平成 21 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ

平成 21 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ
論文題目
癌と miRNA に関する研究
公衆衛生研究室 4 年
06P115
大関 亮平
(指導教員:酒巻 利行)
要旨
我が国では現在、癌(悪性新生物)による死亡率は年々増加している。それは、正常細胞
と癌細胞の区別がはっきりしていないため、癌の発見が遅れたり、抗癌剤が癌細胞だけでな
く正常細胞にも効果を発揮してしまうなど、癌の治療が難しいという理由などがあげられる。
しかしこういった状況の中で、いくつかの癌細胞特有のマーカーが見つけられてきており、
癌治療への利用の可能性が期待されている。その一つとして注目されているのがマイクロ
RNA (miRNA) である。miRNA は遺伝子の発現制御に関わっており、mRNA をターゲ
ットとして翻訳の阻害をしたり、タンパク質合成を阻害あるいは、促進したりする。この働きが
癌の発生に関係があるのではないかと言われている。癌細胞において、個人によっても、癌
の種類によってもどの miRNA の発現が増加または低下しているかは異なっていることが示
唆されている。そこでこの論文では各種の癌(特に乳癌)についてどの miRNA の発現が増
加あるいは、低下しているかという情報を整理することを目的とした。また miRNA は 20~25
塩基からなる非常に短い RNA であり、遺伝子をコードしていないノンコーディング RNA
(ncRNA)の一つである。全 RNA の 53%を占める ncRNA は、その機能が明らかになるに
つれて、重要性が高まってきている。そこで本論文では ncRNA を含めた全 RNA について
詳細を理解し、その機能の分類を行った。
キーワード
1.転写
2.翻訳
3.機能性 RNA(ncRNA)
4.siRNA
5.miRNA
6.RNA ヘリカーゼ
目 次
1.はじめに
・・・・・・・・・・・・・・・ 1
2.転写の機構
・・・・・・・・・・・・・・・ 1
3.翻訳の機構
・・・・・・・・・・・・・・・ 5
4.機能性 RNA
・・・・・・・・・・・・・・・ 7
5.RNA ヘリカーゼと p68、p72miRNA
・・・・・・・・・・・・・・・ 11
6.miRNA の発癌への関与
・・・・・・・・・・・・・・・ 12
7.miRNA 発現プロファイル解析による癌診断
・・・・・・・・・・・・・・・ 14
8.乳癌と miRNA
・・・・・・・・・・・・・・・16
9.乳癌の今後の治療の可能性
・・・・・・・・・・・・・・・ 18
10.おわりに
・・・・・・・・・・・・・・・ 19
引用文献
・・・・・・・・・・・・・・・ 20
論 文
1.はじめに
RNA は DNA に含まれる遺伝情報を基に DNA を転写、翻訳し、タンパク質を合成す
る際の仲介分子としての役割が一般的に知られている。これには mRNA、rRNA、
tRNA の 3 種類の RNA が関与しており、mRNA は遺伝子をコードしていているが、
rRNA や tRNA は遺伝子をコードしていない。このように遺伝子をコードしていない RNA
は総称してノンコーディング RNA(ncRNA) と呼ばれており、全 RNA のうち 53%を占め
ている。この ncRNA は遺伝情報の実体化に直接関与していないことから、軽視されてき
たが、最近の研究により様々な生理機能を有していることが明らかとなってきた。ncRNA
の一つである miRNA は、他の遺伝子の発現を調節する機能を持つことが知られており、
様々な疾病の発症に関与しているのではないかということで注目を集めている RNA であ
る。特に癌細胞における癌発現マーカーとして現在注目されており、多くの研究者が研
究対象としている。この卒業研究Ⅰでは、RNA の基本的な役割である転写、翻訳の機構
を詳しく説明した後、miRNA の役割を説明し、乳癌やその他の癌で発現異常が認めら
れる miRNA とそのターゲットをあげていく。その際に、文献 1、2、3、4 を資料にして転写、
翻訳、機能性 RNA、RNA ヘリカーゼをまとめ、また miRNA については文献 5、6 を資
料にしてまとめた。
2.転写の機構
1) 2) 3)
転写とは DNA の遺伝情報を読み取り、mRNA を生成する過程のことである。転写に
は 5’キャップ構造の形成、3’ポリ A 付加、スプライシングという三段階があり、前二者は主
として mRNA の安定化に寄与し、後者は mRNA 生成の中心として働いている。転写に
は 3 種類ある RNA ポリメラーゼのうち、RNA ポリメラーゼⅡが利用される。この RNA ポ
リメラーゼⅡを中心として転写基本因子が作用されることで、mRNA を生成する。転写基
本因子は RNA ポリメラーゼが正しく結合するのを助け、転写を開始するために二本鎖の
DNA を一本鎖にほどき、10 塩基ほど伸長した後、ポリメラーゼをプロモーターからはずし
て、伸長をしやすくする。
まず、DNA には転写開始部位という部位が存在し、その 25 塩基上流に転写開始部
位を決定する働きをする TATA ボックスというアデニンとチミンに富んだ配列が存在する。
ここに RNA ポリメラーゼⅡの転写因子(TFⅡ)である TFⅡD の一部である TBP (TATA
ボックス結合タンパク)が認識して結合する。この TBP の結合によって TFⅡA、B が結合
できるようになると同時に、TATA ボックスの DNA に大きなゆがみを作りだし、このゆがみ
1
がプロモーターの場所を示す目印になる。このゆがみによって両側の DNA が近づき、タ
ンパク質が集合できるようになり、RNA ポリメラーゼⅡと TFⅡA、B が結合して転写開始
集合体ができる。次に、TFⅡE、F 及び H が結合し、TFⅡH は ATP を使い、DNA の二
本鎖の塩基対を切断し、一本鎖の様な状態にして、転写を開始できる状態に変化させる。
転写が 10~15 塩基ほど進むと、TFⅡH が RNA ポリメラーゼⅡをリン酸化して立体構造
を変化させることによって、今まで一つの複合体として存在していたものが、①TFⅡA、B、
D の複合体と②RNA ポリメラーゼⅡ、TFⅡE、F の複合体となり転写伸長期に入る。①は
プロモーターに残り、次の転写に備え、②が転写を進めていく。このとき、RNA ポリメラー
ゼⅡはほかの転写基本因子群から離れ、DNA との結合を強め転写が始まる。
RNA ポリメラーゼⅡによって mRNA が 25 塩基ほどつくられると、mRNA の 5’末端に
キャップ構造が形成される。このキャップ構造は、RNA ポリメラーゼⅡ特有のものであっ
て、mRNA のみに存在し、mRNA の 5’末端の目印となっている。mRNA が核内にある
ときキャップ構造は CBC(キャップ結合タンパク質複合体) と結合していて、mRNA のエ
キソヌクレアーゼの保護、スプライシング、核外輸送で役割を果たしている。翻訳のため
に細胞質に輸送された後も、リボソームとの結合を高めるなど重要な役割がある。
キャップ構造をつくるためにはホスファターゼ、グアニル酸転移酵素、メチル基転移酵
2
素という 3 つの酵素が必要である。この 3 つの酵素の働きとして、まずホスファターゼは 5’
末端についているリン酸を一つ取り外す。次にグアニル酸転移酵素が GTP を利用して、
ホスファターゼによってリン酸が取り外された場所にグアニンを 5’-5’の向きで結合させる。
最後にメチル基転移酵素がグアニンにメチル基を付加し、キャップ構造が完成する。
転写された mRNA には、遺伝子をコードしていない 10~100,000 塩基からなるイント
ロンと遺伝子をコードしているエキソンが混在している。そこで、イントロンを除去し、エキ
ソンのみの成熟 mRNA を生成するために、スプライシングと呼ばれる反応がおこる。
スプライシングではエキソンとイントロンの境目である 5’スプライス部位と 3’スプライス部
位、投げ縄構造の結び目のアデニンヌクレオチドであるブランチ部位と呼ばれるが重要
な役割を果たす。5’スプライス部位と 3’スプライス部位は、GU-AG 則と呼ばれる共通の配
列が存在し、5’スプライス部位には GU、3’スプライス部位には AG という配列が存在する。
この配列はどのイントロンにも存在していて、除去されるイントロンは 5’末端が GU で、3’
末端が AG で終わる 10~100,000 塩基からなる物質である。
スプライシングはスプライソソームと呼ばれる U1、U2、U4、U5、U6 の 5 種類の核内低
分子リボ核タンパク質(snRNP)からなる複合体が進める。これから、snRNP によるスプラ
イシングを説明する。
まず、U1 の CA と 5’スプライス部位の GU が結合し、ブランチ部位に分岐点結合たん
ぱく質である BBP が、ブランチ部位の下流にその結合を手伝う U2AF が結合する。この
結合によってイントロン中のブランチ部位の位置を明確にしている。明確になったブラン
チ部位にめがけて今度は U2 が結合する。この結合も U1 の結合と同じで、ブランチ部位
3
である A に対し、相補的な U を持っているため結合する。ここで、BBP と U2AF は外れ、
結合した U1 と U2 が U4U5U6 の複合体の誘導を促し、すべての snRNP がそろう。こ
のとき、U4 と U6 は相補的に結合している。ここで投げ縄構造の形が見え、投げ 5’スプラ
イス部位に結合していた U1 が外れる。すると 5’スプライス部位の GU が向き出しになると
U5、U6 が近づき、U6 と結合していた U4 が外れると U6 は結合相手をさがす。U2 が
GCUGAUCA という配列を持ち、U4 が GCUGGUU という類似の配列をもつために U2
と相補的に結合する。このときに U6 は 5’スプライス部位の GU にも結合する。U2/U6 の
複合体は 5’スプライス部位でイントロンとエキソンを切断する。切断されたイントロンの 5’ス
プライス部位の GU の G がブランチ部位の A と塩基対を形成して投げ縄構造を完成さ
せる。また切断されたエキソンは U5 によって補足され、かつ、U5 は 3’スプライス部位の
AG 配列に結合する。これによって、エキソン同士が近づき、エステル転移反応がおこり、
エキソンが結合する。エキソンから離れたイントロンは、一本鎖も戻り、分解される。
mRNA がある程度転写され、3’末端に 200~250 塩基のアデニル酸ヌクレオチドであ
るポリ A が付加される。このポリ A は mRNA を安定化して、翻訳を促す効果を持ってい
る。ポリ A 付加には、CstF(切断促進因子)と CPSF(切断ポリアデニル化特異因子)と呼
ばれる多サブユニットが重要な役割をしている。まずポリ A に必要な配列は AAUAAA で
あり、この配列に CPSF が結合する。この CPSF は 3’末端の切断とポリアデニル化の両
方に関与しているが、実際に切断しているのは切断因子である CFⅠ,Ⅱである。切断促
4
進因子 CstF は CFⅠ,Ⅱを助けるが、CPSF とは違い切断のみに関与する。この CstF
は AAUAAA の下流に存在する U や GU に富んだ配列に結合し、CFⅠ,Ⅱの間で RNA
を切断し、ポリ A を 10 塩基ほどに合成し、その後 3’末端に PAP(ポリ A ポリメラーゼ)に
より鎖を伸長していく。この伸長を手助けするのが多くのポリ A 結合タンパク質Ⅱである。
このような物を利用して、200~250 塩基のポリ A 鎖が完成する。
以上の事が終了すると mRNA が完成する。この mRNA は核外に輸送され、細胞質に移
動すると、この mRNA がリボソーム RNA(rRNA)やトランスファーRNA(tRNA)などによ
りタンパク質に翻訳される。
3.翻訳の機構 3) 4) 5)
翻訳とは mRNA の 3 つのヌクレオチドを 1 つコドンとしてタンパク質に読み替えること
である。翻訳に重要な物は tRNA と rRNA である。tRNA はコドンに当てはまるアミノ酸
を運んでくる物であり、rRNA はそのアミノ酸を連結し、タンパク質を合成する場である。こ
こから翻訳を詳しく説明する。
翻訳には 4 段階に分けられる。
・ アミノ酸と tRNA の結合
・ 開始
5
・ 伸長
・ 終結
まず tRNA が 20 種類のアミノ酸から、mRNA から読み取ったコドンに適切な物を選択
し、アミノアシル tRNA 合成酵素によって、ATP の加水分解をつかって、アミノ酸が
tRNA の 3’末端に結合する。このときにアミノ酸と tRNA の間には高エネルギー結合が生
じるが、この高エネルギー結合はタンパク質を伸長する際に使用される。
次からの伸長反応で重要になってくるのはリボソーム RNA(rRNA)である。rRNA は
大サブユニットと小サブユニット(40S)という二つのサブユニットが存在する。大サブユニ
ットはアミノ酸を結合させた tRNA を入れる場所があり、アミノ酸同士にペプチド結合を形
成させ、ポリペプチド鎖を形成して、タンパク質を伸長させ、小サブユニットは mRNA を
取り込み、mRNA のコドンと対応するアミノ酸を運んでくる tRNA と結合する。
翻訳はまず mRNA の 5’キャップ構造に開始因子である elF4E(4E)、elF4G(4G)、
及び elF4A(4A)が複合体となって結合し、rRNA の小サブユニットを誘導する。4E が複
合体とキャップ構造の結合部分となっている。この rRNA 小サブユニットには elF2 と開始
メチオニル tRNA(Met-tRNA)と elF3、elF1A(1A)、が結合していて、elF3 は 4G と
rRNA の結合に必要である。この後、小サブユニットは開始コドンである AUG を見つける
まで 5’非翻訳領域を進んでいく。AUG に出会うと、Met-tRNA と elF3、elF1A(1A)がは
ずれると共に、大サブユニットが小サブユニットに結合し、翻訳に必要な 80SrRNA が完
成する。リボソームには tRNA の結合部位が A 部位、P 部位、E 部位という 3 つ存在す
る。
80SrRNA が完成すると、伸長が始まる。これから述べる説明は、AUG に対応する(メ
チオニンが結合している)tRNA が mRNA と塩基対を形成して、この tRNA が P 部位へ
転移した後からの説明である。
伸長の一段階目は tRNA をリボソームに結合させることであり、アミノ酸を結合させた
tRNA が mRNA と塩基対を形成させるため A 部位に入り、A 部位と P 部位に tRNA が
ならぶ。A 部位に tRNA を運んでくる際、GTP と結合している伸長因子である EF-Tu と
いう因子が関与する。この因子は正しい tRNA が結合するように、監視し、翻訳の精度を
高めていて、正しく結合すると、因子に結合している GTP は加水分解されて因子の構造
が変化し、EF-Tu は tRNA からはずれる。
二段階目はペプチドが結合することであり、P 部位で tRNA とアミノ酸の高エネルギー
結合が切れ、結合が切れたアミノ酸と A 部位のアミノ酸とのペプチド結合を形成する。こ
の結合を形成には、リボソームが持っているペプチジル基転移酵素が関与している。
三段階目はトランスロケーション(1 コドンの移動)がおこる。ペプチド結合に伴い、P 部
位の tRNA が E 部位へ、A 部位の tRNA が P 部位へ移動が起こる。この移動に関与し
ているのが EF-G という(GTP が結合している)伸長因子であり、この因子が無理矢理 A
部位に入ることで移動が起こる。この後、EF-Tu と同じように GTP の加水分解により、構
造が変化し、A 部位からはずれる。すると A 部位が空となる。そして E 部位の tRNA が抜
6
けることによって、一段階と同じ状態にもどる。
このような反応を繰り返し、ポリペプチド鎖をつくっていく。すると mRNA 上に終止コド
ン(UAA、UAG、UGA)があらわれ、終止コドンを認識すると A 部位に tRNA の代わりに、
終結因子が結合し、伸長の段階と同じように終結因子が P 部位に行くと、伸長ではアミノ
酸同士の結合だったが、ここではアミノ酸の代わりに水分子を結合させる。これによりポリ
ペプチド鎖のカルボキシル末端が tRNA 分子から遊離でき、タンパク質は細胞質に放出
され、リボソームは mRNA を放出し、2 つのサブユニットに解離する。これで翻訳が終了
する。
4.機能性 RNA 2) 4)
機能性 RNA とはノンコーディング RNA であり、タンパク質に翻訳されない RNA であ
る。つまり、タンパク質をコードしていない RNA である。
機能性 RNA として、①スプライシングに関与する核内低分子 RNA(snRNA)、②翻訳に
関与する転移 RNA(tRNA)、③リボソーム RNA(rRNA)、④リボソーム RNA などの化
学修飾を誘導する核小体低分子 RNA(snoRNA)、そして⑤本題であるマイクロ RNA
(miRNA)がある。
① まず核内低分子 RNA(snRNA)は、スプライシングに関与する U1、U2、U4、U5、
U6 の 5 種類の核内低分子リボ核タンパク質(snRNP)という複合体を構成するものであり、
この複合体を中心としてスプライソソームが作られる。snRNA はイントロンにコードされて
いるため、RNA ポリメラーゼⅡによって mRNA の前駆体として合成され、イントロンを取り
除くスプライシングで切り出されて生成する。その後、プロセッシングをうけ、snRNA とな
る。
②次に転移 RNA(tRNA)は、翻訳の時、mRNA のコドンに対応するアミノ酸を運んでく
る重要な機能性 RNA である。tRNA は DNA 遺伝子から RNA ポリメラーゼⅢの転写に
より tRNA 前駆体を生成し、スプライシングなどのプロセッシングをうけて tRNA となる。こ
うしてできた tRNA は、クローバー状の形をしていて、翻訳に関与するためにはこのクロ
ーバー状の形が必要であり、そのなかで 2 つの場所が極めて重要である。1 つはアンチ
コドンで mRNA の 3 つのヌクレオチドを読み取り、対応するアミノ酸を選択する場所であ
る。2 つ目は、3’末端にある一本鎖領域であり、ここにコドンに対応するアミノ酸が選択さ
れ、正しく結合する場所である。このようにして次々と rRNA にアミノ酸を運び、ペプチド
を形成していく。
③次にリボソーム RNA(rRNA)は、mRNA からタンパク質を合成する場、つまり、翻訳を
行う中心的な場所である。rRNA は大サブユニットは(60 サブユニット)と小サブユニット
(40 サブユニット)があり、大サブユニットには 28S、5.8S、5S rRNA が含まれ、小サブユ
ニットには 18S rRNA が含まれる。rRNA 前駆体(45S)は DNA 遺伝子から核小体で
RNA ポリメラーゼⅠによって転写される。この後、snoRNA(核小体内低分子リボ核タン
7
パク質粒子)によるプロセッシングをうけて、rRNA となる(この過程は snoRNA で説明す
る)。また、5SrRNA は RNA ポリメラーゼⅢによって転写される。
まず小サブユニットが mRNA に結合し、mRNA をスキャンしていくと開始因子が現れ、
すると大サブユニット誘導され小サブユニットに結合し、タンパク質合成の場であるリボソ
ームが完成する。タンパク質合 成が完了する と、大サブユニットと小サブユニットは
mRNA からはなれ、この二つも解離するが、次の翻訳に再利用される。
④核小体内低分子 RNA(snoRNA)は、核小体に存在する RNA である。snoRNA は
snRNA と同じようにイントロンにコードされていて、RNA ポリメラーゼⅡによって mRNA
が転写され、スプライシングの際に合成される。snoRNA は rRNA 前駆体のプロセッシン
グを行うものであり、
ⅰrRNA と相補的塩基配列を形成し、RNA 修飾酵素を正しい位置に誘導する。
ⅱ糖の 2’-O をメチル化を起こし、ウリジンからプソイドウリジンへの異性化が起こり、40S リ
ボソームサブユニットと 60S リボソームサブユニットが取り出されて、リボソームに取り込
まれる。
といった役割がある。これによって rRNA が作られる。
⑤次ににこの論文の本題である miRNA についてである。miRNA は遺伝子発現に
重要な役割を果たしている 20~30 塩基程度の小さな RNA(small RNA)のなかの 1 つ
である。miRNA の他に遺伝子発現に重要な役割を果たす small interfering RNA
(siRNA)が存在する。そこでまず、siRNA について説明する。
まず siRNA は、長い二本鎖 RNA から作られ、21~25 塩基程の二本鎖であるが、両
方の 3’末端が塩基対を形成せず一本鎖を形成している RNA である。siRNA は RNA
干渉(RNAi)の作用分子であり、RICS というタンパク質複合体に取り込まれて、標的
mRNA を切断する。そこで RNAi を詳しく説明する。破壊された dsRNA は短くなり二本
鎖の siRNA となり、ヘリカーゼ活性により一本鎖に解離し、タンパク質と複合体を形成し、
RISC として mRNA と塩基対を形成して結合し、siRNA を含む RISC によって mRNA
を切断することにより転写後抑制をすることである。
外部から細胞質へ入ってきた長い dsRNA が Dicer2 と呼ばれるタンパク質により、21
塩基程度で 3’末端の 2 塩基程のみが一本鎖の特徴的な構造である siRNA となる。この
反応を Dicing という。このままでは siRNA が二本鎖のため mRNA と塩基対を形成する
ことができないので、二本鎖を解離して一本鎖へと成熟させなければならない。成熟させ
るためにまず、siRNA の二本鎖は R2D2 というタンパク質を誘導し、siRNA、Diser2、
R2D2 の 3 つで RISC-lading complex(RLC)という siRNA を RISC に組み込む働き
をする複合体を形成する。RISC に組み込まれるとき、二本鎖はヘリカーゼの活性により
一本鎖に解離されている。つまり RIC から成熟 RISC になる過程で、一本鎖へと解離し
ていく。このようにしてできた成熟 RISC は、含まれている siRNA と相補的な mRNA を
標的として結合し、mRNA を切断する。
8
次に siRNA が一本鎖になる過程を説明する。この過程では RIC 複合体を形成する因
子である Diser2/R2D2 が重要になってくる。二本鎖のうちどちらか一方末端が不安定で、
もう一方が安定であり、R2D2 は安定な末端に結合し(passenger 鎖)、Dicer-2 は不安
定な末端に結合する(guide 鎖)。こうして、安定性がはっきりした siRNA はそのまま
RISC に渡され、この複合体を pre-RISC という。ここで、passenger 鎖の 10 番目の塩基
と 11 番目の塩基で正確に切断され、成熟 RISC となる。つまり、siRNA の二本鎖のうち、
Dicer-2 が結合する 5’末端がより不安定な鎖(guide 鎖)が一本鎖の siRNA として認識さ
れ取り込まれ、その逆に R2D2 が結合した 5’末端が安定な鎖(passenger 鎖)は分解さ
れる。
9
次に、miRNA について説明する。
miRNA の生合成はまず数百~数千塩基程度の primary-miRNA(pri-RNA)として
RNA ポリメラーゼⅡによって通常の mRNA と同じように核内で転写される。そのため
pri-miRNA はキャップ構造とポリ A 構造を持っている。pri-miRNA は Drosha と
DGCR8 から構成される小型と Drosha と p68、p72 を中心とする RNA ヘリカーゼ群か
ら構成される大型の二つの複合体によって stemp loop 構造の 70 塩基程度に切断され
る。これを pre-miRNA という(p68、p72 については後述する)。これが細胞質へと輸送さ
れると Dicer によって切断されて 21 塩基程度の miRNA 二本鎖となり、siRNA と同じ過
程で二本鎖が一本鎖になり、RISC に取り込まれる。RISC の核となっているのが Argon
aute ファミリー中の Ago サブファミリーに属するタンパク質であり、ヒトにおいて Ago1~4
の 4 種類存在していて、miRNA は 4 種類すべての Ago を核とする RISC に取り込まれ
るが、この中で Ago2 だけが標的 mRNA の切断活性を持っている。つまり、Ago2 を核と
する RISC に取り込まれた miRNA のみが mRNA の切断を行う。このようにして miRNA
は、mRNA をターゲットとして mRNA の非翻訳領域(特に C 末端側に)結合し、翻訳を
阻害し、蛋白合成を阻害する。その翻訳抑制の機構は、翻訳開始の抑制、翻訳開始以
降の抑制、翻訳されたばかりのペプチドの分解、ポリ A の分解と mRNA の不安定化が考
えられている。また一方、miRNA が遺伝子の翻訳を促進する働きを持つ事も示唆されて
いる。つまり、miRNA は遺伝子発現を制御する機能を持っている。従って、miRNA が
10
癌遺伝子の発現を抑制していると考えると、その miRNA が機能不全に陥った場合には、
発癌を促進することになるだろう。6)
5.RNA ヘリカーゼと p68、p72 と miRNA 7)
RNA ヘリカーゼの一般的に知られている機能として、二本鎖 RNA を巻き戻すことであ
る。しかし miRNA と関係している機能として重要なのは、二本鎖の miRNA が RISC に
取り込まれた後の一本鎖への解離である。
miRNA と RNA ヘリカーゼとの関係の前に RNA ヘリカーゼ p68 と p72 について説
明する。RNA ヘリカーゼの種類によって機能が少し違う。そこで、RNA ヘリカーゼ p68 と
p72 は最も多い DEAD(Asp-Glu-Ala-Asp の配列を持つ)ボックス型 RNA ヘリカーゼ
属に属し、組織に関係なく広範囲に発現する。まず DEAD ボックス型は、mRNA スプラ
イシング、mRNA 輸送、mRNA 分解、翻訳抑制、転写抑制、rRNA プロセッシング、
miRNA プロセッシング、RNA 編集といった機能がある。その中で p68 と p72 は mRNA
スプライシング、転写抑制、rRNA プロセッシング、miRNA プロセッシングの機能を有す
る。また、p68 と p72 の特異的な機能として、エストロゲン受容体(ERα)の転写活性を制
御している。ERαはリガンドが結合すると活性化し、DNA への結合が促され、遺伝子の
転写を活性化したり、抑制したりするスイッチである。ERαは N,C 末端の AF1 と AF2 と
いう領域が存在し、AF1 に p68 と p72 が結合すると転写が活性化される。
次に RNA ヘリカーゼ(p68,p72)と miRNA の発現量についてだが、いろいろと研究さ
れている。ひとつは、野生型と p72 ノックアウトマウスの miRNA の発現量を見てみると、
野生型の方が少なかった。つまり野生型とノックアウトマウスの違いは p72 のみなので、ノ
ックアウトマウスに存在し、野生型に存在しない miRNA は p72 が発現を抑制していると
考えられる。また p72 が発現を抑制している miRNA は全体の約 1 割ほどであることもわ
かった。この 1 割の miRNA の中に miR-214 が存在する。しかし、miR-214 の発現量の
減少は p68のノックアウトマウスには見られなかった。
次に、p68,p72 ノックアウトマウスの胎生 9.5 日の胚から全 RNA を取り出し、ノックアウ
トマウスとしたとき、miRNA の発現量を見ると、数種の miRNA の発現量が減少した。さ
らに miR-214 において見てみると、p72 ノックアウトマウスでは発現量が半分となったが、
p68 ノックアウトマウスでは発現量に変化はなかった。また、miR-19a において p68、p72
ノックアウトマウスで発現量を見てみると、変化はみられなかった。
これらのことから考えると、この p68 と p72 の二つは全ての miRNA の発現に関わって
いるわけではなく、それぞれが、いくつかの miRNA の発現に関与していると考えられる。
また、p72 ノックアウト MEF 細胞(マウス胎児線維芽細胞)と野生型を用いたとき、前にも
述べた結果からわかるように、miRNA の発現量は減少したが、p72 を発現させると、
miRNA のプロセッシング活性が回復し、野生型と同じくらいにまで発現量が回復した。し
かし、RNA ヘリカーゼ活性に必要な ATP 結合部位の変異株である p72K142R を発現
させても活性は回復しなかった。このことから、p72 が核内の miRNA プロセッシングに機
11
能し、かつ、RNA ヘリカーゼ活性も必要であり、RNA ヘリカーゼ活性を起こすためには、
ATP の結合が必須条件であると考えられる。
6.miRNA の発癌への関与 8) 9) 10)
miRNA はいままで述べたように、標的 mRNA に対して抑制的に働き、翻訳抑制や、
mRNA の分解に関与していることがわかった。そこで、miRNA は発癌にどのように関与
しているのだろうか。
miRNA を解析すると、組織、細胞特異的に検出されたのが全体の 3 分の 1、残りの 3
分の 2 が組織、細胞特異性はないという結果を示した。その 3 分の 2 の内の一つである
miR-16 はほとんどの細胞腫に存在した。また miR-21 も大部分のサンプルで検出された
が miR-16 とくらべ、正常細胞よりも癌細胞で発現していた。以下に組織特異的に発現し
た miRNA を示す。
血液系
血球系細胞全体 miR-142、-144、-150、-155、-223
リンパ球系細胞 miR-126
文献 11 より
神経系
脳組織全体
miR-9、-124、-128a、128b
脳下垂体
miR-7、-375、-141(2)クラスター、-200a(3)クラスター
文献 11)より
まず、miRNA のプロセッシングの抑制により miRNA の産生が抑制され、発現が低下
すると、腫瘍形成や湿潤能が増強することが報告されている。このことから、miRNA プロ
セッシングの異常が発癌の一部とも考えられる。
つぎに mRNA と miRNA の相互作用による発癌である。まず、miRNA は正確に標的
mRNA に塩基配列により結合することによって、翻訳抑制や、mRNA の分解などの作用
を発現させる。この mRNA が癌遺伝子であれば miRNA により癌細胞の生成を防げる。
しかし、癌遺伝子 mRNA に結合する miRNA が突然変異した他の miRNA によって発
現量が低下すると、翻訳抑制ができず、発癌が起こると考えられる。また、癌遺伝子であ
る mRNA の miRNA と塩基対を形成する配列が突然変異を起こすと、塩基対を形成す
ることができなくなり、mRNA の分解することができず、発癌すると考えられる。
そして、染色体の異常が考えられる。Calin らは 186 個の miRNA の半数ほどが染色
体上の染色体不安定領域の一部の癌関連遺伝子領域に存在すると報告した。この染色
体不安定領域は染色体の欠失や増幅をしめし、miRNA による発癌は染色体の欠損や
増幅により、miRNA 自身が癌遺伝子としての機能獲得、または、miRNA 自身の癌抑制
遺伝子としての働きの機能を失うことによって、発癌が起こると考えられる。
12
ここで、癌遺伝子、癌抑制遺伝子としての miRNA とその標的遺伝子をあげる。
まず癌遺伝子である。癌遺伝子とは、ある正常な遺伝子が修飾を受けて発現・構造・
機能に異常をきたし、その結果、正常細胞の癌化を引き起こすようなもののことをいう。
miRNA
染色体部位
腫瘍
標的遺伝子
miR-17-92
13q 31.3
リンパ腫・肺癌
E2F1,TGFBR2,SP1
CTGF,AIBI
miR-21
17q 23.2
グリオプラストーマ・乳癌 PTEN,PDCD4
胆管癌・肝細胞癌
miR-106a
Xq 26.2
大腸癌
RB
miR-155/BIC 21q 21.3
リンパ腫・乳癌
TP53INP1
miR-221/222 Xq 11.3
甲状腺癌
KIT,CDKN1B
miR-372/373 19q 13.42
精巣胚細胞腫瘍
LATS2
文献 12)より
上の表に記載されている miRNA が癌遺伝子としての役割を果たしている。このなか
から、いくつか説明する。
① miR-17-92
この miRNA は染色体の 13q31 上の c13orf25 の位置に存在していて、この場所が多
く の 異 な っ た 癌 で ヘ テ ロ 結 合 性 の 消 失 を 受 け る 。 miR-17-92 に は miR-17-5p 、
miR-17-3p、miR-18a、miR-19a、miR-20a、miR-19b、miR-92 が含まれている。癌と
の関係だが、miR-19b の導入は Eµ-myc トランスジェニックマウスこのマウスは c‐myc 癌
遺伝子を過剰に発現し、B 細胞リンパ腫になりやすい性質がある)における B 細胞リンパ
腫発生を促進するという報告がある。また、miR-17-92 クラスターが肺癌の一部の組織型、
特に小細胞癌で著明に発現が亢進しているという報告もある。また、miR-17-92 クラスタ
ーを強制発現すると肺癌細胞の増殖を促進する。miR-17-5p、miR-20a を抑制すると、
miR-17-92 を発現している肺癌細胞株では、増殖抑制とアポトーシスを起こす。
② miR-21
この miRNA の発現の亢進は乳癌、グリオブラストーマ、膵癌、胆管癌に見られること
が報告されている。このような miR-21 の発現が亢進している細胞株では、miR-21 を抑
制することによって増殖抑制とアポトーシスの誘導も報告されている。
③ miR-155
miR-155 はタンパク質をコードしていない RNA であり、癌遺伝子 c-myc と協調して腫
瘍形成を促進する BIC 遺伝子という遺伝子のなかに含まれている。BIC 遺伝子、つまり
miR-155 はリンパ腫、乳癌、肺非小細胞癌で発現している。
13
次に癌抑制遺伝子である。癌抑制遺伝子とは癌の発生を抑制する機能を持つタンパ
ク質(癌抑制タンパク質)をコードする遺伝子である。
miRNA
染色体部位
腫瘍
標的遺伝子
let-7 family 多数
肺癌
RAS,HMGA2,MYC
miR-15a/16 13q 14.2
慢性リンパ性白血病
BCL2
下垂体腫瘍
miR-29
7q 32.3(29a,29b-1) 肺癌
TCL1,DMNT3A/3B
慢性リンパ性白血病
miR-34
1q 36.22(34a)
CDK4,CCNE2,MET
大腸癌
E2F5,BCL2,miR-143/145
miR-122a
18q 21.31
肝細胞癌
CCNG1
miR-125b
11q 24.1(125b-1)
乳癌
ERBB2/3
miR-127
14q 32.31
前立腺癌・膀胱癌
BCL6
文献 12)より
④ let-7 family
肺癌で高頻度に発現低下が起こり、この発現の低下は外科手術の予後が不良である
ことが報告されている。また let-7 の強制発現は肺細胞癌の増殖を抑制する。また標的遺
伝子である RAS は let-7 の発現低下により、発現が増加し、腫瘍の増殖、進展を促進す
る可能性が報告された。
⑤ miR-15a/16-1
B 細胞性慢性リンパ性白血病患者の 65%以上で欠損、発現低下が起こっていることが
報告され、B 細胞性慢性リンパ性白血病の発症にこの miRNA の発現低下が関与してい
る。
このように miRNA の発現の亢進や発現の低下が癌細胞の生成に大きく関わっている
ことは明確である。
7.miRNA 発現プロファイル解析による癌診断 8) 9) 10)
miRNA 発現プロファイルの解析で用いられるのは、mRNA のマイクロアレイ法である。
マイクロアレイ法による遺伝子プロファイルの結果から、癌の発生・進展にかかわる遺伝
子の単離、診断のための遺伝子マーカーや癌治療における新規標的遺伝子が同定され
た。また、癌患者の予後因子としての有効な遺伝子の解明や、転移・組織型などの癌とか
かわりの深い遺伝子の同定にも役立っている。この mRNA マイクロアレイ解析により癌の
種類によって、miRNA 発現の特異性があることがわかってきた。
14
乳癌については後述する。
まず肺癌は Yanaihara らによって 104 例を用いて、43 個の miRNA が肺癌組織で発
現異常を起こしたことがわかった。また肺癌患者の予後不良因子として、miR-155 の発
現の増加と let-7a-2 の発現の低下があげられた。
大腸癌は Schetter らによって 84 例について miRNA のプロファイルを行った。その
中で、miR-21 の発現亢進が患者の予後と化学療法との成績に関与していることが報告
され、この亢進は大腸腺腫でも認められた。miR-21 の発現亢進は癌化の早期であると
述べられている。また、miR-17-92 は MSI 陰性大腸癌で発現が高かった。
膵臓癌では、Roldo らによって、miR-204 の発現亢進がインスリノーマ(インスリン分泌
腫瘍)に特異的であると述べている。
肝癌について Murakami らは、肝癌 25 例の miRNA プロファイルを行い、miR-92、
-20、-18、precursor miR-18 は肝癌の組織学的分化度と関連していて、低分化型肝癌
で発現が多いことを明らかにした。
以上のように癌組織には、発現異常の miRNA が存在し、癌の発見要素として注目さ
れている。
癌の種類
MiRNA
発現
臨床病理学的諸因子との相関
大腸癌
miR-21
Up
予後、化学療法
miR17-92
Up
マイクロサテライト不安定性
miR-18、224
Up
分化度(低分化型との関係)
肝癌
miR-122、-125a、-195、-199a、
-200a
Down
肺癌
let-7、miR-126
Down let-7 と予後
(非小細胞癌)
miR-21、-155、-205
Up
miR-155 と予後
リンパ腫
miR-21、-155、-221
Up
組織型
(ABC 型の方が GCB 型より発現が高い)
(DLBCL)
慢性
B リンパ性
miR-15a、-16-1,-16-2、-23b、
白血病
`-146、-155、-195、-221
膵臓癌
-24-1
Up
miR-29-2、-29b-2、-29c、-223
Down
miR-21、-103、-107、-204
Up
予後
組織型
(インスリノーマで miR-204 発現高い)
卵巣癌
miR-155
Down
miR-141、-200a、-200c、-214
Up
組織型
miR-125b1、-140、-145、-199a Down
miR-146b、-197、-221、-222、
甲状腺癌
-346
Up
15
組織型(乳頭癌と濾胞癌)
表文献 8)より
8.乳癌と miRNA 9)
Iorio らは正常な胸の miRNA の発現と乳癌での miRNA の発現を比べて、76 個の
原癌細胞を用いて、368 個の miRNA の解析を行った。その結果 29 個の miRNA が発
現低下を起こしていた。miRNA の発現はエストロゲン受容体などの生物病理学の特徴
(ER)とプロゲステロン受容体の状態(miR-30)と腫瘍の病期(miR-213、miR-203)と関
連があるとした。いくつかのイソ型の let-7 の差次的発現は、乳癌の標本でプロゲステロン
受容体の状態(let-7c)、リンパ節転移(let-7f-1、let-7a-2、let-7a-3)、高い増殖指数
(let-7c、let-7d)を含んでいる生物病理学的特徴に関連している。
最も発現が低下していたのは miR-10b、miR-125b、miR-145、miR-155 であり、これ
らは、エストロゲンレセプターやプロゲステロンレセプター発現とも相関していた。
Mattie らは miRNA の特徴的な集団は Her2neu/ErBB2 の状態、ER/プロゲステロ
ン受容体の状態によって定義されている乳癌と関連しているとした。
これらの分析結果と Iorio らの結論で特定された miRNA の間には、かなり重複してい
た。例として miR-195 と miR-154 は初期の乳癌で ER 陽性で負に相関していることがわ
かった。
これから乳癌に関わる各 miRNA について詳しく説明する。
① miR-206
Iorio らによって標準組織と乳癌組織との間で発現の異常が見られた。miR-206 は乳
房組織における機能的役割はまだわかっていないが、発現はエストロゲンレセプターα
アゴニストによって抑制される。しかし、非エストロゲンレセプターの乳癌で発現上昇が見
られた。
② miR-17-5p
乳癌で LOH(Loss of Heterozygosity:様々な理由で染色体の再編成や変異が生じ
るとアリルとして存在しているゲノム構造が保てなくなり、一方のアリルが消失する現象)を
うける領域である染色体 13q31 に位置している。miR-17-5p のターゲットは乳癌で増殖
する AIB1 である。AIB1 はエストロゲン受容体を含むリガンド結合核内受容体と結合し、
それらの転写活性を刺激する活性化補助因子である。つまり、miR-17-5p は AIB1 に関
与する翻訳を抑制する。
③ miR-27b
この miR-27b のターゲットはシトクロム P450(CYP1B1)であり、CYP1B1 は癌の関連
の分子として同定された。CYP1B1 はシトクロム P450 ファミリーの一員であり、このファミリ
ーはある発癌物質前駆体と 17βエストラジオールの代謝を促進する。CYP1B1 は乳癌
を含む様々な癌で異常発現している。miR-27b と CYP1B1 の発現レベルを 24 人の患
者の胸の腫瘍と正常組織で比べた。ほとんどの患者では、miR-27b の発現レベルは癌
組織で減少し、同時に、CYP1B1 の発現は増加した。
16
④ miR-125a miR-125b
これらの miRNA は HER2 の増殖で著しく抑制され、乳癌で過剰発現する。HER2 遺
伝子の増殖とタンパク質 の異 常発現は乳癌を進行する方向に進める。こ の二つの
miRNA は腫瘍抑制因子である。SKBR3(ErbB2 依存のヒト乳癌細胞)の miR-125a と
乳癌、卵巣癌、肺癌で最も削除される領域のひとつである染色体 11q23-24 に存在する
miR-125b の過剰発現は HER2 と HER3 の転写、タンパク質レベルを抑制し、それによ
って、足場依存的増殖、運動性、侵襲性を抑制した。しかし、この効果は HER2 から独立
している乳癌細胞株 MCF10A39 だけだった。
⑤ miR-200
TCF8 は E-カドへリンの転写リプレッサーであり、乳癌細胞の中で上皮の可塑性を制
御する。この RCF8 をターゲットとするのが miR-200c である。検出可能な内因性の
miR-200c の発現抑制した MDA-MA 231 株の乳癌細胞で miR-200c の過剰発現が見
られた。それは TCF8 の発現レベルを抑え、E-カドへリンの発現を復元し、細胞の形態を
変更した。
⑥ miR-335 miR-126 miR-206
母細胞と比較して、高い転移性を持つ癌細胞(BOM1: 骨への非常に転移性;LM2:
肺への転移性が高い)で比較的低い発現の miRNAs を識別した。BOM1 と LM2 細胞
の中で miR-335 miR-126 miR-206 の発現の回復はマウスの癌細胞の転移活性を抑制
し、また、癌細胞で miR-126 の過剰発現は細胞増殖を抑制し、miR-335 と miR-206 は
転移能を抑制した。そして、miR-335 と miR-206 の発現低下は転移能の活性化をもたら
した。miR-335 のターゲットとしてチロシンホスファターゼ(PTPRN2)、c-MER チロシン
キナーゼ(MERTK)、テネイシン C(TNC)、SRY-box 転写調節因子 4(SOX4)が同定さ
れ、TNC、細胞外液基質成分、SOX4 は転移に関わっている。
⑦ let-7-family
癌の幹細胞仮説によると、腫瘍を起こす細胞(T-IC)は癌の進行、転移、治療への抵
抗、再発に関係しているとされている。胸の T-IC(BT-IC) は CD44+CD24-/low を取り除く
ことによって量がふえる。(CD44、CD24 は細胞接着分子である。)
実験では CD44+CD24-/low が豊富な乳癌細胞株と移植された乳癌細胞を用いて行い、
BT-IC を常に抑制する miRNA として let-7family が発生した。これらの let-7family の
強制発現はモデルマウスで癌細胞の成長と転移能を形成する能力を減少させた。
⑧ miR-21
この miRNA は第Ⅳ章でも記述したとおり、乳癌に限らず多くの癌で異常発現が見ら
れている。
5 つの胸の腫瘍とそれに対応する正常細胞で比較したとき、157 個の miRNA の中で
miR-21 の腫瘍組織での発現が最も多かった。MCF-7 細胞での miR-21 のノックダウン
は細胞の成長を減少させ、アポトーシスを増加させマウス、異種移植腫瘍で腫瘍増殖を
17
抑制した。そこでこの分子機構を理解するために実験が行われた。miR-21 のあるなしに
関わらず、異種移植腫瘍でタンパク質の発現分析結果を比較することによって、プロテオ
ミクスを使う miR-21 のターゲットである腫瘍抑制因子トロポミオシン 1(TPM1)を特定した。
TPM1 はトロポミオシンのイソ型であり、乳癌細胞から得られた上皮細胞株から TPM1 が
発現しなかった。また、最近 miR-21 は PDCD4 と呼ばれるプログラムされた細胞死を引
き起こす腫瘍抑制遺伝子もターゲットであることがわかり、通常の乳房細胞と比べて
PDCD4 の発現は腺管癌では著しく減少する。
⑨ miR-10b
Iorio らは初期の乳癌で特異的に発現する 29 の miRNA のうち 8 個の miRNA の発
現を分析した。ヒト乳腺上皮細胞(HMECs)や MCF-10a 細胞、自然に不死化した乳癌
細胞を比べると、miR-155、miR-9、miR-10b は著しく増殖した。多くの乳癌で過剰発現
が見られる miR-155、miR-9 とは異なり、miR-10b は転移癌細胞にだけ過剰発現を起こ
した。また機能的な研究で miR-10b の過剰発現が細胞移動、腫瘍の浸潤の開始、試験
管での転移を促進することが証明された。
また転写調節因子 Twist は miR-10b の発現に関与していると考えられる。Twist の過
剰発現は浸潤性小葉癌に関連し、miR-10b のターゲットは転写調節因子のホメオボック
ス D10(HOXD10)である。つまり、niR-10b は HOXD10 に関係する翻訳を抑制する。
以上 9 個の miRNA を挙げて説明した。しかし、乳癌を含む癌は人により違いどの
miRNA が異常発現を起こして癌となるかは特定されていない。つまり、その癌を引き起
こす miRNA を特定することができれば、癌治療は効果的に行うことができるのではない
かと考えられる。今回参考にした論文では miR-21 と let-7 が重複していた。このことから、
単純ではあるが、この 2 つが今注目されているのではないかと考えられる。
9.乳癌の今後の治療の可能性 9) 10)
第Ⅵ章から miR-21 と let-7 の重要性が考えられる。そこでこの章では miR-21 につい
て、今後の治療の可能性を述べる。
miR-21 は、癌遺伝子として働き、腫瘍抑制因子である TPM1 をターゲットとして、癌
化へと導く。そこで、miR-21 により腫瘍形成を不活化させるのが、miRNA の 2-メチル化
と固定核酸オリゴヌクレオチドであり、これが、腫瘍形成を遅らせることができる。また、
miR-21 を抑制する anti-miR-21 に DNA トポイソメラーゼ阻害薬のトポテカンを加えるこ
とによって作用を増強することも報告されている。このことによって、miR-21 の発癌抑制
が一次化学療法に対する効果のうすい患者に有効であるかもしれない。
18
10.おわりに
RNA の機能は一般的に転写により、DNA から遺伝情報を読み取り、mRNA を作り、
そして翻訳を行い、タンパク質を合成することが知られている。しかし、mRNA だけでは
なく、遺伝情報の実体化に直接関与していないことから軽視されてきた ncRNA も、最近
の研究により様々な生理機能を有していることが明らかとなり、重要性が再認識されてい
る。その ncRNA の一つである miRNA は、癌の発現マーカーとして利用できる可能性が
指摘されており、癌遺伝子様の働きをもつ miRNA の発現増加や、癌抑制遺伝子様の働
きをもつ miRNA の発現低下が癌の発現に関与していることが示唆されている。乳癌に
おいて、いくつかの論文を読んだところ、miR-21 や let-7 といった miRNA が特に注目さ
れており、今後、癌の早期発見や治療に利用されていけばよいと考える。また、癌細胞は、
人によってあるいは、癌によってどの miRNA の異常発現が起こるかが異なっており、ま
だ治療法としては確立していないが、どの miRNA が関与しているかがわかれば、癌治
療は大きく進歩するのではないかと考えられる。今回の文献調査では、同じ miRNA が
重複して報告されているケースが多く認められたため、そのような miRNA が今後治療に
生かせたらと思う。
この論文で述べたのは、ほんの一部分であり、今現在たくさんの研究者が研究を重ね、
新たな論文が次々と発表されている。そこから、新たな miRNA の発見や、新たなターゲ
ットの発見があるかもしれない。その発見が新しい有効な癌治療や癌の早期発見へと発
展していくかもしれない。
卒業研究Ⅱでは実際に乳癌細胞の miRNA の異常発現を調べて論文にしていきたい
と考えている。
19
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