鹿屋体育大学 体育学部 准教授 森 克己

講演
「体育・スポーツにおける子どもに対する指導のあり方
を考える-我が国とイギリスの現状・課題を踏まえて」
鹿屋体育大学体育学部准教授
森
克己
講師プロフィール
専門分野 :憲法・教育法、特に子どもの人権
研究テーマ:イギリスにおける教育・スポーツ分野における子ども保護法制度
略
歴
早稲田大学法学部卒業、早稲田大学大学院法学研究科公法学専攻博士後期課程単位取
得満期退学、鹿屋体育大学体育学部講師を経て、現在鹿屋体育大学体育学部准教授
主な著書・論文
(著書)
『現代立憲主義の認識と実践』(日本評論社、共著、2005年)、『憲法と教育人権』(日本
評論社、共著、2006年)、『ガイドブック憲法』(嵯峨野書院、共著、2007年)、『スポー
ツのリスクマネジメント』(ぎょうせい、共著、2009年)、『スポーツ政策調査研究』報
告書(笹川スポーツ財団、共著、2011年)
(論文)
「子どもに対するスポーツ指導のあり方に関するガイドライン構築の必要性について-
国際的動向及びイギリスにおけるスポーツ団体のチャイルド・プロテクション制度を参
考にして」(日本スポーツ法学会年報第20号、2013年)、「イギリスのチャイルド・プロ
テクション制度に倣う体罰問題への対応のあり方」(季刊教育法第177号、2013年)
、「ス
ポーツにおけるチャイルド・プロテクション制度の制度導入に向けた課題-子どものス
ポーツ選手の人権保障の観点から-」(日本スポーツ法学会年報第19号、2012年)ほか
多数。
受賞歴
日本教育法学会30周年記念公募論文奨励賞受賞(2000年5月)。
社会的活動
日本公法学会会員、日本スポーツ法学会会員、日本教育法学会会員、全国憲法研究会
会員、憲法理論研究会会員、日本社会保障法学会会員、日本体育学会会員、アスリー
トの福祉に関するブルーネル国際研究者ネットワークメンバー、鹿屋市男女共同参画
懇話会会長、鹿屋市子育て支援会議会長、鹿屋市情報公開個人情報保護審査会委員、
鹿屋市要保護児童対策地域連絡協議会委員
講演概要
Ⅰ.序論
(1) 研究の経緯
(2) スポーツ指導の実態と体罰・虐待の発生要因
Ⅱ.子どもに対するスポーツ指導における体罰・虐待の現状
(1) アンケート調査結果にみる体罰・虐待の現状
(2) 体育・スポーツ指導における体罰・虐待の事例
Ⅲ.体罰・虐待の法的問題点
Ⅳ.体罰・虐待への国際的対応
(1) 国連による対応:子どもの権利条約
(2) IOCによる対応
(3) ユニセフによる対応
(4) 人権論の観点からの対応の必要性
Ⅴ.イギリススポーツ団体のチャイルド・プロテクション(CP)制度
(1) イギリススポーツ団体のCP制度の特徴
(2) CP制度とスポーツ指導のあり方との関連性
(3) イギリスの制度からの示唆:体罰・虐待の防止の観点から
Ⅵ.我が国体育・スポーツ界の取組み
Ⅶ.結語:総括と今後の課題-学校の取組みを中心に
(参考)イギリスにおけるスポーツ分野における子ども保護制度の概要
イギリスにおいては、1989年子ども法(Children Act 1989 )などの制定法によって
親などによる虐待を予防し、虐待されている子どもを保護するチャイルド・プロテクシ
ョン(child protection;以下CPと略)の制度が設けられています。
イギリスのCPの制度は、もともとは家庭内において親等からの虐待から18歳未満の子
どもを保護する制度ですが、ソウル・オリンピックのイギリス水泳チームのコーチが少
女達に対して性犯罪を行ったことが1990年代の半ばに発覚し社会問題化したこと等か
ら、国全体で取り組む制度としてスポーツ分野にも導入されました。
そして、イギリス政府から資金を提供されている全てのスポーツ団体にCPの制度を導
入するために、2001年に専門機関である「スポーツにおける子ども保護局」CPSU(Child
Protection in Sport Unit)が「全国子ども虐待防止協会」(National Society for t
he Prevention of Cruelty to Children)内に設立されました。
CPSUは、子どもや青年のための安全なスポーツ環境を創造し危害から守ることなどの
ために、スポーツにおけるCPの基準として2002年に「スポーツにおける子ども保護に関
する基準 第2版」(以下「CPSU基準」と略)を策定しました。同ガイドラインは、ス
ポーツ団体のガイドラインの基準となっています。
このCPSUを中心として構築されているイギリススポーツ団体のCP制度は、次のような
特徴を持っています。
(1)
制度の包括性
政府から資金を交付されているあらゆるスポーツ団体で子ども保護のガイドライン
を策定することが義務付けられています。
(2)
虐待の類型化
各スポーツ団体が定めるガイドラインでは、身体的虐待、性的虐待、心理的虐待、
ネグレクト、いじめの五つ類型の虐待を定めています。これらのうち、指導者による
殴る・蹴る等の体罰は、「身体的虐待」に該当し、セクハラ的な行為は「性的虐待」、
暴言は「心理的虐待」、指導の放棄・無視は「ネグレクト」に分類されます。
(3)
指導者による良い実践(good practice)の提示
コーチングの全国団体であるSports Coach UKでは、
「スポーツコーチのため行為規範」
(Code of Practice for Sports Coaches)を定めており、その中には、スポーツ指導に
おける虐待の防止に関することが定められています。また、各団体のCPガイドライン
でも、虐待防止のためにコーチが行うべき「良い実践」(good practice)とコーチが
してはならない「悪い実践」(bad practice)が掲げられています。
(4)
DBSによるチェック制度
この制度は、子どもと関わることに不適切な犯罪歴を有する者をスポーツ指導から
排除する制度であり、以前は刑事記録局(Criminal Record Bureau,CRB)によって行
われていましたが、2012年11月に従来のCRBとISA(Independent Safeguarding Author
ity)の機能を有する機関としてDBS(Disclosure and Barring Service)が設立され、
DBSによるチェック制度に移行しています。スポーツ指導者は、ボランティアを含め、
3年ごとにチェックを受ける必要があります。
(5)
各スポーツ団体独自の内容・特徴
例えば、イギリス柔道連盟(British Judo Association、以下BJAと略)のガイドラ
インでは、身体的虐待の例として「お互いの合意がなく技術的に正当化できない乱取
り」が挙げられるとともに、「いじめ」の項目では、嘉納治五郎が唱えた「精力善用」
「自他共栄」の精神から「柔道家はいじめをしない」ことが書かれています。また、イ
ングランドサッカー協会(Football Association)のCP制度は、同協会が推進するRe
spect Programmeと密接に関連する内容となっていて、親に対するオンラインのワー
クショップも実施されています。
(6)
指導者による指導のあり方との関連性
アマチュア水泳連盟(Amateur Swimming Association,以下ASAと略)のCPガイド
ラインでは、「身体的虐待」に、パフォーマンスを向上させる薬物の服用、オーバート
レーニングを含めています。
また、同ガイドラインの第4章「コーチ、教師、プールサイドヘルパーへの情報とガ
イダンス」において、子どもへの指導に当たり、年齢、成熟、経験、能力に応じた指
導に心がけ、コーチングに関するASAのガイダンスに従うことを定めています。
(7)
コーチングの資格制度とリンクした制度設計
イギリスにおいてスポーツクラブ等でコーチとして指導する場合、コーチングの公的
資格であるUKCC(United Kingdom Coaching Certificate)のレベル2以上を取得する
必要があります。そして、例えば、ASAでは、資格取得のための研修会の内容にCPの
ガイドラインの内容等を学ぶことが求められており、コーチングの資格と連携した実
効性のある制度となっています。
(8)
指導者自身を守る制度としての意義
CPの制度は、第一義的には指導を受ける子どもを保護する制度ですが、CPのガイドラ
インを守ることによって指導者自身もスポーツ指導から排除されない制度としての意
義を有するものと捉えられています。(M Turner, P McCrory,2004)
以上がイギリススポーツ団体のCP制度の概要です。イギリスと日本では、体罰・虐待
の捉え方やスポーツ文化・制度が異なるため、イギリスの制度をそのまま日本に導入す
ることは不可能であり不適切な面もあるかと思います。しかしながら、イギリスにおい
てもスポーツ分野におけるCP制度導入前は、スポーツにおいては指導者による体罰・虐
待は存在していても、そのことに目を向けない風潮がありました。そのような状況は、
まさに今日本が直面している現実であり、そのような社会的状況を乗り越えて、社会全
体でスポーツ指導者による体罰・虐待に正面から対応してきたイギリスの先進的な取り
組みに学ぶべき点が多いのではないかと考えられます。このようなことを含めて、私の
講演では皆さんとともに考えてみたいと思います。
森
克己
(主要参考文献)
(1)
森克己「子どもに対するスポーツ指導のあり方に関するガイドライン構築の必要
性について-国際的動向及びイギリスにおけるスポーツ団体のチャイルド・プロテ
クション制度を参考にして」(日本スポーツ法学会年報第20号、2013年)
(2)
森克己「イギリスのチャイルド・プロテクション制度に倣う体罰問題への対応の
あり方」(季刊教育法第177号、2013年)
(3)
森克己「スポーツにおけるチャイルド・プロテクション制度の制度導入に向けた
課題-子どものスポーツ選手の人権保障の観点から-」(日本スポーツ法学会年報
第19号、2012年)
(4)
辻口信良「指導者をめぐる課題」日本スポーツ法学会編『詳解スポーツ基本法』
成文堂、197~202頁、2011年。
(5)
UNICEFF, Protecting Children from Violence in Sport-A Review with A Focu
s on Industrialized Countries, 2010.
(6)
CPSU, 'Standards for Safeguarding and Protecting Children in Sport'(2nd
version),2002.
(7)
Mike Callan, 'The contents and the subject of the Child Protection syste
m in the British Judo Association'子どものアスリートの福祉に関する日英シン
ポジウムプレゼンテーション資料による。2012年。
(8)
s
M Turner, P McCrory, Child Protection in Sport, British Journal of Sport
Medicine,38,2004,p106.