プロジェクト研究Ⅰ(中山・佐藤・原田グループ)報告書 総合科学教育部

プロジェクト研究Ⅰ(中山・佐藤・原田グループ)報告書
総合科学教育部博士前期課程 伊槻 悟、大岩 由利恵、小野 覚久、坂本
和歌子
髙橋 直樹、山田 真里、渡邉 凌
はじめに
2011 年 3 月に起きた東日本大震災から 3 年、復興段階は短期的な段階から中長期的な
段階を迎えている。現在も被災地では様々な問題を抱えていることに加え、震災・復興に
対する価値観も多様化していることも、現在抱えている問題への対処の難しさの原因であ
る。
そこで、本プロジェクト研究では、さまざまな分野を専攻している学生が震災・復興・
被災地の抱える問題に対し、さまざまな側面からアプローチする。本研究では、以下の項
目から震災に対して考える。
Ⅰ 震災の現状把握~放射線の知識と風評に対する意識に関するアンケート調査~
Ⅱ 風評被害への理解と対策~被災地でない場所で何ができるか~
Ⅲ 被災者のセルフケアの重要性~ケアからセルフケアへ~
Ⅳ 被災地における運動指導の重要性~荒木式コオーディネーションの普及~
各分野の学生が、今震災支援に本当に必要なことは何かを考察し、行動し、評価した。
Ⅰ
震災の現状把握~放射線の知識と風評に対する意識に関するアンケート調査~
1.趣旨
この調査は、2011 年の東日本大震災で大きな問題となった放射線による汚染、特に食
品汚染についての風評被害を、アンケートによる意識調査をすることにより、福島の風
評被害をなくす支援を徳島から発信することを目的とする。風評というのは、明確な理
由がなく、ただ漠然と忌避感を示すものであるとする。福島の風評被害の原因は、放射
線の正しい知識を得ておらず、自らの考えで汚染食品の疑いがあるものに対する正確な
判断が出来ていないためなのではないかと考え、放射線の知識アンケートを実施するに
至った。また、食品に対する意識についてもアンケート調査を行い、現状の風評被害に
ついて調査を行った。
2.方法
放射線に関する知識と、風評に関する意識の調査を福島と徳島において実施する。福
島県では 2014 年 8 月 19 日に小中学校教諭(計 278 名)を中心に、徳島では 2014 年 11 月
1 日~2 日にかけて徳島大学生(計 76 名)を中心に同様のアンケートで調査し、福島と徳
島でのアンケート結果の比較をする。
表 1 福島と徳島の性別(人数)
福島
徳島
男性
112
46
女性
160
30
無回答
6
0
合計
278
76
(人)
(人)
表 2 福島と徳島の年代別(人数)
10代
福島
徳島
20代
40
21
41
30代
49
2
40代
99
3
50代
87
2
60代
2
7
無回答
1
(人)
0
(人)
3.結果
3‐1.放射線の知識に関しての福島と徳島の比較
放射線に対する関心は、両県とも高い関心を示しているが、福島の方が“とてもある”
“少しある”を合わせて 89%と、徳島より 11 ポイント高い。(図1)
福島
徳島
0
20
とてもある
40
少しある
あまりない
全くない
60
80
100 %
どちらともいえない
無回答
図1福島と徳島の放射線に対する関心
自然放射線による被ばくがあるかという問いには、両県とも 70%以上がある(正解)と答
えており正解率が高い。(図2)
体内に入り込んだ放射性物質が体内にずっと残るかという問いでは、残らない(正解)
と答えたのは、福島で 57%と徳島より 26 ポイント多い。(図3)
被ばく線量を表す単位は何かという問いでは、シーベルト(正解)と答えたのは、福島が
76%と徳島より 13 ポイント多い。(図4)
食品内の放射線濃度の基準値(2014 年)に関する問いでは、100 Bq/kg 未満(正解)と答え
たのは福島が 60%で徳島より 18 ポイント多く、分からないと答えたのは、福島で 27%
徳島では 41%あった。(図5)
福島
徳島
0%
20%
ある(正解)
40%
60%
ない(不正解)
80%
100%
わからない
図2天然の自然放射線による被ばくはあると思うかに対する回答
福島
徳島
0%
20%
残る(正解)
40%
60%
残らない(不正解)
80%
100%
わからない
図3放射性物質が体内にずっと残るかに対する回答
福島
徳島
0%
20%
40%
シーベルト(正解)
60%
80%
その他(不正解)
図4被ばく線量を示す単位に関する問の回答
100%
福島
徳島
0%
20%
40%
100Bq/kg未満(正解)
60%
80%
その他(不正解)
100%
わからない
図5食品内の放射線濃度の基準値(2014 年)に対する回答
3‐2.風評に対する意識に関しての福島と徳島の比較
安全性で気にかかるものでは、食べ物と答えた人が両県とも 70%を超えている。(図6)
食品を選ぶときの生産地を“とても気にする”と答えた人が、福島では徳島より 9 ポイ
ントほど多い。
“少し気にする”を加えると福島で 75%、徳島では約 60%である。(図7)こ
れは次の質問で、
“福島の食材を食べたいと思う”が約 40%、
“できれば食べたいと思う”
を合わせれば約 72%になり、福島の人は地元産品を選んでいる。反面、
“できれば食べたい
と思わない”と、
“食べたいと思わない”を合わせた数値は、福島で 8%に対し徳島では約
25%ある。(図8)
しかし、福島の食材を食べたいと思わない人のうち、
“できれば食べたいとおもわない
“と、
”食べたいと思わない“を合わせた数値は 20 代で約 30%と最も多く年代が上がるに
従い減少している。
食品を買うときの基準では、福島では格種目とも価格よりも検査の有無に関心が向いて
いるが、徳島では価格に関心があり、検査の有無にはほとんど関心がない。(図9)
福島
徳島
0%
20%
食べ物
40%
生活用水
60%
その他
80%
100%
無回答
図6普段の生活における安全性で気になる項目は何かに対する回答
福島
徳島
0%
20%
40%
60%
80%
100%
とても気になる
少し気になる
どちらとも言えない
あまり気にしない
全く気にしない
無回答
図7食品を選ぶとき、生産地を気にするかに対する回答
福島
徳島
0%
20%
40%
60%
80%
100%
食べたいと思う
できれば食べたいと思う
どちらともいえない
できれば食べたいと思わない
食べたいと思わない
無回答
図8福島の食材を食べたいと思うかに対する回答
魚(福島)
魚(徳島)
米(福島)
米(徳島)
果物(福島)
果物(徳島)
野菜(福島)
野菜(徳島)
0%
20%
価格
品質
40%
産地
検査の有無
60%
その他
図9各食材の選択基準は何かに対する回答
80%
無回答
100%
食品購入に関して、
(福島県の)消費者団体連絡協議会の県民意向調査1 では、平成 24
年調査で県外産購入が 46%であったものが、25 年調査で県外産 18%、福島県産 67%となっ
ていた。今回このプロジェクトの調査でも福島県民の県産食材意識は約 72%となっている。
4.考察
放射線知識に関して、天然の自然放射線による被ばくはあると思うかという問いと人が
受ける被ばく線量を表す単位に関する問いでは、両県ともに正解数が多かった。特に、人
が受ける被ばく線量を表す単位に関する問いでは、普段からニュース等で多く報道されて
いたためであると考えられる。その一方、体に入り込んだ放射性物質はずっと体内に残る
かという問いでは徳島は 26 ポイントも福島より正解率が低いという結果となった。これが
今回風評に関しての要因の一つになりえると予想される。徳島では多くの人が放射線は代
謝出来ず体内に残り、体を蝕んでいくと考えており、その恐怖感から風評被害へとつなが
っているのかもしれない。また、食品内の放射線濃度の基準値(2014 年)に関する問いでも、
徳島は福島より 18 ポイント低く、
更に正解率とわからないの回答率はほぼ同程度であった。
この放射線濃度の基準値は厚生労働省が設定しており安全な値である。しかし、これを知
らないということは、例えば、ある食材の放射線濃度が明記してあっても、その食材が買
われず、逆に明記していない食材を買うという事態が起きるかもしれない。つまり、自分
の身を守るためには知っておかなければいけない事項であると言える。今回の知識調査で
は風評被害へと直接的関わりをもつものが少なかったが、そのヒントとなりえる質問もあ
ったと言える。
風評に関しては、徳島は福島に比べて放射線への関心は低く、食品を選ぶときに生産地
を気にしない傾向にある。また、徳島は福島に比べて福島の食材を食べたいと思わない傾
向にある。
しかし、放射線に対する関心の高低と、生産地を気にするか、福島の食材を食べたいか
ということとの関係性はあまりない。
5.終わりに
今回のアンケート調査では、風評に関して踏み込んだ調査が出来なかった。また、福
島と徳島での実施人数の差や教員と学生という職業の差も今回のアンケートの結果に大
きく響いてしまったと予想される。今後は、両県が同様な条件で調査を行うことと、各
設問での狙いを絞ることが課題であるといえる。
1
(http://www,minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2014/01/post9123.html アクセス日:2015 年 1 月 16 日)
Ⅱ
風評被害への理解と対策~被災地でない場所で何ができるか~
1.趣旨
東日本大震災から 3 年半が過ぎた福島県では、今でも復興が進んでいない地域があり、
引き続きの支援が必要とされている。そこで福島の現状を伝え、今一度震災に向き合うた
めに、映画「いわきノート」の上映、映画制作者によるトークショー、ワールドカフェ形
式の対話ワークショップ、基調講演「震災その時と人口流出・風評被害」
・
「震災その時と
観光、原発 20km 圏内」
、パネルディスカッション「ふくしまの今 ~震災後 3 年半の現状か
ら考える~」を平成 26 年 11 月 1、2 日に実施した。2 日間で約 100 人の方に参加して頂き、
基調講演では「いわき未来会議」主催の霜村真康氏、NPO 法人「ふよう土 2100」理事長の
里見喜生氏に震災当時やその後の現状について講演して頂いた。パネルディスカッション
では、参加者と一緒に復興支援の在り方などについて話し合った。
2 日間のプログラムとして、まず 1 日目は映画上映、トークショー、ワールドカフェ形式
の対話ワークショップを行い、2 日目には同じ映画の上映とトークショー、そして基調講演
とパネルディスカッションを行った。
2.活動内容
2‐1.映画「いわきノート」上映会
まず、来場して頂いた参加者の皆様に福島・いわきの震災当時や現状等を知ってもらい、
その後のプログラムに向けて震災について考えて頂くために、映画「いわきノート」を上
演した。上映会には徳島大学の学生から一般の方まで様々な方に来場して頂いた。
2‐2.映画制作者によるトークショー
映画上演の後は、その制作者・出演者によるトークショーを行った。メンバーの方々は、
それぞれの立場や震災当時の状況、映画制作に参加するまでの経緯などを話した後、制作
中に気付いたこと、映画や震災に対する思いを語り合っていた。また、その中で自分達は
復興のために何ができるのかを議論し、現在活動している内容をお互いに交換し合ってい
た。その後、質疑応答の時間を設け、制作者は参加者からの疑問や声援に答えていた。
2‐3.ワールドカフェ形式の対話ワークショップ
1 日目はトークショーの後に、参加者と映画制作者・出演者、シンポジウム主催者を交え
たワールドカフェ形式のワークショップを行った。全体を 5 人ほどのグループに分け、「何
故このシンポジウムに参加したのか」等の題に対して語り合い、グループごとに配られた
模造紙に意見を書き込んでいく、という形で行った。異なる立場の人が混じり合い、その
立場ごとの率直な感想や意見を交わすことでどのグループも議論が白熱し、それぞれが持
っている情報を交換することが出来た。
2‐4.基調講演
2 日目は映画上映・トークショーの後、
「いわき未来会議」を主催している霜村真康氏、
NPO 法人「ふよう土 2100」理事長の里見喜生氏をお呼びし、震災や観光、風評被害につい
て講演をして頂いた。講演内容の中には「いわき未来会議」や「ふよう土 2100」の活動内
容の紹介も含まれており、被災者の声をくみ取って活動する姿や、未来の子どもたちのた
めの地域づくりを第一に考え、行動している様が語られていた。
2‐5.パネルディスカッション
講演後は、
パネルディスカッション
「ふくしまの今 ~震災後 3 年半の現状から考える~」
を行った。霜村氏・里見氏に、基調講演の時に参加者から集まった講演内容に関する質問
や、福島の今後の復興に関する質問などについて答えて頂いた。被災地への支援としては、
放射線について正しい知識身に付けること、子どもたちが新しい視点で考えられるような
人づくりを目指すことなどが挙げられました。また、現地に行くことも大事だが、まずは
身近なところから小さな課題に関心を持つことが重要だと仰っていた。
3.参加者からの感想・意見
これまでのプログラムで、参加者からは様々な感想や意見を頂いた。映画「いわきノー
ト」を見た参加者の中には学生も多く、感想が多数寄せられた。その中の多くの学生にと
って被災地の人々の前向きさが印象に残り、震災に対するイメージが改善されたようであ
る。また、映画を通して震災や福島が身近に感じられるようになり、同時に「自分にでき
る支援」が何なのかを考えさせられた、という声が集まった。こういった新たな発見が出
来たのは、脚色や作為的な部分が無く、福島の人々の話がありのまま集められているとい
う「いわきノート」の特徴にあったようだ。
また、1 日目のワールドカフェの参加者からは、実際に対話することで生の声が聞け、本
当の被災地の姿を知ることが出来た等の声が寄せられた。その反面、改めて自分には何も
出来ないと感じた人もいたようである。
4.考察
今回のシンポジウムを行うに至った「現在の福島の現状を知る」という趣旨は、概ね達
成できた。特にワールドカフェやパネルディスカッションでは、講演者や参加者が同じ目
線に立てることから、普段では実現が難しい「意見を相互に交わす」という形が容易に成
り立った。それ故に被災地の現状や、被災地から離れた場所の人々の本音などを相互に交
わせたように思われる。また、映画の上映や講演を行ったことで、参加者の多くに震災に
ついて考えるきっかけを与えられた。しかし、現状を知った上で、自分にできることが無
いと考える人もいたことから、
「小さなことでも行動すれば支援になる」ということを広く
知ってもらうために、改善が必要であることも判明した。
Ⅲ
被災者のセルフケアの重要性~ケアからセルフケアへ~
1. 趣旨
東日本大震災から 3 年半が経過した。
被災に向けた復興支援は様々な形で行われている。
そのなかでも,自身の専門性を活かした心理学的な立場からできる支援とは一体なんなの
かについて活動を通して考えたい。
今回の活動での対象者のメインは母子である。なぜ母子や親子への支援が必要とれるの
か。今回の活動では,放射能の影響を受けたことに対する直接的な心理的支援ではないが,
乳幼児健診を通して,健康維持を図るだけでなく,震災や放射線によって生じた不安を軽
減するのもまた,今回の活動の目的の一つとして行われている。震災による環境の変化は
大きい。その変化によって,母親への精神的不安は大きくなり,そしてその不安は子ども
へと伝わってしまう。そういった母子の不安を軽減することが,震災における心理的な支
援として欠かせないことである。
2. 活動内容
臨床心理専攻の教員により定期的に行われている活動に同行・陪席した。具体的な活動
は以下のとおりである。
2‐1.保育園での行動観察
二か所の保育園で,園内における行動の気になる園児の行動観察を行った。
「行動の気に
なる」とは,発達障害の診断のある園児やその可能性のある園児について,これまでの経
過や保育士との事前のミーティングから得られた情報をもとに,園児が園内活動のなかで
どのように活動しているかを観察していく。観察後は観察から得られたことから担任の保
育士などへコンサルテーションを行った。(なおこれらの活動は教員により行われ,各活動
には陪席の形で参加している)
2‐2. 保健センターでの乳幼児保護者心理相談
保健センターで行われている乳幼児健診のなかで,乳幼児の保護者に対する心理相談会
に陪席した。
3. 考察
冨永(2012)2は「心のケア」という言葉は,被災者への心理的支援を表現するのに適切
な言葉ではないとしている。「ケア」という言葉は「世話・配慮」という意味であるため,
「心のケア」という用語は弱者に対する世話や配慮というイメージを抱かせる。物理的・
経済的には支援を必要としていても,「心まで世話をされる存在ではない」のである。しか
2富永良喜(2012)
『
「心のケア」についての考え方の変化』
う向き合い支えるか. 岩波書店. 1 章 pp.5-14.
大災害と子どもの心-ど
し、心理的支援が不要なわけではない。求められるのは,もともと備わっている自らの回
復力・自己治癒力を最大限に引き出す「セルフケア」への支援なのである。
今回の活動のなかでもとりわけ保育園での行動観察では,直接園児にケアするものでは
ない。しかし園児と日頃から関わっている保育士へ観察したことから得られたことを助
言・指導することは,
「セルフケア」に通ずるものがあるのではないだろうか。園内を一個
体として捉えたときに,園内でできることつまり保育士にできることを最大限に引き出す
「セルフケア」として,行動観察からの助言があり,それをもとに園内で園児への保育を
行うことができるのではないだろうか。また,心理相談会も同様である。相談にきた保護
者に対し直接的な支援ではなく,もともと備わっている自己治癒力を高めるために,ひと
つのきっかけとして相談できる場を提供することも非常に重要なことであろう。
また三浦(2012)3は,支援システムの機能や専門職によるケースマネジメントの機能が
十分に発揮されないことに,増加した量的なニーズがあることを指摘している。そしてそ
のニーズに応える保育士の過重な負担も指摘している。つまり,被災した子どもやその親
を支援する側に負担がかかっているのである。支援する側である保育士や教師などもまた,
被災者のひとりである。自分自身も被災し,さらに被災した人を支援し,精神的な負担は
大きいかもしれない。宮地(2011)4は,被災地外から来た支援者に対し「支援者の心も傷
つく」と述べている。しかしこれは被災地の現地の人々にもいえるのではないだろうか。
自分自身も被災し,家族や家を失ったり震災への恐怖が残っていたりと,震災からの直接
的な精神的な負担があるなか,支援することでまた精神的な負担もかかりうるだろう。三
浦(2012)2 は精神的にも身体的にも疲労の限界にある保育士に,休暇や心理的ケアが必要
であるが,それを可能にするためには代替の保育士の確保が必要だと述べている。
被災者自らが被災者を支援することにはかなりの負担がある。それは身体的にも精神的
にも,また物理的にもそうであるかもしれない。人手が足りないという物理的な限界があ
り,仕事量が増えることによる疲労といった身体的な負担,震災そのものによる精神的な
負担といった,さまざまな負担が何重にもかかるなかで,その負担を少しでも軽減できる
ように,被災地外から,心理相談会という場を設けることにより少しでも人手不足を軽減
できるだろうし,行動観察を行うことで仕事量も軽減できるのではないだろうか。こうい
ったことからも,今回の活動の重要性を感じた。
最後に,福島に限らず支援システムが完全に不備なく行き届いている地域というのは果
たして現段階でどのくらいあるのだろうか。今回の東日本大震災から得られた示唆を,近
3三浦剛(2012)
発達に心配がある子どもたちへの支援-ソーシャルワークの視点. 世界
の児童と母性 [特集]東日本大震災と子ども支援-これからを生きるために.
世界の児童と母性 73, 60-63.
4宮地尚子(2011)
書店. 3 章
『支援者の位置-〈外斜面〉
』 震災トラウマと復興ストレス. 岩波
pp.26-37.
いうちに来るとされている南海トラフ地震に向け,活かしていくこともまた残された課題
のひとつかもしれない。
Ⅳ
被災地における運動指導の重要性~荒木式コオーディネーションの普及~
1. 趣旨
今回の運動指導は、放射線教育における運動指導支援として位置づけられている。2011 年
に東日本大震災が起き、外遊びの制限等が課された為に、当時被災した子どもたちを取り
巻く環境が大きく変化した。外遊びの減少により、
「子どもの基礎体力が下がった」、
「身の
こなしが悪くなった」
、
「感情がコントロールできない」、
「肥満が増えた」といった様々な
問題が、保育士など教育関係者から報告されている。これらの課題に対応するべく今回の
運動指導支援においては、
「現地の教育現場(保育園、幼稚園、小学校)への浸透・定着への
初期段階」をテーマに掲げ、子どもの身のこなしや感性を身体の中から変える「荒木式コ
オーディネーション」の浸透・定着を目指した。
2. 活動内容 コオーディネーショントレーニングについて5
コオーディネーショントレーニングは、まずは運動とスポーツに深く関係したもので、
同時に脳と身体全般に関係したトレーニングである。同じトレーニングが、時には体力向
上と運動能力の向上につながるとともに、考える力、感じる力を育てていくトレーニング
ともなる。
コオーディネーショントレーニングは、脳を活性化し、脳の使い方を変えていくトレー
ニングで、自分の脳が変わる、身体が変わることによって、思考とコミュニケーションの
力を高めていく。脳は、いろいろな働きを分担しているが、同時にまとまった働きをしよ
うとしている。一つ一つが低い水準でも、全体がまとまること、つまりコーディネートさ
れることで高いレベルの働きを発揮することができる。
5徳島大学大学院
荒木秀夫教授:福岡県嘉麻市広報より引用
2‐1. 今回のプログラムについて
今回の内容は、発育発達に必要な運動刺激と基礎的な能力を高めることを考えて、子ども
たちの現状を考慮したプログラムであり、徳島大学大学院荒木秀夫教授の指導のもと、平
衡能力を高める運動を中心に、これまでの外遊びの状況などを考え、エアロビクス(有酸
素運動)的な要素の動きを入れたプログラムである。
◇プログラム
1.寝返り立ち
2.座り立ち(長座立ち)
3.くの字、S の字運動、
(転換)
4.高這い鬼ごっこ
5.コーン(体操リング)を使った鬼ごっこ
※
1~3は、運動の意欲を高める。「運動したい」という気持ちになる運動
※
4,5は、有酸素的な要素を入れた、創造性豊かな動きをつくる運動
2‐2. 活動結果
月日
時間
場所
対象人数(年齢)
指導者
7/2
45 分,45 分
白河市立みさか小学校
70(10), 65(11)
小野, 高橋
8/19
60 分(実技), 60 分(実技),
白河市立わかば保育園
20(5), 30(保育士)
荒木
90 分(講義)
白河市役所会議室
30(保育士)
荒木
8/26
30 分, 30 分
白河市立さくら保育園
15(4), 15(5)
小野, 高橋
9/5
30 分, 30 分
白河幼稚園
20(4), 24(5)
小野, 高橋
60 分
白河市立さくら保育園
15(保育士)
小野, 高橋
9/6
45 分, 30 分
白河市立五箇幼稚園
28(4,5), 12(3)
小野, 高橋
9/10
35 分, 40 分
白河市立小田川幼稚園
18(3,4), 22(5)
小野, 高橋
11/11
40 分, 60 分
白河市立わかば保育園
24(4), 17(保育士)
高橋
11/12
60 分
白河東幼稚園
21(5)
高橋
35 分, 30 分, 45 分
白河市立関辺幼稚園
23(4), 15(3), 18(5)
高橋
45 分
白河東幼稚園
13(保育士)
高橋
45 分
白河市立関辺幼稚園
4(保育士)
高橋
11/26
45 分
白川市立五箇小学校
21(8,9)
高橋
10/3
50 分
白河市立五箇幼稚園
5(保育士)
小野
10/7
30 分,30 分
白河市立東幼稚園
42(5), 40(4)
小野
10/8
60 分
ひまわり幼稚園
14(3,4,5)
小野
10/9
40 分,40 分
白坂幼稚園
22(5), 15(4)
小野
11/25
3.考察
今回の運動指導支援のテーマである「現地の教育現場への浸透・定着の初期段階」は、
概ね達成できたように思える。各白河市内の保育園・幼稚園・小学校で「荒木式コオーデ
ィネーショントレーニング」を行い、白河市への周知が出来、実際に運動指導を行った園
や小学校からは概ね好評を頂いた。しかし、今後本来の意味での定着である、指導者養成
を行っていかなければならない。そのためには、今回のように平等に各園で行うよりも、
一つのモデルケースを作り通年でアプローチした方が、指導者養成の面でも、また子ども
たちの変化もよりわかりやすく他と比較することが出来る。
また上述した様々な課題は、白河市のみではなく日本中で問題視されている。震災を経
験した白河市の指導者は、外遊びや身体性の重要性に気づきやすい環境になっている。そ
こで、本格的に子どもの身体性や身のこなしについて考え、指導していくことによって全
国に先立つ人材育成のモデルケースとして、全国でも有数の人づくり地域という地位を確
立できるのではないだろうか。
終わりに
本プロジェクトでは、震災における様々な問題に対しそれぞれが考察し、必要な支援と
は何かを模索してきた。しかし、模索を続ければ続けるほど、支援の難しさ・問題の根深
さを目の当たりにした。ある人にとって適当である支援が別の人にとっては適当でない支
援であったり、他の人にはそれが過剰であると受け止められる場合もある。問題に対する
価値観の多様性がある一方で、寛容性が失われていることが問題を難解にしている原因で
ある。
では、必要な支援とはどのような支援なのか。現在復興支援は、短期的な段階から長期
的な段階へ突入している。短期的な支援では、物資の支給やインフラの整備、それに必要
な助成金などの消費的な支援が必要である。しかし、中長期的な支援では消費的な支援よ
りも、被災地で暮らす人々が自立できる創造的な支援が必要である。被災地の抱える市場
の停滞や、人口流出の問題、教育問題は、被災地だけの問題ではなく日本全国の抱える問
題でもある。そこで、被災地が逆に全国の抱える問題解決のモデル地域となるべく、今ま
での助成金をとるための事業・支援といった消費的な支援を行うのでなく、地域が自らの
足で歩ける創造的な支援が必要である。