HER2と分子標的薬について

Labo Face
秋季号
豊田厚生病院 臨床検査技術科
~HER2 と分子標的薬について~
●はじめに
乳癌は女性において頻発する癌の 1 つです。わが国では乳癌と診断される女性は 1 年間に 4 万人にのぼって
います。乳癌は比較的予後の良い癌の一つであり、優れた検査方法や有効な治療手段が多いことから早期に
発見して適切な治療を受ければ、ほぼ完全に治すことができます。また、たとえ進行していても、病状に応
じた有効な治療手段があります。
今回は乳癌の有力な予後因子である HER2 遺伝子増幅/タンパク過剰発現やその分子標的薬について説明
します。
●HER2 遺伝子と HER2 タンパクとは?
17 番染色体の長腕にある HER2 遺伝子の産物である HER2 タンパクは human epidermal growth factor
receptor に属する増殖因子受容体であり、その細胞質側にチロシンキナーゼ活性領域を持つ膜貫通型タンパ
クです。HER2 タンパクは、正常な細胞にもわずかに存在し、細胞の増殖調節機能を担っていると考えられ
ていますが、過剰な発現や活性化によって細胞の増殖や悪性化に関わるとされています。
HER2 の最も重要な特徴は分子標的治療(ハーセプチン療法)との関係です。
●分子標的薬(ハーセプチン)とは?
分子標的薬とは、腫瘍細胞の増殖、浸潤、転移に関わる分子を標的として、腫瘍細胞の増殖を抑制するとと
もに、腫瘍の進展過程を阻害します。癌細胞に存在する特定の分子を攻撃するため、正常細胞はあまり打撃
を受けません。
ハーセプチン(和名トラスツズマブ)には、HER2 タンパクを狙って攻撃し、癌細胞の増殖を抑えたりする
働きがあります。ハーセプチンを投与するには HER2 検査を行い、陽性と診断されなければなりません。
ハーセプチンを使う目的や使用期間は患者様の病状により異なります。
① 早期乳癌(stageⅠ~ⅢA)で手術を予定しているとき
癌のしこりを小さくしたり、微小転移を撲滅するために術前化学療法の場合と術後化学療法の場合に使
用します。術前に使用し癌を小さくすることで乳房温存手術ができる可能性が高くなることもあります。
② 進行癌(stageⅢB)や炎症性乳癌のとき
癌に伴う症状を和らげるために使用します。癌が小さくなった場合、手術することもあります。
③ 遠隔転移しているとき
症状を和らげたり、症状がでるのを防ぐために使用します。癌の進行を抑えて生活できる時間を少しで
も長くすることが目的です。
近年では転移性乳癌だけでなく、術後補助化学療法の一つとしても使用が可能となり、その重要性がますま
す高まってきています。
●当院の HER2 陽性と診断される機序は?
癌細胞に HER2 タンパクがどのくらい発現しているかを調べる検査として、タンパクの量を調べる IHC 法
(免疫組織化学法)とタンパクのもととなる遺伝子の量を調べる FISH 法(蛍光 in situ ハイブリダイゼー
ション)があります。HER2 検査は原則として浸潤癌が対象として行われます。IHC 法で 2+のときは、FISH
法で再検査をします。
※出典 HER2 検査ガイド 第 3 版
FISH 法 equivocal はシグナル総数の比率が HER2/CEP17 比 1.8~2.2 となった場合は細胞数を増やして再
検査を行う。再度 equivocal となった際は従来どおり 2.0 以上を陽性とし、最終確定されます。
う
●HER2 検査の実際
乳癌は細胞膜全周
性に染まることが
必要です。4 段階の
陽性コントロール
切片を用いて染色
強度の精度管理を
しています。
① IHC 法の手順について
病理検査室で作製されるホルマリン固定パラフィン包埋組織(FFPE)を用います。
IHC 法と FISH 法ともに 48 時間以上ホルマリン固定されたものは適しません。
浸潤性乳癌の部分を含む FFPE を選択し、組織切片を作成します。
陽性は細胞膜が褐色に染まります。染色強度によって 0~3+の 4 段階に分類されます。
2+となった検体は FISH 法による増幅の有無を調べることが必要なため、外部委託しています。
② 当院の HER2 検査の統計情報について
過去 3 年間にさかのぼって、実績調査しました。
HER2 検査数 311 件の当院の IHC 法の分布と HER2 陽性率を算出しました。
50%
IHC 法と FISH 法
を合わせて陽性率
を出しています。
HER2陽性率
IHC法判定分布
100%
40%
80%
30%
60%
20%
40%
10%
20%
0%
0
1+
2+
3+
0%
陽性
陰性