鉛蓄積性シダの生理機構に関する考察-X 線分析によるアプローチ-

鉛蓄積性シダの生理機構に関する考察-X 線分析によるアプローチ-
物質計測学研究グループ TM05B012 小寺 浩史
X-ray intensity ( arb. units )
1. はじめに
土壌の環境保全において,植物の金属蓄積性を利用するファイトレメディエーショ
ン(phytoremediation)は,重金属汚染土壌の低コストかつ低環境負荷な浄化技術と
して注目されている。ファイトレメディエーションを担う重金属蓄積性植物はハイパー
アキュームレータ(hyperaccumulator)と称され,鉛については植物体内濃度が 1000
mg kg-1以上に達する植物と定義される[1]。これまでにモエジマシダ(Pteris vittata)[2]
のように数多く発見されているが,我々もシダ植物シシガシラ(Blechnum niponicum)
が鉛を数千mg kg-1蓄積することを見出した[3]。しかし,シシガシラの鉛蓄積性に関す
る生理機構は未だに解明されておらず,シシガシラの鉛集積能力の向上および効率
化をはかるには,この鉛蓄積メカニズムを解明し体系化することが急務である。そこで
本研究では,シシガシラの鉛蓄積メカニズムに関わる生理機構の解明を目的として,
シシガシラの根圏から蓄積部位に至る鉛の輸送挙動をX線分析手法で追跡した[4]。
2. 実験
測定試料は兵庫県の鉱山跡地で採取したシシガシラとその根圏土壌である。まず
根による鉛の吸収機構を確認するため,4 種類の抽出液(酢酸アンモニウム,シュウ
酸,クエン酸,水)を用いて,土壌からの鉛の抽出挙動を調べた。次に,地上部の羽
片における鉛の輸送挙動を調べるため,羽片の端に沿って点在する水孔(pore),内
側(inner),羽軸(rachis)の蛍光X線分析分析(XRF)を行った。この分析には,波長分
散型一結晶蛍光X線装置(Rigaku, RIX2000)を用いた。さらに,細胞レベルでの鉛の
分布と化学状態を調べるため, SPring-8 のビームラインBL37XU[5]において,ビーム
サイズ 1.8 x 2.8 μm2の放射光マイクロビームを用いた蛍光X線分析(μ-XRF)とX線吸
収分光分析(μ-XANES)を行った。
3. 結果および考察
ZnKα
PbLα
PbLβ
3.1 根による土壌中鉛の吸収機構
rachis
鉛抽出量は 4 種類の抽出液の中
ではシュウ酸の場合で最も多かった。
シュウ酸は植物が一般的に含む有
inner
機酸の一つであることから,土壌中
の鉛は根から放出される有機酸に
pore
より可溶化され,その水溶液が根に
吸収されると考えられる。
3.2 羽片における鉛の輸送挙動
8
9
10
11
12
13
14
15
16
羽片の 3 部位(水孔,内側, 羽
Ene rgy / keV
軸)における蛍光 X 線スペクトルを
Fig. 1 XRF spectra in the three parts (rachis, inner
Fig. 1 に示す。水孔部分における鉛
and pore) of Blechnum niponicum measured by a
と亜鉛の X 線強度が他の部位に比
conventional XRF method.
Normalized intensity ( arb. units )
べて高い。このことから,水分とともに根から吸収された鉛と亜鉛は蒸散流に乗って
輸送され,末端の水孔部分で蓄積されることが示唆された。
3.3 根および地上部における鉛の分布と化学状態
葉柄断面の維管束部分(A)と小羽片先端の表
皮細胞(B)における鉛のμ-XRF 二次元分布を
pore
root
citrate
Fig. 2 に示す。鉛は仮道管において高濃度に存
在することから,仮道管の隔壁に鉛を保持するサ
oxalate
イトが存在すると推察される。表皮細胞では,孔
PbS
辺細胞の形状が明確に描かれていることから,
PbO2
鉛は植物生長の早期から孔辺細胞まで輸送さ
れることがわかる。また,PbL 端μ-XANES スペク
PbO
トルを鉛標準試料のスペクトルと比較検討した結
Pb
果,根の維管束(root)には PbS の形態で蓄積さ
れるが,地上部(pore)に移行した鉛は他の形態
に変化することが確認できた。
(A)
872
(B)
57
13.02
13.03
13.04
13.05
13.06
Energy / keV
0
cps
0
cps
Fig. 3 Normalized PbL-edge μ-XANES
spectra of Blechnum niponicum and lead
reference compounds. Measurement points
were selected from μ-XRF imaging.
Fig. 2 Elemental images of lead in (A) vascular
bundle and (B) epidermal cell measured by μ-XRF in
BL37XU/SPring-8. Imaging area is 200 x 200 μm2.
4. 総括
以上から,シシガシラにおける鉛の輸送挙動は次のように描画できる。シシガシラ
の根圏では,根から分泌された有機酸が土壌中の鉛を可溶化し,これが水溶液とな
って根から吸収される。吸収された鉛は蒸散流に乗って根圏から地上部へ輸送され
る。この際,鉛は仮道管の隔壁に保持されながら移行し,最終的に末端の孔辺細胞
と水孔において高濃度に蓄積される。また,鉛の化学形態は根の維管束から地上部
に向かって変化する。このことから,吸収した鉛の一部が根の維管束付近に局在的
に蓄積することで地上部への輸送を妨げ,さらに地上部に侵入した鉛は蒸散流によ
って水孔から排出する生理機構があるものと推察される。
[1] M. M. Lasat, J. Environ. Qual., 31, 109-120 (2002).
[2] L. Q. Ma et al., Nature, 409, 579 (2001).
[3] H. Nishioka et al., International Chemical Congress of Pacific Basin Societies,
PACIFICHEM 2005, Program number 433 (2005).
[4] 小寺浩史 et al., 日本化学会第 87 春季年会, 1PC-033(2007).
[5] S. Hayakawa et al., J. Synchrotron Rad., 8, 328-330 (2001).