補体制御因子の選択的分離能を備えた細胞膜の創製 と細胞移植への

補体制御因子の選択的分離能を備えた細胞膜の創製
と細胞移植への応用
Creation of artificial cellular membrane with an ability of selective
separation for complement factors and application to cell
transplantation
研究代表者 東京大学大学院工学系研究科 特任准教授 寺村 裕治
【研究の目的】
合、細胞表面をこれらの一連の反応
再生医療における細胞移植療法は、
21 世紀の新しい治療法として期待さ
れている。1型糖尿病の治療を目的と
した膵ランゲルハンス島移植(膵島移
植)や 移植片対宿主病(GVHD)に対
する間葉系幹細胞(MSC)移植が行わ
れている。最近では、加齢黄斑変性
に対する iPS 細胞由来の細胞移植が
臨床で行われている。このように、今
後、ますます細胞移植の症例や適用
例は増加することが期待される、しか
しながら、ヒトから分離・単離した細胞
や、ES 細胞や iPS 細胞から分化誘導
した細胞をヒト体内へ移植する場合、
凝固系の活性化や自然免疫など様々
な免疫反応が活性化することが知られ
ている。これは、いわゆる免疫拒絶反
応よりも早くおきる反応である。このた
め、移植した細胞は、免疫系から移植
した細胞は攻撃を受けるため、死滅す
ることがわかっている。報告では、この
から防御することが重要になる。
本研究では、ヒト血液中にもともと存
在している自然免疫系の制御タンパク
質(特に、factor H と C4BP と呼ばれ
る血漿タンパク質)を利用して、これら
の免疫系の活性化の抑制を試みるも
のである。この制御タンパク質を、移
植する細胞表面に選択的に捕捉して
固定化し、自然免疫系の活性化を抑
制する。このアイデアは、特定の微生
物が、ヒトの自然免疫系を回避して体
内に侵入するメカニズムを利用したも
のである。このアプローチが成功すれ
ば、新しいコンセプトの細胞のコーティ
ング方法になる。
反応により移植直後には半分以上の
細胞は直ちに死滅するとの報告もある。
従って、ヒトへの細胞移植を考えた場
【研究の内容・成果】
Neisseria meningitides や Yersinia
enterocolitica などの微生物の表面に
は、ヒト血液中に存在する自然免
疫の制御因子(主として、Factor H
( 血 中 濃 度 :480 µg/mL ) や C4BP
(300 µg/mL))と特異的な相互作
用する物質が存在しており、制御
因子をその表面に捕捉することが
できる。表面に結合した制御因子
が、それぞれ第二経路や古典経路
入することができる。まずは、実
際に基板上に固定化した Factor H
結合ペプチドが、実際にヒト血液
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図 1. PEG 脂質の構造式と両親媒性高分子による細胞膜の表面修飾と自
然免疫の制御方法.
を介した補体活性などの自然免疫
を制御できるという仕組みになっ
ている。この表面を、移植する細
胞表面に再現できれば、自然免疫
を回避できるということになる。
ここでは、表面修飾剤として、両
親媒性高分子であるポリエチレン
グリコール結合脂質(PEG 脂質)を利
用する。また、Factor H 結合性ペプ
チ ド と し て は 、
ASSSRCTYDHWCSH を 利 用 す る
(Wu, et al, J Immunol, 2011, 186,
4269.)。また、C4BP 結合性ペプチ
ドは、ウプサラ大学の共同研究者
で あ る Bo Nilsson ら が 見 つ け た
streptococcal M タンパク質由来ペプ
チ ド (Biomaterials 30, 2653-2659
(2009))などを利用する。短鎖ペプ
チドを PEG 脂質に結合させ、細胞
に処理することで、疎水性相互作
用により細胞表面にペプチドを導
に曝されることで、血中の factor H
を捕捉でき、補体の活性化が抑制
できるのかを検討した。
スライドガラスをよく洗浄し、
シランカップリング試薬である 3aminopropyl triethoxysilane (APTES,
5% in Toluene)中でインキュベート
(1hr, 室温)した後、80oC で真空
乾燥(12 時間)させて、ガラス表
面にアミノ基を導入した。この処
理 し た ガ ラ ス 表 面 に 、 α-Nhydroxysuccinimidyl-ω-maleimidyl
poly(ethylene glycol) (PEG: 5000 Da)
をジクロロメタン中で反応させて、
マレイミド基を末端に有する PEG
鎖をガラス表面に導入した。あら
かじめ、N 末端にシステインを導
入した Factor H 結合性ペプチド
( CASSSRCTYDHWCSH ) を 反 応
させて(250µg/mL in PBS, 2hr, 室温)、
基板表面に導入を試みた。PBS で
Factor H 結合性ペプチドは、血液中
に曝された場合に、血中に存在する
factor H と反応して、その基板表面上
にリクルートできるということを示唆する
結果である。
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洗浄した後、ウシ血清アルブミン
(BSA)でブロッキングを、室温で1
時間行った。ヒト由来 factor H は、
共 同 研 究 者 の ウ プ サ ラ 大 学 Bo
Nilsson 教授から提供された。ヒト
血清から精製されたものである。
あらかじめ、factor H をビオチン化
し、基板へ反応させた後、
Alexa488 ラベル化されたストレプ
トアビジンで検出した(図 1)。
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図 2. 表面密度の異なる Factor H 結
合性ペプチドを固定化した表面での
factor H 結合試験(N=3).
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図 2. Factor H 結合性ペプチドを固定
化したガラス表面での factor H 結合
試験(N=3).
コントロールとして使用したペプチドを
結合していない PEG 表面では、ほと
んどほとんど factor H の結合は見られ
ないのに対して、Factor H 結合性ペ
プチドを固定化した基板では、
factor H の結合が見られた。この結合
は、仕込みの factor H 濃度に依存し
ていることから、この結合が選択的に
起きていることが分かった。また、基板
へ固定化する Factor H 結合性ペプ
チド濃度を変化させて、factor H(濃
度は一定)を反応させたところ、ペプ
チド仕込み濃度に依存して、factor H
の結合量が変化した(図 2)。このこと
も、factor H が選択的に Factor H 結
合性ペプチドが固定化された基板
へ結合していることを示す結果で
ある。つまり、表面に固定化した
次に、本 Factor H 結合性ペプチドを
導入した表面に、ヒト血漿を曝して、血
液中の補体活性を測定した。ここで測
定した補体パラメーターは、sC5b-9 で
ある。細胞障害に重要な役割を担う補
体複合体が形成されるときに血漿へ
遊離するタンパク質である。実験に使
用した表面は、未処理のガラス表面、
PEG 鎖、また、Factor H 結合性ペプ
チドを導入した表面である。ヒト血漿を
それぞれの基板表面上で37℃、
4500
4000
3500
sC䠑b!䠕 (au/mL)
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3000
2500
2000
1500
1000
500
0
PEG surface
f-H binding peptide
control peptide
図 4. Factor H 結合性ペプチドを固定
化したガラス表面での補体活性化試
験(N=3).
1時間インキュベートした後、
EDTA(10mM)を添加して、補体活性
反応を停止させ、血漿を回収した。
ELISA 法により、sC5b-9 濃度を決定
した。
ヒト血漿を反応させると、ガラス基板上
と PEG 表面上では、sC5b-9 の著しい
上昇がみられた。両グループ間での
差異はみられなかったものの、補体の
活性化が起きていること分かった。もと
もと血液が空気に曝されると、補体の
活性も起きることが知られているため、
ここで見られている活性とは、基板か
らの活性と空気界面で起きている活性
化の両方をみていることになる。他方、
Factor H 結合性ペプチドを導入した
表面では、sC5b-9 の値は、著しく低く、
補体の活性化が抑制されていることが
分かった。このことは、血漿中の factor
H が、Factor H 結合性ペプチドを導
入した表面にリクルートされ、この
factor H が、補体の活性化を抑制でき
たものと考えられた。
また、別の補体制御因子である C4BP
をリクルートする目的で、これに来する
結合性のペプチドの利用にも取り組ん
でいる。現在、ペプチドの最適化に取
り 組 ん で い る が 、
KENQGKLEKLELDYLKK ( Ermert
et al, Biol Chem. 288, 32172 (2013) )
から検討している段階である。
の安定性である。相互作用力の弱い
疎水性相互作用により脂質二重層に
導入されているために、時間の経過と
ともに細胞表面から脱離することが分
かっている。本研究で報告した通り、
Factor H 結合性ペプチドを細胞表面
に導入することは可能であるが、その
効果は、両親媒性高分子の安定性に
大きく依存することになる。従って、疎
水部である脂質アシル鎖の数や鎖長
を増加させ、細胞膜への安定性を向
上させることが必要になる(図1に示し
たような多脂質結合型高分子)。今後、
このことに取り組んでいく予定である。
ま た 、 Factor H 結 合 性 ペ プ チ ド と
C4BP 結合性ペプチドとの最適な比率
もまだ、決定していない。今後、補体
試験を行い、その最適な比率を決め
ることが課題になる。
【成果の発表・論文等】
1.
寺村裕治 「高分子を利用し
た細胞の表面修飾と糖尿病治療への
応用」, 高分子論文集 , 71, 418-429
(2014).
2.
Bo Nilsson, Yuji Teramura,
Kristina N. Ekdahl, “The role of
complement in thromboinflammation
elicited in cell therapies” Mol. Immunol.
61, 185-190 (2014).
3.
寺村裕治「PEG 脂質誘導体
を利用した細胞表面工学と細胞・臓
器移植への展開」スマート物質・材
料工学重点チームセミナー、神戸大
【今後の研究の方向・課題】
細胞の表面修飾に用いている両親
媒性高分子では、その疎水部と細胞
膜の脂質二重層との疎水性相互作用
により細胞膜表面へ導入されている。
両親媒性高分子による細胞の表面修
飾の大きな問題点は、細胞表面上で
学、2014 年 12 月 10 日
4.
Yuji Teramura, “Cell surface
engineering with biomaterials for islet
transplantation”,
1st
International
Conference on Immune Responses to
Biosurfaces:
Mechanisms
and
Therapeutic Interventions, Chania,
Greece, October 1st, 2014