平成 26 年度 社会工学類都市計画主専攻 卒業論文最終発表会 2015/1/28 ナイロビのキベラスラムにおける生活環境改善活動 理工学群社会工学類都市計画主専攻4年 201111278 徳永光 指導教員: 松原康介 1.はじめに リアからの距離計測、周辺の土地利用についての調査を 1-1.研究の背景・目的 行った。 発展途上国を中心に、スラム問題が深刻な問題となっ (調査3)ヒアリング調査 ている。増え続けるスラムと財政負担から、スラム問題 開発協力団体が行う短期的取り組みについて詳しく実 を抱える政府の対策の中には、十分な効果を挙げている 態把握を行うため、対象地において生活環境改善事業を 事例が少ないと考えられる。 行っている Pamoja Trust にヒアリング調査を行った。 本研究においては、ケニア国ナイロビのキベラスラム 第2章では、対象地であるキベラスラムの歴史的変遷、 を対象に、対象地の実情、インフラの整備に着目した生 内部の実態、人口増加、人口形成の要因について、第3 活環境改善事業について整理し、取り組みが不十分な地 章では村落別にインフラ整備状況をみる。第4章では、 域を把握する。また、対象地における生活環境改善事業 キベラスラムで行われている生活環境改善事業について、 について、ケニアビジョン 2030(長期開発戦略)、および 政府・準政府組織が行う事業、開発協力団体が行う事業 非政府組織の開発協力団体が行う取り組み(短期的取り組 について示す。これより、今後生活環境改善事業を行う み)の双方から明らかにし、有効なアプローチのありかた 可能性の高い主体と改善が必要な地域を整理し、第5章 を展望することを目的とする。 で結果・考察、今後の課題を述べる。 1-2.先行研究 1-4.対象地の選定 John M Birongo & Le Q Nhi (2005)1 では、対象地にお 本研究では、スラム問題が解決しないまま、長期開発 ける水問題の実態や、住民の供給手段について、二つの 戦略ビジョン 2030 により大きな発展を遂げているケニ 政府組織団体がそれぞれ直面している問題点を明らかに アの首都ナイロビ(図1)において、アフリカで二番目 し、協力して事業を行う可能性や効果について説いてい に大きいキベラスラム(図2)を対象地に選定した。 る。 また、Keyobs-IFRA (2009)2 ではキベラスラムにおける 貧富差について明らかにされており、Glen Stellmacher (2011)3 は病院、学校、トイレ、水供給施設、レジャー施 設など、キベラスラムにおけるインフラ整備の実態につ いて述べているが、本研究のように、政府が行っている 都市政策を踏まえた上で、非政府組織の開発協力団体の 主体に着目し、取り組みが不十分な地域を示し、有効な ナイロビ アプローチの在り方を整理した研究はなく、新規性があ ると言える。 図1.ケニアの首都ナイロビ “GabrielLubale.com”より加筆修正 1-3.研究方法 研究方法として、以下の3つの調査を行う。 (調査1)文献調査 キベラスラム キベラスラムの実態把握のため、WEB 上に記載されて いる資料を読み、内容とそこから得た問題意識を整理す る。また、ケニア政府の長期開発戦略であるビジョン 2030 の総合報告書、中期開発戦略報告書、準政府組織や開発 協力団体の事業報告書より生活環境改善の実態を把握し た。 図2.ナイロビのキベラスラム Elizabeth Kanini Wamuchiru(2011) ”Flood Management & Adaptation To Climate Change” p.6 より加筆修正 (調査2)地理情報分析 2.対象地の概要 GIS のベースマップと Google Map より、キベラスラ 2-1.歴史的変遷 ムにおける村落別の面積計測、中心市街地などの主要エ 1885 年ハルツームの乱に破れた南スーダンのヌビアン 族(エジプト兵)が、ケニアを植民地に持つイギリスの兵士 2-3.周辺の土地利用 となり、イギリス政府は戦いの褒美として駐屯地の近く キベラスラム周辺では自然公園、空港、ゴルフ場、ダ にあったキベラ地区を住処・農業値として分け与えた 5。 ムが存在しており、多くの土地を占めている。この他公 1963 年の独立によりキベラ地区はケニア政府の土地とな 共施設以外の土地のほとんどが住宅街となっており、空 ったため、現在キベラスラムの住人は違法に住み着いて き地は現在のキベラスラムの周りにほとんど残っていな いる住人と扱われており、政府がキベラ地区で開発を進 いため、これ以上キベラスラムが大きくなる可能性は極 めていくにつれてヌビアン族の土地は限られたものとな めて低い(図6)。また、単身世帯の割合が東部の地域に った。 多い理由として、キベラスラムの北東約 5km の地点にナ イロビの中心市街や工業地帯、事務所などが集積する upper hill area に近く、キベラスラムの東部で仕事が見 つけやすいという利点があるためだと考えられる(図7)。 公共施設 ゴ ルフ 場 図3.ヌビアン族が暮らしていたキベラ地区(1930 年代) R.J. Ross (2011) “The Nubis of Kibera: a social history of the Nubians and Kibera slums” p.68 より加筆修正 キベラスラム 自 然 公 園 ダム 空港 2-2.スラム内部の実態 キベラスラム住人により 12 個の村落に分けられてお り、2.5km2 の土地に約 100 万人が暮らしていると言われ 図6.キベラスラム周辺の土地利用(Google マップより作成) ている。キベラスラムの中では貧困度に差があり、西部 中心市街地 の地域で貧困度が高く、東部の地域で貧困度が低いこと がわかった(図4)。これは、東部の地域で安定した収入 を得ている単身世帯の割合が高く、対照的に西部の地域 Upper では子供の割合が高いためであると考えられている(図 5)。 工業地帯 キベラスラム 図7.キベラスラムと周辺の位置関係(Google マップより作成) 3.対象地における生活環境の課題 キベラスラムは法的に認められた土地ではないため、 政府からインフラ設備が与えられていない。キベラスラ 図4.キベラスラムにおける貧困分布 Amelie Desgroppes & Sophie Taupin (2009) “Kibera: The biggest slum in Africa?” p.10 より引用 ムの住人はインフラの整備を最も必要としており、次に 住宅を必要としている 4。貸し家への電力供給や水供給は 高価なためほとんどの世帯で行われておらず、川やダム の水はひどく汚れており利用ができないため、住人は毎 日水を汲んで生活している。 キベラスラムのインフラの整備状況について、医療施 設、学校、トイレ、水供給施設、レジャー施設が整備さ れている地点を示した物が図19である。これらの施設 を貧困度の高い西部の5つの村、キアンダ、ソウェート 図5.キベラスラムにおける単身世帯の割合 Amelie Desgroppes & Sophie Taupin (2009) “Kibera: The biggest slum in Africa?”p.7 より引用 ウェスト、ライラ、ガトウィケラ、キスムと、貧困度の 低い東部の7つの村に分けてカウントすると、西部は約 150 施設に対して東部は約 450 施設もあり、インフラの ているが、インフラ整備に直接関連する取り組みはなく、 整備に差があることがわかった(図8)。 具体的な数値目標なども書かれていなかった。ケニア政 村落ごとに医療施設、学校、トイレ、水供給施設、レ 府は主に、国連が定める途上国に対する 2015 年ミレニア ジャー施設の整備状況についてみてみると、キベラスラ ム開発目標を達成する事により貧困削減を図っており、 ムでは貧困度に差があるだけでなく、インフラの整備状 この評価をフィンランド政府に委託している。ミレニア 況にも差があることがわかった(図9)。特に水供給施設 には大きな差がみられ、貧困度の高い西部の地域で生活 環境が劣悪である。 ム開発目標では8つの目標とターゲットが掲げられてお り、ケニア政府による自己評価をみると、具体的な数値 結果や進捗情報は記述されておらず、フィンランド政府 西部 が発表している進捗状況をみても、2015 年までの達成は 東部 極めて低かった。 また、ケニア政府はキベラスラムの生活環境改善とし て、貧困度の低い東部のソウェート村で 2009 年よりクリ アランス事業を行っており、2018 年にすべての住人を引 っ越しさせる予定だった。しかし、引っ越しは出世届け を提出している住人、家賃を支払える中級層に限られ、 図8.キベラスラムにおけるインフラ整備の状況 Glen Stellmacher (2011) Mapping Kibera –New strategies for mapping & improving the slump.13 より引用 インフラ供給も改善されていなかったため、スラムに戻 る人、又貸しをする人が増え、5年間で 7500 人のスラム 住人しか引っ越しを行えず、計画は難航している。スラ 低 ムクリアランスを行うことで、居住権が剥奪されるだけ ラニサバ い でなく、文化や人との繋がり、コミュニティまでもが失 シランガ われる。これでは新しくスラムを形成することに繋がり、 ソウェートイースト 生活環境の改善策となるとは考えにくい マシモニ これより、ケニア政府による生活環境改善事業は不十 マキナ 貧 リンディ 困 カンビムル 度 キスム 分であり、精力的でないため、今後スラムの生活環境の 改善事業を行う可能性が低いと考える。 4-2.準政府組織と開発協力団体の取り組み キベラスラムでは準政府組織である世界銀行により、 給水管がスラム内に整備され、水が販売されている 6(表 ガトウィケラ 1)。村落別の水の供給量に多きく差はなかったが、人口 ライラ にみあった供給が、貧困度の高い西部の地域で行われて ソウェートウェスト いないことがわかった。これは準政府組織が人口や貧困 キアンダ 0 高 い 度に関係なく平等に水が供給されているためであると考 20 40 60 えられる。 表1.キベラスラムにおける水販売所と供給量の例 医療施設 学校 トイレ 水供給施設 村 推定人口 (人) 貯蔵タンク/ 井戸 一世帯当た りの平均水 汲み回数 20l 当たりの値 段 (ケニアシリ ング) マキナ 130,000 10,000lx20 個 10 回 x20l 3 マシモニ 120,000 10,000lx 井 戸 11 基 15 回 x20l 3 ガトウィ ケラ 120,000 10,000lx4 個 6 回 x20l 2 キアンダ 80,000 10,000lx7 個 10 回 x20l 2 レジャー施設 図9.村落別のインフラ整備状況 Glen Stellmacher (2011) “Mapping Kibera: New strategies for mapping and improving the slum”pp.13-16 より作成よ り作成 4.対象地における生活環境改善事業 4-1.ケニア政府の取り組み ケニア政府は、貧困削減についてビジョン 2030 の総合 報告書では、”4.9 Social Equity and Poverty Reduction” にて3つの旗艦プロジェクトが行われていると記述され 続いて pamoja trust と呼ばれる開発協力団体の取り組 みについてみていくと、キベラスラム沿いに整備されて いる線路の周辺に住むスラム住人に対して、住宅の整備、 道路などのインフラの整備の指導が行われている(図1 0)。具体的にはソウェートイースト、ソウェートウェス ト、ラニサバ、マシモニ、ガトウィケラの村において、 これ以上拡大できなくなった線路沿いに生活を始める 人々が増え、改善が急務なためこれらの地域で行われて いる。開発協力団体が行う事業は住民参加型・主導型と なっており、自分の住まいや環境やコミュニティのあり かたについて、スラム住人同士で話し合い、実行されて いる。スラム住人が結束することで、より少ない費用で 生活環境の改善が可能になるだけでなく、新しいコミュ ニティも形成されることで事業が広がっていく。このよ うに、開発協力団体がコミュニティの形成の手助け、指 導を行うことで、さまざまな効果が期待できる。 線路 改善が行われている地域 図10.Pamoja Trust により行われている事業地点 Exodus Kutoka Network (2007) “Catholic parishes network in informal settlements, Nairobi – Kenya”より作成 5.おわりに 5-1.分析結果のまとめ 各主体が行う事業の特徴は表2の通りである。ビジョ ン 2030 により国は大きな発展を遂げてきている中、政府、 準政府組織の取り組みは不純分であり、今後も不足する ことが予想されるため、今後生活環境改善を行う主体と して期待できるのが開発協力団体だと考える。 5-2.結論 今後は、貧困度の高い地域での生活改善事業が重要な ため、開発協力団体による住民参加型の開発を推進し、 政府や準政府組織はそれを後ろから支える形で参加し、 資金や人材などの支援形態を構築していくことが有効で 6.参考文献 1) John M Birongo & Le Q Nhi (2005) “An analysis of water governance in Kibera, Kenya” pp.18-88 2) Amelie Desgroppes & Sophie Taupin (2009) “Kibera: The biggest slum in Africa?” pp.4-11 3) Glen Stellmacher (2011) “Mapping Kibera: New strategies for mapping and improving the slum” pp.13-16 4) Winnie Mitullah (2011) “The case of Nairobi, Kenya” p.11 5) R.J. Ross (2011) “The Nubis of Kibera: a social history of the Nubians and Kibera slums” pp. 28-79 6) Karanja Jane Mercy (2008) “Sanitation and hygiene in Kibera slums, Nairobi” pp.2-6 7) Umande Trust (2007) “The right to water and sanitation in Kibera, Nairobi, Kenya” pp. 2-16 8) Government of Kenya (2007) “Kenya vision 2030: A globally competitive and prosperous Kenya” pp. 195-201 9) Government of Kenya (2008) “Kenya vision 2030: The popular version” pp. 1-26 10) Government of Kenya (2009) “Kenya population and housing census: National bureau of statistics Nairobi, Kenya” pp. 8-16 11) Government of Kenya (2013) “Second medium term plan (2013-2017)” 2-115 12) UN-HABITAT (2008) “UN-HABITAT and the Kenya slum upgrading program strategy document” pp.7-34 13) UNDP Kenya (2009) “Road to 2015: Driving the MDGs” pp.3-46 14) 津田 みわ (2010) 『植民地化初期のケニアにおける土 地制度とその変遷』、武内進一編『アフリカの土地と国 家に関する中間成果報告』第2章、アジア経済研究所 pp.43-54 15) 熊谷元喜ほか (2013) 『2012 年度ケニア実習報告書』神 戸大学大学院国際協力研究科 pp.7-58 16) 松田素二・津田みわ (2012) 『ケニアを知るための 55 章』明石書店 p.264 17) 穂坂光彦 (1994) 『アジアの住まいとわたしの住まい』 明石書店 pp.193-342 18) BBC (2009) “Kenya begins huge slum clearance” http://news.bbc.co.uk/2/hi/africa/8258417.stm(最終ア クセス 2014 年 8 月 9 日) 19) The White House blog (2010) “Audio Slideshow: Dr. Biden Sees the Neighborhoods of Kenya” http://www.whitehouse.gov/blog/2010/06/08/audio-sli deshow-dr-biden-sees-kibera-kenya (最終アクセス 2014 年 12 月 17 日) 20) 在 ケ ニ ア フ ィ ア ン ラ ン ド 大 使 館 “Millennium Development Goals” (2014) http://www.finland.or. ke/public/default.aspx?nodeid=46395&contentlan=2&cult ure=en-US(最終アクセス 2014 年 1 月 5 日) あると結論づける。 表2.各主体が行う事業の特徴 主体 事業 利点 今後の課題 キベラスラム全体で、生活環境の改善に向けた 取り組みを行う可能性が低い ケニア政府 スラムクリアランス 資金が豊富 準政府組織 政府の事業分封 (水供給など) スラム全体で平等に整備が行われている 開発協力団体 住人指導 住人を指導することで少ない費用で実行で き、事業を広げることができる 東部と西部の貧困や人口の差について考慮し ていない 資金不足、人材不足により、改善事業が抜本的 な解決になっていない可能性がある
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