工学倫理第7回講義資料

2015/11/15
第7章 倫理実行の手法
工学倫理
第7回
モラル問題(=倫理問題)を解決する手法で
ある。技術者倫理は、アメリカで発展する間に、
情緒的なモラル論や観念的な倫理と違い、モラ
ル問題を解く理性的な方法を備えるようになっ
た。
7.1 QCサークル活動は業務か
7.2 争点を明らかにする
7.3 モラルに従う判断の方法
7.4 決疑論の方法
7.5 日本の公務員倫理法
7.6 まとめ
教科書:技術者の倫理入門 第四版
杉本泰治 高城重厚 著
杉本泰治,高城重厚
第7章 倫理実行の手法
工学倫理 第7回
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工学倫理 第7回
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7.1 QCサークル活動は業務か-2
7.1 QCサークル活動は業務か-1
• トヨタ残業問題
労災保険(労働者災害補償保険)
業務上の事由(理由)、通勤
労働者の負傷や疾病 ⇒ 保険が給付される
・裁判所の判断
2002年 トヨタ自動車堤工場
内野健一さん(当時30歳)⇒急死
豊田労働基準監督署 労災を認めず
妻の博子さん、処分取り消しを求めて提訴
2007年 名古屋地裁
死亡は業務に起因、不支給処分を取り消す。
業務外=創意くふう提案、QCサークル活動
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工学倫理 第7回
⇒事業活動に直接役立つ性質=業務と判断
2000年1月 班長に当たるエキスパート(EX)に昇格
倒れる直前1ヶ月の時間外労働時間は106時間45分
107時間÷25日≒4時間/日
実際は土日や有給休暇もつぶして資料作成など、サー
ビス残業をしていたとされる。
量的・質的に過重な業務に従事⇒疲労を蓄積
災害直前に強い精神的ストレス⇒心停止発症の原因
2002年2月9日午前4時20分
残業中に不整脈で倒れて死亡
トヨタ 創意くふう提案、月2時間を超えるQCサーク
ル活動
⇒自発的活動とみなして、残業代も支給せず。
裁判所 QC活動を業務と認定した理由
①会社紹介のパンフに積極的に評価して取り上げている。
②上司が審査し、その内容が業務に反映される。
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工学倫理 第7回
2007年12月 国が控訴を断念、一審判決が確定。
7.1 QCサークル活動は業務か-3
7.1 QCサークル活動は業務か-4
トヨタの決断
2008年5月21日
「カイゼン」活動など
⇒残業代を全額払うことを決定。
月2時間までとする残業代の上限を撤廃する。
自主的な活動⇒業務と認定 労働組合も了承
自主的な活動⇒業務と認定、労働組合も了承。
6月1日から実施する
自動車・電機などの製造業を中心に
国内で3万以上のQCサークルが活動
業務か?自主活動か? 線引きが不明確
トヨタ 明確な業務と位置づけ
残業代を全額払う
⇒総額人件費の増加は避けられない(幹部)
QCに対する全員参加の意識が薄れ、一部の従業
員の負担が増す。
活動を簡素化し、月2時間以内にする方針
QCサークルは、国内だけで5千前後はある。
方針を徹底させ、労働時間短縮が可能か?不透明
工学倫理 第7回
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7.1 QCサークル活動は業務か-5
7.1 QCサークル活動は業務か-6
・他の企業も倣う
トヨタ QC活動
⇒ 自宅に持ち帰って内容を詰める例もあり、不透明
と指摘されてきた業務範囲の線引きには課題も残る。
QC以外にも、判断の難しい自主活動が多い。
創意くふう提案、役職交流会
労使の 体感 会社への忠誠心を育成する
労使の一体感、会社への忠誠心を育成する。
業務とすることを決断。
会社と社員との関係⇒ドライになる傾向
産業界 トヨタに倣いQCを業務とする動きが広がるこ
とも予想される。
世界的な景気変調で企業の競争が激化するなか、
業務の線引きを明確にする一方で、労使の一体感
を高める工夫が求められる。
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7.1 QCサークル活動は業務か-7
生活の智恵で解決
労働時間以外は、自分ために使う権利
会社への忠実義務 ⇔ 家族に対するサービス
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• 三つの争点
解決又は争われている問題=争点 次の三つが
ある。
事実関係
の争点
モラル
問題
適用上
の争点
概念上
の争点
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7.2 争点を明らかにする-2
(1)事実関係の争点
• 事実の分析
モラル問題に取り組む場合
大切なのは、事実を分析、事実をつかむこと。
事例研究:しばしば新聞記事を使用
一般市民が関心をもちそうな情報を伝えようとする
般市民が関心をもちそうな情報を伝えようとする
。
記事を読んで、書かれていることを分析。
科学技術的な事実、法的な事実、倫理的な事実を見
分ける
自分のモラル問題も同じ
とりまく状況を観察し、分析して、事実を見分ける。
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工学倫理 第7回
工学倫理 第7回
二つの立場 ↓↑
7.2 争点を明らかにする-1
②線引き問題
業務なのか、自主的な活動なのか、線引きが
不明確。
残業代など、業務の線引きを明確にする必要
がある。
残業代の上限を撤廃し、全額を支払うように
しても、線引き問題は残る。
“会社の門を出たら業務のことはすっかり忘
れる”というわけにはいかない。
どこまで業務=残業とするか、線引きが難し
い。
合理的な線引きを助ける雰囲気や風土を育て
る方向づけが必要。
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• 残業の倫理問題
労災保険の問題⇒法律上の問題
残業代の問題⇒法律と倫理の問題
①利益相反
従業員 労働時間は、会社のために働く義務
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7.2 争点を明らかにする-3
• 関連事実
事実がすべて争点に関係があるわけではない。
第4章第5話(前出57頁、ジェラルドの話)
注目した課題に関連のないこと
父の年齢、母の名前、ワール農場の作物
注目した課題に関連のあること=関連事実
有機農法、殺虫剤に反対、地域で有名
事実関係の争点
事実が明らかになると⇒解決する場合がある
ある製品の特性値が規制値を超えているか?(事実関係)
ある農薬が実際に害を及ぼしているか?
・・・・短期的な調査では断定できない
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→事実関係の争点として残る。
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7.2 争点を明らかにする-5
7.2 争点を明らかにする-4
トヨタ事例分析(1)-事実関係の争点
労災の問題、残業代の問題、トヨタ側と遺族
側に不一致はない。
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7.2 争点を明らかにする-6
7.2 争点を明らかにする-7
(3)適用上の争点
用語の定義一致しても
⇒個々の状況への適用が一致しないことがある。
例えば「盗み」
概念は一致しても、盗みといえない場合がある。
窃盗罪で罰するか?懲役を何年にするか?
概念が一致しても、適用に不一致が生じる
⇒もう一度、概念を検討し直したり、
別の概念を選んで適用する場合もある。
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• 行為理論と規則理論
倫理の規範は人が作る:十戒、五倫など
人間関係は複雑⇒細々とした規範は無理
人が作るので、全ての規範が正しいとは限らない。
人がモラルにしたがうときの判断方法は、次の二つ
行為理論
行為ごとに、自分のモラルの意識で判断する方法
規則理論
行為の類型ごとに規則を作り、それを順守する方法
ある場合には前者が、ある場合は後者が適する。
両者が相まって人はモラルと倫理に則した判断をする。
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トヨタ事例分析(3)-適用上の争点
規範に不一致はなかったが、適用に不一致。
監督署:業務外=労災保険不支給
遺 族:業務内=支給すべき←裁判所が支持
トヨタ:QC活動の残業代2時間のみ⇒上限撤廃
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7.3 モラルに従う判断の方法-2
7.3 モラルに従う判断の方法-1
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(2)概念上の争点
モラル上の不一致?⇒よく検討すると
⇒用語の定義についての不一致
用いる規範についての不一致⇒概念上の争点
概念を定義し直したり、
規範を選び直すこと
⇒ 一致につながる
例えば、「公衆」の定義(マイケル・デービスの説)
第1 公衆=あらゆる人を含む。
第2 公衆=技術者の活動によって脅かされる人。
第3 よく知らされていないのに影響を受ける人。
トヨタ事例分析(2)-概念上の争点
業務災害=労災、時間外労働=残業代、
これらの規範については一致
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• 対話による解決
モラル上の不一致
解決を必要とするのは、通常、同じコミュニティ
例)同じ企業の経営者と技術者の間の不一致の問題
外部へ持ち出す場合は、警笛ならし⇒第12章で学習
例えば “企業は悪”という目で見る評論家
例えば、“企業は悪”という目で見る評論家
∴攻撃的な姿勢で批判する。
対話とは相いれない争論⇒モラル問題には適さない
人間関係のタイプ
同胞関係と敵対関係(53頁参照)がある。
同胞関係=対話が無駄に終わらない関係
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倫理では一致しなくても、対話する努力が大切。
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7.4 決疑論の方法-1
7.4 決疑論の方法-2
• モラル問題の二つのタイプ
技術者の出会うモラル問題
線引き問題と相反問題の二つのタイプがある。
解決に決疑論の方法を用いる手法
=ハリスらの優れた業績
決疑論
の方法
線引き問題
相反問題
図7.2
多数の選択肢
モラル問題の二つのタイプ
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7.4 決疑論の方法-3
•二分観とスペクトル観
二分観(不連続)
悪
善
上図のように,正しいことと不正なことが明瞭なら
容易に不正を回避できる。
スペクトル観 悪
善
実際には 上図のように スペクトルの両極の間に
実際には、上図のように、スペクトルの両極の間に
悪から善へと連続する灰色域がある。
自分がしようとしていることが、正しい域にあるの
か不正な域にあるのか、はっきり決められなくてため
らう、あるいは、いくつかの選択肢がある場合
⇒正しい域に入るのはどこまでか判断に迷う。
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• 線引き問題(Line-drawing problem)
モラル問題は、一本のスペクトル上にある。
明らかに正しい行為
明らかに不正行為
(=善
(=悪い)
問題の解決に確信がもてないのは、
自分がしようとする行為に確信がもてないから。
明らかに正しいほうか?明らかに不正なほうか?
• 相反問題
二つ(またはそれ以上)の相反するモラル上の責
務の間、または、相反する行動の仕方の間で選択を
迫られる問題。利害関係の相反について説明(61頁)
多数の選択肢がある場合、線引き問題として解決
可能。
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7.4 決疑論の方法-4
• 決疑論の利用
線引き問題の解決方法⇒決疑論
与えられた事例を参考事例と比較して決める
モラル的に許容される事例=肯定的事例C+
モラル的に許容されない事例=否定的事例Cその間に中間的な疑問事例=C1~C4を並べる
良い事と悪い事の間に線を引いて判断する
否定的
肯定的
模範事例
模範事例
CC1
C2
C3
C4
C+
図7.4 線引き問題を解決する決疑論の方法
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表7.1 疑問事例のスペクトル(1/2)
表7.1 疑問事例のスペクトル(2/2)
C1.店舗に押し入り、3,000ドルの商品をもち去
る。
C2.だれかの車を“借り”て返さない。
C3.だれかが鍵をかけ忘れた自転車を持ち去る。
C4.勤務時間内に君が会社のためにコンピュータ
勤務時
が
ピ
プログラムを開発し、その後、著しく改善した
バージョンについて自分の名前で特許をとる。
C5.会社Aで君が開発した経営テクニックを、会
社Bに移ってから使用する。
C6.会社Aで君が開発したアイデアを、会社Bで
まったく異なる化学プロセスに使う。
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工学倫理 第7回
C7.友人から本を借り、誤って長く所持し、返し
忘れる(友人が町を引っ越してからその本に気
がつき、返さないことにする)。
C8.君がだれかが落とすのを見ていた25セント硬
貨を道路 拾う(努力すれば たぶん落とした
貨を道路で拾う(努力すれば、たぶん落とした
人を見つけ、返すことができた、と仮定しよう
)。
C9.だれか(君は知らない)が落とした25セント
硬貨を道路で拾う。
C10.君が許可を得て借りた1枚(または1束)の
紙を返し忘れる。 工学倫理 第7回
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7.4 決疑論の方法-5
討論1
•
読者の経験や見聞にもとづいて、肯定的模範
事例と否定的模範事例を含む疑問事例のスペク
トルを作ろう。
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• スペクトル観の効用
白黒、強弱、大小、軽重、遠近など二分観に
親しんで育っている。
「黒」と「白」の間には灰色の階調があるは
ずなのに、白黒はっきりさせようとする。
白
白黒はっきりしない問題に出会うと、どうし
き
な
会う
どう
たらよいかわからなくなる。
白と黒の間には灰色があることを認識すべき
。
スペクトル観と決疑論の方法は、あらゆる事
象に濃淡の階調があるという見方を教えるもので
、その応用は、モラル問題に限られない。
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7.5 日本の公務員倫理法-1
討論2
•
幸福・不幸という対話は、この二つを対比す
る意味がある。しかし、人を幸福な人と不幸な
人に二分するのは、中間を否定しがちで、適切
でない。読者の周辺で、二分観の例を探し、適
否を考えてみよう。
考
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7.5 日本の公務員倫理法-2
• 野田聖子(衆議院議員、自民党)の意見
公務員倫理法の背景
人としての成熟を官僚に求めるのは無理
国民がその行動を管理・監督する狙い
審査会HPの倫理規程事例集
一般常識で判断できることが並んでいる
般常識で判断できることが並んでいる。
自信がないので、いちいち確認している。
官僚の能力と意思をいたずらに縮めている。
法の運用を、お互いに信じ合う方向に切り替える
べきである。
公務員の倫理規定が本来、自律の規範である
ことを確認している。
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工学倫理 第7回
決疑論というと、縁遠いように思えるかもし
れないが⇒国家公務員倫理法に用いられる
• 公務員の倫理規程
2000年4月 国家公務員倫理法、施行
〃
国家公務員倫理規程、施行
対象:一般の国家公務員、非常勤は除く。
倫理規程に禁止行為
人事院規則に懲戒処分の基準
倫理は自律の規範、公務員の場合なぜ法なのか?
法律の重点は、違法行為に対する懲戒処分
懲戒処分=権利・自由を奪うので法が必要
法=引っかからなければ良い、消極的な運営×
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倫理=自主的な順守が期待される◎
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7.5 日本の公務員倫理法-3
• 決疑論の応用
違反に対する懲戒処分 人事院規則
懲戒処分の基準が、細かく規定されている。
実際の違反は様々で、当てはまらない場合がある。
そこで、人事院規則に次の規定がある。
第8条 職員が行った行為が違反行為に該当する場
職員が行 た行為が違反行為に該当する場
合であって、別表(表7.2)掲載の違反行為と対照
してどれに類似するかを調べ、それに順ずる懲戒処
分を決定する。
実際の行為⇒規則の違反行為と対照し懲戒処分する
⇒決疑論の方法に他ならない
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7.6 まとめ
•
モラル問題(倫理問題)は場面によってさまざまだ
が、解決方法には、共通の、簡単な法則性がある。
•
事実関係の争点、概念上の争点、適用上の争点
へと進む方法を解説した
へと進む方法を解説した。
•
線引き問題を解くスペクトル観と決疑論の方法は
、モラル問題に限らず、二分観にとらわれない見方
を学ぶ意義がある。
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