構造的等価性に着目した分子設計:8─アザクマリニルメチル型光感受性保護基の開発 135 構造的等価性に着目した分子設計: 構造的等価性に着目した分子設計: 8─アザクマリニルメチル型光感受性保護基の開発 8-アザクマリニルメチル型光感受性保護基の開発 * * 鳴 海 哲 夫 鳴 海 哲 夫* Design and Synthesis of of Hydrophilic 8-Azacoumarin-type Caging Groups Design and Synthesis Hydrophilic 8-Azacoumarin-type Caging Groups *Tetsuo ** TetsuoNarumi Narumi The development of 8-azacoumarin-4-ylmethyl groups as aqueous photolabile protecting groups (PPGs) is reported. A key feature of newly identified PPGs is the isosteric replacement of the C7-C8 enol double bond of the 6-Bhc derivative with an amide bond, resulting in conversion of the chromophore from coumarin to 8-azacoumarin. This strategy makes dramatically enhanced water solubility. Furthermore, a significant substitution effect of the position of the bromo group on the photosensitivity leads to the development of a highly photosensitive 8-aza-3-bromo-7-hydroxycoumarinylmethyl (aza-3-Bhc) group that shows excellent photolytic efficiency and hydrophilicity with long-wavelength absorption maxima. 1.はじめに 多数の化学素反応からなる生命現象は、分子や細胞レベルの各段階において過渡的に形成される短寿命かつ不均一状態 にある複合体が大きな役割を果たしていることが少なくない。このような生命現象の解明は、新薬を創出する上で重要な 契機となることから、その過渡的複合体の動態を分子レベルで解析する手法の開発は極めて重要な研究課題である。 ケージド化合物は、生理活性の発現に重要な官能基を光感受性保護基 (ケージド基) で保護することで、一時的に不活 性化した生理活性分子であり、光照射を契機に生理活性分子が放出され、生理活性を発現することから、準安定な過渡的 複合体の可視化や制御を可能にする重要な分子群である。これまでに我々は、プロテインキナーゼ-C に作用するケージ ド化合物の創製とそれらを応用したケミカルバイオロジー研究を進めている 1。その過程において、汎用されるケージド 基であるクマリニルメチル型保護基は高い光反応性は示すものの、親水性が低いために生細胞中では自己凝集による光反 応効率の低下が問題となっていた。我々はこの問題を解決すべく、等価性 (isosterism) に由来する創薬概念「バイオイソ スター」に着目したイソスター分子設計による新たな親水性クロモフォアの創製研究に着手した。 2.親水性クロモフォアの分子設計・合成 これまでに我々は、加水分解酵素により切断されやすいペプチド 結合 (アミド結合) を、酵素に対し安定な二重結合に置換したアルケ ン型ジペプチドイソスターを基盤とした創薬研究を展開してきた 2。 この創薬研究の過程において、二重結合を極性の高いペプチド結合 (アミド結合) に置換することで親水性の向上が可能と考え、クマリ ン骨格の C7-C8 位間のエノール二重結合を高極性アミド結合に置換 した 8-アザクマリン型クロモフォアを設計した (Figure 1a)。4 位に アセトキシメチル基を有する 8-aza-hc-CH2OAc 1 は、2,6-ジクロロピ リジンを出発原料として 6 工程の変換によりグラムスケールで合成 した。さらに重原子効果による光反応性の向上を期待して、6 位に 臭素原子を有する 8-aza-Bhc-CH2OAc 2 も併せて合成した (Figure 1b)。 2015 年 3 月 16 日受理 * *豊田理研スカラー (静岡大学電子工学研究所) a) Br a) Br HO Isostere-based design Br Br O O HO Isostere-based Bhc design enol double HO O HO bond BhcO Br enol double alkene-to-amide bond replacement Br O O O N H alkene-to-amide replacement amide bond O O O N H OAc bond b) amide Br OAc b) Br N HO N O O HO 8-aza-hc-CH2OAc (1) HO N O O 8-aza-hc-CH2OAc (1) N O 8-aza-Bhc O N O O 8-aza-Bhc aromatization aromatization OAc OAc O O 8-aza-Bhc-CH2OAc (2) N HO O O 8-aza-Bhc-CH2OAc (2) 136 構造的等価性に着目した分子設計:8─アザクマリニルメチル型光感受性保護基の開発 3.8-アザクマリン誘導体の親水性および光分解反応追跡 3 合成した化合物の親水性を評価するために PBS に対する飽和濃度 Cs を調べたところ、8-アザクマリン誘導体は期待し た通り親水性が大幅に向上し、特に 8-aza-Bhc-CH2OAc 2 の飽和濃度は親化合物 Bhc-CH2OAc 3 に比べ約 18 倍となった (Figure 2)。 OAc Br HO O Bhc-OAc 2.5 mM in PBS OAc Br CS: 602 µM pKa: 5.88 O HO O N O 8-aza-Bhc-OAc CS: 10832 µM pKa: 4.22 2.5 mM in PBS Figure 2. 8-aza-Bhc-CH2OAc 2 と親化合物 Bhc-CH2OAc 3 の水溶性の比較 続いて、光分解反応について検討したところ、光照射時間経過に伴い 8-アザクマリン誘導体は速やかに反応し、対応する光分解生成物アルコ ール体へと変換された。8-アザクマリン誘導体の残存率 (remaining: %) を照射時間 (sec) に対しプロットしたところ、1 次反応の減衰曲線が得 られ (Figure 3)、50%分解に要する時間 (t50) は秒単位で進行することが 明 ら か に な っ た (Figure 3, 1: 29 sec, 2: 13 sec, 3: 9 sec) 。 ま た 、 8-aza-hc-CH2OAc 1 よりも 6 位に臭素原子を導入した 8-aza-Bhc-CH2OAc 2 が素早く切断されたことから、他のクロモフォア同様、アザクマリン型 クロモフォアにおいても重原子効果が光反応性の向上に大きく寄与しう ることが示された。 3.8-アザクマリン型クロモフォアの臭素置換位置と光化学 的特性への影響 4 Figure 3. 8-アザクマリン誘導体の残存率と 照射時間の関係 8- ア ザ ク マ リ ン 骨 格 が 親 水 性 ケ ー ジ ド 基 の ク ロ モ フ ォ ア と し て 機 能 す る こ と が 明 ら か に な っ た も の の 、 8-aza-Bhc-CH2OAc 2 の光反応性は親化合物 Bhc-CH2OAc 3 にわずかに劣る。そこで、より優れたケージド基を見出すため に臭素置換位置について検討したところ、3 位に臭素を導入したアザクマリン誘導体 (8-aza-3-Bhc-CH2OAc, 4) では極大 吸収波長の超波長化やモル吸光係数の増大、光反応の量子収率も向上 することが明らかになった。これに伴い、光反応効率 (350 nm におけ るモル吸光係数と光反応の量子収率の積: ε350・Φchem) も大きく向上し、 8-aza-Bhc-CH2OAc 2 より 2.2 倍高い値を示すことがわかった (Figure 4)。 この優れた光反応効率は、8-アザクマリン骨格が有する大きなモル吸 光係数に加え、双極子モーメントのベクトル変化に伴う蛍光発光の抑 制によるものと考察している。さらに、見出したアザクマリン型保護 基をグルタミン酸のケージド化へ応用することにも成功し、光照射に OAc OAc OAc OAc Br Br HO N O O HO N O O 8-aza-Bhc-CH 8-aza-Bhc-CH22OAc OAc (2) (2) C s = 10832 [mM] λmax = 362 [nm] εmax = 21107 [M -1cm-1] Φchem = 0.059 εmax•Φchem = 1211 Br Br HO N O O HO N O O 8-aza-3-Bhc-CH 8-aza-3-Bhc-CH22OAc OAc (4) (4) C s = 3260 [mM] λmax = 378 [nm] εmax = 27086 [M -1cm-1] Φchem = 0.16 εmax•Φchem = 2667 より秒スケールでのアンケージングが可能であることを明らかにした。 Figure 4. 8-アザクマリニルメチル型保護基の 置換基効果 4.おわりに 本研究では、等価性に由来するイソスター概念を分子設計に応用することで、8-アザクマリニルメチル型保護基の開発 に成功した。8-アザクマリニルメチル型保護基は、元のクマリニルメチル型保護基に比べ高い親水性を示し、さらに臭素 原子を適切な位置に導入することで、光反応効率の向上が可能であることを明らかにした。これらの成果は、今後のケー ジド化合物を用いたケミカルバイオロジー研究や創薬研究の進展に資するものである。 REFERENCES (1)Nomura, W.; Narumi, T.; Ohashi, N.; Furuta, T.; Tamamura, H. ChemBioChem, 2011, 12, 535. (2)鳴海哲夫, 玉村啓和 生化学 2010, 82, 515. (3)Narumi, T.; Takano, H.; Ohashi, N.; Suzuki, A.; Furuta, T.; Tamamura, H. Org. Lett., 2014, 16, 1184. (4)Narumi, T.; Takano, H.; Ohashi, N.; Suzuki, A.; Nomura, W.; Furuta, T.; Tamamura, H. Tetrahedron 2014, 70, 4400.
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