第5回 国土文化研究所オープンセミナー 「 幻想としての観光立国~観光は地域活性化に貢献できるのか~」 講 演 講演概要 日時:平成24年 7月 20日(金)17時~19時 演題:『幻想としての観光立国~観光は地域 活性化に貢献できるのか~』 講師:石森秀三先生 (北海道大学観光学高等研究センター長) 場所:日本橋浜町Fタワープラザ3階ホール 挨拶:原田邦彦(国土文化研究所所長) 司会:岡村幸二(国土文化研究所) 講演要旨 ・ 観光は世界的にはリーディング産業であ り、「観光国富論」(4 兆円の税収)、 「観光民福論」(さまざまな幸福、便益)、 「観光地域創造論」(地域創造への貢献)、 「観光安全保障論」(平和の創出や安全保 障)の 4 つの視点からも世界を変える力 を持っている。 ・ わが国でも観光立国の時代が到来したと 言われているが、まだまだ観光の軽視、外 国人観光客への閉鎖的な意識は根強い。 ・ 2003 年 に 小 泉 総 理 ( 当 時 ) が 観 光 立 国 を宣言した時、まだ国立大学に観光の学部 や学科はなく、観光学が確立されていなか ったが、その後、各地の大学に設立される ようになった。 ・ 観光のグローバルな変化は半世紀ごとに 起こり、今は中国の躍進による第 4 次観 光革命の時代になっている。 ・ 観光はローコストトラベルとラグジュア リートラベルの 2 極化 が進んでいる。 講師の石森秀三先生 概 要 ・ BRICS 諸 国 で は 富 裕 層 が 急 増 。 北 海 道 ニセコでは、富裕層を対象としたウインタ ーリゾート開発をマレーシアの企業が行っ ている。 ・ 我が国の国家的課題は、地域再生と少子 高齢化への対応であり、定住人口重視から、 観光による交流人口重視への転換がカギで ある。 ・ 21 世紀は 自律的観光の時代であり、観光 は 20 世紀 の「団体旅行、名所見物、周遊 型」(旅行会社に依存した他律的観光)か ら「小グループ旅行、参加体験・自己実現、 滞在型」へと変化している。視覚重視の 「観光」から五感重視の「感交」、交流重 視の「歓交」への変化、またファストツー リズムからスローツーリズムへの変化もあ る。 ・ 日本は観光客数などの「量」に拘ってい るが、シンガポールでは「最高のサービ ス」を提供することに力を入れている。そ れにより自ずと量も増えると考えている。 京都やブータンなどの観光戦略も同様に 「ハイクオリティ・ローボリューム」(訪 れる人はほどほどとし、その人に最高のサ ービスを提供する)である。 ・ 日本のニューツーリズムはすべて官主導 で進められており、農林水産省、環境省、 厚生労働省、経済産業省、文部科学省など がそれぞれに補助金を出している。しかし、 補助金は 3 年で終了するものであり、そ の後どうするのかが問題である。 ・ 観光立国推進基本計画の 5 つの 数値目標 のうち、国際会議開催件数以外はすべて未 達成である。 7 年たっ ても国家目標 1,000 万人を達成できないインバウンド(海外か らの観光客)については推進体制に構造的 欠陥があり、検証が必要である。 ・ 観光は農林水産業と比較しても倍の生産 性があるが、予算は農林水産業が 2 兆円 で観光は 100 億円と 大きな差がある。 ・ 観光を発展させるためには、観光成長戦 略(量的成長)とともに観光成熟戦略(質 的成熟)の両方が大切である。 ・ 日本では観光というと「旅行」、「土 産」、「温泉」、「観光地」など、日常と は異なる特別なものとみなす傾向にある。 成熟社会における観光はある意味ライフス タイルそのものであり、日本人のライフス タイルを変えていくことも必要である。 ・ こ れ か ら は 、 GNP( 国 民 総 生 産 ) 重 視 か ら GNH( 国民総幸福 )重視の時 代であり、 「 3.11 」 は ラ イ フ ス タ イ ル イ ノ ベ ー シ ョ ンのきっかけとなっている。 ・ 観光立国を幻想に終わらせないためには、 旅行需要の拡大が必要であり、可処分所得 の増加と可処分時間の増加が必要である。 日 本 で は 、 有 給 休 暇 の 53 % が つ か わ れ な いままであり、世界的には「有給休暇引当 金」を導入する方向となっているが、日本 ではこれが 9 兆円に相当するとの試算も あり、導入は先延ばしとなっている。 ・ 日本は「文明の磁力」がない国であり、 これを強化することが重要である。文明シ ステムは「装置系システム」と「制度系シ ステム」から成り立つものであり、どちら も重要である。 ・ 文明資本には「装置系資本(社会資 本)」と「制度系資本(文化資本)」の 2 つがある。社会資本については公共投資が 行われているが、日本は文化投資、人的投 資が少ない。そういう考えすらほとんどな い。国民生活の質的向上に不可欠な無形資 本である文化資本の整備のための、文化開 発促進法(仮称)の制定が必要と考えてい る。 ・ 政府が言う「観光立国」とは、御三家 (旅行業者、宿泊業者、運輸業者)による 従来の観光振興に過ぎない。これからの 「観光創造立国」とは、民産官学の協働に よる観光振興である。そのためには観光イ ノベーションが必要であり、地域資源の新 しい組み合わせ方によって新しい価値を創 造するものである。 ・ 観光はいろいろなものの触媒になり、い ろいろなものと組み合わせることで新しい 価値を生み出せる。例えば欧州では「農商 工連携」の際に「観光」が中心に位置づけ られているが、日本ではそうした発想はな い。 ・ 様々な省庁で観光に対する予算を確保し ているが、地域に観光の専門家がいないた めにその予算を活用できていない。北海道 大学では観光振興のコーディネータを育成 することを目的に公的資格の「観光創造 士」制度を提唱している。また、社会資本 整備総合交付金を活用して、地域資源マネ ジメント法人を設立することも必要である。 ・ 日本では、自営業の減少も課題であり、 起業するためのしくみづくりが必要である。 起業家を増やすことは日本が変わる道筋の ひとつである。 ・ 今後の観光振興においては、民産官学の コラボレーションが不可欠である。 会場の参加者との質疑応答 質疑応答 (質問)日本のインバウンド推進体制の構造 的欠陥について、具体的な考え方を教えて いただきたい。 (回答)インバウンドは日本だけではなく、 シンガポール、香港、タイなどでも推進し ている。日本では、専門家がいない、予算 が少ない、マーケティングが不十分などの 問題点が指摘できる。インバウンドを推進 するためには、プロ集団によるマーケティ ング体制が必要である。 (質問)日本では文化資本という概念が少な いということだが、ヨーロッパの状況はど うか。 (回答)世界一の観光大国であるフランスで は、ポンピドー・センターに代表されるよ うな文化的事業を政治家が仕事の集大成と して実施している。インフラ整備も必要だ が、文化が人をひきつけ、人が人を呼んで いると言える。 (以上)
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