2009年度(社)日本機械学会年次大会基調講演資料

レクチャー・ラボ統合型授業による機械システム設計教育
~東京工業大学機械知能システム学科の試み~
東京工業大学 岩附信行
1.はじめに
工学部機械系学科の伝統ある機械設計・製図教育は
改革の岐路に立っている.先端的な工学に振り向ける
ための授業時間の圧縮の要請,3D-CAD/CAM を代表と
する IT 技術の急速な進歩への対応,電子化に伴う受講
学生と設計対象である「機械」の乖離,したがって,
「も
のつくり」への渇望はあれど「機械」の分解の経験す
らない学生達,堅実な設計だけでなく「創造性」も鍛
えよという要請,など直面する課題が多い.
これらを解決するためには,効率的でかつ系統的な
新たなカリキュラムを再構築する必要があるのではな
かろうか.その際,設計製図科目に限らず,4力学を
代表とする機械工学の基幹科目との連携,のみならず
総合的な再構築が切り離せない.もっとも,基幹科目
の目指す終着は「機械の創造=設計」のはずであり,
連携は必須であろう.
このような観点から,東京工業大学工学部機械知能
システム学科では,レクチャー・ラボ統合型授業[1]を導
入した大幅なカリキュラム改革を行い,とくに機械シ
ステム設計教育の革新を図っている.ここではその概
要をご紹介させていただく.
2.Fゼミ実習授業「機械工学系リテラシー」
教育の効率化のためには,初年次教育も重要である.
東京工業大学工学部4類(機械系1年生の所属組織)
では,これまでのFゼミ科目を改革し,機械工学系リ
テラシー」を開講した.これは,
「ものつくり」を渇望
する学生の期待に応え,2年の学科所属以降に学ぶべ
き機械工学の基礎に触れつつ高校の理数系教育から大
学での工学系教育へのスムースな意識改革を支援する
ことを目的とした実習授業であり,1)グループで考え発
表する,2)ものの情報を伝える,3)ものの形を創る,4)
ものを加工する,5)ものを動かす,6)ものを操る,の6
テーマを各4週ずつ受講して通年で単位取得するよう
になっている[2].
とくに,2)では,機械製図の基本である等角投影図な
らびに第三角法製図を学び,3次元立体の認識と表現
について理解させ,3)では 3D-CAD と FEM ソフトウ
ェアを駆使して,機械部品の強度や振動特性を考慮し
た機械設計のプロセスを体感させている.図1はその
際の3次元アセンブリの応力解析の例である.
図1
機械工学系リテラシー「ものの形を創る」
における 3D-CAD/CAE 設計の例
また,(4)では汎用工作機械による機械加工と精度測定
を体験させており,
「ものつくり」における加工法と精
度の重要性を示唆するようにしている.
機械知能システム学科では,この授業を前提として,
2年次以降の機械システム設計に関する授業指針とし
て以下のことを策定した.
1)製図における投影図の作図や汎用工作機械による機
械工作実習は大幅に縮小する
2)単なる製図ではなく,機械工学の基幹科目に立脚した
設計実習とする.
3) CAE ソフトウェアの活用を図るために,3D-CAD に
よる設計・作図を用いる.
4)設計結果を実際に試作する機会を設ける.
3.レクチャー・ラボ統合授業に基づくカリキュラム
2年次以降の学科の専門教育カリキュラム全体につ
いても大改革を加えた.まずカリキュラム検討の結果,
1) 授業担当教員間の連携の不足,2) 講義と実験の乖離,
3) 創成科目の必要性,4) レポート作成・プレゼン手法
の系統的教育の必要性,が指摘された.そこで,1),
2)の課題解決のために,機械工学の基幹科目を同一日内
に1学年全員が講義・演習・実験を履修するレクチャ
ー・ラボ統合型授業[1],[4]を創設した.
この授業の一覧を表1に示す.講義・演習・実験を
統合したのみではなく,理解の効率化を図るために,
基礎式や実験検証に共通性がある科目は統合している.
基本的に1日1科目 5~6 単位の大型授業になり,複数
の教員・TA が担当する.もっとも重要なことは,講義
の直後に全員が実験実証を体験できることであり,従
来の,グループ毎に講義と前後して各研究室で実施さ
れる実験と異なり受講生の理解が促進される.そのた
めには,小型可搬でありしかも工学原理がしっかりと
理解できる実験装置を多数,開発する必要がある.図
2は,
「変形と振動の力学第一」における実験の様子で
あり,TA の指導の下,剛体振子の固有振動数の測定を
行っている.
2年前後期と3年前期でのレクチャー・ラボ統合授
表1
レクチャー・ラボ統合授業
講義名
学期
変形と振動の力学第一・第二
2 年前後期
機械力学,材料力学
エネルギーと流れ第一・第二
2 年前後期
熱工学,流体力学
設計と生産の工学第一・第二
2 後・3 前
運動学,加工学,設計学
メカトロニクス工学
3 年前期
制御工学,電子工学
図2
統合した学問分野
レクチャー・ラボ統合型授業の実験例
図3
設計と生産の工学第一における板カムの設計例
業により,機械設計の基礎となる基幹分野を学ぶとと
もに,2年後期から専門性の高い「アドバンスド科目」
を座学で履修する.さらにレポートの書き方やプレゼ
ン技法を学ぶ「機械知能システム学セミナー」や小グ
ループで教員とミニ研究を「プロジェクト研究」を実
行して,課題 4)を解決している[4].また,3年後期に創
成科目「機械知能システム創造」を用意して,それま
での学習成果を結実させてオリジナリティのある機械
設計を体験するようになっている.
4.講義「設計と生産の工学」
レクチャー・ラボ統合型授業の中でもっとも機械設
計に根ざすものは「設計と生産の工学」である.2年
後期の第一では,1)概念設計から詳細設計,2)機械の基
本構造,3)運動機構の解析と総合,4)機械材料と加工法
基礎,5)工学図形情報,を教授している.最初に 1)で
設計の流れを説明した後,2)で汎用の機械装置を分解さ
せ,その機械に要求される機能とそのための機構につ
いて考察させ,追加すべき新たな機能とそのための仕
様についてブレインストーミングを行う.ここ数年は
VHS ビデオを題材にしているが,最近は家電品の電子
化が進み,新たな題材に苦労しているところである.
とくに 3)では,リンク機構と板カム機構(図3に設計
例)を取り上げ,その運動学解析と所望の運動を創成
する機構総合について詳細に説明し,C 言語による計
算機実習の設計を経て,ボール紙やスチロール板によ
る機構模型を作成させ,変位の実測実習を行っている.
5)では,工業規格の理解とくに製図規則の修得を主眼に
おき,時間的な問題から従前の機械要素設計はかなり
削減せざるを得ない.さらに,1年次の「機械工学系
リテラシー」で 3D-CAD を体験していることから,
2D-CAD での製図実習も取りやめ,3D-CAD での作図
から2次元図面出力して,それに対する公差記入によ
って製図規則を学ばせている.
同第二では,1)材料とその性質,2)各種加工法,3)
機械システム設計からなっており,1),2)では,第1に
おいて概論で済ませていた機械材料と機械加工法につ
いて詳細に教授する.その際,NCマシニングセンタ
を用いた加工実習や材料試験の実習など盛り込んで,
理解を深めるよう工夫している.3)の機械システム設計
が,第一における「製図」から「設計」への大きな一
歩である.高速の組立機械を題材として,その詳細設
計実習を行う,単なる強度を規範とした要素設計を行
うだけではなく,不等速運動機構の総合,メカトロニ
クスに基づく駆動系設計も含めた学生個々の独自設計
を体験させる.設計は一貫して 3D-CAD で行う.これ
は単なるグラフィクスというだけではなく,CAE や
CAM との連動を目指すためである.このとき1年次で
図4
設計と生産の工学第二における組立機械設計例
図5
機械知能システム創造作品例
体験している.FEM 解析や RP による加工実習が重要
な意味を持つ.図4は玉軸受組立機の設計例である.
5.創成科目「機械知能システム創造」
3年前期までに培った設計技術を駆使して,5~6
名の小グループで各研究室に配属され,教員の緩やか
な指導の下,独創的な機械知能システムを設計,試作,
性能検証する講義「機械知能システム創造」に至る.
課題は,
「科学・工学の原理を活用した,まったく新し
い機械システム」というもので,単なるアイデア勝負
ではなく,堅牢な設計を行い,実動するシステムを試
作しなければならない.学生はこの授業を体験して,
ようやく精度や加工工程の重要性を知りトータルな設
計を修得しつつ,創造性を育成できるものと考えてい
る.図5に,その設計・試作品を例示す.
6.おわりに
「ものつくり」を担う機械(設計)技術者を効率的・
系統的に育てるべく,「レクチャー・ラボ統合型授業」
に基づくカリキュラム改革を実践してきた.この取組
を評価いただき,2006 年度日本機械学会教育賞を受賞
させていただいた.されど,技術の進歩に対応して,
学生・教員いずれにも利のある革新を継続していく所
存である.本取組がいささかでも諸賢の参考になれば
幸いである.
文 献
[1]岩附信行,レクチャー・ラボ統合型授業に基づく機
械工学教育カリキュラム,平成 20 年度工学教育連合講
演会講演予稿集, (2008),pp.11-23.
[2]岩附信行,機械系新入生向け創造性育成実習授業「機
械工学系リテラシー」の革新,日本設計工学会平成 21
年度春季大会講演会講演論文集, (2009), pp.91-94.
[3]岩附信行,3D-CAD/CAM/CAE を活用した設計教育,
日本設計工学会誌,39-5,(2004),pp.11-16.
[4]岩附信行,専門教育力「レクチャー・ラボ統合型授
業に基づく機械工学教育の革新(東京工業大学工学部
機械知能システム学科)」,独立行政法人大学評価・学
位授与機構,大学評価文化の展開:評価の戦略的活用
をめざして(2008)