1―2.阿蘇の草原の現状把握 (1)阿蘇の草原タイプと管理方法の把握 一口に阿蘇の草原といっても、実際は農畜産業による維持管理形態の違いから、いくつ かの質の異なる草原で構成されている。草原のタイプによって景観や生息・生育する動植 物も異なることから、今後の保全対策を考えるにあたり、まずこれらの草原タイプの違い とその管理方法について整理した。 表1―1には、阿蘇地域の草原タイプとその管理方法、現状等を整理した。 まず、草原タイプは主に短草型草原、長草型草原、改良草地に分けることができる。 1)短草型草原 短草型草原は、放牧地として利用されている場所である。牛馬の食圧や踏圧によってシ バ地になっており、牛道ができている。草丈の短い草地であるため野焼きは行わない場所 であり、火が入っても燃えるものがないために勢い良く燃え広がらない。しかし近年は牛 の頭数が減り、放牧地でもシバ地にならずに草丈が伸びているところも多い。 2)長草型草原 長草型草原は草丈が長い草原であり、①採草地、②茅野、③湿地性植物群落に分けるこ とができる。 採草地と茅野はどちらもススキが優占する草原だが、採草地はススキ以外にも多くの植 物が生育しているのに対し、茅野はススキ以外の植物は少ない。その違いは管理方法の違 いによるものである。 ①採草地 採草地の草は牛の冬場の餌や肥料として使われるため、秋に刈り取りを行う。刈り取り により、ススキの地下養分はあまり蓄えられない。このため、翌年の春から夏にかけてス スキの伸びが悪く、秋になっても充分な草が無く刈り取りも行われない。そのため、この 年のススキは秋から冬にかけて地下に養分を蓄え、翌年は良く育ち、秋に刈り取られる。 このような 2 年サイクルの管理が採草地で繰り返されている。 野焼きは、主に採草の際に邪魔な木本類を抑圧するために行われるもので、必ず必要な 作業ではなく、東外輪などでは採草のみで野焼きを行わないところもある。 このように、採草地はススキの勢いが強くなったり弱くなったりする環境のため、他の 植物も生育ができ、その植物を食草とするチョウも生息するなど、多様な生物相を呈して いる。 近年は牛を飼う家も減り、肥料も化学肥料が増え、採草の必要性がどんどん薄らいでき 1-4 ている。このため、放棄地となるところや草を刈らずに野焼きだけを行うところが増えて いる。 採草地の減少は、そこに生育していた草原性植物の生育地の減少、またその植物に依存 していた動物の生息場所の消失に繋がっている。阿蘇の貴重な動植物のほとんどが採草地 に依存しているため、それらの存続が危ぶまれているといえる。 ②茅野 茅野は屋根の葺き替えに必要な茅を育てるために使われていた。したがって、特に秋に 草を刈る必要がなく、冬場に茅を刈ることが多かった。このためススキは秋から冬にかけ て地下に養分を蓄えることができ、毎年ススキが勢い良く成長を繰り返す。この結果、他 の植物が生育することができず、ススキ以外の植物は少ない草原となる。 近年は茅葺き屋根の家がほとんど無いため、茅野として維持されている草原はほとんど ない。しかし前述した通り、近年は採草の必要性が減少しているため、採草せずに毎年野 焼きだけを繰り返している場所が増えている。このため、茅野同様にススキだけが優占し た草原が増えている。 ③湿地 北外輪山の草原には小さなくぼ地が多数存在する。冷涼多雨地帯の阿蘇では、ここに水 分が過剰な特殊環境である湿地が形成されている。このような場所は一般の植物が生育困 難であり、カヤツリグサ科を中心に、この環境に適応した湿地生殖物が生育している。阿 蘇の植物相を特徴づける大陸系遺存植物が多いことも特徴である。 放牧牛馬の水飲み場として利用価値があるため、もともとは周辺の草地と合わせて野焼 きの対象として維持されてきた。しかし、牧野改良事業による埋め立てや、草原管理の放 棄によって遷移が進むなどで、分布域が限られてきている。 3)改良草地 原野を改造して栄養価の高い牧草を育てている場所であり、畑という位置付けの方が近 く、植物の多様性も低い。放牧地だけでなく、採草地として改良草地にしているところも ある。また、改良草地の種は北米などが原産のため、野草地に比べ春は早くから新芽がで て、秋も遅くまで緑色をしているため見分けはつきやすい。近年は、輪地切り省力化のた めに植林地との間にグリーンベルトとして造成するところや周年放牧を行うために造成す るところもある。 1-5 図 1-7(A3) 1-7 (2)草原と樹林地の分布・変化の把握 1)草原と植林地の分布 阿蘇地域の草原と植林地の分布域を把握するため、第5回自然環境保全基礎調査(1998) の植生図から草原(シバ群落、ススキ群団、ネザサ−ススキ群落、牧草地)と樹林地(ス ギ・ヒノキ植林等)を抽出した。(図1−2) この図を見る限りでは、阿蘇の草原の大部分がネザサ−ススキ群落であり、その中に牧 草地が所々に広がり、ススキ群団が点在するという状況である。しかし、実際は、前述の 通り阿蘇の草原には維持管理形態の違いによっていくつかのタイプがあり、それが狭い範 囲の中でモザイク状に分布しているのが現状である。 2)草原の変化の把握 ①地形図から見た草原分布の変遷 (財)国立公園協会は、「自然景観地における農耕地・草地の景観保全管理手法に関する 調査研究(平成7年)」の中で、地形図の凡例を基に土地利用図を作成し、明治・大正期か ら現代に至るまでの、阿蘇地域の草原分布の変遷を比較している。これを見ると、時代と ともに大きく減少していることがわかる。 明治・大正期には、阿蘇山は火口部と根子岳山頂以外は一面の荒地(草原)である。外 輪山の外側にも荒地(草原)が広がっている。(図1−3a) 昭和20年代になると、阿蘇山周辺の荒地(草原)が、白水村、長陽村の南斜面や火口 部、根子岳、杵島岳、高嶽山頂部を中心に樹林地化が進んでいる。外輪山でも、北側、西 側には大きな変化は見られないが、南側では荒地(草原)が大きく減少している。(図1− 3b) 現代になると、阿蘇山の荒地(草原)はさらに減少し、火口の中心部から1km∼4k mの圏域に、島状に樹林地を含みながら荒地(草原)が残っている。(図1−3c) 1-9 図1−2 阿蘇地域の草原と植林地の分布 図 1-10 1-10 図1−3草原分布の変化 図 1-11 1-11 ②ケーススタディー 平成12年度から13年度にかけて、本調査ワーキンググループの瀬井委員と大滝委員 が、波野村、高森町、一の宮町の草原について、各草原タイプの分布・変遷を現地調査と 空中写真から把握している。 図1−4∼6に、上記3地域の草原現況図を示した。草原タイプは、採草地、古野 *、 放牧地が示され、これに放棄地、植林地が加わっている。この後者2つは10年前までは 草原であった所である。 *:古野は表1−1のように、採草後に野焼きされたが、刈り取りによって根に養分を蓄 積できず、その後夏場に草丈があまり伸長しなかった場所を指す。しかし、現在野焼きが 行われていないが見た目には潅木が入っていない状態の草原は、外見上で古野と区別が付 きにくいため、図1−4∼6で「古野」として示したものはこれも含んでいる。 a.波野村 波野村では、草原のほとんどが牧野組合の入会地ではなく個人有地である。所有者個人 によって土地利用の意志決定が可能なため、草原から林地などへの土地利用の転換が進ん できた地域であり断片化した草原がモザイク状に分布しているのがわかる。 採草地、古野、放牧地、放棄地、植林地の合計面積は 890ha であり、そのうち採草地と古 野が 35%、放牧地が 31%である。放棄地が 22%、植林地が 11%となっており、過去 10 年間 のうちに草原管理を止めた放棄地が特に増加し、33%の草原が消失している。 b.高森町 高森町の野尻・津留地区も前述の波野町と同様、草原のほとんどが個人有地であり、小 規模な草原がモザイク状に分布している。図の右下に比較的まとまった放牧地と古野が見 られるが、ほとんどの草原が 10 年間で放棄地や植林地に変化している。草原性植物の主要 な生育地となる採草地は、ごく小さな断片としてわずかに残るのみである。 c.一の宮町 一の宮町の草原はほとんどが牧野組合所有の入会地であり、前述の2村に比べると、各 草原タイプが比較的まとまりを持って分布する土地利用となっている。 植林など土地利用の変更には組合内での合議による意志決定が必要なため、草原の消滅 速度は前述の2村ほど速くないが、いったん組合内の方針が決まると、牧区単位などの広 い面積で植林または放棄されるので影響は大きい。 以上、3町村のケースのように、阿蘇の草原は植林地や放棄地が増えるなど、過去10 年で草原の質が変化してきている。 特に放棄された草原の中に入ってみると、次のような変化が顕著である。 1-12 ●草原の中に道がない 以前は草原内でも地図上に道があれば目的地へたどり着くことができたが、草原が利用 されなくなった放棄地では、舗装されている道路でも周辺が藪に覆われて、車でさえ通れ ないものが出てきている。 ●草原の中を歩けない 放棄地では草原が藪化して、ノイバラなどトゲのある植物が繁茂し、全く歩けない状態 である。 ●草原に花がない 放棄地では藪化が進み草原性植物が消失している。人為的に管理されている草原でも、 野焼きのみ行っている草原ではススキの勢力が強くなり、他の植物が生育できない。これ は草原性植物だけでなく、草原に依存した動物の生息にも影響を与えている。 例えば、箱石峠周辺は野焼きのみの管理になり、コジュリンの生息環境が悪化している。 また、オオルリシジミの食草であるクララがススキに覆われて減少しつつある。 以上のように、阿蘇の草原には維持管理形態によって多様なタイプがあり、それぞれの 草原タイプに適応した動植物が生息・生育している。今後、阿蘇の草原に多様な動植物が 生息・生育するためには、各草原タイプに適した人為的な維持管理によって、多様なタイ プの草原(野草地)を保全していくことが重要である。 1-13 図1−4 波野村の草原現況図(A3) 図 1-15 1-15 図1−5 高森町の草原現況図 図 1-17 図1−6 一の宮町の草原現況図 1-17 図 1-18 1-18
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