日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 9(2015) 動的幾何ソフトを用いた非ユークリッド幾何学の教材化 Non-Euclidean Geometry with Dynamic Geometry Software 大西俊弘 ONISHI , Toshihiro 龍谷大学 Ryukoku University [要約]スーパーサイエンスハイスクール(66+)などで取り組む、やや高度ではある が数学的な示唆に富む教材開発の一環で、7D[LFDE*HRPHWU\ の教材化に取り組んだ。 7D[LFDE*HRPHWU\ は、最初の導入はしやすい教材ではあるが、少し取り組むと煩雑な計 算が伴う部分がある。その困難を動的幾何ソフト *HR*HEUD を用いて緩和し、大学レベル の数学を高校生にも取り組める教材とするのが、本研究の目的である。 [キーワード]7D[LFDE*HRPHWU\、*HR*HEUD、発展的教育、非ユークリッド幾何学 1.研究の目的 算数を好きな小学生は多いが、中学校・高等学 校になると数学を苦手とする者が多い。その理由 としては次のことが考えられる。 ①難解な数式の意味が分からない ②図形の論証や証明が難しい ③日常生活の何の役立つのかよく分からな い このうち、①の障壁に関しては、テクノロジー を活用すれば、かなり解消できる。すなわち、手 作業では大変な複雑な計算を軽減することや、数 学を視覚化しイメージを伝えることができるので、 数学の考え方やその美しさを、生徒に伝えること が可能となる. しかし、テクノロジーの利用は、数学が苦手な 生徒だけに役立つだけでなく、数学が得意な生徒 にとっても、強力な探究のツールとなりうる可能 性を秘めている。数学が得意な生徒の数学学習に おいて、テクノロジーの活用方法を提案し、その 効果を検証することが、近年取り組んでいる研究 の大きな目標である. 理数系教育の充実をはかる目的で、年から スーパーサイエンスハイスクール(66+)制度が 始まった。66+校では数学と理科に力を入れるこ とになっているが、一部の学校をのぞいて数学関 係の研究は低調である。その理由としては次のこ とが考えられる。 ①数学の問題は、少し一般化・発展させると 急に難しくなり手に負えなくなる。 ②理科のような具体物がないので、数学の研 究に対するイメージが湧きにくい。 ③高2までは数学的な道具立てが揃わない ため研究がしづらく、高3になると受験が あるため、研究どころではなくなる。 上記の3つの障壁を、テクノロジーを利用する ことで何とか乗り越えたいと考えている。66+校 向けの教材はどうしてもハイレベルのものとなり、 全ての高等学校で利用できるわけではないが、開 発する側から考えると的が絞りやすいというメリ ットがある。また、66+校の授業がほとんど知ら れていないため研究の新規性もあり、学習指導要 領や大学入試に拘束されている一般の高等学校で の授業実践は、時間的に困難であると予想される ので、カリキュラムに特例が認められている(66+) に的を絞って教材開発を行いたい。本稿では、そ の一例として、7D[LFDE*HRPHWU\ の教材化につい て提案を行う。 2.数学教育におけるテクノロジー利用の状況 欧米の学校では、数学の授業で動的幾何学ソフ ト・数式処理ソフト・グラフ描画ソフト等を教具・ 学習ツールとして日常的に用いている。 例えば、米国などでは、各生徒が数学教育用の グラフ電卓を個人所有しており、数学の授業はそ れを利用して進められることが多い。また、6$7な どの大学入試(資格試験)においても、グラフ電 卓の利用が必須の試験が実施されている。この試 験では、テクノロジーの力を利用して、現実社会 に関係した実際的な問題を解決することに取り組 ませている。 また、フランスなどでは幾何学習用のソフトの 利用が盛んで、図形の性質を生徒に発見させ、そ の性質を探究していく活動が積極的に行われてい る。そのため、中学校の幾何の教科書自体が動的 幾何学ソフトの利用を前提として執筆されている。 開発途上国においても、,&7機器の低価格化や、 *HR*HEUDなどの高機能なフリーソフトの普及も あって、テクノロジー利用は急速に進展しつつあ る。 一方、日本は ,&7機器の生産では世界有数の国 ― 77 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 9(2015) でありながら、,&7機器を数学の授業にほとんど 活用していない現実がある。テクノロジー利用が 進展しない理由としては、次のようなものが考え られる。 ①黒板とチョークによる伝統的な授業で今 まで成果を挙げてきた ②日本の入学試験では電卓などの持ち込み が許されない ③,&7 機器の整備にお金がかかる しかし、機器の低価格化が進み、タブレット端 末などが学校にも普及し始めるとともに、新課程 では問題解決学習や課題学習が推奨されるように なってきたので、状況は徐々に改善されつつある。 日本と同じように、教師主導の知識注入型の授 業を行ってきた東アジア諸国の方が、テクノロジ ー利用に関しては日本よりも積極的であり、韓国 などは特にその方面に力を入れている。有名電器 メーカー凋落に見られるように、日本はアジアの 新興諸国に後れを取る場面が増えてきているので、 理数系の優れた人材を育てるため今後はテクノロ ジー利用が推奨されていくものと思われる。 3.7D[LFDE*HRPHWU\ とは 1)教材選定の理由 数学のある理論体系があるとき、その公理の一 部を変更することによって、別の理論体系が得ら れる場合がある。有名なところでは、ユークリッ ド幾何学の平行線公理(第 公準)を変更するこ とで、非ユークリッド幾何学が発見されたという 例がある。 ユークリッド幾何学における距離の定義を変更 すると、7D[LFDE*HRPHWU\ と呼ばれる幾何学が構 築することができる。7D[LFDE*HRPHWU\ は、非常 に簡単なモデルであるにも拘わらず、数学的に興 味深い性質が多数あるため、米国などでは授業実 践例も多い。しかし、日本においては、正規のカ リキュラムにないため時間確保難しいことや、性 質を全て手作業で調べることが大変であるため、 ほとんど取り上げられていない。 理数系の能力が高い高校生に対して、公理系の 変更で新しい理論体系が生まれることを体験させ ることは、大学での数学への導入として非常に意 義深いことである。理数系の能力が高い高校生が、 7D[LFDE*HRPHWU\ の性質を探究するためのツール を、動的幾何ソフトのマクロ機能を用いて開発す ることが、本研究の当面の目的である。将来的に は、学習指導要領を超えた内容を扱うことができ るスーパーサイエンスハイスクール等で、このツ ールを用いた授業実践を行う予定である。 2)数学的な定義 7D[LFDE*HRPHWU\ は、 世紀末に数学者 +HUPDQQ 0LQNRZVNL が考案し、 世紀の数学者 .DUO0HQJHU が発展させたものである。 平面上に 点 A( x1 , y1 ), B( x2 , y2 ) があるとき、 ユークリッド幾何学では、 点間の距離を次のよ うに定義する。 AB ( x2 x1 )2 ( y2 y1 )2 それに対して、7D[LFDE*HRPHWU\ では、 点間 の距離を次のように定義する。 AB x2 x1 y2 y1 これは、図1のように、道路が碁盤の目状にな っている街をタクシーで移動するときの距離に相 当する。7D[LFDE*HRPHWU\ という名称は、タクシ ーの運転手にとっての幾何学に由来する。 図1 7D[LFDE*HRPHWU\ での距離 4.7D[LFDE*HRPHWU\ 用のマクロ開発 ユークリッド幾何学では、点 $ からの距離が となる点の集合は、図2のような円となる。 図2 ユークリッド幾何学における円 それに対して、7D[LFDE*HRPHWU\ では、点 $ か らの距離が となる点の集合は、図3のような正 方 形 と な る 。 よ っ て 、 こ の 正 方 形 は 7D[LFDE *HRPHWU\ における「円」に相当する。 ― 78 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 9(2015) また、メニューから「7 円(中心と半径) 」を選 択し、中心と周上の1点を指定することで、半径 を自動的に計算し、7D[LFDE*HRPHWU\ における 「円」を簡単に描けるツールなども開発した。こ れらのツールを用いると、次に示すような図形の 性質を探究が可能となる。 5.7D[LFDE*HRPHWU\ の教材例 1)2つの定点から等距離にある点の集合 ユークリッド幾何学では、 点 $% から等距離 にある点の集合は、線分 $% の垂直二等分線となる。 これは、図6に示すように、半径が等しい2つの 円(点 $ を中心とする円と点 % を中心とする円) の共有点の軌跡として求めることが出来る。 図3 7D[LFDE*HRPHWU\ における「円」 動的幾何学ソフトを用いて、ユークリッド幾何 学におけ る円を描くことはでき るが 、 7D[LFDE *HRPHWU\ における「円」を描くことは出来ない。 そこで、動的幾何学ソフト *HR*HEUD のマクロ機能 を用いて 7D[LFDE*HRPHWU\ における「円」を描く 機能などを開発した。 図6 ユークリッド幾何学の場合 図4 7D[LFDE*HRPHWU\ 用のツール 図4に示すように、通常のメニューと同様に開 発したツールを呼び出すことができる。例えば、 メニューから「7 円(中心と半径) 」を選択し、中 心となる点を指定し、半径 r を数値で入力するこ とで、7D[LFDE*HRPHWU\ における「円」を描くこ とができる。これは、中心 ( x, y) に対して、 点 ( x r, y ),( x, y r),( x r, y ),( x, y r) を 通 る 7D[LFDE*HRPHWU\ においても、同様の考え方で、 点 $% から等距離にある点の集合を求めること ができるが、その結果はユークリッド幾何学の場 合とはかなり様相が異なる。開発したツールを用 いて、7D[LFDE*HRPHWU\ における「円」を2つ描 き、半径を変化させたときの2「円」の共有点の 軌跡を調べることで、その様子を調べることがで きる。 直線 $% の傾きが の場合は、ユークリッド幾何 学の場合と同様に、図7のように垂直二等分線と なる。 正方形を描くことで実現させている。 (図5) 図7 直線 $% の傾きが の場合 図5 「円」の描画原理 ― 79 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 9(2015) 直線 $% の傾きが、正かつ 未満の場合は、図8 のような折れ線となる。 2)2つの定点から距離の和が一定な点の集合 ユークリッド幾何学では、図 に示すように、 2定点 $、% からの距離の和が一定となる点の集合 は、楕円となる。同様に、距離を用いて双曲線や 放物線も定義できる。 図8 直線 $% の傾きが 未満の場合 直線 $% の傾きが 以上の場合は、図9のような 折れ線となる。図8の場合と、折れ線の向きが異 なることに注意する。 図 ユークリッド幾何学における楕円 7D[LFDE*HRPHWU\ においても、同様の考え方で、 点 $% からからの距離の和が一定となる点の集 合を求めることができる。開発したツールを用い て、7D[LFDE*HRPHWU\ における「円」を2つ描き、 半径の和が一定という条件のもと、半径を変化さ せたる。2「円」の共有点の軌跡を調べることで、 その様子を調べることができる。2定点 $、% から の距離の和が一定となる点の集合は、図 のよう になる。これは 7D[LFDE*HRPHWU\ における「楕円」 と考えることができる。 図9 直線 $% の傾きが より大きい場合 直線 $% の傾きが の場合は、図 のような領 域となる。折れ線ではなく、領域となる点に注意。 (なお、傾きが の場合も領域となる。 ) 図 7D[LFDE*HRPHWU\ における「楕円」 図 直線 $% の傾きが の場合 3) 次曲線に相当する図形 (2)の場合と同様に、ユークリッド幾何学に おける双曲線の定義を 7D[LFDE*HRPHWU\ に適用す ることで、図 のような「双曲線」が得られる。 ― 80 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 9(2015) ②定点から一定の距離にある点の軌跡 例)$ 、$3 となる点 3 の軌跡 ・ユークリッド幾何学の場合の復習 ・7D[LFDE*HRPHWU\ における場合の考察 <方法1>方眼紙上に、点をプロット <方法2> P( x, y) とおき、方程式 x 5 y 6 3 を場合分けにより絶対 図 7D[LFDE*HRPHWU\ における「双曲線」 また、ユークリッド幾何学における放物線の定 義を 7D[LFDE*HRPHWU\ に適用することで、図 のような「放物線」が得られる。 値をはずしてグラフを描く。 ③2定点からの距離が等しい点の軌跡 例)$ 、% 、$3=%3 となる点 3 の軌跡 ・ユークリッド幾何学の場合の復習 ・7D[LFDE*HRPHWU\ における場合の考察 <方法1>方眼紙上に、点をプロット <方法2> P( x, y) とおき、方程式 x 3 y x 3 y 3 を場合分けに より絶対値をはずしてグラフを描く。 <方法3>開発したツールを用いて、 「円」の交点の軌跡を求める ・ 点の座標が変化した場合の考察 ・ユークリッド幾何学との類似点・相違点の 考察 ④2定点からの距離の和が一定である点の軌跡 例)$ 、% 、$3+%3 となる点 3 の軌跡 ・ユークリッド幾何学の場合の復習 ・7D[LFDE*HRPHWU\ における場合の考察 <方法1>方眼紙上に、点をプロット <方法2> P( x, y) とおき、方程式 x 3 y x3 y 3 10 を場合分 図 7D[LFDE*HRPHWU\ における「放物線」 6.授業実践の構想 将来行う授業実践では、理数系の高校生を対象 にする予定である。まず、プリント教材による手 作業を通じて 7D[LFDE*HRPHWU\の概略を把握し、 次に *HR*HEUD の操作方法を教えた後に、今回開発 したマクロを与えて、7D[LFDE*HRPHWU\ の性質を 探ることになる。具体的には、次のような流れで、 授業を進める予定である。 ①7D[LFDE*HRPHWU\ における「距離」の定義の紹 介 AB x2 x1 y2 y1 例)$ 、% のとき、ユークリッド 幾何学における距離と 7D[LFDE*HRPHWU\ における「距離」を求める。 けにより絶対値をはずしてグラフを描く。 <方法3>開発したツールを用いて、 「円」の交点の軌跡を求める ・ 点の座標が変化した場合の考察 ・ユークリッド幾何学との類似点・相違点の 考察 ⑤2定点からの距離の差の絶対値が一定である点 の軌跡 上記と同様であり、このあたりからは、生徒 主導で考察を進めて行きたい。 二次曲線だけでなく、ユークリッド幾何学の 様々な性質が 7D[LFDE*HRPHWU\ ではどのような形 で成り立つかどうかの検証をすすめ、教材の事例 集を作成したい。 ― 81 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 9(2015) 7.考察と今後の課題 本研究では、7D[LFDE*HRPHWU\ を動的幾何学ソ フト *HR*HEUD で扱う方法について考察し、その実 装を行った。マクロの実装はほぼ完了しており、 ユークリッド幾何学上の図形を描くのとほぼ同じ 操作で、7D[LFDE*HRPHWU\ 上の図形を描くことが できる。しかし、図形を描く元となるオブジェク トの指定順序が限定されているなど、操作性等に まだまだ改良の余地がある。操作性の改良が進ん だ段階で、その原理・手法を文書にまとめ、開発 したマクロと共に、 :(% 上で公開する予定である。 マクロの実装には 7D[LFDE*HRPHWU\ に対する正 確な理解が必要であるので、マクロの実装自体が、 数学が得意な大学初年級の学生に適した教材であ ると再認識した。 7D[LFDE*HRPHWU\ では、ユークリッド幾何学と 類似の性質が常に成り立つものと、部分的に成り 立たないものがある。どのような場合に成り立た ないのか、調べてその法則性を見つける課題を課 すことができる。見つけた法則に対して、高校生 のレベルで証明可能であり、有意義な教材である と考える。 生徒にとっては、 ユークリッド幾何学と 7D[LFDE *HRPHWU\ は、全く異なるものに感じられるであろ うが、どちらにおいてもほぼ同じ性質が成り立つ ことは驚きであろうと思われる。このような探究 活動を通して、数学に対する幅広い見方を養うこ とができ、ユークリッド幾何学の各定理の再確認 に繋がる。 今後、非ユークリッド幾何学の他のモデル(ポ アンカレ平面等)についても、ユークリッド幾何 学の主要な定理が成立するか考察する授業を考え ている。 参考文献 (XJHQH).UDXVH7D[LFDE*HRPHWU\'RYHU 3XEOLFDWLRQV .UDXVH(XJHQH)7D[LFDE*HRPHWU\ 0DWKHPDWLFV7HDFKHU S %\UNLW'RQDOG57D[LFDE*HRPHWU\$ 1RQ(XFOLGHDQ*HRPHWU\RI/DWWLFH3RLQWV 0DWKHPDWLFV7HDFKHUS 3UHYRVW)HUQDQG-7KH&RQLF6HFWLRQVLQ 7D[LFDE*HRPHWU\6RPH,QYHVWLJDWLRQVIRU +LJK6FKRRO6WXGHQWV0DWKHPDWLFV7HDFKHU YQS -5+DQVRQ$9LVLWWR7D[LFDE*HRPHWU\ ,QWHUQDWLRQDO-RXUQDORI0DWKHPDWLFDO (GXFDWLRQLQ6FLHQFHDQG7HFKQRORJ\ $GD7XED7HDFKLQJ$FWLYLW\%DVHG7D[LFDE *HRPHWU\(GXFDWLRQDO5HVHDUFKDQG 5HYLHZVYQS 6PLWK&KULVWRSKHU(,VWKDW6TXDUH 5HDOO\D&LUFOH"0DWKHPDWLFV7HDFKHU YQS ― 82 ―
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