モバイルWiMAX技術動向 原田 崇 近年,日本ではブロードバンドの普及は爆発的に進み, WiMAXとは 世界有数のブロードバンド大国といわれるまでになった。 有線ブロードバンドサービスであるDSL・CATV・FTTH もともとWiMAXはラストワンマイルと呼ばれる通信事 の加入者数は2,500万人を超えている。その中でも,すで 業者のネットワークと家庭やオフィスの間の通信経路を にDSLは都市部を中心に減少が始まっており,その一方 無線で接続する固定無線アクセス(FWA:Fixed でFTTHの加入者は700万人を突破し,さらなるブロード Wireless Access)の方式であった。FWAの規格として バンド化が加速している。 標準化されたIEEE802.16-2004に,モビリティや省電力 また,携帯電話・PHSの契約台数はおよそ1億台,第3 機能といった移動環境下でも通信を実現するための機能 世代(3G)と呼ばれる携帯電話の契約台数は約6,000万 を追加したIEEE802.16e-2005が2005年12月に標準化 台に達している。最近では3.5Gと呼ばれる3∼14Mbit/s された。 のデータ伝送速度を持つシステムが導入され,ブロード 一般にモバイルWiMAXといった場合,この バンド化に拍車がかかっている。一方,家庭やオフィス IEEE802.16e-2005に準拠し,かつ後述するWiMAX の無線インフラとして普及している無線LANのデータ伝 Forumが定めるプロファイルに準じて製造・認証された 送速度はIEEE802.11bの11Mbit/sからIEEE802.11a/g システムのことを表す。 モバイルWiMAXの特長としては,以下のような機能が の54Mbit/sを実現し,現在IEEE802.11nでは100Mbit/s 以上を実現するために標準化が進められている。 このようなワイヤレスブロードバンドを実現する技術 挙げられる。 ● 高いデータ伝送速度:チャネル帯域幅が10MHzの場合, として注目を集めているのがWiMAX(Worldwide 最大データ伝送速度は37Mbit/sとなる。さらにスマー Interoperability for Microwave Access)である。 トアンテナ技術であるMIMO(Multiple Input Multiple Output)やエラー制御技術であるハイブリッドARQ 表1 モバイルWiMAXのQoSクラス QoSクラス UGS(Unsolicited Grant Service) rtPS(Real-Time Polling Service) ErtPS(Extended Real-Time Polling Service) nrtPS(Non-Real-Time Polling Service) BE(Best Effort) 108 OKIテクニカルレビュー 2007年4月/第210号Vol.74 No.2 QoS特性 ・最大帯域制限 VoIP ・遅延耐性 ・ジッタ耐性 ストリーミング(音楽・映像) ・最小帯域保証 ・最大帯域制限 ・遅延耐性 ・最小帯域保証 VoIP(無音抑制あり) ・最大帯域制限 ・遅延耐性 ・ジッタ耐性 ・最小帯域保証 FTP ・最大帯域制限 アプリケーション データ通信 ・最大帯域制限 ユビキタスサービス特集/TELECOM2006出展報告 ● (HARQ; Hybrid Automatic Repeat reQuest)と 標準化動向 いったオプション機能と組み合わせることによってさ らに高速なデータ伝送を実現することができる。 ● ● ● (Metropolitan Area Network)におけるブロードバンド されており,DiffServコードポイントやMPLSフロー 無線アクセスの技術標準を規定している。これに関連し ラベルへのマッピングも可能である。 て,業界団体であるWiMAX Forumでは,異なるメーカー システム拡張性:各国の周波数事情や地理的条件に応 の製品間での通信を可能にするために,IEEE802.16技術 じてさまざまな周波数帯での運用,1.25MHzから 標準に準拠した製品の相互運用性のテストや認証を行っ 20MHzまでのチャネル帯域幅による柔軟なシステム設 ている。WiMAX Forumには機器ベンダやチップセット 計が可能である。 ベンダ,通信事業者,測定器メーカーなどが加盟してお セキュリティ:IEEE802.1xで規定されるEAP認証, り,2007年1月現在400社を超えている。OKIも2006年 AES-CCM方式による暗号化,制御信号の保護などに 6月にWiMAX Forumに加盟している。 現在のIEEE802.16技術標準は,固定利用から移動利用 対応している。 ● IEEE802.16ワーキンググループでは,無線MAN QoSの保証:5種類のQoSクラス(表1を参照)が定義 モビリティ:VoIPなどのリアルタイムサービスの品質 まで幅広い適用性を持たせるために多くのオプションパ を劣化させることのないシームレスなハンドオーバー ラメータを持っている。このオプションパラメータを,各 機能を提供する。 ベンダが自由に選択して実装した場合,機器の相互運用 また,モバイルWiMAXの利用シナリオとしては,端末 が 困 難 に な る 可 能 性 が あ る 。 WiMAX Forumで は , 利用時の移動状況によって図1に示す3つのシナリオが想 IEEE802.16技術標準に含まれるオプションパラメータか 定されている。 ら,それぞれの利用環境に適合したパラメータを選択し, ● ● 固定アクセス:FWAとして使用するシナリオで,端末は 共通仕様(プロファイル)として規定している。また,こ 移動しない。屋内あるいは屋外のアンテナで受信し,ユー れらのプロファイルに準拠する製品の相互接続テストや ザー端末は有線LANや無線LANでサービスを受ける。 機器認定も併せて行っている。 ノマディックアクセス:端末は移動するが,通信時は静 止して利用するシナリオ。現在,無線LANで提供されて いるホットスポットサービスの利用シナリオに近い。 ● IEEE802.16WG モバイルアクセス:端末が移動しながら通信を行うシ ナリオで,モバイルWiMAXでは最大時速120kmまで P802.16g/i NetMan TG をサポートする。 WiMAX Forum Marketing WG Regulatry WG Application WG Network WG Service Provider WG Global Roaming WG 移動しながら利用 (時速120km以下) CS MAC IEEE802.16e-2005 WiFi 上位層 Technical WG Certification WG PHY 固定アクセス 図2 IEEE802.16WGとWiMAX Forumの関係 WiMAX 基地局 モバイルアクセス 図2(出典:広帯域移動無線アクセスシステム委員会報 告書 1))にIEEE802.16ワーキンググループとWiMAX ノマディック アクセス 利用するとき は静止 Forumの関係を示す。IEEE802.16e-2005には物理層・ MAC層にあたる無線部分の標準仕様が規定されており, 最近では上位層におけるネットワーク管理の議論も始まっ 図1 モバイルWiMAXの利用シーン ている。一方で,WiMAX Forumでは物理層およびMAC 層のプロファイルの策定のほか,ネットワーク層などレ イヤ3以上についても標準仕様を策定している。 OKIテクニカルレビュー 2007年4月/第210号Vol.74 No.2 109 (2)スマートアンテナ技術 モバイルWiMAXの要素技術 スマートアンテナ技術とは,複数のアンテナによって 送受信された信号をベクトル演算あるいは行列演算する (1)OFDMA モバイルWiMAXでは,地上デジタル放送の規格である ことによって,システムのデータ伝送能力を向上させる ISDB-Tや無線LANの規格であるIEEE802.11a/gなどで 機能である。モバイルWiMAXでは,スマートアンテナ技 も採用されているOFDM(Orthogonal Frequency 術はオプション機能となっているが,これらの技術によ Division Multiplexing)をベースとした多元接続方式の る受信性能の改善やデータ伝送速度の向上に大きな期待 OFDMA(Orthogonal Frequency Division Multiple が寄せられている。 スマートアンテナ技術には,以下のような技術が含ま Access)が変調方式として採用されている。 OFDMは周波数帯域を複数に分割し,複数の搬送波 (キャリア)によってデータを並列伝送するマルチキャ れる。 ● ビームフォーミング:それぞれのアンテナ出力の振幅 リア方式である。OFDMシステムでは入力信号を複数の と位相を制御して重み付けすることによって,アンテナ 直行サブキャリアに分割して伝搬することによって,マ の指向性を制御し,カバレッジ面積やシステム容量の ルチパス歪みの影響を低減している。また,CP(Cyclic 向上が見込まれる。このような受信信号によって指向 Prefix)と呼ばれる冗長信号を挿入することによって, 性パターンを制御するアンテナシステムをAAS シンボル間の符号干渉を回避している。 (Adaptive Antenna System)と呼ぶ。 通常,OFDMでは1人のユーザーがすべてのサブキャ ● 時空間符号:空間ダイバーシティの効果によって, リアを使って通信するが,OFDMAではサブキャリアを フェージングマージンを低減する。基本形は2×1(送 いくつかのグループに分けたサブチャネルを利用して複 信側2アンテナ,受信側1アンテナ)のMISO(Multiple 数のユーザーが同時に通信をすることができる。 Input Single Output)だが,モバイルWiMAXでは OFDMAのサブキャリア構成は図3(出典:WiMAX MIMOの一形態であると考えられ,MIMO Matrix Aと 2) Forum公開文書 )に示すように3種類のサブキャリアに よって構成される。 呼ぶ。 ● 空間多重:送受信ともに複数のアンテナを利用し, ● データサブキャリア:データ伝送に用いる。 データを複数のアンテナに分割して送信することによっ ● パイロットサブキャリア:シンボル同期確立・信号レ てデータ伝送速度を向上させる。一般的にMIMOと呼 ベル補正に用いる。 ばれているが,モバイルWiMAXでは前述した時空間符 ヌルサブキャリア:ガードサブキャリアとDCサブキャ 号と区別してMIMO Matrix Bと呼ぶ。2×2のMIMO リアに用い,データ伝送は行わない。 では,データを2つに分割して送信することによって, ● 理論上はデータ伝送速度が2倍になる。 データ サブキャリア ガード サブキャリア DC サブキャリア パイロット サブキャリア (3)ハイブリッドARQ ハイブリッドARQは,データ伝送の信頼性を高めるた めの誤り制御方式である。誤り制御方式には,エラーが 検出されたフレームの再送を送信側に要求する自動再送 要求と送信するデータに冗長データを付加し,受信側で エラーを訂正する前方誤り訂正がある。ハイブリッドARQ は自動再送要求と前方誤り訂正を組み合わせることによっ 図3 OFDMAのサブキャリア構成 て,エラー検出時の再送回数を減らし,安定したデータ 伝送速度を提供する。ハイブリッドARQは3.5G技術であ OFDMAでは,サブチャネル単位でユーザーを割り当 るHSDPAでもエラー制御方式として採用されている。 てることができるため,干渉雑音の少ないサブキャリア KDDIはモバイルWiMAX実証実験の中でハイブリッド をユーザーに優先的に割り当て,システム全体の通信容 ARQを有効にすることによって,データ転送速度を下り 量を増大させることができる。また,隣接するセルでも 20%,上り50%,全体で30%向上したと発表3)しており, 同じ周波数を利用することができるため,OFDMに比べ その効果の高さが実証されている。 て周波数効率を大幅に改善することができる。 110 OKIテクニカルレビュー 2007年4月/第210号Vol.74 No.2 ユビキタスサービス特集/TELECOM2006出展報告 ● ◆無線によるインターネットへの常時接続 ◆自宅、職場から持ち出したパソコンを どこでもブロードバンド環境で利用可能 ◆都市部を中心に広域をカバー ◆中速程度の移動が可能 ◆条件不利地域における有線回線の代替として安価に 提供 等 図4 BWAシステムの利用シーン 国に300万世帯あるといわれるデジタルディバイド地域へ 国内の動向 総務省は2004∼2005年にかけて,ワイヤレスブロー ドバンド推進研究会による広帯域移動無線アクセス のブロードバンド提供方法の1つとしてモバイルWiMAX に期待しており,実証実験や総務省に対する積極的なア ピールを続けている。 ◆◆ (BWA; Broadband Wireless Access)システムの検討 を実施した。研究会は,最終的にBWAシステムを「現行 の3G携帯電話システムでは容易に対応しにくい上り/下 りの広帯域利用に対応し,公衆向けの広帯域データ通信 サービスを行うためのワイヤレスシステム」と定義し, BWAシステムの特長や利用イメージを図4(出典:ワイ ヤレスブロードバンド研究会報告書4))のようにまとめた。 この報告をもとに2006年3月に広帯域移動無線アクセ スシステム委員会を設立し,2.5GHz帯におけるBWAシ ステムを構成するための技術条件の検討を開始した。委 員会は,2006年12月にモバイルWiMAXを含む4技術(他 にはMBTDD-Wideband,MBTDD 625k-MC,次世代 PHSがある)を2.5GHz帯におけるBWA技術として要求 ■参考文献 1)総務省:広帯域移動無線アクセスシステム委員会報告書, 2006年 2)WiMAX Forum White Paper, Mobile WiMAX - Part I: A Technical Overview and Performance Evaluation, 2006 3)KDDI:ワイヤレスシンポジウム2006講演資料 - モバイル WiMAXの検討と実証実験最新状況,2006年 4)総務省:ワイヤレスブロードバンド研究会報告書,2005年 ●筆者紹介 原田崇:Takashi Harada. ネットワークシステムカンパニー ネッ トワークシステム本部 ワイヤレスシステムマーケティング部 条件を満足することを確認し,それぞれのシステムの特 性や干渉条件などについて報告書にまとめた。また,FWA としての利用条件や同一周波数の複数事業者による共有 条件などについては現在も継続して議論されている。 この内容をもとに,総務省は法令の改正・免許割当方 針の決定を行い,早ければ2007年夏頃にはサービスを行 う事業者の選定が行われる予定である。 総務省による検討に並行して,通信キャリアや地方自 治体・CATV事業者による実証実験が盛んに行われるよ うになった。特にKDDIは早くからモバイルWiMAXの実 証実験を行っており,それに続く形でソフトバンクやNTT ドコモ,イーアクセス,アッカネットワークス等の大手 通信事業者もモバイルWiMAX参入を表明し,実証実験を 開始している。また,地方自治体やCATV事業者も,全 OKIテクニカルレビュー 2007年4月/第210号Vol.74 No.2 111
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