逆境の中で光るアブダビの底力

現地駐在員だより 逆境の中で光るアブダビの底力
UAE ジャパンデスク 主査 永井 希望
はじめに
私がアブダビに赴任した2013年7月,当時の油価は1バレル105ドル周辺を推移してお
りアブダビは文字通り絶好調の状態だった。それから約2年が経った今日,状況は大きく
変化し周知の通り産油国は厳しい状況に置かれている。このような状況の中,
「アブダビは
大丈夫なのか」という質問を良く受けるようになった。
確かに今のアブダビは,私の赴任時と比較するとその勢いは鳴りを潜めているように感
じる。しかし,同時にそういった状況だからこそ,地に足のついた着実な開発・成長,そ
してそれを可能としているアブダビの底力を見て取れるようになったとも言える。本稿で
は駐在員の目から見たアブダビの現状を紹介したいと思う。
油価下落と首長の病のダブルパンチからの自粛ムード
2014年の夏まで1バレル100ドルを超えていた原油価格は一時40ドル台まで下落し,現
在は多少持ち直してきているとは言え依然として60ドル前後の値動きをしており,下落前
の水準に戻る兆しは見えていない。国家収入の大半を原油輸出に依存するアブダビにとっ
てこれは大変厳しい状況であり,事実,国営企業や省庁等では優先順位の低い予算を削減
する動きが現れている。
不幸なことに,アブダビはこの油価低迷と同時に首長の病というもう一つの問題を抱え
ている。アブダビのハリーファ首長は2014年1月に脳卒中を患い,その後公の場にはほと
んど姿を現しておらず,その容体が心配されている。現在はムハンマド皇太子が石油・軍
事・外交等,国の実質的な指揮を取っているが,次の皇太子問題を含めたこうした権力の
移行期間の中において,アブダビの内政は一枚岩にまとまり難い状態にあると言える。
こうした中で,アブダビ全体にどことなく「自粛ムード」が漂いつつあるのは事実であ
り,新規の大規模案件が動きにくい状況となっている。
膨大な過去の蓄積に裏付けされた堅固な財政基盤
ただし,様々な場面で説明されているように,アブダビには過去の膨大な蓄積があるた
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め,この油価の下落によってアブダビが短期的に窮地に陥るということは考え難い。例え
ば世界でも有数の規模を誇るアブダビのソブリン・ウェルス・ファンドである ADIA の資
産運用額は,アメリカの SWFI の推計によると7,730億ドル(約95.9兆円)と,日本の国
家予算にも匹敵するような規模を誇っている。これにより,油価低迷状態においてもアブ
ダビは Moody’s の格付けにおいて Aa2(Stable)の評価を維持しており,これがアブダ
ビの底力の大きな源泉となっている。
着実に進んでいる既存大型プロジェクト
こうした堅固な財政基盤を顕著に表しているのが既存の大型プロジェクトである。昨年
には UAE でも最大規模を誇る Yas Mall が,そして今年5月には病床数364床の大型病院
である Cleveland Clinic が正式にオープンし,アブダビに活気を与えている。これらに
次ぐ目玉プロジェクトは来年オープン予定のルーブル美術館分館,そして2017年オープン
予定のアブダビ国際空港 Midfield Terminal である。
ルーブル美術館は写真からも分かるように形が既にほぼ出来上がっており,予定通り来
年のオープンが予定されている。また,Midfield Terminalは総工費100億AED(約3,400
億円)の大型プロジェクトであり,アブダビ空港会社は,この建設が予定通り進捗してい
る(現在の進捗率は45%)旨の声明を今年3月に発表している。
このように,国家の威信をかけた大型プロジェクトは着実に進捗しており,油価に左右
されず進めるものはしっかり進めるというアブダビ側の強い意志を見て取ることができ
ルーブル美術館分館の様子
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Midfield Terminal の様子
る。また,こうした国としての意思決定がしっかりできていることは,皇太子をはじめ首
長を支える立場の王族がしっかりとしたリーダーシップを取れていることを表している。
JFE スチールのアブダビ進出に象徴される産業多角化の進捗
今年3月にJFEスチール及び伊藤忠丸紅鉄鋼がアブダビ国営産業公社(Senaat)と新会
社を設立し,アブダビにてパイプライン用の鋼管を製造するというニュースが発表された。
これはアブダビが2009年に策定したアブダビエコノミックビジョン2030において声高に
謳われた,脱石油依存・産業多角化政策の大きな成果の一つであり,現地でも大きな注目
を集めている。
このようにアブダビは,今回のような外部環境の変化に時間をかけて備えてきており,
アブダビの産業基盤は着実に新たなステージに入りつつある。
終わりに
ここまで述べてきたように,短期的には揺るがぬ健全で強固な財務状況,逆境において
も着実に開発・成長を進めて行こうとする政府首脳の強い意志,そして産業多角化の進展
という3つの強力な要素がうまく作用しあうことでアブダビはその底力を発揮している。
これらは昨今の油価低迷期を乗り切るだけでなく,その後における持続可能な経済成長を
実現させる原動力として着実に機能している。今後のアブダビの益々の発展に期待したい。
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