急流河川用「侵食センサー」の開発

急流河川用「侵食センサー」の開発
パシフィックコンサルタンツ株式会社 河川部 部長 渡邊 眞道
河川部 河道診断グループリーダー 次長○佐々木博明
河川部 河道診断グループ 新村 卓也
河川部 河道診断グループ 増山 博之
1
はじめに
護岸の被災原因の多くは、洪水時における護岸基礎前面の河床洗掘による基礎工の被災である。基
礎工前面に根固工が設置されている場合でもその重量や敷設幅が不足していると、根固工が流出し、
結果的に基礎工および法覆工が被災を受けることになる。堤防侵食や河岸侵食が進行すると、最悪、
破堤に至ることになる。このため、護岸の設計を行う際には、基礎工天端高を決定するために、設計
対象箇所における最深河床高を適正に評価することが最も重要となる。
しかし、洪水時に洗掘された箇所は洪水ピーク後に埋戻されるために、洪水後の測量データを用い
ても洪水時に生じる最深河床高を定量的に評価することが困難な状況にある。そこで、現行の最深河
床高の評価方法は、経年的な河床変動データや既往研究成果による評価、あるいは河床変動計算等の
数値解析によっている。また、河道計画上、最も重要な区間においては、移動床水理模型実験により
評価を行っているのが現状である。
本報は洪水時の侵食実態を観測することの重要性から、今回新たに急流河川用として開発した「侵
食センサー」と、観測地点の侵食状況や堤体浸潤線の上昇がリアルタイムでモニタリングできるシス
テムを開発したので報告する。
2
開発の目的
河川管理者が堤防などの施設の安全性の向上と住民の避難誘導が必要となる際の情報提供能力を向
上させることを目指し、洪水時河道の侵食実態を妨げず、時系列で計測ができる侵食センサーの開発
を行うこと。また、観測地点の浸透・侵食の状況が一目で分かり、河川堤防の安全性が一元管理でき
るモニタリングのシステムを開発することを目的に行った。
3 堤防侵食センサーの開発
3.1 侵食センサーの特徴と原理
写真―1 に今回開発した侵食センサーを示す。侵食センサーは観測地点の平均粒径程度の河床材料
(自然石)を使用することで、実際の流水の変化による侵食実態を妨げることのない実現象の再現性
が高い観測技術である。
図―1 に侵食センサーの原理を示す。侵食センサーは電極を取り付けた自然石を、高さ調整用のス
ペーサーを挟んで所定の高さなるように何段にも積み上げ、その電極と内部に回路を組込んだ受信装
置とを連結した簡単な構造である。センサーとなる自然石の大きさは、数cm程度の粒径でも加工が
容易であることから、緩流河川の利用も十分に可能である。
自然石と受信装置の連結は、観測地点の河床材料の大きさに応じて有線あるいは無線のいずれか確
実な方法が選択でき
る。
図―1 は有線による
参考例を示しており、
埋設した侵食センサ
ー部である自然石が
洪水時に流出すると
電極が外れ、瞬時に受
発信装置が感知し、そ
の信号を堤防に設置
した受信アンテナへ
送信する簡単な仕組
みとした。
写真-1 侵食センサー
図-1 侵食センサーの原理
1
減衰率
3.2 侵食センサーの通信方式
図―2に今回通信手段として用いている地中無線(低周波電磁波)と、地上無線(高周波電磁波)
の土中と極端に導電率の高い海中での通信距離に対する減衰率の比較を示す。ここで、一般的に減衰
率 10-6 を通信可能な目安と考えると、地
1.E+001
上無線は空中での減衰は全く問題ないも
空中
1.E-01
のの、地中や海中での減衰が著しく、そ
土中
海中
-2
の通信距離は海中で 1m程度、地中で 20
10
1.E-02
m程度である。
1.E-03
一方、地中無線は地上無線に比べて空
10-4
1.E-04
中での減衰は大きいものの、通信距離は
土中でも 60m以上(空中 100m)有して
1.E-05
海中 土中 空中
通信可能な目安
おり、河川への適応が可能である。
-6
10
1.E-06
地中無線/空・土・海
よって、侵食センサーの通信方式はそ
1.E-07
の設置場が河道内であることから、最適
地上無線/空・土・海
10-8
1.E-08
な「地中無線方式」を採用した。
1
10
100
1
10
100
また、侵食センサーの実用化に向けて
通信距離[m]
は、堤防の利用・環境、敷設時のワイヤ
図―2 地上無線(高周波)と地中無線(低周波)
損傷等のトラブルを考慮し、バッテリー
の通信距離に対する減衰率の関係
内蔵のワイヤレス化を進めた。
3.3 施工方法
写真―2に侵食センサーの設置手順を示す。侵食センサーは、施工時の運搬および設置を容易にす
るために、新たに考案した高さ調整用のスペーサーを返して、左右 2 本の拘束バーで積上げた自然石
全体を挟むように連結固定する。拘束バーは侵食センサーの設置後に簡単に引抜ける構造とした。施
工は侵食センサー全体を吊上げ所定の位置に据付し、センサー欠落防止のための保護カバーで覆い、
センサー周辺を充填しながら、埋戻しを行い設置する。
(1)掘削・据付
観測地点を設置深度まで掘削後、侵食センサ
ーの据付を行う
(2)保護カバー設置
埋戻しによるセンサー欠落防止のための保護
カバーを設置し丁寧な施工を行う
(3)埋戻し
埋戻しはセンサー周辺の充填・保護カバー引
上げ繰返し行う。埋戻し材は現地発生土を利用
(4) 侵食センサー設置完了
保護カバーおよび拘束バーを撤去し、余盛を
行い周辺の高さに整形・締固めを行う
写真―2
2
侵食センサーの設置手順
4 堤防モニタリングシステム
4.1 モニタリングの仕組み
図―3に堤防モニタリングの仕組みを示す。今回新たに開発した堤防モニタリングシステムは、河
道に設置する侵食センサーと堤体に設置する浸透センサーで構成し、河川堤防の浸透および侵食状況
を一元管理でモニタリングするシステムである。侵食センサーの下部に取付けた受発信装置は、セン
サーである自然石が流されると「何時何分に自然石が流された」という信号を感知し、瞬時に受信ア
ンテナへ送信する。そ
の信号は受信アンテナ
から光ファイバーを経
由し、河川事務所等に
送信され河川管理者の
手元のパソコンでリア
ルタイムにモニタリン
グができる仕組みであ
る。
一方、従来の地上無
線を用いた侵食センサ
ーでは、センサー部が
水面に浮上しないと通
信ができないために、
正常に稼動しているか
分からないといった欠
点を有していた。今回、
図―3 河川堤防モニタリングの仕組み
地中無線を用いること
で、地上無線の欠点が克服でき、通年でセンサーの稼動状態が分かる信頼性の高いモニタリングシス
テムが構築できた。さらに、侵食センサーは自然石を用いることで、縦向きおよび横向きの設置が可
能であり、河岸侵食(側方侵食)および堤防侵食(直接侵食)のいずれの侵食形態もモニタリングで
きるようになった。
4.2 リアルタイムモニタリングシステム
図-4にモニタリング画面を示す。表示画面は観測位置図と堤防横断図に浸透・侵食状態のリアル
タイムを表示したものである。
これは、手元の
パソコンに送信さ
れた数値データで
は現在の堤防の状
況が瞬時には判別
が付かないことか
ら、観測地点の堤
防断面図で示し、
一目でその時点の
堤体浸潤線の状況
や侵食状況、洗掘
深が分かるように
工夫を図った。
また、CSV 出力
可能なデータベー
スも同時に構築し
ている。
図―4
3
リアルタイムモニタリング画面
4.3 履歴データ検索システム
図―5にモニタリング情報履歴の経時変化を示す。これは将来、観測値の分析評価を行う際に、観
測値が一目で検索できようにデータベース化したものである。表示画面は雨量・水位データと各観測
地点の計測値をグラフおよび CSV 出力の一覧が表示できるように構築した。
図―5
履歴データの検索画面
5.おわりに
今回、実際の流水の変化による侵食実態を妨げることがなく、実現象の再現性が高い観測技術とし
て、対象箇所の侵食状況や最深河床高を定量的に評価ができる侵食センサーを新たに開発した。また、
高度情報化に向けた河川管理の観点からは、浸透・侵食の現地情報がリアルタイムでモニタリングで
き、水防団等の的確な初動態勢が可能となりうる堤防モニタリングのシステムを提案した。今後は実
河川現場での実績を重ねるとともに、堤防管理技術高度化のための観測技術の開発を進めることが重
要である。
謝辞:最後に本論文をまとめるに当り侵食センサーのコア技術である地中通信技術に関わる貴重なデ
ータを坂田電機株式会社営業部長の山城睦様よりご提供をいただいた。ここに記して謝意を表する。
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