川口由佳

2015.1.28 渚の風 3号 13
■主任支援員
社会福祉法人 八尾隣保館 八尾市立養護老人ホーム心合寮
川口由佳さん(32)
利用者さんの笑顔を引き出したい
「おはようございます」。ポニーテールの女性が、とびっきりの笑顔でお年寄りに話しか
ける。社会福祉法人「八尾隣保館」(大阪府八尾市)が運営する養護老人ホーム心合寮の
主任支援員、川口由佳さん(32)。虐待や精神疾患など様々な背景を抱えた人たちが暮ら
すこの施設は、地域社会の最後の〝セーフティーネット〟のような存在だ。それだけに川
口さんは安心して過ごしてもらうため、1人1人の利用者さんと心を通わせるコミュニ
ケーションを大切にしている。
(文 学生通信社 磯部亮太 / 写真 廣瀬彰)
Text by Ryota ISOBE / Photo by Akira HIROSE
一人一人にとっての
〝寮母さん〟
えた人もおり、利用者さんの多くが親し
みを込め、川口さんを「寮母さん」と呼
んでいる。
対一でコミュニケーションを続けている
比べ、求められる技能の違いにとまどっ
流ともいえ、1963(昭和 38)年の老人
と、その表情が変わる瞬間があるという。
たという。
福祉法成立時からの歴史がある。心合寮
「こんなに笑ったんは久しぶりやわぁ」
川口さんの1日は利用者さんの居室を
養護老人ホームは、老人福祉施設の源
訪れることから始まる。そして、トイレ
の掃除や室内の整理などに目を配る。一
人一人の状態に合わせて踏台昇降器具や
は 1999(平成 11)年に八尾市から事
乗馬マシンなどを使い、会話を交わしな
業を受託した八尾隣保館が運営する。
がらトレーニングを見守る。
特別養護老人ホームに比べ、体力的に
利用者さんのなにげない一言が、川口
例えば、川口さんの言葉に納得したよ
うに見えた利用者さんから数日後、不満
さんのやりがいにもつながっている。
の言葉を打ち明けられたり、突然、怒り
祖父の孤独死で福祉の道へ
とともに驚くような言葉を浴びせられた
このほか、書道や園芸などのクラブ活
は元気なお年寄りが多いものの、多くの
動、食事の配膳といったお年寄りが安心
ひとが複雑な事情や心の傷を抱えている
福祉の仕事を志したのは、進路に悩ん
して快適な生活を送るためのサポートは
ため、支援員によるコミュニケーション
でいた高校3年の夏、母親から「福祉の
ているという。
もちろん、利用者さんの話し相手とな
を通した精神的なケアが欠かせない。
ボランティアに行ってみたら」と声をか
利用者さんは人生の大先輩
り、精神的な支えになることも大切な役
割だ。
利用者さんと会話をする際、川口さん
けられたことがきっかけだ。それまで福
が心がけているのは「慎重に言葉を選ぶ」
祉に関心を持ったことはなかったが、興
ことも。そんなときも利用者さんと距離
を置かず、その後のフォローを大切にし
「介護の技術だけでは通用せず、お年
心合寮では、貧困などの経済的理由や
こと。些細な言葉遣いが心の傷に触れて
味本位で現場に出向いてみると、初めて
寄りと心を通わせる難しさを痛感した」
家族からの虐待といった環境的な要因で
しまうこともあるため、細心の注意を払
意識が変わったという。
と話す川口さん。入所者は人生の大先輩
自宅での生活が困難になった主に 65 歳
う。家族から虐待を受けていた場合、入
「食卓にお皿を置いただけでも、お年
ばかりだ。逆に学ぶことも多い。クラブ
以上のお年寄り 50 人が共同生活を送っ
所当初は話しかけても表情が暗いお年寄
寄りが『ありがとう』と言ってくださる
活動の一環で施設の屋上で育てたサツマ
ている。平均年齢は 83 歳。100 歳を超
りも少なくない。それでも粘り強く、一
ことが驚きでした。その優しさに応えた
イモを収穫したとき、そのツルを捨てよ
いなと思いました」
うとした川口さんに利用者さんのひとり
拝啓 綾小路きみまろ様
「お年寄りを笑顔にしたい」との思
かなか上手く行かないときもありま
す。そんなとき は、きみまろさんの
漫談が収録された DVD を見て、お年
は本当にすごいと思います。尊敬し
寄りを笑顔にする話術を研究してい
ていますし、憧れの存在です。もし、
ます。ときには施設でも DVD を上映
機会があれば、心合寮にも笑顔を届
し、みんなで楽しむこともあるんで
けに来てください。その時はトーク
すよ。
のコツも教えてくださいね。
毒舌は真似できませんが、どんな
コラム
が「さつまいものツルは食べられるんや
で」と教えてくれたという。ツルはみん
族と離れて暮らしていた祖父が亡くなっ
なで一緒に料理して、おひたしにして食
たのだ。孤独死だった。
べた。
「もっと頻繁に顔を見せて、優しくし
いで仕事に取り組んでいますが、な
状況でも笑いを届けるきみまろさん
そのころ、福祉への思いを強くするも
う一つの出来事があった。川口さんの家
敬具
川口由佳
てあげていたら…。後悔ばかりが募りま
ションがとれるところが長所」。施設長
した」
の中野薫さんの川口さん評だ。
そう振り返る川口さん。高校卒業後は
「この仕事を辛いと思ったことは一度
専門学校で介護を学び、八尾隣保館に就
もありません。どうすれば利用者さんの
職した。最初の8年間は系列の特別養護
いい表情を引き出せるか。それを考える
老人ホーム「成法苑」(八尾市)で介護
ことが楽しくて…」
職員として過ごし、介護技術を磨いた。
そう言い切る川口さん。一人一人を笑
心合寮に異動したのは 2011 年。当初は、
顔にすること。川口さんの永遠の課題で
身体介護が中心の特別養護老人ホームに
あり、目標だ。
養護老人ホームって?
養護老人ホームは全国に 961 施設
(2013 年 10 月時点、厚生労働省資料
なっています。
心合寮では職員と入所者の皆さんが
「お年寄りと粘り強くコミュニケー
心合寮 生活相談員 松田元成
りと個別支援に力を入れています。
目 指 し、 法 人 内 の
入所者の方から「ホームに来て初め
資格取得助成制度
より)と数も少なく、入所には自治体
一体となって介護予防や生活の活性化
て人から感謝された」「自分の存在を
を活用させてもら
による措置決定が必要となります。
を意識し、日々の生活動作の中で極力
認めてもらえた」「安住の地が出来た」
い精神保健福祉士を取得することで、
近年では DV・虐待被害者、障がい
体を使って頂けるよう声掛けや見守り
といった声を聴くこともあり、いかに
視野や意識が大きく広がりました。
や精神疾患を抱える方、認知症の方、
を行ったり、運動器具を使ったリハビ
大変な人生を送って来られたか考えさ
ホームレス等地域で保護が必要な方、
リ活動及びその意欲向上を狙いポイン
せられることがあります。この声は施
フティネットとしてこれからも地域で
刑務所等からの社会復帰者等々、地域
トカードを作ったりと、一日一日を楽
設の環境、職員の声掛けや支援からだ
より一段と機能していくことを目指
養護老人ホームが超高齢社会のセー
で自立生活を続けていくことが困難な
しみながら生きがいを感じて生活して
けでなく、入所者同士の相互作用、触
し、入所者の方や地域高齢者の方々の
方の入所が増え、ニーズの多様化と複
頂けるよう工夫しています。また多く
れ合いから生まれたものが大きいと感
生きがいに繋がっていく支援を職員一
雑化が顕著になっており、これまでの
のボランティアや地域住民の方々に支
じます。
丸となって展開していきたいと考えて
見守りや生活支援のみに留まらず職員
えられながら、地域交流行事や外出の
の専門的資質の向上が課題の一つと
機会を大切にする等、人との信頼づく
私も当ホームに異動になって5年、
様々な方と関わる中でより良い支援を
います。
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