題名 すべての赤ちゃんにきこえのスクリーニング検査を サブタイトル 新生児聴覚スクリーニング検査の重要性 発表者 日本耳鼻咽喉科学会 福祉医療・乳幼児委員会 担当理事 伊藤壽一(いとうじゅいち) 出席者 同委員会 委員長 守本倫子(もりもとのりこ) 同委員会 委員 麻生 伸(あそうしん) 同委員会 委員 中澤 操(なかざわみさお) 場所 日本記者クラブ(日本プレスセンター9 階) 日時 平成 27 年 5 月 13 日 要旨 日本耳鼻咽喉科学会が2年に1回実施している新生児聴覚スクリーニング後 の精密聴力検査機関の実態調査によると、毎年約 100 万人の出生のうち約 4000 人(0.4%)の新生児が難聴を疑われて耳鼻咽喉科精密聴力検査機関を受診してい る。このうち、約 30%が両側難聴と診断され、その約 60%が補聴器を装用して療 育を開始している。また、厚生労働省戦略研究の大規模調査の結果、早期に療 育を開始することにより難聴児の言語力が向上することがわかっている。一方 で、新生児聴覚スクリーニングを受けていない子どもの中からも両側難聴が発 見される現状がある。国内では新生児聴覚スクリーニング体制の地域差が大き いのが実情であり、これを解消して全国すべての新生児に聴覚スクリーニング 検査が実施されることが望ましい。 1 1. はじめに ことばがきこえない、あるいはきこえにくいと、言語発達に大きな影響が及 ぶ。現行の母子保健法では第 11 条・12 条・13 条で、学校保健法では第 4 条で、 聴覚をチェックする機会が設けられている(図 1)。新生児聴覚スクリーニング 検査(Newborn Hearing Screening: 以下 NHS)の登場前は、これら既存の健診 や保護者の気づきが耳鼻咽喉科受診のきっかけであった。先天性難聴の場合、 脳における言語習得の適期を考慮すると、生後3−4カ月には難聴の有無を診断 することが理想である。しかし、難聴は傍目にはわかりにくいことから、実際 にはその発見は至難であった。 2. 背景 1993 年 4 月、米国メリーランド州の NIH(アメリカ国立衛生研究所)におい て新生児聴覚検査に関する初めての研究会が開かれ、多くの基礎研究結果を踏 まえて、以前にはなかった全く新しい器械を用いて聴覚スクリーニングを行え る可能性が見いだされた。この新しい器械とは、自動聴性脳幹反応装置(略し て自動 ABR)のことを指す。我が国には 1997 年に初めて検査器械が輸入された。 当時は聴覚スクリーニングの体制が全くないところに、器械が現場に入ってき たというのが実状であった。1998 年に NHS に関する厚生省の班研究がスタート し、2001 年にモデル事業が予算化され、今世紀に入る頃より徐々に国内に NHS が拡大していった。 自動 ABR は、生後間もなく数日のうちに産科で行われるものである。若い保 護者にとって、我が子に難聴があるかもしれないと疑う前に NHS を通して診断 されていくことになる。NHS では、耳鼻咽喉科での精密検査が不要の「パス」と、 要精査(要精密検査)の「リファー」に分けられる。1000 人の出生に対して、 リファーとなる人数は 4 人程度である(0.4%、後述)。ここで強調したいことは、 産科の NHS でわかることは、精査が必要な対象者を選び出すものであり、聴覚 スクリーニング検査自体が難聴の有無を判断するものではない、ということで ある(図 2)。日本耳鼻咽喉科学会では産科から紹介されてくる子どもが受診す る精密聴力検査医療機関を厳選する必要があると考え、2002 年からその機関リ ストを作成し公表して 2 年ごとに改訂している。 耳鼻咽喉科における精密聴力検査は、主に2つのことを目的とする(図 2)。 一つ目は、難聴の有無を確認することである。リファーとなっても難聴がない 2 場合もあるためである。二つ目は、難聴がある場合に、きこえの程度や左右の 差などを確認することである。難聴といっても、両耳なのか、片耳だけなのか、 またその重症度も様々である。大人と同じ聴力検査を 0 歳児に行うことは不可 能であり、診断が可能な専門の医療機関において、正確に診断されることが極 めて重要である。 3. 耳鼻咽喉科における実態調査 日本耳鼻咽喉科学会の福祉医療・乳幼児委員会では、2 年ごとに精密聴力検査 機関にアンケートを実施し、難聴を疑われた 0 歳児の診断状況の実態調査を行 ってきた。医療機関数は改訂2年ごとに若干の変動はあるものの、回収率は毎 回 100%である。 図 3 に示したグラフは、横軸が 2006 年からの調査年度を示し、縦軸は各年度 の 1 年分の調査対象数を示している。縦軸の青色は全国にある耳鼻咽喉科精密 聴力検査機関を難聴の精査目的に訪れた 1 年間の 0 歳児受診者数である。該当 医療機関の数は、この 4 回の調査で若干の変動はあるものの、少なくとも増え てはいない。したがって、青色で示された受診者数の増加は、すなわち NHS 自 体の普及を表すものと解釈できる。縦軸の赤色は、両側難聴と診断された子ど もの数である。緑色は、補聴器や保護者教育などの療育を開始した数である。 両側難聴と診断されても、たとえば中耳炎による聴力低下であったり、難聴の 程度が軽度ですぐには補聴器装用を必要としない場合もあったり、赤色(両側 難聴)イコール緑色(療育開始)というわけではない。全体として判ることは、 療育開始された子どもが確実に増えていることである。言語発達上、早期療育 は極めて重要であり、NHS の恩恵が目に見える結果となっている。 現時点で最新の 2012 年の数字について、図 4 にまとめた。この年の国内出生 数は約 103 万 7000 人で、産科における NHS 後に耳鼻咽喉科精密聴力検査機関を 受診した0歳児は 4166 人であった。すなわち「0.4%」となる。その 4166 人の うち、両耳難聴と診断されたのは 1162 人で、 「28%」となる。両耳難聴と診断さ れた 1162 人のうち、中等度以上の難聴が強く疑われ、聴覚学習のために直ちに 補聴器装用開始と保護者支援が必要と判断された人数は 737 人、比率は「63%」 となる。すなわち、1000 人出生すると、NHS で 4 人が耳鼻咽喉科精密聴力検査 機関に紹介され、そのうち約 3 割(28%)が両耳難聴と診断され、そのうち療育 が必要な子どもは、約 6 割ということになる。 3 別の角度から、実態調査をみてみる。2008 年 1 年間に全国の精密聴力検査機 関を受診した子どもに関する実態調査からわかったことについて説明する。図 4 において棒グラフで示したように、当時は現在よりも NHS 受検者数が少なかっ た頃である。産科で NHS を受けた後、耳鼻咽喉科精密聴力検査機関を受診した 0 歳児(A 群)と、NHS を受けずに受診した 0 歳児(B 群)と、二つのグループに わけて調査したのが、図 5 である。A 群は左上の円グラフで 3309 名、B 群は左 下の円グラフで 1353 名であった。左上 A 群(NHS あり)のグラフでは、青色の 両側難聴と、赤色の一側(片耳)難聴がそれぞれ約 25%ずつとなっている(4 人に 1 人ずつ) 。一方、左下 B 群(NHS なし)のグラフでは、A 群に比べて一側 難聴が少ないことがわかる。 図 5 右の大きな円グラフは、左の2つの小さな円グラフの青い部分、つまり 両側難聴と最終診断された子どもについて、最初の産科における NHS の結果が どうだったのか、を示したものである。青い部分は、産科で両側リファー(要 精密検査)といわれて、診断結果が実際に両側難聴だった子どもである。両側 難聴と診断された子ども全体からみると 57%となっている。右円グラフの赤い部 分は、産科で片方だけリファー(要精密検査)と言われたが、実際には両側難 聴だった子どもである。すなわち、産科の NHS だけで、そのまま最終診断でき ないことが判る。紫の部分の 29%は NHS を受けないで診断されている子どもであ る。2009 年実施の調査では、前年の 2008 年に耳鼻咽喉科精密聴力検査機関を受 診して両側難聴と診断された子どものうち、NHS を受けていない場合が 29%あっ た、ということを意味する。NHS を受けて精密検査が必要と判明すれば、耳鼻咽 喉科精密聴力検査機関を受診する。しかし、NHS を受けていない場合は、誰かが 難聴を疑えば耳鼻咽喉科受診に至り、誰も疑わなければ耳鼻咽喉科受診には至 らないと考えられ、耳鼻咽喉科精密聴力検査機関を訪れていない子ども、すな わち難聴の発見や診断が遅れてしまっている子どももさらに存在することが想 像できる。 現在、日本国内において、地域状況がどうなっているかを推測できるデータ を示す。日本耳鼻咽喉科学会 福祉医療・乳幼児委員会が2年ごとに行ってい る実態調査に基づきまとめたデータであり、国内の全ての出生児について調査 したものではないが、実態に近いと推測している。図 6 のグラフは、2012 年の データである。横軸が 47 都道府県の順位を示す。縦軸は、総務省統計局から得 られた都道府県別の出生数を分母とし、各都道府県の耳鼻咽喉科精密聴力検査 4 機関を受診した0歳児数合計を分子として計算した数値である。図 4 に示した ように、この年は全国で 4166 人(出生数の 0.4%)が耳鼻咽喉科精密聴力検査機 関を受診しており、その「0.4」という数字が平均値として示されている。左端 の、最も耳鼻咽喉科への紹介児数が多い県では、1000 人のうち 10 人近い子ども が精密聴力検査機関に紹介されている。このうち、両側難聴は 1 名程度と推測 される。右端の最も紹介児数が少ない県では、1000 人のうち 1 人以下しか紹介 されていないため、本当の難聴児数よりも少ない数となっているかもしれない ことが読み取れる。すなわち、地域差が非常に大きいのが現状である。このグ ラフの理想は 0.4 周辺に 47 本の棒グラフが並ぶことである。 受診率の地域差が何故生じているのか考察すれば、分母が出生数、分子が NHS 後の耳鼻咽喉科精密聴力検査機関を受診した数であるため、数値が小さい自治 体は、NHS を経て受診する子どもの絶対数が少ない可能性があげられる。背景に は、公的制度がないことや、公的制度がないことによる保護者の認知度が低い ことが推測できる。数値が大きい場合は、産科での NHS の検査精度が低く、実 際には難聴がない子どもをリファー(要精密検査)として取り込んでしまって いる可能性があり、注意が必要である。すなわち、地域あるいは自治体によっ て、NHS の支援体制にばらつきがあることや、難聴児の療育環境が十分整備され ていないこと自体が地域の認知度にも影響していることが示唆される。 4. 新生児聴覚スクリーニング検査の実施がもたらす恩恵 難聴の早期発見と診断が早期療育につながれば、言語発達に良い影響が及ぶ ことは経験的に明らかであったが、近年、そのエビデンスともいえる研究結果 が示された。その研究とは、平成 19 年から 23 年度まで行われた厚生労働省感 覚器障害戦略研究「聴覚障害児の療育等により言語能力等の発達を確保する手 法の研究(リーダー福島邦博)」である。そのなかで、対象 319 名の全国の難聴 児について、言語的コミュニケーション能力を評価する質問応答関係検査を行 った(図 7)。一つの結論は「新生児聴覚スクリーニングを受けることにより早 期療育開始に至る可能性が 約 20 倍高くなる」ということである。もう一つの 結論は「早期に療育開始された児は日本語言語性コミュニケーション能力が高 得点群となる確率が 3.23 倍高くなる」ということであった。 このように NHS による早期発見と診断、さらに早期の補聴と療育開始が難聴 児の言語発達によい影響を及ぼすという研究結果があるにも関わらず、現在の 5 国内の体制は地域差が大きく改善の余地があることが実態調査で示された。地 域差を解消し、全国一律の NHS 実施に向けた支援が実現すれば、早期療育開始 につなげることができると考えられる。 5. 聴覚障がい全体における新生児聴覚スクリーニングの意義 最後に、聴覚障がい者の社会的な位置づけについて、国際生活機能分類 ICF に沿って簡単にふれておく。WHO が 2001 年に定めた ICF において、聴覚障がい は「個人の状態」とみなされ、生活機能においては、活動制限を軽減すること、 参加制約を軽減すること、このふたつが重要視されている。会話活動制限を軽 減する手段として、たとえば補聴機器の使用や、手話の使用があげられ、参加 制約を軽減する手段として、たとえば情報保障(手話通訳、要約筆記、日本映 画やテレビの字幕の普及など)があげられる。NHS 経由で発見診断された聴覚障 がい児は、やがて成長して学校に入り、就労して社会生活に臨む。耳鼻咽喉科 医はこのような長期展望のもと、当事者たちと関わっている。その第一歩とし て、新生児期の聴覚スクリーニングを契機とした難聴の早期診断による療育へ の橋渡しが極めて重要であり、新生児期以後もきこえの状態を確認し続けてい く必要がある。 6. まとめ 図 8 にまとめを示す。 1. 年に 4000 人あまりの新生児が難聴を疑われて耳鼻咽喉科精密聴力検査機 関を受診(国内出生児の 0.4%) 2. そのうちの約 30%が両側難聴と診断 3. 両側難聴の約 60%が補聴器を装用して療育開始 4. 早期療育により難聴をもつ子どもの言語力が向上 5. NHS を受けていない子どもの中にも両側難聴が発見される現状 6. 地域差を解消し、全国一律の NHS 実施に向けた支援が望まれる 6 参考資料 1. 日本耳鼻咽喉科学会福祉医療・乳幼児委員会 「新生児聴覚スクリーニ ング後の精密聴力検査機関の実態調査」に関する報告(日本耳鼻咽喉科 学会会報) 2. 感覚器障害戦略研究 聴覚障害児等の療育等により言語能力等の発達を 確保する手法の研究「聴覚障害児の日本語発達のために〜ALADJIN のすす め〜」公益財団法人テクノエイド協会 2012 年 3. ICF 国際生活機能分類—国際障害分類改訂版−世界保健機関(WHO) 中央 法規 2008 年(初版第3刷) 4. 新生児聴覚スクリーニング後の精密聴力検査機関リスト www.jibika.or.jp/citizens/nanchou.html 7 図 1 図 2 Pass = Refer = 8 図 3 4500" 3887% 4000" 3309% 3500" 3000" 4166% 2745% 2500" 2000" 1500" 1000" 666% 429% 500" 849% 522% 1019% 619% 1162% 737% 0" 2006% 2008% 2010% 2012% 図 4 2012 0 4,166 1,037,164 0.4% 1,162 0 4,166 28% 737 1,162 63% 9 図 5 n=346 NHS n=849 n=1195 (849+346) NHS n=1371 A. NHS n=105 n=743 29% (n=3309) n=346 57% n=753 B. NHS 2% N=149 (n=1353) 12% 図 6 NHS / 1.200## 1.000## 0.800## 0.600## #=#0.4 0.400## 0.200## 0.000## 1# 2# 3# 4# 5# 6# 7# 8# 9# 10# 11# 12# 13# 14# 15# 16# 17# 18# 19# 20# 21# 22# 23# 24# 25# 26# 27# 28# 29# 30# 31# 32# 33# 34# 35# 36# 37# 38# 39# 40# 41# 42# 43# 44# 45# 46# 47# 10 図 7 ! NHS NHS 20.21 p<0.001 6 3.23 p<0.01 Kasai!N!et!al.!Ann!Otol!Rhinol!Laryngol!Suppl.!2012;202:16A20.! 図 8 ! 4000 0.4% 30% 60% 5. NHS 6. NHS 11
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