661KB - 山梨総合研究所

Vol.198-2【平成 27 年 1 月 30 日発行】
テーマ2
フットパスと健康
~ 健康増進に関する一考察 ~
【山梨総合研究所
主任研究員
安部
洋】
1.はじめに
公益財団法人山梨総合研究所では、毎年自治体関係者等と合同で研究会を実施してい
る。その実施目的は、「地域社会との連携強化」と「地域課題についての理解向上」で
ある。
さて、平成 26 年度は甲州市において開催した。研究会のテーマは「自然文化資源の
発掘と活用-山岳観光・健康登山・歴史文化資源・フットパスをめぐって」であった。
このテーマについては、様々な切り口からのアプローチが考えられるが、筆者は「フッ
トパスを活用した健康増進」という視点から考察を行い、発表を行った。今回は、その
発表内容について紹介することとしたい。
2.フットパスとは
「フットパス」とは、イギリスを発祥とする“森林や田園地帯、古い街並みなど地域
に昔からあるありのままの風景を楽しみながら歩くこと【Foot】ができる小径(こみち)
【Path】”のことである。イギリスでは、フットパスの経済効果や社会的効果が広く認
知され、約 24 万 km が整備されており、国民は積極的に歩くことを楽しんでいる(図
表1)。
図表1 イギリスのフットパスの概要
区分
事項
起源
法的根拠
1932年
1932年 歩く権利法
1949年 国立公園田園アクセス法
整備延長
約24万キロメートル
経済効果
年間約8,000億円
管理者
土地の所有者、占有者及び自治体
-1-
近年、日本でも様々な地域において、各々の特徴を活かした魅力的なフットパスが整
備されており、甲州市にもフットパスコースがある。山梨県甲州市観光協会では、「あ
る~くこうしゅう」と名付けたモデルコースを提示しており、その総距離は 68km。コ
ースは、神社仏閣や武田家ゆかりの史跡、ワイン醸造に関わる近代産業遺産や美しい自
然景観など、甲州市の地域資源を十分活用するものとなっている(図表2)。「このよう
な素晴らしい地域資源を観光振興のみならず、市民の健康増進にも役立てることができ
ないだろうか」という疑問から、筆者の検討が始まった。
図表2 ある~くこうしゅう 主要コース
コース名
(単位:km)
距離
出典
1 勝沼フットパスコース(半日コース)
6.0 甲州市ガイドマップ
2 勝沼フットパスコース(1日コース)
11.0 甲州市ガイドマップ
3 勝沼フットパスコース(ぶどうの丘コース)
3.0 甲州市ガイドマップ
4 信玄の里ウォーキングコース
11.0 甲州市ガイドマップ
5 一葉の里ウォーキングコース
9.0 甲州市ガイドマップ
6 さくらんぼの里ウォーキングコース
9.0 甲州市ガイドマップ
7 ザゼン草の里ウォーキングコース
13.0 甲州市ガイドマップ
8 あるーくモデルコース
6.0 塩山駅周辺の散策マップ
合 計
68.0
3.健康に関する現状
(1)日本人の健康に対する意識
健康とはどのように定義されるのか。WHO(世界保健機構)憲章によると「病気で
ないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的
にも、すべてが満たされた状態にあること」とされている。
一方、日本人の健康に関する意識はどのようになっているのか。平成 26 年2月に実
施された厚生労働省委託「健康意識に関する調査」において、健康観を判断する際に重
視した事項を尋ねたところ、
「病気がないこと」を挙げた人が 63.8%と最も多く、次い
で「美味しく飲食できること」を挙げた人が 40.6%、「身体が丈夫なこと」を挙げた人
が 40.3%となっていた(図表3)。これらの3つの選択肢は、主に身体的な側面に関す
るものであり、多くの人が、健康か否かを判断するに際して、まずは身体的な面を重視
していることがうかがえる。
-2-
図表3 健康観を判断するに当たって重視した事項
(複数回答)
病気がないこと
美味しく飲食できること
身体が丈夫なこと
ぐっすりと眠れること
不安や悩みがないこと
家庭円満であること
幸せを感じること
前向きに生きられること
生きがいを感じること
人間関係がうまくいくこと
仕事がうまくいくこと
他人を愛することができること
他人から認められること
その他
0
10
20
40
30
50
60
70 (%)
63.8
40.6
40.3
27.6
19.1
13.6
11.9
11.0
9.5
6.4
3.1
2.6
1.5
0.9
資料:厚生労働省政策統括官付政策評価官室委託「健康意識に関する調査」(2014年)データを
山梨総合研究所でグラフ化
次に、幸福感を判断する際に重視した事項について3つ選んでもらったところ 、「健
康状況」を挙げた人が 54.6%で最も多かった(図表4)。ただし、世代別にみると、
「健
康状況」を選んだ人は、20~39 歳では4割に満たず、むしろ家計の状況等の方を重視
している傾向があったのに対し、65 歳以上では7割を超え、他の選択肢を大きく引き
離していた。高齢者にとって、健康であることが幸福であることと密接に関連している
と推察される。
図表4 幸福感を判断するに当たって重視した事項(世代別)
(複数回答)
地域コミュニティとの関係
職場の人間関係
仕事の充実度
趣味、社会貢献などの生きがい
充実した余暇
自由な時間
友人関係
就業状況(仕事の有無・安定)
精神的なゆとり
0
20
40
3.5
2.1
2.4 1.6
0.73.4
3.3 5.6
2.8
11.8
8.7 10.2
12.318.117.1
15.4
14.1
10.1
12.2 13.2
18.723.8
20.9 21.2
8.4
7.4
8.3 9.2
2.6
11.8 13.5
9.6
28.1
30.8
32.0
家族関係
健康状況
家計の状況(所得・消費)
60
(%)
80
65歳以上
40~64歳
20~39歳
計
37.5
47.9
49.7
41.5
46.8
53.0
39.5 54.6
44.648.7
47.2 47.8
71.9
資料:厚生労働省政策統括官付政策評価官室委託「健康意識に関する調査」(2014年)データを山梨総合研究所
でグラフ化
-3-
(2)甲州市における健康に対する意識
それでは、甲州市における状況はどのようなものか。甲州市総合計画(まちづくりプ
ラン)において、健康づくりの現状は「少子高齢化が急速に進行する中で、健康に対す
る人々の関心は一層高まり、一人ひとりの自主的な健康づくりに向けた環境整備が求め
られている」とされている。
また、施策として「健康づくり意識の高揚と主体的活動の促進」が掲げられ、
「広報・
啓発活動の推進や教室・講座・イベントの開催等を図り、市民の健康に対する正しい知
識の普及や健康づくり意識の高揚を図る。また、健康づくり推進協議会など健康づくり
に関する自主組織の育成・支援に努め、自分の健康は自分で守るという市民の主体的な
健康づくりを促進する」となっている。
さらに、第一次甲州市健康増進計画(2009~2018 年)が策定されており、まちが
めざす姿は「人のつながりの中でまめに体を動かし、おいしく食べて、豊かに暮らせる
まち」とされており、健康に対し関心が高い自治体であると見受けられる。
(3)人口動態について
甲州市では、平成 25 年1月から 12 月の1年間で 527 人が死亡している。そのう
ち、特定の死因による死亡者 430 人を抽出し死因別で比較すると、多い順に悪性新生
物、心疾患(高血圧性を除く)、脳血管疾患及び老衰等となり、これらの4疾患で死亡
総数に占める割合は 64.3%と、全体の6割以上を占めている(図表5)。
(人)
160
40
145
140
120
(%)
図表5 甲州市 選択死因別死亡数 【上位5項目】
33.7
30
65
100
82
19.1
80
20
56
60
40
50
80
20
32
13.0
31
37
38
19
18
11
20
脳
血
管
疾
患
老
衰
肺
炎
7.2
悪
性
新
生
物
男
女
n=430
選択死因別死亡数に占める割合
)
高
血
圧 心
性 疾
を 患
除
く
10
0
(
0
56
13.0
資料:山梨県福祉保健部 平成25年人口動態統計データを山梨総合研究所でグラフ化
ここで、筆者が注目したのは、心疾患及び脳血管疾患である。なぜなら、この2つの
疾患に共通要因の一つと考えられているある事象が思い浮かぶからである。それは、
「メ
タボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)」である。
-4-
(4)内臓脂肪型肥満とメタボリックシンドローム
糖尿病などの生活習慣病は、それぞれの病気が別々に進行するのではなく、おなかの
まわりの内臓に脂肪が蓄積した内臓脂肪型肥満が大きく関わるものであることが分か
ってきている。内臓脂肪型肥満とは、おなかの内臓の周りに脂肪がたまるタイプの肥満
である。上半身に多く脂肪がつくため、リンゴ型肥満とも呼ばれている。内臓脂肪型肥
満に加えて、高血糖、高血圧、脂質異常のうちいずれか2つ以上をあわせもった状態を、
メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)という。
それでは、なぜメタボリックシンドロームは危険なのか。メタボリックシンドローム
になると、糖尿病、高血圧症、高脂血症の一歩手前の段階でも、これらが内臓脂肪型肥
満をベースに複数重なることによって、動脈硬化を進行させ、ひいては心臓病や脳卒中
といった命にかかわる病気を招く確率が急速に高まるとされているからである。
以上のことから、メタボリックシンドロームの該当者を減らすことで、心疾患、脳血
管疾患を回避できる可能性が高くなると考えられるが、どのようにしてメタボリックシ
ンドロームの該当者を減らしていくべきであろうか。解決策の一つとして、
「身体活動・
運動」が挙げられる。
4.身体活動・運動について
健康増進法第7条に基づき、厚生労働省において、「国民の健康の増進の総合的な推進
を図るための基本的な方針」(以下、基本方針という。)が示され、平成 25 年度から平成
34 年度までの「二十一世紀における第二次国民健康づくり運動(健康日本 21(第二次))」
を推進している。
基本方針の中で、国は、国民の健康増進について全国的な目標を設定することになって
おり、「身体活動・運動」に関しては、次に示す目標値が設定されている(図表6)。
図表 6 基本方針における「身体活動・運動」の目標値 (抜粋)
項目
現状
日常生活における歩数の増加 20歳~64歳
男性 7,841歩
女性 6,883歩
65歳以上
男性 5,628歩
女性 4,584歩
(平成22年)
目標
考え方
身体活動・運動は、生活習慣病の予防
20歳~64歳
のほか、社会生活機能の維持及び向
男性 9,000歩
上並びに生活の質の向上の観点から
女性 8,500歩 重要である。目標は、次世代の健康や
高齢者の健康に関する目標を含め、運
65歳以上
動習慣の定着や身体活動量の増加に
男性 7,000歩 関する目標とともに、身体活動や運動
女性 6,000歩 に取り組みやすい環境整備について設
(平成34年度) 定する。
出 典 : 平 成 24 年 7 月 10 日 国 民 の 健 康 の 増 進 の 総 合 的 な 推 進 を 図 る た め の 基 本 的 な 方 針
また、厚生労働省によれば、身体活動量(「身体活動の強さ」×「行った時間」の合計)
と死亡率などとの関連をみた疫学的研究の結果から、
「1日1万歩」の歩数を確保すること
が理想と考えられているという。
-5-
5.課題、理想及び提案について
(1)論点整理
これまで述べた現状等を踏まえ、「現状・課題」、「理想・あるべき姿」を整理すると
次の図のようになる(図表7)。
図表 7
【現状・課題】
健康に対する人々の関
心は一層高まり、一人ひ
とりの自主的な健康づく
りに向けた環境整備が求
められている。
【理想・あるべき姿】
市民一人ひとりが健康で
あること。
フットパスの活用
【提案】
プラクティカル・ヘルスの
推進
現状・課題を解決し、理想・あるべき姿に近づけるために「プラクティカル・ヘルス
の推進」を提案したい。
「プラクティカル・ヘルス」とは、
「プラクティカル(習慣的な)」
と「ヘルス(健康)」を組み合わせた造語である。甲州市の環境資源に基づき、自然豊
かな地域にある自然、温泉や身体に優しい料理を味わい、心身ともに癒され、健康を回
復・増進・保持する形態のことを総称している。
-6-
(2)具体的取組案について
「プラクティカル・ヘルスの推進」に関する具体的な取組について、次の2つを提案
する。
① スマート・アイクプログラム
案1:「スマート・アイクプログラム」
甲州弁の「歩く」の意味
○ 目的
市民が主体的、継続的にウォーキングを実行するための環境づくりを行い、運動習慣が身に付
き身体活動量が増加した市民を増やすことで、運動の定着化、ひいては市民の健康寿命の延伸
を図る。
既存のフットパスルートの利用
身近なスマートフォンの活用
運動の習慣化の促進
気軽にいつでも取り組める
いつでも過去のデータを確認
健康に関する保健指導の実施
事 項
目的
概要
医療費適正化の実現
効果的な特定保健指導の実現
【対象】
市民(30~50代や特定
保健指導対象者)
特定保健指導の実施率の向上
内 容
○ 市民が主体的、継続的にウォーキングを実行するための環境づくりを行
い、運動習慣が身に付き身体活動量が増加した市民を増やすことで、運動の
定着化、ひいては市民の健康寿命の延伸を図る。
○ ウォーキングコースは既存のフットパスコースを活用。
○ 各ポイントへ標識等を設置し、次のポイントまでの距離・歩行時間・消費カ
ロリー・健康アドバイス等を表示。
○ 血圧・体重の記録、歩数の測定・記録、ランキング機能、継続利用を促す
仕掛けを持ったスマートフォンのアプリケーションの提供。
⇒例)各ポイント間の経過時間、ウォーキングの回数表示 等
○ 特定保健指導でスマートフォンのアプリケーションを活用し、利用者の運
動状況を把握し、適宜保健指導を実施。
参考:ポイント表示例
☆ 対象エリア(例):甲州市塩山北地区
表示例
距離:600m
歩数・時間 およそ800歩・10分
消費カロリー:50kcal
武将・橋爪泉守の屋敷跡
-7-
② 「生活改善しないと塾」
案2:「生活改善しないと塾」
○ 目的
・普段の生活ではなかなか変えることが
できない健康行動を見直す強いきっか
けにする。
・運動、栄養、休養(ストレス)、
睡眠の4本柱を軸に、健康行動
変容を促す。
【運動】
フットパス
【栄養
(食)】
医食同源
思想メ
ニュー
健康
【睡眠】
快眠体験
の提供
【休養】
温泉によ
るリラック
ス
21
事 項
目的
概要
メリット
内 容
○ 普段の生活ではなかなか変えることができない健康行動を見直すきっか
けにする。
○ 運動、栄養、休養、睡眠の4本柱を軸に、健康行動変容を促す。
○ 健康行動変容を促す要素が組み込まれた次のプログラムを実践。
・運動 :フットパスを利用したウォーキング
・食(栄養):医食同源思想メニューの提供
・休養 :温泉の活用によるリラクゼーション
・睡眠 :地元の資源等で作成した枕を使用等の快眠体験の提供
○ 各プログラムを1単位とし、分割受講可とする。
○ 対象者:30~50代の市民。
○ 実施場所:公共施設、温泉旅館(宿)等を活用。
○ 現存の資源が活用可能であること。
例1)フットパス⇒ウォーキングコースとして利用可。
例2)温泉施設⇒リラクゼーション効果が期待可。
○ 策定済みの計画等との連携が可能であること。
例) 栄養(食)プログラム
⇒「甘草の里づくりビジョン」(甲州市甘草の里づくり研究会)甘草をはじめと
し、広く野草・薬草を食生活に取り入れることで、病気を予防する生活習慣の
確立に資することへの期待。
-8-
6.終わりに
「何をどのようにやったらよいかわからない」とか「忙しくて時間がない」という理由
から、運動習慣が身に付かない人は多いと思われる。
したがって、まずは、日常生活の中で手軽にできる運動から始めてみることが大事では
ないだろうか。「プラクティカル・ヘルスの推進」により、市民の一人ひとり の健康が増
進することを願うものである。
○
参考及び引用文献等について(順不同)
・甲州市役所「甲州市総合計画(まちづくりプラン)」
・甲州市甘草の里づくり研究会「~甘草の里づくりビジョン~」
・山梨県甲州市観光協会「ぐるり甲州市」
・ドコモウォーキングガイドブック「甲州市塩山北地区編」
・大阪府高槻市「市バス de スマートウォーク」
・㈱JTB コーポレートセールス「開発を目指す宿泊型新保健指導プログラム」
・山梨県福祉保健部医務課「人口動態統計」
・(独)土木研究所寒地土木研究所「地域資源を活用したフットパスの研究」
・厚生労働省資料「メタボリックシンドロームを予防しよう」
・厚生労働省「平成 26 年版厚生労働白書」
・厚生労働省「国民の健康の増進の総合的な推進を図るための基本的な方針」
・厚生労働省「厚生労働省政策統括官付政策評価官室委託「健康意識に関する調査」
(2014 年)
発行:平成 27 年 1 月 30 日
編集:公益財団法人山梨総合研究所
TEL:055-221-1020(代表)FAX:055-221-1050
URL:http://www.yafo.or.jp
発行人:村田俊也/編集責任者:末木 淳
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甲府市丸の内 1-8-11