5 1 1-メチルシクロプロペンによるカキの早期軟化防止法 背景とねらい 富有の発祥地である岐阜県では、西村早生・伊豆・松本早生富有・富有を基幹品種として、 9月から 12 月までの連続出荷体制を構築してきた。近年、西村早生に対する市場評価が低下し たことと伊豆・松本早生富有といった中生品種に収穫数日後に軟化する果実が発生することか ら、品種の見直しと軟化防止技術の確立が求められている。 カキは、収穫時期が遅い晩生品種ほど日持ち性が長い傾向にあるが、これは収穫時の気温の 低下に伴って、果実の代謝活性が低下しているためと推察されている。早生・中生品種に発生 する軟化果実は、収穫時の高温と果実中の代謝活性との関連が示唆される。そこで今回は、松 本早生富有を材料とし、急激に軟化する果実(早期軟化果実)の細胞壁分解関連酵素の活性と、 1−メチルシクロプロペン(1−MCP)処理による軟化防止効果について報告する。 2 試験の方法 (1) 供試材料:平成 14 年及び平成 15 年度に本巣郡(現本巣市)糸貫選果場に出荷された松 本早生富有のうち、外観の特徴から早期軟化果実と健全果に区別して供試した。 (2) 1−MCP処理:収穫後 24∼36 時間の果実に対して、1−MCPを 1000ppb で 14 時間 曝露処理した。処理に当たっては、気密性が必要であるため、CTSD 脱渋するための脱渋室 を用い、内部ファンにより常に撹拌した状態で行った。 (3) 酵素活性測定法:ペクチンエステラーゼ(PE)は、ペクチンの分解により生じたペクチ ン酸を中和滴定することにより求めた。ポリガラクチュロナーゼ(PG)は、ポリガラクチ ュロン酸の分解により生じたガラクチュロン酸を測定することにより求めた。β―ガラク トシダーゼは、基質としてρ−ニトロフェニル−β−D−ガラクトピラノシドを用い、ガ ラクトースを遊離したときに生じるρ−ニトロフェノール量から求めた。 (4) 調査方法:平箱詰めした果実を糸貫選果場内の室温下に放置し、定期的に果頂部の果皮 色の調査をするとともに、軟化発生率を調査した。なお、軟化の判定は軽く握った時に指 の跡が戻らなくなった状態を軟化とした。 3 成果の概要 (1) 収穫1日後(選果日)における早期軟化果実のPG活性は、43.7U/100gで健全果実の 2.7U/100g と比較して、約 16 倍と著しく高かった。またその後もPG活性は増加を続け、 収穫 15 日後で 143.7U/100g となり、健全果より高いまま推移した(表1)。 (2) PE活性は、早期軟化果実並びに健全果とも 30000U/100g 前後で常に認められたが、早 期軟化果実の方がやや低い傾向であった。また経時的変化は認められなかった(表2)。 (3) βーガラクトシダーゼは、早期軟化果実が健全果に比べて常に高く、1.5 倍から2倍の 範囲内で推移した(表3)。 (4) 1−MCPを処理することにより、収穫 14 日後まで早期軟化果実の軟化を抑制すること ができた。無処理の早期軟化果実は、収穫3日後から軟化が現れ始め、収穫 14 日後には約 30%の果実が軟化した(図2)。 (5) 1−MCPを処理した果実では、果皮色の進行は緩やかであり、収穫 10 日後ではカラー チャート値で 0.9 の増加である。一方、無処理の果実では、軟化の発生もあり急速に進行 し、カラーチャート値で 1.4 増加した(表4)。 (6) ポリガラクチュロナーゼ(PG)の活性は、1−MCPを処理していない早期軟化果実 は収穫2日後で 54.9U/100g、収穫 13 日後で約3倍の 141.0 まで増加したが、1−MCP を処理した早期軟化果実は収穫2日後で 44.7、収穫 13 日後で 59.9、収穫 34 日後で 70.2 と漸増に留まった(表5)。 以上の結果、早期軟化果実は収穫直後の段階においてすでに高いPG活性を有し、早期軟 化を引き起こすものと考えられた。また1−MCPは、軟化の発生を約2週間にわたって抑 制することが明らかとなり、これはPG活性の増加を抑制するためではないかと考えられた。 4 主要成果の具体的数字 表1 ‘松本早生富有’の早期軟化果実と健全果実のPG活性の推移 (U/100g) 収穫後日数 1日 3日 7日 10日 11日 15日 早期軟化果実 43.7±3.3 59.1±1.1 91.6±9.7 83.5±0.7 115.2±6.9 143.7±12.7 健全果実 2.7±0.3 − 10.2±1.1 17.0±1.2 平均値±標準偏差(n=3) 表2 ‘松本早生富有’の早期軟化果実と健全果実のPE活性の推移 (×100 U/100g) 収穫後日数 1日 3日 7日 10 日 11 日 15 日 早期軟化果実 278±1 253±1 222±5 304±2 339±0 246±4 健全果実 303±1 − 348±1 − − 336±4 平均値±標準誤差(n=3) 表3 ‘松本早生富有’の早期軟化果実と健全果実のβーガラクトシダーゼ活性の推移(U/100g) 早期軟化果実 健全果実 2日 1.39 0.58 5日 1.85 − 収穫後日数 12日 19日 26日 2.48 3.71 3.74 1.64 − 2.50 33日 − 2.22 40日 − 2.47 表4 1-MCP処理の有無が早期軟化果実の果色推移に及ぼす影響 収穫後日数 処理直前 1日 3日 5日 7日 10日 処理区 5.2 5.2 5.3 5.7 6.0 6.1 無処理区 5.2 5.4 5.5 6.0 6.3 6.6 果頂部果皮色:カラーチャート値 軟化率(%) 100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 処理区 無処理区 1 3 5 7 10 12 14 17 20 25 28 31 収穫後日数 図1 早期軟化果実の外観 図2 1-MCP 処理が軟化率の推移に及ぼす影響 表5 1-MCP処理の有無が早期軟化果実のポリガラクチュロナーゼ活性の推移に及ぼす影響(U/100g) 収穫後日数 2日 6日 8日 10日 13日 21日 34日 処理区 44.7 − 53.1 − 59.9 64.4 70.2 無処理区 54.9 60.0 75.8 114.7 141.0 − − 5 期待される効果 (1) 1−MCPの処理により、流通期間中の軟化が防止でき有利販売につながるとともに、輸 出を視野に入れた販売戦略の構築が可能となる。 (2) 購入後の家庭での軟化が抑制され、硬度を保った果実を長期間保持できる。 (3) 現在より完熟に近い状態での収穫が可能となり、良食味果実の生産が可能となる。 6 普及・利用上の留意点 (1) 1−MCPは現在農薬登録は無いが、平成 17 年夏ごろ登録予定である。 (2) 完熟等内生エチレンの生成が活発化した状態の果実では、抑制効果が劣る場合がある。 (3) 1−MCPの処理に当たっては、気密性の高い密閉容器が必要である。 (4) 薬剤が無味・無臭・無色であり、残留量が極めて微量であることから、処理が成功したか どうかの判定ができない。実用後数年は選果場単位でメーカー指導の元での利用に限定され る予定である。
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