重症筋無⼒症のエキスパートへの道標 特別企画 座談会 ⼩児期発症重症筋無⼒症(MG)の診断・治療について -重症筋無⼒症診療ガイドライン2014監修 野村芳⼦⼩児神経学コンサルティング 代表 野村 芳⼦ 先⽣ 出席者 市⽴宇和島病院 副院⻑兼診療部⻑ 林 正俊 先⽣ 東京⼥⼦医科⼤学医学部 ⼩児科 講師 ⽯垣 景⼦ 先⽣ 信州⼤学医学部 ⼩児医学教室 准教授 稲葉 雄⼆ 先⽣ (発⾔順) (お写真左から⽯垣先⽣、林先⽣、稲葉先⽣) -はじめに 2014年3⽉に「重症筋無⼒症診療ガイドライン2014」が公表されました。今回は⼩児期発症MG を⽇々診療されている専門の先⽣⽅をお招きして、ガイドラインに記載されていない診断や治療 のポイントについてお話しいただきました。 ⼩児期発症MGを診断するうえでのポイントと注意点について -⼩児期発症MGにおける診断で重要なことは? 林先⽣: 臨床型を⾒きわめることが重要です。全⾝型か眼筋型かでその後の治療戦略が⼤きく変わってき ます。⼩児の眼筋型は抗体価が低く、陽性と出ないケースもかなりあります。そのような患者に 全⾝型で推奨されているステロイド薬を含めた強い治療を⾏うのは問題があります。まずは臨床 型を⾒きわめ、その後どのように症状が進展・展開していくのかを診ていきます。 ⽯垣先⽣: 全⾝型では呼吸障害などが現れる可能性もあります。眼筋型では、両親の観察がかなり重要にな ります。眼瞼下垂を確認するのに具体的な質問をします。例えば「テレビを観ているときや、⼣ ⽅になると顎をあげていませんか?」といった質問をすることで、早く異常を発⾒することがで きると思います。 また、眼瞼下垂があればMGと判断せず、鑑別すべき疾患を把握していくことも非常に重要です。 例えば脳腫瘍などといった危険性が常にあるということを念頭においておく必要があります。 稲葉先⽣: 軽い眼瞼下垂の場合、患者は眼科や形成外科を受診することも少なくありません。そのため、他 科の先⽣⽅にも⼩児期発症MGの症状についてよく知っておいてもらう必要があります。症状がわ かりにくい場合には、症状が悪化する⼣⽅と朝や健常であった数ヵ⽉前のスナップ写真を患者さ んに持ってきてもらい⽐較するようにしています。 -臨床症状を正しく把握するポイントは? 林先⽣: 塩酸エドロホニウム試験を⾏う時、受診時間を症状の出やすい⼣⽅に設定す ることがポイントです。その結果、午前中よりも明⽩に出ます。 稲葉先⽣: もともと発達の遅れや構⾳障害などがある場合、MGの全⾝型の症状を把握す ることは難しくなりますので、より具体的な症状を訊くことが重要です。例 えば、⽐較的早期から出やすい閉⼝障害では、飲⾷物を⼝角からこぼしたり、⿐の⽅に⾷物が逆 流したり、⿐声になったりします。また、⾷事中むせたり、時間がかかるようになっていない か、睡眠中の息遣いが荒くなっていないかなど細かい症状を⼀つ⼀つ訊くようにしています。 ⽯垣先⽣: MGの症状には、易疲労性により⼣⽅に症状が悪化すること(⽇内変動)や⽇によって症状が変動 すること(⽇差変動)があることを伝えることもポイントです。例えば⼩児の場合、「特に⼣⽅ に抱っこをせがみませんか?」「泣き声が午前よりも午後で弱くなっていないですか?」などで す。乳児の場合、「ミルクの飲み⽅が悪くなっていませんか?」「むせやすくなっていません か?」などを聞くのも役⽴ちます。 -どのような症状が出れば受診していただきますか? 稲葉先⽣: 基本的に普段と異なる症状があれば早めに受診していただくようにしていますが、特に飲み込み づらい、むせやすい、声が⼩さい、声がかすれやすいといった球症状を疑う訴えがあれば、ク リーゼになる可能性がありますので、より速やかな受診を促します。 林先⽣: 上記の症状に加えて、乳児だとミルクを飲むとむせますし、⼤きくなると喉に⽔が溜めておけ ず、ゴロゴロとうがいができなくなるので、このような症状が出れば早めに受診するように説明 しています。 また、⼊院患者さんでは、抗体価も⼀つの指標としてみています。症状が出る前に抗体価は上昇 しますが、具体的な基準はないので、判断が難しいです。 -⼩児期発症MGでの、病原性⾃⼰抗体であるアセチルコリン受容体(AChR)抗体や筋特異的受容体 型チロシンキナーゼ(MuSK)抗体の特徴は? 林先⽣: ⼩児期発症MGの場合、抗体価が検出感度以下になるケースが多くなります。従いまして、⽇内変 動を含めて⺟親に⽇ごろから症状を観察してもらうことがポイントになります。塩酸エドロホニ ウム試験は結果がわかりづらいという医師もいますし、筋電図検査も同様です。そのため、最後 は症状が非常に重要になります。 稲葉先⽣: ⼩児の場合、抗体が陽性であれば診断は確実ですが、陰性だからMGの可能性が低いとはいえませ ん。 ⽯垣先⽣: AChR抗体価はあくまで診断の参考にすぎませんが、MuSK抗体は今後出てくる症状の指標にしま す。MuSK抗体陽性では、嚥下障害やクリーゼが起きやすいことを予測しながら治療を⾏います。 また、抗体陰性例では先天的な遺伝⼦変異が原因である先天性筋無⼒症の可能性を忘れてはいけ ません。抗体陰性が続き、免疫抑制療法への反応が不良な場合には、やみくもに免疫抑制の治療 を強めるのではなく、先天性の可能性も疑って遺伝⼦検査などを⾏う必要があります。 -抗体価は重症度と相関しますか? ⽯垣先⽣: 抗体価は重症度に影響しません。しかし、免疫を専門とする先⽣の中に は、抗体価が⾼いと病態が悪いと考え、抗体価を0(ゼロ)近くなるまで ステロイド薬を⼤量に投与されるケースがあります。 林先⽣: MGはAChR抗体陰性(seronegative MG)でも症状が重い患者さんや、抗体価が2,000 nmol/L でも症状がほとんどない患者もいます。抗体価は、症状が現れたときの値がある程度低下し、症 状が治まればよいと思います。 患者のQOLが⼤事なので、抗体価がゼロではなくても普通に⽣活ができれば、むしろ薬剤の副作 ⽤を考えて投与を控えるべきです。 -神経筋接合部障害を検査するポイントは? 稲葉先⽣: 神経筋接合部障害の診断時には、全例で塩酸エドロホニウム試験と反復刺激試験を⾏っていま す。反復刺激試験は鎮静薬を使⽤せずに⾏います。単線維筋電図は⾏わず、診断時にはアイス パック試験は⾏っていません。 ⽯垣先⽣: 塩酸エドロホニウム試験と反復刺激試験、アイスパック試験を⾏っています。しかしアイスパッ ク試験は、MGでなくても陽性に出る例もあり注意が必要です。反復刺激試験は、病型分類におい て非常に重要な検査なので、幼児で検査に対して恐怖が強かったり、協⼒が得られない場合、必 要に応じてセデーション下で⾏っています。できるだけセデーションは避けますが、検査の重要 性を考えて、どうしてもなしではできない場合は⾏います。その場合は、当然インフォームドコ ンセントをしっかり取ります。鎮静薬の危険性について説明した上で主にチアミラールナトリウ ムを投与しています。 林先⽣: 症状を中⼼にみて、それを補助する検査として塩酸エドロホニウム試験と反復刺激試験を⾏いま す。反復刺激試験は数秒で終わるのでセデーションなしで⾏います。しかし、痛いのでかなり症 例は選択して⾏います。乳幼児ではなかなかきれいに撮れない場合もあり、できる限り塩酸エド ロホニウム試験で診断をつけたいと考えています。しかし、陽性の出やすい時間帯を選び検査を ⾏っても、評価が難しく、診断がつかない症例もあります。 ⽯垣先⽣: 最近アイスパック試験は陽性、塩酸エドロホニウム試験は陽性に近く、負荷をかけると上⽅視で 眼瞼下垂が起こるような易疲労性がある症例を経験しました。当初MGと診断しましたが、CT画像 より脳腫瘍であることがわかりました。腫瘍体積が増えて動眼神経を圧迫するケースで、アイス パック試験は偽陽性になったのではないかと思われます。塩酸エドロホニウム試験は2回⾏い、2 回目に通常2mgの薬剤量を増やして投与したところ陽性と判断しましたが、はっきりしませんで した。経験的にアイスパック試験より塩酸エドロホニウム試験の⽅が特異度は⾼い印象を持って います。 ⼩児では、塩酸エドロホニウムは通常、体重換算して投与しますが、最⼤投与量を2mgとしてい ます。この量で迷うケースはMG以外の症例が多いです。 林先⽣: 成⼈、⼩児、体重にかかわらず原則2mgで⾏っています。2mgではっきりしない場合は2mg追加 投与して、1〜2分経過をみて確認します。最⼤投与量は4mgとなります。 稲葉先⽣: 研修医でも⾏えるようマニュアル(クリニカルパス)化しています。医師と看護師合わせて2〜3 名で⾏うよう、経時的に役割を明記しています。塩酸エドロホニウムの投与は、最初の15秒間で 0.05mg/kg投与し、改善が明らかでなければ続く30秒間で0.15mg/kgを追加投与して確認しま す。最⼤量は5mgとしていますが、体重10kgを超えると2mg以上投与することになります。ほぼ 全例でコリン作⽤による羞明と涙液分泌増加を認めますが、この量で迷うケースはほとんどあり ません。必ず⼼電図モニターの監視下で⾏っています。⼼拍数は少し低下することがあります が、準備している硫酸アトロピンを使⽤したことはありません。また、この時に眼球運動や上⽅ 視をさせたいので、注視させるための玩具を⽤意してそれを動かしながら観察します。同時に、 後で検証できるように動画撮影しています。注意点としては、先天性筋無⼒症候群の患者さんで も陽性となることがあるのと、⼀部の先天性筋無⼒症候群では増悪する場合があることを知って おく必要があります。 -画像検査は必ずされていますか? ⽯垣先⽣: 胸腺の評価はしています。CT検査はセデーションなしで⾏えるのが利点ですが、造影剤による副 作⽤やクリーゼ誘発を懸念し、MRIで検査を1回⾏います。MRI検査では、胸腺の過形成の脂肪組 織像もわかりやすく、胸腺摘除の判断もしやすくなります。 稲葉先⽣: 当施設でも、鎮静薬に留意しながら⼀度はMRIを⾏うようにしています。また、異所性胸腺の鑑別 のためにタリウム・シンチを⾏うことがあります。 -⼩児期発症MGを診断する上でのポイントは? 林先⽣: ⾎液検査など各試験による診断基準を満たすケースの⽅が多いと 思いますが、基本は臨床症状を⾒きわめることがポイントになり ます。 ⽯垣先⽣: ガイドラインの診断基準は、広く浅くMG患者を診断する目的、未診断例をつくらない目的で作成 されています。診断基準案の症状は全⾝型の成⼈MGを想定しているものが多く、今回作成された 診断基準が、すべての⼩児期発症MG患者に適合するものではないことを理解して診断を⾏ってく ださい。成⼈では、診断の難しい患者さんには、⾎液浄化療法の治療反応性をみて診断すること も薦められています。 林先⽣: ガイドラインはその時代の最良な内容だということを理解する必要があります。MuSK抗体が発⾒ される前にseronegative MGとなった例でも免疫抑制薬は明らかに効果があったことを多くの医 師が経験されています。今後新しく発⾒される抗体もあり、陰性だからMGではないとはいえませ ん。また、先天性筋無⼒症でも眼瞼下垂があり、反復刺激試験で漸減現象(waning)が認めら れ、塩酸エドロホニウム試験も陽性に出ることがありますが、⾃⼰免疫異常ではないため所謂後 天的なMGではありません。このように診断基準がすべてではないことを理解し診断することがポ イントになります。 ⼩児期発症MGの難治例に対する治療のポイント -病型による治療のアプローチの違いは? 林先⽣: 眼筋型か全⾝型を⾒きわめる⽅法として、抗コリンエステラーゼ薬の治療期間があります。軽い 眼筋症状の場合は数ヵ⽉投与せず様⼦をみる場合もありますが、抗コリンエステラーゼ薬のみを 投与してみて数ヵ⽉様⼦をみます。その間に症状が進⾏すれば、次のステップの治療を考慮しま すが、そのまま治癒・寛解するケースも少なからずあり、そのような患者にむやみにステロイド 薬を投与する必要はないと考えています。 ⽯垣先⽣: ガイドラインでは、「早くに」「速やかに」といった表現が使われており、判断に迷われると思 います。判断基準のエビデンスはなく、この判断は医療機関により様々なのが実情です。当施設 では、四肢筋の罹患がなければ抗コリンエステラーゼ薬を投与開始し、その後2〜3週間で次の治 療へ進むか否かを判断しています。2〜3週という早い時期に判断するのは、抗コリンエステラー ゼ薬が対症療法に過ぎないという考えのもと、ステロイドを積極的に導⼊する⽅針であるからで す。 林先⽣: 当施設の場合、次の治療に進む判断は、抗コリンエステラーゼ薬投与3ヵ⽉後に⾏います。その間 に抗コリンエステラーゼ薬の⾄適量を決めるために塩酸エドロホニウム試験を何回か⾏います。 3ヵ⽉後、症状が安定していれば、もう3ヵ⽉抗コリンエステラーゼ薬のみで治療を⾏います。3ヵ ⽉後の時点で抗コリンエステラーゼ薬の投与量が増加、もしくは抗体陽性となるようなケースで は次の治療であるステロイド薬を投与します。 稲葉先⽣: 当施設では、四肢筋の反復刺激試験で陰性であれば抗コリンエステラーゼ薬の 漸増を開始しますが、2〜3週間で評価して寛解が得られそうもなければその時 点でステロイド薬を導⼊します。 林先⽣にご質問ですが、抗コリンエステラーゼ薬の投与のみで3〜6ヵ⽉で治 癒・寛解する症例が、後に再発・再燃しやすいということはありませんでしょ うか。 林先⽣: 再発・再燃する例もありますが、しないことが多いです。⼀旦ステロイド薬を開始すると⻑期間 投与することになるので、数ヵ⽉は抗コリンエステラーゼ薬のみで様⼦をみます。 -難治例に対する印象は? 林先⽣: 眼筋型の難治例では胸腺摘除、ステロイド薬や免疫抑制薬(タクロリムス、シクロスポリン)を 導⼊しても効果がないというケースがあります。そのような患者さんは、初発から数年間の治療 でコントロールできず、そのまま症状が固定している印象があります。 ⽯垣先⽣: 確かに、初発時の介⼊が遅く、1年以上経過した症例はどの治療に対しても反応が乏しい印象があ ります。潜在性全⾝型で、胸腺摘除、1年以上の⾼⽤量ステロイド薬で治療されていた患者さん は、副作⽤のためステロイド薬の減量を⾏うもステロイド依存性のため減量できず、免疫抑制薬 を併⽤しても短期間で再発を繰り返していました。 欧⽶のエビデンスでは、⽣命にかかわる全⾝型の難治例に対する記載はあっても、⽣命にかかわ らない眼筋型の難治例に対する記載はなく、最終的に⼿術を⾏えばよいとの記載のため、今回の ガイドラインにも眼筋型の難治例については触れていません。眼瞼下垂は⼿術での改善が期待で きても、複視によるADLの低下に対しては悩んでいます。 -眼筋型の難治例に対する治療は? 林先⽣: 1歳で発症し、5歳前後で受診された眼瞼下垂と斜視の純粋眼筋型の患者さんは、ステロイド薬が 無効、10歳を超えて胸腺摘除後、ステロイド薬の効果がしばらく続きましたが再発し、タクロリ ムスやシクロスポリンも効果が⻑続きしませんでした。現在20歳代で、⽇常⽣活は適応していま すが、もう⼀歩よくならないかと思っています。純粋眼筋型のため、⾎液浄化療法は⾏っていま せん。特に⼩児での⾎漿交換療法は、他者の⾎漿を⼤量に使うので抵抗があります。 成⼈では、seronegative MG患者さんや、症状の強い患者さん、抗体価の⾼い難治性眼筋型で は、治療の⼀つとして⾎液浄化療法を選択することはあります。 稲葉先⽣: ステロイド薬による治療を⼀定期間観察しても寛解が得られない場合は、あまり躊躇せずにタク ロリムスの導⼊を考慮します。ステロイド薬の副作⽤軽減と、免疫抑制作⽤に加えて神経筋接合 部への直接作⽤を有する点から、有⽤であることが多いです。⾎液浄化療法に関しては、侵襲性 の⾼さと鎮静薬を避けたいという理由から⼩児への使⽤は抵抗があります。中学⽣以上の患者さ んには選択肢の⼀つになると考えていますが、当施設では⾎液製剤を使⽤しない免疫吸着療法 (immunoadsorption plasmapheresis: IAPP)を選択することが多いです。通常は抗AChR抗体陽 性の全⾝型で考慮し、眼筋型で選択するかは悩むところです。 ⽯垣先⽣: ⾎液浄化療法は、抗凝固薬による出⾎などの合併症の⼼配や、ステロイド薬を併⽤している場 合、もともと⾎圧上昇、⾎栓症のリスクがあるため、リスクを覚悟で⾏うか悩むところです。 稲葉先⽣: 治療後に眼瞼下垂のみが残存する例に対し、成⼈ではナファゾリン点眼液が投与されています が、⼩児での経験はありません。 林先⽣: 成⼈でも論⽂で記載されているほどの効果はないので、⼩児への投与は積極的にはしていませ ん。 ⽯垣先⽣: ナファゾリン点眼液以外にも、現在国内で難治例に対する治験が⾏われているリツキシマブ※の投 与経験はありません。しかし、保険適応外やガイドライン未記載の⼿段が残されていると思いま す。 ガイドラインはかなり⼿前の段階で⽌めています。例えば眼筋型だとステロイド薬の投与で終 わっており、その先の治療はトライアルになっています(図)。 今後、難治例を集めて治療法を 討論する会を設ける必要がありますね。 図 ⼩児期発症MGの治療指針 ⼩児期発症MGの治療の原則、治療の種類は基本的には成⼈例と同じである。 臨床型および発症年齢が重要である。 また、視機能維持、両眼視機能の維持に関しての注意が必要である。 林先⽣: 患者さんにとって眼はQOLを阻害する⼤きな問題です。⽣命にかかわらない「たかが眼」と考え る医療関係者との間で差があると思います。それを踏まえてどのレベルまで治療するのかは難し いところです。 -全⾝型の難治例に対する治療法は? 稲葉先⽣: ⼩児における全⾝型の難治例では、ステロイド薬による改善が⼗分でなければ、タクロリムスを はじめとする免疫抑制薬をあまり躊躇なく併⽤します。また、症状の増悪期には免疫グロブリン 静注療法(IVIg)が効果的です。特に⼩児では感染症が増悪の誘因となることが多いため、重篤な 副作⽤に感染症や増悪リスクのあるステロイドパルス療法※は選択しづらくなります。前述の通 り、中学⽣以上で循環が安定している場合は免疫吸着療法などの⾎液浄化療法を組み合わせるこ とも多いです。 林先⽣: 眼筋型の難治例と同様に、ステロイド薬に免疫抑制薬を組み合わせて治療します。胸腺摘除は10 歳以上で検討します。胸腺摘除後、改善が認められない場合、タクロリムスやシクロスポリンの 併⽤を考慮します。 その他の免疫抑制薬として、アザチオプリン※や、シクロホスファミド※、ミゾリビン※を併⽤す るケースがあります。 ⽯垣先⽣: ステロイド薬をベースとして、難治を想定すると早期に免疫抑制薬を併⽤します。再発した場 合、18歳以上では⾎液浄化療法もしくはIVIgを考慮し、18歳以下では、特に乳幼児ではブラッド アクセスも確保しにくいですし、⾎液浄化療法よりも侵襲性が低いIVIgを選択します。 MG診療ガイドライン2014では、胸腺腫MGは胸腺摘除の絶対適応ですが、非胸腺腫MGでは胸腺 摘除はあくまでもオプションの⼀つと記載され、控える傾向にあります。しかし、経験上、思春 期以降の患者さんで抗体価の⾼い例では、非胸腺腫MGでも胸腺摘除が有効な印象があります。 林先⽣: 10歳以上では、発症してから胸腺摘除までの期間が短いほど、その後の治療反応性が良い印象が あります。 -⼩児でのステロイド投与量は? ⽯垣先⽣: ステロイドの副作⽤に成⻑障害があるので、成⻑曲線をみながら思春期に向けて減量します。ス テロイド依存性のような場合は、ステロイド薬減量のために免疫抑制薬を積極的に併⽤していま す。 当施設では、⻑期に⾼⽤量ステロイドを内服させるよりは、積極的にステロイドパルス療法※を⾏ い、ベースのステロイド薬を少なく投与するようにしています。 稲葉先⽣: ステロイドの投与量は、概ねガイドラインに則っています。0.5㎎/㎏隔⽇程度から開始し、症状 をみて最⼤2mg/kg隔⽇程度まで漸増、以後漸減もしくは数週間観察して寛解に⾄らなければ他の 治療の併⽤を考慮します。 ところで、成⼈では5〜10mg/⽇で維持し、ステロイドパルス療法※や免疫抑制薬、IVIgなど他の 治療法を併⽤して軽微症状(minimal manifestations)を目指すといった考え⽅がなされるよう になってきました。今後、⼩児でもステロイド薬の投与量をより少量に抑える⼯夫を積極的に検 討することが必要かもしれません。また、⼩児では基本的に治癒・寛解を目指しますが、難治・ 重症例では成⼈と同じく軽微症状を目指すという考え⽅はあってもいいように思います。 林先⽣: 以前はステロイド薬を2mg/kg隔⽇よりもかなり多く投与してきましたが、免疫抑制薬やステロイ ドパルス療法※、IVIgなどによりステロイド薬の減量ができるようになりました。免疫抑制薬の選 択肢も増え治療しやすくなっています。 成⼈と⼩児ではステロイド薬に対する⼼理的なストレスも違うので、単純に投与量を類⽐という わけにはいかないと思います。 -ステロイドパルス療法※の選択は? ⽯垣先⽣: ステロイドパルス療法※は、増悪・再燃時に⾏います。ステロイドパルス療法※後、低⽤量ステロ イド薬と免疫抑制薬を併⽤します。しかし、初期増悪には絶えず注意が必要で、特に呼吸障害が 出現している全⾝型ではIVIgを優先させるなどの対処が必要です。患者さんや家族に初期増悪は よく説明しておく必要があります。 林先⽣: 初期増悪があるので、⾏う際は⼊院での管理が必要になります。効果も早く増悪・再燃時の選択 肢として⾏っています。 -免疫抑制薬について 林先⽣: タクロリムス、シクロスポリン以外の免疫抑制薬として、アザチオプリン※ や、シクロホスファミド※、ミゾリビン※を併⽤します。 ⽯垣先⽣: どの免疫抑制薬が効くのか理論的根拠は不⼗分です。 例えば、抗体産⽣を抑えるのが目的であれば、B細胞の免疫グロブリン産⽣を 特異的に抑制する免疫抑制薬が有効なはずですが、実際には、有効性が認められ、保険適⽤と なっているのはT細胞依存性の免疫反応を抑制するタクロリムスやシクロスポリンです。 林先⽣: B細胞の活性化を阻害するリツキシマブ※なども効果があるため、T細胞、B細胞で考えるのではな く、うまく組み合わせて治療するべきであろうと思います。 稲葉先⽣: 当施設では、T細胞やB細胞のそれぞれの分画と活性化の状態をリンパ球表⾯抗原やB細胞活性化 因⼦などを測定することによって、治療反応性の評価と治療⽅針決定の参考にしています。 -IVIgをどのような⼩児期発症MG患者さんに⾏いますか? ⽯垣先⽣: IVIgは全⾝型の難治例に⾏います。特に呼吸障害が出始めているケースでは⽐較的早期に⾏うこ とで、クリーゼに⾄らず寛解に戻せます。しかし、眼筋型の難治例に対しては、効果はあまりあ りませんでした。全⾝型の眼筋症状に対しては効果があるIVIgが、なぜ眼筋型の眼筋症状には効 果がないのか疑問に思います。 稲葉先⽣: 免疫抑制作⽤のないIVIgは、全⾝型MGの難治例の増悪期に⾏います。⾃験例では投与2⽇目から 症状の改善がみられたものが多く、いずれも球⿇痺症状も数⽇以内に消失しました。症状の増悪 時や再燃時には、IVIgをできる限り早期に⾏うことが、患者さんのQOLの向上に寄与すると思い ます。 今のところ純粋眼筋型へのIVIgは⾏っていないため、全⾝型との効果の⽐較はできておりませ ん。 -IVIgでは年齢を気にされますか?また、注意点は? 稲葉先⽣: 年齢は気にしていません。全年齢が対象になります。特に、⼩児では ⾎液浄化療法を⾏いにくいため、IVIgを多⽤します。また、ステロ イド薬の副作⽤を倦厭する若年⼥性の再燃例でも非常によく効き、 QOL向上に寄与しました。 注意点があるとすれば、IVIgを受けた患者さんは6ヵ⽉以上間隔をあ けてから⽣ワクチンを接種することくらいでしょうか。実際には、⽣ワクチンを頻回に接種する 年齢でのMG発症は少なく、臨床的に問題となる事はあまりないといえます。 ⽯垣先⽣: IVIgは、ステロイド薬や免疫抑制薬を投与している患者の増悪時・再燃時が対象です。⼤量のス テロイド薬や免疫抑制薬では、不活化ワクチン(B型肝炎ワクチン等)は別ですが、そもそも⽣ワ クチン(⿇疹・風疹ワクチン等)は控えますので、あまり注意すべき点とは考えていません。 加えて、IVIgは川崎病でも⽤いられているので、医師も看護師も慣れていて副作⽤やその対処法 などもよくわかっています。特にMGだからといって注意する点はありません。 -MGではアトピーや、他の⾃⼰免疫疾患などを合併することは多いですか?また成⼈よりも合併症は 多いですか? 林先⽣: 5歳位までに発症した患者で合併症のあるケースはほとんどありません。10歳前後から度々合併症 がみられます。⼀番多いのは、甲状腺機能亢進症です。 他の⾃⼰免疫疾患を合併した症例が、コントロールしにくいわけではありません。 稲葉先⽣: ⼩児で特に合併症が多いという印象はありません。当施設でも⽐較的難治な患者はアトピー体質 でしたが、アレルギー性疾患増加とMGとの関連は今後の検討課題だと思います。 -おわりに 野村先⽣: ⼩児期発症MGを治療する上で、ガイドラインでは解決がつかない場合が多々あります。臨床型 (純粋眼筋型、潜在性全⾝型、全⾝型)を確認し、可及的速やかに治療を開始し、経過中も神経 筋接合部の機能的障害の状況を筋電図、塩酸エドロホニウム試験を参考として判定し、治療を決 めていく必要があると考えます。 ⼩児期発症の中でも発症年齢により臨床型に特徴がありますか ら、治療の⽅針も異なってくることを留意する必要があります。 ⼩児期発症MGは成⼈期発症MGとは異なる特殊性があり、また、特定のヒト⽩⾎球型抗原 (human leukocyte antigen:HLA)に関連しており、これは本邦に加え、中国、韓国からも報 告されています。今後、更に免疫系の発達をそのベースにおき病態を考え、病態に即した治療法 を検討していくことが⼤切と考えます。 ※本邦では、MGに対する適応はありません。
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