平成 24 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ

平成 24 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ
論文題目
自然免疫と癌についての研究
Studies on Innate immunity and cancer
衛生化学研究室 4年
09P195 松原 涼
(指導教員:皆川 信子)
要 旨
免疫とは、自然免疫と獲得免疫の2つに大きく分けられる。
自然免疫(innate immunity)とは病原体やワクチンを含む外来異物に対して早期に
働く免疫反応のことで、主に好中球やマクロファージなどの貪食細胞や、補体の活性化
などからなる。それに対して、獲得免疫(adaptive immunity)は、T 細胞や B 細胞によ
って担われ、抗原提示細胞のマクロファージや樹状細胞が提示した抗原を、特異的に認
識してその排除に働く。
自然免疫の恒常性維持機能が明らかになるにつれ難治性疾患の多くが自然免疫シス
テムの応答不全であることが分かってきた。癌という自己由来の細胞は「自己由来である
から抗原応答が弱い」ほかに「PAMP 刺激がないから抗原応答が弱い」という仕組みが
明らかになっている。小さな癌のほとんどは、大きくなることなく死んでいく。これは、免疫
を担当する細胞が PAMP 刺激を介して癌を小さなうちに破壊するからである。しかし免疫
の力は、年齢を重ねていくにしたがって少しずつ衰える。がん細胞の増殖が免疫力を上
回った時、がん細胞は増殖を続け、やがて大きな腫瘍となる。
この癌細胞を治療するために、患者の免疫機能を活用し、注射1本で癌に立ち向かう
「免疫治療」という新たな治療法が最近注目されている。それは「癌ペプチドワクチン療
法」である。キラーT 細胞ががん細胞の表面の小さな蛋白質のかけらを見つけ、その蛋白
質を目印としてがん細胞を攻撃し、がん細胞を死へと追いやる。キラーT 細胞が見つけだ
すのは8~10個のアミノ酸でできた部分である。このごく小さな「ペプチド」は200種類以
上あると考えられている。ペプチドは人工的に合成することが可能で、体内に投与すると
ペプチドによって刺激を受けたキラーT 細胞が活性化し、さらに増殖してがん細胞を攻撃
するようになる。この性質を使って「がん」を排除(退縮)しようと考えられたのが癌ペプチド
ワクチンである。
この治療法には患者自身の細胞を利用するテーラーメイドの「免疫細胞治療」が採用さ
れており、3大療法に比べて副作用が格段に少ないため、患者はQOL(生活の質)を保
ちつつ癌との闘いを続けられると期待されている。今後研究が進み臨床応用が積み重ね
られ、様々なリスクが少ない医療を提供することが望まれる。
キーワード
1.自然免疫
2.癌
3.慢性炎症
4.ペプチドワクチン
5.PRR
6.抗原提示細胞
7.PAMP
8.DAMP
9.TAM
10. サイトカイン
11.樹状細胞
12.獲得免疫
13.CTL
自然免疫と癌
衛生化学研究室
図1 自然免疫の仕組み
09P195 松原 涼
図2 癌に対する免疫の働き
要 旨
免疫とは、自然免疫と獲得免疫の2つに大きく分けられる。
自然免疫(innate immunity)とは病原体やワクチンを含む外来異物に対して早期に働く
免疫反応のことで、主に好中球やマクロファージなどの貪食細胞や、補体の活性化など
からなる。貪食細胞などに発現する自然免疫受容体が細菌やウイルス由来の構成物を
認識することに伴って様々なサイトカインやケモカインが誘導され、炎症や発熱、免疫系
細胞の遊走などが惹起され、抗原非特異的な生体防御機構として機能する。それに対し
て、獲得免疫(adaptive immunity)は、T細胞やB細胞によって担われ、抗原提示細胞の
マクロファージや樹状細胞が提示した抗原を、特異的に認識してその排除に働く。
一般的な異物・微生物・自己以外の細胞などに対する無差別な排除は、免疫反応
の初期段階に行われる。自然免疫システムには、外部との障壁である皮膚や粘膜、
局部的にある抗菌性物質、そして好中球や単球(マクロファージ)による無差別攻撃な
どがある。好中球やマクロファージは、常に体の中を巡回して異物を見つけると直
ちに攻撃を加え、排除する。また排除しきれないものに対しては抗原提示細胞など
によって獲得免疫を賦活化させ排除することもある。
図3
樹状細胞とTAMを選別活性化するPAMPとDAMP
樹状細胞・TAMはPAMP/DAMPの認識受容体(PPRs)の種類と働く場所が異な
るとされており、それぞれを標的として細胞を活性化することで癌を抑制する
ことが可能になる。現在、これを応用して抗がん免疫を誘導し、がん浸潤を抑
制する治療法が研究されており、今後は免疫細胞のみを活性化状態にし、腫瘍
内に到達させ治療効果を上げることが期待されている。
図4
自然免疫活性化の主な要因
自然免疫の恒常性維持機能が明らかになるにつれ難治性疾患の多くが自然免疫シス
テムの応答不全であることが分かってきた。感染症,代謝疾患,アレルギーに加え、発癌
もその中の一つで複雑な分子背景のもとに成立するとされている。これらの難治性疾患
は共通して慢性炎症が基盤にあるとされ、自然免疫の破綻に起因するとされている。自
然免疫とはPAMPとPRRの分子間応答が抗原とともに提供されてはじめて獲得免疫応答
が起動することである。癌という自己由来の細胞は「自己由来であるから抗原応答が弱
い」ほかに「PAMP刺激がないから抗原応答が弱い」という仕組みが明らかになっている。
身体の中で作られる4,000~6,000個もの異常細胞が、「小さな癌」とされている。小さな癌
のほとんどは、大きくなることなく死んでいく。これは、免疫を担当する細胞がPAMP刺激
を介して癌を小さなうちに破壊するからである。しかし免疫の力は、年齢を重ねていくにし
たがって少しずつ衰える。また、発がん物質といわれるものを知らず知らずのうちに取り
込んでいたり、不規則な生活習慣を続けていくうちに免疫細胞は活性化されなくなり、そ
の力も弱まっていく。がん細胞の増殖が免疫力を上回った時、がん細胞は増殖を続け、
やがて大きな腫瘍となる。こうして出来た癌細胞は、炎症の環境修飾も加わり、加速的に
身体のあちこちに転移・浸潤していく。
この癌細胞を治療するために、癌を切除する「外科手術」、抗癌剤などの薬による「化学
療法」、放射線で癌細胞を殺す「放射線治療」という3大療法が今までとられてきた。これ
らの技術は格段に進歩したが、癌根絶の夢がかなったとはとても言えないのが現状であ
る。だが最近、患者の免疫機能を活用し、注射1本で癌に立ち向かう「免疫治療」という新
たな治療法が注目されている。それは「癌ペプチドワクチン療法」である。そもそも人の身
体の中で、免疫の中心を担当するのはリンパ球で、このリンパ球のうち、キラーT細胞(細
胞傷害性Tリンパ球、CTLとも呼ばれる)などが中心になって「がん」に抵抗している。キラ
ーT細胞ががん細胞の表面の小さな蛋白質のかけらを見つけ、その蛋白質を目印として
がん細胞を攻撃し、がん細胞を死へと追いやる。この目印となる小さな蛋白質が抗原とな
り、キラーT細胞はこの抗原中のごく小さな断片を見つけだす。キラーT細胞が見つけだ
すのは8~10個のアミノ酸でできた部分である。このごく小さなたんぱく質の断片を「ペプ
チド」と呼び、キラーT細胞ががん細胞を排除する時の目印となる「ペプチド」は200種類
以上あると考えられている。この小さなペプチドは人工的に合成することが可能で、体内
に投与すると、ペプチドによって刺激を受けたキラーT細胞が活性化し、さらに増殖してが
ん細胞を攻撃するようになる。この性質を使って「がん」を排除(退縮)しようと考えられた
のが癌ペプチドワクチンである。
この治療法には患者自身の細胞を利用するテーラーメイドの「免疫細胞治療」が採用さ
れており、3大療法に比べて副作用が格段に少ないため、患者はQOL(生活の質)を保
ちつつ癌との闘いを続けられると期待されている。日本ではまだ臨床試験の段階であり、
臨床試験の結果、前立腺癌、脳腫瘍、子宮頚癌、大腸癌などで「がん」が半分以下に縮
小した症例が複数報告されている。また、ペプチドワクチン投与により、長期間「がん」の
進行が抑えられ、より長い生存期間を得られた症例が見られたとの報告もある。だが、い
くら副作用が少ないと言っても投与部位の発赤や腫れ、全身のだるさ、長期投与による
投与部位のしこり、また他の薬物との相互作用、併用禁忌についても未だに問題が山積
みであるため、今後研究が進み臨床応用が積み重ねられ、様々なリスクが少ない医療を
提供することが望まれる。
図5
パターン認識レセプター(PRR)は外因性・内因性という異なる様式で樹状細胞
を成熟化し,外因性認識が樹状細胞にNK細胞,細胞傷害性T細胞(CTL)を誘導さ
せることが判明した。外来抗原はcross-presentationという機構でclassI提示され,
PRRシグナルはそのために必須である.
外因性認識とは,非感染(免疫)細胞が抗原とパターン分子を外から取り込み,
それによって免疫細胞が活性化する様式である。外因性認識はサイトカインの過剰
誘導や感染の樹状細胞障害なしに免疫系を起動できる長所がある。
内因性認識とは,細胞内で増殖した微生物のパターン分子を,同じ細胞内のPRR
が認識する様式である。
参考文献
1) 青枝大貴,石井 健;Drug Delivery System,27巻, 19-27 (2012)
2) 瀬谷 司,押海裕之,志馬寛明,松本美佐子;実験医学,29巻,111-118 (2011)
3) 瀬谷 司,志馬寛明,松本美佐子;実験医学,27巻,2194-2200 (2009)
4) 瀬谷 司;化学と生物,43巻,782-787 (2005)
5)がんペプチドワクチンの臨床試験
http://www.hosp.tohoku.ac.jp/cc/cop/images/pdf/zu2.pdf
6)免疫が切り拓く「がん治療」最前線
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2012/04/post-2514.php
ペプチドワクチンの作用機序
がん患者の大多数は免疫力が落ちている
ので、免疫力を高め、リンパ球などの白血
球にがん細胞だけを認識させ、攻撃させる
というのが癌ペプチドワクチンの目的であ
る。
つまり、癌ペプチドワクチンとは、がん
細胞片(抗原)の表面にあるタンパク質に対
し、患者一人一人のがん細胞片に対する特
異的なタンパク質の一部(ペプチド)だけ
を調べ、それを増殖させることにより、
CTL(細胞障害性T細胞)がペプチドを認識
し、活性化・増殖を経て、がん細胞に直接
攻撃する。この機序で「がんワクチン」を
投与することにより的確に癌細胞を攻撃す
ることが可能になるとともに、患者自身に
対する副作用の軽減も期待されている。