼らは、エリート意識も強く、横 や縦のつながりも強いため、大企業のトップに なる確立も当然高くなる(ちなみに、日産・ル 3.中間技術者の育成をめぐる教育制度 改革 ノーの会長カルロス・ゴーンや元大統領のジス カール・デスタンはポリテクニック出身)。 1960年代以降、政治課題であった中間技術者 フランスのエンジニアを束ねる全国組織フラ (テクニシアン)の養成は、一筋縄ではいかな ンスエンジニアおよび科学者協会(Ingénieurs かった。公的な職業教育が発達していなかった et scientifiques de France)の最新の白書でみ 当時のフランスでは、技術者の育成は企業に任 ると、2012年にフランスで78万人ほどのエンジ されていた。伝統的な職種では、中卒で企業に ニアが登録されていている(65歳以下のみ)。こ 入り、見習い期間を経て、熟練工、そしてテク のうち90%は民間の企業で勤め、62%は2,000 ニシアンと昇進していった。大企業の中には、 人以上の大企業で働いている。また、大企業の 企業内学校で教育・訓練し、中間技術者に育成 グローバル展開を反映し、相当数(15.5%)は するケースも多かった。そのため、専門大学を 外国で勤めている。なお、女性のエンジニアの 卒業したエンジニアとは、学力、能力、職務に 比率は18%であった。エンジニアが行っている おいて、大きな違いがあり、処遇の面でもカー 仕事としては、研究・設計についてる人が一番 ドルのエンジニアとテクニシアン・熟練工には 多く、その後、生産管理、情報関連、営業・マー 断層があった。 ケティングとなっていた。また、国内に製造業 高度成長期の終わりごろになると、新しい産 が大きく減少していることもあり、今日では、 業、職種が増え、昔ながらの見習い方式では、 製造業とサービスの比率はほぼ等しくなってい 国際競争を乗り切ることは難しかった。そこで、 る。 教育制度の中に職業教育を組み込むことが試み なお、この協会の調査には出てこないが、専 られる。 門大学卒業の資格はないが、エンジニア相当の まず、中堅技術者養成のために、上級技術者 仕事をしている人も一定数いる。中堅技術者か 資格(BTS 1959年)が創設される。初期には、 ら長い現場の経験を経て、エンジニア職に昇進 多くの問題を抱えたBTSも、1970年代になると、 するいわゆるたたき上げのルートである。フラ 情報技術者などに人気が集まり、次第に定着し ンスで長年活躍している研究者野原博淳氏の論 ていった。今日、BTSは一定の職業に関する技 文では、1987年に技術者層(エンジニアとcadre 能資格で、100以上の専門技能資格に分かれてい technique)で、バカロレアあるいはそれ以下 る。食品産業の品質管理、情報処理あるいは美 の学歴しか持たないものが約3割いた1。この 容関係と幅広い。 ことは、大企業、中小企業を問わず、中堅技術 1966年には、短期技術コース(DUT)が開始 者に内部昇進のルートを用意することは、技術 される。これは、普通大学の一部に置かれた2 者全体に良い刺激を与えると企業がみなしてい 年間の技術習得コースだが、現在では、DUT取 1.野原博淳「フランス技術者範疇の社会的創造」日本労働研究雑誌、1992年、9月号。PP24-36. -12- 電機連合NAVI №52(2014年春号) 得後、大学の3年に編入する学生が多い。 もっともハンディキャップとしたのは税制だっ このほか、1985年には、職業バカロレアが作 た)2。また、R&Dの統計を見ると、フランス られ、パン製造、内装、自動車修理など職業訓 国内のR&D支出およびそれに従事している研 練しながらのバカロレアも認められることにな 究者の約3割は外国系企業となっている。つま る。これは同年に、社会党内閣が、世代の80% り、フランスの研究者・技術者の質は世界的に にバカロレアを与えるという政治目標を立てた 見て高いという評価の表れでもある。そのかな ことが契機になった。 りの部分をグランゼコール出身者が占めている さらに、1995年頃から研修制度が高等教育修 のはまず間違いない。また、普通大学も、最近 了者あるいはBTS取得者の間に活発になる。研 は、雇用に直結する技術系の学士、修士、博士 修は、国、地域の監督の下、企業と研修生は契 課程コースを数多く持つようになっている。他 約を交わし、実地訓練を行う。企業は、国ある 方で、グランゼコールの卒業生の一部は、普通 いは地域から財政援助を受けることができる。 大学に進み、博士コースへ進学したり、ビジネ 契約期間は、長期のものでは2年を超えるもの スコースを選択するものも増えている。大企業 も認められる。企業側は実地訓練をしながら、 に就職したエンジニアのキャリアとしては、専 研修生の能力・人柄を評価でき、適当な人材を 門職を踏み台にして企業経営の中枢に昇進する 採用できるメリットがある。学生側から見ると、 道と専門職へ特化する道がある。 就職が非常に困難な時代に、研修をした後、就 日本との比較で面白いことは、カードル層の 職の可能性が大きくなるメリットがある。2011 有給休暇が、 労働者(約5週間)よりも相当長く、 -2012年には、この研修生の数は全体で42万人 平均6週間に及ぶことがある。カードルの労働 に上る。このうち、上級の資格を目指すもの 時間は、年間約1,600時間と定められている(労 (BTSや学士既取得者など)が近年大きく増え 働協約あるいは法律)ので、1日7時間を超え ている(低学歴者の見習い契約数はほとんど変 る部分(実際のカードルの1日の労働時間は長 わらない)。こうして見ると、中間技術者の教育 い)は、労働時間短縮分の休暇(RTT)として は、長い年月を経てようやく整備されてきたと 取る。それに、長期勤続による有給休暇の上乗 言える。 せ(2-3日)をする企業も多い。 さらに、わが国の技術者と違うのは、フラン 4.フランスの製造業の衰退と技術者の 働き方 スのエンジニアがめったに現場のテクニシアン とチームワークを組まないことだろう。日本企 業では、商品開発などで、開発担当者と現場の 一般的に、フランスのエンジニアに対する評 労働者とのすり合わせが頻繁に行われるが、フ 価は高い。2008年にフランス統計局が行った大 ランスの企業では、専門ごとに職務が決まって 規模なアンケートによると、フランス経営者が いるので、研究所で仕事する開発・設計の担当 フランスの強みと見ているもののトップがイン 者と現場の技術者とがチームを組むことは少な フラ整備と管理職層の質であった(その一方、 い。そもそも、グランゼコール出身のエンジニ 2.INSEE, INSEE Premières, Mondialisation et compétitivité des entreprises françaises. No.1186, mai 2008. 電機連合NAVI №52(2014年春号) -13- アや研究者は現場を経験していないので、実際 が減っていることにある。多分、中堅技術者の の試作などは現場を取り仕切る中堅技術者に託 層の薄さ故に、フランスの中小企業の多くは、 されることが多い。 価格競争の影響を受けにくい高品質あるいは ところで、昔から問題であった中堅技術者と ニッチ製品への特化が遅れ、グローバル競争を エンジニアの流動性は解決してはいない。企業 生き残れなかったのだろう。その一方、フラン がよりフラットで、流動性の高い人事管理をし スの巨大企業の多くは、 海外に活動拠点を移し、 ようとしても、産業別協約の職務序列という厄 グローバル競争に勝とうとしている。わずかに、 介な問題がある。代表的な大産業である金属、 フランスに根を張り、フランス国内に投資を集 化学、銀行、保険などでは、カードル層と一般 中的に行っているのは、エアバスなどの航空機 労働者(中堅技術者を含む)は別協定であるこ 産業でしかない。自動車のRenault社ですら、 とが普通なので、同一のキャリア・プランや処 ルーマニア、ロシア、ブラジルなど新興国に生 遇を行いにくい。もちろん、個別に中堅技術者 産拠点を移し、国内市場の不振をカバーしてい をカードル層に昇進させるのは企業の自由だが、 る。 そうなると賃金その他の処遇面でカードルの扱 さて、最後にフランスの経験から学ぶことは いとなる。ここでの大きな障害は、賃金面でテ 何だろうか?個人的な見解ながら、少なくとも クニシアンとカードルとのオーバーラップが少 次の2点があると思っている。 ないことだろう。名門専門大学出身のエンジニ 第一に、フランスのグランゼコールは、エリー アを採用するには、それ相当の処遇を用意しな ト主義という批判を浴びつつも、高いレベルの ければならない。これに対し、中堅技術者に関 基礎数理教育と実践的な専門教育で、質の高い しては、短期大学などがその供給源となり、一 エンジニアを送り出してきた。わが国の「理系 定の改善がなされている。 離れ」の議論は、どうも量的な側面が強調され、 しかし、中堅技術者の育成改革は、フランス より本質的な理系教育の質を問題視することが の製造業の復活には少し遅かったかもしれない。 少ない。わが国の技術教育(大学教育+企業内 フランスは、ここ20年の間に、多くの製造業が 教育)のレベルをどう高めるかは大変に重要な 衰退した。鉄鋼、機械、電気、情報機器などの 問題のように思われる。 分野で、フランス企業の影は薄くなった。わず 第二に、フランスは、中堅技術者育成のため かに、自動車、食品産業が頑張っているくらい に、短期専門大学、職業バカロレア、長期研修 でしかない。フランスの株式市場の代表的な40 プログラムなどを制度化し、職業教育を教育内 銘柄(CAC40)のなかに、製造業から入ってい 部に取り込んできた。わが国では、相変わらず るのは13社だが、そのうち主に一般向けの製品 公的職業教育は不在なので、技能養成の大きな を作る企業は、自動車-1社(Renault)3、タイ 部分は、企業内のOJTに頼っている。だが、そ ヤ(Michelin)、食品(Danon)あたりにとどまっ れでは、グローバル競争に乗り遅れるのではな ている。 いだろうか。日本でも、教育と技能養成のあり フランス国内の製造業が大きく衰退する中で、 とくに問題なのは、競争力のある中小企業の数 方を抜本的に見直す必要が迫っているのではな いだろうか?心配である。 3.プジョー・シトロエン社は、最近の業績不振のため、2012年からCAC40のリストから外れた。 -14- 電機連合NAVI №52(2014年春号) 主要国の研究開発戦略と日本の課題 ~激化する競争環境を乗り越えるために~ 独立行政法人科学技術振興機構 1.日本の研究開発戦略 研究開発戦略センター 岡山 純子 2.諸外国の現状・特徴 内閣総理大臣が議長を務める総合科学技術会 主要国(日・米・独・韓・中)の科学技術政 議(CSTP)は、2001年に「重要政策に関する 策動向をまとめたのが表1である。米国・イノ 会議」の一つとして内閣府に設置された、日本 ベーション戦略、ドイツ・ハイテク戦略、韓国・ の科学技術政策に係る司令塔の役割を果たす組 第3次科学技術基本計画、中国・国家中長期科 織である。日本の科学技術政策の基本方針を示 学技術発展計画等の主要政策文書において日本 した科学技術基本計画(5年おきに策定される) と同様、従来実施してきた科学技術振興策とし はCSTPのもとで審議され、国会にて承認され て基礎研究に投資することに加え、その成果を る。 イノベーションへと繋げることを目的とした政 従前の科学技術基本計画では、IT、ナノテク、 策が打ち出されている。 ライフサイエンス、環境等の重点分野のもと、 一方、諸外国の研究開発投資等の動向に目を 技術主導型での研究開発戦略が記されてきた。 向けると、米国が一貫してトップを走っている そして、現在実施されている第4期科学技術基 ものの、中国が急激に台頭している様子がうか 本計画(2011-2015年)は、 グリーンイノベーショ がえる。研究開発投資(購買力平価換算値)は、 ン、ライフイノベーション、震災復興の3点を 図1に示す通り米国に次いで2位(注:IMF 柱に掲げ、イノベーションの出口を見据えた レートでは中国は米・日に次ぐ世界3位)にな ニーズ主導型の研究開発戦略へと転換した。 り、研究開発人材数は世界トップの米国とほぼ さらには、研究開発戦略の推進機能を強化す 互角となりつつある。また、中国の論文数は米 るため、昨年閣議決定した科学技術イノベー 国に次いで多く、特許出願・登録件数(WIPO) ション総合戦略等においては、科学技術政策の も日・米に次いで3位、ハイテク貿易輸出は米 司令塔機能強化が必要との方針が示された。こ 国を上回りトップとなるなどの成果もあげてい れに基づき、2014年度より新たな試みとして実 る。 施されるのが、革新的研究開発推進プログラム (ImPACT、後掲資料参照)に代表されるCSTP 直接の指揮命令系統のもとで実施されるファン ディングプログラムである。その最大の目的は、 ハイリスク・ハイインパクトな挑戦的研究開発 を府省・分野の枠を超えて推進することにある。 電機連合NAVI №52(2014年春号) -15- 表1:主要国の科学技術政策動向 基本政策の体系 重要政策文書 日本 米国 ドイツ 韓国 中国 総合科学技術会議 科学技術戦略の基 連邦教育研究省 国家科学技術審議 国務院発表の総合 (議長:内閣総理大 本的な方向性と順 (BMBF)が中心と 会(国務総理室直 的な中長期計画の 臣)が中心となり、 位付けは大統領府 なり、外部機関から 属)及び未来創造科 もと、5年おきに全 科学技術基本計画 が行うが、総合的な の助言・強力を得て 学省が中心となり 人代で発表される を策定 計画は持たず、省庁 各種戦略を策定 科学技術基本計画 5カ年計画等を策 や科学技術関連機 を策定・予算配分・ 定 関毎に戦略を策定 評価を実施 ●第4期科学技術 ●米国競争力法 ●ハイテク戦略 ●第3次科学技術 ●国家中長期科学 基本計画(2011年) (2007年、2010年延 2020(2010年) 基本計画 技 術 発 展 計 画 ●科学技術イノ 長) (2013-2017年) (2006-2020年) ベーション総合戦 ●米国イノベー ● 第 12 次 五 ヵ 年 計 略(2013年) シ ョ ン 戦 略 (2009 画(2011-2015年) 年、2011年改訂) ●2015年予算教書 総研究開発投資 2012年:3.34% 2012年:2.79% 2012年:2.92% 2012年:4.36% 2012年:1.98% ●第4期科学技術 ● 2015 年 予 算 教 書 ●ハイテク戦略の ●科学技術とICTと ●「第12次5ヵ年計 基本計画では、ライ において、基礎研 一環として、ドイツ の融合により新た 画」に定められた フ、環境及び震災復 究・先進製造・ク 元来の強みである な価値を創出する 「戦略的新興産業」 興に重点を置く。ま リ ー ン エ ネ ル 製造業の強化策、 「創造経済」の推進 において、研究開発 た、科学技術政策の ギー・理数教育の重 Industry 4.0を実施 ●事業アイデアを 成果の産業化を強 司令塔機能強化策 視 創業~中堅企業へ 力に推進 の対GDP比 最新の政策動向 として、CSTP主導 の成長へとシーム の新プログラム レスにつながる ImPACT及びSIPを 「 ト ー タ ル ソ 2014年度より実施 リューション型政 策」の実施 主要国の研究開発戦略(2014年)をもとに作成 中国の科学技術政策をみると、科学技術は第 図1:主要国における総研究開発投資額の推移 一の生産力、 科教興国(科学と教育で国を興す)、 5000 さらには科学的発展観といったスローガンのも 4500 と、軍事、経済、そして中国が抱える社会的課 ション政策が展開されている。その長期的方針 を示した国家中長期科学技術発展計画 (2006-2020年)をみると、今世紀半ばに中国が 「世界における科学技術強国」となることをめ ざし、2020年までに基礎研究から先端分野にお ける応用技術開発に至るまでの重要領域におい て世界で一定の存在感を示すとともに、 「科学技 術国際協力プロジェクトを通じて諸外国の技術 4000 億ドル(購買力平価換算) 題解決をも視野に入れた科学技術・イノベー 3500 3000 日本 2500 米国 ドイツ 2000 韓国 1500 中国 1000 500 0 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 出典:JST研究開発戦略センター を消化・吸収し、中国企業へと技術移転するこ -16- 電機連合NAVI №52(2014年春号) (年) 出典:OECD とで、企業のイノベーション能力を強化する」 とで米国製造業の競争優位性を再構築すること ことを目指していることがわかる。また、国全 を目指している。2012年にそのパイロットプロ 体の方針を示した第12次五カ年計画(2011-2015 ジェクトとして、オハイオ州に金属3Dプリン 年)では、国家中長期科学技術発展計画の方針 ティング技術の拠点「全米積層造形イノベー を踏襲しつつ、新たに「戦略的新興産業」に指 ション研究所(NAMII)」が設けられ、試作品 定された7分野(省エネ・環境保護、次世代情 のテストベット等、各種施設設備の建設が進め 報技術、バイオ、先端設備製造、新エネルギー、 られている。今後、ノースカロライナ州に次世 新素材、電気自動車)において、重点的に研究 代パワーエレクトロニクスに焦点を当てた研究 開発成果の産業化を加速する方針を掲げた。一 所の設立を予定するなど、45の技術領域を対象 連の政策の根底には、技術革新をはじめとする にネットワーク型の拠点を全米に整備する計画 様々な変化が起きる中、新技術については皆が である。 同じスタートラインに立ち得る、そしてその時 こそ中国がリーダーシップを取るチャンスがあ る、との考えがある様に見受けられる。 欧州に目を転じると、従来中国市場を重視し、 積極的に協力してきたドイツも、米国と同様、 製造業の空洞化に対する危機感を高めている。 このような、中国の台頭をはじめとする様々 このような中、ドイツの最上位の科学技術政策 な環境変化への対応策として、各国においては であるハイテク戦略の一環として、2010年に次 製造業回帰等、自国の産業基盤の強化・復興に 世代製造業への構造転換を目指しIndustry 4.0 向けた動きがみられる。 が 策 定 さ れ た 。 Industry 4.0 と は 、 CPS 米国においては、従来得意としてきた先進製 (Cyber-Physical Systems)やモノのインター 造分野においても、貿易収支が悪化しているこ ネット等により得られる消費者情報と工場等の とが問題視されている。この原因として、サプ 生産現場とが繋がった情報ネットワークを活用 ライチェーンの中で低付加価値な製造プロセス し、生産から消費までを包括的に捉え製造業の のアウトソースを進めた結果、高付加価値なデ 効率化を目指す政府研究開発プログラムである。 ザインやサービス等の領域の強みまでもが新興 自国の強みである製造業を、自ら変革すること 国に吸い取られていることが挙げられている。 でより強くするこの試みは、産業界がリーダー そこで、シェールガスの実用化による低コスト シップを発揮しながら産官学が一体となって提 エネルギー源確保を追い風に、製造業回帰が叫 案・実施されている。 ばれているようになった。元来、米国の強みは、 ボトムアップで様々なアイデアが出てくる点に 中国の隣国である韓国は、中国の追撃を大い あるが、このような状況を鑑み、大統領のリー なる脅威に感じている。中国との技術格差をモ ダーシップの下、 「製造業イノベーションネット ニタリングしている韓国政府シンクタンクの発 ワーク(NNMI)」プログラムの実施により製造 表によると、その平均技術格差は年々縮まり、 業の復興をはかる試みがなされている。同プロ 2010年に2.5年であったのが、2012年には1.9年 グラムでは、製造業のルールを変え得る技術を と評価されている。このような中、2013年に発 産業に取り込み、広く米国企業に拡散させるこ 足した朴槿恵政権下では、あらゆる科学技術を 電機連合NAVI №52(2014年春号) -17- 自国産業の強みであるIT産業と融合させ、新た 容させるポテンシャルを持っている。しかし、 なイノベーションを生み出す「創造経済」を国 どのような技術革新が、どのようなパラダイム 家戦略として掲げた。韓国では日本と同様、科 シフトを促すかは極めて予測困難であるが故に、 学技術基本計画が5年おきに策定されているが、 これは我々にとってチャンスにも脅威にもなり 朴槿恵政権下で策定された第3次科学技術基本 得る。我が国の研究開発戦略にとって最も重要 計画(2013-2017年)は、事業アイデア→創業→ なのは、いかに新しい技術の持つ意味を機能面 中小企業→中堅企業へと育て上げる支援を企業 で理解し、自らのチャンスを導く形で周囲を巻 ステージに即して提供する「トータルソリュー き込みながらインプリメントできるかという点 ション型政策」を導入することで、多様な中堅 にある。 企業を生み出すことを狙っている。また、驚く とりわけ、我が国にとっての課題は、 べきことに、これら政策をシームレスにつなげ ①Game Changingなアイデアを提案できる るため、科学技術・ICT・中小企業・知財や研 か? 究開発予算編成などの行政府の機能を「未来創 ②良いアイデアを取り上げ、迅速にイノベー 造科学省」として一元化することで省庁間の壁 ションにつなげる組織・体制があるか? を廃した。一方、創造的なアイデアの源として ③上記取り組みをトータルコーディネートす は、アカデミアと一般国民、双方に期待が寄せ るのに的確な人材を、年功出自にかかわら られている。アカデミアにおいては、基礎研究 ず登用できる仕組みがあるか? への投資拡充、研究者が創造性を発揮できる、 の三点に集約されるように思われる。今年度 自由な研究環境づくり等に取り組むばかりでな 開始のImPACTは、ドラスティックなアイデア く、失敗を許す文化づくりをも目指しており、 を持つ者をプロジェクトマネジャーとして登用 これに伴う評価制度改革も行うことを予定して するとともに、思い切った権限移譲を行い、研 いる。一般国民に対しては、「創造経済タウン」 究テーマ、人員編成からプロジェクトマネジメ と称したポータルサイトを通じて事業アイデア ントに至るまでを任せる形で国のプロジェクト を持つ国民に対し、産官学の多分野の専門家が が推進される計画という側面もある。このよう 事業化支援に係るアドバイスを行う取組みに着 な取り組みが、上記課題解決に向けたモデルと 手するなど、国民を総動員しイノベーションを なることに期待したい。 起こそうとする試みが実施されている。 3.日本の課題 中国に代表される新興国が台頭し、プレイ ヤーが増えることで、科学技術・イノベーショ ンを取り巻く競争は益々激化していくと予想さ れる。このような中、先進諸国は自国産業の基 盤を強化することで新たな成長を模索している。 様々な技術革新は産業のあり方そのものをも変 -18- 電機連合NAVI №52(2014年春号) 電機連合NAVI №52(2014年春号) -19- -20- 電機連合NAVI №52(2014年春号) 電機連合NAVI №52(2014年春号) -21- m 若年女性と貧困 取り巻く情勢や環境の変化に対応できる知識の習得 や考え方を生み出す一助とするため、学識者の方々 に研究成果の一端を報告いただきます。 東京学芸大学人文社会学系准教授 1.はじめに 山口 恵子 からの排除という「二重の追い打ち」 (荻上2012) があると指摘している。こうした排除は複雑に 2014年1月27日に放送されたNHKのクロー 絡み合って、女性の困難な状況を作り出してい ズアップ現代において、「あしたが見えない― る。ここではとくに、企業福祉、家族福祉、公 ―深刻化する『若年女性』の貧困」が報じられ 的福祉、およびジェンダーからの排除に注目し た。「寮、食事付き、託児所完備。今、生活支 て、聞き取りのデータや資料を用いつつ、やや 援を売りにする風俗店で働く女性が増えていま 大づかみに若年女性の貧困の背景について考え す。」風俗店で働く女性は語った。「私が働か てみたい。 なきゃ、餓死しちゃうよっていう状況なので。」 19歳の女性は3つの仕事を掛け持ちしていた。 2.企業福祉からの排除 「本当に時給が安くて、すごい働いた気がして も、月10万円とか。」 非正規雇用化が進行している。とりわけ若年 シングルマザーの貧困は、今に始まったこと 層の非正規雇用率が急激に増加しており、労働 ではない。また、多くの女性がパートタイム労 力調査によると、15~24歳女性は1990年20.0% 働につき、賃金が低く抑えられていることも、 から2013年47.2%へ、25~34歳女性は1990年 新しい現象ではない。しかし、雇用や家族の変 28.1%から2013年41.4%へと拡大している。同 容のなかで、その困難さに拍車がかかっている 一労働・同一賃金で、非正規労働でも正規と同 と考えられる。そして、母親による子どもの虐 様の待遇が受けられるのであればともかく、日 待や殺人、若者の事件などがあるたびにセン 本はその差が非常に大きい。 セーショナルに報じられ、母親が責められ、ま 例えば、日本でも最も雇用情勢が厳しい地域 た若者の未熟さがあげつらわれ、そして忘れ去 のひとつである青森県の例を見てみよう。表は、 られていく。しかし、そこには若年女性をとり 青森県在住の20~34歳の若者(在学者と既婚女 まく貧困という困難な状況が見え隠れしている。 性を除く)を対象として、2006年に行われた質 湯浅誠は、貧困に陥る背景について「五重の 問紙調査の結果である(李・石黒2008)。 排除」すなわち、教育課程から、企業福祉から、 表1は、青森県の若者の就業状況を示してい 家族福祉から、公的福祉から、自分自身からの る。ここからは、女性は無業者の割合が12.2% 排除があるという(湯浅2008)。さらに荻上チ と高いこと、また就業者の働き方も、女性は非 キは、これにジェンダーからの排除、社会問題 正規雇用が35.5%と男性の19.4%に比べてかな -22- 電機連合NAVI №52(2014年春号) り高いことがみてとれる。つまり、正規雇用者 業で年収が低い女性が、即、物質的な貧困状態 が多い男性と、非正規・無業者が多い女性とい であるとは限らないが、一定の困難のなかにあ う、男女間に明確な差があった。そのような差 ることはうかがいしれよう。 は、平均年収にもみられるものである。表2は、 加えて、学卒時のスタートから非正規雇用で 就業形態別の平均年収を示している。全体とし あることは、その後の人生に大きく影響してい て男性と比べて女性の年収は低いが、とくに非 く。小杉礼子の実証研究によると、若者で「フ 正規雇用や自営・家事手伝いの場合の年収差は リーター」になりやすいのも女性で低学歴の者 大きくなっていることが分かる。 であったが、 「フリーター」をやめて正社員にな このうち一人暮らしの若者は15.3%に過ぎず、 多くの若者は家族と同居しているので(せざる ろうとしてもなれない者が多いのも、女性で低 学歴の者であった(小杉2010)。 をえないのかもしれない)、不安定雇用および無 表1 青森県の若者の就業状況 (単位:%、太字は実数) 男性 女性 就業者 91.9 87.9 正規雇用 62.3 48.2 非正規雇用 19.4 35.5 自営・家業手伝い 9.7 2.8 その他 0.5 1.4 無業者 8.2 12.2 求職型 6.5 8.6 非求職型+非希望型 1.7 3.6 合計 100.0 100.0 403 3 61 出典)李永俊・石黒格、2008『青森県で生きる若者たち』 35頁より抜粋の上、再作成 表2 青森県の若者の就業形態別の平均年収 性別 男性 女性 就業形態 正規雇用 非正規雇用 自営・家業手伝い 正規雇用 非正規雇用 自営・家業手伝い (単位:万円) 平均値 277.0 179.8 239.6 249.0 138.9 143.4 出典)李永俊・石黒格、2008『青森県で生きる若者たち』 10頁より一部抜粋の上、再作成 加えて、これまで女性を吸収してきた職種の しかし、よく報じられているように、過酷な労 縮小もある。たとえば、旅館やホテルの労働で 働、低賃金、腰などを痛めてしまうなど、労働 ある。食事・宴会の支度や客のおもてなしが「家 条件が厳しく、バーンアウトしてしまう傾向も 事の延長」と捉えられ、女性の労働力への需要 ある。 が高かった。人手を確保するためにも、旅館・ こうした進む雇用の弱体化に対して、日本の ホテルには従業員寮があり、また保育施設があ 既存の労働組合は防波堤になりにくかった。現 る場合もあった。そこに多くの単身女性や子ど 在は例えば、非正規労働者でもひとりでも入れ もを育てる母親が吸収されていた。しかし、景 る「コミュニティ・ユニオン」が全国ネットワー 気の後退や旅行の個人化などの背景のもとに旅 クを作り、こうした労働者の駆け込み寺となっ 館・ホテルの経営は厳しくなっており、また労 ているが、若年女性の組織化は非常に難しい。 働力の再編もあり、そうした仕事が縮小してい る。住み込みの「寮母」などの仕事も同様であ 3.家族福祉と公的福祉からの排除 る。一方で、拡大していく労働もある。介護な どのいわゆるケアの労働自体は増加している。 こうして企業福祉から排除されている場合、 電機連合NAVI №52(2014年春号) -23- 支えとなっていたのが家族福祉である。とりわ 容しているのはよく知られている通りである け欧米と比べて日本は、成人した子どもが親と (図1、図2参照)。それは若者の志向が変わっ 同居することに寛容であり、二世代、三世代の たなどというよりも、とくに未婚化・晩婚化に 同居もめずらしくなく、その包摂機能は大き ついては、非正規雇用であることと結びついて かった。しかし、近年、未婚化・晩婚化、少子 いることが指摘されている(石井ほか2010)。 化、離婚の増加など、家族のかたちが大きく変 図1 男性の未婚率の推移 図2 女性の未婚率の推移 (%) 100 (%) 100 90 90 80 80 70 70 20~24歳 60 25~29歳 50 30~34歳 40 35~39歳 30 20~24歳 60 25~29歳 50 30~34歳 40 35~39歳 30 20 20 10 10 0 0 (年) (年) 出典)国勢調査各年より作成 出典)国勢調査各年より作成 そしてそこからこぼれおちていくと、公的福 からのニューエコノミーの浸透のもとに、安定 祉からも遠ざかることになる。日本の社会政策 した雇用が減少し、労働による包摂が揺らぎ、 は、強固な「男性稼ぎ主」モデルである。大沢 また家族の方も依存できる家族がいない、いて 真理は、日本の社会保障制度の前提は、 「夫は仕 も依存ができないケースが増え、労働による包 事、妻は家庭」という性別役割分担、よって女 摂、家族による包摂の両方が弱化している(山 性の男性への貨幣経済的な依存にもとづくもの 田2013)。そのしわよせを最も受けるのが、若年 であり、日本の社会政策システムは、 「家族だの 層である。 み」「大企業本位」「男性本位」という特徴を持 つことを指摘している(大沢1993)。 同様に山田昌弘は、 「女性労働の家族依存モデ また、児童養護施設などで暮らしてきた若者 は、そもそも幼少期から家族福祉の外におかれ、 社会的に排除されてきた層の典型である。西田 ル」の限界を指摘している。つまり、戦後の日 芳正らは、 「家族依存社会」である日本において、 本社会おいて、近代的な性別役割分業社会が成 施設を離れた後の若者たちが、その後の生活形 立したが、女性は家族によって経済的に包摂さ 成に大きな困難を抱えていることを詳細に記述 れていることを前提として社会保障がつくられ している(西田編2011)。また、恒常的な住まい ていた。未婚女性であれば父親に主に扶養され がなく、ホームレス状態にある若者も、そのほ る、既婚女性であれば夫に扶養される、高齢女 とんどが家族に問題を抱えており、貧困の再生 性であれば遺族年金か後継ぎの息子家族に包摂 産の状況にあった。 されるというモデルである。それが1990年ごろ -24- 電機連合NAVI №52(2014年春号) 4.性風俗産業という「受け皿」? の偏見・差別は根強いものがあり、不可視化さ れている。 こうして、多重の排除のもとにあるとき、若 年女性にとって性風俗産業の引力はとても強い 5.働くことに困難を抱える 女性の不可視化も ものである。性風俗産業と一口にいってもその 幅は広く、近年は多様化・細分化が進んでいる。 その一部には寮、つまり住む場所が確保されて また別の不可視化もある。横浜市男女共同参 いたり、託児サービスがあったり、その日暮ら 画センターは若年単身女性の支援事業として せるお金を稼ぐことができる。こうした状況を 「ガールズ講座」 (パソコン講習や仕事準備の講 踏まえて、冒頭のクローズアップ現代では、 「風 座)、 「めぐカフェ」 (就労体験のカフェ)などの 俗がセーフティネット」 とさえ言及されていた。 事業を2009年から行っている。その受講生への しかし、性風俗産業はとくに店舗型はきちん 調査によると(回答者は62人)、彼女たちの特徴 としたサービスが要求され、選別もされるので、 として、進学率は低くはないが、中退率が高かっ そこでも働けない女性が増えているという。し た。そしていじめや不登校などの学齢期からの かも、 「いつまでも自分のセクシャリティーとい 困難や「引きこもり」の経験があり、健康面で うか、性が商品としては売れないわけで、早い 不安定な傾向があった。9割弱に同居者(主に 場合も遅い場合もあるのだけれど、だいたい40 親)がおり、階層的にはけっして低くないが、 歳ぐらいで、なかなかお客さんがつかないとい 本人はお金を持っておらず、将来の見通しに乏 うような壁があり、非常に厳しくなる」と、支 しかった(植野2014)。つまり、働くことに困難 援者は語る。また、荻上チキや鈴木大介のルポ を抱える若年単身女性の一部は、家族と同居し ルタージュなどでは、ワリキリ(出会い系サイ ていることで極度な物質的貧困からは免れてい トなどを用いて行われる売買春行為)で働く女 るが、その困難さが見すごされがちであり、ま 性たちのなかには、「精神疾患」がある人やDV た将来的にも不安を抱えているということであ 経験のある人がいて、非常に困難な状況が報告 る。彼女らは関係性の貧困のなかにあるといえ されている。そこには、ジェンダー的な排除が るだろう。 ある。性の商品化にさらされやすく、人間関係 もちろん、こうした状況も今に始まったこと のなかで支配―被支配の低位におかれやすく、 ではないと思われるが、働けたとしても非正規 性暴力の対象にされやすい。さらに、別の支援 雇用が主であること、結婚が難しくなっている 者は、 「出産というのはものすごくリスクがある こと、子どもの数が少ないので親の介護を一手 もの。命の危険もすごくあって、生の危機と性 に引き受ける可能性があることなど、困難が深 の危機が一体化しているのが女性の困難」と言 まる可能性が高いと考えられる。 う。 女性たちには仕事としても居場所としても、 6.おわりに ほかに選択肢がなく、安心・安全な場所が、物 理的にも心理的にも、家族も含めて、乏しい。 当然のことであるが、若年女性といっても一 しかし私たちの社会では、性風俗で働く女性へ 枚岩ではなく、その困難への対応も多岐にわた 電機連合NAVI №52(2014年春号) -25- り、しかも課題は山積みである。そうしたなか 施設やNPOなどへのいっそうの支援が必要で で、まずは、 「若いんだから仕事があるだろう」 あるし、そもそも、最後のセーフティネットと 「若いんだから結婚するだろう」という認識を いわれる公的扶助の生活保護費を削減するのは 改めることを指摘しておきたい。上の世代の私 大きな問題がある。また、以前に比べると、現 たちの、自分たちの経験が次の世代にもあては 在は若年者の雇用支援には政府の予算がついて まるという思い込みが、若年女性の困難に拍車 おり、いくつかの施策が進められているが、そ をかけている。時代は変わったのである。 の一方で、規制緩和による雇用の流動化政策も また、構造的には、極度の貧困にある若年女 積極的に行われており、ますます非正規雇用化 性は、前の世代からの貧困の再生産の状況にあ が進んでいる。個別の対人支援の充実はもちろ る場合が多い。どこかでそれに歯止めをかけね ん重要であるが、大もとの日本の雇用のあり方 ばならない。そうした課題にとりくむ各種福祉 について見直す必要があるのではないだろうか。 <引用文献> ・石井まこと・木本喜美子・中澤高志、2010、「地方圏における若年不安定就業者とキャリア展開の課題――東北フリー ター調査をもとに(上)」『大分大学経済論集』62(3・4)、47-68 ・小杉礼子、2010『若者と初期キャリア――「非典型」からの出発のために』勁草書房 ・李永俊・石黒格、2008『青森県で生きる若者たち』弘前大学出版会 ・西田芳正編、2011『児童養護施設と排除――家族依存社会の臨界』解放出版社 ・荻上チキ、2012『彼女たちの売春――社会からの斥力、出会い系の引力』扶桑社 ・大沢真理、1993『企業中心社会を越えて――現代日本を<ジェンダー>で読む』時事通信社 ・植野ルナ、 「ガールズ(若年無業女性)支援事業修了者追跡調査の結果から」、若い単身女性の自立支援に関する公開講 座&支援者研修(2014年2月23日)、配布資料 ・山田昌弘、2013「女性労働の家族依存モデルの限界」『Business Labor Trend』463、7-10 ・湯浅誠、2008『反貧困――「すべり台社会」からの脱出』岩波書店 -26- 電機連合NAVI №52(2014年春号) 大震災からの復興 発想の転換、今へのヒントを得るために、 新たにエッセイコーナーを設けました。 ご一読ください。 さいとう製菓株式会社 株式会社 鴎の玉子 代表取締役 3.11巨大津波が何もかも奪い去り、 多くの尊 齊藤 俊明 震災後の方針 い人命と貴重な財産を一瞬の内に呑み込みまし さいとう製菓㈱、㈱鴎の玉子の社員250名は全 た。想像を絶する自然の猛威に改めて唖然とす 員無事でありました。この上ない喜びでありま るばかりです。 したが、ご家族を亡くされた社員は11名、被災 社員は57名でした。会社の損壊5店舗、本社事 3月14日、主力工場のことが心配になり、妻 と二人で行ったところ、偶然にも6人集まった 務所、和菓子工場は全壊、損害額は3億1,000 万円にも上りました。 ので、配送センターにある「かもめの玉子」全 会社最大の危機に直面し、3月23日、全社員 てを避難者に支給しようということになりまし を中井工場に召集しました。そして、大震災で た。2t保冷車2台、ワゴン車2台に「かもめの 社会経済機能が完全に麻痺状態、しかも直営5 玉子」を満載し、一般道路はガレキで交通不能 店舗が全壊し、得意先71店も壊滅的な被害を受 だったため、山道の悪路を必死になって走りま けており、再開操業しても売り上げが震災前の した。大船渡市と陸前高田市の避難者や高齢者 二分の一以下となることが予測されることから、 の施設に支給したところ、「地獄で仏に会った」 今まで通りの雇用を堅持することは難しく、断 と涙を流さんばかりに喜んでいただきました。 腸の思いだが休職、一時解雇があり得ると、今 25万個を3回に分けて支給しました。 後の方針を述べました。 企業の社会貢献と言うより、困っている時は 工場の社員25名、販売の社員18名を一時解雇、 人間として当たり前のことを当たり前にやった 休職していただきましたが、工場の社員は5月 だけということです。 に、販売の社員は9月に全員復帰しております。 自宅が全壊し、会社も甚大な被害を受けたに 震災以来、他人様の「情」を熱く、熱く感じ、 もかかわらず被災者に援助の手を差し延べたと 慈悲の心、思いやりの心を改めて強く認識しま 言うことで、平成23年11月3日に岩手日報文化 した。本当に素晴らしい国民性であると、感涙 賞という栄誉ある賞を受けました。また、平成 の思いです。毎日20~30通の温情溢れるお見舞 24年3月2日には毎日新聞社主催の毎日経済人 い、励ましのお手紙をお客様から頂きました。 賞特別賞をいただき、身に余る光栄でした。賞 私も社員も全国各地のお客様から支えられ、仕 に恥じることのないよう経営者として精進して 事を頂いている、正に生かされて生きている、 まいります。 一人では生きられない。お客様に安心して頂く には、一日も早く「かもめの玉子」の製造を再 開することですし、社員の生活の確立に繋がる 電機連合NAVI №52(2014年春号) -27- ことであります。全社員危機意識を持って心を 後の業績でしたが、中でも通販は絶好調でした。 一つにこの難局を克服しなければならない。道 新規に大企業の大口注文がありまして、本当に は拓ける。頑張ろう!頑張るしかない!本当に お陰様でありました。復興特需で予期しない業 お客様は心の支え、救世主でした。 績でありました。心から感謝しております。 4月6日、主力工場である中井工場を再開。 社員には見舞金とともに賞与を例年通り支給 震災から27日目であります。中井工場は震災の することが出来、また、従来から行なっていた 損傷こそ軽度でありましたが、関東地域からの 様々な社会貢献も実行することが出来ました。 材料が震災の関係で入荷せず、一番困ったのは また、最悪のことを考え、 役員と幹部の報酬カッ 鶏卵でした。養鶏場に餌が無く、絶食状態によ トを、当初は1年間の予定で実行していました る産卵不能で卵が皆無だったのです。テレビ局、 が、役員は9ヶ月、幹部は5ヶ月で済みました。 新聞社、雑誌社、マスコミの取材合戦のなかで お買い上げいただいた皆様に心から御礼申し上 の再開でありました。 げます。大船渡地域の製造業では一番早く再 4月7日の夜には大きな余震による停電で工 開・操業することが出来たのは、主力工場が高 場が停止。12日に再々稼働となりましたが、4 台にあったことと、お客様の心強い支えがあっ 日間にわたる停電で貴重な割卵を廃棄せざるを たからです。一日も早く再開することがお客様 えませんでした。4月16日には中井工場の一部 の善意好意に報いることであり、社員の生活の を間借りし、和菓子5アイテムの製造を再開し 確立に繋がると信じ、日々過ごしておりました。 ました。新工場は12月10日に竣工稼働、ハセッ 壊滅的な被害で大船渡は廃墟と化してしまい プ対応の衛生管理を充実させた工場であり、人 ました。先は真っ暗、何も考えられない惨状。 にもお菓子にも優しい工場であります。4億 地獄のようなどん底から這い上がることが不可 2,300万円の工場であります。日本一美味しい菓 欠でした。さいとう製菓が先陣を切って市民・ 子を目標に頑張っています。 被災者に安堵感を与えて、元気、勇気、希望を 4月21日、主力商品「かもめの玉子」の製造 持っていただけるよう、被災事業所の再開を鼓 を再開。卵黄がようやく入荷。かもめの玉子の 舞し、産業経済を再生する先導役として復興に 味のポイント、黄味餡であります。また、卸販 拍車をかけなければと思っておりました。会社 売、内陸部の直営店販売を再開しました。4月 は、店は、お客様のためにある。社会のために 29日に仮本店と釜石サンパルク店、8月4日に あると言うことです。社会貢献こそ使命です。 高田店、9月29日に気仙沼店、12月22日には大 産業経済の復活振興なくて地域、大船渡の振興 槌マスト店を再開しました。 はあり得ないと。 営業再開しても業績は50%以下であろうと予 測しており、実際、再開当初は業績不振であり 社会貢献の継続 ましたが、4月29日に東北新幹線が再開される 10月15日・16日には、 「第8回かもめの玉子工 と同時に業績はV字回復しました。沿岸部の直 場まつり」を開催しました。入場者は3,800人に 営店と得意先の店では、支援にきてくださって も上り、2日間大盛況でした。各学校の校庭、 いた自衛隊、警察官、ボランティアの皆様がお 公園や運動場には仮設住宅が建設されており、 買い上げくださいました。震災前の10~20%前 遊びや運動をするところはもちろん、運動会も -28- 電機連合NAVI №52(2014年春号) 出来ない状態でしたので、子供達には可哀想な 皆さんと結ばれた絆を大切に、支えに、安全 で安心して住める地域・まちづくりをし、三陸 思いをさせていました。 大地震と津波の恐怖、友達や身内の悲しみに の美しい豊かな自然を親しみ、大切にしながら、 元気がなく、社内では賛否両論ありましたが、 健康で健やかな生活が出来るように復興しなけ 私は万難を排し、子供達に元気な笑顔になって れば本当の意味での復興でないと考えます。 欲しいと思い、 「工場まつり」の開催を実行しま 特に中心街の商店街は地域の顔ですから、震 した。結果、子供達は勿論のこと、お母さんた 災前の課題問題を解決しながら、人口減少・流 ちにも大変喜んでいただきました。 失のなか、市内外から千客万来の栄える商店街 平成25年は10回目の大切な節目、更に内容を をつくっていかなければなりません。単なる買 充実させ、将来に益々期待されるような「工場 い物の場からレジャー・文化など様々な需要を まつり」にしたいと考え、開催しました。 満たす地域密着型の暮らしの広場となる商店街 7月には、世界遺産に登録された平泉で、 「第 6回平泉こども探検隊」を開催。県下の5・6 として生まれ変わることが復興だと考えていま す。 年生100人程に参加いただき、平泉~藤原文化歴 総本店、中心街に、市内は勿論のこと市外か 史、文化を研修していただきました。残念なが らも誘客出来る「かもめの玉子」を中心に、和 ら被災地の子供達は不参加でした。 洋菓子のフルラインアップと焼立てパン、 「かも また、心身共健全なる子供達の育成を目的に めの玉子」の製造ラインが見学出来る工房、菓 開催されている「第38回サッカースポーツ少年 子作り教室、カフェと大型の店舗(350坪)を計 団大会」 (当社では12回目の開催)には、93チー 画し、復興の中核となるよう全社あげて取り組 ムが県下から参加しました。心配していた被災 む考えです。確かな希望に向かって全力で最善 地の子供達も元気一杯にプレーしてくれました。 を尽くし、復興の一翼を担ってまいります。 震災翌年の3月には、100歳の詩人柴田トヨさ んの「くじけないで展」を開催しました。また、 平成24・25年と2年続けて千趣会様との共同企 災い転じて福となす。 “ガンバロー大船渡” “ふ るさとは負けない” 画で、市内1,800世帯の仮設住宅に、かもめの玉 子とカーネーションをお贈りしました。平成24 年8月30日には、「第1回三陸はまなす杯争奪 ゲートボール大会」も開催しました。地域の幸 せのため、復旧復興のために中断することなく 社会貢献をさせていただきました。 完全に復興するには、大変長い年月がかかる と思います。夢ある輝く未来、大船渡を官民一 体となって実現しなければなりません。 時間の経過と共に新たな問題課題が出て参り ますが、知恵を結集し、背水の陣の精神で困難 を乗り切る覚悟です。 電機連合NAVI №52(2014年春号) -29- 「1%春闘」で「経済の好循環」になるか? グローバル産業雇用総合研究所所長 消費税率が5%から8%に上った。4~6月期の GDPへの影響は、業界によって程度に差があり、い まのところ状況の推移を慎重に見極めている段階だ が、はたして安倍内閣がめざす「持続的な経済の好 循環」は可能だろうか。 消費税の引き上げられた4月1日、連合本部で春 闘第3回集計結果の記者レクが行われた。平均の賃 上げ額は6,614円、率で2.2%であった。しかし、こ の数字は「定期昇給+ベア」なので、ベアのみにす ると1,443円、率で0.5%であると、事務局から口頭 説明があり、当初の1%要求には及ばなかった。 とはいえ、春闘は所定給与のベースアップに一時 金をプラスした年間給与総額の引き上げ総原資をめ ぐる労使の攻防である。一時金はトヨタや日産の満 額回答をはじめ日立や三菱電機などで増額回答が相 次ぎ、連合平均の夏冬型一時金は年間5.19ヵ月、昨 年と比べ10万1,000円増、7.2%のアップになった。 これで、今年度の年間給与総額は、所定給与12ヵ 月に一時金5ヵ月をプラスした17ヵ月賃金になる。 したがって、ベアと一時金のウェイトを加重して給 与総額のアップ率を計算すると1.02%になる。 これを見て、がっかりしたのは安倍首相ではない か。アベノミクス実現のために14春闘で雇用者報酬 の2%アップを主導した安倍内閣としては、「1% 春闘」では道半ばだからだ。 どうしてこういう仕儀になったのか。日本経済新 聞の「迫真 賃上げ攻防」という連載の中に、興味あ る記述があった。曰く、「(安倍)政権から遠い連合 は、賃上げに吹く追い風を読み違えた」。だが、こ の書きぶりは、半分は当たりだが、半ば違う。 筆者は昨年の参院選挙のころから、成長戦略や雇 用制度改革について政府から意見を求められる機会 があり、その過程で、官邸は「2年で2%」の物価 目標を達成するには賃上げしかないと腹をくくった という感触を得た。それを最初に確信したのは、昨 年8月の地域別最低賃金を全国平均で15円引き上げ、 率で「2%」ピタリに着地させた時である。これで 安倍内閣の狙いは春闘での「2%」の賃上げだと直 感したが、その直後に政労使会議を立ち上げ、労使 に春闘ベアによる「経済の好循環」を呼びかけた。 しかし、連合の要求からは「ベア」の文字が消え -30- 小林 良暢 て「月例賃金1%以上」の統一要求になった。だが、 これは日経の言うように連合が風を読み違えたので はなく、アベノミクスに対する信頼の差である。連 合のアベノミクスの評価は、異次元緩和への「期待」 には否定的で、「リスク」の顕在化を強調するもの で、これが広範なリベラル派論調の一翼を担った。 筆者もアベノミクスに対して、当初は「リスク」に 7割、「期待」に3割を賭けていた。しかし、昨年 の夏から秋にかけて、安倍内閣が賃上げ戦略を明確 にしたのを機に、逆に「3:7」に考えを変えた。 その後の経済実態は企業業績も労働市場も「期待」 通りに好転に向ったが、連合は一部の資産バブルに よるものだとして、生活の実感が伴わないという世 論に与したまま、風を使いきれなかった。 そこで、今春闘のもうひとつの焦点、非正規春闘 の波及効果である。非正規労働者の処遇の改善は、 連合集計によると時給で 12.29 円となっている。し かし、連合の個別の回答結果を見ると、20 円台、30 円台の高額回答を獲得している組合も多い。時給 20 円アップは月給ベースに換算すると 3,200 円、30 円 だと 4,800 円アップとなり、この方が現実の非正規 労働市場での実勢に近い。この流れを中小企業の賃 上げに弾みをつけば、裾野の広い雇用者報酬の拡大 が見込まれ、政府が目指す2%増が視野に入ってこ よう。そのためには、春闘を通じての雇用者所得の 増による「持続的な経済の好循環」を1年限りに終 わらせることなく、政労使会議を継続することであ る。 春闘が労使の個別交渉を基本とし、また賃上げ・ ベアが中心のテーマであることは変わらないとして も、従来型の「賃上げ至上主義型」の春闘は変わら ざるを得ない。働いた成果である付加価値を中小零 細企業や非正規労働者に公正に分配することを求め る「合意形成型」の春闘へと変貌していくべきだ。 そういう意味で今春闘は、政労使合意の大きなフ レームワークのもとで個別の労使交渉が展開される 意義深い春闘であった。 電機連合NAVI №52(2014年春号)
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