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JARI Research Journal
20151101
【研究速報】
自動車排出ガスと騒音の曝露と虚血性心疾患の疫学調査
―予備調査の結果―
Epidemiological study of the association between exposure to
vehicle exhaust gases and noise, and cardiovascular disease
- Results of a preliminary study -
堺
温哉 *1
Haruya SAKAI
森川
多津子 *2
Tazuko MORIKAWA
小池
博 *3
冨田
Hiroshi KOIKE
幸佳 *2 伊藤
Yukika TODA
晃佳 *2
Akiyoshi ITO
伊藤
剛 *4
Tsuyoshi ITO
Abstract
Environmental epidemiology is an important discipline for health effect research of air
pollution. We planned a cross-sectional environmental epidemiological study to investigate
the relationship between exposure to traffic related air pollution and/or noise, and incidence
of cardiovascular disease in elderly Japanese people living in Katsushika Ward, Tokyo. We
conducted this preliminary study on a 1/10 scale of participants to evaluate feasibility and
ethical issues of our study plan, and drew up detailed future study plan. The plan was
approved by the ethical review board of the Japan Epidemiological Association. We
completed this preliminary study according to the plan, and obtained results. We found that
there were no fundamental problems in our plan, and that it is feasible to conduct a larger
scale study.
1. はじめに
自動車排出ガスなどによる健康影響に関する研
究は,ラットやマウスなど実験小動物への曝露や
,細胞への曝露(in vitro)による研究
(in vivo)
手法で精力的に進められている.一方,これら in
vivo および in vitro 研究手法に加え,近年では
ヒト集団に対する曝露の影響を,多変量統計解析
を用いて評価する環境疫学研究が精力的に行われ,
健康影響研究の重要な手法と認識されている 1, 2).
(一財)日本自動車研究所はこれまで in vivo お
よび in vitro 研究手法を用い研究を実施し,その
成果を報告してきた.今回我々は,これらの研究
手法に加えて,疫学研究に着手した.
*1 一般財団法人日本自動車研究所
博士(農学)
*2 一般財団法人日本自動車研究所
博士(工学)
*3 一般財団法人日本自動車研究所
*4 一般財団法人日本自動車研究所
博士(医学)
JARI Research Journal
エネルギ・環境研究部
PM 2.5 の長期間曝露による影響は,虚血性心疾
患を含む循環器疾患との関連性が多くの論文で示
されている 1, 2).また,道路交通騒音と虚血性心
疾患の関連についても報告されている 3).そこで
我々は,高齢者における道路交通に起因する大気,
騒音曝露と虚血性心疾患の関連性を断面調査(あ
る時点での,対象集団における疾患有症率などを
求める調査手法)で検討する調査を企画した.今
回,この調査計画の妥当性や課題の抽出を目的に,
本調査の 10 分の 1 規模の予備調査を実施した.
予備調査の実施に関しては,次の事項を主な確認
項目とした:1)倫理的事項の外部機関による審
査.2)対象者の抽出数と同意率.3)対象者の代
表性.4)虚血性心疾患の有症率.5)個人曝露推
計量の地域差(沿道地域と非沿道地域の差別化)
.
エネルギ・環境研究部
エネルギ・環境研究部
エネルギ・環境研究部
2. 方法
2.1 対象地域
調査地域は,1)東京都内で交通量が多く大型
- 1 -
(2015.11)
車両混入率も高い,2)一般環境大気測定局と自
動車排出ガス測定局があり,公表データが充実し
ている,3)人口密度が高く高齢者割合も多い,
ことから東京都葛飾区とした.予備調査では同区
内の幹線道路のうち奥戸街道を沿道地域とし,京
成電鉄高砂駅北側の高砂町 5~8 丁目を非沿道地
域として調査を実施した.なお,沿道地域は道路
の官民境界から 50m 以内とし,また沿道地域,非
沿道地域ともに鉄道線路・施設から 50m 以内は対
象地域から除外した.
2.2 対象集団
本研究の対象集団は,虚血性心疾患のハイリス
ク群である高齢者,65 歳以上の男女とした.調査
に必要な対象者数を算出するために,対象地域に
おける調査同意率を,民間の調査会社の情報から
おおよそ 50%と推定した.また,東京都および全
国の患者調査などを参考に 4, 5),非沿道地域にお
ける虚血性心疾患の有症率を 5% 程度と推定し
た.ここで,これらの推定値をもとに必要な対象
者数を算出すると 6,000 人となり,本調査ではこ
の 1/10 規模の 600 人を抽出することを目標とし
た.対象者の抽出は,葛飾区の承認を得た上で住
民基本台帳を用いて無作為に抽出した.
2.3 対象者の生活習慣・健康等の調査.
対象者の健康状態,生活習慣などは,質問票を
用いて調査をした.用いた質問票は自己回答式の
全 51 問で,虚血性心疾患を含む治療中の疾患,
自覚症状,家族歴,食事嗜好,喫煙習慣,呼吸器
症状,暖房器具,調理器具,騒音・振動のアノイ
アンス,居住年数,住宅構造などの質問項目につ
いて,既存の質問票を基に作成した.
質問票調査は 2012 年 11 月-12 月にかけて実施
した.調査は対象者に対して調査協力を依頼する
手紙を郵送した後に,調査員が対象者宅を訪問,
口頭で調査の説明を行い質問票を配布した.質問
票は約 1 週間後に調査員が再訪し回収した(留置
き法)
.質問票の配布もしくは回収時に,対象者の
住居から幹線道路の見通し状況について口頭で質
問をした.質問票への回答をもって調査協力に同
意したとみなした.
2.4 大気汚染物質の曝露推計
JARI Research Journal
対象者への大気汚染物質の曝露は,対象者の居
住住所における年平均大気濃度を推計して当ては
めた.推計には産総研-曝露・リスク評価大気拡
散モデル(AIST-ADMER)を用い,自動車から
排出される NOx,SPM,PM 2.5 ,PM 2.5 中の EC
の 2009 年度の年平均濃度を推計した 6).推計解
像度は 1 メッシュ約 100 m×100 m とし,このメ
ッシュ単位で調査対象者の居住地域における大気
汚染物質濃度を推計した.また,NOx と SPM に
関しては,自動車以外からの寄与分(流入分,固
定発生源など)として,葛飾区内の一般局におけ
る実測値と推計値の差分の平均値を用い,すべて
の対象者における推計値に加算した.
2.5 騒音の曝露推計
沿道地域の対象者における幹線道路からの騒音
曝露推計は,居住住所屋外の騒音レベルを推計し
て当てはめた.推計には,葛飾区内の環状七号お
よび奥戸街道において,多地点での騒音実測調査
(約 60 地点ずつ)を行い,官民境界を基準点と
し,そこからの距離と騒音減衰量の関係について,
各地点からの幹線道路の見通し条件に応じた距離
減衰式を作成した 7).また非沿道地域の対象者に
ついては,幹線道路から十分に離れていているの
で,騒音曝露推計は行わなかったが,非沿道地域
内 6 点で昼間の騒音測定を実施した.
2.6 統計解析
地域による年齢や身長,体重,腹囲などの平均
値の差の検定には Student の t 検定を行った.
地域による性比,喫煙習慣,飲酒習慣の比較には
χ2 検定を行った.有意差検定は p < 0.05 レベル
で行った.これらの統計解析には JMP ver 11.2
(SAS Japan) を用いた.
2.7 倫理
本調査計画は日本疫学会倫理審査委員会にて審
議され,承認された(登録番号 12002)
.
3. 結果と考察
3.1 質問票回収率
調査対象者を 581 人抽出することが出来,目標
とした対象者抽出数の 600 人をほぼ達成すること
が出来た.また,本調査における質問票の回収率
- 2 -
(2015.11)
(研究同意率)は 53.9%で,このうち沿道地域で
は 51.8%,非沿道地域では 55.9% であった.本
調査において必要な対象者数を推定する際に,研
究協力への同意率を 50%以上と仮定したが,今回
の結果は両地域ともにこの仮定を上回った.
3.2 対象者属性
3.2.1 性比,身体特徴
質 問 票 調査 で 得 られた 主 な 対 象者 の 属 性を
Table 1 に示す.質問票回答者における,沿道地
域ならびに非沿道地域の性比はそれぞれ 0.759 :
1 と 0.796 : 1 で,地域間に有意な差は無く,65
歳以上の集団ではいずれも女性が多かった.男女
ごとに地域間の年齢,身長,体重の平均値の比較
を行ったが,いずれも地域間で有意な差異は認め
られなかった.また,本研究の質問票回答者にお
ける身長と体重は,国民健康・栄養調査による日
本人高齢者における値とほぼ同程度であった 8).
腹囲に関しては,男女ともに非沿道地域で大きい
傾向があり,また質問票回答者における腹囲は日
本人の平均的な値よりも低値であった 8). 本研究
においては,腹囲の解釈には注意が必要である.
で高値の傾向があった 4, 5).
Table 1. Main characteristics of the study samples
Roadside
Male Female Total Male Female Total
Number of
participants
63
83
146
74
93
167
Age (year)#
73.7
(6.9)
74.8
(7.2)
-
74.7
(6.5)
74.6
(6.4)
-
Height (cm)#
163.2 151.5
(6.1) (5.9)
-
163.9 151.6
(6.5) (5.7)
-
Weight (kg)#
61.8
(9.2)
52.4
(8.4)
-
60.8
(9.8)
51.7
(9.1)
-
Abdominal
circumference (cm)#
81.3
(9.2)
75.5
(11.2)
-
84.6
(7.5)
77.0
(10.7)
-
Current smoker§
15
(23.8)
6
(7.2)
-
11
(14.9)
7
(7.5)
-
Former smoker§
20
(31.7)
4
(4.8)
-
31
(41.9)
6
(6.5)
-
Never smoker§
27
(42.9)
73
(88)
-
32
80
(43.2) (86.0)
1
(1.6)
0
(0)
-
Smoking
No answer§
3.2.3 現在治療中の疾患
本調査の質問票回答者における虚血性心疾患
(狭心症,心筋梗塞)の有症率は,沿道地域にお
いては男性と女性ともに 4.8%.非沿道地域では男
性で 1.4%,女性で 4.3%であった(Table 1)
.男
女を合計すると虚血性心疾患の有症率は沿道地域
で 4.8%,非沿道地域で 3.0%であった.本調査に
おいて必要な対象者数を推定する際に,非沿道地
域における虚血性心疾患の有症率を日本人高齢者
と同程度の 5% 程度と想定したが,本調査の結果
はこの想定の範囲内であった.その他の疾患の有
症率についても日本人高齢者と同程度の値を示し
たが,高血圧症有症率に関しては本調査の回答者
JARI Research Journal
0
(0)
0
(0)
-
Alcohol intake
Yes§
No answer§
3.2.2 生活習慣
質問票回答者の喫煙習慣と飲酒習慣を Table 1
に示す.回答者における喫煙習慣と飲酒習慣は,
男女ともに,地域間による有意な差異は認められ
なかった.また,本調査の回答者における喫煙習
慣と飲酒習慣は,国民生活基礎調査による日本人
高齢者における結果とほぼ同程度だった 9).
Non roadside
34
18
(54.0) (21.7)
1
(1.6)
0
(0)
-
38
16
(51.4) (17.2)
0
(0)
0
(0)
-
Under
medical treatment
Hypertension§
26
40
66
27
33
60
(41.3) (48.2) (45.2) (36.5) (35.5) (35.9)
Cerebral infarction§
2
(3.2)
4
(4.8)
6
(4.1)
3
(4.1)
3
(3.2)
6
(3.6)
Angina / Myocardial
infarction§
3
(4.8)
4
(4.8)
7
(4.8)
1
(1.4)
4
(4.3)
5
(3.0)
other cardiovascular
disease§
2
(3.2)
5
(6.0)
7
(4.8)
4
(5.4)
6
(6.5)
10
(6.0)
Diabetes§
7
(11.1)
6
(7.2)
13
8
13
21
(8.9) (10.8) (14.0) (12.6)
Adiposity§
1
(1.6)
8
(9.6)
9
(6.2)
Lipid metabolism§
5
(7.9)
24
29
8
28
20
(28.9) (19.9) (10.8) (21.5) (16.8)
Chronic bronchitis§
0
(0)
3
(3.6)
3
(2.1)
3
(4.1)
4
(5.4)
4
(4.3)
2
(2.2)
7
(4.2)
6
(3.6)
#; mean (sd). §; n (%)
3.3 曝露推計
3.3.1 大気
沿道地域および非沿道地域の回答者における大
気(NOx,SPM,PM 2.5 ,PM 2.5 中の EC)曝露の
推計値を Table 2 に示す.沿道地域および非沿道
地域の対象者における曝露推計レベルは次の通り
- 3 -
(2015.11)
であった;NOx はそれぞれ 0.042 - 0.053 ppm,
Table 2. Estimated exposure levels of NOx, SPM, PM2.5 and EC
Roadside
Non roadside
NOx
0.048 (0.003)
0.039 (0.003)
(ppm)
0.042 - 0.053
0.028 - 0.045
SPM
25.1 (0.73)
23.0 (0.49)
3
(μg/m )
23.9 - 27.1
21.2 - 24.3
PM2.5
3.41 (0.38)
2.37 (0.25)
(μg/m 3)
2.79 - 4.45
1.51 - 3.00
EC
2.54 (0.35)
1.53 (0.21)
3
(μg/m )
1.91 - 3.55
0.97 - 2.13
なく,日本の統計値とも大きな隔たりはなかった
事から,対象者を偏り無く抽出出来たことが分か
った.質問票回答者における虚血性心疾患の有症
率については,研究計画の想定値の範囲内であっ
た.次に,大気汚染物質および道路交通騒音の個
人曝露推計レベルは,沿道地域と非沿道地域の対
象者で明らかな差異があり,曝露推計手法は適正
であることが明らかとなった.以上から,我々が
企画,立案した大気環境疫学調査は,倫理的な事
項に不備が無く,調査手法等に根本的な問題がな
いことが明らかとなり,高齢者 6,000 人を対象と
したフルスケールの本調査も実施可能であること
が分かった.
参考文献
mean, (sd), min - max
1) Laden, F. et al.: Reduction in fine particulate air
0.028 - 0.045 ppm;SPM はそれぞれ 23.9 - 27.1
μg/m3,21.2 - 24.3 μg/m3;PM 2.5 はそれぞれ 2.79
- 4.45 μg/m3,1.51 - 3.00 μg/m3;EC はそれぞれ
1.91 - 3.55 μg/m3,0.97 - 2.13 μg/m3.いずれの物
質についても,沿道地域と非沿道地域では明らか
な濃度差がみとめられた(すべての物質で p <
0.0001)
.なお,PM 2.5 と PM 2.5 中の EC に関して
は,自動車以外からの寄与(流入分,固定発生源
など)を推計値に加算していないことから,実際
の環境レベルよりも低値であることが推定される.
pollution and mortality: Extended follow-up of the
Harvard Six Cities study., American Journal of
Respiratory and Critical Care Medicine, Vol. 173,
p667-672 (2006)
2) Atkinson, RW. et al.: Long-term exposure to outdoor
air pollution and incidence of cardiovascular diseases.,
Epidemiology, Vol. 24 p44-53 (2013)
3) Babisch, W.: Road traffic noise and cardiovascular
risk., Noise & Health, Vol .10, 27-33 (2008)
4) 平成 23 年患者調査(東京都):
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kiban/chosa_
3.3.2 騒音
沿道地域の回答者における 24 時間帯の道路交
通騒音曝露レベル(L Aeq )は,平均値 51.3 dB(標
準偏差 9.01,範囲 37.5 - 64.3 dB)であった.ま
た,非沿道地域内の 6 地点における昼間の騒音調
査を実施したところ,幹線道路からの自動車騒音
は無視できることが分かり,それぞれの騒音レベ
ルは 54.1 dB,51.8 dB,52.7 dB,46.5 dB,47.1
dB,48.2 dB であった.
tokei/eisei/kanja.html (2015.8)
5) 平成 23 年患者調査(全国):
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=0000011
03073 (2015.8)
6) 冨田幸佳ほか: 曝露評価に用いるための自動車排出ガ
ス濃度の推計(1) 自動車排出量および大気濃度の推計.,
第 54 回大気環境学会年会講演要旨集,
p551 (2013)
7) 伊藤晃佳ほか: 大気汚染物質,騒音と虚血性心疾患の
関連性に関する疫学調査(曝露推計方法の検討)., 第 54
回大気環境学会年会講演要旨集, p448 (2013)
3.4 まとめ
本調査の実施については,日本疫学会倫理審査
委員会の承認を得ることができた.本調査を実施
した結果,
対象者の抽出数,
研究への協力同意率,
のいずれもが,研究計画の想定値とよく一致して
いた.また,質問票回答者の身体特徴や生活習慣
など対象者属性には沿道地域と非沿道地域で差が
JARI Research Journal
8) 平成 22 年国民健康・栄養調査:
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/eiyou/h22-houk
oku.html (2015.8)
9) 平成 22 年国民生活基礎調査健康(第 4 巻):
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=0000010
83970
- 4 -
(2015.11)