関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 お話を簡単にいたしますと、研究所内にはたくさん 2015年3月7日(土)10:00~17:00 の研究会がありまして、基幹研究会が法制度研究会 関西学院大学東京丸の内キャンパス です。震災が起きてから原発避難を中心にやってま いりました。 科研の震災疎開研究、これは首都直下の疎開の問 ○山中茂樹 2011年、震災が起きてから、研究所は阪 題を研究するために科学研究費をもらって立ち上げ 神大震災の県外避難者の問題、首都直下地震におけ た研究会ですが、途中で東日本大震災が起きて、急 る広域避難の問題をずっと研究しておりまして、当 遽、原発避難に切りかえた研究会です。その後、ま 然のことながら、こういう問題を見過ごすわけにい た科研をもらって二地域居住研究会があります。最 かない。実質支援を兼ねてやろうということでやっ 初は福島大学、次はSAFLAN、JCNとの共同 てまいりました。 管理で進めてまいりましたけれども、黄緑であるの 今日は二地域居住研究会、低線量被曝問題研究会、 原発避難白書・周辺地域問題研究会、3研究会の合 は大学の共同研究費をもらって進めてきたものです。 我々は政策提案するために研究会をやっています ので、立法事実の研究会とは別に、この法制度研究 同の発表会にいたします。 スケジュールですが、僕は5分ぐらいだけ挨拶を 会から特定プロジェクト研究会を立ち上げて、ここ するつもりだったんですが、白書が2時間は無理だ でいろいろ集めた立法事実を特定プロジェクト研究 というお話ですので、皆さんがお集まりになる間、 会に返して、政策制度を考えていくようなシステム 何とか話をつなごうということで、40分お話をいた をとっています。そのほか、いろいろ研究会はあり します。 ます。 その後、10時40分からお昼前まで、原発避難白書 3つの科研と大学大学共同研究費をもらってここ の刊行に向けて今やっていらっしゃること、どうい までやってきたんですが、私が3月をもって退職で う内容でお出しになるのか、シンポジウム形式でお すので、科研も今年度いっぱいでおしまいというこ 話しいただこうと思っています。 とで、一応1回閉じさせていただいて、来年度から 午後1時から、全国の自治体の調査をやっており また次のステージに移ることになります。 ますので、受け入れ自治体の避難者支援について田 今まで政策提言としては、こういうものをやって 並先生からご報告をいただく。尾松さんにようやく まいりました。災害復興基本骨子案というのは、こ 来ていただくことができたんですが、スラブチチの の国に復興の法体系がないということで、研究所の まちづくり、いわゆるソビエト連邦の避難自治体の ストレス・ターゲットでもあったんですが、2010年 研究報告をしていただく。 にこういうものを出して、関西の弁護士の皆さんと 14時30分からはマーシャル諸島、ビキニ環礁の水 もご協力いただいてつくり上げたものです。東日本 爆実験の結果、避難をせざるを得なくなった島のお 大震災が起きてから、管内閣から欲しいというので 話を中原先生から報告をいただきます。 渡したんですが、全く似ても似つかぬものになって 15時45分から、北関東、千葉、茨城のお母さん方 しまって、極めて怒ったんです。内閣の審議官も欲 を中心に被曝実態の調査をしていますので、これに しいということで渡したんですが、「大規模災害復 ついて分析なさった山口大学の高橋先生に報告をい 興基本法」という全く違うものになって、非常に怒 ただきます。 り心頭になっているところです。 最後を締めで、脇さんに関東の汚染地域、子ども これを具体的な実定法にまでしていかなければい 被災者支援法から全く無視されている形になってい けないというのが、研究会あるいは災害復興学会、 る北関東でどういう問題が起きているか、脇さんに 復興制度研究会の課題となっていまして、これは新 お話をいただくというスケジュールを考えています。 年度から取り組むということです。 あとは、東日本大震災にかかわる研究提言。これ 16時40分から質疑をいたします。 ざっと、研究所がどういう取り組みをしてきたか 1 / 101 は全般的な問題で、阪神とか中越とか三宅島とか、 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. いろんな災害から経験を受けたものを提案として出 市民制度、福島大学の今井先生が2重住民票を提案 しています。 していらっしゃいますけど、我々は準市民制度、あ 今日のお話は「棄民をつくらないための政策提 るいは外国人登録法をみなし規定にして、両方の町 言」です。復興学会の特別顧問の片山総務大臣にも で市民権を得るような形を提案しているんですが、 手渡しましたし、今の福島県知事の内堀さんにも渡 これについての希望とか認知度を聞いています。 したんですが、なかなか難しいです。 近々、NHKで報道をすると思いますので、今日は これまでの調査で、今日も幾つか発表していただ あまり触れません。 きます。原発避難者受入実態調査、2011年に一度や 最終、関東地域における東日本大震災と原発事故 って、もう1度、2015年にやっています。最初は公 に関する住民意識調査は、高橋先生と脇さんから報 的施設での受入状況とか、特に自主避難者の扱い、 告をいただきます。これは主に千葉・茨城のお母さ 支援団体との個人情報の共有の問題等々を聞いてお ん方です。子供の体調の変化とか不安と対策、こう ります。裏表の関係で、支援団体調査、これはJS いう問題を聞いております。 Nにご協力いただいて、これは毎日新聞と共催でや 現地調査としては、福島の調査だけをしているわ ったんです。これも全国の支援団体にお配りして、 けにはいかないので、先行事例を調べなければいけ これはあまり回答をいただけなかったんですが、個 ない。いろんなところに行って話を聞いています。 人情報の共有問題を同じように聞いていまして、こ これについてご報告をしようと思っています。今日 の問題は非常にこれから大きな問題になるだろうと お話しするのは、北海道新十津川町母村意識と安土 思います。 町地域自治区の問題です。この辺を使えるのではな 特にみなし仮設の問題で、被災者がどこにいるか いかということが1つのアイデアであります。 わからない中で、個人情報を自治体と支援団体がど あとは、岡山県智頭町「疎開保険」とか広域避難 ういうふうに共有していくか、この辺の条例の問題 者東京・埼玉聞き取り調査ですが、都庁の数字と実 です。渋谷区などは個人情報を開示する条例をつく 態があまりにも違うという話。今後、疎開する中で ってますが、そういうものが今後必要だろうと思い どういう制度がつくられるのかという話です。JC ます。 N広域避難者支援ミーティングには、なるべく可能 今回の広域避難者待遇についての自治体調査は、 な限り参加をさせていただいて、お母さん方の生の 関東地域からの避難者が全くわからない状況の中で 声を聞こうということで、ずっと参加をしてまいり 調査をしたわけです。3,000人ぐらいはいるという ました。 ことはわかるんですが、自治体の回答も町々に濃淡 この辺は、おさらいです。毎年1月に関西学院大 学では「復興・減災フォーラム」を開いています。 がありまして完全な形ではわかりません。 阪神のときも神戸から避難した人たちを調査しな 最初の年は、実態を知ろうということで、福島大学 ければいけないということで、国勢調査に入れてく の丹波先生と橋本先生、もうお亡くなりになりまし れと我々は要求したんですが、その当時は実現しま たが、賠償問題をやってらしゃった日弁連の秋元先 せんでした。今回の総務大臣会見で、今度の国勢調 生に除染の問題とかいろいろお聞きして、浪江の馬 査で5年前の住所地を聞くとなっていますので、あ 場町長と福島大学の未来福島支援センターの山川初 る程度はわかるかもしれません。 代センター長に来ていただいて、シンポジウムを開 子供の避難状況とか健康状況、こういうところで もう少し調査を徹底する必要があるんではないかと きました。 2年目は、包摂をテーマにして、この間、福島県 知事選に出られた熊坂さんとか、宮古のひまわり法 聞いています。 新しいまちづくりについての福島県4町アンケー 律事務所にいらっしゃった小口さん、愛媛に避難さ トは、富岡・浪江・双葉・大熊について、我々、セ れた渡部さんに来ていただいて、このときは、すご カンドタウンというか二地域居住を震災直後から提 い避難者の方に円卓会議に来ていただきました。河 案をしてますが、これについての意識、あるいは準 﨑先生、栗田さん、市村さん、遠藤さん、中村美紀 2 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. これは一刷りが全部出ちゃって、今、電子書籍にな さん、たくさんの方に来ていただきました。 3年目としては、我々としても関西にありますの っています。これも阪神の経験、二地域居住の提言 で、南海トラフを無視できないだろうと、少し津波 もしています。これは北原先生、田並先生、森先生 に視点を置きました。さらには東北学院大学と連携 と一緒に書いた『震災難民―原発棄民」』。これは 協定を結びましたので、東北の津波災害にも少し目 うちのホームページから全部ダウンロードできます を向けようということで、ちょっと無理があるテー ので、政策提言も全部入っています。こういうよう マにしてしまったんですが、利益相反する復興とは な論文を書いていただきました。 何ぞや。帰るのが復興なのか、帰らないのが復興な ここから、いよいよ前座の話になるんですが、今 のかという大きなテーマがあるわけですが、その辺 までこういうような提案をしています。1つは広 の話です。中原先生とか北原糸子先生に先行事例、 域・長期避難者への制度支援としては、「子ども支 新十津川とかロンゲラップのお話をいただきました。 援法」とは別に、準市民制度。二地域居住をする場 今年は阪神淡路大震災が20年になりますので、少 合に厄介な問題が選挙権の問題になるので、選挙権 し原発避難から離れまして、震災バネというテーマ がない、旧外国人登録法を活用して、在留カードを で事業をし、フォーラムとシンポジウムをやりまし 発行するシステムです。原発避難者特例法、片山さ た。原発避難の方々には、あまり今回はおいでいた んがそちらをつくったんですが、それとリンクさせ だけなくて、関西でやっていらっしゃる西山さんと ることによって、さまざまな権利は得られる一方、 か、ご主人とお子さんが避難して、単身赴任をして 選挙権はないシステムがつくれるのではないかとい らっしゃる福島大学の西崎先生、まるっと西日本の う提案です。 原発災害援護基金、これは炭鉱離職者援護法を準 古部さんに来ていただきました。 このときは、兵庫県の貝原元知事とボランティア 用した形のもので、いわゆるファンドをつくるんで のレジェンドになっちゃった黒田さん、おいでいた す。ファンドについては、戦前から「備荒貯蓄令」 だいた後にお二人とも亡くなってしまって、非常に とか「罹災者救助基金法」、現在も「被災者生活再 ショッキングと言うか、阪神大震災もいよいよ歴史 建支援基金」、いろんなファンドがあるんです。こ になっていくんだなという思いを強くしたシンポジ れは知事会にあって、事務局もありますので、知事 ウムとなりました。 会の第2部長と話をして、こういう基金がつくられ 2011年6月に福島大学に呼ばれて、復興研究所の 立ち上げに参加をしたんです。そのとき、たまたま るんじゃないかという話にはなったんです。原資は 何にするか。 天野和彦さんとシンポジウムで一緒になって、ご存 原資は、大概、銀行から借入ですが、今回はそう じの方もあると思いますが、現在は福島大学と県庁 はいかんだろう。東電、電事連から出さざるを得な と両方に席を置いてらっしゃいます。実はそこで天 いだろう。そうなると政治的には難しいという話で 野さんがセカンド・タウンと言い、僕が二地域居住 す。知事会には事務局がちゃんとあるので、基金さ と言い、知らなかったんですけど、たまたま同じこ えつくれば運用は可能であるという話にはなったん とを言ったんです。これは意気投合してしまって、 ですけど、そこからは進んでいません。 研究とか運動も実際にやっていこうという話になっ 「学校保健安全法施行規則」第6条に血液検査な て、それ以後、ずっと連携をしているという意味で、 どを加えてはどうか、これは簡単にできるのではな このチラシを挙げさせていただきました。 いか。そうすると全国の子供たちの血液検査のスタ こちらは復興学会を福島でやった大会ですが、当 ンダードなものは出るし、被災した子供たちの状況 時の平野復興大臣と佐藤前知事に出ていただいて、 も比較できるんじゃないか、これは今後も進めてい 当然のことながら意見具申もしましたし、シンポジ く必要があるのではないかと思っています。 ウムでは天野さんが出てセカンド・タウンを訴えま 帰宅困難区域を抱える地域の二地域居住支援。こ れはいろいろなアイデアがあるんですが、なかなか したけれども、いずれも実現はしていない。 直後に出した本として、河出書房から出した本、 3 / 101 難しいです。現行法を使うと、1つは地方自治法202 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. 条の4、これは地域自治区は今の自治体の中にもつ 物語」とか、NHKのテレビドラマ「新十津川物 くれるんです。ただしこの場合は、地域全体の中に 語」で一般化されています。 ある一定業務を持つわけですので、いわゆる領土権 こういう場所です。ここが新十津川町で、ここが みたいなものはない。領土活用はないわけです。 札幌市です。この辺に旭川市、旭川動物園があるん 「合併特例法」を使うと、領土は持つんですけど、 です。富良野がここです。こういう位置関係になり これは現行の地域をそのままくっつけて地域自治区 ます。 としてしまうので、飛び地はだめなんです。全くな これが町の図です。この辺が滝川市で、一時、滝 いところに新しい領土をつくる形にはならない。例 川市との合併問題が出るんですが、しなかったんで えば富岡と川内が合併して、大熊を旧地域自治区に す。やはり十津川という名前を残したいということ することは可能ですが、ここはちょっと違う。新し で合併をしませんでした。行ったときは、この辺に い法律が要るという感じがして、現実の今の法律で 泊まったんですが、なかなかいい町です。これが石 はなかなか難しい。 狩川です。 もう1つはアイデンティティです。単に移ればい 流れですが、明治22年十津川郷大水害があって、 い問題ではないので、アイデンティティをいかに確 2,500人が小樽港に船で着き、三笠市旧幌内駅から 保させていくのかが1つのテーマです。 歩いて、滝川の屯田兵の小屋で過ごして開拓をして 先行事例としては、北海道の新十津川、滋賀県安 いくんです。これは新十津川町にある副読本です。 土町、旧山古志村の昼間村民、ロンゲラップ、東京 北海道に移ったほうに教科書みたいなものがありま 都青ケ島。これは(東京都青ケ島)柳田国男が書い す。原野を切り開いてつくっていくわけです。実は、 ていますが、三十何年ぶりに帰ったというものです。 お金も仕度金が出るんです。30町四方という実験道 今日ご報告いただくソ連のスラブチチ、こういう幾 路を真ん中につくって、600戸はそれぞれ川沿いを、 つかの事例があります。 くじ引きでもらうんです。明治維新で、十津川郷は いろいろ聞くと、セカンド・タウンの条件として 勤皇の志が強くて、御所の警護とか勤皇の志士をか 挙げられているのは、ついの住みかにならないとい くまったり、国学者をかくまったりしていますので、 けない。だから仮の町じゃないんです。帰るわけで 明治政府から非常に特待遇を与えてもらったところ はなくて、そこに永住する。ふるさとと行き来がで はあります。 きる。ふるさとも残るわけです。まさに、二地域居 十津川の人はきこりさんです。こういうことはで 住。周辺に生活インフラがあること。新しい開拓地 きるんだけど、営農はできないです。たまたま、富 はあまり望んではいらっしゃらない。安定した仕事、 山から移り住んだ人たちが、水田ができるというこ これは当然です。以前の土地の所有権を維持できる とで、コラボレーションして、切り開いていくわけ こと、町の具体像が示されること、多くの住民が移 です。 り住むこと、避難先のコミュニティが維持できるこ 1つは、移住した場合、現地の人たちとコラボで と、ふるさとに似た気候、これはなかなか難しいと きる技術を持っているか、非常に移動の場合は大切 思います。震災前のコミュニティを維持できること、 です。現在、こういう獅子舞があるんです。これは 土地の払い下げが受けられること、いろいろ条件が 富山のものなんです。新十津川の人たちは志を持っ あります。こういうものを実現できるかどうかです。 て移り住むわけですが、東北3県とか四国から移り 1つは、北海道新十津川町です。明治22年の大豪 住んだ人は、農家の3男、4男で、末は博士か大臣 雨で168人が亡くなって、3,000人が家屋や田畑を失 かとはいかないけれども、何か一攫千金はないだろ って、北海道のトック原野に、1889年に移り住むん うかという格好で移り住んだ人たちで、町長とか教 です。当時は新十津川村だったんですけど、現在は 育長とか皆さんにインタビューしましたけど、ほと 十津川町になっています。同じ村章、町章、記章を んどふるさとがない状況でした。お墓もどこにある 使っています。新十津川町の人は奈良の十津川村を かわからない中で、新十津川、奈良の十津川村を皆 母村と呼んでいます。川村たかしの原作「新十津川 さん、故郷と思ってるんです。母村と思ってる。そ 4 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. の中にほかの地域の文化が混ざりあって、新しい新 像が今も奈良の十津川にはあるというので、どこま 十津川の習俗がつくり出されています。 で本当に神道を信じているのかよくわかりません。 彼らのアイデンティティの大きなところは剣道な アイデンティティ教育、こういう副読本がつくら んです。あれだけの水害で北海道まで移住するんで れています。こういうのは母村の中で教育がされる すけど、持って行ったのは竹刀と剣道具なんです。 形になっています。 屯田兵と野試合をして、自分たちのことを、今でも、 これは福祉施設ですが、約束の書をつくっていま 皆、剣士とおっしゃいます。非常に強いんです、こ す。災害以前から交流をして、助け合おうと。特別 の地域は。こういうふうに農作業小屋の中に剣道場 養護老人ホーム、奈良の高森の郷と北海道のかおる があったり、こういう形で1つのアイデンティティ 園が協定を結んで、こういうのはあまり見たことが を維持してきた。 ないですけど、行われています。 これは、先ほど「新十津川物語」の主人公フキと 2011年の大水害が奈良であったんですが、北海道 いう女の子の像です。これは奈良の十津川村にある の新十津川町は一般会計で5,000万円の義援金を予 7歳の像。北海道に新十津川にあるのは17歳の像で 算化するんです。普通、一般会計から出すのはあま すが、これはいずれもフィクションなんです。実在 り聞いたことがないですが、別に義援金も2,000万 の人物ではないけれども、こういうふうに北海道は 円集めて。剣道団体、新十津川商工会が見舞金30万 奈良を向いていて、奈良は北海道を向いていて、こ 円、ゆめぴりを110キログラム送りました。町職員 ういうのをつくって、お互いに意識しているのは非 さんが2カ月間にわたって応援に入った。 ところが応援派遣も、関西空港にこの人たちが着 常に興味深かったです。 すばらしい尚武館という剣道場があって、奈良の くんです。奈良は母村、親の村ですから、わざわざ ヒノキを使ってつくっています。7段が7人いるんで この町から来てくれるのに、勝手に来させてはいか す。これは非常に珍しいそうです。1つの町で7人い んだろうと、わざわざ自分たちは被災して大変なの るのは非常に珍しい。この人も十津川の人じゃない に関西空港まで迎えに行って、乗せて、温泉のある んです。四国かどこかから来てるんですが、こうい 施設まで連れて行って歓待するようなことが行われ う1体40万円から50万円する剣道具を買って、この ました。福祉施設から介護職員5人が1週間ほど派遣 方も有段者です。50年前から奈良と交流をしていて、 されました。それに対して、こういうヒノキでつく 剣道が縁で奈良に逆移住した子もいます。縁組も、 った机と椅子80脚を奈良から北海道へお返しに送る 十津川同士で夫婦縁組が2組ぐらいできています。 ことが行われていた。 もう1つが宗教です。この辺は、北原先生はまだ こういう二地域居住が可能となるならば、非常に まだ調査しないとだめだと、宗教で変わるというの 理想的なのではないかと。それはどうすればできる はあまり信じられないとおっしゃるので、これはま のかというのが1つのテーマです。 だまだ調査していかないといけないですが。さっき 剣道と出雲大社、こういうアイデンティティを維 勤皇の志が高いと言いましたが、奈良の十津川では、 持できるものが多分要るんだと思います。富山の農 廃仏毀釈で仏教は、全部川の中に放り捨てるんです。 民と奈良のきこりのコラボレーション、母村の存在、 出雲大社教という神道を新しくつくって、それを信 要するに故郷を失った人たちによって、母村になり じているのがちゃんとこちらに勧請されてるんです。 得る町になるという感じがします。 母村の鎮守の玉置神社もこちらに勧請されていて、 もう1つは、安土町の地域自治区です。織田信長 のつくった安土城のあった安土町と近江八幡市が合 神道が非常にこの町では大きな力を持っています。 ただ、一度、新住民も含めてしっかり調査をして、 併するんです。安土という名前を捨てたくないとい どの程度の信仰心があるのかよくわかりませんので、 う皆さんの意識があって、合併反対運動が随分あり 調べていく必要があると思います。奈良の十津川で ました。滋賀県は関東の人はあまり認識がない、近 は、仏教が隠れキリシタンのように、戸棚をひっく 江県にするか琵琶湖県にするかという話題が議会で り返すと仏像が出てくる。表は神道だけど、裏は仏 出てますが、滋賀県です。 5 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. 安土町と近江八幡市が合併するんですが、にわか この中越地震で何が申し上げたいか、一気に過疎 に合併できないということで、10年間が地域自治区 が進むんです。長期避難をすると帰るには大体5割 という町をつくって、地域協議会をつくって緩やか から6割です。三宅島もそうでしたし、山古志もそ に合併をしていこうということです。 うです。どこの被災地でも長期避難をすると、帰る これは「合併特例法」によるものでして、完全な 人が5割から6割。しかも高齢化し、単身化し、無職 独立性の強い合併、特例区ではなくて、緩やかに合 化し、病弱化し、年金依存になる傾向をたどります。 併しようと地域自治区という形をとっていますが、 したがって、非常にもとの自治体にとっては厳しい 地方自治法ではなくて合併特例法でやってます。 状況になります。 僕らが視察に行くと、早速こういう広報に出まし ここは幸いに、過疎が5倍の速度で進んだとは言 て、市村さんもこのときに行ってるんですが、紹介 われてるんですが、長岡市と合併をしていますので、 されたりしています。福島大学の今井先生もおられ この町自体は大きな影響はない。ただしここの特徴 ました。向こうの担当職員が、地域自治区をどうや は、山古志の独立性と言いますか、アイデンティテ ったら福島で実現できるかというアイデアを送って ィが非常にまだ強くて、こういう言葉があるんです。 きました。あくまでも地方自治法に基づく地域自治 昼間村民、昼間は村民で、十分長岡の新しい町から 区ですので、どこか領土活用されるものではなくて、 通えるんです。そういう中でこういう町が存在して 例えば、これは東京都日野市と想定してますが、日 いる。 野市全域を富岡町の地域自治区にすると。その中で ということは、富岡にしても、大熊にしても、通 地域自治区の地域協議会をつくって、ここに支援交 える町は存在するのかなという気がします。通勤範 付金みたいなものをつくって、それが日野市に入る 囲ならば、居住地をほかのところに移して、現在地 ような形にする。富岡町のまちづくり協議会は、支 に通って仕事をすることも可能なのかなと。 援交付金から事務員を雇用して、会の事務や事業を これは新潟で言われた、よそ者・わかもの・バカ 者という被災者の震災バネという復興バネという働 行う形です。 主に事業としては、本当に地方自治法における自 かす役割をした人たちのことです。人口は減ったけ 治業務をやるわけではなくて、全国に避難してる人 れども農家レストランができたり、復興支援制度が たちの集約をする事務局的なもの、アイデンティテ できたりして、非常に活発に動いている意味では、 ィを維持していくような事業、それから協議。こう 1つのアイデンティティ、人口が減っても活性化で いうことを地域自治区でやって、いずれは合併をす きる1つの事例だと思います。 る。あるいは帰る人は帰る。除染が終わって帰れる 今日ご紹介いただきますが、これは中原先生のご ようになれば帰る。こういうものができるのではな 本です。ここもアイデンティティの問題が随分強く いか。 あるような気がします。この話は、中原先生に置い 必ずしも日野市に住む必要はなくて、全国に散ら ばってる人たちが全てここの住民になるものを安土 町の職員が考えて提案をされてきた。これは現行法 ておくとして、前座ですので。すごく動くんです、 これも驚くほど。 現在も、ビキニ環礁の水爆の実験の影響が今なお 続いているというのは、先生のお話を聞いてびっく の中で十分に可能だというものです。 2004年に新潟の中越地震がありました。山古志村 がそうですが、小千谷ではなく、長岡市と合併しま りしたんですが。こういう事例も1つ前提として役 に立つだろうと。 した。これは震災の後すぐです。皆さん、覚えてら これはまだ未着手ですが、東京都青ケ島です。こ っしゃるかもしれませんが、こういうことがありま れは伊豆諸島の島で、安永9年の大噴火で八丈島に した。今日は、そういうお話をするためではないの 避難されるんです。39年たって旧青ケ島に戻るんで で、説明しませんけれども、これは東京のハイパー す。何でそんなにまでして戻るのか、これが非常に レスキュー隊が話題になったところです。現在はこ 関心事ですが、なかなか行きにくいんです。ヘリコ ういうふうになっています。 プターを2回乗り継がないと行けないとか、島には 6 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. 民宿しかなくて、旅館もレストランも何もないので、 に出てないものですから、なかなか全てを種明かし 行こうとすると相当準備をしていかないといけない するわけにはいかない事情もありまして、資料も割 ことで、ここのアイデンティティの調査をしてみた と雑駁な感じでつくってありますが、できるだけ皆 いと思っています。 さんの質問等にはお答えしたいと思っておりますの 4原則、移住する前にアイデンティティを感じら で、よろしくお願いします。 れるものが要るだろうと。移住避難先ではメリット どんな内容で考えているか、なぜ、これが必要だ が要るだろうと。できれば、もとの土地を手放さな と思っていて、皆さんが集まったのか、私から説明 ければいいと。 を差し上げた後に、いろんな方々がこの白書の研究 今、自民党の早期帰還策は、買い取って出て行っ てくれという形ですけど、これを手放さずに賃貸に 会には集っておりますので、残りは簡単なパネルデ ィスカッション形式で進めたいと思います。 したほうがいいだろうと。もとの土地は、母村とい 全然、関係ないですが、私は全く違う仕事で、前 う存在とすることができればベストだろうと思って の所長の室﨑先生に誘われて、神戸でリスボン地震 います。 研究会をやってるんです。リスボン大地震は1755年 これはうちのホームぺージを見ていただければい にあって、このときにリスボンはヨーロッパの中で いんですけれども、こういう提案を何度もしていま も最大規模の都市だったんですが、大地震と津波に すが、なかなか難しいです。 よって大きな被害を受けて、その後、経済が衰退し NHKさんが近々やれる中にも少し触れていただ けるかもしれませんが、こういう政策提言をしてい たと言われております。 そういう経済の衰退期にある災害が、その後の社 会生活にどういう影響を与えたのかを調べますとい ます。 ということで、前座で、午後からそういう話をた うことをやっていました。哲学者のカントが、この くさんしていただけると期待をしています。今年度、 ニュースを聞いて、地震原因論という論文みたいな 一旦閉じますけれども、避難疎開の問題は研究所の ものを書いてるんです。白書の話とは関係ないです 大きなテーマの1つでもありますので、今後も研究 が、これをかじって勉強しているうちに、なるほど 会を続けていこうと思っております。私はいなくな なと思ったことがあって、それを取っかかりとして りますが、よろしくお願いをいたします。 お話をしたいと思って、このスライドを挟み込んで ということで次の白書研究会にお譲りをしますの います。 で、準備をお願いします。皆さん、今日は午後まで この地震原因論の中で、カントは当時、この絵が 長いですが、ゆっくり聞いて帰ってください。よろ 象徴的ですが、地震は人間社会に対する神の罰だと しくお願いします。 皆が信じていた時代だったんです。本当に天罰だと いうことが一般的だった時代に地震論を書いた。冒 以上です。 ○松田曜子 皆さん、おはようございます。研究所の 頭の文章に、「人の運命を変えるような事件が起き たときに、自然探究者は観察や研究から知り得るこ 松田です。 原発避難白書研究会、これまで1年間やってきた とを、市民の皆さんに説明しなければならない」、 ことについてお話しいたします。「避難白書2015」 「自分の観察は、不確実かもしれないけれども、今 制作の取り組みと、JCNさんと一緒に今やってま ここで説明をしておくことの価値はある。後にこれ すが、JCNさんの広域避難者支援活動の実施状況 がきちんと解明されれば、私はその人を称賛に値す 資料がございますので、そちらをご覧ください。 る」と冒頭で述べていて、恐らくこういうことが信 この白書は1年間かけてつくってきて、6月には発 じられていた時代に、こんなものを書くのは相当勇 刊する予定となっておりまして、今日のタイミング 気が必要だったことかもしれないですが、こんな気 で、お渡し、あるいは売ることができればベストだ 持ちを持って当たっている。こんな偉そうなまねで ったんですが、諸事情によりできません。ないもの はないですが、でも似たような姿勢を白書には見出 について話すという状況になっております。まだ世 していると感じました。雑談ですが。 7 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. るわけです。 白書の役割ですが、2つあると考えています。 1つは、原発からの避難という問題自体がすごく 冒頭に山中先生からありました、過去の自然災害 巨大で、いろんな要素が絡んでいて複雑である。そ において、自分のふるさとを遠く離れざるを得なか れを少しでも、全体像を記録して把握しておきたい。 った人たちは、過去の自然災害でも起こりました。 いまだかつて、やはりこれだけの多くの方が家を追 こういう事実は、私たちも学んで、白書も将来の われて、長期にわたって違うところに住まわざるを ために加わるようなことを考えていかなくちゃいけ 得ない、あるいはそうしたいけれども、その選択が ない。 できない人もいることも含めて、私たち人類が遭遇 一番下に難民問題と書いてます。2年前に広域避 したことのない事態が福島、あるいは日本全体で起 難の研究会、白書のもう1年前にもやっていて、そ きていると感じております。今まで遭遇したことの のときからずっと言い続けて何も進展してなくて、 ない事態が起きているのであれば、それは刻々と記 本当にじくじたる思いですが。読めば読むほど、難 録をしておくべきではないかというのが、もう1つ 民問題に出てくるボキャブラリーと今回の広域避難 の視点です。 の話は非常に相似形であるところが多いです。最近 それは誰のためかと言うと、まず1つは、私もま いろんなものを探していたら、登録制度に関して、 だできていないものに対して、すごく期待の声をか 合理的な方法の実績もあるみたいなので、ここにも けていただくことに関しては、本当にプレッシャー 着目をしていきたいと個人的には考えております。 も感じるんですが、この原発事故によって自分の描 白書の研究会ですが、関西学院大学はいつもここ いていた人生が変えられてしまった。いわゆる当事 でやっています。主催団体は3つありまして、SA 者の人たちに対して、この記録を残す意味があろう FLANの弁護士さんたち、JCNの支援者のまと というのが1つです。そうではなかったとしても、 め役の方々が構成団体としてあります。そのほか、 原発避難という問題に対して関心がある一般の人々 いつもの研究会には、市村さんいらっしゃってます にも、この全体像をお知らせする意義はあろうかと が、避難当事者の方、木野さんなどジャーナリス 思います。 ト・ライター、毎日新聞の日野さんにも加わってい 当初は、今でも別に捨てたわけではないですが、 ただいております。定池さんやほかにも研究者の方、 英語版という話も出ていて、今、日本で起きている 河﨑さんが毎回連れて来てくれる学生さんにも加わ ことに対して、英語での発信、あるいは世界の人た ってもらっています。 ちへの発信が足りてないとつくづく感じております。 皆さん、それぞれ違う形で避難の問題にかかわっ ですから、関心のある人は、世界の人たちに、とい ていて、それぞれの視点をみんなは常に一致してる うことでもあります。 わけではないです。いろんな意見の違い等もありな 記録を残すのは、やはり将来の人々、次があって がら、いろんなかかわり方をしてる人が、一堂に集 はならない、これは絶対そうです。でも、原発はま って、この1つのものをつくっているのが特徴だと だこの世界にたくさんあるわけですし、ある限り、 思われます。 将来の人々にも伝えていかなければいけないと考え 白書の予告版みたいな話をしていきたいと思いま す。私自身も執筆がおくれておりまして、自分が一 ています。 遭遇したことがないと申し上げましたが、これま 番迷惑をかけておいて、こんな偉そうに前でしゃべ でに、私たちは類似に史実は経験しておりまして、 るのは、本当にあれなんですけど。それ以外はほぼ 例えば水俣のことを勉強されている方もたくさんい 集まっていて、あとは皆さんで編集をするという段 ます。こういった公害問題の加害・被害構造、自然 階にあります。 災害とは異なるような利権の絡みですとか、そうい 構成は、起承転結で4章立てを考えています。こ ったものも背後に控えています。今日は尾松さんに こに落ちつくまでにも、相当いろんな議論をしたん もお越しいただきました。チェルノブイリなど過去 ですが、今、4章立てで落ちついています。 の原発事故の結果を、私たちは勉強することができ 8 / 101 1章が、原発事故からの避難で全体像です。何が 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. 起きたのかをまず書く。2章と3章が個別の状況です。 の定義が全くごちゃごちゃになってるということで 今度はミクロの視点に着目してズームアップしてい す。 くイメージです。2章は、どこからどこへ避難した 避難は、用語自体にも相応の問題があると思いま かという状況であらわされるわけですが、2章がど すが、今、世間では自主と強制という名前で避難を こにもともといたかということによる状況の違いを 区分けされています。そのほかに、東日本で全国避 描きます。3章はそれに対して、海外に出られた方 難者情報システムを総務省が管理をしておりますが、 も相当数いるのはわかっているところですが、ここ これはざるのような網を想定して、この雲の絵を使 では国内の各都道府県の状況がどうかを書きます。 っていますが、避難してる方々のごく一部しか拾っ 4章は人に着目してますが、避難はさまざまな社会 ていない。なおかつ自己申告制ですので、全くその 的な課題を今生んでおります。その問題に着目して、 フォローがし切れてないのが、最近報道でもあった それぞれの専門家の方に知見を寄せていただくイメ かと思います。 総務省のシステムが不備で、現実に運用する市町 ージを今、描いているところです。 1章から説明します。何が起きたか、いろんな本 村でも使いにくいと挙がっておりますし、そもそも で既に資料も出ていますが、1年間話をしてきたと 原発の避難計画の中に、何年も家をあけるような避 ころもそうですが、避難者とは何ぞやということが 難者を組み得た計画ができていなかったことに、原 きちんと定まっていないこと自体が問題だろうと考 因を探ればあるのかと思います。法的な定義がない。 えています。今、唯一の公的な数字としてのよりど ではどう定義するのか、一体何人なんやというの ころが、復興庁のホームページに毎月の避難者数の が、私たちの最初の素朴な疑問でもありました。た 推移で発表されています。福島県のホームページに だ今回、それに対して、私たちなりの解を出すのは、 も避難者数の推移が出ています。 あるところまではうまく行ってるんですが、やはり 福島県からの避難者数で、一番多いのが関東で、 最終的には自主避難の方がどれぐらいいるのか、明 東北、中部、近畿、九州、中国、四国の順でトレン 解な答えは白書の中では恐らく触れられないと思い ドが並んでいます。傾向はそれぞれあるにしても、 ます。 すごく不自然な数字のジャンプがあります。これが それに関しては、国勢調査で少しは明らかになる 何か、ご承知の方はいらっしゃると思いますけれど のかというところです。そんなことを言って、白書 も、定義が途中で変わってるんです。 が売れなくなったら困るんですけど。それはもう少 どう変わったか、埼玉県が避難者数の数え方を途 し議論が必要なところだと思っています。 中で変えたということで、民間住宅の居住者の方も 2章と3章は、非常にミクロな側面にズームアップ 加えた。それまでは、公営住宅に避難してる人しか をしております。例えば強制か自主かとか、あるい カウントしなかった。この研究会でも、ずっと変わ は母子避難とか、この避難の問題には、たくさんの ったこと以外に、各県で数えているものが違うと指 名称がついています。それだけでは追い切れない、 摘をしていたんですが、唯一の復興庁の数字、ある 1人1人の違う課題があって、いろんな過程を経て意 いは各県の数字が、それぞれ違う定義のものが加え 思決定をされている。それをできるだけ丁寧に追い られています。たまに私は比喩で言うんですが、リ たいと考えておりました。1人1人の状況がこれだけ ンゴとミカンとバナナを足して、全部でこれだけで 違っているんだということを描き出すことを試みて すと言ってるような非合理的な数字だということが おります。 とは言っても、1人1人違うのを何かの形で基準は わかっております。 何でこういうことが、そもそも問題かと言うと、 分けなければいけないので、第1義的な基準として、 法律等できちんと避難者を定義してるものが何もな 今回は賠償基準の区分けを軸とすると、SAFLA いので、復興庁は各県に要請して、その数を報告し Nの方々が中心となって区分けを考えてくださいま なさいと。各県は、各市町村にそれを出して、また した。 報告をさせることで成り立っているんですが、そこ 9 / 101 それぞれ基準のカテゴリーの中に入る方々を探し 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. て、当事者1人1人の決断や迷い、現在・将来の課題 支援を避難者の方に適用するという県も、西日本を などを伺って、この章はインタビューからなってお 中心にあります。 ります。どんな基準か、私たちは7分類と呼んでい 民間の支援状況も整理をしていて、47都道府県、 ますが、AからGの区分けを導くに至りました。白 北から南までどういう団体が動いていて、どんな連 書の中では地図など、あるいは具体的にどういう違 携がされているということも書いています。これを いがあるのかを明確にするつもりでいますけれども、 羅列して何なんだということもあるかもしれません 今のところはA帰還困難区域からG自主避難まで分 が、私たちの中では、この県は先進的だねという取 けております。場所によっては、地域というよりも り組みをされているところもかなりあるんです。一 特定の点在するような区域もあります。 方で、ここはどうなんだというのも当然あるんです Gの外枠は一体どこなんだと。もちろん関東から が、先進事例を共有して、今、自主努力に任されて の避難者の方もいらしゃいますし、あるいは日本を いる分、先進事例をどんどん広めて、横展開をして 出て海外に行った方々もいます。皆さん避難者です いくこともされるべきだと思いますので、そういう が、外枠が決まらないと人数は出ないので、どこで 意味で列挙する形をとっております。 線を引くべきか。ここら辺が私たちも議論したとこ 民間支援団体はそれぞれ努力されているんですが、 民間団体もお互いに情報共有の機会を密に持って、 ろであります。 AからGのそれぞれの分類に所属する16名の方に そこでJCNが果たしている役割も大きいと思うん ご協力をいただきまして、具体的な話のヒアリング ですが、事例の共有をかなり積極的にやられており を行っております。具体的には、事故が起こるまで、 ます。とは言え、やはり運営上の課題も相当ありま どんな暮らしをしていたか。事故の一報を聞いてか す。特に当事者の団体は、普通、市民団体は準備を ら避難を決断するまでの経緯。強制避難の方は、自 重ねて小さいところから徐々に大きくしていくんで 分の決断をする前にバスに乗っけられてという方も すが、避難当事者を中心とした団体は、避難したと 当然いらっしゃいます。現在の生活状況、そして来 きから急に団体をつくる、内なる意思でもそうです たる将来の不安なんかも伺っております。 し、外からもそういうことを求められるので、そう 第3章ですが、今度は避難した先です。本来は、 いう運営上の課題も徐々に出てき始めているところ 全国どこへ逃げて同じように保障が受けられて、同 じゃないかと思います。そんなところで、各避難先 じような生活ができなければいけないです。そのよ の状況を整理しております。 うな避難者をきちんと保障するための支援法はあり これは、さっき述べた避難の概況、県による支援 ますが、現実はなかなか実質的な実行力を持ってそ 施策、民間団体の支援状況を列記するのが3章の内 れが受けられてないために、同様の保障が受けられ 容です。 てない状況になっています。各都道府県の自助努力 結の部分の第4章は、支援者・研究者から見る諸 によって支援が支えられていることも多いので、ど 問題。これも仮の題ですが、ついております。避難 う違っているのか整理しているのが第3章です。 者が抱える問題は、既存の社会課題と密接に関連す それぞれの避難者数に関しても、一応、ここはJ CNさんが全国の避難者の方々を追っていますので、 その情報をもとにしています。JCNさんが独自で る一方、どれとも類似しない新規性も併せ持つと書 いています。 どういうことか、例えば具体的に見ていただくと、 避難者の方の数を、復興庁に報告している数字と突 4章前半は、電話相談からわかる複合的課題で、よ き合わせる形で、その中身がどうなんだということ りそいホットラインとチャイルドライン、それぞれ も聞いております。福島から何人のほかに、岩手、 の事務局長に執筆を依頼しています。いずれも避難 宮城から何人か、それ以外の県から何人かを把握し 者に特化した電話相談ではありません。ですが、電 てるのかという調査も行って、避難者数とそれぞれ 話を受ける中で、東日本大震災避難者に特有の課題 の県でどういう支援施策が行われているかを聞いて が出てきて、よりそいなんかは、特設のラインをつ います。県によってはUターンとかそういった移住 くって、その中で避難者の課題をあぶり出していた 10 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. でございます。今、目の前の2015年を出すのに精い だいております。 基本的には、仕事の問題とか家の問題、今、日本 っぱいです。思いとしては、当然、避難の問題は 全体で起きてることが、広域避難者のところですご 2015年で終息するものではございません。今も、例 く特化してあらわれているという関連性も強いと思 えば中間貯蔵施設の動向でありますとか、もっと切 われるんです。下には個別の課題と書きましたが、 迫した問題としては、借上住宅の支援が打ち切られ テーマとして心理的不安、子ども、家庭、住宅、訴 る等々の問題が続々と出てくるであろうと思われま 訟、支援、学術研究で、それぞれのテーマを抜き出 すので、何らかの形で追いかけていかなければいけ して、ここは文章になったものを寄稿していただく ないかなと思っています。 ただ、どうなっていくか、皆さん次第ということ スタイルをとっております。 もありますので、ぜひ、応援をよろしくお願いしま これ以外に、この度、急に尾松さんにも寄稿いた すということにして結びたいと思います。 だくお願いをして、ここにチェルノブイリの事例み ツイッターとフェイスブックは、まだアカウント たいなものが恐らく加わると思うんですが、そうい 取っただけですが、今後、発刊に関して新しい情報 う構成を考えております。 全体像がこうだというのはわかってるんですが、 が決まり次第、こういった場所でもPRをしていき まだ、編集員の誰も実際の原稿をまだ見てないので、 たい。当然、JCNさん、SAFLAN、当研究所 仮にこうだと今のところをお伝えしておきたいと思 のウェブサイトでも情報公開はしていく予定であり います。でも、そんなに大きく変わることはないと ます。 すっきりしない発表になったかもしれませんが、 思います。 今、現状報告と1年間考えてきたことでお話をさせ スケジュールですが、予告的な内容で大変恐縮で ていただきました。 すが、発行は6月を予定しております。人文書院さ んから刊行予定です。それ以前に、まずは6月に子 それぞれの構成団体を代表しまして、木野さんと ども被災者支援法の施行3年のイベントを開く予定 河﨑さんと橋本さんを交えて、この続きをやりたい になっていて、その場ではご披露目をしたいと思っ と思います。何の打ち合わせもしてないので、どう ています。 いう話になるかわかりませんけれども。 その前に、みんなが今回力を合わせてつくったの それぞれの章ごとに担当が決まってまして、1章 が白書の特徴ですので、応援もいろいろな人にして の原発事故からの避難という全体像を描く部分で木 いただきたいなと考えておりまして、ファンドレイ 野さんに。2章の賠償の7分類でどのような課題があ ジングの活動も取り入れてみたいなと考えています。 るかをSAFLANを代表して、河﨑さんに。今度 ウェブサイトを開設して、どのぐらいうまく行くか は、避難した先での支援の状況等を、JCNを代表 わからないですが、ファンドレイジングの枠も設け して橋本さんにということで、それぞれ編集のとこ てみたいと思っています。 ろでも責任のある部分ですので。 ウェブサイトはつくるんですけど、進行中の問題 木野さん、まずはこの全体像、白書の中でも追っ に対して、今2015年段階で白書を出すんですが、カ ていこうとしたんですが、木野さん自身は、どうい ントの話ではないですが、100%正確な描写ができ うふうにとらえておられますでしょうか。 るというのは残念ながら難しいだろうと。現在進行 ○木野龍逸 おはようございます。ライターの木野と でどんどん変わっていく状況を後追いするためでも 申します。 ありますし、後から誤りが見つかったときの追加情 1章の全体像は、避難の発生から現状までの流れ 報の提供のためにもウェブサイトが必要かと思って を追うような感じですが、実のところ僕は編集作業 います。 をやっていた関係で、かなりの部分を毎日新聞の日 そもそも白書を考えたときに、白書なら毎年出る 野記者に負ってるところがあります。先ほどの埼玉 んだよねというお話は当然出てくるわけです。今後 の調査を含めて、彼の取材活動の中で出てきた事実 を考えなければいけないですが、白書の今後は白紙 もありました。 11 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. 避難の経緯から今の状況ですが、まず個人的に忘 上の違い以外に、それぞれ当事者の方々にどんな課 れてはいけないなと思っているのは、今回の原発避 題があるか、河﨑さんから少しお話をいただきたい 難に関しては、自然災害と違って加害者がいること と思います。 だと思うんです。この加害者は、当然、東京電力が ○河﨑健一郎 皆さん、こんにちは。弁護士の河﨑で あるんですが、もう一方、加担してるのは政府であ す。 って、その政府が避難区域の基準を決め、政府が賠 2章と4章の取りまとめを担当しておりまして、今 償の基準を決め、現在の状況では解除の基準も政府 回2章の話です。先ほどの松田先生のスライドをも が決めている状況になっています。 とにお話をさせていただきたいと思うんですけれど。 被災者にとってかなり負担になっているのは、例 2章で描きたいなと思っているのは、今回に原発 えば去年解除になった川内村、田村市等で解除の決 事故による避難の多様性を、避難をしている人たち まった後に、集団ADRの形で集団申立があるのを の避難もとの地域の広がり、あるいはその地域の広 見ると、実態に合わないことが明白ではないかと思 がりを、あるいはそこに線量という基準が1つかか っています。 わってくるわけですが、その中で政府からの扱いが この中で、先ほど避難の数を把握してないとあっ 異なる状況です。典型的には、政府の指示に基づい たんですが、政府が恣意的に決めた基準を動かして て避難しろと言われて避難した人たちと、そうでは いくのに都合のいいのは、避難者の定義を決めずに、 ない人たちの違いをできるだけ丁寧に拾い上げてい 数を曖昧にしたまま先に動かしていくことではない く。それは定量的な面と定性的な面の両方を拾い上 か。この辺は密接に関係しているかと思います。 げていくことができないかというのが、2章の問題 公害問題で水俣病であるとか、広島・長崎の被爆 意識となります。 者の認定であるとか、この辺も数をわからないよう 7分類と先ほどから申し上げておりますが、Aか にすることで、政府が認定の基準を決めるところが らGと7つに分類しています。丁寧に1個1個学術的 非常に密接につながっていて、この辺が問題、要す に定義をしていくと、恐らく20近い分類になるだろ るに自然災害との明確な違いではないかなと思って うと思うんですが、一般の方に理解をしていただく います。 ことを考えても、最大限7ぐらいだろうと。マジッ 今後は川内、田村に続いて、特定避難勧奨地点を ク・ナンバー7という言葉がありますが、無理やり7 含めて、楢葉ですとか、旧警戒区域、避難指示解除 つにまとめたという感じです。そういう意味では、 が始まると思うんです。既に川内なんかはそうです 細かく見ていくと、いろいろ脚注のような形で、こ が。解除されても実際に戻れるかと言うと、戻れる こはこういうバリエーションもあってと細かくつく 状況ではないわけです。そうなると自主避難者は確 形になるんですが、大きく分けて7つです。 実にふえていくだろうと。この自主避難者は、これ さらに言うと、2つです。2つの線が引かれるかと、 までの区域外避難と同様に、当然支援策はなく、政 かつてで言うとDとEの間。つまり、AからDとE 府にしてみたら、解除しても帰れと強制的に帰らせ からGに違いがあったわけです。AからDは何か、 るわけではないと言い続けていますが、一方で支援 よく見る原発避難です。福島第1原発から30キロの がないことで、自然に帰らざるを得ない状況がふえ 範囲、プラス飯舘村北西方向に少し延びた、政府が ていくのではないかということです。 避難をしろと指示をした区域の方々はAからDにな この状況は、当然、被災者にとってはプラスにな ります。避難をするために待機せよという人も含め、 るものではないので、その辺の状況は懸念されると 政府が自分たちの責任で避難しているんだというこ 思います。 とを認めてる地域の人たちです。EからGの人たち ○松田曜子 続いて2章ですが、もとの居住地別の状 は、少なくとも2011年の段階では、政府から全く避 況で7分類を考えております。帰還困難から、何も 難者として相手にされていなかった。つまり区域外 ない自主避難と呼ばれる人たちの地域まで考えてい の人たちになります。 ます。7に分けて、それぞれ異なるんですが、賠償 12 / 101 今、あえて線を引くとしたら、もう1つ線が引か 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. 避難は結構大きいんです。 れて、E、FとGの間にさらに線が引かれる。何で そういうことになったかと言うと、当初全く相手に 中でも、それなりに注目すべきが、ここにも触れ されていなかったEからGのうち、我々仲間たちの てますが、汚染状況重点調査区域という基準でして、 運動もあったと思いますが、自主避難の対象区域や、 これが年間1ミリシーベルトの被爆で除染の対象に それに準じる地域で、少しずつ政府の指示には基づ なる地域です。近くですと千葉県我孫子市ですとか、 かないけれども、しかし賠償の対象には一定程度は そういったところが含まれる。このあたりが、これ なる地域が拡大してきた経緯があるのが、すごく大 まで避難の行動としてはあまり明確にとらえられて まかな分類になると思います。 きてないけれども、自主避難で対象として考えるべ き地域なんだろうということで、白書の中でのその AからDの中に、さらに4つの大きくの分類が立 部分を取り上げて扱ってきた理由に考えています。 つのはどういうことかと言いますと、詳しくはいろ いろな図だったり、表という形で白書の中ではご説 ○松田曜子 7分類をつくるまでにも、SAFLAN 明しています。AからDの区域は、基本的には1カ の方の賠償の基準をもとにするんですけど、分けれ 月当たり1人10万円という避難慰謝料が東京電力か ば分けるほど切りがなくなってしまう。最終的には ら支払われている、あるいはいた地域です。政府が 1人1人に行き着くわけです。だけど、自主と強制だ 避難しろと言ったことによって避難するなので、そ けではないのはわかりきってることで、7つを示せ のことと平仄を合わせるということです。そのうち たのも成果ではないかと私も感じているところです。 Dという地域は、既に避難慰謝料が打ち切られてし 3章が避難先での状況で、これも非常に大変な作 まっている地域。ここには、既に避難慰謝料が打ち 業ですが、北海道から沖縄県まで、それぞれの県で 切られてしまっているという固有の問題があります。 住宅の保障とか支援がどのように行われているかま 一方でAは、政府が公式に帰還困難であると認め とめてくださいました。JCNの橋本さんにお越し いただいております。 ている。そのことのよって、賠償基準の上乗せがさ れていまして、帰還不能慰謝料1,000万円というま ○橋本慎吾 JCN、東日本大震災支援全国ネットワ とまった金額が渡されます。ある意味、踏ん切りが ークですけれども、広域避難者支援を担当している つきやすいと言えばつきやすいのか、しかし、これ 橋本と言います。 も同じ大熊なら大熊、富岡なら富岡の中にA・B・ 今、正直、木野さんの顔が見れないぐらい、原稿 Cは混在するという非常な複雑な状況になっており を書かないといけない。47都道府県まとめないとい まして、そこはすごく政策的に、線量で純粋に言う けないということがありまして、今やってるんです。 とそうではないのに、ぐちゃぐちゃになってるとい 我々自体は、これまで各地域、県域だったり地域 うされ方をされています。これが存在しているのは、 ブロック、近畿地方とか、そういったところで報告 また1つ、問題を複雑にしているという要因かなと に書いてあるとおり、各種ミーティング、特に支援 思います。 者だったり、避難当事者の団体の集まりをつくりな 強制避難の中でもA・B・C・Dと違いがあって、 がらネットワークをつくる活動をしてきて、そうい もう1つ重要なのはGです。人口でAからDはそれ う方々のお話を聞きながら、各地域の支援施策とか ぞれ3万人ずつぐらいで、合わせて10万人ちょっと。 支援状況を見てきました。 それでもすごい人数ですけど、しかし10万人ちょっ 本当に都道府県ごとに全く状況が違っている。河 とというオーダーの話です。E地域、自主的避難等 﨑さんが先日、新聞にも書かれていました、例えば 対象区域は、中通ほぼ全てといわき市を含めますか 愛知県であれば、県がしっかりと避難者支援センタ ら、150万人ぐらいの人たちがE地域に含まれます。 ーを民間の団体と一緒につくっているわけです。一 F地域は県南地域ですから、16万人ぐらいです。 方で、避難者の数すら把握しようとしていない都道 E・F合わせるだけでも170万人近い。G地域はそ 府県もあり、また把握している数字も都道府県ごと の外の地域ですから、単純に人口だけ合計すると数 にばらばらです。 百万人、数千万人になりまして、その中で起きてる 13 / 101 これは白書の内容に入ってくるんですけど、各都 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. 道府県に、復興庁が出してる数字がありましたが、 その地域にはどういう当事者団体であるとか、どう その内訳を教えてくれと。要するに、復興庁に何人 いう支援団体があるのかをまとめているんです。そ ですと内訳を各都道府県が出している。その内訳を れが今、一生懸命、原稿を書いているところです。 福島県何人、宮城県何人、岩手県何人、その他の地 ○松田曜子 ということで、1章、2章、3章、各専門 域何人と教えてくれと都道府県に一斉にかけた。福 家の方の個別の問題に対する寄稿で4章という構成 島県を除くので46に投げて、45は回答をいただけて を考えています。 はいるんですが、そのうち数字を教えてくれたのは 今の避難先での状況ですと、議論を重ねたり、あ 大体30ぐらいです。あとは復興庁に聞いてくれと。 るいは調査の経過を横から見ていてわかるのは、や 自分たちが出した数字の内訳は復興庁が調査をして っぱり数だけではだめで、1人1人をちゃんとフォー いるので、復興庁に聞いてくれと言っていて。復興 ローアップするとか同定していくというか、それら 庁に聞くと、数字の内容は教えられないと。これは のものが全くできてないために、数が上下したとこ 本にも、そう書かざるを得ないですけど、復興庁は ろで、その実態が一体何なのか全くわからなくなっ 教えてくれません。 ているのが、今の避難者の把握の欠陥という状況で はないかと思います。 個別に聞くと数字は教えてくれるんですが、本に しますという話をすると、それは困ると。その理屈 総務省のシステムも急造でつくったものなので、 は、全然、僕は理解できない。別にそれが何の問題 これは研究所のかつてからの主張でもありますが、 になるかもわからないですが。恐らく、各都道府県 きちんとした登録という仕組みを事前に整えていく で把握している数字が、それぞれ根拠が全然違うの ことも大事なんですが。それはそれとして、まだ避 で、そういうものはあまり見せたくないと。余計な 難の状況は続いていて、今、民間の支援者が、お米 ものは出したくないんだろうなというのが何となく を持って1軒、1軒訪問しながら新しい避難者の方に わかる状況です。 出会うということが続いて、本当に地道な作業が続 あとは、施策の違いが、避難者の動きにもすごく いている中で、一方ではまだ続いてるということで 影響はしてるかなと思います。例えば山形は非常に もありますので、この白書の投げかける問題は、こ 避難者が当初から多くて、1番多いときで1万3,000 ういった仕組みの整備にもつながっていければいい 人いたんです。あくまで復興庁の数字です。2月の なと思っております。 最新の数字で4,000人にまで減ってるんです。施策 結論としては、6月に出るということだけは言っ だけじゃなくて、福島県に戻っている人が多いから て、自分たちを追い込むしかありませんので、ぜひ だろうと思うんです。 発刊された際には、皆さんからのPR、あるいは買 っていただく等、よろしくお願いしたいと思います。 例えば岡山県、先ほど県の施策で、回帰センター とかIターンとかUターンを推進してるエリアが多 そのほか、今日来てくださっている中では、市村 いです。岡山県は最初、これは把握の仕方が違うの さんもインタビューに登場します。高橋先生にもい はもしかしたらあるかもしれませんが、今ぱっと出 ただいて、定池さんにも北海道のことで少しかかわ る数字でも420人と、2011年8月の時点で。それが っていただいています。田並先生もメンバーに入っ 2015年になると1,100人にまでふえているんです。 ていただいています。 ということですので、残りの時間少しありますの 例えば東京であれば、7,000人でスタートして、ピ で、もしご質問等ありましたら、お受けして終わり ーク時9,000人、今も7,000人という数字なんです。 たいと思いますが、いかがでしょうか。 この違いは地域ごとの施策の問題であるとか、ど れぐらい離れているとか、どういった方々が避難さ ○瀬川嘉之 瀬川と申します。 れているかもすごい影響があるんじゃないかと思っ 今、ご紹介くださった人数の問題で、汚染状況重 ています。そういうものをまとめていくために、各 点調査地域の何百万人の部分で、これの避難先は、 都道府県にどういう方々が避難されたのかと、その 多分総務省のシステムしかないので、福島から県外 地域を県なりがやった施策はどんなものがあったか。 へというのは6万人となると思うんです。そこに宮 14 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. 城・岩手があって、これは恐らく地震による避難が いては調査を中止しております。ということで、結 多いと思うんです。例えば宮城丸森町の人数ですと 局この避難をここから調べることが難しく、なおか か、汚染状況重点調査を含む、福島県外からの避難 つ、それはサンプル調査なので、サンプル調査にし 先とその人数は、大変把握が難しいと思うんですが、 てしまうと、この避難者数を正確に把握するのが厳 どのように考えておられるんでしょうか。 しいかなと思っています。 河﨑さんのご紹介の7分類と、それに対して、斜 もう1つ情報提供としては、今日は全く触れませ め上の松田さんの広域避難の全容把握の難しさに人 んでしたが、四国に避難した方の調査、これは民間 数が入っていて。ここだと福島から、広域避難は福 団体がやってる調査のお手伝いをしたんですが。そ 島県外という意味だと思うんですけど、6万人。つ の結果、四国なんで本当に母数が少ないので、統計 まり10万人の区域も含めて、要するに福島県外への 的にどうということは言えないんですが、避難者の 避難者は6万人。福島県の場合はほとんど原発事故 方の半数が福島で、半数がそれ以外です。さらに言 によると考えて、つまり全て政府発表ベースでしょ うと、4分の1は関東・北関東のエリアで、全体の4 うから、これは総務省システムベースと言えると思 分の1が岩手・宮城からということです。 うんですけど、福島県についてはそのように把握で 岩手・宮城の方も、津波で被害に遭ったから避難 きるけれども、宮城丸森町ですとか、それ以外の汚 した理由がある方についても、放射能の不安もあっ 染状況重点調査地域から、その人の県外への避難、 て、四国を選んだと両方に丸をつけている方も相当 あるいは避難先という人数把握については、どのよ 数いるんです。ですから、単純に丸森のような、こ うにしようと考えておられるのか。 ういった対象の地域じゃない地域の方も、西日本に ○松田曜子 この雲みたいな図は模式図みたいなもの 特に逃げてる方に関しては、何らかの放射線の影響 で、正確に状況をあらわしているわけではないです が気がかりになって、その選択をしていることは言 が、ここで主張したかったのは、避難者情報システ えるのではないかなと思っています。ただ、それが ムで把握できている避難者はごく1部です。 何人でということは、残念ながら、今、答えること ができない状況です。 今、政府発表の数の中で、宮城から県外に避難し よろしいでしょうか。 てる人のうち、どの程度の人が、例えば丸森からの 避難に相当するのか、おっしゃるとおり、今、持っ ○瀬川嘉之 橋本さんの、比較的詳しく内訳を答えて てるデータだけでは把握はできないです。相当数は くれた県とかで、福島県以外は何かわかるんでしょ 沿岸部からの避難者だと思われますが、それが丸森 うか。 からの避難、原発由来の避難がどれだけか、今、持 ○橋本慎吾 福島県・岩手県・宮城県・その他という ってる数字だけはわからないです。そもそも、それ 内訳を教えてくれと聞いているので、回答してくれ 以前に、その内容を教えてくれないというのが橋本 てるところは、それには回答してくれています。宮 さんからの報告でしたので。もっとそれ以前の話で 城県のどこからだというところまでは聞いていませ 内容がわからない状況です。 んので、原発で避難されているのか、事故で避難さ れているのか、津波なのかまではわかり切らないん これをどうやって把握するかですが、繰り返しに です。 なりますが、国勢調査が今年の10月にかかりますの で、国勢調査は市町村ベースの人口が出てくるので、 ○瀬川嘉之 その他の割合で何か推定できる。 しかも5年前の居どころを聞くということですから、 ○橋本慎吾 その他の中ですか。 そこから何かが見えてくるかもしれないですが。 ○瀬川嘉之 聞いてないわけですよね。 実は、最近、人口動態としての避難がどういうふ うに描けるか調べているんです。国勢調査は悉皆調 ○橋本慎吾 聞いてないです。その他では。 ○瀬川嘉之 その他が結構多いと、四国のように半数 ぐらいいるという可能性もある。 査ですが、それ以前に人口移動調査も同じく総務省 がやって、それは2011年に予定されていたんです。 ○橋本慎吾 数字は全部あるんですけど、そこまで出 ところが震災が起こってしまったことで、3県につ 15 / 101 し切ってません。 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. はしてないという意味なんだと思います。ちょっと ○河﨑健一郎 ちょっと補足して。 調査表の読み方の誤解も多分あって、済みません。 そういう意味だと、誤解のないように申し上げて おくと、この白書で何か新しい数字をつくっている ○山中茂樹 その件は、また後で田並先生からご報告 わけではないです。今あるものを整理する。数字が がりますが、市町村でもすごく懇切丁寧に把握して ないこと自体が、原発避難問題が今こういう状態に いるところと、登録のあった人しか把握してないと なってしまっている1つの理由だと思っておりまし ころと非常にまちまちで、そのままでは信用ができ て。なぜ、そのデータがないのかの分析や、あるい ない状況になりました。 はこういうものをちゃんと取るべきだったんじゃな もう1つは、ビックデータを利用する手はないか いか。あるいは手がかりになるものは、今、ご指摘 という話も出ています。例えば携帯の移動です。例 のようにあります。 えば北関東からどれだけの人が西日本、あるいは海 例えば、先ほど触れていた愛知県の被災者支援セ 外に移動したのかを把握するのはビックデータを研 ンターは、個別に全員、避難者の方を特定して支援 究している人と連携をすれば、ある程度は可能にな しているわけですから、どこから避難してきたとい るかもしれませんが。要するに個別具体的な数字ま うのはわかってるわけです。その数字をそのまま白 で、今、把握する状況はできない。これはずっと阪 書に載せるかどうかは、そこは別です。しかし、そ 神以降続いている問題で、避難者について、国がそ ういう手がかりになるような、避難先で個別にとら ういう制度化とか政策の中できっちりさせようと思 れているもの、あるいはとられてないもの。あるい っていないところからも、逆にこういう曖昧さがず は、個別のいろいろ皆さんがやられているような調 っと続いていると言えると思います。 査の中で、こういう手がかりがあるんじゃないかと ○橋本慎吾 今おっしゃったように、例えば大阪とか いうことは、先ほど松田先生の発表の中では触れて が教えてくれる情報は、これはホームページにも載 いませんでしたけれども、今の時点でどういう研究 ってるんですけど、公営住宅への入居者数の内訳に が行われていて、どういう業績があるのか、我々が なりますということなので。民賃とか親類宅とか、 把握できる範囲でインデクシングをする作業を末尾 そういうのは多分、数字に入っていなかったりする につけようと思っています。 一方で、丁寧に上げてるところもあります。 そういう意味では、今、足りないものがこういう ほかのは、復興庁の数字があって、県に問い合わ ふうにあるんだと可視化をして、今後に向けて、白 せて、通常はその数字のブレークダウンを教えてく 書2015の後があるのかどうかわかりませんが、その れるんですが、何か知らないですけど、県独自で積 ときに、あるいはお金を集めて学者の方々にお願い み上げている数字ですみたいな、よくわからない数 をして、自分たちで数字をつくることも含めてやっ 字が出てくるところがあったりします。 要は、市町村と都道府県と復興庁が持っている数 ていけるのかどうかというのは、今後の我々の課題 字が全部違う可能性だって十分あり得るという、そ かと思っております。 ○山中茂樹 補足しますと、午後から田並先生からご こが戻れば定義の曖昧さであるとか、そういうとこ 報告いただけますが、全国の自治体で悉皆調査をや ろに戻っていくんだと思います。少なくとも、そう っています。受け入れ数がどのぐらいか。これは都 いう状況があるということです。 道府県と市町村全部やってますが、市町村の回答が ○木野龍逸 1個だけ簡単につけ加えると、さっき松 50%を切っています。都道府県は全部回収している 田先生が示していたグラフで秋に数字がふえていた んですが、福島以外からの避難については数字がま のは、あれは昨年の9月秋に、毎日新聞の報道で、 ちまちでして、例えば佐賀県はゼロという回答です 埼玉県の数字がおかしいと。今、橋本さんが説明し が、復興庁の調査では100人と出ているんです。な たように自治体が持っている数字と、県が持ってい ぜかと聞くと、公営住宅に入っていない人はカウン る数字、国が持っている数字は違うので、積み上げ トしていないという回答でした。 ていったら数字が違うのは、これはどういうことと ○田並尚恵 佐賀に関しては、多分、新しい受け入れ 16 / 101 というのが、数字のもとでした。 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. 県に確認をしたところ、ちょっとふえましたとい が一定基準を超える地域の住民で想定されていたか うことになったので、要するに数を誰も正確に把握 と思います。ただ、これはどこが基準になるかによ しようとしてないのが問題なのかなということです。 って、線引きが変わるというものです。実際のとこ ○山中茂樹 もう1点補足しますと、公営住宅の受入 ろは、まだこれがよくわからない状況で、原子力災 数もまちまちでして、福島県の人は受け入れて、あ 害による被災者支援施策が復興庁から打ち出された るいは4分類の3つぐらいだったか、法的に避難しろ んですが、そこでは警戒区域等を除く福島県浜通り、 と言われた人は受け入れているとか、各市町村で全 中通り、宮城県丸森町の人たちがそこの対象になっ 部公営住宅の受入基準が違うことによって、公営住 たかと思います。 宅の数をカウントしただけでも違ってくるとなって 避難区域外で考えると、一部自主避難の人たち、 いて、正確なところを本当にわかっている人は、我 それがこの中では一応、支援の対象になってること が国にはいない状況です。 になります。 ○木野龍逸 大したことではないですけど、水俣病と さらに原賠法では、自主避難等対象区域が2011年 か長崎・広島の被爆者の数が多分端的だと思うんで 12月、原子力損害賠償紛争審査会がありまして、そ す。掘り起こしをすることで、全体像がよりはっき こで出てる第1次追補がありまして、原発から50キ り見えてくるところはあるんだと思います。そうい ロの円が一部でもかかる市町村は、避難対象地域を う意味では、今後も数を基礎自治体の数を含めて、 除いて該当しますということで、福島市・二本松 本当に何らかの形で一度徹底的にやるのがポイント 市・伊達市を中心にして、かなり多くのところが実 なのかなと。要するに、政府が、加害者側が決めた はここに入ってきます。ただし、福島県を中心とし 基準に対して、それは違うとあらがうのであれば、 た区域になりますので、それ以外の避難緩衝地点と こちらで何らかの数を積み上げる必要があるのでは か、福島県外にあるそういう人たちは、結局、支援 ないかと思います。 対象外になっている状況かと思います。 ○松田曜子 以上で、私の研究会の発表を終わって、 強制避難と自主避難ですが、どこで線引きするか で決まっているものです。3.11、そこからいろんな 先生にお返しします。 ○山中茂樹 次は1時からスタートしますので、1時に 原子力災害が起きて、その後、避難された方たちを 全体で考えると、どこで線引きするかで、先ほどの お帰りください。 (休憩) 法の根拠、国の基準は、基本的に避難指示区域によ ○田並尚恵 ……自主避難を呼ばれている方々は、福 る強制避難、それ以外は自主避難という形で考えて 島の避難指示区域が、基本的に強制避難と考えられ いるわけですが。この線引きはどこで線を引くかと ているエリアで、それの区域外の人たちが自主避難 いう話です。 の人たちです。それは、避難指示区域以外の福島県 自主避難の中でも、一部、法的な支援の対象にな を中心にして、関東地域とかそのあたりにも非常に っている人たちもいます。強制避難の人たちも、避 広範囲にわたっていることになるかと思います。 難指示が解除されれば、実はこっちに出てしまうこ 法的な支援の対象としましては、午前中の白書研 とがありますので、すごく曖昧な基準、線引きがど 究会の中にも出てきました、「原発避難者特例法」、 こで行われているかによって、全部曖昧というより 「原発事故子ども被災者支援法」、「原子力損害の 変わってくると考えることができるかと思います。 賠償に関する法律」、そちらで幾つか法的な支援の 自治体の県外避難者支援で考えると、結局、被災 もとと避難者を受け入れる受入先、2つの自治体の 対象者が限定されています。 「原発避難者特例法」は、避難指示が出された13 市町で、いわき市・田村市・南相馬・川俣・広野・ 支援が考えられると思います。 被災もとの自治体は、まず避難者を把握しないと、 楢葉・富岡・大熊・双葉・浪江・川内・葛尾・飯舘 どういうニーズがあるのか、支援をすることが大事 という13市町村の住民となっていました。 になりますので、そこをまず押さえることが重要か 「原発事故子ども被災者支援法」では、放射線量 17 / 101 と思います。その上で、生活支援、戻ってくるまで 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 のつながりの維持とか、帰県を促進するための各種 の支援とか、そういうことが必要になるかと思いま 15.3.7. が生きていると思います。 民間団体の支援も大分いろいろ手厚くなってきて いると思いますし。私は、受け入れ自治体の調査を す。 ただし、今回の東日本大震災の場合、例えば福島 しているので、東日本の場合は、心のケアとか子育 県以外の関東地域の各都道府県は、避難者を受け入 て支援、就労、後でちょっとお話ししますが、定 れる体制はつくってるんですけど、自分たちが避難 住・移住というか、そういう支援も結構西日本の地 者を送り出してる側だという認識、スタンスでは全 域を中心に行われています。 然ないので、そこから出て行った人たちを把握しよ うとしてない、対象じゃないととらえています。ど 受入れ自治体の県外避難者支援ですが、現状、そ れからの課題を3点まとめています。 れだけ出て行っているのかというデータ、それも今 1つ目は、相変わらず、私は何回言ってるんだろ も一部に明らかなってないというより、してない部 うというぐらい話をしていて、私自身はこの話はあ 分が大きいかと思います。 んまりしたくないと言うか、情けないなと思うんで 少し聞いた話では、復興庁から実は関東のとある すが。全国避難者情報システムが全国へ避難をされ 県に、お宅の県から避難者がこれだけ来てますよと ている方たちを把握するものとして、東日本大震災 いうデータがあるんだけど、それは扱ってないとい の後、総務省が稼働を始めたシステムです。もとも うか、ごみ箱に捨てたという話も聞いていて。全然、 と避難者数が最初一致しないとか、いろんなことが 対象者というか、そういう形ではとらえてない。あ 言われて、少し問題点というか、それが運用してい くまでも自分たちは受け入れている側で避難者はい く上で課題になってきました。 ないと、そこで切り捨てられている棄民が出てるの 復興庁が出している全国避難者等の数は、先ほど の白書研究会で明らかになってますが、都道府県に かと思います。 避難先の自治体も、避難者の把握、どれだけ自分 よって集計の仕方がかなり違う。実は、埼玉、神奈 たちの地域に来てるのか把握する必要があると考え 川は、長らく親族・知人宅がゼロ人が続いてたんで ます。被災地のいろんな情報提供、そういうのも避 す。明らかに関東圏に、福島県から避難されている 難先で積極的にやってるところ、生活支援、避難者 方たちは、結構いるだろうと誰でも推測できる話で 同士の交流の支援とか、そういうことを展開してる すが、ゼロというすごく不思議な状況が続きました。 埼玉県は、8月にようやく集計を見直す。それは ところがあります。 県外避難者の支援の比較、以前につくった表です 毎日新聞の記者さんが追求をして、いろいろ状況が が、県外避難で、阪神・淡路と東日本と比べて見た 変わってきました。9月になってから避難者数がぼ ものです。大体こういうのがあるんじゃないかとい こっとふえる状況がありました。神奈川は、その後 うことを、少し書きました。民間の団体と行政の支 も空白が続いてたんですが、ようやく2月に集計を 援を、被災もとと受入先で分けました。阪神のころ 変更しまして、今月に避難者数がふえています。2 は、あくまでも自助努力が要求されていて、県外に 月に大量にふえていて、神奈川は今、避難者数が集 出た人たちは、ほとんど受入先の自治体では余り、 計されてなかった分が2,146人分、親族・知人等が 一部にはいろいろ聞いてはいるんですけど、ただ、 出てきまして、神奈川の合計が4,174人にふえまし やってた施策は公営住宅の一時入居とか小中学校の た。このあたりもかなり集計の問題があると思いま 受け入れ、各種水道料金とか税金の減免とか、そう す。 もう1つが、避難者支援の自治体間格差が挙げら いうものだったかと思います。 被災元も、最初はなかなか支援の整備が整ってな れます。まず、支援の対象になってる人たちがばら くて、初めは対象外だったわけですけれども、後に ばらで違う。一部は、すごく柔軟的に自主避難の方 なってから支援の必要があるということで、さみだ たちも受け入れますということもやってたところも れ式に支援の内容がふえました。そのあたりの支援 あるということです。かなり、これは都道府県、さ のあり方は、今の東日本大震災でも同じようなこと らに市区町村になりますと、大分変わってくること 18 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. があるかと思います。さらに支援内容の違いで、そ 省略しますので、こちらで気になる項目とか見てい れぞれの地域独自でそういうところがあると言われ ただければと思います。 まず、避難者の把握、自治体間の格差、長期避難 ています。 もう1つは、今日ちょっと考えていきたいのは、 長期避難をどうとらえていくかです。避難者の生活 再建というか、そういうことが基本ではあると思い をどう考えるかという3点を中心に調査の結果をお 話ししたいと思います。 まず、避難者の把握ですが、どこの県が関東圏か ます。選択肢としては、被災地へ戻るという選択肢、 らの避難者とか、各県別とか書いていただいたんで 避難先に定住するというか、それがどの程度、どの すけど、未記入だったかを明らかにしています。未 期間の定住なのかもあると思います。もう戻らない、 記入もあります。把握できないという問題。もう1 一生戻らないという選択なのか、大分時間がたった つは、たまたまですが、防災課という部署の投げた ら帰りたいという形で帰るのか。だから定住といっ ので、実は市民課の担当の方のほうが詳しいんじゃ ても、定住しちゃったら終わりですという。 ないかとか、そういうことがありますので、そうし 今だと、政府が方針として出してる帰還させると た担当部署のミスマッチで、それで把握できてない いうこと、それから帰還ではなくて、例えば避難先 形になっているのかどうか。そのあたりは、まだ完 で定着を図るとか、そういう選択肢ももちろろんあ 全に把握しているわけではありません。 るわけです。私の個人的な印象ですが、そこで定着 後で一覧をお見せしますが、合計数がとにかく一 しますと言った途端、支援が途切れるんじゃないか 致しない。都道府県に聞いたデータ、市区町村に聞 というイメージがあります。ただ、それじゃないだ いたデータ、市区町村に聞いたデータを見ると全然 ろうと思うんです。長期的に見れば、例えば、子供 合わない。例えば神奈川だと、県が2,315人になっ が高校卒業して一人前になったらとか、ある人生の てたんですけど、横浜市だけで2,456人いる、どう 区切りみたいな、そういうところをきっかけに帰っ なっているんだという状況で、データ集計の問題が ていくとか、そういうこともあるんだろうと思いま 大きいかと思います。 す。かなり長期的な仕組みが必要になると思います。 そういうことを考えると、結局、今、自治体など で行ってる独自施策とか、各種いろいろ工夫してく ださっていていいですが、いつまでそれが続いてい 大体のことで聞いてるので、多少の誤差はあるだ ろうとは思っていたんですけど、これほどひどいと は、全然予想しておりませんでした。 一例ですが、データ集計で、ここでは福島県・宮 城県・岩手県、3県以外という形でまとめています。 けるのかという問題。 もう1つが地域住民との公平性というか、いろん 平成23年4月1日、同じ年の10月、翌年の4月、10月、 な問題が出てきています。避難者を優先させて、な 次も4月、10月という形で、それぞれの時点で、何 ぜ職業をあっせんして、市内にはもっと失業者がた 人ぐらいいらっしゃいますかという質問を投げかけ くさんいるのにとか、行政サービスを考えると市民 たんです。 を優先せざるを得ない、そこには納税が絡んでくる、 一番上のデータを見ていただくと、上の数字が都 関係してくるわけです。そうした公平性を保つ上で、 道府県の回答で、下の数字が市区町村の回答です。 なかなか難しいところもあるかと思います。 そこを全部、合計しますと全然合わないんです。自 実際、自治体にいろいろと支援の内容、避難者を 治体もそうなんですけど、誰を避難者、何人いると どういうふうに把握しているのか調査をした結果を 考えているのかと考えると、見れば見るほど、知れ お知らせします。基本的には、お手元にもう1つ資 ば知るほどすごくいいかげんと言うか、本当にずさ 料があると思います。広域避難者対応についての調 んだなと思ってしまいます。 最初、調査した調査側の調査設計の問題かと少し 査という資料を添付しています。 もともと1月に関西学院大学で研究会が行われた 自虐的に考えたんですが、今日、白書の研究会の報 ときの報告資料が基本ですが、今日お話しするのは、 告を聞いて、私の調査はそんなに間違ってなかった。 一部になるかと思います。調査結果をここでは一部 要するに、向こうがどれだけ把握できていたかが問 19 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. 部のところでは受け入れがあると考えることができ 題なんだと思う部分があります。 支援の対象ですが、特に関東地方の受け入れ状況 るかと思います。 を聞いております。把握している、一部把握してい 受入施設の種別ですが、公営住宅の割合よりも、 るの合計は、都道府県が8割、市区町村が2割把握し みなし仮設のほうが多いという結果が出ています。 ていると回答しています。ただ、把握していると回 これが世帯数と避難者数ですが、世帯数、人数とも 答している27都道府県のうち、実は10の自治体には に、みなしのほうが今回は多いことになります。 避難者はいませんという回答になっています。確か 被災自治体や国に請求した費用の割合で、自治体 に関東地方、東北のあたりは関東からの避難者はあ の支援をイメージしているので、どれだけの割合を んまりいないのかなと思ったり、あるいは把握でき 求償、被災県さらには国に請求するのかを聞いてい てないのか。そのあたりの確認が必要です。 ます。都道府県の場合は、一番多いのは全部求償し 実は数も聞いているんですけれども、これも把握 ているという回答です。24年度と25年度とそれぞれ している、一部把握していると回答してくださった ありますが、あまり割合は変わっていません。ただ、 自治体が挙げていた数字の合計です。ただ、避難者 不明が一部ありまして、どの程度、自分のところで 登録していない人、ここのデータから漏れている人 出しているのかとか、そういうのがわからないとい たちがどれだけいるのかわからない状況なので、実 う回答も多いです。 際にはもっと多いだろうと考えることができるかと 市区町村になりますと、不明が一番多いんですが、 どれぐらいの割合で、自分たちの独自支援というか、 思います。 関東からの避難者の数ですが、一応、都道府県別 そういうところでお金が出ているのかは把握ができ で明らかになってるところで、括弧の数字が人数に ていない。すごくさっくり聞いたんですけど、それ なります。先ほど出てきた岡山がすごい突出して多 でもちょっと難しいという回答でした。ゼロ割、つ いです。どれだけ把握しているかという話だと思う まり求償してないのが、市区町村では結構多いのが んです。ここがただ多いんじゃなくて、ほかの県が 特徴的だと思います。 どれだけ把握できてるかということかと思います。 独自の施策をやってたり、前回1月の研究会で報 愛知は1人1人やってるということなので、多分ここ 告したときに一部指摘がありまして、義援金も一部 のあたりが正確な数値なのかと思います。岡山でも 活用して、避難者支援とか、それぞれの自治体に集 届け出ない人たちが多分いるかと思いますので、実 まってきたお金を、義援金を元手にやってるところ 際にはもうちょっと多いかなと思います。 も結構あるんじゃないかという指摘があったんです。 公的な施設での受け入れ状況も、結局、誰を公営 自由回答記述を見る限り、非常に少数でして、あま 住宅に受け入れているか結構まちまちでして。今回 りやってないのかなと。回答してくださった自治体 の調査は福島県から避難指示区域を中心にして広が のそれを見る限りは、あまり多くなかったかなと、 りというか、そういうところでどれだけ受け入れて 非常に少ない状況でした。 ますかと質問したんですが、ちょっと質問の仕方が 実際の支援の内容で、どれだけばらつきがあるか 悪かったみたいで、その他という回答が非常に多い ということではあるんですが。都道府県のものをこ です。ここは当然ですが、罹災被災証明を持ってい こに出しています。避難者にアンケートを独自でや る人とか、災害救助法の適用地域からの避難者だっ っているとか、フォーラム、避難者同士の交流会の たので、そういう人たちです。当然、公営住宅の一 開催とか、中には相談員を派遣しているとか、見守 時入居と考えるとすぐにイメージできる人たちとい り活動、そういうものもあります。民間団体への委 うか、それが実はこの中に含まれていることになり 託、公営住宅などに入居する前に、宿泊費が必要な ます。 ので、そういうものを負担していたり、帰郷の際の ただ、一部の市区町村では、原発事故からの避難 旅費の支給とか、そういうこともやっています。 者、東北3県以外の方たちも受け入れているとか、 これは山形ですが、避難者が多かったのでという そういうところもありまして、結構、自主避難も一 ことです。ここでは省略したんですが、福島と両方 20 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. 者の把握で、かなりずさんだということがわかって でやってるという事業の内容です。 市区町村になりますと、もうちょっと生活感が漂 きています。全国避難者情報システムは、一遍、検 う支援がたくさんあります。風呂がまリースとか、 討する必要があるだろうと思っていて。申請の仕方 入浴券配布とか、いろいろとやっていたりしている も自己申告だということ。自治体の方たちの周知の ようです。一時帰宅の費用の助成、学用品の扶助、 方法、それが徹底してない。中には全然知らなかっ 見舞金を出してるところも幾つかあります。見守り たと言っておられる方もいる話も、支援団体の人た 支援、コミュニティ活動支援、バス・タクシーの公 ちの話で聞いています。どういうふうに周知してい 共交通機関の援助、灯油の助成、これはすごく地域 るのかということ。 があるんですけど、冬期の煖房費の助成とか、かな 一方通行の情報の流れで、避難者が避難先で申請 りこれは地域差がありそうなところです。あとは、 を出して、それがずっと市区町村、都道府県という 相談業務も結構やってるように思います。さらに、 形で、避難先から被災もとへと情報が流れていくん 避難者の雇用をやっていたり、健康相談とかがあっ ですが、それが一方通行なので、結局支援している、 たりです。あとは、支援ボランティア団体のいろん 受け入れているほうは幾らやっても、何か本当に把 なイベントを開いたりするときの事務費とか大会を 握できてるのかどうかとか、そういうのがよくわか 行う上での経費、そういうものを助成していること らな状況です。これは逆に、福島から聞かないとい もあるようです。 けないのかと思っています。 いろいろと今、見てきた内容ですが、自治体のほ 避難者の定義とか、そういうのを考えなきゃいけ うではいろんな工夫、それをやってきている。ただ ない。自治体で実施している避難者名簿も結構ある し、かなりこれは地域によってやってるものやって んですが、独自でやってたり。特に被災している宮 ないもの、そのばらつきが結構あると思います。 城・岩手・福島では、それぞれ避難者名簿をつくっ 最後ですが、長期避難を考える上で1つ動きがあ てるんですが、どうもそれぞれのやり方が違う。仕 りまして、定住・移住者支援で避難者支援をやって 組みがまだ共有されてないということで、今後、も いるところが幾つか見られます。少し、それについ し何か広域災害が出てくると、大きな大規模災害が て聞いた内容です。 起きて、広域避難者が出てきたときに、この仕組み 定住支援移住者プログラムがあるかどうか聞いて が本当に使えるのかどうかという問題もあります。 おりまして、これは地域差が大きいと思いますが、 自治体間格差は、やはりばらついていることが実 過疎対策とかそういう中で、結構ずっと定住移住支 際にはあります。一律であるのが望ましいでしょう 援をやってるところが結構多いかと思います。東日 けれども、国がもう一律にやりますよと言わない限 本大震災が起こった以前から自治体はそうした取り りは、格差解消は少し難しいと思います。最低限の 組みをしてますが、東日本大震災後、新たにつくっ メニューでも提示できることが確保できないといけ たとか、従来の見直しをしたとか、そういうところ ないのかとも思いますが、ただ、支援の対象がそこ もあります。 で線引きされます。常に線引きの問題はあるので、 避難者に実際に適用した例があるか、ないかとい うことですが、一部の自治体には、あるという回答 ここでは問題が全部、解決できるかというとそうで はないと思います。 がありました。定住支援移住者プログラムの内容で 長期的な支援を考えないといけないんだろうなと すが、これはちょっと複数回答で聞いています。住 考えておりまして。避難者が避難先に一定の期間住 宅のあっせん、それ以外にも就労支援、企業就農支 むと。それを定住という言い方で、そこに定着しち 援とか、そういうことも結構やってることがありま ゃったと考えるのか、もっと長い超長期的なスパン す。その他の項目が結構多いので、どういう内容な で、いずれは戻ると考えるのか。それによって変わ のか、それぞれのところで違います。 ってくるかなと思います。 今後の県外避難者支援を見ていきますと、調査の 例えば、子供が学校を卒業したら、被災地に帰ろ 内容とかそれも踏まえた上でになります。まず避難 うかと考えている人たちがいるとするならば、例え 21 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. ば今の時点で子供が4歳、そうすると高校卒業する けました。これは政令市初めての試みなんだそうで まで単純に計算して、あと14年かかるという話にな す。お試し住宅をやっていまして、市営住宅を半年 ります。超長期的は10年じゃなくて20年とか、それ 間提供します。移住相談会をやってまして、先輩移 以上の状況を考えていかなければいけないのではな 住者がいろいろアドバイスをしています。去年はツ いかと思います。 アーができてまして、東京から往復して行ってもら って、体験してもらって帰ってくることもやってい 避難者支援で、特例的な扱いでやって、自治体の ました。 研究をしているもので、それで考えたときには避難 者支援で、特別に何か支援はやがて切れるときが来 今でも、保育園、学用品等の一時支給とか、そう るので、どう枠組みというのか、従来のものの中に いうのもやっています。自主避難の方たちには、こ 収めていくのかもあるのかと考えています。 うしたものも適用しているので、どれだけ支援をし ているかが結構大きいのかなと、避難者数の変化に 岡山県とか岡山市の取り組みは、移住・定住支援 あるのかなと思います。 を避難者支援に活用しております。別にこれは岡山 済みません、最後駆け足になりましたけれども、 が避難者を取り込んでるとか、そういう話ではなく 以上で報告を終わりたいと思います。 て、一定の期間、住んでいただいて、いつか戻るだ ろうと、そういうことも少し考えた上での取り組み ○山中茂樹 質問のある方は、自由にご発言ください。 かと思います。私たちは避難者を移住・定住させて ○松井英介 岐阜環境医学研究所の松井です。 るわけではなくて、あくまでも移住者という扱いで 岡山県岡山市が飛び抜けて数が多いというか、熱 受け入れてます、そんなあたり非常に微妙な渦巻く 心にやってらっしゃるということですが。私は肺が ものがあるかと思います。 ん検診というか、検診を非常に熱心にやってきたと ちなみに、岡山県の避難者数がだんだんふえてき ころが、岡山・新潟・宮城ところだったんですが、 ているという話が、先ほどあったかと思います。24 岡山というのはそういう点でも、それは県レベルで 年3月は669人ですが、25年末には920人になりまし のことなのか、市のことかわかりませんが、いろん て、3月が1,060人、今年の2月の時点で1,120人です。 な面での予防措置、肺がんの早期発見に非常に熱心 実は、今、西日本で一番避難者が多くなっている状 なんで注目してたんです。 この要因は、首長が熱心なのか、なぜそういうふ 況があります。 市のデータも前にいただいているもので見ると、 うにして、どこの自治体でも過疎対策とか何かはそ 平成24年が341人だったんですが、次の年523人にな れぞれやってきていて、移り住んできたい人を受け り、26年には605人になりました。内訳がきっちり 入れることをそれなりにやってきてたと思うんです。 わかっていて、関東地方からの避難者となっている 先生がいろいろ調べられて、特に岡山が突出してる かと思いますが、ここは茨城・栃木・群馬・千葉・ 言い方がいいかわかりませんが、要因みたいなもの 埼玉・東京・神奈川をひっくりめて関東と私が集計 がもしわかりましたら教えていただきたいです。 する上でまとめましたが、避難者数が26年度3月の ○田並尚恵 私は自治体の支援が専門なので、そちら 時点で439人です。全体の72.5%です。圧倒的に自 をもっぱら調べているので、あれなんですけど。実 主避難者が多くなっています。福島県からの避難の は、民間団体の支援の力はすごく大きい部分がある 方が18.1%で、震災直後は、岩手・宮城・福島の避 かと思います。 難者が多かったんですが、だんだん実は自主避難者 定住移住支援とかも、移住相談会と書きましたが、 これは岡山県が実施しているもので、各市町村の人 がふえている状況が岡山では起きています。 実は、東日本大震災が終わった後、移住希望者が たちが県の人たちと一緒に行って、それぞれ地域ご 増加していて、田舎暮らし希望地域ランキングがあ とにブースを立てて、それで説明する形になってい るんですが、岡山が2010年2位で、今も3位で非常に るかと思います。 岡山では、早い段階で移住者の方たちが支援団体 人気が上がっていることもあります。 岡山市に関しては、このたび移住定住促進室を設 22 / 101 をつくっていて、それがネットワークを形成してい 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. て、避難者の受け入れ、保養とかそういうものを中 ○z 年齢層とか子供の有無とかもわからない。 心にやっていたことがあります。 ○田並尚恵 子供の有無は、学校に行ってる子供とは その前提としては、阪神・淡路のときも、結構県 来てるんですけど、子供がいるかいないかとか、そ 外避難者支援をやってた団体が幾つかありまして、 こまで家族構成までは聞いていません。大体、何世 それが東日本のときにも動いて活動をしていました。 帯何人というのはわかるんですけど、それ以上の細 移住者の方たちで、パワフルな方たちがすごくいて、 かい分析は今回の調査では聞いていません。 その方たちが自分たちで支援団体をつくり上げてい ○z 別の調査でも、福島県からの同じような表は存 在してるんですよね。福島県からの避難者がどの都 ました。 道府県に何人行ってるか。 岡山県はもともと避難者支援に手厚いところでは、 最初はなかったんですが、どんどん民間の人たちの ○田並尚恵 福島県からの分は福島県のホームページ パワーがあって、それに巻き込まれるような形で出 とか見ていただければ、どこそこの県に何人いると てきたということがあります。 いうのは、データ公表されていると思います。 そこは、一応、全国避難者情報システムと、数は 岡山市に関しては、実は市長が変わったときに、 たしか合ってると思います。 さっきのランキングは、岡山は本当によくも悪くも 全国平均と言われるんです。だから、順位としては ○山中茂樹 ちょっとまだお聞きになりたい方あるか 真ん中なんです。全部、ランキングとか。それが、 と思いますが、とりあえず、最後にもう1回、時間 こんなに上位に来るのは珍しい、めったにない。そ をとりますので、次は、スラブチチ市のまちづくり ういうことで非常に市長が喜んで、それで移住を促 政策について、尾松先生よりご報告をいただきます。 進する、そういうことをやりましょうということで、 ○尾松 亮 尾松と申します。よろしくお願いいたし ます。 結構動いたということも聞いています。 民間の団体の動きが徐々に自治体を動かすことに チェルノブイリ被災地の制度研究をもとに、立法 提言、政策提言をさせていただいております。本日 なっているのかと思います。 ○山中茂樹 もう1問だけ。 は、貴重な発表の機会をいただきまして、ありがと ○z 今、出てるのは、福島県は3位、4位なんです。 うございました。本日使うのは、お配りしたパワー ○田並尚恵 そうなんです。私も、それは思ってたん ポイントの資料のほかに、後で読んでいただきたい んですが、レポート版で、より詳しい内容をまとめ ですけど、今でも実は4位なんです。 ○z 表6とか、関東地方からの避難者数の表が興味 深いんですが。表6は、さらに市町村、茨城とか栃 ておりますので、そちらも配付資料の中にあるので、 ご覧いただければ幸いです。 木とか市町村までわかるのかと。参考の表も興味深 スラブチチ市という町ですが、ウクライナキエフ い、関東からの避難先、これが例えば福島と比べる 州にある町で、これはチェルノブイリ原発事故の避 とどうなのかとか。先ほどの岡山が多いのはよくわ 難者を中核にして、新しくつくられた新興都市です。 かるんですけど、福井はないわけです、鹿児島もな 福島原発事故後も、この町を参考に、新たなセカン いです。これは当然なのか。あと年齢層とか子供が ドタウン、新たな町をつくるべきじゃないかという いるかどうかとか。 声はいっぱいありながら、十分検証されていない事 ○田並尚恵 福井はあります。 例として、今回おくればせながらロシア・ウクライ ○z 福井ありますか。4人ですね、少ないですよね。 ナ研究者として紹介させていただきます。 ○田並尚恵 それと、ここには沖縄も回答してないの 釈迦に説法ですが、今、長期避難者、帰れない 方々の住居の支援、コミュニティ支援は、復興公営 で。 ○z 回答してないんであって、いないわけじゃない。 住宅整備にほとんど限定された形で進んでいるのが ○田並尚恵 いないわけじゃないと思います。市区町 現状です。かなり将来像が狭められた形の政策じゃ 村まではわかりません。何県からの避難者ことだけ ないかと問題意識を持っています。建設自体のおく で聞いてるので、細かい市区町村までは質問表には。 れが指摘されていまして、二、三年後に入居すると 23 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. いっても、やはり若い人たちは、それを待てないの やってまとめてみました。一番目は、立地の決定や で、さまざまな地域に分散移住を始めてますし、仕 建設決定が、後の大統領で当時の書記長ゴルバチョ 事を見つけられる人は、この住宅には入らない。そ フの決定によって、トップダウンで行われた。原発 うすると、入居者は高齢者、動けない方ばかりにな 事故から5カ月の段階で、町をつくると決めていま ってしまって、そのケアをどうするのかという問題 す。 ここが二地域居住のある種の象徴みたいな町です が課題に挙がっています。 受け入れる地域からしても、高齢者ばかりが集中 が、2つの州に属している町です。かなり地方自治 する集合住宅を受け入れることに、ある種の負担感 体の歴史で実験的な特殊な事例だと思います。地理 が強い。そうすると、そもそもの願いだったコミュ 上は、物理的にチェルニゴフ州にあるんですが、行 ニティの維持とか、避難者の方が長期的な展望を持 政監督ではキエフ州。つまり新潟県の土地に町をつ って、新しい生活をつくる場所づくりになり得ない くりながら、福島県の自治体として運営するという んではないかという問題意識があります。 手法です。 専門家の方に聞きたいんですが、避難者の側のど 3と4はかぶるんですけど、原発事故避難者の町と こに入居したいか、どこに住みたいかというのは住 は言いましたが、建設プロセスの中にソ連全土から 民意向調査でかなり調べられているんです。いわき 支援者が参加しまして、森を切り開いて、冬の中つ 市が人気が高いから、いわき市の復興住宅が多いと くるんです。1年半ぐらいで。その中で、ある種、 いう立地政策が進められているんです。では、受け 原発事故の克服の象徴としてこの町をつくろうと、 入れ地域の側で、そういうニュータウンを受け入れ 優秀な若い人たちがいっぱい入ってくるんです。も たいのかという意向調査を入念にやられたかと言う ともと原発の地域じゃなかった人たちも入ってくる と、そうは思えないんです。これはマッチングのそ んです。その人たちが町に入居して、新たなメンバ ごが起こっていることがあります。 ーとして避難者と一緒に町をつくったという経緯が スラブチチ市を先行事例として参考するべきだと いう意見は、福島県の中からも震災後にありました。 あって、それが住民の多様性であったり、活力を生 んでいるという部分が参考になるかと思います。 浪江町長も福島の再生のために参考になるとおっし これは補足で、このテーマはまた別にやらないと ゃって、復興構想会議に参加した玄侑宗久氏も、福 いけないですが。もともとスラブチチ市は原発従業 島にスラブチチがつくれないかと提案したんですけ 員がたくさん入居していましたので、経済的にチェ れど、受け入れられなかった。ただ、お2人の提案 ルノブイリ原発の収束作業と、残ったブロックの発 も、決してスラブチチ市の町の機能の仕方を入念に 送電事業にかなり依存していました。2000年以降、 調査した上の提案ではなかったことは言えると思い 急激に経済の多角化を進めまして、脱原発を経済的 ます。 に進めています。この取り組みも参考になります。 スラブチチ士にはミッションが派遣されたり、マ スラブチチ市の概要をご紹介します。86年10月2 スコミの調査も入ってますが、CIS、ウクライナ 日に、ソ連中央委員会の決定で建設が決まりました。 地域の研究者から見ると、かなり断片的な印象指標 原発事故から約5カ月の段階で、早期に決定してい にとどまってると思います。重要な面が調査して伝 ます。1年半足らずで、88年3月には入居が始まって えられてない、かなりのヒントがあると思っていま いる。かなりインテンシブに建設作業が進みました。 す。それを世の中に伝えてこなかったというのは、 行政上の帰属はキエフ州、面積が7.5平方キロメー ロシア・ユーラシア学者の怠慢だと私は思ってます トル、徒歩で1周できます。人口が2011年現在2万 し、その一端を、自分もなかなか動けない中でこう 4,500人ぐらいです。建設当初から2万5,000人ぐら やって4年後に発表するということも、かなり反省 いの町でしたので、大体同じぐらいの規模を維持し があります。 ています。立地確認をします、チェルノブイリ原発 スラブチチ市、我々から教訓とするべきところを 考えて、注目すべき点は幾つかあるんですが、こう 24 / 101 があって、東側に50キロぐらい行ったところにあり ます。 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. 当時、事故後の風向きで、ここら辺がよくNHK 原発事故で、チェルノブイリ原発はプリピャチと も行ってるコロステンなんですけれども、西側にか いう町にあったんですけど、プリピャチから5万人 なり汚染地域が広がりましたので、比較的汚染され ぐらい避難してるんです。その人たちの一部が、後 てないこっちを選んだということです。行政中心地 のスラブチチの住民になっています。スラブチチが のキエフが、もともと首都のキエフから180キロぐ できるまで2年、かなり早いですけど、日本から見 らい離れていますが、実際はキエフ州の管轄地にな れば。でも、2年あるわけです。その間に、その人 ります。 たちがどういう生活をしていて、どんなふうに移住 チェルノブイリ原発はキエフ州にあります。スラ ブチチ市はチェルニゴフ州、お隣の県にあるんです 先を決めていったのかということをおさらいしてお きます。 けど、先ほど言ったように、キエフ州の管轄になり 86年4月26日に原発事故が起こりまして、プリピ ます。2地域にまたがる町で、チェルニゴフ州の県 ャチ市からの全町避難は、翌日の夕方ぐらいには全 庁所在地チェルニゴフ市がここにありまして、数十 員避難が完了しています。5万人程度、全員避難し キロ離れたところにスラブチチがあるんですが、チ ました。政府のレポートを見ると、バスや貨物車に ェルニゴフ州レプキ地区の一部を間借りするような 乗せられて、キエフ州内の除染施設に運ばれ、そこ 形で森林地区に開発された町です。 から避難先の村々に送られました。ここでストップ これをちょっと考えると、チェルニゴフ州に何の してるんです、ヒストリーが。この後、どこに行っ 得があるのかという話なんです。自分の領土を奪わ たのか、どこに住んでいたのか。どんな生活を経て、 れて、結局そこで得られた経済の税収は全部キエフ どのぐらいスラブチチに入ってきたのか、全くチェ 市に入っていくわけです。これはどうやってるのか ルノブイリ原発避難の歴史からオミットされていて、 というのは、私の問題意識として見ていきたいとこ 公的な資料の中にはないです。 私は、キエフの知人を通じてインタビューをした ろです。 スラブチチ市の見取り図ですが、ここに製造業と んですけれど、タマーラさんという、もともとプリ か生産関係の施設が集中していまして、ここら辺に ピャチに住んでいた方で、今はキエフの住民になっ 支庁府があるんです。幾つかの地区に分かれている ている方です。日本にも来たことがある方です。 という、道を挟んで。あと、ここに大きいスタジア 「ゼムリャキ」という市民団体の方です。この方か ムがあったりするということを印象にとどめておい ら、避難とその後の生活について、ヒアリングをし てください。この回りは全部森林地帯です。1歩出 ました。 30キロゾーンの外の各地の村落にそれぞれ最初は ると、だだっ広い森が広がっています。 スラブチチ市の人口、設立当初から2万5,000人ぐ 泊めてもらって、居候のような生活を数日送ったん らいで、今も2万4,500人維持してるんですけど、が ですが、結局、数日で帰れると思っていたものの帰 くんと下がって、またU字回復しています。ここが れないとわかりまして、いろんな地域に、親戚や知 下がった理由は2000年チェルノブイリ原発の、最後、 人を頼って、ばらばらに移住していったと。 残っていた3号ブロックが完全停止しまして、チェ タマーラさんに関して言えば、夫が収束作業者だ ルノブイリ原発の従業員だった人たちが職を失って、 ったので、通勤のしやすいキエフ市に仮住まいとし 数百人単位、1,000人とも言われてますが、これで て住居を与えられます。ただ、当時、避難先で定住 見る限りは数百人単位で出て行きました。 するとは思ってなかったと。住民登録は2年間の期 けれども、その後、経済特区制度を導入しまして、 限つきであり、仮の住まいであると思っていたとい 企業導入を積極的に進めて、また人が入ってきまし うことで、宙ぶらりんの状況におかれます。86年の た。1回出て行った人も戻ってくるという状態で、 冬ごろには、大体、移住者の住宅は、仮の住まいで ある程度の数字を維持しています。 すけれども、決まっていったそうです。ここがキエ こんな形で集合住宅を中心に、いろんな地区がつ フ市内の移住者たちが集中的に入所したバルザック 通の集合住宅です。 くられています。 25 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. 当時は、キエフの住民登録が2年が期限と言われ 決められました。まずは、原発までの距離が50キロ ていたので、2年たったらどうなるのか宙ぶらりん メートル以内であること、強制避難ゾーンの外につ の状態、今の災害復興公営住宅に入られている方々 くるのは当たり前ですが、ある程度の距離をおいた と同じ状態です。帰れるかもしれないと期待もあっ 上で、チェルノブイリ原発に従業員を派遣しやすい たんですが、2年たつころには帰れないだろうと、 距離。鉄道の連結があること。 大体はわかっていた。結局、登録が切れてどうなる 3番目に、ここがトップに来なければいけないん ですけど、良好な環境条件で、比較的汚染度の低い のか心配だったそうです。 2年後、キエフでの無期限居住登録が認められま 地域が選らばれました。ただ、これも結局、後に汚 して、キエフ市の住民に移住してなりました。この 染が低いとはいえ、汚染されている地域だというこ ときに、チェルノブイリ原発周辺地域には帰れない とが明らかになりまして、住民からの反発を受けて が正式に告げられました。そのときに印象的だった います。その意味では、立地は失敗だった面もある のが、帰れないショックよりも、これでようやく先 かと思います。 のことが決められる、キエフで住み続けられるんだ 建設作業はすごくインテンシブに進みまして、10 ということで、先が見えて安心したと言っておりま 月に決定される以前から設計は進められていまして、 した。みんながそう思ったかは、わかりません。シ その年の12月に建設開始です。だだっ広い森を切り ョックだった人もいるでしょう。 開いて、建設作業者たちが冬場を通じて、ユーラシ 日本の避難政策について思うことは、すごく重要 アの森林地域の冬は半端じゃないんです、本当に。 なことを言ってるんです。医学的に本当のことを知 私もモスクワでマイナス40度を体験しましたけど、 らせるべきと言ってました。日本にいらっしゃった それどころじゃないです。そこをいち早く原発避難 ときに、帰還困難区域からの避難者の方が、5年後 者の方々、被災者の方々の居住する町をつくろいう ぐらいに帰れるんだと言ったそうです。その秋、政 ということで、かなり士気は高かったと思います。 府はそうは言ってなかったです。少なくとも5年は 1年半でつくり上げました。 帰れないと言ってたんです。それに対して、5年後 その中で、ソ連全土から人材が集まってきて、そ 帰れると受けとめてた方がいた。そういうことをや の建設に加わった方々が、我々がつくった町だ。物 ってると、結局5年でいざ帰れないとなれば、全て 理的に自分たちがつくった町だという愛着を形成し の支えを失って、崩壊してしまう人たいがだろうと て、それがある種の町の創立神話みたいになってる おっしゃていました。 んです。多数の共和国が建設に参加しています。 2年後、タマーラさんは、キエフでの居住登録を ソ連は共和国の連合体でしたから、ロシア・ウク 認められるわけですが、そのころにスラブチチ市も ライナだけじゃなくグルジア・アルメニア・リトア できています。キエフに住み続けるか、スラブチチ ニア・ラトビアとさまざまな共和国が自分の人材と に移るかという選択肢があったそうです。ただ、ス 資材、資金を投入してこの町をつくりました。全ソ ラブチチに移り住むには、当時は原発での仕事をす 連で一緒にこの国難に当たって、新しい復興の象徴 る人とその家族が居住の条件だったので、夫が収束 の町をつくろうみたいな有名スローガンがありまし 作業から身を引いた後は、キエフに残ることを選ん た。 スラブチチ市は幾つかの街区に分かれているんで だということです。 10月2日付、事故から5年5カ月ぐらいです。ゴル すけど、それぞれの地区が建設に協力した共和国の バチョフの署名した決議ですが、チェルノブイリ原 首都の名前がついています。キエフ・ウクライナ、 発従業員とその家族の定住のための新しい町を建設 モスクワ・ロシア、トビリシ・グルジア、タリン・ するとソ連中央委員会が決定しました。ただ、チェ エストニア、エレバン・アルメニア、バクー・アゼ ルノブイリ原発従業員ですけど、ほとんどがプリピ ルバイジャンといったぐあいです。 ャチの市民です。30キロ圏内の市民が主です。立地 建設に参加した、もともと、プリピャチ、チェル の条件も、かなりトップダウンで条件が定められて ノブイリ原発周辺地域に住んでなかった方が、ソ連 26 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. の各共和国から参加してくるんです。そのモチベー 実行委員会とか運営委員会で、やる気のある住民は、 ションとなったのが、やっぱり1つは大義があった その出身地域に関係なく参入してきます。その中で、 ということです。復興の象徴である新しい町をつく 全国規模国債創作フェスティバルなども行われまし る。そして、ある種、おもしろそうじゃないかとい て、そういった行事の企画、実施の中で、住民の交 うことで意欲のある若い人たちが集まってきたそう 流が促進されて、一緒に何かつくっている、この町 です。 をつくっているという意識、一緒にスラブチチをつ 証言集を見ていくと、ドネツク、今、紛争が起こ くっているという意識を共有させていっています。 っているところですが、「新しい町ができるんだ、 スポーツのスタジアムがあります、ここでも積極 おもしろいじゃないか」とドネツクからエンジニア 的に、毎月のように行事が行われてます。見ると、 が入ってきたり、ロシアのロストフ、サラトフに住 ウクライナ大会とか国際大会とかも、ここでやって んでいた方が、もともとウクライナの森林地域、草 いるんです。そうすると町が総出で準備をしたりし 原地域の環境が好きで、新しい町ができたというこ て、その中で、住民が一緒に仕事をしているという とで、そこに移り住もうといって、若いやる気のあ 意識も促進されていきます。 重要な毎年の恒例行事が、4月26日チェルノブイ る方たちが移り住んできました。 象徴的な発言が、市長からあったんですけれど、 リ追悼式です。多様な地域から人が入ってきていま 「スラブチチは、プリピャチのコピーではありませ すので、チェルノブイリ事故を直接体験してない人 ん」と最初から言ってるんです。ですから、原発事 もいます。そして新たな世代、スラブチチで生まれ 故避難者のために、ふるさとをできるだけ正確に復 た子供たちは、直接チェルノブイリ事故の記憶はあ 元しようとか、ふるさとのもともとのコミュニティ りません。そういった中で、町の中心広場に4月26 だけを中核にしてやろうという意図は最初からなか 日に集まって、献花をしたり、ろうそくを祈念にさ った。多くのやる気のある人たちを全国から集めて、 さげたりするんです。ここでは、かなり大勢の方が ある種の復興の象徴としての最新都市をつくるんだ 集まります。 という。このウドヴィチェンコ市長はすごいエネル この中で、やっぱり町はもともとチェルノブイリ ギッシュな方ですが、自身、建設のプロジェクトか 原発という悲劇の克服のためにつくられたんだとい らエンジニアとして市に入って、それで初代市長と う、ある種の町の創生神話みたいなものを共有する して、今までもずっと市長をやられているという方 イベントになっているわけです。もともと避難者じ です。 ゃない方々も参列する中で、この町のアイデンティ ただ1つ、そうやって多様な地域から人があつま ティが共有されていきます。 ってきて、出自も出身も違う、そして、原発事故の 無神論のソ連としては、ちょっと珍しい白いエン 避難を体験した人、しない人もいろいろいるわけで ジェルの紋章を原発事故克服の象徴として掲げてい す。その中で集まってきて、町としてコミュニティ ます。 として成立するのか疑問としてあります。出身地域 もう1つ、二地域居住の象徴としての町の部分。 だけで固まってしまったりとか、なかなかうまく行 ここは本当はもっと注目されていいところで、研究 かないという心配もあります。 が必要だと思っていまして、概要だけ紹介します。 この町では住民がそうやって多様な出自、多様な 当初の決議から、チェルニゴフ州に位置する町で、 背景を持ちながら集まってきた住民が、交流せずに キエフ州の人民代表会議の行政管轄に置くこと。人 はいられない。そして、コミュニティをつくらざる 民代表会議は議会ですけれども、行政府も兼ねてい を得ないような仕掛けを幾つもしています。 るという、ソ連の不思議なところなんです。つまり、 1つが、子供を中心とした文化やスポーツの活動 行政管轄上はキエフ州の町です。 にかなり力を入れてまして、町の中にスポーツ施 先ほど言ったように、間借りするような形でつく 設・文化施設・芸術施設がたくさんあるんです。毎 られて、チェルニゴフ州からすれば迷惑じゃないか 月のようにイベントを行っていまして、そうすると と一瞬思うんですけど、1つはだだっ広い森で、も 27 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. ともと何もなかったところ、近くに村落はあるんで れで、結構、危ないことも起こってるんです。91年 すが。使用されてない土地を切り開いてつくったの に2号ブロックで火災が起こりました。それ以降、 で、そこで立ち退きが起こったとか迷惑なことはま 稼働停止します。 ず起こらなかった。もともと過疎化の進んでいたよ それを見ていた、日本も含む国際社会からG7、 うな地域に、新たなニュータウンができるというこ 当時はECが資金供与するからチェルノブイリ原発 とで、ある種の活気の導入剤になって歓迎されてい をとめろという要請がありまして、それを受け入れ ると言われています。 ます。そうすると96年に1号ブロック稼働停止、99 例えばスラブチチで企業誘致が進んで、雇用が生 年には2号ブロックの再稼働はしないという決定が まれます。そうすると、スラブチチ住民だけじゃな されます。2000年に3号ブロックが稼働停止して、 くて、チェルニゴフ州の専門家を招いてるんです。 チェルノブイリ原発は完全に停止です。チェルノブ チェルニゴフ州の人たちにも雇用創出の恩恵がある イリ原発の発電事業はここでストップします。その わけです。 後は、廃炉にかかわることや安全管理にかかわる仕 先ほど言ったように、チェルニゴフ州は、自然の あるいい州ですが、決して進んだ県ではないんです。 事です。 スラブチチは、もともと避難した原発従業員を受 そこの一部の森林地帯に、全ソ連の共和国から優秀 け入れて、また新たな人材を受け入れてつくられた な若いエンジニアとか建設プロジェクトの指導者と 町で、原発従業員の町、エネルギー分野の専門家の かが入ってきて、そこに住み始めるわけです。そこ 町ですけど、それはプリピャチも同じキャッチコピ にマネジメントの専門家も入ってくるわけです。そ ーだったんです。キャッチコピーだけは継承してい うすると、チェルニゴフ州独自には育てられないよ るんです。そうしてつくられたので、かなり町の経 うな人材が流入してきて、共同開発プロジェクトと 済全体がチェルノブイリ原発に依存した構造でした。 か、例えば円卓会議をやってるんですけど、リュベ 2000年に稼働が停止するまでは、この計算方法がち チ町、中世の遺跡がある町でして、そこの観光資源 ょっとよくわからないですけど、売上高と言ってい をつくって、どうやってツーリズムを発展させるか るんですけれど、9割9分、町の経済はチェルノブイ というのを、スラブチチのマネジメントの専門家が リ原発それに関する事業で賄われていました。 音頭をとって、その地域発展に貢献していることが 95年、「メモランダム」が承認される前の段階で、 町の人口が2万5,000人ですから、そのうちの1万 あります。 そうすると、チェルニゴフ州から見ても、結構歓 2,000人、半分ぐらいが、チェルノブイリ原発ない 迎されている。わからないですよ。住民1人1人に意 しは、その関連企業の従業員だったということです。 見を聞いたわけではないので。そういう証言や報道 そこで原発がとまるというのは、どういうことかを が多く見られます。 考えてみたいんですが。 ここは原発従業員の町からの脱却で、ここの経済 原発がとまる1年前ぐらいにはだんだん減りつつ 多角化の動きもすごくスラブチチを見る上で重要で、 あって、とまってから最新のデータで見ると、 これは二地域居住とは別の意味で、私はちゃんと研 2,600人まで原発従業員は減っています。その分、 究テーマとして、これだけで1個論文が書けるぐら 原発の雇用の受け皿はなくなるわけです。残りの1 いのテーマなので、若干さわりだけです。 万人が全員出て行ったかと言うと、そうではないで 知られてないですが、86年に事故があったのはチ す。1,000人近く出て行ったとは言われてますが、 ェルノブイリ原発4号ブロックです。1から3号ブロ 一定の代替雇用をつくることに成功して、それで一 ックは稼働し続けて、発送電し続けているんです。 定の人口規模を維持しています。 よく、そんなことやったなと思うんですが、電力的 市長を初め、市のブレーンたちが経済特区の制度 に逼迫した状態でとめることができなかった状態が を大統領に提案して、飲ませます。そこで税制優遇 あります。ただ、このままずっと動かすことはでき の条件を、スラブチチの町を特区として導入してい ないだろうということは最初からわかっていて、そ きます。この輸入時の付加価値税の免除、法人税免 28 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. 除、両替義務免除とか、これがどの程度得なのか、 我々が何を参考にして、長期避難者の方々、帰還困 一般的によくわからないですが、ウクライナ経済を 難な方々の新しいまちづくりや新しい居住地づくり 知る人間にとっては破格の待遇です。 に参考にできるのか考えていることをまとめており 日本みたいに製造業が発達してない中で、耕作機 ます。 械とかそういう設備は大体輸入に頼るんです。そこ ただ、提案内容は、今まで山中先生や田並先生が で輸入時税の付加価値税が20%かかるんです。品目 話してくださった問題意識とも非常にかぶります。 ごとに輸入関税が、高度な機材とかをドイツから輸 今、スラブチチの話をする前に新十津川町の話を聞 入すると30%から50%かかるんです。それを合わせ いて、かなりアイデンティティ形成とか創立神話み ると50%ぐらい関税がかかる。 たいなもの、母村の意識はあるんです。プリピャチ 外貨取引で貿易をやったときに、国内の市場は小 からの避難者の方々が、毎年恒例の墓参りに、50キ さいわけですから、製造して何か国外に持ち出した ロだから行けるんです、鉄道もあるし。一時帰宅、 ときに、例えばドルで売上が上がった。その都度、 最近はプリピャチ市内も老朽化が進んで危ないから、 ウクライナのフリヴニャに変換しなくちゃいけない なかなか行けなくなりそうですが、一時帰宅の事業 んです。手数料もかかわれば、為替差損が物すごく なんかをやりながら、その母村のつながりを。 なるわけで、貿易はなかなかやりにくい。そうする 日本国内でもこれだけの参考事例があるんだなと、 と、市場の小さいウクライナを目当てに製造業が入 すごく勉強になったところですが、かなり自分の中 ってくるかというと入ってこないんです。これは確 でもリンクしてきました。 実に見て、ウクライナ経済の前提条件を見た上では、 評価できる点と反面教師にしなければいけない点、 製造業をやるには破格の条件です。そんな中で飲ま 両面あると思っております。評価すべき点は、この せていって、原発と関係ない機材メーカーとか製造 スライドで話してきた中で触れたことですが、その 業を誘致していきます。 中でも特に重要なのは、プリピャチのセカンド・タ リーマン・ショック時に一時マイナスになります ウンじゃないということです。プリピャチの完全な が、経済特区が導入されてからは、毎年、多いとき 復元とか、何々町の住民コミュニティの完全保存み には1年で200人近い雇用が生まれています。2万 たいなことの思考をもともとしていない。新しい町 5,000人規模の町ですから、毎年200人生まれるのは をつくるというコンセプトで、他地域からの若い優 結構大きな効果です。 秀な人材を引き入れてきて、多様な住民構成。それ チェルノブイリ原発の運営企業も、別会社として アトムレモントサービスという発電機施設メンテナ が活気につながったり、ポテンシャルにつながって ると思います。 ンス企業をつくるんです、原発に限らず、火力発電 もう1つが、我々の問題意識からすると、飛び地 のメンテナンスも。そちらのメンテナンス業にシフ としてつくられたニュータウンでありながら、受け トしていくことで数千人単位の雇用を確保します。 入れ地域からの互恵的な関係を構築していることで 結果として2012年時点のスラブチチ市の産業構造を す。この構築の仕方については、もうちょっと特化 見ると、先ほどは9割9分原発の発送電だったのが、 して、より突っ込んだ調査も必要かと思います。チ 今までなかったタイプ産業が誘致されて、多角化さ ェルニゴフ側のヒアリングがあまりできてないので、 れている。 ちゃんとしたら、よりもっと見えてくるのではない これは市がつくったデータなので、うまく行って かなと思っています。 ますよというアピールに使われている部分はあるん 反面教師とすべき点は、立地の政策で、原発従業 ですけど、それでもかなり先端的な事例だと思いま 員の町と言ってしまったために、原発のアクセスを す。脱原発の経済的な政策も先進事例として、我々 優先して、通いやすいところにつくることで、汚染 は研究して紹介しなければいけないと思っておりま 度は低いんだけれども、91年に制定されたチェルノ す。 ブイリ第4ゾーンに位置するところにつくってしま こんな特徴のあるスラブチチ市ですが、ここから 29 / 101 ったんです。それが、住民が入居してから後で明ら 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. かになった。そうすると住民の反発もあって、追加 ては、事故前の基準値を超えるような地域や収束作 除染のコストとかもかかってくるし、市長に対する 業の続く原発地域は適さないだろうと考えておりま 批判は聞かないですけど、当時、決めたソビエト政 す。 府に対して、情報隠ぺいだという批判がいまだにあ あとは、スラブチチ市に見られるように、避難者 の方にどこに住みたいですかという調査をしてます ります。 あとは、先ほど述べたとおり、原発事故の克服、 が、同じ浜のほうだから、いわきだとか、もともと 復興の象徴としてつくるというスローガンを挙げな のところに高速道路が通れば近いから、いわきだと がら、原発従業員の町としてつくってしまった、大 言っていわきに集中したりするんです。じゃあ、い きな矛盾があるんです。理念的にも矛盾があります わき市がそれを歓迎しているかと言うと、結構。震 し、結局それは事故のあった原発で、遅かれ早かれ、 災後4年、いろんな支援をしてきながらも、やはり とまることはわかっていたんですから、後に稼働停 負担感を語られる職員の方や住民の方もいるわけで 止して急激な転換を余儀なくされる。その転換はす す。そこのマッチングは、互恵関係ができる、こう ごい手腕でやりのけたと思いますが、そこに痛みや いうニュータウンができたら、その周りにもこれだ ひずみは、まだ引きずっていて、そこで仕事を失っ け活気が訪れ、また新たな雇用やチャンスも生じて た人たちがいる。だったら、最初から再生エネルギ という相乗効果が得られる地域はどこなのかの視点 ーにせよ、新たな環境テクノロジーにせよ、製造業 も必要だと思います。 にせよ、別の産業を中核に置くべきだったのではな 市町村同士で立地交渉させても、なかなか決まら ないだろうと思います。スラブチチの事例を見ると、 いかと思っています。 これを1つの参考にしながら、日本で新しい町を すごく絶妙なバランスのトップダウンとボトムアッ つくる方向性の検討を、もう一度、この4年を迎え プがあって、ここに町をつくります、事故から5カ るに当たってしなければならないと思うんです。帰 月後で決めたのはゴルバチョフを初めとした中央委 還困難区域があるのは政府も認めているわけですし、 員会なんです。それで決めたと言ったら、チェルニ 帰還困難区域の基準自体には賛成してないですが、 ゴフ州も文句を言えないです、書記長が言ってるん 政府の方針にしたがっても帰還できない。中間貯蔵 だから。受け入れます。受け入れた結果、よかった 施設ができる地域もあるわけですから、その方々の ねという話になっているんですが。 住む先、その後の生活の展望が、復興公営住宅と分 例えばプリピャチ、元避難者の方がチェルニゴフ 散移住しかないのは、すごく限定された残酷な方法 州のレプキ地区の地区長のところへ行って、町をつ なんじゃないかと思います。 くらせてくれませんかとやったら、永遠の交渉で終 その際に、同郷コミュニティ、何々町のみで集ま わらないような気がします。最初の決定はトップダ るとか、そういうこだわりは、必ずしも町の将来像 ウンがとって、責任を背負う上の機関が必要だ思い のポテンシャルをつくる上では、必ずしもそこのこ ます。 だわりが功を奏するか、スラブチチを見ていると疑 ただ、まちづくりに関しては、住民が物理的に建 問なところです。さまざまなメンバーを受け入れる 設作業に参加して、自分たちで町をつくったという 土壌という枠組みをつくったほうがいいかと思いま アイデンティティを持ってるように、かなりのボト す。 ムアップが自由につくられてるんです。それでアイ 立地上の留意点ですが、スラブチチも汚染地域に つくってしまったことで後で反発を受けるんです。 放射線量やリスクについては多様な考え方がありま すので、私はかなり慎重派のほうだと思うんですが、 デンティティが形成されます。 繰り返しですが、原発に依存しない生産業を中核 に置く。 故郷とのつながりは、何百キロ離れてしまったら いろんな考えを持った人が受け入れられる町である 難しいかもしれないですけど、先ほどの新十津川の ほうが、住民の多様性とか活力が生まれると思いま ような地理的な高さではない文化的、制度的なつな す。その観点からも、こういう町をつくるに当たっ がりを保ってるわけで、より法的な工夫、制度上の 30 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. 工夫で担保していくことができると思います。アイ レポートをそちらに置いておきますので、ぜひ読 デアがいろいろ、午前中から聞いてまして、それに んでいただきたいんですが、あと、ここで質問を受 1つ補足提案として、私が子ども被災者支援法づく け切れない部分に関しては、名刺でメールアドレス りのときから参加して、帰還権という考え方を提案 を書いたものを置きましたので、後でメールでもく してきたんですけど、田並先生の問題意識ともかぶ ださい。すごい参考になりますので。 ○山中茂樹 兵庫県は県外居住被災者という言葉を使 るかもしれないです。 ってるんです。だから、帰還権者とよく似たような。 チェルノブイリ被災地では、91年に移住権という 県外にいるけど兵庫県の被災者という考え方です。 制度が導入されまして、移住の権利を持って、一定 新十津川と出てますが、十津川出身者は1割です。 の汚染地域から新たな地域に移り住んでいます。た だ、そこで8年、10年たって、まさに子供が育った 9割はよその地域から来た。そういうことが必要な からということで、親も高齢だからということで、 のかなという感じがしました。 戻ってくる方々が結構いらっしゃったんです。その どうでしょうか。何かご質問があれば。 際に、戻ってくるために支援が全くなかった。チェ ○谷原和憲 日本テレビの谷原といいます。 スラブチチの原発依存の部分で聞きたいんですが。 ルノブイリ法は帰還権という考え方がないです。か なり家を探したりとか、また仕事を探したりするの スラブチチは、今も廃炉の作業員を養成する施設が に苦労なされた帰還者が多いです。 あって、定期的に廃炉作業員を出していると聞いて そこからの事例の参考にしながら、やがて帰還す いるんですが、それは今のスラブチチの産業構造の る際には、早期帰還じゃないんです。いつ、帰還し 中で、比重はそんなに大きいものではないんでしょ てもいいんです。帰還する決定をした場合に、住居 うか。43%とあったのは、ある意味、当時のまだ半 や雇用などの支援を受ける権利。いつか帰る町の一 分ぐらいは、この廃炉の作業をやることで経済を支 員として法的に位置づけられる。地元自治体にも、 えていると見るのか。それとも、ほかのものなのか これは裏わざ的ですが、居住者数と同じように帰還 ということですが。 権者名簿みたいなものをつくって、住民自体は減る ○尾松 亮 43%は電子・光学設備装置なので、これ んだけれども、帰還権者はこれだけの数がいますよ は発電とかは関係ないです。発送電というんですが、 と名簿としてつくらせるわけです。特例ですから、 11.7%ありますが、これは発電はしてないです。送 帰還権者の数に応じた地方交付金みたいなものを渡 電網だけ30キロ圏を横断してありまして、別の発電 すと。人口が減少しても帰還権者がいる限り、市町 所からつくられたものを送る通行料みたいなものだ 村を存続するという形です。これは現行の憲法に抵 けもらっている、そんなにはないです。 触しない形でできるんです。二重選挙権にもならな 廃炉の事業がどこで組み込まれているか、私も確 いですし。これが、今まで提案されてきたことに1 認したんですが。機械修理・組み立てとかにもかか つ私がつけ加えたい提案です。 わって、建築労働的な部分もあるので、そっちに分 イメージ地図です。セカンド・タウンがステレオ 類されている部分もあるかとは思うんですが。 タイプのイメージだと、受け入れ地域があって、そ ただ、1つの指標として見えるのは、13年4月25日 こにひっそりと1つの区画を借りて、同じ出身地の の段階で、チェルノブイリ原発舎、公舎があるんで 人たちが集まるというイメージだとすると、スラブ すけれども、これが発送電を行っていたんですが、 チチのつくり方はそうじゃないです。避難者が中核 ここの従業員が2,600人いるんです。もちろん原発 にいます。ほかの地域から入ってきた若い人材たち 周辺環境の除染とかそういうのにもかかわっている も入居してます。受け入れ地域からも働きに来たり、 んですが、相当数は、今は廃炉の作業にかかわって スラブチチ内からも受け入れ地域に出て行って、経 います。 済発展を共有する。こういうモデルのつくれる立地 政策が非常に重要なんじゃないかと考えています。 Novarkaというコンソーシアムが、アーチ状の石 炭にかわるものをつくってます。そこに、ここから 派遣する。 以上で終わります。 31 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. 業自体が、住民が参加することによって雇用の受け ○谷原和憲 あれは原発舎になっているんですね。ほ 皿になっていた部分があって。ここで2年、3年タイ かの会社から行ってる人は。 ○尾松 亮 アーチ状のものをつくるのは、国際コン ムラグが起きながらも、既にやるとしたら新エネル ソーシアムが受注しているので、そこからの下請で ギー企業だったりとか、農業生産法人と交渉してお は、スラブチチからも請負人夫みたいな人たちはた いて、3年たった時点ではこういう工場があります くさん行ってると思います。ただ、それが何人なの よというプランを最初から立てたほうが、できるの かというデータは持っていません。 なら、2000年の急激な転換よりはスムーズだったん じゃないかと思います。 もうちょっと調べたら出てくるかも、Novarkaの データを見れば出てくるかもしれないので、ちょっ もちろん、原発の収束作業は必要になります。必 と後でお名刺をいただければ、調べがついたらご連 要になるんだけど、それだけに経済的に依存したま 絡します。 ちづくりというのは、結構脆弱です。 ○上村靖司 長岡技術科学大学の上村と申します。す ○上村靖司 それも含めた形で、10年間ぐらいのプラ ンがもうちょっと描けるといいんでしょうけど、そ ごく勉強になりました。 のときは無理でしょうから。日本で、あるいは次の 1つ聞きたいのは、先ほど反面教師の下にあった、 まさに原発事故の克服と言いながら、原発従事者の 被災地で、その辺のミックスを変えながら、経常状 町としてのコンセプトで動いちゃったというのは、 態に近づける10年ぐらいのプランが要るんじゃない 確かにおっしゃるとおりだと思うんだけれども、一 かなと思います。 方として現実を考えたときに、企業誘致を考えて、 ○山中茂樹 中原先生、お願いします。 企業に雇用が発生するまでのタイムラグを考えると、 ○中原聖乃 中原聖乃と申します。よろしくお願いし 現実に言うと、もちろん旗印に掲げたんではどうか と思うけれども、現実は、しばらく後始末の雇用で 引っ張るというのは、非常に現実的なプロセスのよ ます。 今日は、先ほどの話とは打って変わって、マーシ ャル諸島という南の島での調査報告です。 私は文化人類学が専門でして、政策論とかあまり うな気がするんですけど、どうでしょう。 ○尾松 亮 そうなんです。2000年にいきなり原発が 得意ではないです。どうやって調査をしてきたかと とまって、どうしようと慌てて経済特区つくったみ 言うと、現地に通算で2年半ぐらい住んでいるんで たいなイメージで話してしまったんですけど、今、 すが、電気も水道もないようなところで、おできを おっしゃったように、やはり市長とかブレーンは、 つくりながら、結構病気もしながら、向こうで調査 原発に依存する経済でありながらも、これがもたな をしてきました。 いことは当初からわかっていて、あの手この手で違 マーシャル諸島、今日は放射能被害を生きるコミ う経済のあり方を90年代通じて、これはドイツのグ ュニティということで、マーシャル諸島ロンゲラッ ライフスヴァルト、原発がとまった町とか、マンハ プという共同体があるんですが、ここの再定住計画 ッタン計画の原子力研究施設を閉鎖したときの企業 と伝統食の復活でお話をしていきたいと思います。 城下町の雇用の状況とか、市のスタッフを派遣して、 マーシャル諸島のことを初めにお話しします。マ 90年代を通じてずっと調べているんです。それで経 ーシャル諸島は、1986年に独立をした国で、それ以 済特区にたどり着いたんですけど。 前は、ドイツ、日本、アメリカの植民地支配を受け ある種、もしかしたら確信犯的に、時間稼ぎを市 てきました。国土は環礁と言いまして、サンゴ礁で 長とかブレーンは考えていた部分はあるかもしれな できた環礁で成り立っているんですが、この背景に いですけど。 あるのは環礁の写真です。これは海んですが、これ ○上村靖司 ある日突然、経済は来ないですよね。 は飛行機から撮ったものなんです。海の上に、標高 ○尾松 亮 ただそれは別として、そのタイムラグの が2メートルぐらいの島が、ここに1つ浮かんでます 1つとしては、それは難しい。ただ、事故後2年で建 が、この辺にも1つあるんですけど、あと遠くのほ 設されるんですけど、当初においては、この建設事 うにあって、もう見えなくなっていますが、これが 32 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. 輪っかのように連なっています。それが、マーシャ チバンは助けるという意味です、マーシャル諸島で ル諸島には、幾つかの環礁があります。国土全部を は助ける。英語で言うとhelpに当たる言葉です。チ 合わせると、このぐらいの広さになるんですけれど バン、ちょっと助けてと言われたら、これは絶対に も、人口は5万3,000人で非常に少ないです。中には 断ってはいけません。 無人の環礁もあります。24の自治体に分かれていま 私がマーシャルの都会で暮らしていたときに、都 会で夕ご飯どきになると、隣の家の人が来てノック す。 今日の報告の対象は、24の自治体のうちの1つで をするんです。何?と出ると、今日、ご飯のおかず ある、ロンゲラップ共同体です。ロンゲラップ環礁 がないんだけど、何かあると。奥さんがちょっと待 を中心的な居住地として暮らしていた人々。この ってと言って、冷凍のお肉か何かを渡してあげる。 人々が、アメリカの核実験被害を受けてます。この そういうことが、かなり頻繁にあります。 人たちが被害を受けてから、ロンゲラップ環礁では 最初そういう何かものを頂戴と言われたら、あげ なくてロンゲラップ共同体をどうやって地域再生し なきゃいけないというのは理解していたんですが、 ていくのか。その地域社会はどういうものなんでし あるとき大失敗をして、都会の家にいたときに、も ょうか。どのようにつくられていくのか、2013年夏 ともと村にいるご夫婦がいたんですが、旦那さんだ の避難島の調査によって得られたデータを今回はも け都会に出てきていて、お酒をすごく飲む人だった とにして、互酬性、お互いにものをやりとりすると んです。村で奥さんが言うんです。うちの旦那は、 いうことですが、この観点からお話ししていきたい 都会に出るとお酒を飲んでばっかりだから、あれだ と思います。 めだよという話を私は聞いてたので、その都会にい まず、マーシャルがどこにあるのか。よくマーシ たときに、その旦那さんが、うちにひょっこりやっ ャルというと、インド洋ですね、いいですねと言わ て来て、酔っぱらっているんです。明らかに千鳥足 れるんですけど、あれはモーリシャスです。マーシ で2ドル貸してくれと言うので、酔っぱらってるか ャル諸島は、これがオーストラリアで、ニューギニ らだめだよ、うちはすぐ近くでしょう、親戚のうち ア島がありまして、ここにハワイです。このあたり に泊まってるんでしょう、歩いて帰りなさいと説教 に少し影があるように見えますが、このあたりにマ をしてしまいました。 そうしましたら、その旦那さんはすごすご帰って ーシャル諸島の環礁が浮かんでいるところです。 互酬性を中心に考えるということでしたが、互酬 いったんです。私は、奥さんの味方になっていいこ 性は何か、互恵性とも言います。お互いに恵をやり とをしたと思っていたんですが、その日のお昼から とりするとも言えるんです。人間の社会は何によっ インタビューに出かけましたら、いろんな人から言 てできているか、これは文化人類学の考え方ですが、 われて、スティーブンソンの2ドル貸してと言われ ものをあげると。そのものをもらった人は、気に入 たのを断ったんだってって言われるんです。別のと らないから要らないと言ってはいけないです。これ ころにインタビューに行っても言われて、それを1 は受け取らなければならないんです。受け取る義務 週間あちこちで言われ続けました。チバンを断ると、 がある。そして、お返しをするという義務も発生し そういう社会的な制裁を受けるということがありま ます。この3つの義務から成り立っているのが、社 して、マーシャルでは絶対に断ってはいけない。 マーシャルの人は、マーシャルにはホームレスは 会を構成する基本的な原理だと考えられます。 これはものだけではなくて、現在ではもちろん情 いないとよく言います。日本にはいるんだろう。ブ 報であるとか、例えば学生さんが去年の過去問やけ ルーシートがあるとか、いろいろ言うんです。自分 どと、こういうものも互酬性になるのかもしれませ たちを「愛に満ちた私たち」という表現をたまにす ん。情報であるとかサービス、便宜を図ってあげる るんですけど、これは本当にマーシャルで孤独死と とか、こういうものも含まれると思います。 か老人が1人で亡くなっていたなんてあり得ません、 マーシャル諸島は互酬性、お互いに何かを助け合 うことを非常に重視します。個人的に見てみると、 33 / 101 絶対にないと思います。 互酬性が社会になると広い社会、マーシャル全体 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. でも、これが生かされてきています。地図をお見せ はなくて、あちこちに分配しながら、まさかのとき すると、基本的な生活圏があります。普通は、1つ のために備えている。こういう暮らし方をしている の環礁であったり、あるいは1つの島であったりす のが、マーシャル諸島の暮らし方です。 る。これが1つの生活圏となっていて、日常的な、 やっと、今日本来の水爆実験の話になります。 ほとんどの人が知り合い状態になっています。別の こういった暮らしをしているマーシャル諸島が核 環礁との生活圏のつながりはあるんですが、これは 実験の被害に遭ったわけです。アメリカは1946年か 親族関係であるとか身分関係によってつながってい ら核実験を行っています。46年から58年まで行った る。マーシャルには王族がいますので、王族と平民 んですが、その中でも、このビキニ環礁で行われた 層に分かれていて、王族は1%に満たないと思いま 水爆実験「ブラボー」は非常に大きな実験で、ここ すが、そういった身分関係もあります。 から210キロ離れたこの場所には、ロンゲラップの こういったネットワークは、1カ所の自然災害が 人々が82人住んでいたわけですが、こういった実験 起こった場合に、ほかの場所とカバーし合うという、 が当時行われたんです。これは、ウィキペディアで そういう広いネットワークで救済するようなシステ 皆さんもごらんになることができます。 ムになっています。広い意味でもチバンが行われて 現在、この場所はこのようにクレーターがあいて まして、飛行機で行くと見ることができます。この いるわけです。 ロンゲラップ環礁の地図ですが、被爆されてお亡 ビキニ環礁から離れたこの場所に死の灰が、昼ぐら くなりになった方が書かれたもので。これはおとと いから降り注いできまして、人々は、夕方あたりか し、遺品を写真に撮らせてもらったんです。色分け ら吐き気がするとか目まいがするとか、急性放射線 してあります。 障害に見舞われるわけです。そして一旦、救出され ちなみに、これが1つの島です、輪っかになって て、ここで処置を受け、クワジェレン環礁に移り住 つながってます。ここがグリーンになっています。 み、3年後に故郷に戻ってきます。ここは、まだ残 グリーンの所有者は決まっているわけですが、これ 留放射能によって汚染されていた時期なんです。例 は個人ではなくて、ロンゲラップには6つの親族集 えば魚にこぶがあるとか、ヤシの木が三つまたにな 団があって、6つに色分けしているんですが。1つの っているとか、そういう生態系の異常がアメリカの 親族集団が共有して、この土地を持っています。だ 公文書にも記載されていますし、人々の証言にもあ から、個人が独占的にものを持っているわけではあ ります。 りません。この中で婚姻関係が結ばれていて、いろ ただ危険だから、ここに住みたくないという訴え んな場所の土地を利用しながら、資源を獲得して、 を現地の人々はしたんですが、それはアメリカ政府 魚をとったり、ヤシの木を育てたり、そういうこと によって受け入れられることなく、結局ここで30年 をしているわけです。自給自足の生活を行っていま 近くを過ごしてしまうわけです。ようやく1985年に す。 ロンゲラップ環礁、故郷を脱出して、メジット島に マーシャル諸島全土では15親族、15王族がありま 移り住みます。ここは、もともと無人島だったんで す。例えば①の王族だと、この範囲を管轄していま すけれども、エバドン島という島が隣にありまして、 す。これがロンゲラップです。6つの環礁を管轄し その所有地になります。リース契約を結びまして、 ていますので、これは非常に勢力が強いということ 幾らかお金を払って、かなり安いんですが、3カ月 になります。いろんなレベルの王族がいるんですが、 5,000ドルというお金を払って、50万円払ってここ この中でももののやりとりも行われます。貢ぎ物、 に住んでいるわけです。面積は非常に小さくて、ロ 貢納です。親族はあちこちに住んでいますので、い ンゲラップの生活圏は3つの環礁を含んでいるわけ ろんなネットワークが張りめぐらされているわけで ですが、この3つの環礁の54分の1しかないです。も す。 ちろん、自給自足は無理ですので、アメリカからの この中でもののやりとりを行って、実は環礁の中 を、自分たちが持っている資源を排他的に使うので 34 / 101 援助食料を受領して生活をしている状況にあります。 そこで現在行われているのが、ここでの暮らしが 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. 困難な暮らしなので、もとの環礁に戻ろう、自分た を避けたい、あるいは雇用の機会を求めて都市部に ちの環礁に戻ろうという再定住計画が1998年から行 移住する。マジュロとかイバイなどのマーシャル諸 われています。ロンゲラップ・コミュニティの中心 島の都市部に移住する。あるいは教育の機会、雇用 である、現在の中心はメジット島という避難島なん の機会も同じですが、海外移住をする人がかなり多 ですが、この避難島から故郷に戻りましょうという いです。ハワイ、グアム、アメリカ本土、こういっ 計画が行われています。 たところに移住をしている。 ただし、問題がありまして、1番大きな問題点は、 実は、マーシャルでは養子をとる習慣があって、 除染の広さ、範囲の狭さです。先ほど、ロンゲラッ 私もマーシャルの人の養女になってるんですが、私 プは3つの環礁が生活圏と言いました。ここの植物、 のお母さんは、今、ミズーリに住んでいるんです。 ウミガメとかカニ、タコ、魚類です。こういったも フェイスブックでつながることができるようになっ のを使って生活をしていたんですが、除染をするの て、15年前には考えもしなかったような手段で連絡 は、この広い範囲のどこかと言うと、ここにロンゲ をしているんですが。 ラップ島があって、このロンゲラップ島を拡大する ここで言いたいことは、ロンゲラップ環礁への帰 とこれになります。この中のピンク、0.1平方キロ 還が現実味を帯びてくればくるほど、人々はここに メートルですが、これは非常に狭い範囲です。もと 帰って定住するのはまずいだろうと。何らかの方法 もとはあちこちばらばらにみんな住んでいたんです でメジット島にとどまったり、あちこちに移住した けれども、もちろん除染してないところには住めま りして、ここに定住するのを避けるようにしている せんので、ここにまとまって人々は住むことになっ と私には見えるわけです。実際の数もそのようにな たわけです。これはGoogle・EARTHからダウンロー っています。 こういった中で、人々は離散するコミュニティを ドしてきたものですが、この範囲です。 現在は、ここに家が建っています。右上は真珠の どのように生きているのか、どのように対処しよう 養殖であるとか、あるいは養豚なども行われていて、 としているのかということです。ロンゲラップコミ ロンゲラップ地方政府は事業を行いながら、住民が ュニティで起こっていること。 現金収入を得る道を確保するために事業を行って、 ロンゲラップコミュニティは、ロンゲラップに土 そして人々をもとに戻そうとしているんです。実は 地権を持つ人で構成される緩やかなネットワークの ここに50軒、家が建っているんですが、全部空き家 ことです。ロンゲラップ環礁の場所というだけでは なんです。誰も帰っていない状況で、現在30名が住 ありません。その環礁を故郷としている人々たちで んでいるんですが、この30名は労働者です。労働者 つくられている、緩やかなまとまりです。 とその奥さんが住んでいますので、実質的な居住者 ロンゲラップコミュニティで起こっていることで すが、2つありまして、ロンゲラップの伝統的保存 ではありません。 2002年に私が撮った写真ですが、ココヤシが奇形 食があるんです。今日、持ってきたのでお回ししま なんです、らせん状になっています。こういったも す。首にかけるわけではないですが、なぜかこうい のがまだあります。これは二股のヤシですが、こう う形状になっているんです。 いうヤシは今はなくなっています。これは30年ぐら ロンゲラップの伝統保存食、後でつくり方はご説 明しますが、これだけではなくて、いろいろな保存 い前に撮られた写真です。 その結果、コミュニティはどうなっていくのか、 食が復活しています。もともとメジット島は、無人 これはかなり略式化したマーシャル諸島の地図です 島だったところに集団で移住をしていったので、本 が、ロンゲラップが30人、現在の避難島のメジット 当に木を切るところから始まってるんです。ブルー 島は361人から207人に減っています。なぜ減ってい シートで仮の家をつくって、まず家を建てる場所を るのか、この避難島がロンゲラップに戻る対象の どこにしようかと、そういうところから始めていた 人々とされているので、ここに住んでいると戻ると ので、非常に困難な暮らしだったんですが、30年以 みなされる。ここではなくて、移住の理由は放射能 上たってロンゲラップでつくっていた保存食がかな 35 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. これをタコノキの葉っぱを乾燥したもので巻いて、 り復活されてきています。 それが、このように離散したコミュニティの人々 を結ぶツールになってるんです。人々はあちこち行 くんですけど、そのときにこれを携えて遊びに行く 糸で縛ると、今お回ししているようなものになりま す。 タコノキようかんなどの保存食は、メジットの避 難島で消費されるのが5分の1、島以外に出て行くも ことが起こっています。 もう1つは、メジット島、避難島を中心としたほ かの島との関係性が構築されてきています。まずメ のが5分の4で、ほとんどが島以外に出て行くことに なります。 ジット島ですが、先ほどのウジェラング環礁の端で どうやって出て行くか、2013年夏に私が行ったと す。これがメジット島、これがエバドン島です。メ きに、メジット島から都会のイバイに船で4時間か ジットの所有者の島です。見てわかるように、ほと けて帰っていくときですが、小さなボートで行くの んど木が生えてない。これでも、かなり植林をして で、本当にのどかな感じです。都会に着きました。 きてるんです。島の内部、これは2002年に私が撮っ 私はこの方のおうちに居候したんですが、このクー たものですが、こんな感じで電気も水道もなくて、 ラーボックスの中にいっぱいローカルフードを入れ 放し飼いのイヌがいて、ここには食べた後のヤシの て持って帰ります。そうすると、奥さんが帰ってき 実の殻を乾燥させて、まきとして使うんです。乾燥 たぞと聞きつけて、近所の親戚とか、この方は、こ して雨にぬれないようになっているんですけど、ち の人の弟さんなんですが、近所から取りに来るんで ょっとソーラーパネル、10万円ぐらいするんですけ す。これは、あげに行かないんです、絶対取りに来 ど、こういうものを置いてあったりします。 るんです。取りに来て、旦那さんが渡していくとい これは2013年に撮ったものですが、パンの木です うのが何人か続きます。こうやってどんどんローカ が、これは焼いて食べるんですけど、以前はこんな ルフードがなくなっていって、みんなに分配されて ことは行われなかったんですが、現在ではかなり頻 いくわけです。 繁に女性たちが集まって、ローカルの食料をつくっ これは本当にイバイから近い4時間ぐらいのとこ ろですが、こういうことが飛行機に乗って、ハワイ たりしています。調理をしています。 保存食が復活するところですが、これは大変な作 とかアメリカ本土にまで行われていくことになって。 業です。ジャングルだったようなところの木を切り 人々は、決して離れ離れになっているのではなくて、 ます。これでも切り倒した後なんですけど、切り倒 こういった懐かしいもの、ソウルフードによってつ します。今、皆さんにお回しをしているタコノキよ ながっていることになります。 うかんですが、これはどうやってつくるかと言うと、 こういうソウルフードを持って、あちこち行くと。 挿し木でつくるんです。これがタコノキの木ですが、 ロンゲラップに行こうと思えば、行けないわけでは ここの部分を木って放置しておくと根っこが出ます。 ありません。クローズされているわけではないので、 根っこが出たらそれを植林していくんです。これが 行くことはできる。人々は言うんです、集団で移住 植林したものですが、このあたりがタコノキようか するのは危険だと。だけど、こうやってロンゲラッ んの森になったところです。ちょっと写真を撮りづ プにたまに行くことができて、あちこちの人とつな らかったんですが、森の中です。バナナとかパパイ がっていく、これは移動居宅とマーシャルで言うん ヤとかも植わってますが、これはこの10年ぐらいで ですが、あちこち行ったり来たりしながら暮らすの 植えられたものです。 がとても大事なのではないかと思います。 タコノキようかんは、パイナップルのお化けみた こういうタコノキようかんができたきたことが、 いな実がありまして、これはまだ熟れてないんです すぐにできたわけではなくて、その背景には、メジ が、かなり大きくなります。ビーチボールぐらいに ット島、避難島とその周辺の関係性が構築されてき なります。これ1房ずつゆでて、すりおろしたもの たところにあります。ここでメジット島です。一番 をシートの上に薄く伸ばして天日で乾かして、くる 大きな関係性というのは、エバドン島とのつながり くる巻いていきます。すると、こんなになるんです。 ですが、ここはオーナーが住んでいる島です。もと 36 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. もとメジット島は不毛の地で、何も木がなかった。 例えば、メジット島で誕生日が行われるのでブタ 人々は潮の流れとか、何を食べたら、どの魚が食べ が要るときに、たまたまメジット島に大きなブタが られる魚で、どの魚が食べられない魚なのかわから なかったら、エバドン島の大きなブタを1頭融通し なかったので、非常に不便な生活を強いられていた。 てもらいます。数カ月後、メジット島のブタが大き 地下水が汚れるからという理由で、埋葬も禁止され くなったら、これをお返しする、こういった交換の ていた。 システムがマーシャル全土にありまして。こういっ そういった不便な島だったんだけれども、隣のオ ーナーの島との関係性がどんどんつくられていくん たこともできるようになってきて、関係性が対等に なってきているわけです。 です。まず、婚姻関係が成立してくる。援助食料庫 いろんな関係性があちこちの島々で生まれて、避 を渡したりする。メジットはアメリカからの援助金 難島の人々の暮らしが、以前は援助によって成り立 がたくさん入ってきてるので、鉄砲がかなりあるん っていた暮らしが、実は自分たちの力で生活できる です。商店を経営する人が多い。そうすると、エバ ような島に変わってきているわけです。 ドン島の人がこの商店を利用するようになる。そう 最後、互酬性の観点から最後に考えてみたいと思 すると、ここから安く仕入れて、エバドン島で小さ います。故郷に帰還する、今の避難島から故郷のロ な商店をつくったりする。 ンゲラップに帰還する再定住計画の理由は一体何か、 あとは、メジット島のアメリカの医療サービス、 避難島の暮らしがとても不便、不自由なんです。土 こういったものも融通であるとか、あるいは援助団 地をリースしているので、自分たちの土地ではない。 体からもらった船、メジット島には船があったんで 食料援助も、実はいまだに受けています。こういっ すが、こういうものをエバドン島の人たちも乗る機 た自分たちの力で生きていけない島に不便を感じて 会が出てくる。あちこち行けるようになってくる。 いる。人々は、自分たちのことをビスペートと言う そういう関係性が生まれてくると、実はメジット んです。ビスペートはマーシャル語で漂流物という 島の中の暮らし方も変わってきます。最初は、あち んです。ヤシの実が海の上を漂っているような。自 こち漁に行ってはいけないと言われていたんです。 分たちはビスペートだからと言うんです。そういう 資源が減るから。遠くまで行っても、あまりエバド 暮らしではなくて、故郷に戻って、互酬関係の、も ン島の人たちは文句を言わなくなった。漁猟範囲が のをやりとりする関係の上で、正しいポジションを 拡大してきます。そうすると自然環境を知るように 回復したいわけです。 なる。どこが危険か知るようになってくると、たく 今は援助される側です。実は、マーシャル諸島で さんの食料と魚がとれるようになってくる。自然環 ものをもらうのは、負けたことなんです。ものをも 境を知ってくると、余裕が生まれてきます。そうす らって、たくさんのものを返せたときに勝ったと思 ることによって植林なども行います。 うらしいんです。男の人がよく言うんですけど。だ 冒頭にあった、コプラ生産、冒頭にあったのは何 から、もらったときに、もらったら、それ以上のも かと言うと、ココナッツオイルの原料になるコプラ のを何とか返そうと頑張るというんです。これが活 です。この生産もココナッツの植林から生まれてき 力なのかなと思うんですけれども。ものを蓄えるこ ますので、そういったものもできるようになってく とが美徳とされるわけではなくて、ものをどれだけ る。そうすると、何ができるようになるかと言うと、 人に与えられるかということが美徳とされる社会で たくさんのココナッツや食料、植物を植えるように す。その互酬関係の中で、正しいポジションを回復 なってくると、人間が食べ残した残飯を、今度はブ するために、実はロンゲラップ環礁に戻るんです。 タにやることができるんです。そうすると、それま 決して、美しい風景だとか、懐かしい家とか、それ であまりメジット島にいなかったブタをたくさん飼 だけではないんです。 うことができるようになります。そうすると、エバ 今のロンゲラップ政府、アメリカ政府が計画して、 ドン島の人たちが飼っているブタと交換が行われる アメリカ政府の主導で行っている再定住計画が互酬 ようになってきて、これ日本語の交換なんですけど。 関係の優位性を回復するのか。つまり、人々は再定 37 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. 住計画に従ってロンゲラップ環礁に戻った場合、互 ェクトと向こうでは言うんですが、そういったもの 酬関係の中の正しいポジションを回復できるのかと によって何か道をつくったり、コミュニティハウス いうと、これは全然できないです。 をコンクリートでつくったり、それまでにないよう なものをつくって、計画に沿ってでき上がるもので 現在も30人労働者がいますと言いました。この人 は決してないと思います。 たちは、ロンゲラップで、たまにヤシガニをとった り、これは非常においしいんです。あと、こんな大 現在、ロンゲラップコミュニティで起こっている きなシャコガイとかあるんですけども、たまにこう ことは、最終ゴールを故郷に帰る、あるいは避難島 いうものをとって都会に送ったりしてるんです。ロ にとどまるというどちらかの選択を決めるというこ ンゲラップの人の中には、懐かしいロンゲラップの とではないです。その決定を先延ばしにしながら、 もので、それをありがたくもらって、冷凍庫の中に 今の暮らし、メジット島、避難島での暮らしの互酬 何カ月も保存しておく人もいるんです。 関係の回復を行っている。それによって、もしかす ると、いつかは帰る日が来るかもしれないしという ロンゲラップ以外の人たちは、ロンゲラップの人 ことで、コミュニティの再建が図られています。 たちがそういうことをしているのを知って、放射能 まき散らしてるよ、あの人たちといううわさをしま ロンゲラップの場合ですが、今の暮らし、行政を す。マーシャル全土で考えてみた場合、今のメジッ 支える必要があって、例えば今、足りないのは、こ ト島の人たちがロンゲラップに戻ったとしても正し ういった保存食をあちこちに運ぶとか、あちこちの い互酬関係を回復するわけでは全然ないです。 人と会う。要するに核実験によって離散状況になっ 人々は、再定住計画にノーと言っているわけでは て、長滞になっているので、それをあちこちの人が ないです。俺たちは帰らないと言っているわけでは つながっていってるわけですが、その機会が非常に ないし、ロンゲラップの市長さんがいるんですけれ 少ないです。船がないからです。例えば船を買うと ども、どうだと言うと、うーんという感じで、はっ か、そういったことをする必要がロンゲラップのコ きりと意思表示はしないんです。実は、人々はメジ ミュニティではあるのではないかと考えています。 ット島にとどまり続けているんです。植林をし始め 私がこの話をすると、これを今の福島に当てはめ たのも2002年の段階で、あと2年後にはロンゲラッ るのはすごく難しいと思うんです。つまりこれは、 プに皆さん、帰れますよと言った段階で、みんな、 被爆から60年たった事例なんです。福島は3年たっ 家の周りをきれいにし始めたんです。互酬関係が回 ただけです。本当に福島の例に当てはめるとしたら、 復できない再定住計画に対して、ノーという意思表 これは随分先のことになるかもしれないですが、こ 示なんだと私は見ています。マーシャルでは、目上 ういった計画に沿ってできるものではないというと の人に対してノーとは言えないです。それを行動で ころは、考えなくてはいけないと考えています。 以上で終わります。 あらわしているんだろうなと私は考えています。 人々がメジット島にとどまり続けてることは、実 ○山中茂樹 60年たっても、まだ除染ができてないと は互酬関係の正しいポジションを、ここでなら回復 いうのがちょっとびっくりです。漂流被災者と、日 できる、とりあえず可能です。ということで植林を 本でもよく言ってますけど、同じようなことが起こ 始めまして、このタコノキようかんをつくろうと思 っている。 ご質問を受け付けますが、何かお尋ねになりたい ったのは、今から12年前、50歳の女性が自分のおじ 方は、挙手をお願いいたします。 さんにつくり方を教わって、ふやし始めたんです。 それを見た周りの人たちが、このタコノキようかん ○松井英治 先生のスライド、途中でゼロ点何とかミ リシーベルトが出てきたんですが、どれだけの時間 をふやしていったという経緯があります。 単位の中での実行線量なんでしょうか。 最後にまとめていきます。 地域社会は一体どのようにつくられていくのか、 ○中原聖乃 これは年間です。除染前が0.4ミリシー 顔の見える人々の具体的な日々の営みによってつく ベルト、除染後が0.18ミリシーベルトということで、 られるものなんだろうと考えます。計画とかプロジ これは内部被爆だったと思います。計算の値です、 38 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. め」。最後は諦めなんで、それが残念なんですが、 推定です。 ○松井英治 もとになっている測定値は、いろんな各 中身を話します。 まず、この調査の目的としては、まず第一に、原 所を調べた結果なんでしょうか。 というのは、日本で今やってる1ミリシーベルト、 発事故というと福島の問題と思われていて、東日本 あるいは5ミリシーベルトは、チェルノブイリ以降 大震災もそうですが、そこで甚大な被害が起こった の避難の権利、あるいは、そこに住んではいけない ことは否定するつもりは毛頭ないですが、問題は最 とチェルノブイリ以降は決めてます。日本の場合は、 初から非常に小さく限定されてしまった。これはア 空間線量でガンマ線の測定値だけをもとにして実行 ンカリングという心理学のトリックの1つで、問題 線量を出してきているわけです。 を最初に非常に小さく定義してしまうことで、例え もともとのデータは、例えば1平方メートル当た ば周辺、特に栃木や茨城の人が、何も被害がないか りのベクレル値で、チェルノブイリの場合は、セシ のように語られている。あるいは高齢者も、最初に ウム137、ストロンチウム90、プルトニウム239を全 若い子供が問題だ、あるいは甲状腺が問題だとアン 部調べて、この土壌の調査結果から実行線量である カリングされてしまって、そこから別の問題を考え シーベルトを出しているわけです。同じように、そ られなくなっている。 この土なら土を調べた測定値をもとに実行線量をは ガンジーが140歳で死んだ、みんな、うそだろう じき出しているのかどうか。それでもって、移り住 と言うんです。その後の推論は、大体90歳ぐらいだ むかどうか決めているのか。 ろうとか、そんなふうに誤差を見てしまうわけです。 ところが、福島でも今問題になっている20ミリシ ーベルト、100ミリシーベルト、いろいろ数値があ とにかく、関東のお母さんたちが何をやったのか、 記録を残しておこうというのが、まず1つ。 ります。測定の方法、実行線量を出すやり方によっ 2つ目、低線量被爆問題をめぐって、危険派と安 て、随分幅があるんです。ですから日本の場合、実 全派と言ったりします。それがきれいに分かれるこ 行線量値を過小評価している、今のやり方は。です とはわかっています。今までの研究はいろいろあり から、チェルノブイリのと比較がなかなか難しいで ますが、直観的に分かれて、拡張バイアスで大きく す。この場合は、その辺がどうなっているのか、そ なったと説明されるんです。どうもそうではなくて、 こを教えていただきたかったんです。 中間のいろんな段階があることを確認したい。避難 ○中原聖乃 大変しっかりしたご質問をいただいたの したり、いろいろ行政に文句言ってるお母さんたち ですが、ひと言で答えさせていただくと、わかりま が、決して恐怖症ではなくて、そうでない人たちが、 せん。 恐らく感覚が傍観者的になっているんだろうという DOE、アメリカエネルギー省の科学者が書いた のが仮説です。 論文から引用したもので、論文は英語で書かれてい 3つ目は、県や市町村ごとに任せられてしまった るんですが、必要なところを見てますので、どこか 放射能汚染対策がどの程度違っていて、それに対し には書いてあると思います。わかったらご連絡しま て、地域住民がどういう評価をしているのか。これ す。 は脇さんの話でやってもらいたいと思っています。 4つ目は、リスク・コミュニケーション研究が、 ○山中茂樹 中原先生、ありがとうございました。 時間がまだ押してるので、高橋先生、お願いしま 最初からゆがんでいるんです。私は、社会心理学会 にも入っているので、90年代のチェルノブイリ以降、 す。 それこそ原子力産業のおかげで、リスク・コミュニ ○高橋征仁 山口大の高橋と申します。 現在、調査研究だけで7つぐらい同時に進行して ケーション研究が大きくなっていくプロセスをよく いるので、何が何だか最近よくわからなくなってき 知っています。社会心理学者として、それを傍観し ました。今日は、青木先生や脇さんと一緒にやって てきた責任もありますので、よく使われるトリック きた低線量被爆の、関東調査の結果をご紹介したい はよくわかってますので、そういうことを少し解説 と思います。「母親たちの覚悟と疲弊、そして諦 したいというのが、今日の目的です。 39 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. 関東地域の調査は、常総生協さんとパルシステム まず事故直後、3月、4月にどんなリスク回避行動 千葉の宅配ルートを使って、主に留置法でしていま をとったかと言うと、青が突出しているわけで、茨 す。回答を得たものの6割が常総生協さん分です。 城の小学生以下の子供がいるお母さんたちは、6割 全体としては32%の回答で、多分、山中先生が言わ 以上、マスクや水道水や野菜を全部やってた。千葉 れたより若干票数減っています。チェックしたら、 の小学生のお子さんがいるお母さんたちは、茨城か かぶってる表とかデータが途中で切れてる分があっ ら見ると20%ぐらい低くて、大体4割から5割ぐらい たので、それは外しています。あとは、千葉県内の ですが、水道水だけは、初期に東京でミネラル・ウ 私立幼稚園を2校入れてます。 ォーターがなくなることがあったためだと思います これで何をしたかったか、幼い子供を抱えたお母 が、行動率が高かったです。 さんたちの対応を見たかったということです。もち 逆に、お子さんがいない家庭では、当初から何が ろん生協さんはこういう問題に関して、関心が高い しか気にしてか、回避行動は県内野菜を食べなかっ のはわかってますけれども、そうじゃない人とも比 たのは、大体最初から3割ぐらいだったようです。 較しながら、代表性を出そうとは思ってませんが、 ただ、全体として見れば、何らかのことはやって いて、対策をしなかったのは低い値になっています。 幾つかの典型性を描き出そうと思っています。 約2,000票近い、1,963票回答が得られたんですが、 比較してみると、洗濯物とかはいろいろやってた そのうち4割が自由回答に何がしか書き込んでいて、 んですが、外食は抑制されなかった。外遊びは、お 字数をカウントしたら12万字あって、中には便せん 子さんがいないところは抑制しようがないですが、 が入っているものも何通かあって。その作業で学生 ほかと比べて見たら、それほど抑制されていなかっ が泣いてたという非常に珍しい調査です。濃い部分 た。県外避難は、これで見る限りは、茨城で2割ぐ をとってしまったんだと思うんです。 らいが避難した。どの時期にどの期間、避難したか これは日本の家庭に配布する調査でよく問題にな はわからないです。 るんですが、女性95%女性が答えている。イギリス 次に、事故直後に、先ほどの単位で何個回答して の先生とかにも世帯主調査を見せると、これは男性 るか。小学生のいる茨城の家庭では5.7個、それに が書いたのか、いや、お母さんが書いたんです。じ 対して千葉になると2個ぐらい少ない個数だったん ゃあ、お母さんの意見か。いや、お母さんがお父さ です。男性もとってますが、この男性はサンプル数 んのかわりに書いてる。そんなのだめだと言われる が、茨城の小学生がいるのは8人しかサンプルがな んです。日本の調査は大体こんな感じで、家庭に配 いので、あとは二、三十票ありますので、そんなに ってしまうと、ほぼ、お母さんが書くようになって ゆがんでないと思います。そもそも、こういうアン います。 ケートに回答してくれる男性自体が非常に意識の高 回答者の年代は2つのこぶがあります。40代と60 代にこぶがあって、生協さんの消費者層が、非常に 高齢化しているのが、これで初めて気づいたんです。 い方なので、実はあまり女性と変わらない回答傾向 になっています。 未就学児、先ほど幼稚園サンプルだけ松戸と柏を 実際は、中身はどうなっているか、小学生以下の同 入れましたという話ですので、常総生協さんの分で 居のある人たちを見ると、ここに1つぽこっとあっ 特殊な答えになってないか確認すると、やはり事故 て、ここは主に幼稚園のデータでカバーしている形 直後の反応は、千葉と茨城で大分違っていて、茨城 になります。 が行動の個数で2個分ぐらい多く行動していた。特 松戸が多くなってるのも、松戸・柏の幼稚園に依 に注目しないといけないのは、事故直後はリスク回 頼したからで、結局サンプル数として数を確保でき 避行動の情報源、重回帰分析をやっただけですが、 ているのは、茨城と千葉の小学生ありのお母さんた どんな要素が影響を与えていたか分析をすると、専 ち。もう1つは小学生なしのお母さんたちにも、か 門家のブログ、チェルノブイリの情報、積極的に情 なりの数は確保できている状態です。これを使って、 報を探しに行ったんですが。一方で、口コミであっ 少し累計性を描き出そうということです。 たり、政府や自治体の広報を見て気づいてというの 40 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. も、リスク回避行動に、初期はつながっていたこと ているんだけど、県内の魚介とか水道水はかなり維 が大きな特徴です。 持されていることがわかるかと思います。男性も交 現在のリスク回避行動は、小学生以下がいない場 合は、過半数、茶色と黄色、これは50%以上は何も えた全体のデータです。母親だけでやっても、同じ になります。 気にしてないと回答しています。でも、子供がいる 同じように回答個数を比較したものですが、きれ 場合は、何も気にしてないのは3割、4割で、気にし いに下がっていて、しかも現在の回避行動は、こん てるほうがマジョリティです。 なにきれいな曲線になるんです。これは何なんだろ 気にしてる内容はばらけていて、千葉では先ほど うか。本当に過剰に人々が心配していて、あるいは と同じように、まだ水道水を気にしてる人がいて、 現実に線量が下がってきて、対策をする必要がなく 茨城は、牛乳、県内産の魚介類、あるいは線量測定 なって、こういうカーブができたのならいいんです。 も比較的やられているとは思います。水、牛乳、魚 が、どうもそうじゃないような気もするわけです。 介類に対しては、全体として警戒が継続されている 結局、こっちに動いたほうが適切な情報を持ってい と考えていいかと思います。 るのか、この辺で頑張ってる人が適切な情報を持っ 平均個数で見ると相当個数は落ちていて、1.8で、 大体さっき5.7でしたから3個から4個分減ってるん ているのかという問題です。 傍観者効果と言いますが、大衆が動き出すと、み んなこっちに動き出す。日本の戦後の家電の普及も です。 もう1つ特徴的なのは、当初見られた茨城と千葉 同じようにきれいなカーブを描くんです。2割近く の差はなくなっていて、常総生協さんに入っている なってから急速にみんな指数関数的にふえていって、 層と入ってない層で若干差が出てきている。結局、 車やエアコンを持つようになるプロセスなのかとい 食の安全は、個々人が1人の知識と判断に担保する うことが問題なわけです。 のは多分できなくて、生協に入っているから食品の ちなみに確認ですが、その前にどんなことにお金 産地を選んだり何なりできているということだと思 を使って、放射能汚染を気にしてお金を使ったかと います。 いうと、これは生協さんで取ってるから、当然そう 同じように、現在のリスク回避行動に聞いてる要 なのかもしれませんが、米や野菜が多いのと、あと 因をステップファイズしただけなんですけど、いろ は水です。保養目的のキャンプ、除染用の高圧洗浄 いろ件数を入れてみてやってみると、非常におもし 機、空気清浄器、魚介類も少なかったです。魚介類 ろいことに、1つは確信層です、子供に異変があっ をリスク回避行動で答えてる割には、別にだからと たとか、幼い子供がいるとか、両方に敏感なほど回 いって海外産までとる必要はないと考えているのか 答傾向がある。これは事故直後でもそうなんですが。 もしれません。 伝統的な社会的ネットワークに属しているほどマイ 次は、震災後の体調変化ですが、かなりいろいろ ナスになっている。回避行動数が少なくなっている。 問題になっていることでもあるので、実数で書いて つまり、集団参加、家族が多かったり、家族の団 ます。何で実数で書いたか、2,000人規模の調査に 体活動、自治体とか婦人会とかに入っていたり、新 対して100人答えた。100%のもとになる数を幾つに 聞をよく読んで事故情報を得ていたりする層では、 するか。さっきも見たように、ほとんどが高齢者な 回答個数が減っているのが特徴でした。新聞では、 んです。回答数の半分が高齢者で、子供がいないの 唯一ステップファイズすると残るのが、いつも東京 で、どれを基数でとるかで、大分パーセントの数字 新聞なんです。 は変わってきます。基数のとり方で、いろいろトリ この変化を見てみると、青が事故前で、オレンジ ックを使えるので、わざと最初に実数を見せていま が現在です。青と赤の差が大きいほうから項目を並 す。大体こんな形で、鼻血に関しては100人ちょっ べかえしています。こうやって見てみると、吸気系 と。のどの痛みも60人ぐらいいて、全体としては、 の洗濯物とかマスクとか外遊びとかは、かなりリス 何らかの回答、異常があったのは200人を超えてい ク回避行動が少なくなっている。野菜も少なくなっ る。1割以上います。総サンプル数に対しても1割以 41 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. いようにしている人が、実はお子さんがいるほうが 上です。 私は、実は県外避難者の調査も何件かやってます いて、いろんなことを気にしてるほうがしゃべらな が、子供の異変を気にして来たのは大体2割から4割、 いようにしている。社会心理学では、こういうこと 平均すると3割ぐらいです。自分の異変も、重複し をやると何が起きるかというと、マスコミ論では有 てる人もいるかもしれませんが、同じように平均す 名な沈黙のらせんが起きるんです。黙ってるから気 ると3割ぐらいいます。あとの7割は、いろんな確信 にしてないんだろうと思って、みんな気にしてない 的な情報があったとか、予測が外れてもいいから、 んだ、自分だけが気にしてるんだと思ってしまう。 今の生活がもともと限界だったんだ人ももちろんい その行動をますます表に出さなくなる。 ます。ですから、これは決して空虚な誤差とかいた できるだけ考えないようにしているというのは、 むしろあまり気にしてない人が、できるだけ考えな ずらとかいう話ではないです。 鼻血に関しては、茨城のほうが明らかに大きいん ですが、あとは差があまり見られません。甲状腺の いようにしている。自己抑制、思考の停止という行 動をとります。 異常は20人ぐらいいます。これは、甲状腺検査をし これは、先ほどのX軸が、初期の回避行動の数。 たグループとしないグループで、しないグループも Y軸が現在行動している数です。いろんなものを注 4人ぐらい異常があった。どういう異常かはわかり 意してるほうが上にあります。どんな分布になって ません。甲状腺エコーをして嚢包があったというだ いるかと言うと、黒で示したのが基本的な集計の単 けかもしれませんのでわかりませんが。検査をした 位で、小学校の子供がいる茨城の人、小学校の子供 ほうが明らかに出てきているので、しかも1割出て がいる千葉の人、小学校以下の子供がいる茨城の人、 くるので、これは多分やったほうがいいだろうとい 小学校以下の子供がいる千葉の人、子供のいない茨 う話です。 城の人、子供のいない千葉の人。配偶者との関係が 福島に住んでると、会津の奥のほうでも検査を受 悪化したり、買い物ストレスがあったり、あるいは けられるのに、茨城に住んでると全く何も検査が受 健康異変があるほうは、そこよりかなり高い水準で けられない状況をよく考えたほうがいいと思います。 キープしています。リスク回避行動です。そうした それに対する母親たちの心理的特性、事故後、ど 人たちは発言抑制も多いですし、買い物ストレスも んな反応があったか。1つ目は、自分から被災者支 非常に高いです。 援法について勉強したというので、かなり当てはま これを実は基準線として考えてみてもらうといい るのはこれぐらいです。チェルノブイリ事故につい ですが、異変のない人とか、千葉・茨城の人、ある て自分から勉強したのはこれぐらい。これは生協さ いは発言抑制のない人は、この辺のグループになっ んのデータです。生協のデータで、あまり熱心にア ているわけです。初期から行動数は少なかったし、 クセスしたというのが、これぐらいなんだというこ 現在はさらに少なくなっています。 とに愕然としたのは私だけですか。自分から積極的 に情報を取りに行くのは、災害時にはもちろんリス 実際は、この辺の中間層がどんどん下に流れてい く変化になっているかと思われます。 さて、こういう中で、どんな形で自分たちの住ん クではあるんですが、必要な行動です。 そういう人たちが現在どうなっているか、非常に でる地域を認識して、そこで生活を続けようとして 疲れている。これが疲弊の項目としてつくったもの いるのかです。それぞれカテゴリーごとに放射能汚 ですが、買い物ストレスがふえた、8割がそうだと 染の問題をどんな形で認識しているのかというと、 答えています。お子さんがいなくても、6割ぐらい 汚染はある程度あるため健康には多少注意しないと がストレスを感じている。逆に、配偶者との関係が いけない。子供のいない層だと、オレンジとグレー 悪化した話は、県外避難者でもよく聞くんですが、 だとオレンジがかなり多くなります。それに対して 全体として、生協さんに入っている、そこで住んで 子供のいる家庭、小学生以下の子供のいる母親の場 る人たちに聞くと、意外とそれほど。 合は、黄色がややふえます。深刻で、少なくとも一 抑制をどんな形でしているか。人前でしゃべらな 42 / 101 部では被害が出ている。 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 ところが一方では、放射能汚染の認識、汚染状況 15.3.7. す。 重点調査地域の指定を受けているのを知っているか この項目は、たしか福島市の調査か何かに合わせ 聞くと、ここに挙げた8市は全部指定を受けてるん て設計しているので、また比較してみたいと思いま ですが、指定を受けてるという正解を出せる人は4 す。 割ぐらいしかいない。それ以外は、受けてないと答 これは、母親の健康不安とか、女性の勘の鋭さに 何度も敗北したことがあります。人間の目が、男性 えたり、知らないのが圧倒的に多いわけです。 震災後、次のような検査を受けたことがあります は赤の色弱がよくあるんですけど、女性がないのは か、受けた検査名を聞くと、エコー検査が茨城で そのためだろうと言われています。顔色の判断の能 40%近く、千葉で20%近く、受けてるのがあるわけ 力が非常に高いです。もちろん子供を過剰に心配に です。ほかに、茨城では、多分、常総生協さんか何 なるのは、母親はその分余計だということはあるか かがやってたんだと思いますが、血液検査や尿中の もしれませんが、生き残りというテーマに関しては、 放射性物質の検査も2割ぐらい回答がありました。 多分、最適化されているんだと思うんです。 ただ、先ほど言ったように、茨城のデータは全て常 僕が持っている県外被害者のデータと、今回とっ 総生協さんの分です。茨城県全体では、決してこん たデータを一緒にしたものです。横軸が、行動抑制 なに高くはない。 傾向という、これが実は心配性のパーソナリティの 今後ふやしてほしい項目としては、甲状腺エコー 尺度です。いろんなことを気にして動けなくなるB 検査は8割を超えていて、放射線物質検査も6割近く IS、すぐ物事に突っ走っていくようなものをBA いて、血液検査で、なぜ茨城と千葉でこんなに差が S、BIS/BASで書くんですが、今回、縦軸は あるのかよくわからないですが、茨城では5割ぐら 共通したBASをとれなかったので、チェルノブイ いで、千葉では3割強の人が回答している。希望な リ情報を積極的アクセスでとっています。これでと しはほとんどいないわけです。何がしかの要望はあ っても、ほぼ統計的には問題はありません。BAS って、1番浸蝕性がないので、そういうエコー調査 の高い人は、こういうものを不安がらないで、むし に対する期待が大きいということです。 ろ調べに行くほうが落ちつくんです。それに対して 健康検査に関しては自由回答、今日はテキスト分 BISの高い人ほど、いろんなことをバランスよく 析までやれるかと思ったんですが、載りませんでし 気にして、そこで解を求めようとしています。要す た。この問題に関して、アンケートの自由回答で、 るに車のブレーキのようなものです。ブレーキとア こんな形の回答がありました。市の定期検診とか、 クセルで縦軸と横軸を書いてるわけです。 そういうときはみんな行くんだから、そういうとこ そうすると、福島県内でやったアンケート調査、 ろで何か対応してくれてもいいんじゃないか。今、 インターネット調査ですが、BASが低くて、BI アンケート1枚で、誰が何の目的でデータを集めて Sが非常に高くなっています。 いるのかわからないけど、そういうことをやってい 私がよく言ってる沖縄の避難者は、みんなBAS が高いです。新しいもの好きというか。知らないと るようです。 実際、どの程度そういうことを気にしている人た ちは不安が大きいんだろうかということです。赤と 青が、先ほどから見てる茨城と千葉のお母さん方で ころに対する不安感を持ってない人たちです。だか ら、決断できるんだと思います。 球のサイズの大きさは、市町村に対する評価です。 すが、小学生がいないグループと比べると、原発事 これは何を意味しているか、新しい土地に対して不 故の影響は、自分に健康被害があるかもしれないと 安を持たずに、しかも現在いる資料村に対する信頼 いう項目と、家族に健康被害があるかもしれないと が低くなるから、みんな抜け出るということです。 いう項目、2点で非常に大きく不安を抱えているわ 地元の市町村が自分や子供を守る気がないと判断し けです。近い将来、また地震があるかもしれないは、 てるから避難しているわけです。要は球のサイズが ほぼ変わりないです。もしかしたら地震があったん 小さくなったら、市町村は見捨てられます。 ですかね。11月です。非常に地震の不安が大きいで 43 / 101 千葉はある程度まだ大きい、茨城はかなり小さく 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. なってきています。茨城県内の市町村とか県に対す けです。善意で、よりもっとひどい状況にある人を る評価は、これは常総生協さんの分だからかもしれ 何とかしてあげましょう、何とかしてあげたいと書 ませんが、全体で非常に低いです。 くわけですが、同時に自分は非当事者になってるわ さて、こういうリスク回避行動に、マスコミやそ けです。災害でも、自分は大丈夫だから、あっちの の他の情報源がどんなふうに関与しているのか、震 人のほうが大事だと被害を大きくしてしまう要因で 災直後から問題になっていたわけです。インターネ もあります。 ット・メディアは、初動時のリスク回避行動をふや 中には、自分はもう年取ってるから放射能に対し すと同時に、現在もかなり高くキープさせる効果を て免疫がある。そんなことはないだろう、年寄りの 持っています。それに対して、伝統的なメディアは、 ほうががんにかかるし、寿命が早く来るというのも リスク回避行動を初動時も現在も抑制する方向に働 うそで、がんの種類によって後発年齢が違ってるだ いているようです。 けで、加齢自体ががんの進行をおくらせるというデ 口コミは、事故直後にはかなり行動数をふやすよ ータはないみたいです。そもそも高齢化すると、ほ かの既往症がふえてくるので、その分、加速度的に うな働きをしてますが、現在はそうではない。 さらに、それを新聞、購読紙をとっています。こ れは絶対、あしたの紙面を飾ることのないデータに ふえるはずなんです。 人々が善意の中で自分を非当事者化してしまって、 なります。リスク回避行動をふやすのに貢献してい その中で意識が希薄化していくのが、福島問題とい るのは、東京新聞と常陽新聞だけ。4大紙は青で示 うアンカリングの仕方もそうですけど、子供の甲状 してます。4大紙というのは何か。全体としてばら 腺問題のアンカリングの仕方も、かなり問題の的確 つき、先ほどのインターネットのばらつきから見る な把握を台なしにしていると感じたところです。 と、みんなここに固まっているんです。お互いリス 子供の健康異変に関しては、200名を超える報告 クは犯さないで、疑心暗鬼になっているのかどうか があって、小学生の子供を持つ親の二、三割りが異 わかりませんが、このような配置になっているわけ 変を訴えてるので、何らかの検査の体制を整備する です。 必要があるだろうと。自治体評価もそういうことを 常総生協のような比較的関心の高い組織において さえ、私が何を言おうとしているかというと、結局、 しないと、住民から見捨てられます。 最初にリスク・コミュニティの話をしたんですが、 放射性問題に関するリスク意識、行動低下傾向は非 結局人のリスク判断はゆがみます。ゆがみは4種類 常に明確にあらわれていて、特に高齢者層では、現 あると思ってもらえるといいんですが、まず1つは 在はあまり気にしてないのが多い。 宝くじです。宝くじは、幾ら当たるかを気にしてい 2つ目は、積極的に情報収集する母親層において て確立を全く気にしてません。あれは1,000万分の1 の買い物ストレスとかタブー意識が強く働いていて、 ですから、300円で買ってる宝くじは期待値30円で 個人の知識とか判断で安全を確保するのは限界があ す。そんなふうに非常に低い確率でもらえるものの った。特に焦点になっているのは、現在のところ魚 問題なのか、失うものの問題なのかというときに確 介と水で、それをどんなふうに検査して、ストロン 立判断がゆがむんです。ゼロ%に近い話なのか チウムが問題だと思うんですが、流通させるのか。 100%に近い話なのか。4カ所です。得られるときと 魚の場合は、産地といったって海ですから、どうそ 失うときです。 2つ目は、同じもので100%失うとき。このときは、 れを判断するのかが問題だと思います。 今日、重回答でちゃんと出せなかったんですが、 宝くじと一緒に人は冒険します。敵に囲まれている 何を出そうとしてたかというと、高齢者の回答が多 のに突撃するとか、そういうものも全部同じです。 かったということですが、その中で必ず書かれるの パチンコで3万円負けたから、あと二、三万円突っ は、自分は60歳だから、自分はもう70歳だから、あ 込んだって関係ないので、1発逆転ねらう。ギャン んまり気にしてないんだけど、孫や子供、あるいは ブルにはまるのも、こういうロジックです。 福島はというロジックなんです。もちろん善意なわ 44 / 101 放射能汚染で白血病になったりすると、これをし 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. なきゃいけなくなります。もし首都圏で0.1%でも してる、手抜きです。もう少し考えてロジック組め そういうことが起きたら、3,000万人いるとして1% よと思うんですが。でも、普通の人は、こういう経 だったら30万人、0.1%でも3万人が何かしら健康異 緯を知らないのでまんまとだまされている。 人々がゆがんだリスク認知をしているのも、お金 常を訴えたら、首都は当然耐えられないわけです。 もう1つのリスクのゆがみは、例えば高校受験の の計算をするために生まれてきたからじゃなくて、 とき、絶対に受かりたい。そんなところ併願しなく 生き延びるために、本当に絶体絶命の状況だったら ても大丈夫だろうというところも併願します。あれ 突撃したほうがいいし。万が一のリスクがあるんだ も1つのリスクのゆがみです。非常に高いリスクを ったら、それを回避するような方策をとったほうが 確実にしたい。こういうゆがみがあるから、弁護士 いいし、もらえるものは、すぐにでも、確実に、多 さんとか保険屋さんは成り立つんです。ほぼ確実に 少安くても、もらっておいたほうがいい。そういう 勝てる裁判でも、事前に調停して、9割ぐらいのお 判断をしてるということです。 最後に、ジンメルの言葉ですが、これを読んだと 金で合意する。 き、泣きそうになりました。最近、被災者、原発避 3つ目は生命保険のような非常に低い確率で失う 難者のところに行くと、「関心を持ち続けていただ ものに関して、どれだけ投資するか。 原発産業が今まで展開してきたロジックは、これ いて、ありがとうございます」というメールをよく です。原発事故が起きる確立は何千万分の1なんだ もらうんです。それだけ希薄化、忘却、忘れたほう から、それを気にするのはばかげている。でも、実 が、多分楽なんです。こういうとき起きてるのは、 際起こっちゃった。それを今、放射能による健康被 ほぼ確実に傍観者効果です。 以上です。 害の話で、そんなことが起きるのは非常に低い確率 だから、飛行機に乗るほうが危ないという話をしま ○山中茂樹 ご質問があれば。 す。そうじゃなくて、汚染は起こってしまったんで ○y 確認で、市町村は8市でよろしいですか。 す。確率は1です。そこから始めないといけないで ○高橋征仁 いえ、もっとたくさんあります。ある程 すが、このロジックでごまかそうとしているわけで 度のサンプル数があって、分析に耐えられると思っ す。 て、8市だけを選んで載せただけです。つまり、常 総生協さんとパルさんの宅配エリア。 そもそもリスク・コミュニティという言葉は、現 在は正解を知ってる専門家がいて、知識のない一般 ○y 茨城は何市あるんですか。 人を啓蒙して、不安を抑制する方法として誤って用 ○高橋征仁 市の数だと相当あります。 いられている。どういうことか、リスク・コミュニ ○…… 中部のほうまであるんですね。ひたちはない。 ティの大前提は専門家でも正解はわからない。これ ○高橋征仁 石岡とか阿見町とか、そういうのも入っ ています。 はチェルノブイリ以降出てきた問題ですから、専門 家が問題解決できないことが実は出発点です。知る ○山中茂樹 次の脇さんの話とで対になります。かな ことができない以上、重要なのは個々人が違うリス りデータの多いお話だったので、皆さん、頭の中に ク意識を持つことです。誰かは生き延びる。それは 入ってるかどうかという気もしますが。 脇さんのお話をいただいてから、今日の登壇 尊重しないといけない話ですが、そうなっていない。 者に前にもう1度出ていただいて、質問を受けるこ いまだに、リスク・コミュニティの先生は、人々 とにします。脇さん、お願いします。 が低確率のものを過大評価してしてしまうバイアス、 実態は事実です。見えないものとか、創作のような ○脇ゆうりか 放射能からこどもを守ろう関東ネット ものとか、遠い将来とか、そういったものを過大に という茨城・千葉・埼玉の県境を越えてつながった、 不安視するのも事実ですが。これはお化け論と言う 母親たちのネットワークの共同代表をしております、 んです。お化けは実態がないですが、放射能は実態 脇ゆうりかと申します。 がありますし、実害もあります。結局、自分が死ぬ まで、昔、安全論で使ったロジックをそのまま放置 45 / 101 初めに、私たち関東に目を向けてくださいました、 関西学院大学の災害復興制度研究所の皆様と、山中 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. 先生、ご指導くださった高橋先生、そして青木先生 いと言われてきたことと、計画停電がなされていた に感謝申し上げます。 ので、母親たちはそれどころじゃない、ご飯をどう 今日は、高橋先生が分析くださったのを、母親の 視点で、またもう1度見ていただきたいと思います。 するのという状態でありました。 千葉県の水道水、22日に沃素が検出されたという 汚染状況重点調査地域で、これはハヤカワ先生の地図で ことで、ここで母親たちはびっくりしました。でも、 す。3月15日、16日、20日、21日に放射性物質を含 実はこのニュース、私もそうですけど、雨が降った むプルームが南下しまして、右側の状態、汚染状況 から大丈夫なのかなと思って電話したら、大丈夫で 重点地域になったのが、私たちの住むところです。 すと言ったんです。金町浄水場が汚れたということ 茨城が20市町村、埼玉が2市、千葉県が9市でござい で、千葉は大丈夫ですかと電話したんですけど、今 ます。私は松戸市に住んでいました。 のところ大丈夫ですと答えたんですが、実はそのと 千葉といっても、9市はほとんど北西部で端っこ になります。千葉県議会に陳情や請願書を持ってい ったときも、ほとんど風評被害になるから話を聞い きには汚れていたんです。22日の汚れが出たという 日経新聞の記事も、3月29日に出ています。 ですから、先ほど先生が水とおっしゃってたのは、 てられないと恫喝されたようなこともありまして、 母親としてましては、水でだまされないぞというの 千葉の中では、本当に端っこの一部という感覚があ が1つあります。後から言うじゃない、水というの るようでございます。 が1つありました。 事故後の汚染回避行動、いろいろ先生がお話して もう1つは、水が怖いところで、営業電話がかか くださいました。私たちは爆発があったことはわか ってきまして、ウォーターサーバーを買いました。 っていました。松戸市においては、福島の出身の方 みんな、私の友達もウォーターサーバーを買って、 が結構いまして、地理的にも親類がいる方が多いで 私も危うく買いそうになってしまいました。熊本の す。松戸市は、すぐにこの福島の方たちを施設をあ 水なら大丈夫だろうかといって、買ったので継続し けて受け入れを1番にしたのが市長の自慢の話だっ ている人もいると思います たんです。私たちも誇り高く思っていまして、私も もう1つ、牛乳もそうです。千葉のコーシン牛乳 東北の支援をと思っていましたので、あまり最初、 とかで多少出たということで、幼稚園が牛乳の会社 皆さん、汚染されてるのみたいなところで、母親た を変えたりしたこともあって、牛乳と水は、何かこ ちが戸惑っていたのが、千葉のほうはいま一つだっ のあたりは怖いということがあります。 たのかもしれないと思います。茨城に関してはJC 千葉県は地下水を採っている場所があります。浄 Oがあることもありまして、千葉とは意識の違いが 水場に入っているのが、地下水から入ってるものも あったのかなと思います。 あって、50年しないと大丈夫だよとか、みんな母親 もう1つ、私は「原発震災」という本を読んでま は言いつつも、落ちたんだから何か入るんじゃない したので、あとどうなるのかなと思って、茨城のモ かとか、それも後から発表されるんじゃないかとい ニタリングポストを見ていて、15日に上がって、1 うことで、水と牛乳については、そういう実感を私 時間後に来ると思って目張りをして、近所の幼稚園 たちは持っていました。 とか学校、近所の方にお電話をかけました。そのか 汚染認識で、そういう意味で、あまり健康には影 わり、気が違ってるみたいな感じで、どうしちゃっ 響ないのかなと言っていたのが、40代は半分ぐらい たのと言われたことがあったんです。 だったわけです。汚染重点調査地域の認識も、確か テレビでは、とにかく自分たちのところよりは福 島でどうなってるのか、原発がどうなっているのか に行政用語として全然わかっていなかったかと思い ます。 をやっていたわけです。3月15日に、実は茨城でも なぜかというところで、母親たちは少し、水が汚 高水準の放射線が計測されたというニュースが出て れたというところで、どうかな、大丈夫かなと思っ いますけれども、まだここでそんなに、私たちの中 たんですが、その後、3月20日にツイッターで、関 では感じていなかった。とにかく健康に影響は出な 東にお住まいの方が、雨が降っても健康には影響は 46 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. ありませんと。場合によっては、雨水から高いもの のか、どうなんだろうというところを、幼稚園のお が検出されますけど、関東の皆さん、大丈夫ですと 迎えのときにマスクをしている子、してない子とか、 いろんなところで言われていました。 そういう探り合いみたいなことにはなっていたかと さらに調べ始めて、このあたりからガイガーカウ 思います。 ンターを輸入して持ち始めたお父さんとか、IT関 風評被害、農家さんが多い、千葉県も東京に近い 係のパパたちが動き始めて、東葛ガイガー会ができ ですが、子育てがとてもしやすい場所です。農地も たりしたんです。チェーンメールで放射線のデマが あり地元の野菜も採れて、子育ての環境がいいとこ 拡大したという悲しい記事が出てしまって、相当、 ろで、あえてそこを選んで住んでいる母親たち。自 ここで頑張って調べるぞとか、動こうといった母親 然の育て方をしているところで、汚染になったかも たちが頭をたたかれた感じになりました。こっそり しれない、わからない。私たちが騒ぐと農家さんに やろうとか、学校に対しても、ちょっとどう言って 迷惑がかかるじゃないかという動きがあって。私自 いいかわからないとか、心配だと声に出すことがよ 身も除染とかする場合、農家さんに対して、地主さ くないんじゃないかということがありました。 んに対してみたいなことは、礼を尽くしてからやろ これは相当みんな根に持っていて、そういう意味 うということがありましたので。高橋先生からあり では新聞さんに対して、記者さんも寄り添ってくだ ましたけれども、相当、母親たちが気を遣っていっ さっている記者さんもいっぱいいて、今も本当に感 た部分はあります。 謝しているんですが、この当時は、マスコミは信じ そうは言っても、はかり続けていくことでわかっ ないみたいな形が母親たちの中に多少ありました。 てきたこともあります。ガイガーカウンターを持っ お母さんたちが集まって、心配ごとを話し合うもの て、幼稚園のお母さんたちがとり始めます。もう1 があったんですが、そんなところで出てきました。 つ、畳の上に、東葛ガイガー会の方と子供東葛ネッ さらに風評被害という問題が、福島でも東北でも トという私たちが募った、SNSでつながった母親 出ていました。関東に対しても風評被害が出てき始 たちがはかろうということになったんです。とにか めています。関東では、一番打撃を受けたのは、石 く母親たちがはかっても、ガイガーの目盛りがめち 油タンクの火災が生じて相当燃えたんです。それの ゃくちゃだろうから、はかってもだめだという話が ガスが飛んでくるので、子供たちは気をつけなさい ありまして。そんなことないと全部集めて、互換性、 というメールがだっと流れて、母親たちに流れて、 整合性を全部とって、ナカガワハルオさんという測定協会 それをまたみんなが回してしまって、それがチェー の方にきちんと見てもらってはかる会をしました。 ンじゃないかということになって、私にも来たんで ただ、このときにはかって0.1マイクロぐらいの すが、裏をとるからと言って、昔の仕事上、裏をと ところがあったんですけど、先生、これは高いです るので待ってととめたことがあったんです。 ねと言ったら、高いかどうかは、これは政治判断な これはチェーンメールだったことで、大気環境部 のでわかりませんと言われて、そこから母親たちが 会の中でも話題になっています。ただ、不思議なの 何とかしなくちゃいけない、わからないのかという は大気環境部会が、この時期にこんなことぐらいし のが最初の出だしだったと思います。 か話し合ってなくて、放射能汚染について話し合っ 回避行動で、水道水に関しては、浄水場の汚染が てないのが、後から考えると不思議だったんです。 かかわっていたと思います。それから県内の牛乳も、 風評被害という言葉が、この辺から出てきました。 千葉の牛乳が記事になって、多分探したら出てくる メールとかも恐れる、半分は恐れる。何をとってい と思いますし、幼稚園が牛乳をかえたり、お休みす いのか、母親たちが探り続けた時期でもあったかと ることもありましたので、この辺はあるかと思いま 思います。 す。 事故後の抑圧という意味で言うと、考えていても 外遊びも、なるだけやめてた人もいますし、幼稚 考えてないようにするとか、お互いどんな感じかを 園では送り迎えを、歩きの人も車で連れてきてもい 探り合うような感じ。気にしてるのか気にしてない いですと切りかえていたところもありました。ウォ 47 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. ーターサーバ、空気清浄器、高圧洗浄機を買いまし いは保養に関しても母親たちを送り出す。でも、そ たということで、結構みんな買っていた状況もあり うじゃない家庭は、何言ってるのということで、母 ました。野菜も沖縄・九州・北海道から取り寄せる と子だけで北海道に1カ月、夏休みに行ってしまう ことをし始めます。 となると、そこでまた関係が厳しくなってくるとこ ただ、ここでどんな行動に出たかというよりは、 ろもあります。 母親たちにとっては、財布の中の打撃だったわけで この辺も、すごく夫婦の対立、もともとから何か す。この辺が、当時者と科学者、新聞記者と全然感 あったかもしれないですが、現状、お父さんたちは 覚が違います。母親たちは、やっぱりこれでお金が 毎日会社を向いているのと、地元の汚染で母親が感 かかるようになった。そうでなくても大変なのに、 じているものとの差は少しあったんではないかと思 これは被害だろう、冗談じゃないと思いながらいた います。 と。この辺が、そんなこともあったな、家がなくな もう1つ言うと、そういうものを感じた人たちは るわけでもないし、ぜいたくなことを言っちゃいけ 外に出ています。このアンケートに答えられなかっ ないと思いつつも、やっぱりこういう現状があった。 たお母さんたちはたくさんいます。危ない、もうい 私たちが気にしすぎて買ってたかもしれないという られないと思った、夫婦で離婚した人たちはどんど 後ろめたさに、みんな母親たちが引っ張られていく ん出てしまったところがあります。 ので、言えないけれども、今思えば、あれだけお金 これが千葉の北西部です。9市です。一部、茨城 を使ったりしたみたいなことは、すごくありました。 です。ここがつながって、今、汚染地域になってい この辺が、当事者の中にどんどん入っていった部 て。母親たちも、各自分たちの町で活動していたの 分ではないかなと思っています。ただ、これを被害 を、この境界線、市の境を越えてつながり、県境を と私たちが言うには、家もあるわけですし、汚染さ 越えてつながりました。それが、こども関東ネット れていても生活ができているので、なかなか言えな になるんです。自治体もここの垣根をとって、今も い現状でもあります。 つながっています。 ただ、子供が鼻血が出たり、化学物質過敏症の子 重点調査地域の認識については、指定を受けてい 供が悪化したので、関係ないかもしれないけど引っ るのがなかなかわからないということですが、市と 越すという奥さんが、家を売りに出すのに、放射能 しては、お知らせはしているんですけど、この辺で マークを書かれたこともありました。もしかしたら すよとあまりうまく伝わってなかったのかもしれま 私たちの物件も、本来買ったときのものより値段が せん。この事故後の活動が、チェルノブイリ原発事 下がっているんじゃないかというので、随分そうい 故について勉強したバンダジェフスキーのお医者さ う被害意識は、心の中では募っていたかと思います。 ん向けの講座に、私も実際行きましたし、向こうか 事故後のストレスで、買い物もあるんです。配偶 らのお医者さんを呼びましょうと、松井先生に来て 者で言うと、お父さんたちは、朝、会社に出かけて いただくとか、母親たちは本を読みまくり、いろん いきます。その後、除染をしたり、はかったりして な方に話を聞こうとやっています。 るのは母親たちです。市が来て除染をしても、母親 渡辺さんの弟子をしていたキムラさんという原子力 たちが見てない。母親たちは、子供を散歩させれば、 の先生の話し合いにも行ってみて、私たちは下から そこには看板が立っている。白い宇宙服のようなも 50センチのところではかっていますと言ったら、び のを着た人が除染をしているのを毎日のように見せ っくりされて、何でそんなところではかってるのと られるわけです。お父さんたちは駅と会社を行き来 言われたことがありました。電力ごみの話をしてい する。夜、帰ってくるので、その辺で男女のギャッ るメンバーたちともつながったりして、いろんな話 プが出たりします。 を勉強してきた中でやっていくことは、自分たちの 私たちの活動に参加できるIT関係とか、自宅で 汚染の状況を知ることだということで、母親たちは 仕事をしてるようなお父さんたちは逆に一緒に見て 活動し始めました。そういう意味で、みずから勉強 くれるので、一緒に移住をしてしまったとか、ある したというのが、結構、母親たちの中では多かった 48 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. 安全、環境放射線の低減対策、廃棄物と健康管理ま んではないかと思います。 空間線量はわかったんですが、子供たちがどこで で入れて協議会を持ち始めます。それぞれに話し合 遊んでいるかメッシュに切って、土壌調査をやって いを持っていって、さらに低減対策とか動いていき みようということで土壌を集め始めました。はかっ ます。健康調査もやっていくんです。 た結果が、これは17市町1,000サンプルはかってみ ちなみに、こうやってやってきたことを、市でも たら、大体こんな感じです。まだ2012年3月ぐらい やったことをきちんと市民に知らせていました。私 ですので、まだ汚染が残っていたころです。4万ベ たちも市に要求というよりは話を聞きに行ったりと クレル以上の割合の場所が、柏・流山が多かったと いうことで、お互い連絡をとっていくことで、ある いうことです。 程度、市がやっているなというのは、松戸市では評 このマップを母親たちが見て、おじいさん、おば 価されていたんではないかと思います。 あさんとか市民活動をしている方に見せたら、これ 放射線対策課に話を聞きに行きましたけれども、 はどうやって見るのと言われたんですけど。母親た 特措法があっての動きかなと1つ考えていったんで ちは、このマップを見た瞬間に、ここで健康は大丈 すが、いろいろ話を聞いてみると、本当に法があっ 夫なのか、健康調査も調べようということになりま て動いたんじゃない、特措法があったから動けたん した。除染もいまだにやってますが、自治体も汚染 ではないと証言というか、告白されたという感じで、 の低減対策をし始めました。これは、小学校の中で まだそれは書き起こしをしていないんです。放射線 す。公園も2度、1回除染しても、まだだめでという 対策課になるまで、環境部とかオール松戸の職員た ことでやっていました。 ちがどういうふうに動いてきたか、私は胸を打たれ 中でも、市の初動体制が早かったのは、松戸市で ました。やはり法律がなければとか、もしくはあん す。この結果を持って、松戸市にヒアリングに行っ まりやり過ぎるとまずいんではないかということを てまいりましたけれども、松戸市も市独自としても 抜かして、これは住民のために何とかしようという やり始めるんですけれども、6月8日に東葛の地区で ことで、やれることはやろうとされています。 放射線量の対策協議会を早く設置します。これは、 協議会にいろんな部長が入っていくんですけど、 もともと東葛6市、柏・流山・野田・松戸・我孫 そこに保健師さんも入れたほうがいいんじゃないか 子・鎌ヶ谷、もともと連絡協議会を持っていたとこ という細かいことまで話をされています。保健師さ ろで6市がつながります。6市でいろいろやっていく んが入るというのは、健康福祉課じゃなくて、母親 中で、さらに白井・佐倉・印西の3市が集まって9市 たち、乳児たちに会っている現場の保健師さんを中 で動くことになります。 に入れる、教育委員会と保育課と子供家庭課と全部 松戸市はいろいろ調べていくうちに、クリーンセ ンターからも飛灰に放射線物質が検出されたり、こ 違いますけれども、それを全部合わせてやっていき ましょうと。 こで動かなくてはということで動き始めています。 とにかく、私たちも国へ交渉に行きますけど、全 4月には市民団体や母親たちも声を上げていますの 部縦割りで、環境省だ、これは私たちじゃありませ で、その要望を受けて、市はどんどん動かなくては ん、これは文科省にやってくださいとか、縦で切ら ならないことで動き始めています。9月1日には、松 れて何も答えがなくたらい回しで帰ってくるのが常 戸市として放射能対策協議会を設置しています。こ ですが、松戸市はその縦割りをしっかりなくして、 れは、私はすばらしかったと思うんです。縦割りを それぞれが連携してやりました。 何でできたのかと聞くんですけど、それぞれの現 なくして、各部署で動き始めました。 松戸というのは、マツモトキヨシがもとの市長さ 場がやっていた、現況がやっていた。保育園では保 んだったところで、「すぐやる課」という課をつく 育士さんがやり、給食の先生は教育委員会でやる、 ったりして、ユニークなんですが。とにかくやろう それぞれがやっていく中で、これは全部つなげたほ ということで、放射線対策協議会をつくりまして、 うがいいということで、早い段階で協議会ができて、 議員と関係部署の課長さんたちが全部入って、食品 それが次々といい形で回っていったと思います。 49 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. さらに協議会で隣の市、本来だったら、災害時は き始めてます。最終的には、民有地は、特措法上で 支援と受援という感じで自治体同士が手をつなぐと 補塡されない、お金が出てこなかったんです。特措 思いますが、東葛地域では受援と支援ではなくて、 法では、結局子供のいる学校施設とか公園について 被災した当事者の自治体同士が連携をして情報交換 は、お金が出たんですけど、民有地については出な をして、ある意味、競争することができたんです。 かった。 連携をして、一緒に合わせていく。あとは9市、6市 支援法についても、これがあるから動いたのでは なくて、とにかく健康のことも一緒にやっていこう で要望を出していくことをやっていきました。 最初のうちに支援法ができますから、こちらから ということで、動き始めていた。それを支援してほ ちょっと何かやってくださいといったときに、国に しいということで9市が要望を提出していますし、 僕たちが言うなんてという話はあったんです。でも、 常総4市、茨城でも同じようにそれぞれが提出をし その次に行ったときは要望を出していました。つい ています。母親たちも、弁護士さんに来てもらって、 この間のパブリックコメントも、各市がきちんと出 汚染状況重点調査地域の次は、子ども被災者支援法 していました。それを、私たちも一緒になって出し だよと勉強してきました。 ます。市民が出したものを受けて、市も出す。市が てっきり私もこれで支援されるだろうと、福島じ 出してくれたのを受けて、マスコミさんも書いてく ゃなくて関東の何とかと思っていたんですが、こと れる。私たちもそれを広めるというキャッチボール ごとくうまく行きませんでした。関係省庁に対して ができてきて、全体でやることをやってくる、そう 7回、母親たちも交渉しました。請願署名は6万 いう動きが東葛地域にはあったと思います。 7,000、3万人ずつ衆議院と参議院に2回出してます。 すごく一生懸命やって、当たり前だと言われたら それも審議未了で終わっていました。それと同時に、 そうですが、私はレアなケースではないか、原発か 私たちは支援法がなかったら何もしないわけではな ら200キロ離れたところで、こういった状況に陥っ くて、母親たちも子供の健康調査を見守っていこう たことを考えると、全国の自治体、原発から200キ ということで、広島に行って、先生方に見てもらっ ロというと、どこの自治体も同じような状況になる て、いろんなことをしているうちに、常総生協さん と思います。これを私たちが経験したこと、自治体 も一緒ですが、関東子供健康調査支援基金を設立し と広域でやったことは、この後、何かしら生かさな ます。その前には、私たちの団体で皮切りにやって いといけないと思います。 みて、それをまた基金の形にしていこうということ 松戸は、またこれをやれるのかもしれないですが、 ほかの自治体にもこれをきちんとお伝えをするべき で、今、基金が立ち上がって、既に検査を始めてい ます。 であるし、ここまでやったんですから、この次にど これは市に対してやれよとか、これをやらないか ういうふうに動けるのか、あるいはもっとこれを進 らやってほしいとかではなくて、市がやるのにも参 められるのはどうしたらいいのか、自治体とか市民 考にしてほしい。一緒にやっていきましょうという もやっていきたいなと思っています。 ことで、この基金もやっています。値段のこととか、 これが市民の動きです。特措法は話があって手を いろんなことは違っていて、これから調整していか 挙げたようですけど、特措法の話も聞きましたけど、 なければならないかもしれないですが、こういう要 汚染状況地域は手を挙げさせられたそうです。やる 望を受けて、地元の自治体も甲状腺エコー検査の一 の、やらないの、受ける、受けないと言われたそう 部助成を決めました。茨城県も東海村とか高萩とか です。ですから、船橋市は挙げなかった。市川市も 原発にも近いので意識が高いのかもしれませんが、 挙げなかったです。その辺は、彼らもリスクとメリ 千葉では松戸と、柏は昨年12月に議会で採決をしま ット・デメリットを考えたと言います。松戸や柏と して、今年度からやることが決まりました。 かは、そんなことは言ってられない、除染を受けま 環境省の専門家会議では、健康調査に関しては、 しょうとしたんですが、特措法があったからではな まだ福島の健康調査の結果が出てからじゃないと何 くて、住宅・民有地も全部やりましょうといって動 も言えません、今のところやりませんという回答で 50 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. した。私たちは専門家会議を傍聴してきましたけれ と思ってるんですが、私たちとしてはあまり甲状腺 ども、やりませんということです。 だけに特化しないほうがいいのかと思っています。 リスク・コミュニケーションにお金を出しましょ 血液検査に関しては、好中球の検査が、ちょっとふ うという話でございましたが、自治体は、引き続き、 ぐあいが出たのが、茨城で1回話題になってもので これは自分たちの判断でやっていきますと言ってく すから検査があると思います。心電図は取手でQT れました。ただ、学校検診じゃないとできないとか、 延長のふぐあいがあるかもしれないということで、 お医者さんがなかなか見つからない。市立病院があ ずっと取り続けています。今年で5年目、5年で保健 る柏と松戸はできていますが、鎌ヶ谷はどういうふ 所のカルテも全部廃棄してもいいという時期だそう うにしたらいいか、多少その辺格差が出てきている なので、今年度中に私たちもその辺のカルテとか、 と思います。 そういったものを何とかしていきたいと思っていま この辺の健康調査に対しても、市の取り組みは、 す。 やはり松戸は評価をしています。流山は保健師さん 汚染回避の行動変化、いろいろ事故後変わってき がすごく相談を受けていまして、こういった検査は たということですが、やっぱり水は相変わらずだと してないですが、保健師さんがよく歩いてくださっ 思います。私たちとしては、セシウム、まだまだ許 て、健康相談をしてくださって、こういったことも せないというか、どうなるかわからない。この間、 見えてくるのかなと思っています。 セシウムボールといって、水に溶けないガラス状の 医療提携について、やはり私たちもすごく困って ものがつくば市でも発見されたと報道されました。 いて、なかなか健康調査を受けようと思わないとい 本当の真実を調べてくれる科学者たちと寄り添って う感じで、今、一生懸命やっています。健康調査っ 調べていきたいと思っています。 て、どういうのということで、怖がって受けない、 不安について、私たちもやっていくことでわかっ わからないから受けないこともあって、少しこんな てきたことがいっぱいあります。最近、入れてくれ ことで、お母さんたちにわかりやすいものを皆さん と泣きついてくるお母さんは、不安だけど黙って何 で共有して、話を聞きながら広めていこう。こうい もしなかった人があふれ出るような感じで、困って、 ったものをつくることで、市の助成金を利用しても 私たちのところに来ます。活動していた母親たちは、 らう、市民が働きかける。これは大事なことじゃな ある程度、不安全じゃないという安心感を持ってい いか。やってくれました、はい、それでおしまいじ ます。その辺の違いはあるので、きちんと知ること ゃなくて、これを使おうよという働きかけを市民も が大事かと思います。 松戸のお母さんたちは、市の取り組みを高く評価 ちゃんとやっていく。 今、常総市が保健福祉課の、市の助成金の申込用 しています。それでも健康の不安に関しては、やは 紙の横に山積みしてくれています。これはコープふ り確実にやっていきたいと思っています。その辺は、 れあいささえあい助成、コープの助成金を受けてい 調べれば調べるほど、わかってきて安心することも るものなので、母親たちも気軽に取ってくれますし、 あります。やりたいものを、きちんと調べたいこと 子供たちもかわいいともらってくれたり、幼稚園が も見えてくるかと思いますので、その辺は、これか 入園時に配ってくれるとか、そんなことで増刷をし らもやれることをやっていきたいと思います。 健康追跡調査は、私たちもやっていきますが、本 ています。 とにかく、こういったものも私たちは市に対して 当に俣病とか大きな公害とは違って、私たちはその 一緒に寄り添っていく、自分たちの自治をきちんと 場にいたんだから、みんなが受けていい、そういう やってくれている自治体と一緒になって動いていく 方向で考えていきたいなと思っています。市民の声 ことを意識していて、協働とかではないですが、小 を受けて、市民に寄り添って、自治体は動いてきた。 さなことの1つ1つが、いろんなことの実現になって 人の命に寄り添ってきた、1人1人の尊厳を大事にし いくんじゃないかと思っています。 て動いてきた自治体をもう1度注目して、さらに一 検診の希望に関しては、甲状腺、皆さんやりたい 51 / 101 緒に何かをやっていければと思います。私たちがで 関西学院大学災害復興制度研究所 きたこと、できなかったことを、次の世代にもつな 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. ○山中茂樹 時間がまだ少しだけ残っていますので、 田並先生、中原先生、尾松さん、高橋先生、まとめ げられるようにと思っています。 て質問。 これは、協働の場といって考えているんですが、 千葉には千葉大学があります。3月21日に、セシウ 駆け足で済みませんでした。それでも皆様のご協 ムボールとか大気のことを調べている森口先生を呼 力で、何とか時間内に納まりそうです。皆さん、こ び、千葉大の先生も呼び、松戸市は、これまでの4 れを受け取っていただいたかと思いますが、1つは 年間を振り返る講演会をやる予定です。そういった 災害に学ぶ、備える、語り継ぐという復興まちづく 努力をしています。関東ネットも、母親たちとのつ り事例検討2015の一環としてやらせていただいてい ながり、そういった研究機関ともつながって、今回 ます。委員長は、首都大学東京名誉教授の高見澤先 も関西学院大学さんともつながらせていただいたこ 生で、この後も、20日に復興まちづくり主体をつく とで、いろいろ勉強していけます。避難者に対して るとか、阪神・淡路、東日本からのメッセージとか も、1つになって動いていければと考えています。 ずっと続いて、4月25日まで、これはほとんど東京 ですので、皆さん、お出かけいただけるなら非常に 小児医療に関しても、今まで必ず支援法で何とか いいと思います。 と頑張ってきましたけれども、支援法はもちろんの こと、これだけ自治体がいろんなことができている 関連情報ですが、日大グループは、飯舘村の集団 ので、もうちょっと自治体と住民自治の中で何かで 移転を支援をしているんですけど、3月29日日曜日 きることはないかも、あわせて考えていきたいと思 午後1時から5時まで、日大でNPO法人エコロジ っています。 ー・アーキスケープ、飯舘村の皆さんもおいでにな って、集団移転を含めたお話があると思います。山 学校保健法は、法律を変えなければいけないこと 口市で山口大学もあります。 もありますが、例えば心臓検診でしたら、小学校1 年生と中学校1年生でやってる学校もありますが、 あと15分から20分ですが、皆さん、まとめてご質 県とか市によって判断して、小学校4年生にもう1回 問なりご意見なり、独自の情報もあればお伺いをし 入れることができる。三重県津市は4年生にも入れ ますので、自由にお願いします。 ています。そうすることで、サーベイランスに1人 ○松井英治 岐阜環境医学研究所の松井です。すばら の子を3回診ることができるという、簡単ではない しい報告会をありがとうございました。 ですが、そういったことができます。それは、医師 高橋先生の話で出てたんですが、ストロンチウム 会の先生たちが校医になっていますので、地元の医 90の調査、あるいは脇さんが言ってらっしゃいまし 師会ともつながっていける形をとるとか。地元の住 た健康調査の中で、抜けた乳歯を調べるという課題 民自治が、本当に市民も市民団体も大学も医療機関 があると思うんです。福島でも県民健康調査委員会 も一緒になってできることを動かしていきたい。も で提案があったみたいですけど、やってないんです。 しかしたら条例化して自治体が動ける仕組みをつく ストロンチウム90を調べて、子供の内部被爆、特に っていくのか、パブリック・ミーティングというか 骨とか骨髄に近いところに取り込まれたストロンチ 円卓会議みたいなことを定期的にして、汚染地域が、 ウム90をきちんと把握することは非常に大事だと思 今、現状は何が残っているのか、いろんなことを調 うんです。その辺の問題について、松戸、今度の調 べながら見ていくことが必要なんじゃないかと思っ 査地域で、どの程度議論になっているのか。 これは全国的にも大きな、粉ミルクが流通してま ています。 私たちのところは、焼却灰がまだ残っています。 すので、あるいは海産の小さな魚、じゃこのたぐい 廃棄物が、手賀沼へ預けていたものが戻ってきまし とか、そういうものはずっと流通してますから、ど たので、まだまだ終わっていませんので、ぜひ、こ こでもこれは問題になると思う。特に、お母さんの れからも皆さんからのご注目をいただいて、引き続 おなかの中に芽生えた赤ちゃんが、4歳、5歳、6歳、 き住民と市民とで頑張っていきたいと思います。 7歳、10歳ぐらいで歯が抜けますから、その子供さ んたちの体の中に、どれだけストロンチウム90があ ご清聴ありがとうございました。 52 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. るのか非常に大きな課題だと思うんですが、その辺 めている中で、正直、今までの話の中でも、健康問 をお教えいただきたい。 題ってみんな抱えているんですけど、そこの領域に 行けない苦しさを随分抱えているんじゃないかとい ○高橋征仁 歯科医の先生といろんな問題があって、 うのは、正直あると思います。 とんざしてるんだと思うんです。 ○松井英治 そのとおりです。東北大とか、いろんな 僕らの中で話し合っている1つとして、今の制度 研究機関に検査を依頼してるけど、今のところうま の中で住民票を移してしまうことに対して、どこか く行ってない。子供たちの歯を1本1本、何グラムか で踏ん切りをつける用意はあると思うんです。でも、 の小さなものですが、それを調べられる方法はある 僕らがやるような事業でも来るんです、住民票を移 ことはある。ぜひそれを課題として、当面の課題と しているはずなのに来るんです。その方が一言言っ して。 てたのは、何がお望みですかといったら、地域の同 窓会をしたいと言うんです。でも住民票を移しちゃ ○高橋征仁 食品を調べるのは相当コストがかかるん ってるんです、その方は。そういう葛藤があること ですか、お魚とか。 ○松井英治 食品もやる気があれば、できる装置もあ を考えると、超長期的避難、もしくは超長期的待機 るし、できる技術もある。なぜかやらないんです。 を認めてもらう形をとることで、次が見えるんじゃ ないかと1つ思っています。 ○高橋征仁 なぜかなんですか。 ○松井英治 それを自治体なりに、核実験を盛んにや その中で、仮の町とかいろんな動きがあったと思 られた時期の経験はあるし、そのころのデータの蓄 いますが、皆さん全て、いろんなところで生活が始 積もあるわけですので。 まってますので、どこかでまとまることはほぼ難し ○脇ゆうりか 松戸にある幼稚園が、その当時に歯を いんじゃないかと思いがある反面、さっき先生のお 送っていた実績があります。そういった意味では、 っしゃった仮設の話もあったと思います、公営住宅 幼稚園でやるというのもできるかもしれません。 もあったと思います。まだまだつくられない状態に なると、そこで断ち切りをしなきゃいけない思いが あとは第2次土壌調査も、また常総生協さんとほ 強いかなと思います。 かの市民測定所さんでやるということで、沃素129 が今年あたりで消えちゃうんじゃないかということ 4年も5年もたつと、そこで暮らす文化もほとんど で、この春から夏にかけて、もう1度、もうちょっ なくなってきて、継承されなくなってきている状態 と広げて静岡あたりまで、市民が頑張って第2次土 なので、それを強制的に与えていいのかどうなのか 壌調査をやろうという感じで。取るのは市民じゃな と、それをまた悩む親が出てきている状態があった くても、示唆するというか、この辺ですよみたいな りする。だったら、もういいかな、こっちで放射能 ことでお知らせをすることになるかもしれないです の問題をなくさないでいいかなということもあった が。一応市民団体も一緒にやろうということにはな りする状況に陥ってきて、正直、転校の話とか今後 っています。 の不安の話は、ほとんど手がつかないのが1つある と思います。 ○市村高志 市村です、富岡町から東京に避難してい 若い20代の子とこのごろ話をする機会があるんで る当事者の者です。よろしくお願いします。 質問ではないですが、情報提供でもないですが。 すけど、今、困ってることは何といったら、仕事も 田並先生の話を聞いてて、移住か帰還かという話を してるし、学校も行ってると言うんです。それは特 してますが、自治体の話を少しだけ。今の状態では にないんですけど、不安要素は健康だと皆さん思っ ないですが、なかなか今、二者択一で決めることに ているという話をしていましたので、今でも結局は 対しては難しいという話をしているのと。要は決め 1年、2年前と大して変わってないなことだけは話し ないことも1つの選択じゃないかとしておかないと、 ました。 多分せっぱ詰まってきている状態がすごく多いんで ○山中茂樹 ほか、何かございますか。 す。なくなる話ではないですが、結局は自分をどん ○x 高橋先生のお話で、茨城と千葉の違いが気にな どん追い詰めている状態になっている。その追い詰 って。初期対応は、結構、茨城はやってて、千葉は 53 / 101 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. やってない。あれは情報の問題なのか、正確な情報 とか、その病院側のご好意でやってる部分が大きい なのか、情報が出てた、出てないの問題なのか。そ と思います。福島県から依頼された病院でという話 の後は、千葉がいろいろ行政対応があるので、除染 ではなくて、その避難先の団体、福島県が中心にや 意識が高いという形だったんですが、一番最初の時 ってる団体なんかだと、医療生協さんとか……病院 点での違いもあったということですが、それをお聞 さんはよくやってくれるんですけど、そこの判断で、 きしたいことが1つです。 一緒に福島以外の人も検査することをよくやってい ます。 ○高橋征仁 脇さんの話だと、JCOの事故の経験が、 もともと東海村の事故があったりしたので、心理学 ○脇ゆうりか 今、京都では、市民で関西の子供健康 ではプライミングというんですけど、危機の判断が 調査を立ち上げて、京都の民連さんとやり始めると すぐ働きやすい状況は、茨城のほうがはるかにあっ 言ってます。その辺を、関東の基金とかそういった たと思います、1回経験しているので。 ものとどうリンクできるのか、今まだこっちの基金 も、自分たちのところもやっと始まったところなの ○x それならば、その後の自治体対応がよくてもよ で、そこは緩やかにというか、たらちねさんも含め さそうだと、茨城も。 てつながっていければ。あとは、やり方を一緒にし ○高橋征仁 自治体が多分住民とくっついてないんで ていくということも声は出ています。 す。少なくとも、このサンプルの常総生協さんの住 それに助成金が出て、どっちでも助成金を受けら 民とは、少なくともかなり疎遠な関係みたいです。 れるようにみたいなところは、まだ行けてない状態 ○脇ゆうりか モニタリングポストが茨城は結構あっ です。 て、千葉は市原しかなくて、私たちは市原を見て大 丈夫ですよと言われても、全然違うところに落ちて ○田並尚恵 怪しげな記憶ですけど、たしか千葉県は、 たのがあるんです。まず、モニタリングポストがあ 県から出てる避難者を把握してると聞いたことがあ りません。 ります。ただ、松戸とかでやってる取り組みの情報 つくばとか研究者がいっぱいいたんです。いろん が、避難者に千葉県を通して行ってるか定かではな なものを見ていたり、外国人がたくさんいらしてて、 いのでわからないですけど。千葉は把握していると 外国からの情報が入って、とにかく常総生協さんの 聞いています。 メンバーでも、海外に逃げたほうがいいんじゃない ○山中茂樹 茨城でしたか、全国避難者情報システム で返ってきたやつを反映させていない。 かという情報が出た人がいました。そういう意味で は、ある程度、茨城はそういう情報もあったと市民 ○田並尚恵 そうです。総務省から各県には、お宅か らこれだけ避難者いますよという情報は来てるとい の中では聞いています。 う話は聞いてるんですけど。それを、うちは関係あ ○x もう1つ、避難との関係で、松戸のように健康 りませんという。 の検査をいろいろされていると。それが比較的行動 の、田並さんのご発表だと、茨城・千葉からいろん ○山中茂樹 いないということ、建前は。フィードバ な自治体に広域に避難されている方がいらっしゃっ ックされた避難者情報システムを教えていただけな て、そういったところに、こちらの取り組みが届い い。 ○x 千葉と茨城の差が気になって。 ているのかお聞きしたい。 ○脇ゆうりか 団体としては、必ず何かやるときに避 ○山中茂樹 茨城はそうで、千葉は逆。そこはなぜか と言われると、そこまではわからないです。 難者の声もという形で、1,000人規模の講演会をや ったりするときも、避難者の声をとって張ったりし ○高橋征仁 アンケートで自由回答が来るのでも、茨 ました。それから、環境省の交渉も、避難者からと 城の人が物すごくプレッシャーを受けてますし、避 いうメッセージも、避難者1人連れて行って、話を 難者でも、栃木・茨城の人は、千葉・神奈川の人よ したりはしてるんですが。自治体としては、まだそ りははるかに表に出ないというか抑制的です。 ○田並尚恵 たしか栃木は早いうちに、栃木の研究さ こまで行けていないところがあるみたいです。 ○高橋征仁 結局、避難先で診察を行う医療生協さん 54 / 101 れている先生がいて、栃木は早い段階で先生方が安 関西学院大学災害復興制度研究所 研究報告会「原発からの広域避難を考える」 15.3.7. 全ですと言ってるんです。観光資源があって、農作 北関東は当然のことながら、全くもなかったことに 物の被害とか、そういうものが風評で出るのがよく 多分なるんだろうと思います。 ないという判断が働いたんじゃないかと言われてる ですから、我々国民がなるべく関心を失わずにず んです。2011年4月、5月ぐらいの段階で、安全宣言 っと監視していく。研究者も随分あちこちにいるん みたいなものをしてしまっている。だから、それを です、いろいろ。ただ、これが大同団結できてない 撤回しにくいことも、もしかしたらあるかもしれま のは我々の責任です、横の連携があまりできてない。 せん。後で何が起こるか……。 なるべく研究会にお呼びしたり、交流をすることに ○山中茂樹 まだまだお話があると思いますが、時間 よって、いろんな研究成果を共有するようにはして いるんですけど、どこかの学会で1つにまとめない 的にまとめないといけないんです。 実はこっちの調査した分でも、福島4町は帰ると といけないんだろうと思っています。これは、日本 いう人が1割強なんです。元の町での復興は、ほと 災害復興学会なり、社会学会なり、いろんなところ んど無理ではないかと思います。復興庁の調査でも で連携していく話だろうと思っていますが、これは 2割を切っていますので、戻らないという選択をす 学術審議会でやるべきことではないかという気もし る人がほとんどのようです。これは、今までの災害 ています。 ではあり得なかったことです。悪くても6割、帰る ということで、皆さん、長い間ありがとうござい か・帰らないかの意識調査だともっと高いですが、 ました。たくさんのご報告をいただく中で休み時間 実際に帰る人が6割ぐらいですから、それから考え を取れずに、かなり皆さん、お疲れになったと思い ると非常に危機的状況で、このまま放置していいの ますけれども、ありがとうございました。一旦終わ かという思いは強くあります。 ります。 僕らは、単に福島県外に出た人だけではなくて、 この後、白書研究会は白書を出しますし、関学は 福島県内にいる人の復興も考えなければいけないの 研究紀要を夏ぐらいに出します。もう1つ法制度研 で、やっぱり玄侑さんが言ったように、猪苗代湖か 究会が東日本で検証をやっていまして、こちらも来 どこかは別にして、一定のスラブチチのようなセカ 年3月をめどに、これは学会と研究所の共催で本を ンド・タウンをつくらなくてはいけないとずっと思 出す予定にしていますので、また、そちらをくださ っているんですけど、なかなか実現はしない。東北 い。 の高台移転は現実に動いているわけです。例えば、 津波防災地域づくり法を使って読みかえれば、可能 なことは可能なんです。それをやっていかないと、 このままでは4町の人たちは散り散りに全国に散っ てしまう恐れがあります。これは現実に秒読み段階 に入っていると思います。復興住宅に入る人もかな り少ないか、動けない高齢者ばかりで、そこの自治 体は疲弊する危険性はあります。 それから、全国に散った人たちも、今後どうする のかというと、岡山のように定住支援策、実質は定 住支援策やってるんですけれども、やってるところ はともかく、そうでないところは、そろそろ公営住 宅を出てくれという話になってくるか有料化、お金 を払ってくれというのがぼつぼつ出だしてます。あ るいは連帯保証人をつけてくれとか、そういうこと も既に要求されている地域もあります。ですので、 これから非常に厳しい状況を県内外は受けられる。 55 / 101 では、どうも、長い間ありがとうございました。 終わります。 ڦ㊃᪨ ◊✲ሗ࿌䛂ཎⓎ㑊㞴䛛䜙䛾ᗈᇦ㑊㞴䜢⪃䛘䜛䛃 㻌 㻌 㛵すᏛ㝔Ꮫ⅏ᐖ⯆ไᗘ◊✲ᡤ㻌 බ㛤䝉䝭䝘䞊 ᗈᇦ㑊㞴ࡢ᳨ドࢆࡩࡲ࠼ࠊࠕᆅᇦᒃఫࠖࠕప⥺㔞⿕ࡤࡃࠖࠕཎⓎ㑊㞴ⓑ᭩ࠖࡢ㸱◊✲ࡢᡂᯝࢆ᫂ࡽࡋࠊㄢ㢟ࢆඹ᭷ࡋࡲࡍࠋ ࣒ࣛࢢࣟࣉڦ 㹼 㛤ࡢᣵᣜ࣭ሗ࿌ࠕᲠẸࢆࡘࡃࡽ࡞࠸ࡓࡵࡢᨻ⟇ᥦゝࠖ ᒣ୰ ⱱᶞ㸦㛵すᏛ㝔Ꮫ⅏ᐖ⯆ไᗘ◊✲ᡤ㸧 㹼 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All-Ukrainian boxing tournament to the memory of G.R. Kim Competitions in various sports dedicated to the Power Engineers' Day of Ukraine ฟᡤ䠖䝇䝷䝤䝏䝏ᕷ⾜ᨻᗓබᘧ䝃䜲䝖 ㈨ᩱ䠖䝇䝷䝤䝏䝏ᕷ⾜ᨻᗓ”SLAVUTUCH㻌 Electronic information edition” ཎⓎᨾᝒ䛾ඞ᭹䛾㇟ᚩ䛸䛧䛶 4᭶26᪥䝏䜵䝹䝜䝤䜲䝸㏣ᘧ 䝇䝷䝤䝏䝏ᕷ䛾⣠❶ ฟᡤ䠖newsukraine.com.ua 79 / 101 䝏䜵䝹䝙䝂䝣ᕞ 䛴䛾ᕞ䛻ᒓ䛩䜛⏫ ࣞࣉ࢟ᆅ༊ ࢳ࢙ࣝࢽࢦࣇᕷ ࢫࣛࣈࢳࢳᕷ 㻌 ॳख़ঝॽ०ইପपਜ਼઼घॊॳख़ঝঀঈॖজ ਉజ৩भકभञीभৗखःؚ॑य़ ग़ইପযড়৻ভ৮भষଵლप઼ऎऒध पঢ়घॊय़ग़ইପষ৩ভभ੧఼॑උ घॊ؛ 1986ᖺ10᭶2᪥ 䝋䝡䜶䝖㐃㑥ඹ⏘ඪ୰ኸጤဨཬ䜃䝋䝡䜶䝖♫⩏ඹᅜ㐃㑥㛶㆟Ỵᐃ ࿘ᅖ䛾⏫䠄䝏䜵䝹䝙䝂䝣ᕞ䠅䛸䛾 ඹྠⓎᒎ䝥䝻䝆䜵䜽䝖 ࿘㎶ᆅᇦ䛾ఫẸ䛻㞠⏝ฟ 㻌 䛂⌧ᅾ䚸䝇䝷䝤䝏䝏䛻䛿183䛾ồே䛜䛒䜚䜎䛩䚹 ⏫䛾ᴗ䛷䛿䚸䝏䜵䝹䝙䝂䝣ᕷ䜔䝏䜵䝹䝙䝂䝣 ᆅ༊䛾ே䚻䜒ാ䛔䛶䛔䜎䛩䚹䝇䝷䝤䝏䝏ఫẸ䛰 䛡䛷䛿ேဨ䛜㊊䜚䛺䛔䛾䛷䚸䝏䜵䝹䝙䝂䝣ᕷ䛾 ᑓ㛛ᐙ䜢ᣍ䛔䛶䛔䜛䛾䛷䛩䛃䠄䜴䝗䝡䝏䜵䞁䝁ᕷ 㛗䠅 䝸䝳䝧䝏⏫䛸䛾༟㆟䛾ᵝᏊ 䝺䝥䜻ᆅ༊䛸䛾༟㆟䛾ᵝᏊ Segodnya⣬䜲䞁䝍䝡䝳䞊 ฟᡤ䠖䝇䝷䝤䝏䝏ᕷබᘧ䝃䜲䝖 䝏䜵䝹䝜䝤䜲䝸ཎⓎṆ䜈䛾⤒⦋ ᮇ ཎⓎᚑᴗဨ䛾⏫ 䛛䜙䛾⬺༷ ✌ാṆྥࡅࡓࣉࣟࢭࢫ 1986 ᖺ4᭶26᪥ ࢳ࢙ࣝࣀࣈࣜཎⓎᨾ㸦4ྕࣈࣟࢵࢡ㸧 㸨1㹼3ྕࣈࣟࢵࢡࡣ✌ാࢆ⥅⥆ 1991ᖺ10᭶ 2ྕࣈࣟࢵࢡ࡛ⅆ⅏㸫௨ᚋྠࣈࣟࢵࢡ✌ാ࡛ࡁࡎ 1995ᖺ12᭶ 䛂䝏䜵䝹䝜䝤䜲䝸ཎⓎ㛢㙐䛻䛴䛔䛶䛾G7䚸EC䚸䜴䜽䝷䜲䝘ᨻ ᗓ㛫䛾┦⌮ゎ䝯䝰䝷䞁䝎䝮䛃 1996ᖺ11᭶ 1ྕࣈࣟࢵࢡ✌ാṆ 1999ᖺ3᭶ 2ྕࣈࣟࢵࢡṆỴᐃ 2000ᖺ12᭶ 3ྕࣈࣟࢵࢡ✌ാṆ㸫ࢳ࢙ࣝࣀࣈࣜཎⓎṆ ㈨ᩱ䠖ἲᩥ䚸ᕷᙺᡤ㈨ᩱ䚸グ䜢䜒䛸䛻సᡂ 80 / 101 䝏䜵䝹䝜䝤䜲䝸ཎⓎ♫ ᚑᴗဨᩘ 2000ᖺⅬ䛾䝇䝷䝤䝏䝏ᕷ䛾⏘ᴗᵓ㐀㻌 䠄༢䠖䠂䠅 0.1 0.2 㻌 ᮇ ㍍ᕤᴗ 㣗ရ 99.7 Ⓨ䞉㏦㟁 ㈨ᩱ䠖䜴䝗䝡䝏䜵䞁䝁V.P.䛂䝔䜽䝜䜶䝁䝫䝸䝇䛸䛧䛶䛾䝇䝷䝤䝏䝏ᕷ䛾Ⓨᒎ䛃2013ᖺ䜢䜒䛸䛻సᡂ ᚑᴗဨ⥲ᩘ 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1,963 32.4% 100.0% 表2 事故直後のリスク回避行動数の説明モデル ベータ 基本属性 性別(1男、2女) .063 ** 中学生以下の子ども .254 ** 茨城県在住 .149 ** 情報探索 チェルノブイリ情報 .206 ** 原発事故や放 専門家ブログ .231 ** 射能汚染につ 口コミ .152 ** いての直後の 電子版ニュース .079 ** 情報源(MA) 政府・自治体のHP広報 .078 ** Twitter .043 * 2ちゃんねる .077 ** 調整済み決定係数=.358 * p<.05, ** p<.01 N =1,733 ①小学生以下の子どもが いる茨城の母親たちで、 回避行動が顕著。 ②千葉でも水道水は回避 された。 ③外食や外遊びは、比較 的抑制されなかった。 87 / 101 1 2015/3/7 表3 現在のリスク回避行動数の説明モデル ベータ 事故後の変化 事故直後の回避行動数 .424 ** 子どもの健康に異変あり .156 ** 基本属性 未就学児以下の子ども .133 ** 対象者年代 .081 ** 同居家族数 -.103 ** 家族の団体活動数 -.050 ** 情報探索 チェルノブイリ情報 .075 ** 汚染重点調査地域正解 .041 * 原発事故や放 専門家ブログ .094 ** 射能汚染につ メーリングリスト .092 ** いての現在の Twitter .089 ** 情報源(MA) 新聞 -.066 * 購読紙 東京新聞 .088 ** 調整済み決定係数=.435 * p<.05, ** p<.01 N =1,504 ①小学生以下がいない場 合、過半数が対策なし ②小学生以下がいる茨城 県の母親は、魚介・牛 乳・水に対して警戒継続 ③千葉県では、水道水に 対するリスク回避が続く 88 / 101 2 2015/3/7 小学生以下の子ど もがいると8割、 いなくとも6割以 上が、買い物スト レス。個人の知識 と判断で安全を担 保するのは限界 89 / 101 3 2015/3/7 母親の健康不安は当 たるからこそ、人類 は生き延びてきた! 市の定期検診 (1才半検診と3才検診)の際は、放射能に関するア ンケート1枚のみで、特に、ケアはありませんでし た。市は、もう少し見えやすい情報、市民が受けと りやすい情報を発信してほしい 90 / 101 4 2015/3/7 滑り止め 受験 最期の 賭け 宝くじ 生命保険 91 / 101 5 ᧙ி൲௨˴↚؏עⅻឪⅼ↕ⅳⅺ‒ ‒ ⊡ࠊൟ↗ᐯ˳↝…࠰↝ួ⊡‒ Ꮵ↵ⅵ↹ⅺ‒ ≋્ݧᏡⅺ↸ↂ↘↱⇁↼ܣⅵ᧙ி⇳⇩⇮≌‒ Ẑ્ࣱݧཋឋ൲௨ݣϼཎਜ਼ඥẑɥỉᴾ ൲௨ཞඞໜᛦ௹ғ؏Ệᴾ ᕷ⏫ᮧ ᩘ ᣦᐃᆅᇦ ᒾᡭ┴ 䠏 ୍㛵ᕷ䚸ዟᕞᕷཬ䜃ᖹἨ⏫䛾ᇦ ᐑᇛ┴ 䠔 ▼ᕳᕷ䚸ⓑ▼ᕷ䚸ゅ⏣ᕷ䚸ᰩཎᕷ䚸䞄ᐟ⏫䚸Ἑཎ⏫䚸᳃⏫ ཬ䜃ᒣඖ⏫䛾ᇦ ⚟ᓥ┴ 䠐䠌 ⚟ᓥᕷ䚸㒆ᒣᕷ䚸䛔䜟䛝ᕷ䚸ⓑἙᕷ䚸㡲㈡ᕝᕷ䚸┦㤿ᕷ䚸ᮏᯇ ᕷ䚸ఀ㐩ᕷ䚸ᮏᐑᕷ䚸᱓ᢡ⏫䚸ᅜぢ⏫䚸⋢ᮧ䚸㙾▼⏫䚸ኳᰤᮧ䚸 ὠᆏୗ⏫䚸ᕝᮧ䚸୕ᓥ⏫䚸ᮧ䚸ὠ⨾㔛⏫䚸す㒓ᮧ䚸Ἠ ᓮᮧ䚸୰ᓥᮧ䚸▮྿⏫䚸Ჴ⏫䚸▮⚍⏫䚸ሮ⏫䚸㩪ᕝᮧ䚸▼ᕝ⏫䚸 ⋢ᕝᮧ䚸ᖹ⏣ᮧ䚸ὸᕝ⏫䚸ྂẊ⏫䚸୕⏫䚸ᑠ㔝⏫䚸ᗈ㔝⏫ཬ䜃 ᪂ᆅ⏫䛾ᇦ୪䜃䛻⏣ᮧᕷ䚸༡┦㤿ᕷ䚸ᕝಛ⏫ཬ䜃ᕝෆᮧ䛾༊ ᇦ䛾䛖䛱㆙ᡄ༊ᇦཪ䛿ィ⏬ⓗ㑊㞴༊ᇦ䛷䛒䜛༊ᇦ䜢㝖䛟༊ᇦ Ⲉᇛ┴ 䠎䠌 ᪥❧ᕷ䚸ᅵᾆᕷ䚸㱟䜿ᓮᕷ䚸ᖖ⥲ᕷ䚸ᖖ㝣ኴ⏣ᕷ䚸㧗ⴗᕷ䚸Ⲉ ᇛᕷ䚸ྲྀᡭᕷ䚸∵ஂᕷ䚸䛴䛟䜀ᕷ䚸䜂䛯䛱䛺䛛ᕷ䚸㮵ᔱᕷ䚸Ᏺ㇂ᕷ䚸 ✄ᩜᕷ䚸㖝⏣ᕷ䚸䛴䛟䜀䜏䜙䛔ᕷ䚸ᮾᾏᮧ䚸⨾ᾆᮧ䚸㜿ぢ⏫ཬ䜃 ᰿⏫䛾ᇦ ᰣᮌ┴ 䠔 బ㔝ᕷ䚸㮵ᕷ䚸᪥ගᕷ䚸⏣ཎᕷ䚸▮ᯈᕷ䚸㑣㡲ሷཎᕷ䚸ሷ㇂ ⏫ཬ䜃㑣㡲⏫䛾ᇦ ⩌㤿┴ 䠍䠎 ᱒⏕ᕷ䚸⏣ᕷ䚸ᕝᕷ䚸Ᏻ୰ᕷ䚸䜏䛹䜚ᕷ䚸ୗோ⏣⏫䚸 ୰அ᮲⏫䚸㧗ᒣᮧ䚸ᮾ࿃ጔ⏫䚸∦ရᮧ䚸ᕝሙᮧཬ䜃䜏䛺䛛䜏⏫ 䛾ᇦ ᇸ⋢┴ 䠎 ୕㒓ᕷཬ䜃ྜྷᕝᕷ䛾ᇦ ༓ⴥ┴ 䠕 ᯇᡞᕷ䚸㔝⏣ᕷ䚸బᕷ䚸᯽ᕷ䚸ὶᒣᕷ䚸ᡃᏞᏊᕷ䚸㙊䜿㇂ᕷ䚸 ༳すᕷཬ䜃ⓑᕷ䛾ᇦ ィ 䠍䠌䠎 3 䝟䝙䝑䜽䜢䛚䛥䛘䜛䛯䜑䚸㐃䛥䜜䛯䛂䛯䛰䛱䛻ேయ䛻ᙳ㡪䛿䛒䜚䜎䛫䜣䛃 ィ⏬㟁䛷ΰ䛩䜛୰䚸3᭶15䚸16䚸20䚸21᪥䛻㛵ᮾ䜈ᨺᑕᛶ䝥䝹䞊䝮䛜᮶䛶䛔䛯 92 / 101 2011ᖺ ᖺ3᭶22᪥ 㔠⏫ίỈሙ䛸 ༓ⴥίỈሙ䛷 ୍⯡つไ್㉸䛘䜛 㻌 4᪥༗ᚋ䚸ᮾி㒔䛿䚸㔠⏫ίỈሙ䛾ᨺᑕᛶ䝶䜴⣲䛾್䛜䚸22᪥䛾210䝧䜽䝺䝹䛛䜙䚸ஙඣ䛾ᬻᐃつไ್䛷䛒䜛 100䝧䜽䝺䝹௨ୗ䛾䚸79䝧䜽䝺䝹䛰䛳䛯䛸Ⓨ⾲䛧䚸ஙඣ䛾ᦤྲྀไ㝈䜢ゎ㝖䛧䛯䚹▼ཎ㒔▱䛿䛂ᇽ䚻䛸䛷䛩䛽䚸 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