2015 東和コミュニケーションプラザ 特別号 リウマチシリーズ vol.2 シリーズ関節リウマチ専門医に聴く 関節リウマチ治療における タクロリムスの役割 RA疫学調査から見た 抗リウマチ薬の使用頻度- NinJa より- 独立行政法人国立病院機構相模原病院 臨床研究センター リウマチ性疾患研究部 部長 當間 重人 先生 関節リウマチ診療ガイドラインにおける タクロリムスの位置づけと実臨床での使われ方 独立行政法人国立病院機構相模原病院 リウマチ科 医長 松井 利浩 先生 山梨県から発信するタクロリムスを使った 関節破壊抑制と関節 remodeling を目指した治療 にしおか内科クリニックRA 理事長 西岡 雄一 先生 RA疫学調査から見た 抗リウマチ薬の使用頻度 − NinJa より− 独立行政法人国立病院機構相模原病院 臨床研究センター リウマチ性疾患研究部 部長 當間 重人 先生 ではない。いずれも免疫抑制効果を発揮することから感染 RAの疫学調査からみた 抗リウマチ薬の使用頻度について 症リスクには注意が必要であるし、薬剤費用が高価である ことが日常診療における診療格差の原因ともなっている。 関節リウマチ(RA)の原因は、いまだ不明である。しかし NinJa(National Database of Rheumatic Diseases by iR- ながら、治療が進歩している。ここ15年間で RA ほど治療 net in Japan)は、2002年度より構築された RA データベー 成績が改善向上している疾患はないのではないか、と思わ スである。構築の理由は、新しい治療薬が次々と導入され せるほどの進歩である。かつて、副腎皮質ホルモン(ヒドロ ようとしている状況において、治療法の変遷による RA 治 コルチゾール)が化学合成され、RA に投与され、画期的な 療への影響を検証するためであった。2002年度から始ま 効果が実感されたことがあった。しかしながら、その治療 り、徐 々 に 参 加 施 設 数 や 登 録 患 者 数 が 増 え て い っ た。 法の「刹那さ」や「影の面:有害事象(副作用)」が明らかな 2011年度以降は10,000人を超える患者さんの登録数と ものとなってゆく。ステロイドだけではだめだったのであ なっている(図1、図2)。 る。その頃も今も RA の原因は不明のままなのであり、現 NinJaで総合疾患活動性指標の一つである DAS28-ESR 在においても原因を取り除く治療法がないことに変わり の変化をみると、経年的な改善が確認できる。その原動力 はない。しかし、近年 RA 治療に導入され強力な抗リウマ と考えられる抗リウマチ薬の使用頻度をみると、標準薬と チ作用を有する薬剤、すなわち生物学的製剤(注射薬)やシ されるメトトレキサート・生物学的製剤・タクロリムスで グナル伝達阻害薬(経口薬)の効果には目を見張るものが 治療されている患者さんの頻度が増え続けていることが ある。これらの薬剤は分子標的薬と呼ばれ、特定の分子構 わかる(図3)。 造に結合して、その機能を抑えることにより RA の活動性 現在、日本においては30程の薬剤(公知申請によるもの を低くコントロールすることができると考えられている。 を含む)が抗リウマチ薬として承認されているが、2013年 ステロイドに比較して骨関節破壊抑制効果が圧倒的であ 度現在、主たる経口薬はメトトレキサート・サラゾスル り、有害事象リスクの観点からもステロイド減量目的に投 ファピリジン・ブシラミン・タクロリムスであり、注射薬は 与される薬剤である。とは言っても、問題が全くないわけ 生物学的製剤(7剤)が注射金製剤をはるかに上回ってい 図1 NinJa 参加施設 北陸 (2) 中国(3) (独)南岡山医療センター 倉敷成人病センター おやまクリニック (独)あわら病院 富山大学 整形外科 北海道 (2) (独)北海道医療センター (独)旭川医療センター 関東信越(12) 九州・沖縄(8) (独)別府医療センター (独)福岡病院 (独)九州医療センター (独)嬉野医療センター (独)長崎医療センター (独)都城病院 くまもと森都総合病院 豊見城中央病院 四国(2) (独)高知病院 (独)四国こどもと おとなの医療センター 2 東北(3) (独)盛岡病院 (独)西多賀病院 つがる総合病院 (独)相模原病院 近畿(6) (独)大阪南医療センター (独)姫路医療センター 京都大学免疫・膠原病内科 (独)刀根山病院 兵庫医科大学リウマチ・膠原病科 尼崎医療生協病院 (独)下志津病院 (独)千葉東病院 (独)東京医療センター 都立多摩総合医療センター 東京大学 整形外科 東京医科大学 聖路加国際病院 西野整形外科・リウマチ科 新潟県立リウマチセンター 若葉病院 ワカバ整形・リウマチクリニック 東海(2) (独)名古屋医療センター (独)三重中央医療センター る。これら11薬剤が日本における RA 治療の大部分を担っ 完備されているクリニックは日本でも数少ないであろう。 ているわけだが、うち、8剤は高価な薬剤価格が設定され 西岡雄一院長の勤勉と熱意と人柄により、ほぼ完成された ているため、使用できない患者さんが相当数いることが推 専門クリニックと言える。「総合診療科的かかりつけ医」 測される。医療費抑制のためだけではなく、使用機会を広 と「病院」による連携というのは、こと RA 診療においては げる目的のためにもジェネリック医薬品やバイオシミ 成り立ちにくいのではないかと常々思っている。高血圧や ラーの参入に期待する向きも多いわけである。 脂質異常症と RA は、やはり違うのである。治療薬に対す る十分な知識や、有害事象が起きた時に迅速かつ適切な判 断力を要する疾患なのである。とは言え、急性疾患・入院加 にしおか内科クリニック RA について 療・手術に報酬手当が厚い現状において、外来診療が中心 となっている RA 診療を「病院」で診ることは困難な状況 「にしおか内科クリニック RA」は、全国でも数少ない関節 になっている。第2、第3のにしおか内科クリニック RA が リウマチ(RA)を主な診療対象疾患としている専門施設で できることに期待する。 あ る。こ れ ほ ど RA 診 療 に 特 化 し、繊 細 か つ 病 診 連 携 が 図2 NinJa 登録参加数の変遷 13,286人 11,985 10,393 4,170 4,020 4,627 5,102 5,682 6,492 7,201 10,655 (80.2%) 7,336 2,821 2,631 2002 図3 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 (年) 抗リウマチ薬使用状況の変遷 MTX 64.5%↑ 60.6% 他のcsDMARD* 36.3% 36.7% 生物学的製剤 25.3%↑ タクロリムス 10.3%↑ 0.5% 1.0% 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013(年) (*MTXとTACを除くcsDMARDの述べ使用薬剤数を全登録患者数で割ったもの) 3 関節リウマチ診療ガイドラインにおける タクロリムスの位置づけと実臨床での使われ方 独立行政法人国立病院機構相模原病院 リウマチ科 医長 松井 利浩 先生 関節リウマチ診療ガイドラインにおける タクロリムスの位置づけと実臨床での使われ方 の治療はその半数(全体の32%)のみである(図2)。つま り、MTX を使用しない(できない)患者が35%おり、60% の患者で MTX 以外の何らかの薬剤を使用しており、40% 現状における各国の関節リウマチ診療ガイドラインを 弱の患者で MTX 以外の csDMARD を使用している。これ みてみると、いずれもメトトレキサート(MTX)を中心と だけ多くの患者が csDMARD を必要としているが、診療 し た 従 来 型 の 抗 リ ウ マ チ 薬(conventional synthetic ガイドラインには各 csDMARD の使い方や使い分けなど DMARD;csDMARD)で治療を開始し、効果不十分の場合に についての記載は見られない。 は他の csDMARD を併用もしくは生物学的製剤の追加な 本邦における csDMARD 使用の特徴は、他国で使用可能 どを推奨している(図1に日本リウマチ学会関節リウマチ なヒドロキシクロロキンが認可されていないこと、欧米で 診療ガイドライン2014の治療アルゴリズム Phase I を示 は認可されていないブシラミン、タクロリムス(TAC)が使 す)。実臨床における治療薬の組み合わせを NinJa2013で 用できることなどが挙げられるが、特に、経年的な TAC 使 みてみると、MTX の使用率は65%であるが、MTX 単独で 用率の増加が注目される(図3)。TAC は、認可直後は TAC 図1 治療アルゴリズム(関節リウマチ診療ガイドライン2014) Phase Ⅰ MTXが禁忌ではない MTXを開始する 効果不十分の場合は csDMARD(従来型抗リウマチ薬) を併用する Phase Ⅱへ進む ± No MTXが禁忌 関節リウマチと 診断 短期間のみ 少量のステロイドを 追加してよい ± 治療目標を 6ヵ月以内に達成 csDMARD(従来型抗リウマチ薬)を開始する 効果不十分の場合は他の csDMARD(従来型抗リウマチ薬)を併用する Yes 継続 一般社団法人日本リウマチ学会 編.:関節リウマチ診療ガイドライン 2014, メディカルレビュー社, 2014 図2 RA 治療薬の組み合わせ 図3 100% なし/その他 7.7% 90% 80% Bio+DMARD 2.7% DMARD単独 19.1% MTX単独 32.0% 70% csDMARD 年次推移(MTX 除く) D-PC AUR ACT LEF MIZ IGR TAC GST 60% 50% BUC 40% Bio単独 6.2% 4 MTX+DMARD 15.9% MTX+Bio 16.4% 30% 20% 10% SASP 0% 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 単剤での使用が多かったが、経年的に他剤 ( 生物学的製剤 する場合、1mg/ 日で使用される頻度は約60%にも及んで を含む DMARD) との併用使用が増加しており、現在、TAC おり(図7)、「十分な MTX を使用しても効果が不十分の 使用者の70% 弱で他剤と併用されている(図4)。他剤併 場合に少量の TAC(1mg/ 日が最多)を追加する」という 用時には単剤使用時よりもより少量で TAC が使用される ことが頻繁に実践されていると考えられる。 傾 向 が あ り、併 用 時 TAC 使 用 量 は 年 々 減 量 さ れ て い る 以上より、現状における本邦での TAC の使われ方は、 (図5)。つまり、TAC は他剤で効果不十分時に少量で追加 ① MTX が使用できるケースでは、MTX の効果が不十分 する使用法が主流となってきていると考えられる。併用 の場合、生物学的製剤を試みる前に TAC を少量(1mg/日) 使用時に最も多く使用されている MTX 併用時(さらに生 で併用する、② MTX 使用不可のケースでは、TAC を単独 物学的製剤や他の csDMARD 併用時も含む)の TAC 量を で中等量で使用、もしくは他の csDMARD に少量で併用す 経年的にみると、1mg/日での使用が最も多くさらに増加 ることが多いと考えられる。TAC は薬価が高く、上記のよ 傾向にあり、高用量併用は減少してきている(図6)。MTX うな状況でも使用を控えざるを得ないケースも少なくな と TAC の平均使用量を経年的にみると、MTX 使用量は増 かったが、ジェネリック薬品の登場により薬価が抑えられ 加し TAC 使用量は減少している。さらに詳細な使用内訳 ることで、さらなる使用頻度の増加が予想される。 別 TAC 使 用 量 を み て み る と、MTX 単 独 に TAC を 併 用 図4 TAC 使用法変遷(%) 図6 73.5 66.1 59.4 45.8 41.2 40.3 35.5 33.6 32.1 TAC単剤 MTX 併用時の TAC 量(mg/ 日) 0.5mg 1.0mg 1.5mg 2.0mg 2.5mg 1.65 1.60 1.56 1.48 15.3 15.3 1.9 1.6 11.5 1.0 11.3 1.4 10.0 1.6 28.7 26.3 31.8 27.6 22.9 MTX併用率 38.5 24.3 16.3 7.2 29.3 7.4 7.6 41.8 43.0 43.3 41.8 40.8 7.4 7.6 7.8 8.2 3.0mg 平均 1.64 9.3 13.7 11.8 39.4 39.6 38.8 5.6 2009 3.5 2010 5.0 2011 12.9 11.5 8.2 MTX平均使用量(mg/w) 45.4 42.7 TAC併用 26.5 33.9 40.6 54.3 58.8 59.7 64.5 66.4 67.9 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 図5 TAC 使用量変遷(mg/ 日) 図7 7.3 5.4 2012 2013 治療別 TAC 使用量(mg/ 日) 0.5mg 1.0mg 1.5mg 2.0mg 2.5mg 3.0mg AVG 単独 4.2 25.5 2.12 2.05 2.05 2.03 単剤 1.88 1.90 1.88 1.86 2.05 1.70 1.76 1.66 1.70 1.68 1.64 1.61 Bio 4.1 併用 MTX+ 7.1 Bio併用 15.2 32.9 12.9 43.4 28.0 25.3 13.6 21.2 1.9mg 2.9 21.8 1.8mg 5.9 23.3 1.9 10.7 1.5mg 併用 MTX 8.4 併用 56.6 8.4 20.5 6.0 1.3mg 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 5 シリーズ関節リウマチ専門医に聴く 山梨県から発信するタクロリムスを使った 関節破壊抑制と関節 remodeling を目指した治療 にしおか内科クリニックRA 理事長 西岡 はじめに 雄一 先生 タクロリムス先発製剤と タクロリムス錠「トーワ」の有効性 ・ 安全性の評価 近年関節リウマチ治療の進歩は目覚ましいものがあり、 タクロリムスは2013年に、各社より後発品が発売され 関節の変形やコントロールできない痛みで多くの患者が ており、薬価が先発製剤の70% であることやカプセルか 苦しんでいた時代とは隔世の感がある。 ら錠剤への剤型変更もあり、コスト、剤型の両面からより しかしながら、私たちが歩んで来た道を振り返ると、こ 服用しやすいものとなっている。 の領域での診療においては効果だけではない、より多角的 当院での先発製剤からタクロリムス錠1mg 「トーワ」への な側面からの知識と経験が必要であると改めて実感する。 変更による疾患活動性の変化を DAS28-ESR で評価した 流行にとらわれず、患者本位の治療とは何かを問いなが (表1)。データが得られた22名を評価したが、先発製剤投与 ら、山梨県での経験とデータを記したい。 からタクロリムス錠「トーワ」への切り替え変更3ヵ月後で の比較において、有意な疾患活動性の悪化は認めていない。 関節破壊抑制と関節 remodeling を 目指した治療 関節リウマチの治療のガイドライン 1)では、メトトレキ サートがアンカードラッグであり、生物学的製剤は炎症性 サイトカインを抑えることを主目的として、メトトレキ サートの効果を増強するものと考えられる。一方で、炎症 を抑えても関節破壊は一定の割合の症例で認められ、メト トレキサートを十分に使わなければその破壊は軽度で あってもさけられない。全例生物学的製剤を使用すること でより厳格な抑制のコントロールはできるかもしれない が、骨の remodeling を起こしうる薬剤としてのタクロリ ムスを併用するという事は、炎症を抑えても起こりうる関 節破壊に対して修復機転を期待できる治療と我々は考え ている。関節リウマチは免疫異常が病態といわれている が、主な事象としては炎症と骨破壊と思われるので、炎症 を抑える薬剤と破壊を修復する低用量タクロリムス併用 はより理にかなっていると考えられる。低用量のタクロリ ムスと低用量メトトレキサート(8mg 以下)の有用性は他 の各施設からも報告 2)されており、我々もメトトレキサー ト製剤と低用量タクロリムス併用の臨床試験データを 2014年の米国リウマチ学会(ACR)にて防衛医科大学の医 師たちと共同で報告 3)した。米国でのタクロリムス開発治 験 を 行 っ た Dr.Kremer が Rheumatologist 誌 掲 載 論 文 の 画像を見て、興味を示し、同時併用療法は larger な治療試 験も検討する余地があるとメールを受け取っている。 表1 先発製剤からタクロリムス錠「トーワ」への 切り替え前後の DAS28-ESR の比較 症例 先発製剤 タクロリムス錠「トーワ」 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 3.24 1.80 2.32 2.52 4.84 2.62 0.77 1.68 2.52 1.25 3.03 2.54 3.46 1.81 2.44 2.10 1.68 1.13 1.46 2.77 0.51 0.77 2.15 0.97 3.21 1.80 1.05 1.85 2.58 1.90 1.05 1.85 2.21 1.64 2.72 2.89 3.97 2.03 1.11 1.85 1.85 1.13 0.97 2.85 0.51 1.39 1.93 0.81 平均 標準偏差 先発製剤からタクロリムス錠「トーワ」への切り替えによる DAS28-ESRの有意な変化は認められなかった。 自院データ 6 血中濃度に関しては、移植の時の副作用予見のための の効果減弱はほとんど認めず(811例中6例) 、先発品信仰 トラフ値が、この低用量タクロリムスの治療効果判定に有 による服薬拒否は816例中11例だけであり、タクロリムス 用とは考えにくく、実際効果が継続する症例は血中濃度が のジェネリックへの変更においては問題がないと思われた。 概ね2.0ng/mL 以上あるが、測定限度(1.6ng/mL)以下で あっても効果を認める症例もある。血中濃度を測定する時 期はシクロスポリン MEPC などのように AUC2など別の 時点が適切かも知れないとも考えられるが、その検証は後 山梨県における 関節リウマチ・膠原病治療隆盛時代 に譲りたい。いずれにせよ、副作用が多くなると言われる 東京大学物療内科からの派遣として甲府にある山梨県 8.0ng/mL を超える症例はなく、 有効性があった症例でその 立中央病院に赴任してから20年が経過した。ダラスでの 血中濃度を先発製剤とタクロリムス錠「トーワ」で比較する rheumatology と clinical immunology の 分 野 へ の4年 間 と表2のようになり、 有意な差は認められなかった。 の留学で研究志向が強まるなか、阪神・淡路大震災の医療 血中濃度に関しては、その物性より吸収率の個体差が ボランティアとして臨床(ひとを観る力)の重要性を再認 大きく、また、食前投与や男性で血中濃度が上がりやすい 識した時期でもあった。そういった想いから臨床経験の積 こと等があり、正確なデータとしては今後の解析が必要と める派遣先を医局から探してもらったところリウマチ科 思われるが、同一症例での変動を比較することは、診療上 ではないが、第一線の基幹病院ということで山梨県立中央 の参考にもなると思われる。 病院アレルギー呼吸器・膠原病内科の医師として着任1年 カプセル、錠剤を含めて、後発品に変更したタイミングで 間で赴任を決めた。しかし、山梨県にはリウマチ専門医が 数名しかおらず、前年まで所属していた UT Southwestern 先発製剤からタクロリムス錠「トーワ」への 切り替え前後の血中濃度の比較 表2 症例 先発製剤 タクロリムス錠「トーワ」 1 2 3 4 5 6 7 2.10 2.80 2.10 3.30 2.90 4.50 3.00 2.40 1.50 1.60 3.40 2.10 4.60 2.10 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 2.00 1.80 5.70 4.50 2.10 6.80 3.20 3.00 2.70 3.10 3.80 4.10 3.80 4.10 2.60 2.90 4.70 3.40 1.22 2.00 2.00 5.40 2.50 3.20 5.90 2.70 3.10 2.80 3.10 5.10 3.30 2.70 2.40 3.10 2.80 3.50 3.05 1.16 平均 標準偏差 (ng/mL) n=24 先発製剤からタクロリムス錠「トーワ」への切り替えによる 大きな変動は認められなかった。 ※1mg/body 投与量を変更せずに切り替え3ヵ月後に測定 自院データ Medical Center at Dallas の Peter E. Lipsky や John Cush, Arthur Kavanaugh らの診療を見学した経験から膠 原病診療に加えメトトレキサートを使った関節リウマチ 診療外来を開始したところ、数多くの症例を経験すること が出来た。 しかし、外来患者数が多くなりすぎ、交代する医師の負 担を考えると物療内科への帰局は難しいと医局長に言わ れ、逆に県立中央病院でリウマチ科が新設され、東京大学 のアレルギーリウマチ内科(物療内科が臓器別になり組織 改変)からの派遣という形で留まることとなった。東京大 学からの若い医師派遣と積極的な診療によりある程度山 梨県の膠原病 ・ リウマチ診療の底上げができたと判断し、 さらに基幹病院では早期のリウマチ治療ができないなど の理由から2004年、甲府にリウマチ専門医療機関を目指 して開業した。 ちょうど日本でのメトトレキサートを関節リウマチで 使用、適応拡大した時期から関節破壊抑制を目的として生 物学的製剤併用の治療が始まりつつあるエキサイティン グな時代であった。その時代を数多くの患者さんとともに 過ごすことができ、現在まで6000症例を超える関節リウ マチ患者と接している。現在も1300名を超えて定期的に 診察する中で関節リウマチ診療において私が得たエッセ ンスを記したいと思う。 メソトレキセート ® 2.5mg 錠から リウマトレックス ® 2mg の時代へ 山梨県立中央病院でのリウマチ診療はメソトレキセー ト® が中心であった。当時はまだメトトレキサートの保険 7 シリーズ関節リウマチ専門医に聴く 適応がなく、抗がん剤としてのメソトレキセート® 2.5mg と こ ろ か ら き て い る。そ し て 私 自 身 が シ ク ロ ス ポ リ ン 錠を2錠から8錠(20mg)まで使っていた。これだけ使え MEPC の臨床治験にてメトトレキサートの併用にて顕著 ばかなりの症例で炎症所見は正常となっていたが、炎症が な炎症所見の改善をみた経験があったことであった。残念 抑えられ疼痛が消えてもレントゲンでの評価では30%程 ながら、シクロスポリンMEPC は関節リウマチの適応を取 度で骨びらんは進行、変形が止められていない事実が存在 得することができなかったが、入れ替わりに同様のカルシ した。1999年にメトトレキサートが、商品名リウマトレッ ニューリン阻害剤であるタクロリムスが単剤で2004年に クス として関節リウマチに保険適応を獲得したが保険 関節リウマチの適応を獲得し、海外治療試験において単独 診療では8mgまでの使用しかできず、保険診療での医療 でも1mg から3mg の間に有効量があると報告 6)されて を行う公的医療機関で診療している我々にとっては、非常 おり、併用試験では低用量でも有効性がある可能性も示さ に残念なことであった。よって近年16mgまでの使用が認 れていた 7)。またタクロリムスはアトピー性皮膚炎の適応 められたことは治療上非常に有意義なことである。 がある外用薬としても発売され、アレルギー疾患に有用、 ® 2002年の Lancet に報告 された「リウマトレックス が つまりほかの薬剤の副作用を軽減する側面もあると考え 関節リウマチ患者の予後を顕著に改善する」というデー た。国内において、先発製剤として3mgを使用すると医療 タによりリウマチ診療に希望の光が見えたことも昨日の 費負担が生物学的製剤と変わらないくらい高額になると ことのように記憶している。 いう事も考慮し、メトトレキサートを8mgまで使っても炎 4) ® 症がおさまらない症例に併用薬としてタクロリムス1mg 少量タクロリムスの使用について ~ある関節リウマチ患者との出会い~ の投与を始めた。単剤での効果は決して強いとは言えな かったので、当初は半信半疑であったが、20数例の併用に おいて、ほぼ全例において関節リウマチの活動性が抑制さ 同じ地域での診療は関節リウマチで母娘が受診すると れた。さらに生物学的製剤の効果減弱例にタクロリムスを いう場合も多々ある。 併用した場合でも有効性が回復、また副作用として危惧さ 開業後数年経過したときに、40代の女性が初診として れる間質性肺炎の指標となる KL-6が低下するなどの症例 来院した。その女性の母親は県立中央病院勤務時代に悪性 が得られるようになった。 関節リウマチで診察をし、残念ながら、痛みを取ることも 図1は、先ほどの症例(娘さん)のその後の経過である。 できず感染症を合併してお亡くなりになっていた患者で この併用で調子が良く、3年経過したところでレントゲン あった。以前診察していた患者の娘さんが開業して来院さ 撮影をしたところ、予期せず、関節破壊の抑制ばかりか骨 れたということである。他の医療機関ですでにメトトレキ 欠損部位の修復も認めた 。 サートをつかっており発症後3年ほど経過しており、関節 当時骨びらんが、抗リウマチ薬で改善する症例報告は 破壊は stage Ⅳ、炎症も強かったが、まだ生物学的製剤は あったが、ここまで明らかに改善する症例は経験がなかっ 投与されていなかった。 た。この症例の経験から関節破壊がメトトレキサートによ 来院直後から生物学的製剤導入の計画を立てたが、母親 り抑制できず、CRP や MMP-3の高値が続く症例に対して が悪性リウマチであったことを鑑み、関節リウマチに保険 は、生物学的製剤使用の前に積極的に低用量タクロリムス 適応を取得した免疫抑制剤であるタクロリムスをメトト を併用するようになった。有効性はある程度想定できた レキサートに少量追加してまず1ヵ月経過観察した。結 が、有害事象を適切に評価する必要があると考え、自院内 果、多発関節炎はかなり軽減し、炎症所見も改善したため、 にて専門の薬剤師を雇用し、どのような有害事象でも全例 メトトレキサートと少量のタクロリムスでとりあえず経 報告することでその安全性を担保した。医薬品医療機器総 過を追うことにした。 合機構(PMDA)への報告は年間15から30例、軽微な副作 用は製薬会社に年間100件ほど報告した。自院の副作用、 低用量タクロリムスと メトトレキサート併用のきっかけ 等であった。低用量タクロリムスの長期併用における重大 な有害事象はほとんど現れなかった。軽度の神経学的項目 1990年代後半にメトトレキサートだけでは関節破壊は として耳鳴り・めまい ・ ふらつきの頻度は増加したが、薬 抑制できないということから、メトトレキサートを中心に 剤中止によって改善している。患者からの希望があり再開 多剤併用(3種類程度)の治療研究が数多く実施され、特に することも多く、高用量ではみられる耐糖能障害 ・ 腎障 シクロスポリンMEPC は Yocumらの報告 にあるように 害・血圧上昇はなく、メトトレキサート単独使用による報 優れたデータを示していた。上記患者において、メトトレ 告と差がないと考えられた。また KL-6も調べた限り有意 キサートに少量タクロリムスを併用したのはこういった に悪化する症例はなかった。 5) 8 死亡率、悪性腫瘍発生頻度と市販後調査等と比較しても同 メトトレキサートに少量タクロリムスを早期から併用 メトトレキサート増量で有効性が十分に認められない することで、現在では当院での関節破壊を認める症例は とき、すでに関節破壊をきたしている症例には骨破壊から 10%程度になり、また生物学的製剤の使用を必要とする の remodeling を念頭にタクロリムス1mg 連日1回内服を 症例は全症例の20%程度に留まっている。 追加することは、日常診療に追加できる新しく、そして、安 全で、有効で、かつ低コストな治療オプションであると思 タクロリムスによる remodeling の可能性 ~再びの出会い~ われる。 保険診療において、タクロリムスを関節リウマチに使用 できるのは日本、カナダ、香港に未だ限られており、諸外国 症例1の経過を観察していたある時期に、単純レントゲ が生物学的製剤による高額な治療を由としている間に ン撮影の正面像だけでなく、その側面像を比較してさらに 日本でのタクロリムス併用の恩恵に服することのできる 重大な発見が得られた。それは皮質骨の remodeling 的な 患者が増えることを期待している。 ものであり、関節の破壊の改善だけでなくすでに欠損して しまった骨質の回復が観察されたのであった。 タクロリムスに remodeling を起こすこの機序は動物実 験ではすでに報告 8)されており、T細胞抑制による IL-6、 RANKL シグナルの抑制や RANKL 発現の抑制効果、破骨細 胞の抑制等を示唆する論文が報告されている。 <参考文献> おわりに ~日本発オリジナル医薬品としての タクロリムス製剤の恩恵~ 自験例を中心として、関節破壊の抑制と骨のremodeling を目標にした治療は、大変簡単でかつ安全に実施できる 可能性があることを示した。 1)一 般 社 団 法 人 日 本 リ ウ マ チ 学 会 編:関 節 リ ウ マ チ 診 療 ガ イ ド ラ イ ン 2014, メディカルレビュー社 2014 2)Morita Y, et al.:Mod Rheumatol.;18(4) :379-84. 2008 3)Nakanishi T, et al.:Arthritis Rheumatol.;66(S10) :S214. 2014 4)Choi HK, et al.:Lancet.;359(9313) :1173-7. 2002 5)Yocum DE.:Br J Rheumatol.;35(Suppl 2) :19-23. 1996 6)Yocum DE.:Arthritis Rheum.;48(12) :3328-37. 2003 7)Furst DE.:Arthritis Rheum.;46(8) :2020-8. 2002 8)Takayanagi H.:Nat Rev Rheumatol.;5(12) :667-76. 2009 図1 MTX 2007/7 Low-dose tacrolimus + MTX 2010/11 西岡先生 提供 9
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