「独禁法事例研究」第9回(平成27年1月14日) 1 日電コムによる差止請求事件 論点紹介役から、以下のとおり、事案の概要と問題点の発表が行われた。 日電コム対神奈川県東京地裁判決 (私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第24条に基づく差止請求事件) 1. 事案の概要 本件は、交通管制装置等の調整・保守業務等を主たる目的とする日電コム(以下原告 という。 )が、神奈川県(以下被告という。)に対し、神奈川県警察本部の平成25年度 の「新交通管理システム定期点検及び障害保守並びにリンク定義保守業務」 (以下「本件 委託業務」という。 )の業務委託につき、被告が、原告に競争入札の参加資格がないとし て、原告を排除して同業務委託の競争入札を実施すること又は原告以外の他の業者と随 意契約をすること(以下、これらの行為を併せて「本件各対象行為」という。)は、その 優越的地位を濫用し、不公正な取引方法を用いるものであって、独占禁止法19条に違 反するなどと主張して、同法24条に基づき、本件各対象行為の差止めを求めた(以下 「本件差止請求」という。 )事案である。 【被告における新交通管理システムの概要等】 ① 神奈川県警察本部における新交通管理システム(以下「本件交通管理システム」と いう。 )は、交通に関する情報(渋滞情報、区間旅行時間等)を収集・集約し、信 号制御等により、交通の安全と円滑化を図るためのシステムである。 ② 本件交通管理システムの中央装置の大半及びそのソフトウェア(以下「本件ソフト ウェア」という。 )は、パナソニックシステムソリューションズジャパン株式会社 (以下「パナソニック社」という。)又はパナソニックSSインフラシステム株式 会社(以下、パナソニック社と併せて「パナソニック社等」という。)が設計・開 発し、神奈川県警察本部用にカスタマイズしたものであり、パナソニック社が被告 との間の契約に基づいて納入したものである。 【本件委託業務の内容等】 本件委託業務は、次の3つの業務により構成される。 ① 定期点検業務 本件交通管理システムの中央装置及び機器(以下「本件中央装置等」という。)の 障害の早期発見及び予防のために定期的な点検、補修、調整、清掃、注油等を行う こと等をいう。 ② 障害保守業務 1 本件中央装置等に障害が発生した場合において、障害に係る現象及び原因等を詳細 に把握し、速やかに復旧に当たるとともに、同様の障害が発生するおそれのある箇 所を調査し、必要な予防的措置を講じて再発防止に努めること等をいう。 ③ リンク定義保守業務 神奈川県内の幹線道路及びそれらに接続する道路の開通及び改良に伴いデジタル 地図を変更し,変更後のデジタル地図と連動するリンク定義(交差点間を結ぶ道路 を特定して固有の番号を付すこと)の追加・変更作業を行い、道路交通情報通信シ ステム用情報(VICS情報)の変更及び多重設定箇所の抽出等を行って、本件交 通管理システムの設定の変更を行うことをいう。 2. 事件の経緯 【平成23年度】 (1) 被告は、神奈川県警察本部の本件交通管理システムの中央装置及びリンク定義等の 点検保守管理業務(以下「本件全体委託業務」という。)につき一般競争入札を予定 していたが、東日本大震災が発生したため、入札を実施することができず、平成23 年4月4日付けで、原告との間で、随意契約により、平成23年度の本件全体委託業 務に係る業務委託契約を締結した。 (2) 平成23年4月10日、本件交通管理システムの中央装置に不具合が発生したが、原 告はパナソニック社から必要な情報を得ることができなかったため、同装置が復旧し たのは同月12日頃となった。 また、平成23年5月10日、本件交通管理システムのうち交通信号系の一部に障 害が生じたが、原告は速やかに同システムを復旧することができず、パナソニック社 が復旧作業を行った結果、障害発生から約43時間後である同月11日午後8時頃に なって、ようやく同システムが復旧した。 【平成24年度】 (3) 被告は、2度にわたるシステム障害の発生等を踏まえて、神奈川県警察本部の本件全 体委託業務の業務委託に係る入札公告において、業務仕様書に「製造会社等と連携し た保守体制の確立」の項目を追加した。 (4) これに対し、原告は、神奈川県知事等に対し、契約の仕様の変更を求める申立書を提 出し、業務仕様書に上記項目が設けられていることは、パナソニック社以外の者が同 業務の競争入札に参加することを事実上不可能にするものであり、不公正な入札条件 の設定に当たると主張した。 (5) そこで、被告は、既に行っていた入札公告を一旦中止し、平成24年度の本件全体委 託業務を、製造会社の技術情報が必要となる「新交通管理システム定期点検及び障害 保守並びにリンク定義保守業務」(本件委託業務)と、製造会社の技術情報を必要と しない「新交通管理システム運用保守管理業務」に切り分けた上、前者につき事前公 2 募手続を採用した随意契約により、後者につき一般競争入札により、それぞれ業務委 託契約を締結することし、 ①本件委託業務については、事前公募手続を行った上で、随意契約によりパナソニッ ク社との間で業務委託契約を締結、 ②新交通管理システム運用保守管理業務については、一般競争入札を実施した上で、 パナソニック社との間で業務委託契約を締結した。 【平成25年度】 (6) 被告は、本件委託業務については事前公募手続を採用した随意契約により、新交通管 理システム運用保守管理業務については一般競争入札により、それぞれ業務委託契約 を締結することとし、被告のホームページにおいて、業務実施者は製造会社の協力を 得ないで業務履行できること(以下「本件実施要件」という。)と記載した上で、業 務を実施することが可能であり、かつ,受注を希望する者の有無の確認を行った。 (7) これに対し、原告は、神奈川県警察本部に「業務実施可能申立書」を提出し、本件委 託業務の実施が可能である旨申し出たが、被告は、原告に対し、原告が本件実施要件 を満たしていることを確認できなかった旨を通知した。 (8) 原告は、 「異議申立書」 、さらに「再苦情の申立書」を提出したため、この再苦情の申 立てについて、入札・契約監視委員会で審議したが、同委員会は、神奈川県知事に対 し、本件委託業務に係る業務委託につき随意契約により契約を締結する予定としたこ と及び事前公募手続を行ったことは妥当であり、再苦情の申立ては認められない旨の 審議結果を報告した。 (9) 被告は、上記の審議結果を踏まえ、事前公募手続として、被告のホームページに、業 務実施要件として、 「システムを構成する機器メーカーと同等の技術及び設備を有し、 かつ単独で業務が履行できること」を記載した。 (10) 原告は、被告に対し、再度、「業務実施可能申立書」を提出して、原告において本 件委託業務の実施が可能である旨を主張したが、被告は、原告に対して、原告が本件 実施要件等を満たしていることを確認できなかった旨を通知した上で、パナソニック 社との間で、随意契約により平成25年度の本件委託業務に係る業務委託契約(以下 「本件業務委託契約」という。 )を締結した。 3. 原告の主張 (1) 本件業務委託契約の効力 ① 地方自治法施行令167条の2第1項によれば、本件は随意契約によることができ る場合に当たらないことは明白であるから、被告は、本件業務委託契約を随意契約 により締結することはできず、必ず競争入札に付さなければならない。 ② 被告が業務実施要件として本件実施要件を付したことは、実質的には、パナソニッ ク社を本件業務委託契約の相手方として指名するものであるから、入札談合等関与 3 行為防止法2条5項2号の入札談合等関与行為に当たり、入札の公正を害する行為 である。 ③ 被告が本件業務委託契約の締結に先立つ事前公募手続の中で、業務実施要件として 本件実施要件を付すことは、本件委託業務を受託する者の業務を妨害し、公共調達 についての地方自治法の法理を真っ向から否定するものである。 ④ したがって、被告とパナソニック社との間の本件業務委託契約は私法上無効である (最高裁昭和56年(行ツ)第144号)。 (2) 不公正な取引方法 ① 本件委託業務のうち定期点検業務及び障害保守業務については、原告には独自の技 術力、知識及び経験があること、パナソニック社は本件システムの納入業者として 修理のための部品を市場価格で供給する義務を負うこと、本件ソフトウェアのマニ ュアルは本件委託業務を受託する者に開示されるべきであることからすると、原告 は、パナソニック社の協力を得ることなく、これらの業務を遂行することができる。 したがって、本件実施要件は本件委託業務を受託しようとする者の要件として不要 なものである。 ② 本件委託業務のうちリンク定義保守業務については、何人も、最新のVICS情報 についての更新、一部修正等のデータを組み込んだ本件ソフトウェアの内容の開示 を受けないと、同業務を遂行することは不可能である。そして,①被告は、本件ソ フトウェアに係るプログラムの著作物の複製物の所有者として、同プログラムを利 用、複製及び翻案する権利を有する(著作権法47条の3)から、被告から本件委 託業務を受託した原告も、同業務の遂行に必要な範囲で、同プログラムを利用する ことができるはずであるし、②被告は、本件委託業務を受託した原告に対し、同業 務の遂行に必要な範囲で、本件ソフトウェアの内容を開示する義務、又はパナソニ ック社をして、本件システムの内容を開示させもしくは必要な協力をさせる義務を 負い、③パナソニック社も、原告に対し、同業務の遂行に必要な範囲で、本件ソフ トウェアの内容を開示し、又は本件ソフトウェアに係るマニュアルを開示する義務 を負っているから、被告及びパナソニック社がこれらの義務を履践すれば,原告は パナソニック社の協力を得ることなくリンク定義保守業務を遂行することが可能 である(しかしながら、被告及びパナソニック社は、原告に対し、本件ソフトウェ アの内容を開示せず,本件ソフトウェアに係るプログラムを利用させず、その他の 義務の履行もしない。 ) 。 ③ それにもかかわらず、被告が、本件業務委託契約の締結に際し、業務実施要件とし て本件実施要件を付したことは、パナソニック社以外の者が本件委託業務を遂行す ることは不可能な取引条件を設定し、その者との間の取引を拒絶するものであり、 本件委託業務の発注者として優越的地位を濫用し、パナソニック社以外の者に対し、 不当に不利な取扱いをし( 「不公正な取引方法」4項)、不当に取引を拒絶した(同 4 2項)ものであって、 「不公正な取引方法」(独占禁止法19条)に当たる。 (3) 利益侵害及び著しい損害 原告は、神奈川県警察本部の平成25年度の本件委託業務の業務委託に係る競争入札 に参加する資格を違法に否定されており、被告の不公正な取引方法に当たる行為によ り、現に利益を侵害され、著しい損害が生じている。そして、被告とパナソニック社 との間の本件業務委託契約が私法上無効であることが明らかであるから、今後も、被 告の不公正な取引方法に当たる行為により、原告は、その利益を侵害されるおそれが あり、これにより著しい損害を生ずるおそれもある。 (4) よって、原告は、被告に対し、平成25年度の本件委託業務に係る業務委託につき、 その侵害の予防として、本件差止請求の権利を有する。 4. 被告の主張 (1) 被告は、平成25年度の本件委託業務につき、平成25年6月27日付けで、パナソ ニック社との間で、本件業務委託契約を締結しており、今後、被告が、同業務につき、 競争入札を実施したり、原告以外の他の業者との間で随意契約を締結したりすること はないから、被告の上記行為によって、原告の利益が侵害されたり、これにより原告 に著しい損害が生じるおそれはない。 (2) 本件交通管理システムの中央装置を構成する本件ソフトウェアの知的財産権はパナ ソニック社等が保有し、パナソニック社は本件ソフトウェアのプログラム等の技術情 報を開示していないところ、本件委託業務を遂行するためにはこれらの技術情報を有 することが不可欠であるから、結局,本件業務委託契約は、「その性質又は目的が競 争入札に適しないもの」 (地方自治法施行令167条の2第1項2号)に該当する。 (3) 被告は,本件業務委託契約を締結するに際しては,競争性を確保し、契約事務の適正 性を担保するために、パナソニック社と同等のシステムを開発し自己の技術により業 務の遂行が可能な者を公募するに先立って事前公募手続を採用することとし、同業務 の実施要件として本件実施要件を付したのであるから、これが、入札談合等関与行為 に当たるとか、本件委託業務を受託する者の業務を妨害するなどの批判は当たらない。 (4) 被告は本件ソフトウェアの使用権を有するにとどまる上、パナソニック社は、本件ソ フトウェアの内容を含む技術情報について同社の秘密情報であるとして第三者への 開示を行っておらず、被告とパナソニック社との間の契約においても当該情報の開示 に関する約定はないから、原告の主張はその前提を欠くものである。 (5) 以上によれば、被告が、事前公募手続を経た上で、本件ソフトウェアの製造会社であ るパナソニック社との間で随意契約により本件業務委託契約を締結したことは、本件 委託業務の発注者として優越的地位を濫用したものであるとはいえないし、パナソニ ック社以外の者に対し、不当に不利な取扱いをし、不当に取引を拒絶したとはいえな い。したがって、被告の上記行為は「不公正な取引方法」に当たらない。 5 5. 裁判所の判断 (1) 被告における平成25年度の本件委託業務に係る業務委託については、既に、事前公 募手続を経て、パナソニック社との間で随意契約により本件業務委託契約が締結され、 被告が平成25年度中にさらに本件委託業務に係る委託契約を締結する蓋然性があ るとは認められないから、本件差止請求の対象となる本件委託業務について、競争入 札又は随意契約により業務委託契約が締結される見込みがあるということはできな い。したがって、現時点においては、そもそも本件差止請求の対象行為を欠くという ほかはない。 しかし、原告は、パナソニック社との間の本件業務委託契約が私法上無効であること を前提として、なお平成25年度の本件委託業務に係る業務委託契約が締結される蓋 然性があると主張するものと善解して、念のため、本件業務委託契約が私法上無効で あるか否かを検討する。 (2) ①被告は,平成24年度以降の本件全体委託業務においては、本件ソフトウェアの製 造会社の技術情報を要する本件委託業務とこれを要しない新交通管理システム運用 保守管理業務に切り分けることとし、前者の本件委託業務については事前公募手続を 採用した上で随意契約により業務委託契約を締結し、後者の新交通管理システム運用 保守管理については一般競争入札により業務委託契約を締結することとしたこと、 ②本件委託業務を遂行するためには、本件ソフトウェアの内容を把握し、技術情報を 有していることが必要であるところ、本件ソフトウェアの著作権等の知的財産権はパ ナソニック社等に帰属し、被告はその使用権限を有するのみであり、被告とパナソニ ック社との間の現行の契約においては、パナソニック社に対し、本件ソフトウェアの 内容の開示を義務づける旨の条項がないことが認められる。 そうすると、本件において、被告が,東日本大震災後の交通システムの制御不能とい う事態の発生、本件ソフトウェアの権利関係やこれを踏まえた本件委託業務の遂行可 能性等を踏まえ、関係法令に照らして、本件ソフトウェアに係る技術情報と密接な関 係にある本件委託業務について、事前公募手続を採用した上で、随意契約により、本 件業務委託契約を締結したこともやむを得ないというべきであり、本件業務委託契約 が随意契約の制限に関する法令に違反して締結された契約であると断ずることはで きないから、本件業務委託契約が私法上無効であると認めることはできない。 (3) 被告が本件ソフトウェアの使用権を有し、本件ソフトウェアに係るプログラムの著作 物の複製物の所有権を有するからといって、直ちに、本件委託業務を受託した原告が 被告から本件ソフトウェアの内容の開示を受ける権利を有することにはならない。ま た、パナソニック社は、本件ソフトウェアの内容を同社のノウハウ・秘密情報である として、第三者に開示しない意向を明らかにしており、被告との間の契約においても、 パナソニック社に対し本件ソフトウェアの内容の開示を義務づける旨の条項もない 6 というのであるから、本件委託業務を受託した原告が被告及びパナソニック社に対し 本件ソフトウェアの内容の開示を求める権利を有するということはできない。 (4) 被告が、平成25年度の本件委託業務について、事前公募手続を採用した上で、随意 契約により本件業務委託契約を締結したことは違法ではないのであって、被告が本件 実施要件を付したことが、入札談合等関与行為に当たるということはできないし、本 件委託業務を受託する者の業務を妨害するということもできない。 (5) 結論 原告の請求はいずれも理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決 する。 主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 6. 疑問 ① ハードウエア等のシステムを納入した事業者が、当該システムに係る技術情報等を 開示せず、それにより、事実上、当該システムに係る保守・点検業務等を他の事業 者が請け負えないようにする行為は、取引妨害等の独占禁止法違反行為に該当する ことはあるか。 ② 官公庁のシステム調達において示された仕様書の中に特定の事業者(A社)しか製 造していない製品(B製品)が含まれる場合がある。この場合に、A社が競合事業 者からのB製品の見積もり依頼に対して、他社が落札することができないような高 額な金額の見積を提示する行為は、取引妨害等の独占禁止法違反行為に該当するこ とはあるか。 以 上 その後、概要以下のとおり、質疑が行われた。 ● パナソニック社からの技術情報の開示なしに、どこまで本件委託業務を実施するこ とができるのかがポイントではないか。 ● パナソニック社の技術情報については、エッセンシャルファシリティーの議論が適 用できるのではないか。神奈川県を訴えるのではなく、パナソニック社を訴えた方が よかったのではないか。 〇 技術情報を開示せず、他の事業者が保守・点検業務を請け負えないようにするという 行為については、1980年代に米国でも問題となったことがある(Data General 事件) 。 7 また、入札の仕様書の中に、特定事業者しか製造していない製品が含まれているときに、 その事業者が競争事業者に対して落札できないような価格で当該製品の見積もりを提示 することについてはマージンスクイーズと呼ばれることもある形態の一種であるが、本 質的には、どちらも取引拒絶の問題であろう。 ● 本件は、競争制限の問題というよりは、発注者がこのような方法で発注することの 是非といった地方自治法の問題なのではないか。 ● 事業者が発注者に対して、入札でなく随意契約を締結するよう働きかけること自体 は、通常の営業活動の範囲内なのではないか。官製談合防止法8条は、職員が入札等 の公正を害すべき行為を行ったときは罰金に処するとしているが、入札で調達できる にもかかわらず入札を実施しないということが「入札等の公正を害すべき行為」に含 まれるのであれば、事業者が働きかけにより共犯となるということもありうるのでは ないか。 〇 過去の事例では、パラマウントベッド事件のように、発注者の担当者を騙して自己 に有利な仕様書を作らせていたことが問題となったことがある。 ● そもそも、本件における神奈川県は事業者といえるのか。事業者でなければ、25条 の差し止め請求の対象とならないのではないか。 〇 地方自治体が事業者と判断された事例は、東京都のと殺場事件など何件もあるが、地 方自治体が売り手でなく買い手の場合について判断が示された事例はない。 裁判所は、本件については他の点から請求を棄却できるので、神奈川県の事業者性に ついての判断を避けたのかもしれない。 8 2 関西電力発注架空送電工事事件 論点紹介役から、以下のとおり、事案の概要と問題点の発表が行われた。 関西電力発注架空送電工事事件 (公取委排除措置命令・課徴金納付命令 H26.1.31) Ⅰ 事案の概要 関西電力株式会社発注の「特定架空送電工事」について,受注調整が行われた事案。 1 受注調整の対象となった役務 架空の送電線路の建設工事及び架空の配電線路のうち変電所又は送電線路と大口需 要家の需要設備との間の配電線路等の建設工事並びにこれらの建設工事に関連する役 務であって,関西電力が「架空送電工事」に分類して発注するもの。 2 関西電力における発注方法 ◆関西電力は,同社から工事を請け負うことを希望する者に対して,原則として年 1 回,工事の種類ごとに,経営状況,施工能力等を勘案して登録審査を行い,希望する 工事の種類ごとに取引先として登録している。 ◆違反行為者 66 社は, 「架空送電工事」に分類される工事の取引先として登録されて いた( 「登録業者」 ) 。 ◆関西電力は,特定架空送電工事について,以下のとおり,指名競争見積,指名競争 入札又は価格提案の方法により発注していた。 ・指名競争見積 特定登録業者1の中から複数の者を指名し,見積価格を提示させ,最も低い見積 価格を提示した者を受注予定先とし,その者との間で当該見積価格及び目標契約 価格を基に各区交渉を行った上で,その者に当該工事を発注。 ・指名競争入札 特定登録業者の中から複数の者を指名し, 「入札金額」と称する見積価格を提示 させ,目標契約価格以下の見積価格を提示した者の中で最も低い価格を提示した 者を受注者とし,当該見積価格で発注。 ・価格提案 特定登録業者のうち,所定の条件を満たす者の中から複数の者を指名し, 「価格 提示案」と称する見積価格を提示させ,目標契約価格以下の見積価格を提示した 者の中で最も低い価格を提示した者を受注者とし,当該見積価格で発注。 1 「架空送電工事」の区分に係る認定級を有する現場監督者が在席する登録業者 9 3 受注調整の方法 「66社は,遅くとも平成21年4月16日以降,関西電力発注の特定架空送電工事につ いて,受注価格の低落防止及び受注機会の均等化を図るため (1)ア 受注予定者を決定する イ 受注予定者以外の者は,受注予定者が受注できるように協力する 旨の合意の下に (2)ア (ア) 受注を希望する者が1社のときは,その者を受注予定者とする (イ) 受注を希望する者が複数社のときは,発注担当部署別及び工事の設計金額 別に管理していた「貸借」等と称する過去の受注に係る相対の貸し借りの実績を 勘案するなどして,話合いにより受注予定者を決定する イ 受注予定者が提示する見積価格は,受注予定者が定め,受注予定者以外の者は, 受注予定者が定めた見積価格よりも高い見積価格を提示する などにより,受注予定者を決定し,受注予定者が受注できるようにしていた。」 4 関連事件 ◆関西電力発注の特定地中送電工事をめぐる受注調整案件について,平成 26 年 1 月 31 日,排除措置命令及び課徴金納付命令が出され,架空送電工事事件とともに公表 されている(違反行為者は 22 社)。 ◆東京電力発注の送電工事及び地中送電ケーブル工事をめぐる受注調整案件について, 平成 25 年 12 月 20 日,排除措置命令及び課徴金納付命令が出されている。 Ⅱ 論点 ① 主導的事業者(独禁法 7 条の 2 第 8 項 3 号イ)の認定 ② 課徴金減免欠格事由との関係 ③ 発注者の関与とコンプライアンス Ⅲ 主導的事業者の認定(論点①) 1 主導的事業者の課徴金割増に関する規定 ◆7 条の 2 第 8 項 1 号 「単独で又は共同して,当該違反行為をすることを企て,かつ,他の事業者に対し当該 違反行為をすること又はやめないことを要求し,依頼し,又は唆すことにより,当該違 反行為をさせ,又はやめさせなかつた者」 ・東京電力発注地中送電ケーブル工事(関電工) 10 ◆同条 8 項 2 号 「単独で又は共同して,他の事業者の求めに応じて,継続的に他の事業者に対し当該違 反行為に係る商品若しくは役務に係る対価,供給量,購入量,市場占有率又は取引の相 手方について指定した者 」 ・高知談合土佐国道事務所発注分(3 社) ・高知談合高知河川国道事務所発注分(3 社) ◆同条 8 項 3 号 「前二号に掲げる者のほか,単独で又は共同して,次のいずれかに該当する行為であつ て,当該違反行為を容易にすべき重要なものをした者 イ 他の事業者に対し当該違反行為をすること又はやめないことを要求し,依頼し, 又は唆すこと。 ・関西電力発注架空送電工事(4 社) ロ 他の事業者に対し当該違反行為に係る商品又は役務に係る対価,供給量,購入量, 市場占有率,取引の相手方その他当該違反行為の実行としての事業活動について指定 すること(専ら自己の取引について指定することを除く。)。」 ・東京電力本店等発注架空送電工事(TLC) ◆同条 9 項 主導的事業者かつ繰り返しの違反行為者 ・東京電力発注地中送電ケーブル工事(関電工) ・関西電力発注架空送電工事(栗原工業) 2 本件における認定 ◆(株)かんでんエンジニアリング及び(株)きんでん 8 項 3 号イに該当するとして,課徴金算定率を 5 割加算。 ◆(株)栗原工業 11 9 項(8 項号イ等)に該当するとして,課徴金算定率を 10 割加算 ◆課徴金納付命令書の記載 「かんでんエンジニアリングは,平成 24 年 7 月 20 日頃,株式会社弘電社(以下 「弘電社」という。 )が今後は受注調整を行わない旨を表明したことにより,前記 3 の違反行為を維持することが困難となるおそれが生じたことを受けて,栗原工業株 式会社,株式会社きんでん及び住友電設株式会社(以下「住友電設」という。)と共 同して,同月 27 日,大阪市西区阿波座に所在する住友電設の会議室において,弘 電社に対し,当該違反行為をやめないことを依頼し,以後,関西電力発注の特定架 空送電工事について受注予定者が受注できるように協力させたものであり,この行 為は独占禁止法第 7 条の 2 第 8 項第 3 号イに該当するものであって,当該違反行 為を容易にすべき重要なものである。したがって,かんでんエンジニアリングは, 同号に該当する者であり,同項の規定の適用を受ける事業者である。 」 3 問題点 ◆なぜ,協力要請が行われたのか。 ・かんでんエンジニアリング,栗原工業,きんでん及び住友電設 →課徴金額からみると,対象工事の受注金額が圧倒的に大きいトップ業者。弘電 社も同列か? ◆「当該違反行為を容易にすべき重要なもの」の意義と認定方法 「関西電力発注の特定架空送電工事について受注予定者が受注できるように協力さ せたもの」との認定の位置づけ Ⅳ 課徴金減免欠格事由との関係(論点②) 1 本件における減免適用の公表状況 (公取委ウェブサイトより) 12 ・違反行為から抜けようとして止められた弘電社が事前 1 位申請。 ・住友電設が 30%減額を受けている。 2 減免欠格事由との関係 ◆独禁法 7 条の 2 第 17 項 3 号 「当該事業者がした当該違反行為に係る事件において,当該事業者が他の事業者に 対し・・・第 1 項に規定する違反行為をすることを強要し,又は当該違反行為をや めることを妨害していたこと。 」 ◆「当該違反行為をやめることを妨害していたこと」(7 条の 2 第 17 項 3 号)と, 「他の事業者に対し当該違反行為をすること又はやめないことを要求し,依頼し,又 は唆すこと」であって「当該違反行為を容易にすべき重要なもの」(7 条の 2 第 8 項 3 号イ)の関係は? ・他の 7 条の 2 第 8 項各号適用事例(前掲)の中では,減免適用が公表された者 がいない。 (申請していないのか,欠格とされたのかは不明。) ・7 条の 2 第 8 項 3 号イに該当する者は,課徴金が 5 割増しとなるため,減免申 請を行うインセンティブが高い反面,7 条の 2 第 17 項 3 号に該当すると判断 された場合,減免を得られないこととなる。←要件が明確化されないと,博打を 強いることになる。 ・品川武・岩成博夫『独占禁止法における課徴金減免制度』 (公正取引協会,2010) 116 頁 「平成 21 年の独占禁止法改正において,カルテルで主導的役割を果たした事業者 に対する課徴金の算定率の割増が定められました。・・・主導的役割の要件に該 当することが直ちに強要等の失格要件に当たるわけではありませんので,カルテ ル等において主導的役割を果たしていた事業者は割増算定率の適用による高額の 13 課徴金の負担を回避するためにも,課徴金減免申請を行うことを積極的に検討す る必要があると考えられます。」 ・国交省水門談合事件(公取委排除措置命令 H19.3.8)では,受注調整を円滑に 行うことを目的として置かれていた「世話役」と認定された三菱重工(株)及び日 立造船(株)に対しても,課徴金減免の適用が認められている。 Ⅴ 発注者の関与とコンプライアンス(論点③) 1 公取委の関西電力に対する申入れ ◆認定された事実 ・指名競争見積等に参加した工事魚 9 得者の営業担当者は,関西電力が行う現場説明 会終了後に引き続いて,指名競争見積り等の参加者間において受注予定者を決定す る話合いや当該話合いの開催に当たっての日程調整等の話合いをしていた。 ・関西電力の設計担当者のうち,当該現場説明会の場等において,営業担当者の求め に応じ,契約締結の目安となる価格を算出する基となる「予算価格」と称する設計 金額又はそのおおむねの金額を,非公表情報であるにもかかわらず教示していた者 が多数みられた。 ・関西電力の設計担当者の中には,営業担当者に対し,予算価格が記載された発注予 定工事件名の一覧表を,非公表情報であるにもかかわらず提供していた者がいた。 ・指名競争見積等の参加者は,関西電力の設計担当者から教示された予算価格等を, 受注予定者が提示する見積価格を定める際の参考にしていた。 ・受注調整の話し合いを行っていた者の中には,関西電力の退職者が 29 名おり,う ち少なくとも 14 名は,関西電力の設計担当者から予算価格等の教示を受けていた。 ◆公取委の申入れの概要 14 ①前記と同様の行為が再び行われることがないよう適切な措置を講じると共に,発注 制度の競争性を改善してその効果を検証すること, ②グループ会社であるかんでんエンジニアリング及びきんでんにおいて違反行為が 認められたことを踏まえ,関西電力のグループ会社において,今後,独禁法に違反 する行為が行われないよう適切な措置を講じること 2 関西電力の対応 ○コンプライアンス委員会のもとに,社外の弁護士を主査とする「調査チーム」を設 置し,社員 795 名に対する聴き取り調査を行った。 ○調査結果を公表(予算情報を開示したことのある者は約 29%,関係資料を開示・ 提供したことがある者は約 5%)。 ○再発防止策を公表 ・コンプライアンスの最徹底(研修の実施等,問題行為防止ルールの明確化,内部 通報制度の強化・周知徹底) ・発注のしくみに関する見直し(取引先に対する現場説明会の原則廃止,見積りに 関する個別問い合わせ対応の廃止,取引先から不適切な働きかけがあった場合の 報告ルール,措置の明確化) ・グループ会社についての再発防止徹底(コンプライアンス研修の実施等,グルー プ内部通報制度の強化・周知徹底,グループ会社における再発防止策の確認・指 導,グループ会社に対する実地モニタリングの実施) ・再発防止策に関する実施状況のモニタリング 以上 その後、概要以下のとおり、質疑が行われた。 15 ● 事実認定において、弘電社が受注調整を行わない旨を表明したとか、かんでんエイジ ニアリングは違反行為をやめないことを依頼したとされているが、どの程度の事実で このように認定されたのかについて興味がある。 ● 関西電力の担当者は、談合が行われていることを認識していた筈であるが、民需の場 合に、どこまで競争による調達を行わなければならないのか。 違反とされた関西電力発注の送電工事には、本件架空送電工事のほか、地中送電工事 があるが、調査開始日が異なっていることが興味深い。 〇 地中送電工事の課徴金については、菱星システムが免除、住友電設が50%減額とな っており、2社が調査開始前にリーニエンシー申請していたことになる。 違反行為の数をどのように考えるかにより、申請の順位が異なってくることとなり、 過去において、愛知電線の事件では、このことが争点となった。 ● 「依頼」だけでなく「協力させた」とまで認定されているが、「協力させた」という部 分にどのような意味があるのか。 ● 電力会社の調達については、電気事業法上、入札を行うことが求められているという ことはないのか。 〇 「依頼」するだけで7条の2第8項3号イに該当するので、「協力させた」の部分は、 イの要件というよりは、柱書の「違反行為を容易にすべき重要なものをした」の部分の 間接事実ではないか。 弘電社が課徴金を免除されるためには、7条の2第10項2号の要件である「調査開 始後、違反行為をしていた者でないこと」を充たす必要があるので、 「受注調整を行わな い旨を表明した」というのは、そのことと関係があるかもしれない。また、 「協力させた」 の部分についても、 「協力」するだけであれば違反行為者でないという意味を含んでいる のかもしれない。 減免欠格事由である「違反行為をやめることを強要し」と割増事由である「やめない ことを要求し」との関係については、似たような表現ではあるが、文字通り解釈すれば 両者の間には違いがあり、だからこそ「やめないことを要求した者」は減免申請を行う ことを積極的に検討すべきということになるのであろう。 民需の場合の談合については、どのように考えるかは、大きな論点にはなろう。発注 者側の個人が事業者の意に反して談合を行わせていた場合と組織ぐるみのときとでは異 なるという考え方もあろう。電力会社の調達ルールに反しているという議論もあるのか 16 もしれないが、その場合には調達ルール違反の問題で独禁法の問題ではないという見方 もあるかもしれない。また、調達ルール違反は電力会社の問題で、なぜ供給事業者の違 反が問われるのかといった議論もあろう。 ● 電力会社のようにコスト積み上げの認可料金になっている場合には、通常の民間企業 とまったく同じではないという議論もありうるのではないか。 ○ 独占であるがゆえにコスト積み上げの認可料金となっている場合には、税金で発注して いる官公需に準じて考えるべきという見方もありうるであろう。民需の場合にどのよう に考えるべきかは、事例ごとにいろいろと考えていく必要があろう。 17
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