EPICS Application Note

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Side population を指標にした
ニジマス精原幹細胞の分取
林 誠 1, 長坂 安彦 2, 吉崎 悟朗 1
1 東京海洋大学大学院海洋科学技術研究科
2 ベックマン・コールター株式会社
はじめに
魚類の繁殖戦略は、他の動物群に比べ非常に多岐に渡ることが知られています。例えば、サケ(シロザケ)のように
生涯において一度だけ配偶子を作る魚種もいれば、同じサケ科魚類でもイワナやニジマスのように、繰返し配偶子を作
る魚種もいます。さらに、一部の魚種では性転換を行うことも知られています。配偶子幹細胞はこれらの繁殖戦略の根
幹を担うにも関わらず、その研究はほとんどなされていません。その理由として、配偶子幹細胞と分化を開始した細胞を
区別することが困難なことがあげられます。
私たちの研究室では、これまでに、配偶子幹細胞の中でも、特に将来、数千億という精子を生産する精原幹細胞を
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機能的に同定する手法をニジマスで確立してきました 。精巣生殖細胞を孵化稚魚腹腔に移植すると、一部の精原細胞
のみが生殖腺へと生着します。生着した精原細胞は、宿主生殖腺内で増殖し、継続して精子を生産し続けることから、
生着した精原細胞こそが精原幹細胞であると考えられます。しかし、この生殖腺への生着能を有する精原幹細胞は、
移植実験後、retrospective に同定可能であるものの、精原細胞中のどの細胞が精原幹細胞であるかを prospective
に同定する方法は確立されていません。
これまでの研究から、多くの組織幹細胞に共通してみられる特徴の一つとして Side population(SP)が知られてい
ます。例えば、造血細胞を細胞膜透過性の核染色試薬である Hoechst33342 で染色すると、染色性の低い細胞集団
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(SP 細胞集団)に造血幹細胞が濃縮されることがいくつかの動物種で知られています 。そこで、本研究では、魚類に
おける精原幹細胞研究の第一歩として、Side population(SP)に着目することで、魚類精原幹細胞の濃縮を試みました。
材料と方法
・精巣細胞の調整
本研究では、生殖細胞特異的に GFP を発現する vasa-GFP 遺伝子導入ニジマスを用いました。生後 10〜15 ヶ月
の未成熟な vasa-GFP 遺伝子導入ニジマスより採取した未熟な精巣(精原細胞と体細胞のみからなる)をトリプシンで
酵素分散することで得られた細胞を、培養液に懸濁しました。培養液には、終濃度 10%になるように FBS を加えた L15
培養液を用いました。
・Hoechst33342 染色
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細胞懸濁液に含まれる細胞数を計測後、1 x 10 cells/mL になるよう再懸濁したものを丸底の 2mL チューブに 1mL
ずつ分注し、インキュベーター内で Hoechst33342 染色を行いました。染色条件は、Hoechst33342 濃度(5, 10, 15,
20, 25, 50, 100 µg/mL)、染色温度(10, 14, 16, 18℃)、染色時間(1.5, 2, 3, 4, 6, 8, 10, 12, 15 時間)を検討すること
で、Hoechst 33342 濃度 5 µg/mL、染色温度 16℃、染色時間 10 時間に設定しました。また、SP の表現型を担う ABC
トランスポーターを阻害する際には、verapamil を終濃度 30 µg/mL で加えました。Hoechst33342 で染色後、フローサ
イトメーターで解析する直前に、細胞の凝集を防ぐために DNase を終濃度 75 U/µL で、死細胞を除外するためにヨウ
化プロピジウム(PI)を終濃度 1 µg/mL で加えました。
・Cell ソーティング
355 nm Xcyte laser と 488 nm sapphire laser 搭載の MoFlo XDP を用いて、Hoechst33342 の青色蛍光を
457/50 バンドパスフィルターで、赤色蛍光を 670/30 バンドパスフィルターで検出しました。また、生殖細胞特異的に発
現する vasa-GFP の蛍光は、529/28 バンドパスフィルターで検出しました。Cell ソーティングは、100 µm 径のフローセ
ルを用いていて、シース圧 30 pis 下で、サンプルの流速 2,000~5,000 counts/s で行いました。
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・生殖細胞移植
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MoFlo XDP を用いて分取した精原細胞の孵化稚魚腹腔への移植は、奥津ら(2006) の方法に従って行いました。
生着率が飽和するのを避けるため、移植細胞数は、約 150 細胞に限りました。
結果
・SP 細胞の検出
vasa-GFP 陽性精原細胞中の一部の細胞が SP の表現型を示すか否か明らかにするために、まず、Hoechst33342
染色の条件を検討しました。通常、マウスの造血細胞において SP 解析を行う際は、37℃下において、Hoechst33342
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濃度 5 µg/mL で 1.5 時間染色を行います 。しかし、本研究で用いたニジマスは低水温下で生息しているため、その細
胞も 20℃を越えると死んでしまいます。そこで、まず、温度のみを 18℃に下げ、Hoechst33342 濃度 5 µg/mL で 1.5
時間染色を行いました。その結果、十分な染色は得られず、G0/G1 の CV 値は 20 以上でした(図 1A, B)。そこで、
低温化でも Hoechst33342 の十分な染色を行うために、染色条件として、Hoechst33342 濃度(5, 10, 15, 20, 25, 50,
100 µg/mL)、染色温度(10, 14, 16, 18℃)、染色時間(1.5, 2, 3, 4, 6, 8, 10, 12, 15 時間)の組み合わせを検討しまし
た。その結果、温度 16℃下において、Hoechst 33342 濃度 5 µg/mL で 10 時間染色を行うことで、生存率への影響が
少なく、十分な染色が得られることが明らかになりました(図 1C, D)。さらに、この条件下で検出された SP 細胞は、
ABC トランスポーター阻害剤である verapamil を添加することにより、著しく減少することが明らかになりました(図 1E)。
図 1. ニジマス精原細胞中における SP 細胞の検出
(林ら(2014)3 の図を改変)
ニジマス精巣細胞を、Hoechst 33342 濃度 5 µg/mL、染色温
度 18℃、染色時間 1.5 時間(A, B)、または、Hoechst 33342
濃度 5 µg/mL、染色温度 16℃、染色時間 10 時間(C, D, E)
で染色した後、vasa-GFP 陽性精原細胞のヘキスト蛍光を、
MoFlo XDP により検出しました。
(E)ABC トランスポーターを阻害するために、Hoechst33342
染色時に verapamil を添加したサンプルの解析結果。
(A, C)横軸に細胞数、縦軸に Hoechst33342 の青色蛍光強
度で展開した分布図。
(B, D, E)横軸に Hoechst33342 の赤色蛍光強度、縦軸に
Hoechst33342 の青色蛍光強度で展開した分布図。
・SP 細胞の移植実験
SP 細胞中に精原幹細胞が濃縮されているか否かを明らかにするために、移植実験を行いました。分取前の全精原
細胞、分取した SP 細胞、非 SP 細胞をそれぞれ約 150 細胞ずつ孵化稚魚の腹腔に移植しました。移植 20 日後に観
察した結果、GFP で標識された SP 細胞が宿主魚の生殖腺に生着している像が観察されました(図 2A, D)。生着した
個体の割合を調べてみると、非 SP 細胞を移植した区では、約 8%(N = 70)であったのに対して、SP 細胞を移植した区
では、46%(N = 93; P-value < 0.05; カイ 2 乗検定)と有意に高い値を示しました。さらに、全精原細胞を移植した区
(生着率: 約 20%; N = 85)に対しても、SP 細胞を移植した区(46%; N = 93; P-value < 0.05; カイ 2 乗検定)の方が、
有意に高い生着率を示しました。
さらに、宿主の生殖腺へ生着した SP 細胞は、移植 100 日後には、宿主精巣で増殖し、コロニーを形成していること
が明らかになりました(図 2B, E)。また、雌個体に生着した SP 細胞も、全精原細胞を移植した時同様、宿主魚の卵巣
で増殖し大型の卵母細胞へと分化していることが明らかになりました(図 2C, F)。
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図 2. SP 細胞を移植した宿主魚の生殖腺(林ら(2014)3 の図を改変)
移植 20 日後(A, D)と移植 100 日後(B, C, E, F)に、宿主魚の生殖腺を観察しました。
GFP で標識された SP 細胞が生着、増殖している像が観察されました。矢尻は移植 20 日後に、破線で囲った宿主魚の生
殖腺に生着した SP 細胞を示しています。A, B, C は明視野像を、D, E, F は対応する蛍光視野像を示しています。スケール
バーは、20 µm(A, D)と、100 µm(B, C, E, F)。
考察
本研究により、魚類精巣において、SP を指標として、宿主生殖腺への高い生着能を有している精原幹細胞を濃縮で
きることが示されました。SP の検出は、核染色試薬である Hoechst33342 を用いて細胞を染色するだけで、マーカーと
なる抗体を必要としないため、非常に汎用性の高い手法であると考えられます。
SP の検出においては、対象とする細胞種に合った Hoechst33342 の染色条件を検討する必要があると考えられ
ます。実際、本研究においても、ニジマス精巣細胞に合った Hoechst33342 の染色条件を検討することにより、細胞の
生存への影響が少なく、十分な染色が得られる条件を決めることができました。Hoechst33342の染色条件は、SP の検
出だけでなく、分取した細胞を用いた解析においても影響を及ぼす可能性を有するため、SP解析において重要な過程
であると考えられます。
本研究で用いた精原細胞移植は、クロマグロ等の水産有用魚種に応用することもできます。具体的には、クロマグロ
(ドナー)精原細胞を、サバ(宿主)に移植することで、卵や精子を得ることが困難な魚種の配偶子を、成熟が容易な宿
主魚に生産させることを目指しています。SP を指標として、移植時に高い生着率を有する精原幹細胞を濃縮する手法
は、魚類精原幹細胞の研究においてだけでなく、サバにマグロを産ませることを目指した代理親魚技術の効率化にも貢
献するものであると考えています。
本研究の詳細は、以下の論文で報告しております。
Hayashi M, Sato M, Nagasaka Y, Sadaie S, Kobayashi S, Yoshizaki G. Enrichment of spermatogonial stem cells
using side population in teleost. Biol Reprod 2014; 91:23.
参考文献
1. Okutsu T, Suzuki K, Takeuchi Y, Takeuchi T, Yoshizaki G. Testicular germ cells can colonize sexually
undifferentiated embryonic gonad and produce functional eggs in fish. Proc Natl Acad Sci USA 2006;
103:2725-2729.
2. Goodell MA, Brose K, Paradis G, Conner AS, Mulligan RC. Isolation and functional properties of murine
hematopoietic stem cells that are replicating in vivo. J Exp Med 1996; 183:1797-1806.
3. Hayashi M, Sato M, Nagasaka Y, Sadaie S, Kobayashi S, Yoshizaki G. Enrichment of spermatogonial stem
cells using side population in teleost. Biol Reprod 2014; 91:23.
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