マトリックスの影響によるナトリウム定量性の検討

群馬県立産業技術センター研究報告(2013)
マトリックスの影響 によるナトリウム定 量 性 の検 討
高橋仁恵・木村紀久・河合貴士*
Study on accuracy for quantitative analysis of sodium under the influence of matrixes
Hitoe TAKAHASHI, Norihisa KIMURA, and Takahito KAWAI
食 品 の ナ ト リ ウ ム 分 析 法 と し て 推 奨 さ れ て い る 原 子 吸 光 光 度 計 に よ る 絶 対 検 量 線 法 (現
行 法 )の 妥 当 性 を 検 討 し た 。濃 度 既 知 の 疑 似 サ ン プ ル に つ い て 現 行 法 で 分 析 し た 結 果 、測 定
試 料 中 に カ リ ウ ム が ナ ト リ ウ ム の 50 倍 存 在 し て も 疑 似 サ ン プ ル の ナ ト リ ウ ム 調 製 濃 度 と
概ね合致しており、正確な分析値が得られやすいことを確認した。また繰り返し試験、添
加回収試験の結果から精度良く分析できること、さらに検量線用の標準溶液の調製が比較
的簡易であることなどの点から現行法は食品中のナトリウム分析法として妥当性があると
判断した。
キーワード:ナトリウム、原子吸光光度計、絶対検量線法
The absolute calibration curve method by atomic absorption spectrometer(AAS) that
is used for analysis of sodium in foods was investigated. It was confirmed that the
concentrations of sodium in the prepared samples having the concentrations of
potassium which are 50 times as high as that of sodium were quantified with sufficient
accuracy. In repeating tests and recovery tests, food samples were analyzed by the
method with good accuracy. In addition, prepar ation of standard solutions in the
method is easier than the other methods. Therefore, it was suggested that the method
was appropriate for analysis of sodium in foods.
Keywords : Sodium in foods, Atomic absorption spectrometer, Absolute calibration
curve
1.
はじめに
測定試料中に多量のカリウム又はカルシウム
が存在する場合に干渉効果によってナトリウ
食品の栄養成分表示をする際は、栄養表示
ム分析値が真値から離れる可能性がある。 2 )
基準によりナトリウムの表示が義務づけられ
対策として、共存する元素をサンプル測定試
ており、当センターへも栄養成分分析と同時
料と同程度の濃度となるよう標準溶液に添加
にナトリウム分析の依頼が多い。また、消費
する外部標準法・マトリクスマッチング法、
者庁では全ての加工食品についてナトリウム
サンプル測定試料中に測定対象元素の標準試
を含む栄養成分表示を義務づける改正案が検
料を添加する内部標準法・標準添加法、干渉
討されており、施行が決定するとナトリウム
抑制剤(CsCl など)を添加する方法が用いら
の分析依頼が増加すると予想されている。
れる。 2 ) 食品は一般に重量比においてナトリ
当センターで行っている食品中のナトリウ
ウムの 1~100 倍量のカリウムを含むものが
ム分析は、日本食品標準成分表分析マニュア
多いため、現行法で得られたナトリウム分析
ル
1)
で推奨されている原子吸光光度計(AAS)
を 用 い た 外 部 標 準 法 ・絶 対 検 量 線 法 で 行 っ て
きた。AAS を用いたナトリウムの分析では、
バ イ オ ・ 食 品 係 、 *材 料 技術 係
値はカリウムの干渉効果により信頼性の低い
ことが懸念される。
そこで本研究は、外部標準法・マトリックス
マッチング法および内部標準法・標準添加法
た。測定条件は、プラズマ出力 1400W、キャ
を用いて、AAS によるカリウム存在下におけ
リ ー ガ ス 流 量 13.0L/min 、 補 助 ガ ス 量
るナトリウム分析結果を比較することで、現
1.0L/min、冷却ガス量 1.0L/min、原子発光観
行法である AAS による外部標準法・絶対検量
測方向 Axial とした。
線法の妥当性を検討することを目的とする。
イオンクロマトグラフは、日本ダイオネク
さらに 1 回の分析で多くの成分が同時に分析
ス社製イオンクロマトグラフ DX-120 を用い
できる誘導結合発光プラズマ分析装置(ICP-A
た。カラムは IonPacCS14(4mm I.D.×250mm,
ES)、およびイオンクロマトグラフによるナ
日本 ダイ オ ネク ス社 製 )を 用 い、 溶 離液 は
トリウム分析も行い、簡易でかつ信頼性の高
10mM メタンスルホン酸、流速 1.0ml/min とし
いナトリウム分析法についても検討する。
てサプレッサーを使用して電気伝導度検出器
により検出を行った。
2.
試験方法
2.3
検量線方の検討
外部標準法・絶対検量線法、外部標準法・
2.1
試料
AAS による食品中のナトリウム分析では、
測定試料中のナトリウム濃度を 1~10mg/L
の範囲になるように調製し、測定を行って
いる。前述のように食品中のカリウムはナ
トリウムの 1~100 倍含まれるケースが多
いことを考慮し、原子吸光分析用標準試薬
(関東化学株式会社製)を用いて疑似サンプ
ル A (ナ ト リウ ム 5mg/L カ リ ウ ム 25mg/
L)、疑似サンプルB(ナトリウム 5mg/L カ
リウム 250mg/L)を調製し、分析に供した。
また、食品サンプルはタマゴ、カキナ(アブ
ラナ科の野菜)、タマネギ、レタス、豆腐、
生鮭、トマトソース、味付け蒟蒻を凍結乾
燥し、日本食品標準成分表分析マニュアル
1)
に従って希酸抽出法で抽出した溶液を分
析に供した。なお、AAS、ICP-AES による分
析は 1%塩酸酸性で、イオンクロマトグラフ
による分析は 0.1%塩酸酸性で試料の調製を
行った。ICP-AES およびイオンクロマトグ
ラフによる分析試料はいずれも 0.45μm の
メンブランフィルターでろ過したものを分
析に供した。
2.2 装置
AAS は、島津製作所製 AA-6300 を用い、光
源には浜松ホトニクス製ホロ-カソ-ドラン
プを使用した。測定条件は燃料ガス流量 1.8L
/min の空気アセチレンフレームを長さ 10 ㎝
とし、バーナー角度 45°、ランプ電流 12mA、
スリット幅 0.2nm として 589.0nm の吸光度を
測定した。
ICP-AES は、AMETEK 社製 CIROS-120 を用い
マトリックスマッチング法、内部標準法・標準
添加法について比較検討するため、次に示す
標準溶液を調製し、各試料のナトリウム分析
を行った。
2 . 3 . 1 外 部 標 準 法 ・ 絶 対 検 量 線 法 (以
下、絶対検量線法)
ナトリウムのみの標準溶液を 1~10mg/L の
範囲で調製し、検量線を作成後、試料のナト
リウム分析を行った。
2 . 3 . 2 外 部 標 準 法 ・マ ト リ ッ ク ス マ ッ
チング法(以下、MM 法)
表1に示す 2 種類の標準溶液、即ち 25mg/L
カリウム溶液にナトリウムが 1、2、5、10mg/L
含 ま れ る 標 準 溶 液 (カ リ ウ ム 25mg/L 標 準 溶
液)、および 250mg/L カリウム溶液にナトリウ
ムが 1、2、5、10mg/L 含まれる標準溶液(カリ
ウム 250mg/L 標準溶液)を調製し、検量線を作
表1 外部標準法・マトリックスマッチング法に用いる標準溶液
カリウム25mg/L標準溶液 カリウム250mg/L標準溶液
ナトリウム(mg/L)
カリウム(mg/L)
1
2
5
10
25
1
2
5
10
250
成後、試料のナトリウム分析を行った。
2.3.3内部標準法・標準添加法(以下、
標準添加法)
試料にナトリウム標準液をそれぞれ
1,2,5,10mg/L に な る よ う 添 加 し て 調 製 し た
溶液により検量線を作成し、各サンプルのナ
トリウム含有量を算出した。
2.4
AAS による絶対検量線法を用いた
食品サンプルの繰り返し試験
タマネギ、レタス、豆腐、生鮭、トマトソ
あることから ICP-AES によるナトリウム分析
ース、味付け蒟蒻について AAS による絶対検
は、標準溶液のカリウム濃度とサンプルのカ
量線法を用いて、それぞれ6回ずつナトリウ
リウム濃度を合致すよう調製する必要がある
ム分析を行い、それぞれの試料について標準
と推測された。
偏差、変動係数を算出した。
2.5
以上の結果から、現行法である AAS を用い
AAS による絶対検量線法を用いた
た絶対検量線法による分析値は、重量比にお
食品サンプルの添加回収試験
いてカリウムがナトリウムの 50 倍存在して
凍結乾燥後のタマネギ、トマトソースにナ
も概ね疑似サンプルのナトリウム濃度 5mg/L
トリウムの原子吸光分析用標準試薬を添加し
と合致しており、正確な分析値が得られる方
た試料を調製した。それらについて AAS によ
法と考えられた。また、検量線用の標準溶液
る絶対検量線法を用いたナトリウム分析を行
調製も比較的簡易であることから有効な分析
って、添加回収試験を実施し、その差し引き
法であると推察された。ICP-AES によるナト
回収率を算出した。
リウム分析は、測定試料のカリウム濃度に影
響されやすいため、標準溶液のカリウム濃度
3.結果および考察
とサンプルのカリウム濃度を合致するよう調
製することが必要だと推察された。イオンク
3.1
疑似サンプル分析結果
AAS、ICP-AES、イオンクロマトグラフによ
り疑似サンプルA、Bについて分析した結果
を表2に示す。
ロマトグラフによるナトリウム分析値は、概
ね疑似サンプルのナトリウム濃度 5mg/L と合
致することがわかった。
3.2
疑似サンプルA、Bともに AAS によるナト
AAS による外部標準法・絶対検量
線法を用いた食品サンプルの繰
リウム分析値はいずれの検量線を用いても概
り返し試験
ね疑似サンプルのナトリウム濃度 5mg/L と合
タマネギ、レタス、豆腐、生鮭、トマトソ
致した。また疑似サンプルA、Bともにイオ
ース、味付け蒟蒻について AAS による絶対検
ンクロマトグラフによるナトリウム分析値は
量線法を用いて、それぞれ6回の繰り返し分
いずれの検量線を用いても概ね疑似サンプル
析を行い、それぞれの試料について標準偏差、
のナトリウム濃度 5mg/L と合致した。
変動係数を算出して表3に示す。いずれの試
ICP-AES による分析結果は、疑似サンプル
Aの場合は MM 法(カリウム 250mg/L 標準溶液)
によるナトリウム分析値が疑似サンプルのナ
料 も 変 動 係 数 が 1%以 下 と 良 好 な 結 果 で あ っ
た。
3.3
AAS による外部標準法・絶対検量
トリウム濃度 5mg/L よりも低く、疑似サンプ
線法を用いた食品サンプルの添
ルBの場合は絶対検量線法、MM 法(カリウム
加回収試験
25mg/L 標準溶液)によるナトリウム分析値が
タマネギとトマトソースについて添加回収
疑似サンプルのナトリウム濃度 5mg/L よりも
試験を実施し、差し引き回収率を算出して表
高かった。これはサンプルのカリウム濃度と
4に示す。いずれの食品も差し引き回収率
標準溶液のカリウム濃度が大きく異なり、そ
85.5~108.8%であり、概ね良好な結果であっ
の影響があったと考えられる。しかし、疑似
た。
サンプルAの場合は絶対検量線法、MM 法(カ
リウム 25mg/L 標準溶液)、標準添加法による
以 上 の 結 果 か ら AAS に よ る 絶 対 検 量 線 法
ナトリウム分析値が、疑似サンプルBの場合
(現行法)は、重量比においてカリウムがナト
は MM 法(カリウム 250mg/L 標準溶液)、標準添
リウムの 50 倍存在していても正確な分析値
加法によるナトリウム分析値が疑似サンプル
が得られ、また繰り返し試験や添加回収試験
のナトリウム濃度 5mg/L と概ね合致した。こ
の結果から精度良く分析可能であることから
れらはいずれもサンプルのカリウム濃度と標
食品中のナトリウム分析方法として妥当性が
準溶液のカリウム濃度が合致していた場合で
高いと判断した。
表2
疑似サンプルのナトリウム分析結果
疑似サンプルA(Na5mg/L K25mg/L)
外部標準法・絶対検量線法(現行法)
外部標準法・マトリックスマッチング法(K 25ppm標準溶液)
外部標準法・マトリックスマッチング法(K 250ppm標準溶液)
内部標準法・標準添加法
AAS
5.0
4.8
4.7
5.6
(mg/L)
ICP-AES イオンクロマトグラフ
5.3
5.1
4.9
-
3.7
-
4.8
4.9
AAS
4.9
4.7
4.6
5.6
(mg/L)
ICP-AES イオンクロマトグラフ
6.8
5.1
6.6
-
4.9
-
5.1
5.0
疑似サンプルB(Na5mg/L K250mg/L)
外部標準法・絶対検量線法(現行法)
外部標準法・マトリックスマッチング法(K 25ppm標準溶液)
外部標準法・マトリックスマッチング法(K 250ppm標準溶液)
内部標準法・標準添加法
表3 食品サンプルの繰り返し試験結果
カリウム(mg/100g)
ナ
1回目
ト
2回目
リ
3回目
ウ
4回目
ム
5回目
(mg/100g)
6回目
標準偏差
変動係数
タマネギ
130
0.8
0.8
0.8
0.8
0.8
0.8
0.008
0.010
表4
レタス
540
11
10
10
10
10
10
0.33
0.032
トマトソース
表5
生鮭
630
92
88
77
78
81
85
5.7
0.069
トマトソース
270
860
850
800
790
800
820
29
0.035
味付け蒟蒻
78
860
840
800
800
790
800
28
0.034
ナトリウムの添加回収試験
添加量(mg/100g)
タマネギ
豆腐
250
21
21
21
21
21
21
0.25
0.012
2.13
4.22
96.32
387.57
差し引き回収率(%)
1回目
2回目
平均
100.7
101.2
101.0
109.0
108.7
108.8
81.0
90.0
85.5
92.4
95.5
93.9
食品サンプルのナトリウム分析結果
タマゴ(K 110mg/100g)
外部標準法・絶対検量線法(現行法)
外部標準法・マトリックスマッチング法(K 25ppm標準溶液)
外部標準法・マトリックスマッチング法(K 250ppm標準溶液)
内部標準法・標準添加法
AAS
130
120
120
150
(mg/100g)
ICP-AES イオンクロマトグラフ
130
140
120
-
91
-
130
140
AAS
7
6
6
6
(mg/100g)
ICP-AES イオンクロマトグラフ
8
5
8
-
6
-
5
6
カキナ(K 400mg/100g)
外部標準法・絶対検量線法(現行法)
外部標準法・マトリックスマッチング法(K 25ppm標準溶液)
外部標準法・マトリックスマッチング法(K 250ppm標準溶液)
内部標準法・標準添加法
3.4
AAS、ICP-AES、イオンクロマトグ
ラフにより食品サンプルの分析
法を検討した。
2.AAS による外部標準法・絶対検量線法(現
AAS、ICP-AES、イオンクロマトグラフによ
行 法 )で 得 ら れ た 疑 似 サ ン プ ル の ナ ト リ
り食品サンプルとしてタマゴ、カキナについ
ウム分析値は、測定試料中に重量比にお
て分析した結果を表 5 に示す。
いてカリウムがナトリウムの 50 倍存在し
タマゴのカリウム含有量は、AAS で分析し
ても疑似サンプルの調製濃度 5mg/L と概
た結果 110mg/100g で、ナトリウム含有量と大
ね合致しており、正確な分析値が得られ
きく異ならないことから、測定試料中のナト
やすいこと、また繰り返し試験、添加回
リウム濃度とカリウム濃度はほぼ同じである。
収試験の結果から精度良く分析できるこ
AAS、イオンクロマトグラフによるナトリウム
と、さらに検量線用の標準溶液の調製が
分析値は、大きな差異はなかった。ICP-AES
比較的簡易であることなどの点から食品
による MM 法(カリウム 250ppm 標準溶液)を用
中のナトリウム分析法として妥当性が 高
いたナトリウム分析値はやや低めであった。
いと判断した。
これはサンプル測定試料中のカリウム濃度と
3.ICP-AES により得られたナトリウム分析
標準溶液のカリウム濃度が大きく異なったた
値は、測定試料中のカリウム濃度がナトリ
め、ナトリウム分析値に影響があったと考え
ウム分析値に影響されやすいので、測定試
られる。
料のカリウム濃度と標準溶液のカリウム
カキナのカリウム含有量は、AAS で分析し
た結果 400mg/100g で、測定試料中のカリウム
濃度はナトリウム濃度の約 60 倍存在してい
濃度を合致するよう調製することが必要
であると推察された。
4.イオンクロマトグラフによる疑似サンプ
たが、AAS、ICP-AES、イオンクロマトグラフ
ルのナトリウム分析値は、疑似サンプルの
によるナトリウム分析値はいずれも大きな差
ナトリウム濃度 5mg/L と概ね合致したが、
異はなかった。イオンクロマトグラフによる
カキナのようにアンモニア含有量の多い
分析は、カキナのようにアンモニア含有量の
サンプルを分析する場合、ナトリウムイオ
多い試料の場合、ナトリウムイオンのピーク
ンのピークに隣接するアンモニウムイオ
に隣接するアンモニウムイオンのピークが大
ンのピークが大きいためナトリウムイオ
きいためナトリウムイオンのピークと重なり、
ンのピークと重なり、正確な分析は難しい
正確な分析は難しいと推察された。
と推察された。
以上の結果から ICP-AES による食品のナト
リウム分析値も、疑似サンプルのナトリウム
分析値と同様に試料に含まれるカリウム濃度
から影響を受ける場合もあることがわかっ
た。
4.まとめ
1.食品のナトリウム分析法として当センタ
ーで用いている AAS による絶対検量線法
(現行法)の妥当性を検討するために、濃度
既知の疑似サンプルと食品サンプルにつ
いて AAS により外部標準法・マトリックス
マッチング法、内部標準法・標準添加法を
用いてナトリウム分析を行った。また、I
CP-AES、イオンクロマトグラフでも同様の
分析を行って簡便、かつ信頼性高い分析方
文
献
1)文部科学省、科学技術・学術審議会、資
源調査分科会食品成分委員会編「五訂増補
日本食品標準 成 分表分析マニ ュア
ル」,p263-264(2005)
2)JIS K0102 工場排水試験方法,p194-197
(2013)