学 位 論 文 要 旨 犬の腫瘍性疾患における血清フェリチン

学
位
論
文
要
旨
犬の腫瘍性疾患における血清フェリチンに関する研究
-臨床的有用性と慢性炎症に伴う変化について-
Study of the serum ferritin concentration in dogs with
neoplastic diseases: Clinical usefulness and change in
chronic inflammatory condition
近澤
征史朗
S e i s h i r o C H I K A Z AWA
平 成 25 年 度
2013
現 代 の 少 子 高 齢 化 社 会 は ペ ッ ト の 存 在 意 義 を 変 化 さ せ 、ペ ッ ト
は家庭内でより家族の一員として大切に飼育されるようになっ
た。ペットの健康に対する人々の意識の向上と共に獣医療は目覚
ましく発展し、ペットの高齢化という新しい問題が浮き彫りとな
った。ペットの平均寿命の延長は老齢疾患を増加させ、現在は腫
瘍性疾患がペットの主な死亡原因の一つに数えられるようにな
った。今や腫瘍性疾患に対する診断・治療法の開発は獣医学臨床
分野における重要な課題であると言える。
人医療では腫瘍性疾患の診断を補助する種々の血清学的マー
カー(腫瘍マーカー)が存在し、人々の健康維持に多大な貢献を
している。一方、獣医療では臨床的に有用な腫瘍マーカーはほと
んど見出されていないのが現状であり、自覚症状を発しない動物
における腫瘍性疾患の早期発見は困難を極めることから、獣医療
にこそ簡便に腫瘍の存在や動態を客観的に評価できる腫瘍マー
カ ー の 発 見 が 望 ま れ る 。 本 研 究 は 犬 の 血 清 フ ェ リ チ ン ( Ferririn:
以 下 Ft)の 腫 瘍 マ ー カ ー と し て の 臨 床 的 有 用 性 を 検 証 す る こ と を
主な目的とした。
Ft は 哺 乳 類 の 全 て の 細 胞 に 存 在 す る 、H と L の 2 種 類 の サ ブ ユ
ニ ッ ト が 24 量 体 を 構 成 す る 分 子 質 量 約 45 万 の 細 胞 内 鉄 貯 蔵 蛋 白
質 で あ る 。 Ft は 血 清 中 に も 微 量 ( < 1 μg/ml) に 存 在 し 、 そ の レ ベ
ルは生体内貯蔵鉄量を反映する他、人医療ではリンパ腫や前立腺
癌などいくつかの腫瘍性疾患で異常高値を示すことが報告され
て い る 。一 方 、獣 医 療 で は 腫 瘍 性 疾 患 に お け る 血 清 F t の 臨 床 的 有
用性を評価した報告は少なく、十分な検討が行われているとは言
え な い 。そ こ で 本 研 究 で は 担 癌 犬 の 血 清 F t 濃 度 を 基 に そ の 臨 床 応
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用 の 可 能 性 を 探 る と と も に 、現 在 も 不 明 な 点 が 多 い と さ れ る 高 Ft
血症発生機序について検証した。本論文は以下の三章構成とする。
第一章
サ ン ド イ ッ チ ELISA 法 を 用 い た 犬 の 血 清 Ft 濃 度 測 定 法
サ ン ド イ ッ チ ELISA 法 を 用 い て 犬 の 血 清 Ft 濃 度 の Homologous
assay 系 を 樹 立 し た 。 測 定 に は ウ サ ギ 抗 犬 心 臓 Ft ポ リ ク ロ ー ナ ル
抗 体 、標 準 蛋 白 質 は 精 製 犬 心 臓 F t を 使 用 し 、そ の 測 定 精 度 の 検 討
および基準範囲の設定を行った。使用した抗体は免疫学的反応性
が 異 な る と さ れ る Ft の H と L 両 サ ブ ユ ニ ッ ト を 認 識 し 、 測 定 系
の添加回収試験、希釈試験、同時再現性試験はいずれも良好な成
績 を 示 し た こ と か ら 、本 研 究 に お け る 犬 の 血 清 F t 濃 度 の 定 量 法 と
して信頼できると考え、以後の研究に使用した。
上 記 方 法 を 用 い て 163 頭 の 臨 床 的 に 健 康 な 犬 ( 年 齢 : 範 囲 1~
16 歳 齢 ,平 均 4 歳 齢 、 性 別 : 雄 82 頭 、 雌 81 頭 ) の 血 清 Ft 濃 度 を
測 定 し た 結 果 、 平 均 値 ±標 準 偏 差 は 789 ± 284 ng/ml( 範 囲 : 261~
1,889 ng/ml) で あ り 、 性 、 年 齢 、 体 重 に よ る 明 ら か な 差 は 認 め ら
れ な か っ た 。従 っ て 、健 常 犬 の 血 清 F t 濃 度 の 基 準 範 囲 を 平 均 値 ± 2 ×
標 準 偏 差 で 算 出 し た 221~ 1,357 ng/ml と し た 。
第二章
担 癌 犬 に お け る 血 清 Ft 濃 度 と そ の 臨 床 的 有 用 性
2009 年 6 月 か ら 20 13 年 11 月 ま で の 期 間 に 北 里 大 学 獣 医 学 部 附
属小動物臨床センターに来院し、病理学的あるいは臨床病理学的
に 診 断 し た 担 癌 犬 224 例 ( 癌 腫 : 61 例 、 肉 腫 : 51 例 、 造 血 器 系
腫 瘍 : 67 例 、 そ の 他 悪 性 腫 瘍 : 34 例 、 良 性 腫 瘍 : 11 例 ) お よ び
非 腫 瘍 性 疾 患 罹 患 犬 5 8 例( 炎 症 性 疾 患 : 3 0 例 、免 疫 介 在 性 疾 患 :
28 例 ) に お け る 診 断 時 の 血 清 Ft 濃 度 を 測 定 し た 。 犬 の 血 清 Ft 濃
度は様々な疾患で高値を示す例が存在し、良性腫瘍を除く各疾患
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群において半数以上が基準上限値を上回ったことから、特定の腫
瘍性疾患に対するマーカーとしての有用性は乏しいと考えられ
た 。 腫 瘍 別 の 検 討 で は 脾 臓 血 管 肉 腫 ( 11 例 ) の 全 例 で 基 準 上 限 値
を 上 回 っ た こ と か ら 、本 症 に お け る 高 F t 血 症 の 存 在 が 明 ら か に な
った。加えて脾臓血管肉腫では少数例ながら初期の臨床ステージ
でも高値を示したことから、早期発見が困難であるとされる本症
の早期診断法への応用が期待できると思われた。
ま た 、血 清 F t の 推 移 が 病 態 の モ ニ タ リ ン グ に 応 用 可 能 か ど う か
を 調 べ る た め に 、高 率 に 高 F t 血 症 を 生 じ る と さ れ る 犬 の 多 中 心 型
リンパ腫(7 例)および組織球肉腫(4 例)について、治療に伴
う 経 時 的 な 血 清 F t 濃 度 の 変 化 を 観 察 し た 。そ の 結 果 、リ ン パ 腫 で
は病態の進行によって増減する傾向は認められるものの、ほとん
どの例でリンパ腫が再燃した時点での上昇は認められなかった。
一方、組織球肉腫では全例で治療後急激に低下し、その後疾患の
再燃を認めた時点あるいはその直前に再び上昇した。従って、血
清 Ft 濃 度 は リ ン パ 腫 で は 病 態 を 強 く 反 映 し な い と 考 え ら れ た が 、
組織球肉腫では病態の進行を鋭敏に反映すると考えられたため、
モニタリングへの応用が期待できると思われた。
高 F t 血 症 の 存 在 が 予 後 因 子 と な る か ど う か を 調 べ る た め 、4 , 0 0 0
ng/ml で 分 け た 多 中 心 型 リ ン パ 腫 18 例 に お い て 治 療 後 の 生 存 期 間
を比較したところ、両者には有意な差が認められた。従って、著
し い 高 Ft 血 症 の 存 在 は 多 中 心 型 リ ン パ 腫 に お け る 予 後 不 良 因 子
であると考えられた。
第三章
高 Ft 血 症 の 発 生 機 序 に 関 す る 考 察
血 清 F t は 様 々 な 疾 患 に 付 随 し て 非 特 異 的 に 上 昇 す る が 、そ の 機
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序については不明な点が多く、過去に肝障害、腫瘍からの放出、
炎 症 の 関 与 が 指 摘 さ れ て い る 。本 章 で は 高 F t 血 症 の 発 生 機 序 に つ
いて臨床例、あるいは実験的炎症モデルを用いた検討を行った。
前 章 で 高 F t 血 症 を 高 率 に 認 め た リ ン パ 腫 ( 5 3 例 )、 脾 臓 血 管 肉 腫
( 1 1 例 )、 組 織 球 肉 腫 ( 8 例 ) そ れ ぞ れ の 血 清 F t 濃 度 と 血 清 A LT
活性の関連性を調べたところ、全ての疾患で相関関係は認められ
な か っ た 。ま た 、血 清 と 組 織 の Ft H/L サ ブ ユ ニ ッ ト 比 を 比 較 し た
ところ、両者に明らかな類似性は認められなかった。従って、腫
瘍 性 疾 患 に お け る 高 Ft 血 症 の 主 因 は 肝 障 害 あ る い は 腫 瘍 か ら の
放出ではないと考えられた。他の要因として慢性炎症に伴う長期
的 な 鉄 代 謝 異 常 が 高 F t 血 症 に 関 与 す る か ど う か 、健 常 犬 を 用 い て
検証した。健常ビーグル犬 5 頭を用い、局所的催炎症物質である
テ レ ピ ン 油 を 3 日 毎 に 0.5 ml ず つ 計 15 回 背 部 皮 下 投 与 す る こ と
で 持 続 的 な 局 所 炎 症 を 誘 発 し 、血 清 F t 濃 度 の 変 化 を 経 時 的 に 調 べ
た 。そ の 結 果 、血 清 F t 濃 度 は テ レ ピ ン 油 投 与 初 期 に 一 過 性 に 上 昇
した後に投与前のレベルまで減少し、その変化は生体内貯蔵鉄量
の 変 化 と 一 致 し た 。 従 っ て 、 局 所 的 な 慢 性 炎 症 は 持 続 的 な 高 Ft
血症を誘発しないことが分かった。
以 上 の こ と か ら 、本 研 究 に よ っ て 犬 の 血 清 F t は 、脾 臓 血 管 肉 腫
において高率に上昇すること、組織球肉腫において病態モニタリ
ングの指標としての有用であること、多中心型リンパ腫の予後不
良因子であること、実験的誘発局所の慢性炎症において異常高値
を示さないことが明らかになった。これら成果は獣医療における
新 規 腫 瘍 マ ー カ ー の 可 能 性 を 示 す と 共 に 、高 F t 血 症 の 発 生 機 序 の
解明に有益な情報を提供する。
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