裁判員制度6年の課題 國學院大學法科大学院教授・弁護士 四宮 啓

裁判員制度6年の課題
國學院大學法科大学院教授・弁護士
四宮 啓
裁判員制度が施行されて2015年5月で丸6年を迎えました。この間、概ね順調
に運用されてきたと評されているのは、何よりも国民のみなさまのご協力があったか
らこそでしょう。他方で、課題もいくつか見えてきたように思います。今回はいくつ
かの課題のうち、辞退率について考えてみたいと思います。
裁判員候補者は、毎年前年の11月ころに翌年1年間の候補者名簿が作成され、こ
の名簿の中から、事件ごとに裁判所に出席すべき人が選ばれます。候補者として裁判
所への出席が求められた場合、出席は義務ですが、一定の理由があれば辞退すること
ができます。この裁判員候補者の辞退率が施行以来年々高くなっているのです。辞退
率は年を追うごとに上がり続け、2014年は64.4%、2015年は2月までで
67.1%となり、施行後の平均でも60.4%になっています。逆に選定された裁
判員候補者のうち裁判所に出席した人の率は31.3%に過ぎません。
もちろん、辞退された方には法律に定められた辞退の理由があるからこそ辞退され
たのでしょう。しかし他方、裁判員を務めた方の感想は、よく知られているように、
95%以上の方々がよい経験だったと答えています。
「高い満足感」と「高い辞退率」
・・・。
私には、この二つの高率のアンバランスが不可思議でなりません。「よい経験だった」
との経験者の声は、社会に届いているのだろうか、届いていないためしり込みしてい
る市民がたくさんおられるのではないか・・・。
最近の世論調査でも、裁判員を務める場合に心配なこととして「重要な判断をする
自信がない」
(54%)、
「殺人など悲惨な事件の審理にかかわる」(41%)が2トッ
プにあげられていました(日本世論調査会)。もし、裁判員経験者の声が普通に巷に伝
わっていれば、このようなことは少なくなるのではないでしょうか。裁判所も改めて
広報活動に力を入れているようですが、やはり大切なのは、役所の広報より、経験者
が自ら周りに語ることではないでしょうか。
ある裁判員経験者から聞いた話です。裁判員の任務を終えて「よい経験だった」と
の気持ちを胸に家に帰りました。しかし家族は何も聞いてくれません。翌日会社に久
しぶりに出勤しました。会社の同僚も誰一人何も聞いてくれないというのです。なぜ
なら、周りの人びとは聞いてはいけないことと考えているからです。この状況は無理
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からぬところがあります。いまの守秘義務の運用は、原則話してもらっては困るが、
感想や法廷であったことは話してよいという「原則禁止・例外許容」です。しかしそ
れでは何が許されるかが分かりません。それなら黙っていようと考えるのが普通でし
ょう。周りも聞かないのが安全策ということになります。それでは「よい経験」が社
会で共有されるはずはありません。
そのような状況を変えるには、守秘義務の運用を変える必要があるでしょう。現在
の「原則禁止・例外許容」の運用を逆転させて、
「原則自由・例外禁止」とするのです。
守秘義務が設けられた趣旨は、事件に登場する個人のプライバシーの保護、評議での
自由な意見表明の確保、そしてみんなが参加して作り上げた判決の正当性を守ること
です。そうであれば、話してはいけないことをこの3つに限定するのです。それ以外
は自由に話してくださいとするのです。裁判員を経験した方々は、話してはいけない
ことは十二分に分かっておられます。裁判所ももっと経験者を信頼して、運用を逆転
させる英断を下してほしいと思います。
私がアメリカで暮らしていたときのことです。あるレストランで私の後ろのテーブ
ルには、3人の若者がランチを楽しんでいました。するとその中の1人が、
「そういえ
ばさ、昨日まで陪審員やってたんだ。
」と話し始めました。仲間は「そうなんだ。で、
どうだった?」と会話が弾んでいきました。もちろん、陪審員を務めた彼は、他人の
秘密をばらしたりはしません。いつの間にか3人は裁判の話で盛り上がっていきまし
た。
裁判員制度は、誰かの制度ではなく、私たちの制度です。改まった場所ではなく、
家庭や職場で家族や友人が普通に問いかけ、経験者が語っていく・・・そんな風景が
当たり前になれば、辞退率にも変化が生まれるのではないでしょうか。
(了)
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