3 日本人糖尿病患者におけるABI低下とTBI低下に関わる因子の相違

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英文原著論文紹介 ⑤糖尿病
Shared and additional risk factors for decrease of toe-brachial
index compared to ankle-brachial index in Japanese patients with
diabetes mellitus.
Takahara M, Fujiwara Y, Katakami N, Sakamoto F, Kaneto H, Matsuoka TA, Shimomura I
Atherosclerosis 2014; 235: 76-80. PMID: 24816041
日本人糖尿病患者における ABI 低下と TBI 低下に関わる因子の相違
髙原充佳(大阪大学大学院医学系研究科糖尿病病態医療学寄附講座)
藤原優子/片上直人/坂本扶美枝/金藤秀明/松岡孝昭/下村伊一郎
判断した。
背景
上記のモデル(「単変量モデル」と名づける)と同様の方
糖尿病患者では末梢動脈疾患の合併リスクが高く、日
法で、複数の背景因子で互いに調整したモデル(多変量モ
常診療では、そのスクリーニングが重要となる。スクリー
デル)を構築した。このとき単変量モデルで上記帰無仮説
ニングには、足関節上腕血圧比(ankle-brachial index;
H0 が棄却されなかった背景因子については、両アウトカ
ABI)および足趾上腕血圧比(toe-brachial index;TBI)が
ムに類似の影響を及ぼしているものと考え、多変量モデ
汎用されているが、患者によっては両検査の結果に乖離
ルでは交互作用項は設けず、両アウトカム共通の調整済
をきたすことも珍しくない。こうした乖離には、患者の
み回帰係数を求めるようにした(下式参照)。
背景因子が関連している可能性がある。これまでの研究
Y =Σ aiXi +Σ ajXj +Σ bjXjE + cE + d + R
では、ABI および TBI と背景因子との関連性が個別に検討
(ただし、Xi は単変量モデルで H0 が棄却されなかった背
されることはあっても、背景因子の両検査に対する関連
景因子、Xj は単変量モデルで H0 が棄却された背景因子。
性の違いが直接比較されることはなかった。
ai、aj、bj、c、d は回帰係数および切片)
これらの回帰モデルにおいて、従属変数 Y はすでに標
目的
準化されているため、得られた回帰係数を説明変数の標
糖尿病患者において、背景因子の ABI と TBI に対する
準偏差で除することにより、線形回帰分析における標準
関連性に相違があるかを検討した。
化偏回帰係数β に相当する標準化回帰係数を得た。
方法
結果
2004 〜 2012 年に大阪大学医学部附属病院外来で ABI
単変量解析において、ABI と TBI に対する関連性が有意
と TBI を同時に測定した日本人糖尿病患者 869 名 1 ,738
に異なっていたのは、年齢、罹病期間、HbA1 c、BMI、
肢のデータを後ろ向きに解析した。末梢動脈疾患に対す
eGFR、高血圧であり、その他の因子では有意差を認めな
る血行再建既往、ABI ≧ 1 .40、データ欠損例は除外した。
かった(表 1)
。引き続き多変量解析を行ったところ(表 2)
、
ABI と TBI は form ABI/PWV を 用 い て 測 定 し た。ABI
性別、喫煙、尿蛋白陽性、高血圧、脳梗塞・冠動脈疾患
とTBIの再現性を糖尿病患者10名20肢で評価したところ、
既往は、TBI・ABI 両者に共通の独立した関連因子であっ
個体内誤差
(絶対量)
はそれぞれ0.01±0.05と−0.02±0.09
た。これらの因子が及ぼす影響の大きさは ABI・TBI 間
であり、級内相関係数はそれぞれ 0 .90(95 % 信頼区間:
で有意差を認めなかった。一方、年齢、糖尿病罹病期間、
0 .75 -0 .96)
、0 .89
(95 % 信頼区間:0 .74 -0 .95)
であった。
BMI(body mass index)が ABI と TBI に及ぼす影響には有
各種背景因子が ABI と TBI に及ぼす影響の違いを検出
意差を認めた。年齢と BMI は TBI の独立した関連因子で
するため、以下のような ABI・TBI 共通の回帰モデルを構
あったが、ABI との関連は有意ではなかった。糖尿病罹病
築した。すなわち、ABI、TBI を各々標準化した値を従属
期間は、TBI・ABI の両者の独立した関連因子であったが、
変数 Y とし、①背景因子 X、②アウトカム(ABI vs. TBI)
ABIよりTBIに及ぼす影響の方が有意に大きかった。実際、
を区別するためのダミー変数 E、③両者の交互作用項 XE
ABI が正常の集団において、これらのリスク因子(高齢、
を固定効果、個体差 R を変量効果とする線形混合モデル
長い糖尿病罹病期間、BMI 低値)が集積した患者ほど TBI
を立てた。この回帰式において、交互作用項の係数が 0 に
低下の有病率が高くなっていた(図 1)。
等しいという帰無仮説 H0 が統計学的に棄却されたとき、
背景因子が両アウトカムに及ぼす影響は有意に異なると
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英文原著論文紹介⑤
表 1 ● 背景因子の ABI・TBI に対する関連性
(単変量モデル)
ABI 未調整 β
TBI 未調整 β
年齢
0.017[− 0.042, 0.076]
− 0.207[− 0.266, − 0.149]*
女性
− 0.087[− 0.146, − 0.028]*
− 0.063[− 0.122, − 0.004]*
*
− 0.199[− 0.257, − 0.141]*
罹病期間
− 0.082[− 0.140, − 0.023]
HbA1c
− 0.054[− 0.113, 0.006]
0.015[− 0.044, 0.074]
喫煙
− 0.091[− 0.150, − 0.032]*
− 0.062[− 0.121, − 0.003]*
BMI
0.011[− 0.048, 0.070]
0.127[0.068, 0.186]*
eGFR
− 0.013[− 0.072, 0.047]
0.113[0.054, 0.172]*
尿蛋白陽性
− 0.073[− 0.132, − 0.014]*
− 0.110[− 0.169, − 0.051]*
*
− 0.154[− 0.213, − 0.096]*
高血圧
− 0.090[− 0.148, − 0.031]
脂質異常症
− 0.043[− 0.102, 0.016]
− 0.086[− 0.145, − 0.027]*
− 0.106[− 0.164, − 0.047]*
脳梗塞
− 0.128[− 0.187, − 0.069]*
− 0.104[− 0.163, − 0.045]*
冠動脈疾患
− 0.123[− 0.181, − 0.064]*
データは標準化回帰係数と 95% 信頼区間を示す。* p < 0.05
関連性の差(TBI vs. ABI)
− 0.225[− 0.273, − 0.176]*
0.024[− 0.025, 0.072]
− 0.117[− 0.166, − 0.069]*
0.069[0.020, 0.117]*
0.029[− 0.020, 0.078]
0.116[0.067, 0.165]*
0.125[0.077, 0.174]*
− 0.038[− 0.087, 0.011]
− 0.065[− 0.114, − 0.016]*
− 0.042[− 0.091, 0.007]
0.022[− 0.027, 0.071]
0.018[− 0.030, 0.067]
表2 ● 背
景因子の ABI・TBI に対する関連性
(多変量モデル)
ABI 調整済みβ
TBI 調整済み β
年齢
0.041[− 0.026, 0.107]
− 0.135[− 0.202, − 0.069]*
女性
− 0.123[− 0.176, − 0.069]*
− 0.137[− 0.198, − 0.076]*
罹病期間
− 0.077[− 0.138, − 0.016]*
HbA1c
− 0.002[− 0.061, 0.058]
0.035[− 0.024, 0.095]
喫煙
− 0.125[− 0.178, − 0.071]*
BMI
0.031[− 0.029, 0.092]
0.114[ 0.054, 0.175]*
eGFR
− 0.036[− 0.102, 0.029]
− 0.012[− 0.077, 0.054]
尿蛋白陽性
− 0.071[− 0.124, − 0.017]*
− 0.111[− 0.172, − 0.050]*
高血圧
− 0.079[− 0.140, − 0.018]*
脂質異常症
− 0.027[− 0.080, 0.026]
脳梗塞
− 0.083[− 0.136, − 0.031]*
冠動脈疾患
− 0.065[− 0.120, − 0.011]*
データは標準化回帰係数と 95% 信頼区間を示す。* p < 0.05
関連性の差 (TBI vs. ABI)
− 0.176[− 0.232, − 0.120]*
−
− 0.060[− 0.112, − 0.008]*
0.037[− 0.014, 0.087]
−
0.083[ 0.032, 0.134]*
0.024[− 0.030, 0.079]
−
− 0.032[− 0.083, 0.019]
−
−
−
図 1 ● ABI 正常集団における TBI 低下の有病率
データは有病率と 95 % 信頼区間を表す。ABI・TBI への影響が有意に異なった背景因子について、高リスクとなる三分位に属する場合をリスク因子ありと数
えた。具体的には、①年齢は 70 歳以上、② BMI は 22 kg/m2 未満、③糖尿病罹病期間は 20 年以上、をリスク因子とした。
(%)
80
TBI<0.7
TBI<0.6
60
40
20
0
0
(n=571)
1
(n=643)
2
(n=338)
3
(n=102)
リスク因子の個数
BMI は TBI 低下に及ぼす影響の方が大きく、ABI 正常の集
結論
団において、これらのリスク因子が集積するほど TBI 低
下の有病率が高くなっていた。
日本人糖尿病患者において ABI 低下と TBI 低下に関わ
るリスク因子は同一ではなかった。年齢、
糖尿病罹病期間、
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