子どもの頃の被虐待的体験やDV目撃はどのように関連して

Journal of Cognitive Processes and Experiencing
2001, 9, 79-89
リサーチ
子どもの頃の被虐待的体験や DV 目撃は
青年期の甘えにどのように関連しているのか
小林美緒・加藤和生 1
九州大学
How do childhood experiences of child abuse and
EDV (exposure to domestic violence) relate to adolescents’ amae?
Mio Kobayashi & Kazuo Kato
Kyushu University
Based upon Kato's (1995) model of amae-processes, we hypothesized that the more frequently children were exposed to childhood experiences of child abuse (CA) or domestic violence (EDV) by parent(s), the more likely they
would be to develop negative internal working models of amae interactions (IWM of amae), the more difficulties
they would experience with engaging in amae with the parent(s) (Hypothesis 1) and with other 4 amae objects
(Hypothesis 2) in adolescence. Difficulties with engaging in amae with amae objects were operationally defined and
measured by ratings on need for amae and uncomfortableness with engaging in amae interactions. 305 college
students were asked to respond to a questionnaire. Main findings were as follows: (1) Hypothesis 1 was confirmed
in those with more childhood experiences of CA and EDV. (2) Hypothesis 2 was confirmed in opposite-sex friends
(who are of the same-sex as the abusive parent).
Keywords: amae, internal working model, child abuse, exposure to domestic violence (EDV), adolescence
土居(1971)は,甘えが日本人の心理を理解するため
の重要な概念だと主張している.実際,Kato(1995)の
調査によると,日本人成人は甘えが対人関係の中で親密
な関係を形成したり,維持したり,発展させたりする上
で潤滑油的な役割をすると考えていることが示されてい
る.であるとするなら,
「上手に」甘えられることは,少
なくとも日本人にとって非常に大切な能力であるといえ
よう.
ところが現実には,全ての人が同じように「上手に」甘
えられるというわけではない.例えば,甘え行動を起こ
す前の段階で,甘えたいと感じていても相手に対して申
し訳無さや遠慮をつい感じてしまい,実際には甘えるこ
とができない人がいる.あるいはまた,甘えるとネガ
ティブな結果を招いてしまうのではないかという予期を
もってしまい,「(甘えると)相手にうっとうしく思われ
るのではないか」とか「嫌われるのではないか」という
ように,甘えることに躊躇してしまう人もいる.つまり,
これらの人は,甘える前の段階で「(なんとなく)甘えら
れない」「甘えてはいけない」と強く感じてしまうため
に,甘え行動を起こせないのである.
しかし,上述したように,このように「甘えられない」
と感じそのために甘え交流が持てない人は,甘えの機能
を十分に活用できないために,おそらく他者との親密な
関係を形成することに困難を感じているであろう.例え
ば,青年期になって恋愛関係に入っても,恋人に素直に
甘えることができないために「心の通いあう,そして心
地よい」恋人関係をなかなか形成することができないだ
ろう.というのは,恋人に素直に甘えないために,相手
から「自分のことを心から信頼してくれていない」とか
「そっけない人だ」といったように思われてしまうからで
ある.そして,これに類似した現象は,恋人関係だけで
なく,いろいろな関係の中で観察したり体験したりする
のではなかろうか.そうであるとするならば,甘えるこ
とに抵抗感をもち素直に甘えられない人は,いろいろな
対人関係(親子関係,友人関係,上下関係,異性関係)
の中で多くの問題を引き起こし,心理的葛藤を抱えるこ
とになると考えられる.
本研究では,このように「甘えられない」という心性
本論文は,文部科学省科研・基盤研究(B-2)一般(代表:加藤和生,H13-15 年度,課題番号:13410039)の援助を受けて行われた.用いた
データは,大きなプロジェクトの一部として収集されたものであることをここにお断りする.本論文への問い合わせは,以下まで:
[email protected] または [email protected].
1
80
小林・加藤
を作り出す要因の1つとして,子どもの頃(幼少から小
学校ころまでの期間)の家族関係の質に注目した.ここ
でいう「家族関係の質」とは,「家庭での親の子への虐待
的行為の程度,親同士の暴力的やり取りや不和の程度,
あるいは親間のあるいは親から子どもへのサポーティブ
な働きかけやサポーティブな雰囲気を感じさせている程
度」である.通常,普通の家庭では,子どもの頃,子ど
もは親に対して積極的に様々な甘え行動を行い,それが
受け入れられ満足することを繰り返し体験することを通
して,自分は本当に愛されているのだという実感をもつ
ようになる(Kato, 1995; 加藤,1998/9).と同時に,こ
うした体験は,徐々に抽象化され,体制化されるように
なり,一つの甘え行動・交流に関する知識構造(認知的・
情動的側面を含め)を形成するようになる.そして,そ
の枠組みは,今度は次の甘え行動を行うとき,新しい対
象(人物)へ甘え行動をしようとするとき,一つの認知
的枠組みとして作用し,相手や状況を理解したり評価し
たり甘え行動を制御・調整したりするようになる
(Kato,1998).
このような甘えに関する知識構造を,Kato(1994/5,
1995)はそれまでの社会的認知研究の知見にもとづき
(e.g., Fiske & Taylor, 1991),「甘え交流の内的作業モ
デル(the internal working models of amae interactions ,以下甘え IWM と略す)」と名づけた(cf. 加藤・
丸野,1996)2 .この考えにもとづきながら,甘えられる
人と甘えられない人との違いを分析するならば,次のよ
うに推測することができよう.すなわち,「上手に甘えら
れる」人は,小さい頃から家族との間の甘え交流を積極
的に行い,受け入れられる体験を繰り返しする.また,
こうした家庭自体,そのような甘えたり甘えさせたりす
ることを良しとする雰囲気を持っている.その結果,親
に対して「自分が甘えたときには,親は大体いつも受け
入れてくれるだろう」というポジティブな甘え IWM を形
成する.
それに対して,「甘えられない」人は,子どもの頃,親
に対して十分甘えることができなかった,あるいは許さ
れなかった経験を多くもつ人たちであろう.そのため,
「人は自分の甘えを受け入れてくれないだろう」「甘える
と拒絶されるかもしれない」
「嫌われるかも知れない」と
いうネガティブな甘え IWM を形成するようになる.
一般に IWM(あるいは認知的枠組み,スキーマなど知識構
造)には,少なくとも次のような性質があることが分
かっている(e.g., 詳細は , Brewer & Nakamura, 1984;
Rumelhart, 1984).第1に,IWM は,情報処理の枠組みと
して機能する.例えば,IWM に関連する情報を選択的に注
意したり,理解・評価したり,欠落した情報を補ったり,
入力情報を枠組みに合うように修正したりする.あるい
はそうした情報処理にもとづき,行動の制御・修正を行
う.第2に,IWM は一端形成されると,IWM を維持するよ
うに作動するため,変容・修正が起こりにくい.
これらの性質は甘え IWM についても同様なので,以下
のことが予想されるだろう.第1に,親との間にネガ
ティブな甘え交流があったためにネガティブな甘え IWM
を形成した人は,その後(あるいは青年期になっても)
親に対して甘えようとするときこのネガティブな甘え IWM
が活性化するために,
「子どものとき自分のことを甘えさ
せてくれなかったのだから,甘えても甘えさせてくれな
いだろう」というネガティブな予期を持ちがちとなる.
第2に,子どもの頃に一端形成された甘え IWM は,それ
がポジティブであれネガティブであれ,その後の対人関
係でのプロトタイプとして働く(cf. Bowlby, 1982; S.
Frued, 1946/1969).そのために,その後に出会った新し
い対象(人物)に対して甘えようとするとき,親に対し
て形成した甘え IWM が活性化され,甘え予期を規定する.
例えば,親との関係においてネガティブな甘え IWM を形
成している人では,
「親は甘えさせてくれない人だったの
で,今の恋人(その親と同性)もきっと自分のことを甘え
させてくれないだろう」という予期を持ちやすくなると
予想される.
過去の被虐待的経験
では,甘えることを困難にするような甘え IWM の形成に
関わる子どものころの家族の中での体験とはどのようもの
が考えられるだろうか.その一つとして,近年,日本で特
に注目されている養育者による児童虐待
(child abuse, 以
下 CA と略す)が挙げられる.CA は,現在,身体的虐待・心
理的虐待・性的虐待・ニグレクトの4つに大別されている
(e.g., Miller-Perrin, & Perrin, 1999).これは,養育
者から子どもに対して直接の加害行為(虐待的行為)がな
されるものである.また近年では,
「ドメスティク・バイオ
レンスにさらされること
(exposure to domestic violence,
EDV と略す)」も,第5番目の CA の種類として注目されるよ
うになってきた(e.g., Sudermann & Jaffe, 1997).これ
は,一方の親から他方の親への暴力行為(あるいは両親間
の喧嘩,不和,離婚争議など)を子どもが目撃することを
指す.そして,その結果として目撃した子どもは,直接の
虐待行為を受けたのと類似した影響を受けると考えられて
いる(e.g., Holden, Geffner, & Jourile,1998).これ
は,言い換えると間接的な虐待行為と言うことができるだ
ろう.だが,日本では CA の実態やその影響に関しては,実
証的研究はまだ非常に限られた数しか行われていない.ま
してや,EDV に関しては,著者たちの知る限り,少しの例外
なお,Kato(1995)の甘え IWM および甘えプロセスモデルに関する理論は,Bowlby (1959/82)の考えとは独立に,それまでの認知心
理学・社会的認知研究の知見にもとづき構築されたものである.
2
子どもの頃の被虐待的体験や DV 目撃は青年期の甘えにどのように関連しているのか
を除くと全くなされていない(e.g., 大黒・加藤,2000;
加藤ら,2001).
親から CA や EDV のある家庭では,子どもは甘えが受容
されることは少なく,むしろ,甘えようとしても拒否さ
れてしまう経験を多く持ちやすいと予想される.その結
果,「こんな親に甘えてもどうせ無駄だろう」という予期
を生むネガティブな甘え IWM を形成しやすくなる.その
結果,青年期以降になっても,虐待した親には甘えにく
くなるだろうと予想される.さらに,この甘え IWM は,
虐待的であった親に対してだけでなく,他の対象に対し
て甘えるときにも,甘え交流にかかわる認知・情動・行
動を制御する枠組みとして作用するので,他の対人関係
にも類似した影響を及ぼすと予想される.
それに対して,子どもの頃に親が子どもの甘えを許容
したりサポートをしたりする家庭環境(以下,「家庭内の
ポジティブなやりとり」と呼ぶ)であった場合には,ポ
ジティブな甘え IWM が形成されやすいと予想される.し
たがって,この場合には虐待されていた場合とは逆に,
青年期以降に甘えたいと思ったとき素直にそれを表出し,
甘えるときに甘えることへの抵抗感が低くなると予想さ
れる.
従来の甘え研究の中での本研究の位置づけ
甘えに関する研究は,そのほとんどが臨床事例研究や
論考であり,実証的研究は非常に少ない(for a review,
Kato, 1994/5;e.g., 藤原・黒川,1981;Kato, 1995;
加藤・小林,2000;大迫・高橋,1994;外山・高木,
1991).その研究の中にも,子どもの頃の親子関係の質と
現在(青年期)の甘えとの関連を検討したものは,加藤・
高松(1999)だけである.彼らは,幼児期,思春期,現
在の各段階における母親との関係(例えば,母親への愛
着,母親への過剰適応など)と現在持っている「甘え観」
との間にどのような関係があるかを検討した.しかし,
その研究の関心は甘えをどのようなものと感じているか
という甘えに対する態度(すなわち,
「甘え観」)であり,
過去の親子関係の質が現在の甘え行動(欲求,行動,認
知,情動など)にどう関連しているかを検討するもので
はなかった.確かに,甘え観は,甘え行動を引き起こす
際にかかわる一つの要因として位置づけることができる
だろうが,その前に過去の親子関係の質が実際の甘え行
動の生起にどのように関係しているのかを検討する必要
があるだろう.
本研究の仮説と検討点
そこで,本研究の目的は,過去の親子や夫婦の関係の
質(具体的には,CA や EDV の経験の程度,ポジティブな
親子のやりとりの程度)と現在の甘え欲求や甘えやすさ
との間にどのような関連がみられるのかを検討すること
81
である.
以上に述べたことにもとづき,本研究では以下の仮説
を設定した.なお,以下では「甘え行動を向ける人物」
を「甘え対象」と呼ぶ.
1.過去(小学校まで)の親子や夫婦の関係の質と現在
(青年期)の親への甘え欲求・甘えやすさとの関係
仮説1 -A(CA 的経験)
:親による CA 的経験の程度とその
親への甘え欲求や甘えやすさとの間には,負の相関関係
があるだろう.
仮説1 -B(EDV 経験):親間の EDV 経験の程度とその親に
対する甘え欲求や甘えやすさとの間には,負の相関関係
があるだろう.
仮説1 -C(ポジティブなやりとり):過去の家庭内のポジ
ティブなやりとりと現在の親に対する甘え欲求や甘えや
すさとの間には,正の相関関係があるだろう.
2.過去の親子や夫婦の関係の質と他の対象への甘え欲
求・甘えやすさとの関係
仮説2:親による CA 的経験や EDV の程度とその親の性と
同性の対象に対する甘え欲求・甘えやすさとの間には,
負の相関関係があるだろう.一方,過去の家庭内のポジ
ティブなやりとりと他の対象への甘え欲求・甘えやすさ
とには,正の相関関係があるだろう.
方 法
回答者 305 名の大学生・専門学校生(男性 124 名,女性
180 名;年齢 18 〜 31 才,M= 19.54,SD=1.34)であった.
質問紙
1.過去の親子や夫婦の関係の質に関する質問
(1)CA 的経験,(2)EDV,(3)過去のポジティブ
なやりとりに関する質問項目を 20 項目作成した.なお,
CA 項目に関しては,現在用いられている4つの虐待の種
類の内,身体的虐待・心理的虐待・ニグレクトの3つに
対応する項目を作成した(各カテゴリーに属する全項目
は,Table 1 を参照).
(1)CA 的経験:「1.父親の虐待的行為(Fatherユs
abusive behaviors)」
,「2.母親の虐待的行為(Motherユ
s abusive behaviors)」の2つの下位カテゴリーを作り,
それぞれに 6 項目の項目を作成した.
(2)EDV:「3.父から母への暴力(Fatherユs violence
against mother)」・
「4.母から父への暴力(Motherユs
violence against father)」
・「5.両親のケンカ
(Quarrels between parents)」の3つの下位カテゴリー
を作り,それぞれ 1 項目ずつ作成した.
(3)ポジティブな親子や夫婦間のやりとり:
「6.家庭内の
ポジティブな雰囲気(Positive atmosphere in family)」
小林・加藤
82
.824
α
Mean
SD
2.84
1.87
293
n
none
2
.
3
4
n of respondents
.
.
5
.
6
.
(%)
1
(.7)
7
very frequently
Table 1. Categories and Items for Quality of Family Relationships in Childhood : Descriptives and Number of Respondents(%) for Each Rating of 1-7
6
(8.2)
Item
number
2
25
1.父は,家族のことを気にかけず,父自身のことばかりに時間を使っていた
7 (2.3)
48 (15.7)
Subcategories Item
18 (5.9)
29 (9.5)
1.Father's abusive behavior
21 (6.9)
34 (11.1)
Categories
72 (23.6)
57 (18.7)
1.母は,家族のことを気にかけず,母自身のことばかりに時間を使っていた
301
296
2.97
2.68
1.78
1.89
1.78
1.23
(2.0)
(6.9)
(5.2)
(5.2)
(.0)
(7.9)
(6.9)
(2.3)
(5.2)
(6.2)
(5.6)
(4.6)
(8.2)
4 (1.3)
34 (11.1)
172 (56.4)
66 (21.6)
2.06
(1.0)
3.50
25
14
17
3
293
(2.0)
2.父は,家族のものが自分の言うことに従わなければ,非常に腹を立てた
24
6
21
6
2.母は,家族のものが自分の言うことに従わなければ,非常に腹を立てた
301
1.30
(7.9)
42 (13.8)
18 (5.9)
25 (8.2)
10 (3.3)
3母
. は,感情的に叫んだり,怒ったりした
1.09
1.82
(.3)
1.74
1
(3.0)
1.44
(.7)
9
3.34
2
(4.9)
300
(.7)
15
301
31 (10.2)
301
35 (11.5)
4母
. は,家族のことを叩いたり,蹴ったりした
(9.5)
5母
. 親は私のすることに口を出し,私の行動を出来るだけ母の思うとおりにさせようとした
1.父は母に対して,暴力的にふるまっていた
3.Father's violence against mother
4.Mother's violence against father
29
(8.5)
6母
. 親は私のことをひどく殴ったり蹴ったりした
2.Mother's abusive behavior
2.03
27 (8.9)
17 (5.6)
40 (13.1)
10 (3.3)
(6.9)
3.16
22 (7.2)
16 (5.2)
34 (11.1)
9 (3.0)
19
16
21
(1.0)
293
71 (23.3)
62 (20.3)
62 (20.3)
32 (10.5)
(3.3)
7
21
3
(1.0)
3父
. は,感情的に叫んだり,怒ったりした
82 (26.9)
160 (52.5)
95 (31.1)
223 (73.1)
16
16
10
(1.0)
3
1.70
26 (8.5)
21 (6.9)
45 (14.8)
0
24
3
(2.6)
1.28
36 (11.8)
29 (9.5)
37 (12.1)
8 (2.6)
34 (11.1)
5 (1.6)
8
1.88
29 (9.5)
37 (12.1)
26 (8.5)
19 (6.2)
52 (17.0)
10 (3.3)
11 (3.6)
2.13
15 (4.9)
55 (18.0)
7 (2.3)
13 (4.3)
1.57
74 (24.3)
86 (28.2)
73 (23.9)
(3.0)
2.89
60 (19.7)
57 (18.7)
34 (11.1)
9
(2.0)
293
93 (30.5)
96 (31.5)
89 (29.2)
(9.2)
6
293
191 (62.6)
58 (19.0)
239 (78.4)
28
(6.6)
294
221 (72.5)
20
4父
. は,家族のことを叩いたり,蹴ったりした
1.37
255 (83.6)
50 (16.4)
5父
. 親は私のすることに口を出し,私の行動を出来るだけ父の思うとおりにさせようとした
1.64
.84
123 (40.3)
6父
. 親は私のことをひどく殴ったり蹴ったりした
293
1.26
1.79
.819
-
293
2.60
6
1
-
292
20
26
2
1
-
5.Quarrels between parents
28 (9.2)
36 (11.8)
(6.6)
36 (11.8)
63 (20.7)
1.91
91 (29.8)
39 (12.8)
3.76
42 (13.8)
39 (12.8)
3.82
47 (15.4)
45 (14.8)
293
29 (9.5)
46 (15.1)
294
1.66
(2.3)
1.母は父に対して,暴力的にふるまっていた
1
.693
2私
. は困ったときには父親を頼りにし,助けてもらっていた
1.79
1.父と母は,いい雰囲気でお互いに甘えたり,甘えさせたりした
6.Positive atmosphere in family
7
1.父と母がいっしょにいると,ケンカになるのではないかと心配したり,不安になったりした
5
Child Abuse
Exposure to DV
Positive atmosphere
1.80
1.59
14 (4.6)
62 (20.3)
17 (5.6)
3.31
20 (6.6)
80 (26.2)
28 (9.2)
3.50
5.11
47 (15.4)
72 (23.6)
45 (14.8)
294
61 (20.0)
41 (13.4)
68 (22.3)
300
301
37 (12.1)
21 (6.9)
36 (11.8)
3.私は父親に大切にされすぎていると感じていた
49 (16.1)
13 (4.3)
52 (17.0)
4私
. は困ったときには母親を頼りにし,助けてもらっていた
66 (21.6)
12 (3.9)
54 (17.7)
5.私は母親に大切にされすぎていると感じていた
子どもの頃の被虐待的体験や DV 目撃は青年期の甘えにどのように関連しているのか
を下位カテゴリーとして,家庭内に甘えを許容したり互い
にサポートする雰囲気があったかどうかに関する5項目を
作成した.
以上の項目の各々について,「あなたが育った家庭におい
て,あなたが子どもの頃(小学校6年生まで)に,次の
ようなことがどのくらいよくありましたか」という教示
のもとに,7件尺度(「1(全くなかった)〜7(非常に
多くあった)
」で評定を求めた.単一項目である EDV の3
カテゴリー以外のカテゴリーについては,その全ての項
目の平均得点を下位カテゴリー得点とした.
なお,本研究は,WHO(1999)の定義にもとづき,児童虐
待を次のように捉える:
「養育者による身体的・心理的・
性的に不適切な取り扱い,
...
.怠慢・不注意な扱い..
..
などの形態をもつ行為で,その結果,子どもに...
...実
際のあるいは潜在的な危害を与えるもの(途中を一部省
略)」.それ故,この定義に合う可能性のある親による行
為(例えば,本調査で用いている CA や EDV に関する項目)
を虐待的行為であると見なす立場をとる(cf. 加藤ら,
2001;大黒・加藤,2000).
2.甘え欲求・甘えやすさに関する質問
本研究では,甘え行動の指標として甘え欲求と甘えや
すさの評定を求めた.甘え欲求では,6種類の対象のそ
れぞれについて「どの程度,甘えたい気持ちがあるか」
を,「1(全く甘えたくない)〜7(非常に甘えたい)
」
の7件尺度を用いて,評定を求めた.同様に,甘えやす
さについても,それぞれの対象について「どの程度,抵
抗感なく甘えられるか」を,「1(非常に抵抗がある)〜
7(全く抵抗がない)
」の7件尺度を用いて,評定を求め
た.
対象は,父親・母親・恋人・親友・同性友人・異性友
人の6対象であった.なお,
「親友」は「単なる知人には
話さないような個人的なことでも打ち明けられる人」と
し,また「友人」は「学校やアルバイト先で会うだけの
人ではなく,プライベートでも連絡を取り合って付き
合っているような人」と定義し,それを教示の中に明示
した.親友については3人まで,友人については 5 人ま
83
で自由に上げさせ,各々について評定を求めた.親友や
友人の評定値は,複数人の場合にはその平均値を当てた.
手続き 2つの回収方法を用いた.1つは,質問紙を授
業時間に配布し,各自が持ち帰り回答した後,次週の同
じ授業時間に回収した.もう1つは,授業時間中に配布
し,その場で回答を求めた.質問紙への回答所用時間は,
約1時間であった.
結 果
以下では,はじめに,親子や夫婦の関係の質および親・
他の対象への甘え欲求・甘えやすさに関する結果を簡単
に検討する.次に,それを踏まえ,これらの要因間の相
関関係(すなわち,①過去の親子や夫婦の関係の質と現
在の両親への甘え欲求・甘えやすさとの相関関係,②過
去の親子や夫婦の関係の質と現在の他の対象への甘え欲
求・甘えやすさとの相関関係)を検討する.
A.親子や夫婦の関係の質と甘え欲求・甘えやすさ
1.親子や夫婦の関係の質
Table 1は,過去の親子や夫婦の関係の質に関する項
目をカテゴリーに分類した場合にカテゴリーごとに含ま
れる項目数およびα係数について示したものである.α
係数を算出した結果,それぞれのカテゴリーは十分な内
的整合性を持つことが分かった.また,項目ごとの回答
者数,平均値,SD,および評定値ごとの回答者数(%)
を示した.
Table(右半分)に示したように,
「1=全く(虐待的
行為が)なかった」と評定した人の数は,予想以上に低
いことが分かる.言い換えると,程度の差はあるにせよ
何らかの虐待的行為や EDV が家庭の中で起こっているこ
とが,この Table からうかがわれるだろう.これは,加
藤ら(2001;大黒・加藤,2000)の結果や指摘を支持す
るものと言えよう.
男女別に親子や夫婦の関係の質の平均評定得点を示し
たものが,Table 2である.各カテゴリー得点について
t検定で男女の比較を行ったところ,親による虐待的行
Table 2. Means(SD) of Quality of Family Relationships in Childhood
Male
Female
119-122
173-179
2.69 (1.34)
2.70 (1.32)
2.69 (1.36)
.03
2.33 (1.12)
2.27
(.98)
2.36 (1.21)
-.72
3.Father's violence against mother
1.64 (1.37)
1.65 (1.28)
1.63 (1.43)
.09
4.Mother's violence against father
1.26
1.30
1.24
5.Quarrels between parents
2.60 (1.79)
6.Positive atmosphere in family
3.91 (1.19)
Subcategories
Child Abuse
1.Father's abusive behaviors
2.Mother's abusive behaviors
Exposure to DV
Positive atmosphere
** p < .01
t
Total
292-301
Categories
n=
(.84)
(.87)
(.82)
.67
2.46 (1.73)
2.69 (1.83)
-1.06
3.68 (1.04)
4.07 (1.27)
-2.82
**
小林・加藤
84
為および EDV の評定値には,男女間の差はなかった.こ
のことから,男女とも親による虐待的行為や EDV の程度
が,少なくとも認知レベルでは,同じ程度であったと言
えよう.一方,
「6.家庭内のポジティブな雰囲気」で
は,有意な性差が認められた.このことは,女性が男性
よりもより家庭内の雰囲気をポジティブに認知している
ことを示唆していた.
2.親・他の対象への甘え欲求・甘えやすさ
Table 3は,6つの甘え対象に対する現在の甘え欲求
および甘えやすさの平均評定値を示したものである.
Table から分かるように,甘え欲求評定では,異性友人
以外の対象に対して,女性が男性よりも有意に高く評定
していた.次に,甘えやすさ評定では,父親・母親・恋
人に対して,女性が男性よりも有意に高く評定していた.
これらの結果は,先行研究の結果と一致しているもので
ある(外山・高木,1991;藤原・黒川,1981 など)
.
B.過去の家族関係の質と甘え欲求・甘えやすさの相関
関係
1.両親への甘え欲求・甘えやすさ(仮説1)
a. 甘え欲求(Table 4)
両親への甘え欲求を Table 4の左2行に示した(男性
の結果は上段,女性の結果が下段である)
.
ⅰ) CA 的経験(仮説 1-A)
男性では,母親への甘え欲求と「2.母親の虐待的行
為」との間で負の相関が見られた(r=-.33, p<.01).こ
のことから,母親による虐待的行為がある場合,母親へ
の甘え欲求が低下することが分かる.しかし,父親への
甘え欲求と父親の虐待的行為との間には予想に反して相
関関係は見られなかった.次に,女性では,父親への甘
え欲求と「1.父親の虐待的行為」との間で負の相関が
あった(r=-.42, p<.01).だがここでも予想に反して母
親への甘え欲求と母親の虐待的行為との間には相関関係
は見られなかった.よって,仮説 1-A は,異性の親では支
持されていたが,同性の親では支持されなかった.
ⅱ) EDV(仮説 1-B)
男性では母親への甘え欲求と「4.母から父への暴力
(EDV)」との間に,女性では父親への甘え欲求と「3.父
から母への暴力(EDV)」との間に負の相関が見られた
(r=-.23, p<.05;r=-.29, p<.01).また,「5.両親のケ
ンカ」では,男性では父親や母親への甘え欲求との間に,
女性では父親への甘え欲求との間に負の相関関係が見ら
れた(r=-.30, p<.01,r=-.25, p<.01;r=-.28, p<.01).
よって,仮説 1-B は,異性の親について男女ともに支持さ
れていたが,同性の親では男性でしか支持されなかった.
このことから,夫婦間のネガティブなやりとりと特に異
性の親に対する甘え欲求とには関連があるといえる.
ⅲ) ポジティブな親子や夫婦のやりとり(仮説 1-C)
父親や母親への甘え欲求と「6.家庭内のポジティブ
な雰囲気」との間には男女ともに正の相関があった(男
性では,父親:r=.23, p<.05,母親:r=.19, p<.05;女性
では,父親:r=.45, p<.01,母親:r=.32, p<.01).特に,
男性よりも女性で高い正の相関が見られた.このことか
ら,特に女性では,子ども時代に家庭内で甘えを許容す
るような雰囲気があったという認知を持っていることが,
現在,親へ「甘えたい」と思えるかどうかに関連してい
るといえよう.よって,仮説 1-C は,女性で支持されてい
たが,男性では父親についてしか支持されなかった.
Table 3. Means(SD) of Need for Amae(a) and Comfort with Engaging in Amae(b) for 6 Amae Objects
sex
Amae Objects
Male
Parent
Other objects
* * p <.01, * p <.05
t
Female
3.62 # # #
3.41 # # #
4.48 (1.67)
4.30 (2.14)
-4.02
-3.49
**
4.55 # # #
4.79 # # #
5.79 (1.26)
5.59 (1.71)
-7.51
-3.65
**
5.69 # # #
5.49 # # #
6.56 (.86)
6.11 (1.25)
-3.53
-2.16
**
5.02 # # #
5.45 # # #
5.53 (1.32)
5.62 (1.26)
-2.89
-.95
**
b.
a.
4.33 # # #
4.70 (1.35)
-2.09
*
n=96,149
b.
4.45 # # #
4.52 (1.41)
-.40
6. Friend(s) (opposite-sex)
a.
n=53,90
b.
4.50 # # #
4.12 # # #
4.79 (1.53)
4.42 (1.52)
-1.14
-1.09
1. Father
a.
n=106,169
b.
2. Mother
a.
n=113,172
b.
3. Romantic partner
a.
n=39,66
b.
4. Close friend(s)
a.
n=88,145
5. Friend(s) (same-sex)
**
**
*
子どもの頃の被虐待的体験や DV 目撃は青年期の甘えにどのように関連しているのか
85
Table 4. Correlations of Need for Amae with Quality of Family Relationships in Childhood
Amae Objects
Parent
Subjects'
sex
Categories
Subcategories
Child Abuse
1.Father's abusive behaviors
Male
n=
Mother
103-104
108-110
-.33
2.Mother's abusive behaviors
Exposure to DV
Other Objects
Father
3.Father's violence against mother
4.Mother's violence against father
-.30
5.Quarrels between parents
Positive atmosphere
6.Positive atmosphere in family
Child Abuse
1.Father's abusive behaviors
Female
.23
n=
**
Romatic
partner
37-39
-.42
**
-.29
**
-.28
**
.45
**
84-86
.44
**
.28
†
.21
Friend(s)
(samesex)
Friend(s)
(oppositesex)
91-94
52-53
†
**
-.23
*
-.25
**
*
166-168
Close
friend(s)
.37
166-171
*
65-66
.22
140-144
-.33
*
-.27
†
*
143-148
86-90
2.Mother's abusive behaviors
Exposure to DV
3.Father's violence against mother
4.Mother's violence against father
5.Quarrels between parents
Positive atmosphere
** p < .01, *p< .05, †p<
6.Positive atmosphere in family
.32
**
.10
Note: Expected correlations are marked with
for negative and
for positive.
Table 5. Correlations of Comfort with Engaging in Amae with Quality of Family Relationships in Childhood
Amae Objects
Parent
Subjects'
sex
Male
Father
Categories
Subcategories
Child Abuse
1.Father's abusive behaviors
n=
103-104
-.23
Romatic
partner
108-110
-.29
Close
friend(s)
37-39
*
2.Mother's abusive behaviors
Exposure to DV
Other Objects
Mother
**
.43
Friend(s)
(samesex)
91-94
84-86
Friend(s)
(oppositesex)
52-53
**
-.25
*
-.25
*
3.Father's violence against mother
-.31
4.Mother's violence against father
-.26
*
†
5.Quarrels between parents
Positive atmosphere
6.Positive atmosphere in family
Child Abuse
1.Father's abusive behaviors
Female
.29
n=
166-168
-.43
**
2.Mother's abusive behaviors
Exposure to DV
166-171
†
65-66
-.31
**
-.23
**
140-144
-.38
**
-.25
*
3.Father's violence against mother
4.Mother's violence against father
.24
143-148
*
86-90
-.30
**
-.24
*
-.32
**
5.Quarrels between parents
Positive atmosphere
** p < .01, *p< .05, †p<
6.Positive atmosphere in family
.36
**
.39
**
.24
†
.10
Note: Expected correlations are marked with
for negative and
for positive.
b. 甘えやすさ(Table 5)
ⅰ) CA 的経験(仮説 1-A,Table 5の左段を参照)
男性では,父親への甘えやすさと「1.父親の虐待的
行為」との間(r=-.23, p<.05),母親への甘えやすさと
「2.母親の虐待的行為」との間に負の相関関係があった
(r=-.29, p<.01).同様に,女性も,父親への甘えやすさ
と「1 . 父親の虐待的行為」との間(r=-.43, p<.01),
母親への甘えやすさと「2.母親の虐待的行為」との間
(r=-.23, p<.01)に負の相関が見られた.このことは,
甘えやすさにおいては,親による虐待的行為がある場合,
その親に対してより「甘えにくい」と感じることを示し
ている.よって,仮説 1-A は支持された.
ⅱ) EDV(仮説 1-B)
甘え欲求では EDV との間に負の相関が見られたが,甘え
86
小林・加藤
やすさでは男女ともに EDV と有意な相関は見られなかっ
た.よって,甘えやすさについては仮説 1-B は支持され
なかった.
ⅲ) ポジティブな親子や夫婦のやりとり(仮説 1-C)
男性では,両親への甘えやすさと「6.家庭内のポジ
ティブな雰囲気」との間に有意な相関は見られなかった.
しかし,女性では,父親や母親への甘えやすさと「6.
家庭内のポジティブな雰囲気」との間に正の相関が見ら
れた(r=.36, p<.01,r=.39, p<.01).このことから,過
去のポジティブな家庭の雰囲気の認知が,女性では両親
への甘えやすさに関係していることが示唆された.
甘え欲求での結果と甘えやすさでの結果との違い
甘えやすさの結果は,甘え欲求の結果と次の2つの点
で異なっていた.第1に,現在の甘えやすさと過去の家
族関係の質との間には,甘え欲求との間に見られたほど
多くの相関関係は見られなかった.このことは,過去の
親子経験の質は甘えやすさよりも甘え欲求により強い関
連を持っている可能性を示唆している.第2に,甘え欲
求では,異性の親の場合でしか虐待的行為とその親への
甘え欲求に負の相関が見られなかったが,甘えやすさで
はこのような親の性による違いは見られなかった.
2. 他の対象に対する甘え欲求・甘えやすさ(仮説 2)
a. 甘え欲求
他の対象に対する甘え欲求の結果は,Table 4の右4
行に示した(男性の結果は上段,女性のは下段である).
男性では(Table 4,上段)
,過去の親子や夫婦の関係の質
と甘え対象(恋人,同性友人,異性友人)への甘え欲求と
の間でいくつかの有意な相関が見られた.その中でも特徴
的なのは,恋人への甘え欲求と「1 . 父親からの虐待的行
為」や「3.父から母への暴力(EDV)
」との間に正の相関
が見られたことである(r=.44, p<.01,r=.28, p<.10).言
い換えると,父親が虐待的な人であれば,恋人(女性)に
対して甘えたい気持ちが強くなるという関係が見られた.
それに対して,異性友人では,
「2.母親の虐待的行為」や
「4.母から父への暴力」と異性友人への甘え欲求とは負の
相関があった(r=-.33, p<.05,r=-.27, p<.10).このこ
とから,異性を甘え対象とする場合に,恋人では過去の親
子や夫婦の関係の質と甘え欲求との間に正の相関が見られ
るのに対して,異性友人では負の相関が見られ,甘え対象
が恋人であるか異性友人であるかによって相関関係が逆に
なることが示された.また,
「6.家庭内のポジティブな雰
囲気」については,恋人への甘え欲求との間に正の相関が
見られた(r=.37, p<.05).
次に,女性では(Table 4,下段)
,甘え対象(恋人,
親友,同性友人,異性友人)への甘え欲求と過去の親子
や夫婦の関係の質との間には有意な相関は見られなかっ
た.
b. 甘えやすさ
他の4対象に対する甘えやすさを示したものが,Table
5の右4行である.男性では(Table 5,上段)
,恋人への
甘えやすさと「1.父親からの虐待的行為」との間に正の
相関が見られた(r=.43, p<.01).それに対して,異性友人
への甘えやすさでは,
「3.父から母への暴力(EDV)」や「4.
母から父への暴力(E D V )」との間に負の関係が見られた
(r=-.31, p<.05,r=-.26, p<.10).また,親友や同性友人
に対する甘えやすさでも「3.父から母への暴力(EDV)」や
「4.母から父への暴力(EDV)」と間に弱い負の相関が示さ
れた(r=-.25, p<.05,r=-.25, p<.01).
次に,女性では(Table 5,下段)
,恋人への甘えやす
さと「2.母親からの虐待的行為」や「4.母から父へ
の暴力(EDV)」との間に負の相関があり(r=-.38,p<.01,
r=-.25,p<.05),恋人を対象とする場合には,男女で相関
の方向が異なっていることが分かる.また,異性友人へ
の甘えやすさと「2.父親からの虐待的行為」や「3.
父から母への暴力(EDV)」との間に有意な負の相関が見
られた(r=-.30, p<.01,r=-.32, p<.01).
以上の結果から,仮説2は男女ともに異性友人において
は支持されたが,恋人においては男性で予想に反するだ
が興味深い相関パターンが見出された.つまり,予想で
は,親の性と同じ性の甘え対象(例えば,母親ならば,
女性友人)では,その親(母親)について形成した甘え
IWM がその対象(その女性友人)に投影されるために,そ
の親との相関パターンと同じパターンがその対象(女性
友人)についても見られるというものであった.だが,
男性では,恋人については正の相関,異性友人では負の
相関関係が見られた.このことから,恋人については予
想とは逆の方向の結果となることが分かった.
考 察
過去の親子や夫婦の関係の質と現在の親への甘えとの関
連:仮説 1
本研究では「親による CA 的経験の程度とその親への甘
え欲求や甘えやすさとの間には,負の相関関係がある」
という仮説を検証した.その結果,その仮説は部分的に
支持された.支持されていた主な結果をまとめると,次
のようになる.①甘え欲求では,異性の親への甘え欲求
と CA 的経験・EDV の両方との間に負の相関関係が男女と
もに見られた.②甘えやすさでは,同性・異性の親への
甘えやすさと CA 的経験の間とに,男女ともに負の相関関
係が見られた.換言すると,小学校6年生までの間に親
から虐待的行為を受けること(CA)や両親の間の暴力的
な関係を日頃目撃していたりすること(EDV)は,青年期以
子どもの頃の被虐待的体験や DV 目撃は青年期の甘えにどのように関連しているのか
降の親への甘え欲求や甘えやすさとの間にネガティブな
関係を持つ可能性があると言えよう.
しかし,次の点では,仮説は支持されていなかった.
すなわち,①甘えやすさでは,EDV との間に予想された相
関関係が見られなかった.②甘え欲求では,同性の親に
対しては男女ともに予想された相関関係が認められな
かった.第1の点に関しては,今後,CA 的経験と EDV の
違いや,甘え欲求と甘えやすさで何が異なるのかについ
てなど,より詳細な検討が必要であるだろう.
第2の点に関しては,次のように考えることができよ
う.まず,理論どおりに解釈すると,相関が認められな
かったことから考えるならば,同性の親からの過去の虐
待的行為がネガティブな甘え IWM を形成していなかった
ことになるだろう.だが,本研究が青年期の大学生を対
象にした調査であったことを重視するならば,次のよう
に解釈する方がより妥当ではないかと考えられる.すな
わち,大学生たちがいる青年期には,独立心の増加に伴
い,同性の親への競争意識が芽生える時期である(A.フ
ロイド,1973).その一方で,青年期に特有の同性の親に
対する同一視もこの時期には起こる.このような競争意
識と同一視が平行して生じることが,「甘えたいけど甘え
てはいけない」などの親に対して甘えることへの抵抗感
に深く関わっているのかもしれない.
例えば,この時期の男子は,父親に頼ることなく自立
した男性としての自己を求めがちな時期である.また女
性でも,母親をモデルとすることによって自分が甘える
だけではなく,母親のように他者の甘えを受け入れられ
ることもできるようにならなくてはいけないと感じる時
期ではないだろうか.
実際,外山ら(1991)の研究においても,男性は中学
生から大学生にかけて甘え欲求が低下し,その一方で甘
えることへの抵抗感は上昇する傾向が示されている.つ
まり,この時期は同性の親をモデルとして,男性性また
は女性性を自分自身の中に取り入れていこうとする時期
であり,このような競争意識と同一視の葛藤があるため
に理論的に予想された方向での相関が見られにくかった
のではないかと考えられる.
言い換えると,同性の親へは「甘えたい」という気持
ちがあったとしても,先の葛藤による抵抗感から,その
気持ちを素直に表現できにくくなるのではないだろうか.
しかし,異性の親に対しては,このような葛藤が生じに
くいため,比較的素直に甘えることができるのではない
かと考えられる.これらのことが,親が異性であるか同
性であるかによって相関関係のパターンが異なる原因に
なっているのではないだろうか.
過去の親子関係と他の対象への甘えとの関連:仮説2
本研究では親との関係が現在の他の甘え対象との関係
87
のプロトタイプになるのではないかと予想した.しかし
この予想は,異性友人についてしか支持されなかった.
そして,理論的には異性友人と同じ相関パターンになる
ことが予想されていた恋人では,むしろ逆の相関パター
ンが見いだされた.
この予想外の結果について,次のような解釈が可能か
も知れない.すなわち,異性友人の場合は,関係がそれ
ほど深くないために,同性の親との関係で形成された IWM
をそのまま利用したと言えよう.ところが,恋人の場合
は,付き合い始めた段階では,異性友人と同様に,同性
の親との関係で形成された IWM をそのまま利用したかも
しれないが,恋人としてもっと知るようになることで,
その対象固有の対人行動パターン(甘え行動を含め)が
見えてくることとなり,同性の親との関係で形成された
IWM を利用するよりもむしろその対象固有の IWM を形成す
るようになったのかも知れない.そのため,恋人では予
想された相関パターンが認められなかったのかも知れな
い.
この解釈を検討するためには,恋人との関係の深まり
の程度や付き合っている期間との関連で,親子関係での
相関パターンが徐々に見られなくなっていくかどうかを
検討してみる必要があるであろう.さらには,実際にど
のような甘え IWM が存在し,どのように変化するかを実
証的にどのように取り出していくかも,今後の重要な課
題であろう.
甘え欲求と甘えやすさによる結果の違い
本研究では,甘え行動の指標として,甘え欲求と甘え
やすさを取り上げた.だが,それぞれの測度での相関パ
ターンは,必ずしも完全に一致するものではなかった.
その理由として,次のことが推測できる.甘え行動をす
るとき,特定の対象(他者)への甘え欲求が生起する段
階では,その特定の対象に「甘えたい」(甘え欲求)と思
うかどうかが甘え行動を実際に起こすかどうかを規定す
る重要な要因となるだろう.それに対して,甘えやすさ
(甘えることへの抵抗感)は,甘えたいと思った後に,
「では,その対象に甘えても,本当によさそうかどうか」
「受け入れてくれそうか否か」などの様々な側面も考慮す
る必要がある.
言い換えると,甘え欲求評定はその対象との関係の質
が比較的そのまま反映されやすい測度であると考えられ
る.それに対して,甘えやすさ評定にはその対象との関
係の質だけでなくその他の要因(例えば,甘えることへ
の社会的評価への懸念,相手からの評価,甘えた後にで
きるしがらみなど)も大きく関わっていると推測される.
こうしたことから結果の差異が生じた可能性が考えられ
る.今後,これらの2測度の関係についても,詳細な検
討が望まれよう.
88
小林・加藤
児童虐待・EDV 研究への示唆
本研究では,非常に限られた質問項目による調査では
あったが,一般サンプル(臨床事例ではない事例)での
CA の実態や日本ではまだ殆ど検討されていない EDV に関
する実態を検討することができた.また,本研究は,そ
れらと甘えとの関連を検討した初めての研究であると位
置づけることができる.
その結果,Table 1から分かるように,予想以上の親
による虐待的行為や EDV が普通の家庭の中にも存在する
ことが明らかとなった.また,Table 4 , 5から分かる
ように,CA や EDV と「甘えられない」「甘えたくない」と
いう心性との間に有意味な関係がある可能性が示唆され
た.
日本での従来の実態調査は,そのほとんどが児童相談
所で取り扱われた比較的重度の事例に関するものである.
だが,児童虐待の心身へ及ぼす影響(e.g., MillerPerrin, & Perrin, 1999)を重視するならば,重度に限
らず,軽度・中度の CA あるいは児童相談所に通報されて
いない潜在化した児童虐待被害にも研究の手を広げてい
く必要があるだろう.
また,
「甘える」ということが,土居(1958, 1960,
1971)や Kato(1995)の主張するように,普遍的な欲求
であり,それが適切に満足される必要があるものである
とするならば,甘えられる能力や甘えの満足度といった
側面も,今後,児童虐待や EDV の心への影響の一つとし
て詳細に検討していく必要があるだろう.
本研究の限界と今後の課題
本研究には,次の課題が残されている.
(1) 本研究で
は,甘え欲求と甘えやすさの2つの指標を用いた.だが,
「甘えられない」「甘えたくない」という心性に関わる複
雑な側面を測定するためには,更に他の測度(例えば,
甘えることの結果への懸念)を開発し,詳細に検討する
必要があるだろう.また,児童虐待被害者の心性を理解
する上でも,児童虐待の影響に固有な反応を反映する測
度の探索も望まれる.
(2) 本研究で用いた測度は,その全
てが自己報告(self-report)によるものであった.だ
が,こうした測度が実際の行動とどの程度対応している
のかは,まだ検討されていない.例えば,甘え欲求評定
では低く評定していても,実際の行動レベルで観察する
と甘え行動を頻繁におこなっている場合もあるかもしれ
ない.このように測度の妥当性の検討も必要であろう.
加藤(1998)の「甘えタイプ」モデルは,甘えにおける
個人差を理論化する試みであった.このモデルでは,自
己観・他者観のポジティブ・ネガティブの次元の組み合
わせから甘えの4つのタイプを想定している.その中に
は,「甘えたくても甘えられない」タイプ,「甘えたくな
いので甘えない」タイプなどが想定されている.現在ま
でにこの4つのタイプは,甘え行動(認知・態度・感情・
行動)において,それぞれ固有の特徴を持つことが実証
的に示されている(加藤・小林,2000).本研究では,過
去の親子や夫婦の関係の質と現在の甘え欲求・甘えやす
さとの間に有意味な関連があることが示されていたが,
この4つのタイプによる個人差の視点からも,過去の被
虐待的経験とある特定のタイプとにどのような対応関係
があるかを検討していく必要があるだろう.
引用文献
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